ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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336話 期待

「まだ来ませんね……」

 

 

 アビドス近郊の。冷房の効いた喫茶店で、ノノミはカミガヤを待っていた。時計を見ても、待ち合わせの時間まで大分余裕がある。

 

 

「先に来ているものだと思ってたんですけど……」

 

 

 もう何度目かも分からない、注文したジュースのストローに口を付けつつノノミは思う。少なくとも、少女漫画ではそうだった。

 

 何でこんなことになっているかと言えば、昨日の車内での事だ。カミガヤの激昂と指摘が終わった後にノノミが言った事。

 

 

 ──明日、私のショッピングに付き合って下さい。

 

 

 これには二つの意味があった。一つは純粋な用事としての意味。流石の両親も、忙しい時間帯に狙って電話すれば怪しむだろう。それに、多少なりとも迷惑を掛ける事になる。

 

 それなら時間を取ってもらえばいいのだが。そんな事をすれば、どれだけ顔を合わせなければならないか想像したくもない。

 

 つまりは、迷惑を掛ける分くらいの手土産がいる。適当ではいけないので、真剣に選ぶ必要があった。

 

 そして、買う場所も重要だ。給料はトリニティだけに多めにあるが、好き放題に使えるほどではない。トリニティ産のお高い物は抜きで考えざるを得ない。ゴールドカードを使う手もあるが、それはノノミのプライドが許さないし、親の金で親のプレゼントを買うなど滑稽が過ぎる。プレゼントも高ければいいというものではない。

 

 そうともなれば候補地は絞られる。アビドス、ゲヘナ、ミレニアムの三つ。

 

 まず真っ先に除外されたのはゲヘナだった。理由としては余りにも治安が悪い事。恐らく、買い物どころではないだろう。

 

 二つ目はアビドスで、理由は品揃えの問題と人の目だった。アビドスの住人なら、ノノミの顔を知っている者がいるかもしれない。下手をすれば、ネフティスの関係者と鉢合わせするかもしれない。コソコソしながら買い物をするのは御免被る。

 

 最後に残ったのがミレニアム。治安も悪くなく、知り合いに遭う可能性も低く、品揃えも悪くない。だから、ノノミは今ここでカミガヤを待っている。

 

 

「……まだですか」

 

 

 そわそわと、ノノミは腕時計を確認する。まさかの五分しか経っていない事に肩を落としつつも、窓の外を観察することは止められなかった。けれども、幾ら探してみても、ノノミの待ち人であるカミガヤの姿は見えない。

 

 二つの内の、もう一つの理由がこれだ。カミガヤの件である。正確には、カミガヤという人間について。

 

 ノノミの世話人で、ノノミと同年代の男性。そして、何やら色々知っていて何でもできる。

 

 これがノノミの知っているカミガヤの全て。余りにもノノミはカミガヤの事を知らなさ過ぎた。だから、昨日のような事になってしまうのだ。

 

 

 ──なめてんじゃねーぞ! こら! 失敗しないで強くなりたいだと!? なれるわけねぇだろうが!!

 

 

 昨日吐き出されたあのセリフ。ベッドの中で、ノノミはよくよく考えてみたのだ。アレはカミガヤの本音だったのかどうかを。

 

 雰囲気は完全に怒っていた。言葉尻も何もかもが、カヤツリが激怒していたと感じさせるもので。だからこそ、ノノミは固まったはずだった。

 

 けれど、何かが引っかかった。ノノミの黒い部分が何か違うと騒めいていて、それが何かとアタリをつけるのに、少し夜更かしを必要としたものの、ノノミなりの答えを得ることが出来た。

 

 

 ──アレは本音ではあるものの、演技だ。

 

 

 演技と言っても説明しにくい。ノノミが演技という風に言っているだけで、本当はもっといい言葉があるかもしれない。けれども、カミガヤは完全に怒っていたとは確信できる。怒りながらも、カミガヤは怒りの方向性を変えていたと思う。

