ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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324話 互いの事情

「ホシノちゃん! ホシノちゃん!」

 

 

 どこか懐かしい、柔らかい声が耳を揺らした。振り向けば、これまた懐かしいふわふわとした身体がこちらへやって来るのが見える。

 

 

「全く……ユメ先輩は」

 

 

 大凡、何かしら良いことがあったのだろう。あの喜びようからしてそうとしか思えない。

 

 ホシノは仕方なく呟いて、妙な違和感に顔を顰めた。

 

 

「懐かしい……? 何でそんな事……」

 

 

 懐かしいなんて思うはずもない。だってこの間に会ったばかりだ。明日も明後日も会うだろう。幸せな日常がずっと続いていくのだ。このアビドスで、この生徒会で、ユメとホシノとカヤツリで。

 

 

「ホシノちゃん! ホシノちゃん! おはよう!」

 

「随分と機嫌がいいですね……何か、いいことでもあったんですか?」

 

「ふふーん。何だと思う?」

 

 

 ホシノは、面倒くさいと言う言葉を飲み込んだ。ここで面倒くさいと言えば、拗ねたユメ先輩は答えてくれなくなってしまう。大抵はどうでもいい事なのだが、偶にとんでもなく重要な事だったりする。

 

 

「……宝の地図でも見つけたんですか?」

 

「違うよぉ」

 

「なら、こないだ、砂祭りのポスターを押し付けてきたのは何だったんです? あれが良い事なんじゃないんですか?」

 

 

 ニヤニヤ笑うユメ先輩の顔がうっとおしい。そのせいで、語気が少し強くなる。あの時に怒るのを抑えるのは死ぬほど大変だったのだ。一週間経って、カヤツリが帰ってきてからのネタ晴らしで何とか許せたくらいだ。

 

 

「砂漠横断鉄道も手に入れて、借金もどうにかなりそう。それ以上に良い事なんてあるんですか?」

 

 

 自分で言っておいて、ホシノは未だに信じられない。どうやったのか、ユメは砂漠横断鉄道とやらを手に入れてきたのである。しかもそれを、ホシノにくれると言うのだ。

 

 くれると言うのは語弊があるかもしれない。ある意味で、これはユメ先輩からの宿題だ。ホシノは、これをどうにかこねくり回して、アビドスを復興させなければならない。

 

 とても大変だ。生半可な努力では何も変わらない。一層の努力が要求されるだろう。でも、ホシノは楽しみでしかなかった。

 

 なぜかって、ようやくの前進だ。借金を返すと言う対症療法ではなく、ようやく建設的なことを始められる。最初から言ってくれれば、怒りを死ぬ気で噛み殺すと言う荒業をしなくても良かったのだが。そこはユメ先輩だから仕方ないのかもしれない。

 

 

「どうしたんですか。そんなにニコニコして私を見て。何かついてますか?」

 

 

 ユメが満面の笑みで見ているので、口をへの字にして言い返す。中々によろしくない態度で張る。それでもユメは笑ったままだ。

 

 

「ううん。ただ嬉しくてね。ずっと、私がやりたかった事が、ようやく叶ったんだよ。ホシノちゃんに、漸く何かを残せたんだから」

 

「ユメ先輩……」

 

 

 少し照れ臭くなって、ホシノは俯く。ユメは卑怯だ。いつもフワフワしている癖に、決めるところはしっかりと決めてくる。本当に卑怯だと思う。

 

 

「それが嬉しいことなんですか? この間に聞きましたけど?」

 

「それも違うよぉ」

 

「じゃあ、なんなんですか……」

 

 

 照れ隠しの質問も、ユメは違うと言う。遂に面倒臭さが優ったため、ストレートに聞くと、ユメは鼻高々に、只でさえ大きい胸を張った。

 

 

「ふふん。私に彼氏が出来たんだよ!」

 

「へぇ……彼氏ですか……それはおめでと……彼氏? 彼氏!?」

 

 

 晴天の霹靂だ。彼氏など、一体どこから引っ張って来たと言うのか。そもそも、そいつは一体誰なのか。ユメが誰かを好きになったなんて、そんな素振りは一度もないはずだ。

 

