ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
ホシノは対策委員の部室で机に伏して、うとうとしていた。二人だけだった頃なら、カヤツリの空き教室で布団に入って瞬く間に眠ることができたが、今あの教室はカヤツリの仕事部屋に戻ってしまった。もちろんホシノは抵抗したが、”後輩に見られても平気なんだ?”の一言で撃沈した。ノノミちゃんには一度見られてはいるけれど、シロコちゃんがどう反応するか分からなかった。
開けた窓から差し込む朝の日差しと風が心地よかった。昨日も夜のパトロールで少し眠い。
見回りの時間帯を変えてから数週間が過ぎた。特に何も成果は得られていない。アビドスに多くの学生がいたのは昔の話だから仕方がないのかもしれない。
「これから、どうなるんだろうねぇ」
後輩向けの口調で呟く。怖がらせないようにと思って始めたこの口調だけれど、自然に出せるようになってきている。思えば昔はずっと怒っていたか、焦っていたから、こんなにぼんやりして、落ち着いた気持ちでいるのは久しぶりかもしれない。
あの日に守ると思ったものは、できているものも、ないものもあるけれど、今のホシノは充実していた。後輩は二人も入ってきてくれたし、カヤツリもいてくれる。少しずつ前に進んでいる感じもする。これ以上を望むのは罰当たりというものだろう。
「おはようございます。ホシノ先輩」
「ホシノ先輩。おはよう」
シロコちゃんを連れてノノミちゃんが登校してきた。家も何もないシロコちゃんをどうするか相談するとき、ノノミちゃんが手を挙げたのだ。”私にできることをやらせてほしい”と言われたら、自分としては否定もできない。その流れで、今シロコちゃんはノノミちゃんの家に泊まっている。
今は、三人でシロコちゃんに家事やら買い物とかの知識と一般常識を詰め込んでいる。それもあって、以前のような弱肉強食の思想は鳴りを潜めていた。その大事な時期にカヤツリが銀行強盗体験をさせるとは思わなかったけれど。
「ん。カヤツリ先輩は?」
「珍しいですね。いつも先に居ますよね」
「今日は遅れてくるよ。定期的にそういう日があるんだよ」
カヤツリがいないことを不思議がる二人に教える。先輩がいた時も定期的に遅れてくることがあった。本人に聞けば大人に会っているのだという。ひどい目にあわされているわけでは無いようで、いつも昼までには帰ってくるので心配はしていない。それまではお休みだ。
「だから、今日の会議はカヤツリが帰ってきてからね。それまでは自由にしてていいよ。おじさんは、ぼーっとしてるから」
「えーっ! もったいないですよ。カヤツリ先輩だけいないなんて珍しいじゃないですか。女子トークしましょうよ! 女子トーク!」
「ええ……。おじさんは年だからいいよ。まあ、質問は一人一つくらいならいいかな」
女子トークなんてホシノには経験がない。カヤツリは男だし、先輩とは多く話したけれど、あれは女子トークというものとは別だろう。先輩は、もっと大事なことを話していた気がする。それに今は少し眠いし、あまり意欲がわかなかった。
ただ、二人とも向かいに座っている。様子を見るにノノミちゃんはやる気満々だし、シロコちゃんは気になることがあるようで、無邪気な瞳で聞いてくる。
「カヤツリ先輩はホシノ先輩より強いの?」
「あ。それは私も気になります」
──また答えにくいことを聞くねぇ。内心でそう独りごちる。これは答えようによってはカヤツリに迷惑が掛かる気がする。具体的にはシロコちゃんに、もっと絡まれる未来が見える。それは可哀そうなので、ぼかして答える。
「この前のパトロールで見たでしょ。シロコちゃん」
「ん。よくわからない」
やっていることは偵察と自分の露払いだけだし最近は節約しているから、わかりにくいだろう。自分とは強さの方向性が違うから説明がしにくいのだ。
「そうだねぇ。お互いに向き合って同じ距離でよーいドンで戦ったら、おじさんの方が強いし、もう少ししたらシロコちゃんでも勝てるようになるだろうね」
分かっていなさそうな顔をするシロコちゃんが可愛らしくて、自分の顔が緩むのを感じる。少しサービスで続きも教える。
「ただ、不意打ちされたり、距離を取られたら、おじさんも分からないかな。負ける気はないけどね」
