ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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333話 優しい人

「一体、どんな魔法を使ったんですか?」

 

 

 アビドス特有の荒れた道路で揺れる車内で、ノノミはカミガヤに問い掛ける。そのカミガヤの返事は単純なものだった。

 

 

「誠心誠意、お話しただけですけど?」

 

「それだけですか……?」

 

 

 運転するカミガヤは、マトモに答える気はないらしい。でも、絶対に魔法を使ったに違いないのだ。

 

 両親にコールした電話を渡した後、カミガヤの口からは慇懃な挨拶が流暢に漏れ出していた。完全にこなれた様子でカミガヤは通話を続け、両親からノノミの外出許可をもぎ取ってしまったのである。

 

 それは、あり得ない事だ。外に出れるなら学校へも行けるだろう。そんな理屈を適応されるのが目に見えていたのに。そもそも、世話人の言う事を素直に聞く様な人達ではない。返ってきた電話での切り際の言葉もよく分からない事ばかりだ。頑張りなさいとか、前髪しかないとかなんとか。絶対に裏技を使ったに違いない。

 

 

「ああ、気を付けたこともありますよ」

 

「何ですか」

 

 

 魔法の正体を知りたくて、後部座席から食い入るようにノノミは聞く。

 

 

「段階を踏んでください。そう言いましたよ」

 

「段階ですか?」

 

「そう、段階です」

 

 

 いたって普通の事の様な気軽さで、ルームミラーに映るカミガヤの顔は言う。

 

 

「お嬢様は学校に行きたくない。理由は想像するしかありませんが、お嬢様には大事な事なんでしょう。言う事を聞けばとりあえずは文句は言われない。それくらいは分かっているが、そうしたくない」

 

 

 違わない。ただ肯定するのも情けなさが勝って、ノノミは答えなかった。

 

 

「……表向きには恥ずかしい。その自覚があるようで何よりですが、それを飲み込むだけの、飲み込めるだけの、それだけの理由がある。違います?」

 

 

 ノノミは言い返さない。内容はあれだが、カミガヤからはバカにするような空気は感じなかったから。

 

 

「そんなお嬢様を学校に連れて行ってもね。意味はありません。行きたくない。行けない理由をなんとかしなくてはなりません。段階と言うのはそんな意味です」

 

「でも、私はネフティスの令嬢なんですよ。どうにも出来ません。捨てられもしないんです」

 

 

 何とかすると言うのは簡単だ。だが、ノノミのこれはどうしようも出来ない。ノノミはネフティスの令嬢を捨てられない。

 

 

「それはまだ捨てない方が良いですよ」

 

 

 でも、カミガヤは真反対の事を言い出した。さっきと言っていることが違うので、ノノミは前方のミラーを睨む。

 

 

「原因を何とかしなければならないのに、捨てるなってどういう事ですか。言ってる事が滅茶苦茶じゃないですか」

 

「やっぱり、気づいてないんですね」

 

 

 カミガヤは、ノノミの問いには答えなかった。代わりにミラーからノノミを見ている。

 

 

「お嬢様はね。言うほどネフティスが嫌いじゃないですよ」

 

「本当に何を言っているんですか!?」

 

 

 またまた真反対の事を言うので、ノノミは大声を出した。カミガヤが片手で耳を抑えているが構わなかった。

 

 そうでないなら何だと言うのだ。そうでなかったら、こんな風にはなっていない。助手席のヘッドを掴んで、ノノミはカミガヤに怒鳴る。

 

 

「私はネフティス何か嫌いです! だから──」

 

「引きこもっていると? それは変ですよ」

 

 

 ノノミの言葉尻を奪い取って、カミガヤは言う。

 

 

「だったら、一人暮らしすれば良いじゃないですか。ネフティスが嫌いなんでしょう? 今すぐにそうすればいい」

 

「無理ですよ……」

 

「無理? もう数ヶ月は学校に行っていないのに? 嫌いなネフティスの。親の脛かじって、グチグチ文句言うなんて特大の恥を晒してるのにですか?」

 

 