 そこまで考えて、一つの可能性に、ホシノは思い至る。

 

 

「騙されてませんか? ほら、最近あるでしょう? レンタル彼氏とか……お金をあげるとか、そんな事を言われたんじゃ?」

 

 

 そうだ。そうに決まっている。ユメが彼氏だなんて。あり得ない。

 

 

「違うよ? 私から告白したんだもの。そのままデートもしたんだよ? 楽しかったなぁ……」

 

 

 上機嫌でユメは報告してくる。それだけで、ホシノの胸がチクチク痛んだ。

 

 

「で、誰なんですか?」

 

「ん? ホシノちゃんもよく知ってる人だよ?」

 

「よく知ってる……?」

 

 

 何故だろう。嫌な予感しかしない。いや、そもそもの選択肢など一つもなかった。

 

 

「……カヤツリですか?」

 

「うん。そうだよ」

 

 

 ちらりと横目で見たユメの顔は真っ赤だった。さっきまでの口調や雰囲気は無くて、ユメ先輩ではないように見える。

 

 

「……なんでですか? なんでカヤツリ何ですか? なんで何ですか!? 私の気持ちを知ってた癖に……!」

 

 

 ムカムカする。イライラする。余りのどうしようもなさが恨めしい。

 

 分かっていた。ずっと分かっていた。ユメが、カヤツリを目で追っていたのも、コッソリとカヤツリを連れ出していたのも。それがホシノの知らない所で行われていたのも。そして、そうする理由も。

 

 ずっと聞けなかった。聞こうとも思わなかった。聞けば全てが変わってしまうから、そうやってホシノが足踏みしている間にこんなことになった。

 

 そして、そのまま掻っ攫われた。ユメは怖くはなかったのか。何故そんな事が出来たのか。訳がわからなくてホシノは笑顔のユメを睨みつける。

 

 

「答えてくださいよ……ユメ先輩!」

 

 

 でも、ユメは全く答えてはくれない。あの明るい笑顔で固まっている。

 

 ユメの様子は妙だった。張り付いた笑顔のままマネキンみたいに動かない。それに、生徒会室だと思っていた場所は全く違う。何もない。ただ真っ平らな地平が広がる中に、ホシノとユメが居るだけだ。

 

 

「何で……! ……待って下さい。ここは、何処……」

 

「それは本人ではない。お前の記憶から再構成された影法師。答えのないものには答えられまい」

 

「誰!」

 

 

 聞き覚えのない声に振り向けば、誰かが立っている。

 

 首から下は薄い外套を纏った大男なのに、首から上が問題だった。

 

 何だろう。馬ともロバとも、豚ともつかない着ぐるみの頭だ。昔、シロコが福引きか何かで当てて来たやたらリアルな馬のマスクを思い出す。この場所と同じく、珍妙な格好である。

 

 

「誰も何も。助けてやった者に対して随分な態度だ」

 

「助けた……? お前が?」

 

「如何にも」

 

 

 男。馬頭は腕を組んで誇らしげに立つが、ホシノには異論しかない。

 

 

「思い出せないなら、これを見てみるといい。どうしてここに居るのかをな」

 

 

 馬頭は何処から取り出したのか、細い杖で床を突く。するとユメが消えて、テレビが顔を出した。

 

 

「何で、私が倒れてるの……?」

 

 

 テレビの中では、ホシノ自身が仰向けに倒れている。慌てた様子の後輩たちの姿も映っていた。

 

 

「主は気絶したのだ。オウルとやらの出まかせを真に受けてな」

 

 

 そこまで言われれば、嫌な記憶が蘇ってくる。居たたまれなくて、ホシノは強がるしかない。

 

 

「助けてないでしょ。私は気絶してこんなところにいるのに……そもそも、ここは何処で、あなたは何なのさ」

 

「ここは、主の精神世界。夢ともつかぬ、加速された世界だ。ここでの数日は外では数秒に満たぬであろう」

 

 

 見た目とは裏腹に、馬頭の説明は丁寧だった。確かに、画面の中は殆ど動きがない。

 

 ホシノの納得を感じ取ったのか、スッと馬頭はホシノを杖で指す。

 

 

