ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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334話 よく分かる! カヤツリ式会話術のひみつ

 ノノミがキリのいいところまで話し終えると、部屋は微妙な空気で満ちていた。

 

 はてとノノミは首を傾げる。どうにも予想とは違う反応だ。てっきり、続きはどうなのかという雰囲気になると踏んでいたのだが。実態は真逆である。

 

 ノノミに向けられているのは、続きを求める顔ではなくノノミを心配する表情が幾つか。おふざけでも演技でもなく、真剣に心配さが滲み出ている。

 

 

「ノノミ先輩……辛かったのね。だから、簡単に騙されて……」

 

「はい? 騙されて?」

 

 

 セリカの言葉は意味不明だ。前半の意味は通じるが、後半は意味がわからない。騙されたというのは何なのか。それこそセリカの専売特許だろうに。

 

 

「だって、そうでしょ? マトさんが言ってるわ! アレは洗脳の手口だって」

 

「そうなんですか?」

 

 

 問われたマトは首を傾げた。

 

 

「うーん……洗脳擬きだと、私は呟いただけさ。そうだと断定したわけじゃない。黒見セリカの勘違いだよ」

 

「えっ」

 

 

 セリカは梯子を外されて、ワナワナ身体を震わせていた。また先走ってしまった事に羞恥心が抑えきれないのだろう。

 

 

「でも、そうだね。似ている所もある。アリウス式、いや、ゲマトリア……カヤツリ式とでも言えるのかね」

 

 

 流石に憐れに思ったのか、マトがフォローを入れ始めた。

 

 そのゲマトリア式とやらを詳しく聞けば、洗脳のいくつかのコツがあるのだそうだ。それは、立場が上であること、秘密を共有すること、人の悩みを言葉にして共感すること、うんと褒めて時折冷たくすること。最高と最悪を教えること。

 

 

「それだけでいいんですか?」

 

「それだけって言うがね。とても難しいよ。私は出来ないし、ベアトリーチェも不完全だったろう。そこは、黒服の教えの賜物か。それか考えたのが黒服なのかもしれないね」

 

 

 ベアトリーチェとやらがどんな大人かは知らない。それと話に聞いた黒服。そんな大人がやるのは板について見えたが、ノノミはカヤツリがそうしていると言われるのは嫌だった。でも、マトは話をやめない。

 

 

「人はね。力や権力、まぁ何でも良いんだけど、上だと思った相手には、程度の違いこそあれ従属的になるもんなんだ。アリウスがそうだったし、さっきのカヤツリの時はそうじゃなかったかい?」

 

 

 確かにボロクソに言われていたが、ノノミはどこか諦めがあったかもしれない。この人が言うならそうなんだろうなと言う諦めが。

 

 

「ん。でも私は違う」

 

「そりゃあ、シロコ。アンタがまだ暴力って言う手段があると思ってたからだよ。口では勝てないがコレなら勝てるって思ってた。だから言い返せたし、銃を向けたろう?」

 

 

 マトの質問は、シロコが勝てないと言う前提に基づくもので、シロコの口がへの字になった。

 

 

「ん! 私なら勝てる」

 

「ハァ……あの距離じゃ無理だよ」

 

 

 再びシロコが反抗するも、マトはそれを切って捨てた。

 

 

「カヤツリの近接能力はイかれてるからね。室内であの距離じゃ、一歩の踏み込みで射程に入る。そのまま腹に一発か、転ばされての踏みつけか、掴んだ銃ごと窓の外へさようならか、ファストフードのシェイクみたいにされるか。そうだろホシノ?」

 

「んー……そうだね。窓からレールガンが飛び込んで来なかったらそうなってたかも。マトちゃんの言う通りに多分、挑発だよ。カヤツリの得意技」

 

「ワザとってこと?」

 

 

 シロコが目を見開いている。きっと信じられない。いや、信じたくないのだと思う。舐められていたのは初めてだろうから。

 

 

「よくやってたんだよ。挑発して、向こうから手を出させるの。そうしないとユメ先輩から怒られてたからね……」

 

「どちらが上かは教えるよりも体感させた方が早い。あそこで、完全に反抗心を摘むつもりだったんだろう」

 

 

 ホシノとマトの指摘に、シロコは黙り込む。さっきよりも思いっきりの不満顔で、負けると言われたことが気にくわないに違いなかった。

 

 