 ノノミは言い返せずに、唇を噛みしめるしかない。それは動かしようのない事実でしかないからだ。

 

 でも、言い方というものがあるのではないだろうか。さっきよりも強くノノミは睨んだ。

 

 

「おお、不満そうですね。そんなに図星を突かれて気分が悪いですか? 生憎、私はお嬢様の親族じゃないんです。お嬢様や、あなたの両親に嫌われようがどうでもいい。何故だか分かりますか?」

 

 

 あんまりにも冷たい言葉を叩きつけられて、ノノミは震えた。からかいやバカにする雰囲気は変わらずにない。つまりは怒られている。そう思えば身体がうまく動かなかった。

 

 そんなノノミを、鏡の中のカミガヤが無感動に一瞥した。

 

 

「やるべきことをやっているからです。何のために何をやっているのか。それが分かっている。なら、人に言われたくらいで揺らぐなんて事はない」

 

 

 そんな理屈を振りかざされば、ノノミは黙るしかなかった。

 

 確かにそうだろう。自分がやるべきことを分かっていて、それに邁進できるのなら、その力があるのなら。誰も怖くはないだろう。執事も親も、何かを言ってくる有象無象も、すべてを蹴散らしていけるだろう。ノノミが、そうできればの話だが。

 

 

「ッ……」

 

 

 カミガヤの言うとおりだ。ノノミには何もない。だからずっと、悔しく唇をかむことしかできない。上から言われたことを唯々諾々とこなすことしかできずにここにいる。

 

 嫌なことを言われたせいか、さっきまで輝いて見えたカミガヤの姿がくすんで見えた。

 

 

「お嬢様がね。そんな風なのは全部がネフティスだからですよ。ネフティスと自身を同一視している。無意識にね」

 

 

 ノノミは目をしばたたかせる。どうにも風向きがおかしかった。このまま延々と説教でもされると思っていたし、完全にそういう雰囲気だったのに。

 

 

「お嬢様が聞いたんですよ。その途中で勝手に怒鳴り出しただけです。正論で少しは頭が冷えたでしょう」

 

 

 呆れたカミガヤの声に恥ずかしくなって、ノノミは後部座席に逃げ出した。それを鏡越しに見ているカミガヤの視線が痛い。カミガヤはそれ以上はその件について用は無いようで、ノノミが座席に戻るなり話を再開した。

 

 

「お嬢様は立場も、生活基盤も、行動指針も。全部をネフティスに依存していているから、私は捨てない方が良いって言ったんです。何も無くなりますからね」

 

「……じゃあ、私は間違っているってことですか。ネフティスを好きになれってことですか」

 

 

 カミガヤが言ったことには多少なりとも自覚があった。ノノミはネフティスの令嬢で、ネフティスの金で暮らして、ネフティスの意向で生きている。確かに、ノノミの全てを構成するのはネフティスだった。捨ててしまえば何もなくなるのは正しい。だから、ノノミは出ていく事が出来なかった。

 

 であるならば、このままでいるしかないということだ。ノノミの籠城は無駄なあがきでしかない。間違いだったということになる。

 

 

「ちょっと否定されたくらいでヒステリー起こさないでくれます? 話が脱線して仕方がないんですよ」

 

 

 うんざりというように、カミガヤの口調が砕けた。さっきまでは無かった呆れの色が多分に含まれていて、続けざまに言葉が飛び出して来た。

 

 

「人の話を聞いてましたか。お嬢様がネフティスどうこうなのは前提です。そうであれという話ではない。元々の話はなんでしたか」

 

 

 またまた頭を冷やされて。ノノミの頭が回転する。確か、ノノミが引きこもらざるを得なかった原因だったような気がする。そう言えば、カミガヤが返事をする。

 

 

「そうです。端的に言ってしまえばね。お嬢様には何もないんです。だから引きこもった」

 

「……そんな分かり切ったことを今更!」

 

「また怒鳴るのは結構ですがね。どうして何もないんだと思います? ほかの学生はそうでないのに。お嬢様だけは何もない。少なくともお嬢様はそう思っている」

 

 

 そんなものは一つしかないことを、ノノミは良く知っていた。

 