ビナー退治やこれまでのヘルメット団との戦いを思い出す。カヤツリの戦い方の基本はガチガチにメタを張るか、相手の射程外からの狙撃か爆撃だから、自分とは戦い方が違う。ホシノが出来ないことはカヤツリができるし、その逆もしかりだった。だからどっちが強いかなんて一概に言えないのだ。
頭上に疑問符が浮かんでいそうな様子のシロコちゃんに癒されていると、ノノミちゃんが少し真面目な声で言う。
「ずっと気になってたんですけど、カヤツリ先輩って、どこから来たんですか?」
「……そういうのは、本人に聞くべきだと思うよ。まあ、カヤツリは最近ずっとシロコちゃんに掛かりきりだからね」
ノノミちゃんは少しこういう所がある。ホシノは知っているけれど、こればかりはカヤツリが直接言うべきだ。普通にノノミちゃんには教えるのだろうか、想像すると少し気にくわなかった。
それに、最近カヤツリは後輩二人にばかり構っている気がする。何をやっているかはよく知らない。二人なら知っているだろうか。
──女子トークか。自分には縁遠いものだと思っていたが、いい機会だから活用することにする。
「シロコちゃんとノノミちゃんは、普段カヤツリと何してるの?」
「ふふっ。ホシノ先輩も興味あるんですね」
「……おじさんも一応、女の子だからねぇ」
ノノミちゃんはくすくす笑っている。さっきとは態度が真反対だから自分の意図はバレバレだろう。少し顔が熱を持つ。冷えた机の感触をリアルに感じた。
「私はお金の計算とか、先輩が分からないものの目利きでしょうか」
「へぇ。ノノミちゃん目利きとかできるんだ」
確かに、宝探しで貴金属が出てきたことや、一目ではよくわからないものもある。昔カヤツリが後で買い叩かれた事に気づいて、絶叫していたことを思い出した。それができるなら、やらせるだろう。ついでにお金の管理も教えているのかもしれない。
最近、自分に回ってくる仕事が少ないのもそのせいだろう。
「シロコちゃんは?」
「たくさんありすぎてわからない……」
さっきまでとは違い、げっそりした顔をしている。自分含めた三人から毎日、何かしら詰め込まれていればこうもなるだろう。
「でも、シロコちゃん。先輩から何か貰ってませんでした?」
「何それ。私知らないんだけど」
ノノミちゃんの一言は聞き捨てならなかった。また自分の知らない所でなにかやったらしい。シロコちゃんは、自分のロッカーまで行くと何かを持ってきた。
「ん。これ。じっと見てたらくれた」
「だめでしょ。カヤツリ。こんなの渡したら……」
「カヤツリ先輩はシロコちゃんに甘いですからね……」
シロコちゃんが持ってきたのは、カヤツリが昔使っていたドローンだった。しかも爆撃用に使っていたもので、それなりの積載量があるタイプだ。流石に、今はロケット弾や爆弾は抜かれていて本体だけだ。
「これで練習しなさいって。うまく出来るようになったら、もっといいのあげるって」
「「……」」
嬉しそうにドローンを飛ばすシロコちゃんを尻目に、ノノミちゃんと顔を見合わせて頷く。今日の会議の議題は決まったようなものだからだ。
時計をみればそろそろ昼に差しかかる時間だった。まだカヤツリが帰ってくる気配はない。女子トークとやらも話題が尽きたし、いい時間つぶしになった。また機会があれば乗ってみてもいいかもしれない。
「でも、カヤツリ先輩もアビドスが大好きなんですね。ホシノ先輩とずっと頑張ってるんでしょう?」
ノノミちゃんの一言が引っかかった。
──どうして、カヤツリは私と一緒にいてくれるんだろ。
ノノミちゃんの言うようにアビドスが大好きだから? そんなことをカヤツリは言っただろうか。言っていたような気がするけれど、あれは、先輩と自分含めた場所が好きだみたいな言葉だった。
机に覆いかぶさっていた身体を起こすと、眠かった頭が急速に冴えていく。急に動き出した自分を見て二人が奇異の目で見るが、そんなことは今はどうでもよかった。でもいくら考えてもわからなかった。
あの日から、考えないようにしていたからだ。傍にいてくれるのは、きっとカヤツリの意志なのはわかる。自分と同じ気持ちで残ってくれたのだと信じていた。だって、そうでもなければ、あんなに頑張ってはくれないだろうから。
──嘘だ。一つだけ心当たりがある。でもそうであるなら、とても嫌だった。先輩に頼まれたからなんて。