 

 思い出せば、怒る前の様子からも分かる。車を路肩に止める余裕があったくらいだ。それくらいの事を考える余裕はあった。最初の台詞も、どこかカミガヤらしくはない。漫画本のストリートオブヤンキーにでも出てきそうな台詞だ。だから、最初はもっと軽く怒るつもりだったのかもしれない。それか、あれがカミガヤの素か。

 

 兎に角、カミガヤは限界だったのかもしれない。内心で怒っている内に抑えきれなくなった。溜め込んでいたであろう怒りが堪えきれなくなった瞬間。ノノミへと誰かへの怒りが爆発した。

 

 投げつけられた台詞の殆どは、ノノミを糾弾し、是正を促すものだった。恐らくは、カミガヤの計画から逸れたのが気に入らなかった。ノノミの体たらくにカミガヤは苛立って、あんなことを言ったのだろう。

 

 それは、ノノミの不徳の致すところではある。ただ、カミガヤの言った言葉の中で、一つだけは違ったのだ。

 

 

 ──何度も失敗したんだ! 思い通りにいかなくて、後悔にむせび泣いた! 好き勝手に言われてレッテルを張られた! 何回も裏切られて、八つ当たりされて、好き勝手に言われるんだ! その度に、何かを失うんだ!

 

 

 あれだけは、ノノミの事ではない。あれはカミガヤ視点の話し方だった。そして、その時の怒り具合は、その前と後とは段違いだった。

 

 あの一瞬から、ノノミは逃げる事を考えた。耳が痛いのもあったが、何をされるか分からないくらいの圧があの瞬間だけはあった。なにせ、中学三年生にもなったノノミが泣きかけるくらいだ。

 

 カミガヤの怒りの頂点は確かにあそこだった。怒り過ぎて、ノノミが泣いて、そこでカミガヤは我に返ったのかもしれない。何とか軌道修正をして、上手く着地させたのだろう。

 

 

「本当に、悪い事をしましたね……はぁー……」

 

 

 甘いはずのジュースが薄く感じる。少しだけ、ノノミは憂鬱になる。自分がやられて嫌だったことを、ノノミはカミガヤにやったからだ。

 

 理想像を押し付けた。勝手に類推したのだ。本当に何をやっているのだろうか。

 

 その上、今回も押しつけと言えば押し付けになるのかもしれない。かといって、聞くこともできないのだ。

 

 

「お嬢」

 

「え?」

 

 

 考え事をしていたところに声が掛けられて、ノノミは辺りを見回した。カミガヤの声であるが、そうと思しき姿はそこにはない。

 

 

「ここだ。ここ」

 

 

 トントンと肩を叩かれて、肩越しに確認するとカミガヤがいた。だが、ノノミは聞かずにはいられなかった。

 

 

「……どうしたんですか? 普段と全く違いますけど」

 

 

 カミガヤが着ているのはいつものスーツでは無かった。Tシャツにジャケット、それに色を合わせたパンツとカジュアルな格好だった。その上、伊達だろうか。眼鏡までしているから、誰か分からなかった。

 

 

「お嬢は、スーツ着た人間が近くに居て。落ち着いて買い物できますか? それに、そっちも人の事を言えないと思いますよ。随分とまぁ、高そうな服を着て」

 

 

 伊達眼鏡をずらして、ジロジロとノノミを上から下まで見るカミガヤに耐えられずに、ノノミは下を向く。

 

 仕方ないのだ。初夏からずっと引きこもっていたせいで、外行きの服は全て季節外れの物しかないし、引きこもり生活の反動が思いのほか大きかったのだ。あの音は二度と聞きたくはない。まさか、部屋着で行くわけにもいくまい。注目の的になってしまう。

 

 仕方なく、本当に仕方なく執事に相談すると今の服を用意してくれた。もっと細かく指定すれば良かったと、今更ながら後悔している。

 

 

「まあ、良いでしょう。ミレニアムでしたっけ? 行きますよ」

 