 

「私がネフティスの令嬢だからです」

 

「そうですね。分かり切った事ではあります。そこはあっているんですよ。そして、今のお嬢様はネフティスをボロクソに言いますけど。昔からそうでしたか? 違うんじゃないんですか? 昔はそんな風に思わなかったんじゃ?」

 

 

 腹立たしいことに合っている。昔は違ったのだ。こんなに苦しくはなかった。ただそれを認めるのが悔しくて、ノノミは沈黙で答えを返す。

 

 

「なら、答えは一つですよ。目標が高すぎるんです。だから無力感で何もできない」

 

 

 ノノミは耳を疑う。その言い方は変だった。まるで。まるで……

 

 

「私がネフティスを好きみたいなこと……」

 

「違うんですか? 駄々捏ねて、いつまでもネフティスに拘っているでしょう? 嫌いなら、何より先に出て行くはずです。本当に我慢できないほど嫌いならね」

 

「それは、お金が……」

 

「学校が嫌だから、別のところに行きたい。そう言えばいいじゃないですか。駄々捏ねて登校拒否するよりも、真っ当な理由だと思いますよ?」

 

 

 下手な言い訳は叩き潰されて、ぐうの音も出ない。

 

 

「お嬢様が駄々捏ねた一週間。色々調べました。学校の空気感とか、通っていた時の様子とか」

 

「まさか……さっきの電話で長く話していたのは……」

 

「仕事ですからね。真面目にやりますよ」

 

「あなたは……!」

 

 

 プライバシーの侵害だと言う文句は、仕事というお題目の前にチリと化した。それでも、ノノミの羞恥心は消えやしない。

 

 

「勝手に調べたんですか! 私の気持ちを何にも知らないで!」

 

 

 何故か、今度はカミガヤは言い返して来なかった。ノノミの迫力に気圧されでもしたのだろう。

 

 

「何であなたにまで知ったような口を聞かれなきゃならないんですか! 皆、そうです! 皆勝手に! 私は……私は!」

 

「こんなに頑張ろうとしているのに?」

 

 

 ノノミと同時に、同じ言葉が聞こえた。ノノミが話すのをやめても、声は止まらない。

 

 

「皆、私の事なんか何も知らない癖に。皆は良いですよねぇ、思ったことや願望をすぐに出せて。私は出来ないのに。私はネフティスの令嬢じゃないといけないのに。皆が思うような、完璧な令嬢じゃなきゃいけないのに。皆が望むようにならなきゃいけないのに」

 

 

 歌うように裏声で言った後、カミガヤの目が、鏡の中からノノミを射抜く。

 

 

「バカなんですか? そんな人間いるわけないでしょう。なる者でもない。なれたとして、いつか破綻を迎えるでしょう……というより、もう迎えているのが答えじゃないですか? 理想に押しつぶされた結果がこの様でしょう?」

 

「だって、私はネフティスの令嬢なんですよ……」

 

 

 ノノミは呻く。皆、そうあってほしいと願うのだ。それが嫌でも分かるのだ。そうでないなら、分からなかったなら。ノノミは知らないままで居たかった。鈍感で居たかった。

 

 でも、ノノミは分かってしまうのだ。その空気感で、相手が何を望んでいるのかが分かる。それを無視し続けるのは中々のストレスだった。

 

 落ち込むノノミをカミガヤは鼻で笑う。

 

 

「ハン。お嬢様の言う通りに人は勝手ですよ。好き勝手に意見を押し付けて、望み通りにならないと喚きだす。ここまでしてやったのにってね。お嬢様の言いたい事は分からないでもありません。お嬢様なりの配慮を認識すらしない。出来る人間ならそんなことはしませんから、嫌な奴ばかり目につく」

 

 

 ですが、とカミガヤは少しだけ優しい声になった。そうでは無かったのかもしれないが、ノノミにはそう聞こえたのだ。

 

 

「お嬢様が言う事を聞く必要はありません。勝手する相手に、此方が勝手してはいけない道理はありません。それにね。お嬢様が望むネフティスの令嬢ですか? 相当に気持ち悪いと思いますよ?」