「次に、助けたというのは気絶からではない。主は反転しようとした。あの並行世界の我やホルス、アヌビスの様にな。自覚はあるであろ?」

 

「……そうかもね」

 

 

 強がってはみたものの、馬頭には通じていないだろう。馬頭は気にする素振りもなく、杖を下ろした。

 

 

「最後に我であるが、名乗る名はない」

 

「嘘でしょ」

 

「ああ、嘘であるとも。正確には名乗れぬのだ」

 

 

 馬頭はあっさりと認めて、言い訳を始めた。

 

 

「今のキヴォトス。特にアビドスのテクスチャーは軋みを上げている。そのおかげで、こんな物々しい装いでしか出てこれぬ。そこで我の名を名乗ってみろ。我はカヤツリでも、カミガヤでもなく、それとして顕現しなければならなくなる。その上、主と殺し合いをせねばならん。反転したところで、今の主では勝負にならぬし。カヤツリが無駄に苦しむだけよ。それは我も本意ではないのだ」

 

「カヤツリ……? 何、まさか、色々やったのは……いっだい!?」

 

 

 睨みつけるホシノを、馬頭は呆れた様に指ではじいた。余りの早業で、技の起こりすら見えなくて、ホシノは額を押さえてのたうち回る事しかできない。

 

 

「何でもかんでも我のせいにするでない。そういう所は変わらんな……我はカヤツリの守護霊、いや背後霊とでも思えばよい」

 

「じゃあ、何で助けたのさ……」

 

「主が反転するとな。色々と面倒なのだ。我にも都合や事情がある。治める民の質くらいは選ぶ権利はある。それにゲームが上手くいかないからと、ゲーム盤ごとひっくり返すのは中々に感心しない行いであるとは思わんか。癇癪を我慢できない年頃ではないだろう?」

 

「癇癪なんかじゃない……」

 

 

 馬頭はまるで親戚のおじさんのような雰囲気で。そのせいか、妙な親近感と気やすさがあった。だから反抗的な台詞が口から飛び出た。あれは癇癪なんかじゃないのだ。本当に、本気でホシノは嫌だったし、悲しかったし、どうでもよくなったのだ。それを子供の癇癪呼ばわりされるのは気にくわなかった。

 

 それを聞いた馬頭は考え込むそぶりだ。

 

 

「ふむ……まさか本当に、カヤツリが父親になったとは思わぬよな?」

 

「当り前だよ……時期が変でしょ」

 

 

 オウルとやらは中学生。カヤツリはホシノと同い年のはずだ。どう考えても時間の理屈が付けられない。だから、ホシノがショックだったのはそこではない。

 

 

「私がああなったのは、想像しちゃったから。ユメ先輩が生きてたら、こうなってなかったんじゃないかって。私はいない方が良かったんじゃって。カヤツリは幸せそうで、私じゃなくてもいいんだって」

 

「まさかとは思うが……アインとやらの声で、梔子ユメの娘を想像したのではあるまいな? 妄想がたくましすぎでは?」

 

「何? 悪い? 本当に見なきゃ良かった。別世界の自分なんて」

 

 

 ホシノは苦々しく吐き捨てる。あの校庭で、倒れ伏す別世界のカヤツリと自分とカヤツリを見た時の絶望感を知らないのだ。

 

 向こうの自分は向こうのカヤツリに大事そうに、守るように抱きしめられていた。それに幸せそうに抱きつくあの自分の顔。思い出すだけでイライラするし、気分が落ち込む。

 

 

「ありえたもしもと、居ない者と届かなかった者を高く持ち上げてして納得すると? それでは酸っぱい葡萄だ。余りにも被虐趣味が過ぎる」

 

 

 馬頭は特大の溜息を吐いている。彼にとっては、信じられない理由であるらしいが、ホシノにとってはそうでもしないとやっていられないのだ。

 

 

「しょうがないじゃん。あの時のカヤツリは、昔みたいに優しい顔してた。私には向けさえしなかったのに、ユメ先輩みたいな声を上げる娘には優しいんだもん。きっとユメ先輩の方が好きだったんだ。だから、私なんかどうでもいいし、ダメ出ししかしてこないんだよ。大切な人が出来るかもしれない? そんなこと言わないで欲しかった……」