「次に人の悩み。孤独感を言語化すること。無ければ増幅すること。それは今の話で良く分かった筈だよ。それっぽいことを言えば、少しでも掠ってさえいれば、言われた方は勘違いする」

 

 

 話は元に戻ったが、内容は耐え難い。ノノミの顔が歪む。

 

 

「そんなんじゃ!」

 

「分かってる。だから、()()って言ったのさ。そうしなくて良いのに、カヤツリは出まかせを言わなかったんだ」

 

 

 マトは申し訳無さそうにノノミを見ていた。さっきまでの、切迫した雰囲気ではない。どこか申し訳なさそうな雰囲気だ。

 

 

「洗脳のやり方だとさっき言ったけどね。あれはカルトのやり方なんだよ。逃げ場のない閉鎖的な環境でこそ効能を発揮するし、カルトはそういう状況に追い込むんだ」

 

 

 そうだ。ノノミは一人だった。家族もいたけれど、誰も理解来てくれなくて独りきりだった。それはある意味での閉鎖空間だった。

 

 

「でも、カヤツリの場合はあまりに誠実が過ぎる」

 

「誠実……ですか? その方がいいんじゃ?」

 

 

 さっきまで、昔のカヤツリのやり方は正しい洗脳の仕方みたいな言い方なのに。今度は違う様だ。本当の事を言った方が騙せそうなものだけれど。

 

 でも、マトは首を横に振った。

 

 

「私が言ったのは共感さ。理解でも解決でもない。だから、それらしい事を言えば良い。君の所為じゃないとか……例えばそうだね。ベアトリーチェは全ての事が、ゲヘナとトリニティが悪いと言ったんだ」

 

 

 ベアトリーチェ。ヒフミを助けるために介入したエデン条約の黒幕。アリウスと呼ばれる学園を支配したとかなんとか。結局は先生に負けた大人。

 

 

「アリウス生がベアトリーチェに従ったのは絶対的な大人だったから。でもそれだけじゃない。アリウス生は行き詰まっていただろう。未来は見えないし現状は最悪。今も昔もこの先も、全く変わらない。この状況を誰かのせいにしたかった筈で、その対象もあった。でも勝てないという理性が蓋をして煮詰まっていた」

 

 

 ゲヘナとトリニティは三大校の二つ。それを相手取るのは正気の選択ではない。でも、ベアトリーチェとやらはそうしたのだという。

 

 

「ベアトリーチェはアリウス生に共感したのさ。アリウス生が求めて止まなかった敵を用意した。勝てると、そう取れる言葉を吐いた。アリウス自治区という紛争地帯を曲がりなりにも平定したというおまけ付きで」

 

「それは……」

 

 

 それは縋るだろう。ノノミには分かる。あの息苦しさを一時でも和らげる空気穴。それをベアトリーチェは与えたのだ。そして、それは正しくなくてもいい。

 

 

「共感だから、アリウスが求める答えでなくてはいけなかった。そうであるなら何でもいいのさ。寧ろ、その場しのぎの聞き心地のいい答えの方が良い。問題を解決されたら冷静になるし、熱狂していた方がやりやすい。解決策を渡す必要はないんだ。寧ろ、しちゃいけないのさ。熱狂させたまま、どうしようもない方向へ誘導しなきゃならない」

 

 

 閉鎖的な環境でしかそれは使えないと言う。アリウスは誰も知らない辺境、ノノミは引きこもりで、物理的な条件は満たされている。

 

 アリウスもノノミも、精神的に行き詰まっていた。それぞれの問題が解決すれば、アリウスは戦わないだろうし、ノノミは学校へ行くだろう。閉鎖環境は破壊され、自身の置かれた状況がおかしいと気づいてしまう。

 

 

「そして、ベアトリーチェは気紛れに罰を与え、慈悲も見せたことがあるらしい。ランダムに報酬と罰が来ると、人は依存するのさ。嫌なことがあったから、次は良い事があるに違いないって。聞いた事くらいあるだろう? ギャンブルで一度当たったことに固執して、引き際を見失ってズルズルと損をしていく話は」

 

 

 スッとセリカが目を逸らす。ギャンブルに狂ってはいないけれど、幸運を呼ぶゲルマニウム何たらに引っかかった過去がある。それで偶々上手くいけば、そうなる未来が見える。

 

 

「最後に、自分の言う事を聞けば成功すると思わせるんだ。自分の意志から外れたことは失敗させ、従うことは成功させる。そうだね。私だったら、ブラックマーケット辺りの犯罪スレスレの仕事を介助ありきでやらせるか」