 

「そんなはず……」

 

 

 そんなわけはない。そのはずだとノノミは呟く。呟いてみても何だか、信じきれなくなってくる気がする。

 

 

「じゃあ、想像してみましょうか? どうせあれでしょう? 文武両道で、皆から嫌われない。メアリー・スーみたいな奴を想像してるんでしょう? ソイツには仲が悪い奴なんていないし、皆を満足させられる。そんな奴がいたとしたら洗脳でもしてるか、作業としか見てないんでしょう」

 

「作業……?」

 

 

 そんな、優しさの対極に位置する言葉が出るとは思わなかった。カミガヤは頷く。

 

 

「だって、そうじゃないですか? 十人十色の人間に好かれる人間はそうするしかない。多種多様の人間に素のままで好かれる人間はいない。なら、その都度適当な仮面を被るしかない。そんな人間の行動は、感情ではなく損得で動くようになる。そうしたいからそうするんじゃないんです。そうあるべきだからそうするんです。それは優しさではない。作業というべきものです。私は、それを断じて優しさとは認めませんよ。それは優しさに対する冒涜です」

 

 

 カミガヤの言葉には熱が入っていた。初めて見るカミガヤに、ノノミは困惑する。ノノミにではなく、他の誰かに怒っているような……

 

 

「純粋に優しい人間はいません。それぞれ思惑があって、その行為が優しさとして出力されているんです。誰しも最初から優しくなんてありません。不満だってあるでしょう。嫌なことだってあるんでしょう。苦しいことだって。でも、それを吐き出す時も、自分だけじゃなくて他人の事も考えられる。そんな人間を優しいって言うんですよ。優しい人は優しい人なりに努力している」

 

 

 ここまで理論立てて説明されると、ノノミが目指したものは随分とおぞましいもののように思う。でも、どうすれば良いのかノノミは今度こそ分からなくなった。

 

 

「じゃあ、私はどうすれば良いんですか?」

 

 

 だって、そうだろう? そう成れれば、ノノミは怖くないと思っていたのだ。その成り方が分からなくて、教えてくれなくて、ノノミは苦しんでいたのに。それなのに、今。それは成るものではないと言われてしまった。じゃあ、ノノミはこれからどうすれば良いのだろう。

 

 

「お嬢様。貴女が苦しいのは。なるべきものでない。高すぎる目標を立てたが故です。他者の願望という何時までも埋まらない理想のギャップが苦しい。なぜなら、自分で目指す指標がネフティスの令嬢という外付けだから。正解なんてないんですから、自分で見つけるしかありません。砂漠の蜃気楼を追いかけても乾いて死ぬだけです。近場の水辺を探さないと」

 

 

 少しだけ寂しそうな雰囲気が混じっていた。その雰囲気のままに、カミガヤが優しくハンドルを切る。

 

 

「お嬢様は自分の事が嫌いでしょう? 外向けじゃなく、初日から私に断片を見せている方です。文句ばかり言っている方ですよ」

 

「……それがどうしたんですか」

 

「押し込めるのは止めた方が良いです。猫を被るのは悪い事ではないし、皆やっている事です。腹が立つのは当たり前なんですよ。我慢すればしただけ、身を削る羽目になります。その結果は身をもって知っているでしょう?」

 

「でも……それは難しいですよ」

 

 

 ノノミは、中々それを了承できない。何というか、見せるべきものではない気配しかしない。アレを表に出せば、あっという間に村八分になる未来が見えた。カミガヤに見せているのは、ノノミが耐えきれないほどに限界なのと、カミガヤが煽っているからだ。

 

 

「……全部の中身を見せびらかすのは露出狂のすることです。他人にそれを認めてもらう前に、自分で認める事です。それは、どう足掻いてもお嬢様なんですからね。腹の中で悪態を吐くくらいは普通の事です」

 

 

 多分、慰めてくれているのだとは思う。ただ、ノノミは活気が直ぐには戻ってこない。言われた言葉が衝撃的過ぎて、まだ頭がぼんやりとしていた。カミガヤは、それをまだショックを受けていると勘違いしたらしい。口の中でモゴモゴ言ったあと、諦めたような息を漏らしていた。