 

「はぁ……先ほどの現実逃避の夢も、それ絡みという訳か。どうせ満足いく答えなど得られはしないだろうに。答えなどもうとっくに決まっているのだからな。しかも不貞腐れていると……」

 

 

 馬頭の言うことは、殆ど当たっていて気持ち悪い。あの夢は、きっと聞いてみたかったのだ。ユメから答えが聞ければ、ホシノは無理やり納得できたかもしれない。それはそれとして、一つの単語が癪に障る。

 

 

「不貞腐れてるって何! 私は真剣に──」

 

「真剣に不貞腐れてるのであろ? 嘆き悲しむばかりで、そこから全く動いていないではないか。幾ら自己憐憫が気持ちよかろうと、その内容も全て、主の都合だけ。少しはカヤツリの都合も考えてみたらどうなのだ?」

 

 

 肩をすくめて、馬頭は真っ当な指摘を繰り出してくる。

 

 

「主は、カヤツリに拘っているが。それは何故だ? それは本当に好意であるのか? 愛と安心と満足感の区別がついていないように見えるが。実際は梔子ユメの代替でしかないのではないのか?」

 

「そんなわけないでしょ! ふざけないで!」

 

 

 ホシノは余りの暴言に色めき立った。馬頭の発言はあり得ない程に暴論であった。掴みかかる勢いで、馬頭の下から見上げる。

 

 

「そんなんだったら、私はここまでなってない! 毎日、夜通し砂漠を探したりなんか──」

 

「なら、あの夜。どうしてカヤツリを詰ったのだ? 寄りかかれる存在であった、梔子ユメを奪った原因だからではないのか? ただ、助けを求めて、それが上手くいかなかったが故の結果ではないのか?」

 

 

 思い切り急所を抉りぬかれて、ホシノは言葉もない。それは、あの時に確かに思った事だったからだ。ホシノが答えられずにいると、馬頭はゆっくりと近づいてくる。

 

 

「そうでないと言うなら、何故あの時に反転したのだ? 反転はテクスチャが不安定とはいえ、簡単に行えるものではない。そこまで依存していたが故ではないのか? そうでないと言うなら、主はどうするべきだと思うのだ? 違うと吠えるなら、言ってみるがいい」

 

 

 いつの間にか、馬頭はホシノを上から見下ろしていた。押しつぶされそうな威圧感に、今にも馬頭の問いに頷きそうになる。当てはまる点は多くあれど、全てには頷けない自分がいた。

 

 

「違うよ……」

 

「ほう、何が違うと言うのだ?」

 

 

 苦し紛れの答えでも、馬頭は聞いてくれるようだった。

 

 

「それだったら、私は怒ったりなんかしなかった! 確かに慰めて欲しかったけど、抱きしめて欲しかったけど。ユメ先輩の事を言いたくはなかったけど。それだけじゃなかった!」

 

 

 もう何を言っているのか。ホシノ自身ですら分からない。あの夜と似たような、でも違うような熱が、ホシノを突き動かしていた。

 

 

「私は認めて欲しかった! ずっと子供みたいに、仲間外れにされるのが嫌だった! ユメ先輩だけに頼るカヤツリが大嫌いだった!」

 

 

 ずっと思っていたことだ。ずっと思って、口には出さず、心の奥底にしまい込んだそれ。それが真実である事が、あの夜に証明されてしまったから。

 

 

「八つ当たりだったのは認めるよ。責任を押し付けたのも認める。自分を慰めてたのも、優しくされるのが気持ち良かったのも。でも、それだけじゃなかった……一緒に頑張りたい気持ちもあったんだよ。でも、カヤツリは私を選択肢に入れさえしないんだ。さっきだってそうだよ……あんなに辛そうな顔してるくせして、私に楽になれ何て言うんだよ? それだけ私が頼りないって言うの? ユメ先輩なら良かったって言うの?」

 

 

 グチグチと言い訳を繰り返すうち、止まらなくなってくる。馬頭から目を逸らして俯くも、全く止まらない。

 

 