 

 

 マトは再び、真っ黒な話をし出した。

 

 

「そこで成功体験を積ませるんだよ。それでいったん放流するんだ。同じことをやろうとしても上手くいくわけがないから、自尊心が折れる」

 

 

 まだ、マトの犯罪啓発の講義染みた話は終わらない。

 

 

「そして、最後に秘密の共有のおまけ付きさ」

 

「秘密の共有ですか?」

 

 

 秘密の共有というのが良く分からない。洗脳相手に弱みを見せてどうすると言うのだろう。それでは全てが台無しではないか。

 

 

「言い方があれだったかね。簡単に言えば特別扱いする。貴女だけが出来る事とか。貴女だから私は頼むんだとか。その人間だけに秘密の特別扱いをする。するとそう言われた人間は優越感が生まれる。その優越感が曲者なのさ」

 

 

 なんとなくであるが、嫌な予感しかしない。ノノミの事には一切関係ないと思っているが、その優越感とやらが碌な結果を生まないのが分かる。

 

 

「その優越感は他者から与えられたものなんだ。自身の努力で手に入れた物ではないから、与えた者と一緒に居る事でしか効果を発揮しない。だから、離れられなくなる。離れたら優越感は消え去って、元の自分に戻ってしまうからね。もっと質が悪くなると、それを複数人にバラまくのさ。そうすると仲違いが誘発出来て、反乱防止にもなる」

 

 

 学生生活では使う事のない情報をぶちまけて。マトはぐったりとしていた。そして申し訳なさそうな顔をノノミに向ける。

 

 

「カヤツリは秘密を共有しなかった。君にしか出来ないとか、アンタを特別扱いしなかった。共感はしても、出まかせや慰めを言わなかった。寧ろカヤツリがやったのは、辛い事実の提示。アンタが話した事実だけを見るなら、カヤツリはアンタに解決策を用意したのさ。その技術を使ったのは、アンタに話を聞かせるため。それだけなんだ」

 

 

 変なことを言ってすまないと、素直にマトは頭を下げた。それは、セリカを勘違いさせたのと、カヤツリを悪し様に言った事に対してに違いなかった。

 

 

「でも、どうしてそんなことをしたんですか? そんな特殊な洗脳技術みたいな事をしなくても……」

 

 

 そんな事をしなくても、その事実を告げればいい。それは正しく、そうするのが一番いい。態々、そんな面倒な手間を掛けなくともいい。ノノミとカヤツリは初対面だったのに。そんな事をする意味が分からなかった。

 

 今でさえ意味が分からない。あの時、決定的な断絶が訪れた時、カヤツリはそんなものはいらないと言ったのに。

 

 

「多分、知らなかったんだよ。普通の学生を知らなくて、黒服みたいなのしか知らなかった。それしか知らないし、そうとしか喋れなかったんだ」

 

 

 ホシノだった。ホシノが俯いて、痛みを堪えるように呟いていた。

 

 

「カヤツリは、学校に通った事が無いんだよ。……私が追いだしたからね。ずっと大人たちに囲まれてた。最初は騙して置き去りにするような大人で、次も黒服とか、カイザー理事みたいな大人。私が追いだし……てからはネフティスの人でしょ? 多分、そういう話し方しか知らないんだよ……」

 

「じゃあ、さっきのも?」

 

 

 それでは、さっきのキツイ言葉もそうだったのか。淡い期待を込めて聞いてみる。でも、ホシノは不安いっぱいの顔で俯くだけだ。

 

 

「多分、違うよ。助けようとしたんじゃない。私に怒ってすらいないんだよ……そんな価値すらないんだ。私が追いだしたから、私はあっちみたいにならなかった。カヤツリは、普通の話し方を知らないままで……」

 

「そう思うのはまだ早いんじゃないかな」

 

 

 自分の言葉で落ち込んだようになるホシノを、先生が引き留めた。

 

 

「まだ、ノノミの話は終わっていないよ。今分かったのは、カヤツリ君がノノミを助けようとしたってことだよ。事実はそれだけじゃないかな」

 

「そういえば、ノノミ先輩は一体何をさせられたんでしょう? トリニティで仕事って」

 

 

 思い出したようにアヤネが言い、それを聞いたセリカが額に手を当てている。

 

 

「そりゃあ、あれじゃないの。真っ黒な仕事とか……」

 