 

 

「いいですか。突然何を言い出すかと思うでしょうが、一度しか言いませんからね。……お嬢様。貴女は優しい人間ですよ。一週間、貴女を調べましたが……少なくとも私はそう思います」

 

 

 そうなのだろうか。ノノミは俯いたふりをしつつも、耳をそばだてる。車のエンジン音と同じくらい静かな声が聞こえる。

 

 

「色々言いましたけどね。悩むだけ上等ですよ。お嬢様は悩んでどうすべきか考えていた。それは仲間外れにされたくないとか、ネフティスの令嬢という立場故でしょう。それに応えられない事を、お嬢様は弱さと思っているのでしょうが、それは違いますよ」

 

 

 ノノミの自認ではそうではない。強い人間は迷わないと思っている。ノノミが知る人間は皆そうだから。さっきのカミガヤの理屈もそうだった。強者の理屈。

 

 強者故に迷わないでいられる。ノノミはそうなりたかった。悩んで、苦しんで蹲っているだけになりたくなかった。そうさせる環境が嫌だった。だから部屋から出なかった。弱くないのなら、そうなっていない。でも、カミガヤはそう思っていないらしかった。

 

 

「本当に弱い人間はね。逃げるんです。悩むと言う事をしない。そもそも不安にすら思わない。それ自体に耐えられないからです。そう言う奴は、ずっと自分に言い訳して生きていく。言い訳してる自覚もなく、本気でそう信じ込む」

 

 

 口調は変わらないが、どことなく怒ったような、仕方なさも含んだような、やりきれない雰囲気を感じる言葉だ。ブルリとノノミは身震いする。それは、部屋に閉じこもっていたノノミだったから。

 

 

「でも、そうじゃなかったでしょう? お嬢様は悩んでいて部屋から出なかった。何とかしようとして、できなかった結果があれです。さっきも言いましたけどね。初めからそうである人間はいません。優しい人で傷ついたことのない人間はいない。初めからそうあるより、そうなろうとする方がいい。お嬢様はまだ途中。だから、まだ始まってすらいないんですよ」

 

 

 そう言うカミガヤは、やっぱりどこか寂しそうに見えた。強いと思っていたカミガヤが、この瞬間だけは年相応に見えた気がした。確認しようと瞬きすると、すっかりそんな雰囲気は消えさってしまっていた。

 

 

「あの……」

 

「それで、どうすべきかでしたね。教えますが、やるのはお嬢様しだいです」

 

 

 それが何だったのか。ノノミは聞いてみるも、カミガヤは聞こえないように話を流す。一度しか言わないと言うのは、本当にそうだったらしい。

 

 でも、ノノミをどうにかしようとしたのは伝わってくる。それを上からではなく、選ばせてくれるのは、ノノミにとっては初めての経験だった。

 

 だから、何だか頭がくらくらする。何処か浮ついているような妙な気持ちだ。怒られていた筈なのに、妙な満足感がある。今までみたいに優しく掛けられた言葉とはどこかが違う。

 

 そんな状態でも、カミガヤの言葉は耳に入って来る。

 

 

「結局、お嬢様は自信が無いんです。今までやってこなかったわけでは無いけれど、それがネフティスの令嬢という立場を支える経験では無かった。なら、それを補強しましょう」

 

 

 耳が痛いが、事実だ。ノノミは唯、普通に生活してきただけだ。昔は知らなかった。普通にそのままの日常が続くと思っていた。けれど、そうでは無いことを少しずつ知ってしまってから苦しくなった。

 

 だから足りない分を補強すれば良いと言うのは、自然な考えのように思う。そうなると、最初の段階という言葉の意味も見えてくる。

 

 きっと、ノノミに何かをさせる気なのだろう。最初は軽い物から行くというつもりだ。しかし、ノノミの予想は裏切られる。とんでもない言葉が入ってきたからだ。

 

 

「お嬢様には今からアビドスの外。トリニティで働いてもらいます」

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