 

 流れるように懐から財布と鯨のキーホルダーがついた鍵束を取り出して、カミガヤが机の伝票を手に取る。

 

 

「それは、私が……」

 

「ご両親へのプレゼントを買うんでしょう? 少しでも温存した方が良いと思いますがね。待たせたのと、昨日のお嬢の提案通りに、ここは私が払っておきますよ」

 

 

 ノノミは何も言えなくなる。これで余計に、カミガヤが分からなくなった。昨日の事を気にしたそぶりもないからだ。昨日、ノノミが言った提案もあったとはいえ、どういう心境の変化なのか分からない。

 

 だから、ノノミはカミガヤの後を追う。まだまだ、ノノミの計画は始まったばかりだった。

 

 

 □

 

 

「まだ昼前ですが、それでよかったんですか?」

 

 

 乗り込んだ車内に、カミガヤの声が響く。ノノミの手には買ったプレゼントが握られていて、それはずっしりと重かった。

 

 

「これでいいんです」

 

「そうですか」

 

 

 カミガヤはそれ以上は聞いてこなかった。サイドブレーキを握るでもなく黙っている。

 

 

「それで? プレゼント選びの意見を聞きたいなんて建前でしょう? 今日は私の事を気にせずに、居てくれていいですなんて」

 

「はい」

 

 

 ノノミは頷く。初めから、カミガヤを騙せるとは思ってなどいなかった。男性側のプレゼントの意見を聞きたいのも本当ではあったけれど、本命はまた別だ。

 

 

「カミガヤさんの目的は何なんですか? どうして、私に真剣に向き合ってくれるんですか?」

 

 

 これが、今回のノノミの目的だった。カミガヤの考えを、ずっと知りたかったのだ。

 

 

「だから、ネフティスの目の届かないミレニアムまで来たわけですか」

 

「はい。執事さんに頼んで、カミガヤさんを今日はお休みにしてもらいました。あの人の目は気にしなくても良いと思います」

 

 

 そうだ。今日のノノミの世話人の業務は休みにしてある。昨日は買い物に付き合って欲しいと頼んだが、アレに強制力はないのだ。なにせ休みなのだから。仕事だとカミガヤが言うのなら、仕事でないようにすればカミガヤは来ない筈。それなのに、今日は来てくれたのだ。それも、ノノミに配慮した服装で。

 

 そうともなれば、カミガヤは執事の監視の目があるから。ノノミを見ているわけでは無いことになる。

 

 

「……それを聞いて、お嬢はどうするんです? 何かが変わると言うんですか?」

 

「変わりますよ。昨日の夜、ずっと考えたんです」

 

 

 朝起きるのが億劫になるくらいには時間をかけたのだ。これほど人について考えたのは初めてだったかもしれない。

 

 

「それで、何を考えたんですか? 進路のことでは無いですよね?」

 

「はい。考えたのは別の事です。あなたのことです。カミガヤさん」

 

「何ですか。私の過去でも気になりますか? ちょっと怒り過ぎましたからね。気になる事でしょう。ですが──」

 

「それは、良いんです」

 

 

 そう言えば、カミガヤはちょっと驚いたような顔になった。続けざまに、ノノミは口を開く。

 

 

「私が知りたいのは、もっと別の事なんです。私はあなたの過去を聞く資格はありませんから。私は酷いことを言いました。きっと、そうなんです」

 

 

 カミガヤは失敗しない。何でもできる。これはノノミ視点の話で、カミガヤにとってはそうでない。それをノノミは考慮しなかった。あの言葉は侮辱に他ならないのだ。

 

 それを、カミガヤの地雷だろうそれを、ノノミは思い切り踏みつけた。よくもまあ、殴られないで済んだものだ。ノノミだったら掴みかかっていたし、実際にやった。

 

 かといって、謝る事も出来ない。ノノミは、カミガヤの過去を知らない。知らないモノをどうやって謝ればいい?