「あのアインとかソフとかオウルとか言う娘たちに優しいのは何でなのさ。私より強いって言うの? 弱くて頼りないから優しいなら、どうして私にはしてくれないのさ。後輩たちにもそうだよ。足りないところをグチグチ言ったくせに、私にはどうして欲しいかなんて言わないんだ。どうしてほしいかすら言わないで、勝手に自己完結して、勝手に私を見限らないでよ。カヤツリは勝手なんだよ。私の言う事はいつも聞いてくれないのに、聞いてほしくない時だけ聞くのは何なのさ。ずっと見てたんなら、その時に言えばいいじゃない。卑怯だよ。カヤツリは卑怯……私が声を掛けても聞いてもくれないんだ。しかも、ずっと隠れてるなんて……」

 

 

 あんまりの怨嗟染みた愚痴に、馬頭の引いたような声が耳に響く。

 

 

「……主はカヤツリの事が嫌いなのか? 怖気が立つほどの直感で、殆ど当たってはいるが」

 

「そんなわけないでしょ……でも、嫌いなところもあるんだよ。何、全部好きになれとでも言うの?」

 

「まさか。そんなわけあるまいよ。主はあそこまでされても、カヤツリを信じているのだな」

 

 

 馬頭の声からは、責める色が無くなっていた。そればかりか、感心の色さえ見えている。俯いた顔を上げれば、馬頭は腕を組んでホシノを見ていた。

 

 

「嫌いな部分があって当然であろう。それが人という物だ。それを擦り合わせて、調整していくのが愛という奴らしい。嫌いなところが無いなら、それこそ依存している。都合の良い部分しか見ていないのだろうさ」

 

「急に何? さっきまで罵倒していたと思ったら、褒めたりして」

 

「何、感心していたのだ。目が無くとも見ている所は見ているのだとな。主の背後霊とは大違いだ」

 

 背後霊というから、後ろを見ても何もいない。それを見て馬頭は笑う。

 

 

「主がカヤツリに怒ったのは間違いではない。奴も仁義をワザと通さない部分があった。ただ、互いの事情も知らずにいたのが間違いよ。主も梔子ユメに怒った事を言わなかったであろ? 言ったら結果は違ったろうよ」

 

「そうすれば良かったんだよ……カヤツリも、私も」

 

 

 もしもの可能性に気分が落ちそうになるが、何とか耐える。目の前の馬頭はきっと笑うし、こんな事ではカヤツリと話にはならないからだ。

 

 

「だが、主はまぁ合格だろう。その気概であれば、カヤツリと話くらいは成り立つだろうよ」

 

 

 笑って合格だというので、ホシノは目を白黒させる。

 

 

「合格って何? 試験をしてたの?」

 

「うむ。カヤツリか、主に手を貸すかどうかを悩んでいた。今の主なら、カヤツリを止められるだろう。その方がきっといいはずだ。海と化したカヤツリの世界から引き上げられる」

 

「何をすればいいの?」

 

 

 それを聞いた瞬間。馬頭の正体とか、詰られた事とか、試されていたこと。全てのどうでもいい事が吹き飛んだ。勢い込んだホシノの問いに、馬頭は首を傾げる。

 

 

「それは、主が決めるべきだ。あの夜の後、何があったのか。カヤツリは何を考えているのか。何を経験し、その考えに至ったのか。それを知れば答えはおのずと見えるだろう。真にカヤツリの事を考えているならな」

 

「分かったよ……そういえばさ。何で協力してくれるの? 悩んでたんでしょ」

 

 

 ホシノは神妙に頷いて、気になる事を聞いてみた。答えてくれそうな気がしたからだ。

 

 

「きっとあなたはカヤツリが大事なんだよね? だったら、何で私なの? 私は言っちゃいけない事を言ったのに……」

 

「それは、主の己惚れすぎという物だ。カヤツリが、ああなったのは主の所為が全てというだけではない。精々が、そうよな……三、いや四分の一程度か」

 

「四分の一?」

 

 

 馬頭の言葉が正しいなら、カヤツリは四回ほど何か酷い目に遭った事になる。そのことについては、馬頭は答えない。自分で調べろと言う雰囲気だった。

 

 

