ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「え……それってつまり」
「あの人は約束を守った。私たちの居場所を用意してくれた。そこの奥空アヤネが言ったとおり、アビドスに鉄道が通れば、それぞれの駅を基点として町が出来るだろう」
セリカの言葉が聞こえないかのように、スオウは静かに言う。その光景を想像したのか、少しだけ興奮したようだった。
「そうなれば、アビドスは変わるだろう。何時まで掛かるかは分からん。だが確かに変わる。私たちの力で変えられるかもしれない。それは私たちが望んで叶わないと思っていた事だ」
「でも……アビドスじゃないじゃない」
「セリカちゃん!?」
負け惜しみにしか聞こえないセリカの言葉は、スオウに割合深く刺さったようだった。一瞬で表情が冷え切った。
「現実的でいいだろう?」
それだけ言って、スオウは黙り込む。勢い余って、完全に言ってはいけない事を言ってしまったのは明らかだった。流石のセリカも、顔色が青くなった。
「ごめんなさい。言っちゃいけない事を言ったわ……」
「ふん……それを、さっきのあの人に言わなくてよかったな。きっと激怒して、アンタは無事では済まなかった」
注意を終えたスオウは真面目な表情でポツリと言う。
「誰だって、アビドスが元に戻るならそれが良いに決まっている。時間を掛ければ、あの人だけなら、そう出来たのかもしれない。だが、私たちに配慮してくれたんだと思っている」
「ん。配慮って?」
「別に、私たちを拾い上げなくても良いと言う事だ。ここまで急がなくともな。そうしなければいいことくらい、誰だって思いつく」
シロコが首を傾げるので、スオウはため息をついていた。
「私立ネフティス中学も、アビドス高校も、廃校の危機という点では同じだ。同じように支援をつぎ込めば維持は出来ただろう。別に、維持するのは私立ネフティス中学である必要はない。それこそ、アビドス高校でもよかったわけだ」
「どうして、私立ネフティス中学を?」
「ふん……十六夜ノノミ。アンタはよく知っているだろう? 私立ネフティス中学はセイント・ネフティスが出資していた学校だ。ネフティスの理事であるなら幾らでも融通が利く。改革速度も速い。その点を重く見たんだろう」
スオウの解説を聞いて、ホシノは違和感を感じはしなかった。理屈に通っているように思う。だが、同時にデメリットも存在するように思う。それはノノミも同じだったようだ。
「ですが。生徒会組織があるのはアビドス高校です。だから今揉めてるんじゃないですか」
「ネフティス中学でなく、アビドス高校を支援するべきだったと? 本当に……自分勝手で無知なのは怖いな」
スオウの片目に呆れと怒りの色がありありと浮かんだ。それは、ノノミに伝わるくらいにハッキリと。
「本来なら揉めるはずが無かった。何故なら、アビドス高校への入学者はいないはずだったからだ。あの人は人数が多い方を選んだ。幸福の最大公約数を選んでくれたし、そのつもりだったろう。でも、そうはならなかった。何の因果か、アビドス高校はまだ存続しているからだ。それで? 私にまだ続きを言わせたいのか?」
「あ……」
ノノミは黙って俯いてしまった。アヤネやセリカはよく分からなさそうな顔だが、当たり前の話なのだ。二人が初めて、アビドス高校に自主的にやって来た生徒だから。それ以前の事を知らない。詳しい事は教えもしていない。
シロコは行き倒れていたから。ここ以外に行く場所が無かったから。いや、本当はホシノが寂しかったせいかもしれない。シロコは勘が良くて、人の気持ちが分かる娘だ。ホシノの内心を見抜いて、残ってくれたのかもしれない。
ノノミは逃げて来た。尤もらしい事を言って、ホシノの忠告を聞き入れはしなかった。その時もやっぱりホシノは受け入れてしまった。本来なら、ユメであったなら、しっかりと理由を聞き出して相談に乗ったろう。
アビドス高校二年生はそんな経緯でここへ来た。一人は止むに止まれず、一人は何かから逃げて来て。