 

 態々、教えてくださいとでも頼めるわけもない。カミガヤがあそこまで怒らないと口走らなかった過去だ。聞くこと自体が侮辱に当たる。しかし中途半端に知った気になって、謝るのも侮辱だ。ノノミがやられたら嫌な事でしかない。

 

 

「だから、私が聞きたいのは別の事です。どうして、あなたは私に期待してくれるんですか?」

 

 

 期待。そう、期待だ。カミガヤはノノミに期待している。

 

 そうでなければ、ここまで面倒を見はしない。今までの世話人の様に直ぐに居なくなっていただろう。

 

 執事がカミガヤを警戒しているのは知っている。なにせ、今日買い物に行くことを必死な勢いで止められたからだ。緊急連絡用の端末を持つことで、どうにか許して貰えたくらいだ。その端末は念のため、後ろのトランクに放り込んであるのだが。

 

 その時に執事が言った事も知っている。ノノミの世話人という立場を利用して、色々なことに手を出していると。

 

 成程、執事が警戒するのも頷ける。執事には、カミガヤがノノミを懐柔して権力を手にしているように見えるのだろう。

 

 でも、ノノミは違うと思うのだ。そうであったなら、カミガヤが初めから、そのつもりであったなら。きっとノノミを甘やかしただろう。昨日みたいに怒りはしなかったのではないだろうか。怒ったのはノノミが地雷を踏んだからだが。そもそもの原因はカミガヤが、ノノミに両親と話すべきだと言ったからだ。

 

 きっと甘やかす方が楽なのだ。人に厳しく言う方が何倍も面倒くさい。何となくノノミはそう思う。

 

 カミガヤにそうさせるのは、何か目的があるのだろう。ノノミとは全く関係のない目的があるのかもしれない。それでも、ノノミに言うという事は変われると期待しているからでは無いのだろうか?

 

 カミガヤは黙ったままだ。だから、ノノミは尚も言葉を続ける。

 

 

「私が嫌だったのは期待に答えられない事です。きっと、そうだったんです」

 

 

 人にあれこれ言われるのは嫌だ。しかし、それだけならノノミは耐えられるのだ。腹の中で悪態を吐いて、それで鬱憤を晴らして終わりに出来る。今まではそうやって来たはずだ。

 

 なのに、何故。そう出来なくなったのか。それは、あれこれ言われる内容が、その通りの事だったからだ。そうなってしまったからだ。

 

 ネフティスはアビドスを滅茶苦茶にして撤退する。その事実が、ノノミは嫌だったのだ。

 

 これまでは撤退しないまでも、何とかアビドスにしがみついていた。それは、せめてもの償いだと言い訳することが出来ていた。けれど、撤退が決まった瞬間に、それは言い訳になってしまった。そんな自分の苦しみを知らないで、無秩序に投げつけられる言葉にノノミは耐えきれなかった。

 

 

 ──お嬢様がね。そんな風なのは全部がネフティスだからですよ。

 

 

 あれは、カミガヤなりに答えをちゃんと言っていたのだ。それを、ノノミはノノミなりに変換できなかっただけで。

 

 そうだ。ただ、ノノミは嫌だったのだ。そうあれと望まれた立場に居て、そうする資格があって、そう成れない自分自身が嫌でたまらなかった。自分で、自分に期待しなくなった。だから引きこもった。

 

 

「でも、あなたは私に期待するんです。こんな私に期待する。私を何とかしようとする。説明位してくれてもいいじゃないですか。期待に応えられないのは嫌いなんです。私」

 

 

 それでも、カミガヤはこんなノノミに期待しているのだ。

 

 なら、ノノミに何ができるのか。それは、ネフティス中学に行けるようになる事だ。カミガヤがそうしようとしていくれていることを、出来るようになる事。まずはそこからだ。

 

 今すぐにネフティス中学へ登校することがカミガヤへの償いかと言えばそうではない。恐らくは今回、ノノミが両親と話す機会を設けた様に、カミガヤにはカミガヤの考え方がある。