「主に協力する一番の理由はな。このままではカヤツリが不幸になるからだ。カヤツリの目的には、条件がある。カヤツリはそれを満たしたと思っているようだが、実際の所満たしてはいない」

 

「それの何が問題なのさ……」

 

「梔子ユメを殺さねばならないからだ。今度こそ、本当に。己の手で殺さねばならん。それだけは外すことはできない手順なのだ」

 

 

 とんでもないことを言い出した馬頭をホシノは見る。冗談や酔狂ではなく、本気で言っているのが伺えた。

 

 

「主は、カヤツリへ言っただろう。梔子ユメを殺したとな。それをカヤツリは他の者からも言われたのだ。何回も、何回も、何回も」

 

「何でよ! 何で──」

 

「砂漠横断鉄道の契約書。その二枚目を見たであろう。梔子ユメがいなくなれば、権利はカヤツリに移る。そう言う契約書だ。それを見た人間は、カヤツリの事をどう思い、どんな言葉を掛けるであろうな?」

 

 

 それは……言うだろう。傍から見れば、カヤツリがユメを殺して、砂漠横断鉄道の権利を奪ったようにしか見えない。

 

 

「梔子ユメを殺し、アビドスを奪い、アビドスを統治する。それは絶対条件であった。しかし、それは虚構である。儀式は実行しなければ意味はない。苦しみから逃れるための術であったのに、苦しみを増やす行為に他ならぬ。足を負傷し痛いからと、足ごと切り落とすに相当する行為よ」

 

 

 着ぐるみの上からでも、馬頭がしかめ面をしているのが分かった。苛立たし気に貧乏ゆすりまでしているレベルだ。相当にお冠らしい。

 

 

「その上にアレだ。まさか、理論上はあり得るとはいえ、因果の逆転とはな。中に良くないものまで抱えている」

 

「何? アレって」

 

 

 馬頭の貧乏揺すりが酷くなった。何と言おうか迷っているのだろうか、しばらく返事すらない。

 

 

「……自然は芸術を模倣すると言うであろう。簡単に言えば、美しい森の絵を見た後に、自然の中の森の光景の美しさに気づくと言うものだ。自身の経験をもってして、我々は世界を見ている。つまり、主観によって物の見え方は変わる。主と我で同じものを見ても見え方は違う。自分の知っている何かに似た物を見た時。そうであると結論付けるだろう。それが二人しか知らないモノであるとなれば尚さらだ。二人しかいない世界で、緑の物を青と言えば、それは青になるのだ」

 

 

 ようやく絞り出された答えは、意味不明の物だった。黒服染みたことを言う馬頭は、話を止める気配はない。

 

 

「またはその反対も言われる。時々、本当に時々であるが。模倣であるものが本物を超えることがある。ここはアビドスなのだから、起きるとしたら一つだろう。良いか。この世界で不変のことがある。どう本物に見えたとて、それが本物を超えたとて、それは本物では無いのだ。唯の模倣に過ぎない」

 

 

 ホシノに目線を合わせた馬頭は念を押す。そして、何かを言おうとした瞬間に、馬頭の全身が炎に包まれる。

 

 

「大丈夫!?」

 

「……問題ない。思い切り殴って気絶させておいたのが目覚めただけだ」

 

 

 全く熱くないのか、馬頭の様子は変わらない。それと同時に、炎の奔流がどこからか馬頭に叩きつけられている。それを片手でいなしながら、馬頭は消えていく。

 

 

「我はお暇するとしよう。再び会う事の無いのを祈る。その時は失敗したと言う事だろうからな」

 

 

 そのまま、ホシノの意識も薄れていく。このまま目覚めるのだろうという予感があった。けれど、目覚めはもう怖くない。次にやるべきことが分かっていたからだ。

 

 ホシノもカヤツリと同じようにやらせてもらえばいい。カヤツリが自分勝手にやるのなら、ホシノだってやるのだ。文句があるなら受けて立つ。謝って、何が嫌なのか、どうして欲しいのか。その時にすればいい。ずっと、そうすべきだったのに。そうすべきだったことを今から始めていくのだ。

 

 

「私、頑張るよ。カヤツリ」

 

 

 そう呟けば、何でもできるような気がした。

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