つまりは全員望んで来たわけではないのだ。成り行きでここへ来て、そのまま居着いた。
流石のスオウもシロコが行き倒れてそのまま居つくなど予想外だろうから、ノノミの事だけを論っている。もしもノノミが逃げて来なかったら、あの時に言っていたハイランダーに行ったのなら、今頃アビドス高校はそのまま廃校になっていた想定なのだろう。
だからスオウは怒るのだ。自分で辛い道を選んだ癖して、思い通りにいかない憤りをぶつけるのかと。そこまで考えずに行動したツケを今払っているだけだと。
「ふん……納得いかなさそうな顔だな」
ノノミの事情を知らないだろうセリカやシロコは何か言いたげな顔だ。きっとスオウの言う通りに納得してはいない。だって二人は、いや対策委員会は上手くいっているからだ。きっとその事をスオウも分かっている。
「綺麗事を掲げているアンタらが私たちを気に食わない理由は分かる。アンタらは何だかんだで上手くやっているからだ。私たちは低きに流れ、誰かに頼ってここに居る。そこは認めるさ」
スオウの口調は静かだった。別にさっきまでの様な怒りは感じない。けれど、中で何かが煮えていた。
「だがな。さっきから何度も何度も繰り返し言っているが、アンタらの理屈を私たちに当てはめるな。しつこい。飽き飽きする。本当にウンザリだ。口を開けばアビドスの為、アビドス高校に入学しなかったと馬鹿の一つ覚え。アンタらは上手くいっているのだから、それで十分だろう? アンタらはアンタらで、好きなようにやればいい」
ただ淡々と言っているが、内容は酷いものだ。本当にウンザリしているというのが伝わってくる。
「いいか? 分からないようだから教えてやる。確かにアビドスは私の故郷だ。順当にいけばアビドス高校へ行くのが当然だろう。だがな? 授業もない。友もいない。治安は悪い。借金がある。いつ廃校になるかも分からない。そこに行きたくないと思うのは普通のことではないのか? アビドスが故郷というだけで、私はそこまでしなければならないし、そこまで言われるのか?」
誰に問うているわけでもない疑問が、やけに胸に刺さる。先生は辛そうな顔をしている。
「勿論、大事な故郷だ。しかし、そこまでする義理はない。アビドスは私たちに何一つ与えてはくれない。物心ついた時からこうだからだ。大人達の言う栄光の時代など私たちには知る由もない。モチベーションなど湧くものか」
それは事実だ。だがキツイ言葉尻とは裏腹に、スオウの方がどこか痛みを堪えている様だった。
「それなのに三年だ。少なくない私たちの時間を、二度と訪れない時間を三年も費やせと言うのか? 上手く行く保証もないのに? 何も残らないかもしれないのに? そんな物はゴメンだ。だから殆どの人間がそうした。なら何故、アンタ達はそうしないのか?」
吐き捨てるように。でも羨むように。スオウはホシノ達を見る。
「理由はひとつ。アンタらが強いからだ。こんな状況に負けないでいられる程に強いからだ。だが、私たちは強くない。普通に朝起きて学校に行き友人と語らう。趣味に邁進して、夜更かしをする。そしてまた何でもない明日が来る。ただその日の事だけを考えていればいい。そんなありふれた毎日を望んで何が悪い? 他では容易く手に入る普通を求めて何が悪い。それは学生であれば、当たり前に与えられるものの筈だ。それすら勝ち取れとアンタらは言うのか? そんなものは強者の理屈で、アンタらは偶々そうなっただけだ。そんな理屈を押し付けないでくれ」
スオウは一息に言い切って、萎んでしまった。もう中に煮え滾っていたものはどこにもない。きっと全部吐き出してしまったからだ。それだけの熱が今の言葉たちには宿っていた。
萎びたスオウは、燃えカスを最後に吐き出す。
「……普通という弱さくらい認めてくれてもいいだろう。私たちにとって、アンタらは眩しすぎる。あまり私たちを虐めないでくれ……」
「そうだね。ごめんよ。ここまで言わせてしまって……」
「……この話はもう終わりだ」