「その話は終わったろう。黒見セリカ。私が思うに、恐ろしく真っ当な仕事なんじゃないかね」

 

 

 どうだい? そんなマトの目配せの通りに、ノノミは答えを持ってきた。

 

 

「普通のアルバイトですよ?」

 

「それは、どういう?」

 

「いえ、喫茶店の店員です。強いて言うなら、価格帯はかなり上の方の喫茶店でしたね」

 

 

 後輩二人は、あっけにとられた顔をしていた。どうにも予想とはズレていたらしい。まぁ、今までの会話の流れが流れだ。洗脳技術みたいなものを使って来た相手が言った仕事。後ろ暗い仕事が真っ先に上がるのは否定できない。事実、車内のノノミも戦々恐々としていたことは否めない。

 

 

「二ヶ月くらいでしたか。そこで店員として働いていたんですよ。あの人がトリニティまで送迎してくれたんですよ」

 

「その間、カヤツリは何してたの?」

 

「隅の方の席で新聞読むふりしながらガードマンをやってましたよ。トリニティとはいえ、強盗は二・三回は来ましたし……」

 

 

 どういう理屈か、店内に足を踏み入れた瞬間から動き出して、銃を手にした瞬間に制圧していた。カヤツリのやっていた事とはそれくらいだろうか。

 

 

「休憩時間は賄いが出て、それを食べて……あの人もそうでしたね」

 

「ああ。じゃあ、仕事中のノノミちゃんを見守ってたんだ。一日中」

 

 

 その光景を想像したのか、ホシノは口をへの字にしている。ノノミを見る目線が少し鋭かった。

 

 

「一日中つきっきりだった訳じゃありませんよ。休憩中は何十分か、姿を消してましたからね」

 

 

 今思えば、トリニティに何かしらの用事があったか、調べ物をしていたのかもしれない。それが、少しだけ残念だった。

 

 

「でも、ノノミ先輩。良く働けたわね」

 

「……流石にそこまで箱入りじゃありませんよ」

 

 

 ちょっと失礼すぎやしないかと、セリカを見ると。当のセリカは焦ったように両手を振っている。

 

 

「違う! 違うわよ! そうじゃなくて!」

 

「じゃあ、何なんですか?」

 

「だって、トリニティのお高い喫茶店でしょ? 仕事が大変だったんじゃないかって」

 

 

 ちょっと意地悪く聞くと、セリカは不思議なことを言ってきた。でも、ノノミ以外の対策委員会は納得したように頷いていた。

 

 

「どうしたんですか。皆して……」

 

「ん。ノノミ。ちょっと前にヒフミを助けに行った時の事。帰る前に補習授業部と一緒にご飯を食べた」

 

「ああ、美味しかったですねぇ……」

 

 

 トリニティの店であったが、非常に美味しかった。店内も綺麗だったし、お金も何やらティーパーティが持つとかで何の文句もない。それの異常が分からない。

 

 

「美味しかったけど。店が凄かった」

 

「はい。給仕さんとか、丁寧でしたもんね」

 

「ああ……なるほどね。やるじゃないか。目論見は外れたみたいだけど」

 

 

 ただ、マトと先生だけが頷いていて。二人を全員が見た。

 

 

「自信をつけさせると、カヤツリは言ったね。だから、そうしたんだよ。ネフティスの偏見があるアビドスや治安の悪いゲヘナ、安牌のミレニアムではなく、トリニティを選んで働かせた。それも、お高い喫茶店で」

 

「それがどうかしたんですか?」

 

「どうしたもこうしたも。それ相応の格がある喫茶店なんだろう? それ相応の客が来るし、強盗も来るくらいだ。さぞかし、お高い物の取り扱いとか、長年それに接してきた立ち振る舞いとか、それらを見極める審美眼の技術が求められるんじゃないかい?」

 

「そうでしょうか……」

 

 

 ノノミは普通にしていただけだ。特に店主も誰も文句は言わないから、普通にやっていただけだ。特殊技能と言われても、ノノミはよく分からない。

 

 

「お嬢様。それは普通ではありません。それの技術は、ご両親の教育の賜物ですよ」

 

 

 忌々しい事に、執事の追い打ちで、それは認めるしかなかった。

 

 

「でも、なんで、そう言ってくれなかったんですか? その言い方だと、あの人は知っててやったんでしょう?」

 