結局、自分がカヤツリにできることは、一緒に頑張ることくらいなのだ。無理しているときに止めることくらいしかできない。本当に、自分はカヤツリがやってくれたことを返せているのだろうか。
「本当にそうなのかな……」
「ホシノ先輩はなんでそう思うの?」
思わず零れた言葉を聞いたであろうシロコちゃんが、本当に不思議そうな顔で聞いてきた。いつの間にか、操縦していたドローンは既にシロコちゃんの手の中に戻っていた。ただ、こんなことを可愛い後輩たちに聞かせるわけにはいかない。
「いや~、おじさんは最近寝てばっかりだからねぇ。カヤツリも呆れてるんじゃないかと思ってね」
「ん。確かにホシノ先輩は、ねぼすけ」
「うへ~。耳が痛いね」
いつもの先輩のガワを被り直す。シロコちゃんも納得したようだし、カヤツリが帰ってくるまで一寝入りするだけだ。そうすればこの嫌な気持ちも少しは落ち着くだろうから。
「でも、カヤツリ先輩は気にしてない。この前だって、ニコニコしながらホシノ先輩の寝顔見て仕事してた」
「シロコちゃんも見たんですか。私が初めて話した時もやってましたね」
「うえっ。なにそれ。カヤツリそんなことやってるの!?」
被ったガワが一瞬で剥がれた。アイツは後輩たちの前で何をやっているのだ。というか、部屋で寝る時のやり取りもこれのことか。後輩たちの追撃はまだ止まなかった。
「ん。カヤツリ先輩、私と居る時ホシノ先輩の話ばかりする。だからそんなに心配しなくても、別に呆れてないし嫌われてないと思う」
「……ちなみにどんな話してるの? ちょっとおじさんに教えてほしいな」
斜め前でノノミちゃんがイイ笑顔でニヤニヤしているが、無視して聞いてみる。これは、カヤツリが変なことを吹き込んでいないかの確認のためで、決してカヤツリが自分の事をどう思っているかに興味があるわけではないのだ。
「この前は、凄い褒めてた。ちゃんと先輩やってるって」
「うん。それで? 他には?」
少し気恥ずかしいけれど、まだ大丈夫。続きが気になるので、シロコちゃんを急かす。
「柴関でラーメン奢ってもらった時は、最近は元気そうでいいって」
意外と火力は低かった。あのカヤツリだ。後輩の前では、そうそう変なことはいわないだろう。そう安心していた自分へ、最後にシロコちゃんは少し悩んだ後、爆弾を投下してきた。
「はっきりとは覚えてないけど、”ずっと一緒にいたい”みたいなことも言ってた」
「へっ!?」
あまりの事態に思考がフリーズした。まあ、そう考えればカヤツリの行動に筋は通るけれど。何やらノノミちゃんとシロコちゃんが小声で話しているがよく聞こえる。
「シロコちゃん。ホントにカヤツリ先輩そんな事言ったんですか」
「うん。独り言でぼそっと。たぶん無意識。カヤツリ先輩も自覚ないと思う」
「とんでもないのが出てきましたね……」
やっぱり、カヤツリだった。アイツはシロコちゃんの前で何を口走っているのだ。なんか体温が上がる。
吊り上がりそうになる表情を意地で抑え込む。前では、二人がじっとこちらを見ていた。これは、そういうんじゃないのだ。自分の勘違いが解けたからであって……
ノノミちゃんとシロコちゃんの視線に耐えられなくなった。よくわかっていなさそうなシロコちゃんはともかく、ノノミちゃんは誤解している。その証拠に顔にニヤニヤ笑いが張り付いている。
でもよかったとホシノは思う。ただ安心した。本当に安心した。カヤツリは自分の意志でいてくれているのだ。
ただ、そろそろ昼になる。カヤツリが帰ってくる前に、この空気を戻さなければいけなかった。意識を切り替える。
「はい、そろそろカヤツリが帰ってくるから、女子トークはお終いね」
「切り替え速いですね……。ホシノ先輩」
「ん。帰ってきた」
シロコちゃんの声につられて、窓の外を見れば校庭を歩いているカヤツリが見える。すぐにここにやってくるだろう。
まあ、シロコちゃん経由でカヤツリの内心を知れたのはいいことだった。かなり恥ずかしいけれど。とてもうれしい気持ちもあるから。だから、カヤツリを問い詰めるのは今のところはやめることにした。
最近、後輩への引継ぎに忙しそうにしているのも、空き教室を掃除しているときに見つけたラミネート加工された先輩のメモも、自分に向けた大量の引継ぎ資料も、きっと関係ないのだ。
そう考えて、ホシノはいつもの”おじさん”に戻って、カヤツリを出迎えた。