先生の申し訳なさそうな謝罪をよそに、スオウは口を引き結んでいる。言葉の通りに、もう話してはくれないだろう。
「あれは嫌味じゃなくて、言葉通りの意味だったんだね……私も気づかなかった。考えてみれば、当たり前の事なのに」
「先生? どういうこと?」
何やら先生だけが納得したように頷いているから、ホシノは聞いてみる。でも先生は曖昧に物憂げな表情をするばかりだ。
「まだハッキリと確証を得たわけじゃないけど……多分、普通が何かを知ったんだと思うよ。それで、普通を知って欲しくなったんじゃないかな……選択肢を用意してあげたくなったんだよ」
待って先生が漸く出してきた答えは本当に曖昧で、ホシノには何のことか理解が及ばない。一体、誰の何の事を言っている? そのことを集中して考えようにも、アヤネが別の疑問を投げかけてくる。
「今のスオウさんのお話で……カミガヤさん。いえ、カヤツリさんが本気で取り組んだと言うのは分かりました。しかし何故、そこまでするんでしょうか? その理由がないように思います」
「ん。ホシノ先輩があんなことしたら、普通出て行く。アビドス高校じゃなくて、アビドスから」
「うあ……」
純然たる事実を叩きつけられて、ホシノは呻いた。きっと誰だってそうするだろう。やっても居ない事をやったと決めつけられて、お前の所為だと言われたら。千年の恋だって冷める。
「それに、どうして砂漠横断鉄道のことを知っていたんですか? 正確には、そこに隠されていた列車砲シェマタの事を」
アヤネが発したその疑問に、ほぼ全員がネフティスの執事を見た。
「お二方は分かります。ネフティスは過去アビドス生徒会とそれを作り上げた。ゲヘナはそれに協力した。なら知っているのはおかしくはありません」
そう言って、最後にアヤネがネフティスの方を見ると、諦めた様に執事が頷く。
「ええ、あれは生徒会の谷に安置されていました。過去、開発された時そのままの姿でね」
「どうして今更、使おうなんて話に?」
「本来なら、使えるはずが無かったのです。だからこそ、あれは忘れ去られていた。ガラクタだったからです」
「ガラクタ?」
「その通り、あれは使い物にならないガラクタでした」
先生の質問に執事は素直に答えて、がっくりと肩を落とす。
「スペック上では超兵器です。理論も完璧で設計図の通りになるはずでした。けれど、そうはならなかったのです」
「それは、どうして?」
「エンジンがね。どうしようも無かった。設計図の求める出力には到底足りなかった。つまり、上手い事やって、人の金で雷帝は大規模な実験をしたのさ」
マトの言葉に執事が頷く。それは当然だろうと内心でホシノは頷く。出力が足りないなら動くはずもない。過去のアビドス生徒会もとんだガラクタを掴まされたものだ。それだけのお金があったら、今よりずっとマシだったろう。
だが、過去の後悔など執事はどうでもいいらしい。液晶の目が下がっていた。
「しかし、それをカミガヤ理事は解決したのです。その結果がビナーの単独撃破という異常な戦果。その戦果をもってして、彼は理事会を納得させたのです」
「何よ。戦争でも吹っ掛けようってこと?」
「いいえ。それだけなら、どれだけよかったか。そんな過激な事を言い出せば、理事から降ろされます。理事会も会長夫妻もバカではありません。外からの来訪者たる先生はお分かりでは?」
「兵器から、技術を転用しようって事かな? 電子レンジとか、これとか」
先生が腕時計を指すと、執事は首を傾げつつも頷いていた。ホシノも、そこで腕時計が出て来る理由は分からないが、先生はそうだと思っているらしい。
先生の言う通り、新技術を日用品へ転用できるのであれば、莫大な利益を生むだろう。だからこそ、私募ファンドは食いついたに違いなかった。アヤネの想像はある意味では当たっていたことになる。
「ですから、彼がその力を外に振るう。その心配はないでしょう」
執事の一言で、ホシノはホッと胸を撫でおろす。もし、そんな事をするまでにカヤツリがなっていたら、ホシノの責任だ。ユメだってきっと悲しい顔をするだろうから。しかし、話が振出しに戻った気もする。