「言ったら意味ないからだよ。さっきマトが言っただろう。人から言われたら、そう依存するって。多分、カヤツリ君はノノミに自分で気づいてほしかったんだ。それに言った言葉も、カヤツリ君が経験した事なんだよ」

 

 

 今度は先生だった。先生は、カヤツリの狙いを話し出す。

 

 

「ノノミは、何も分からないし何もないと思っていたんだろう? だから、カヤツリ君はそうしたんだ。目には見えないから、見えるようにしたんだよ。セリカは一番知ってるんじゃないかな」

 

「私? どうしてよ?」

 

 

 セリカは目を丸くしている。きっと、話題が飛んでくるなんて思っていない。ノノミだってそうだ。

 

 

「セリカは給料日とか嬉しいでしょう? みんなそうだよね?」

 

 

 ノノミを含めた全員が頷いた。セリカなど腕を組んで、大きく頷いている。

 

 

「私が働いた証よ。そりゃあ勿論嬉しいわ」

 

「そうだよね。それはお金だというのもそうだけど、目に見えるでしょう? お金という絶対の価値を持つ物が、セリカの働きを証明するんだ。これだけの金額の働きをしましたよって。だから嬉しいのもあるんじゃないかな。それはカヤツリ君も同じだったんじゃない? きっと嬉しかったはずなんだ」

 

「どういうこと? 先生?」

 

 

 ホシノが顔を勢いよく上げた。今にも食って掛かりそうなほどの焦燥感を感じる。

 

 

「カヤツリ君はお金に厳しかったんでしょう? かといって、ケチという訳でもない。使うべき時には遠慮しないで一気に使う。恐らくは、過去の事もあるんだと思うけど、お金という物の価値を重くみているんだよ。お金がどれだけの力を持っているか知っている」

 

 

 カイザー理事や黒服という人間の傍に居たのなら、仕方ないのかもしれない。そして、カヤツリの思った事がようやく分かった。

 

 

「ノノミはさ。理由の自覚が無かったかもしれないけど、働き始めてから元気になったんじゃない? 何となくだけど、嬉しかったはずだよ。給料日でなくても、働いてお礼を言われたりとか、上手くいった時とか」

 

「はい。そうでした……私は、そうだったんですね」

 

 

 ノノミは見えない事が苦しかった。人から言われても、納得は出来なかったに違いない。だから、見れるようにしたのだ。ノノミの努力を給料と言う形にして提示しようとしてくれた。

 

 ノノミは分からなかった。言葉では上手く理解できなかった。でも、感じてはいたのだろう。

 

 

「人は、失敗だと無意味だと分かっている事と、先行きが見えない事は出来ない生き物だからね。終わりない残業の時とか、私は良く思うよ。書類が何枚目か数えたりとか、コーヒーや妖怪MAX何杯目かとか、夜食の菓子パンのシールが何枚目かとかね。そうやって目に見えるもので確認しないと、人は耐えられない」

 

「それは同感ですね……」

 

 

 なぜか執事も大きく頷いていた。働く大人同士、分かり合うものがあるのだろう。機嫌よさげに、執事は昔を思い出そうとしているのか。懐かしそうに宙を見ていた。

 

 

「ああ、そういえば。あれは初任給ですよね? それでお嬢様がプレゼントしたマグカップ。ご両親も喜んでいらっしゃいましたよ。まだ使っているのではないですかね」

 

「そんな事は今いいじゃないですか……」

 

 

 本当に余計な事しか言わない執事だ。この状況で話す話題ではない。余計なことを口走る前に、ノノミは話を進めようと思い立った。

 

 

「じゃあ、続きを話しますよ。次の話……」

 

「ノノミちゃん」

 

 

 ホシノの声が、ノノミの言葉を止めた。もう嫌な予感しかしないが振り向く。予想の通りに、ホシノが目を細めてノノミを見ている。

 

 

「次の話って、アルバイトが終わった後の話? 二ヶ月って言ってたもんね」

 

「そうですね」

 

「おじさん。アルバイトの話から聞きたいな。いいよね?」

 

 

 ノノミはこの時点で、言い訳をしない事に決めた。きっとホシノは気づいている。初任給。初めての給料で両親にプレゼントを買ったのは正しい。迷惑を掛けた自覚もあったから、そのくらいはしたかったのだ。

 

 そこで考えを止めてくれればいいものを。ホシノは気づいたらしい。両親以外にも贈った可能性に。

 

 仕方なく、ノノミは話す内容を決めて口を開いた。

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