「えっと、話を元に戻します。まずはカヤツリさんが、何故シェマタを知っていたかです」
「ネフティスで知ったんじゃないの?」
「それはあり得ないんだよ。セリカちゃん。これがあるんだから」
アヤネは問題の契約書を二枚取り出して、机の上に広げる。
「この二枚の契約書の内一枚は、梔子ユメ生徒会長の物。そして、もう一枚が問題なんです」
アヤネが指さしたのはユメの方ではない。カヤツリの名前が書かれた方の契約書だった。
「ここには、代理人とあります。梔子ユメ生徒会長が買い取れなかった場合の備えでしょう。ですが妙だと思いませんか? 今よりも余裕のなかったはずのアビドスが、一千万もの大金で砂漠横断鉄道を買おうなんて。それも代理人まで立てて」
「ん。それほど大事。だから、代理人を立てた。ネフティスに行く前から、シェマタの存在を知っていたって事?」
「そうです。シロコ先輩。そして、嫌な考えになりますが……」
アヤネはお伺いを立てるように、チラチラとホシノの方を見る。言いたいことは嫌でも分かった。
「いいよ。言っても、何となく予想は付いてるから」
「では……現状、梔子ユメ生徒会長は亡くなっています。つまり、砂漠横断鉄道の権利はカヤツリさんにあるんです」
「でも、それはホシノ先輩が偶然……いや、でも予定があった? ホシノ先輩に内緒で? まさか……そのために自分の先輩を──」
ホシノは上手く息が出来なくなった。馬頭の言った事を思い出したからだ。まさかカヤツリも、後輩に言われるとは思わなかっただろう。
「止めな! それ以上は許さない!」
耐えられない。そんな風にマトが叫んだ。マトに似つかわしくない、余裕のない声だった。
「それは違う。カヤツリは、そんな事を考えてしたわけじゃない。結果的にそうなってしまっただけで、絶対に違うんだよ……」
「マト先輩……」
俯いて、今にも泣きだしてしまいそうなマトを、ヒナが悲しそうに見つめている。それを見た先生が動いて、悲しそうに言った。
「やっぱり、全部は話してくれなかったんだね」
「そうさ……先生には私がカヤツリに取引を持ちかけた事しか話してないからね。その結果どうなってしまったのかは話していない。それを最初に聞かなきゃいけない人間がいるんだ。それは、アンタなんだよ。小鳥遊ホシノ」
よろよろと、マトはホシノの傍まで近寄って来る。ホシノより小さい身体が、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
「さっきの話を覚えてるだろう?」
「……話すとか話さないとか揉めてたヤツ?」
マトは小さく笑って、気まずそうにホシノから目を逸らした。
「……そうさ。話すべき事ってヤツさ。本来なら、この騒動が終わった後に話そうと思っていた。それで、アンタに私をどうするか聞こうと思っていた。そんで話の内容は、ここまで来たならもう薄々は分かっているんじゃないかい?」
ホシノの頭には一つの推測があった。これまでに集めた情報から浮かび上がってきたものだ。
どうやってカヤツリは砂漠横断鉄道の、列車砲シェマタの事を知ったのか。それを知っているのは三つの陣営だけ。アビドス生徒会、ネフティス、ゲヘナの三つ。この三つのどれかが、カヤツリに教えたのだ。
アビドス生徒会はあり得ない。彼女らは真っ先にケツを捲って居なくなってしまった。ユメが知っていたとしたら、生徒会の谷に行ったときにホシノにも話しているはずだ。ユメなら一も二もなく破壊するだろう。そう信じている。
ネフティスもあり得ない。そうする理由もないし、教えるメリットもない。なら、答えは一つだけだ。残る一つは、動機も情報も持っている。
「君がカヤツリに教えたんだ。砂漠横断鉄道の事や、シェマタの事を」
「そうさ。私が教えた」
やっぱりとホシノはマトを睨む。するとマトは、睨み返すどころか目を伏せて、とんでもないことを言い出した。
「私が悪いんだよ。梔子ユメが死んで、カヤツリが出て行ったのは、私の所為なのさ」