 

 それを、ノノミは聞きたくなった。楽をするためではない。カミガヤの期待に答えたくなった。人任せかと言われればその通りかもしれないが、ノノミはそうしたかったのだ。少なくとも、ノノミが嫌だと言った事は刺せないような気がしたからだ。

 

 だから、この場を用意したのだ。両親の買い物へ付き合ってくれと言い訳を用意して、あそこでカミガヤが来るのを待っていた。全ては、カミガヤの答えを聞くために。

 

 

「……成り行きですよ。ただの、成り行きです」

 

 

 カミガヤの答え方は素っ気なかった。

 

 

「そうでなきゃ、ここまでしません。私は私なりの考えと目的があって、ここに居る。ただ、お嬢の為という訳でもない。お嬢には悪いですがね」

 

 

 伊達眼鏡の向こうの瞳は冷たい。その冷たさのまま、淡々とカミガヤは言うのだ。

 

 

「ここは学園都市キヴォトス。()()()()の楽園。ここは、そういう風に出来ている。だから、別にお嬢がどうなろうとどうでもいいんですよ。引きこもろうが、そうでなかろうが、お嬢が幸せになるのは決まってるんですから」

 

「誤魔化してませんか?」

 

 

 よく分からない事を、ぶつぶつとカミガヤが言うので。ノノミは思い切り突っ込んだ。

 

 

「私が聞いているのは、期待しているかどうかです。どうなんですか? 煙に巻かないで下さい」

 

「言ったじゃないですか。期待しているって」

 

「言ってませんよ。分からない事をごちゃごちゃ言っているだけです。私は言って欲しいんです。あなたに言って欲しいんです」

 

 

 ノノミは後部座席から運転席に顔を出す。迷惑そうにカミガヤが鼻を鳴らすが関係なかった。

 

 

「私は、期待に応えたいんです。あなたは私を信じてくれている。昨日みたいな事はもう言いません。良いじゃないですか。何が嫌なんですか」

 

「……碌なことにならないからですが?」

 

 

 そう言うカミガヤの表情は強張っていた。

 

 

「期待というのは勝手なものです。それを押し付けたくはないんです。迷惑でしょう? 実際、お嬢はそうだったはずだ。違いますか?」

 

「違いませんけど。別にいいんです。カミガヤさんの期待ならいいです。だって、ちゃんと考えてくれたんですから」

 

 

 今までだって、今さっきのだって、カミガヤの答えは同じだ。期待するのが嫌なのだろう。それは、ノノミの知らない過去が関係しているのかもしれない。それが良い結果を生まなかったから、今こんな風になっているのかもしれない。

 

 でも、ノノミはどうでもいいのだ。本当にどうでもいい。そうなるのはカミガヤの所為ではないし、そうなる前にカミガヤに話せばいいからだ。

 

 

「別にカミガヤさんの過去とかどうでもいいんです。そんなのは私は知らないんですから。私が知っているのは、世話人になってからのカミガヤさんです。そのカミガヤさんの答えが聞きたいんですよ」

 

「あのですね。それが何を意味するか分からないお嬢じゃないでしょう! お嬢がなりたい、ネフティスの令嬢はアレでしょう!? アビドスを救いたいんでしょう!? そんな簡単な事じゃありませんよ!」

 

 

 遂にカミガヤは声を荒げた。昨日のような怒りに満ちたものではない。今までのような、心配が含まれたものだ。

 

 

「それを分かっていたから、そうできないお嬢は引きこもってたんでしょうが。それを俺の言葉一つで頑張れるって言うんですか? どれだけ頑張らなきゃいけないか分かってるんですか?」

 

「だから、教えてください。ちゃんと聞けば教えてくれるんでしょう? あなたが言ったんですよ」

 

 

 カミガヤの目が見開かれていた。そのままノノミは畳み掛ける。

 

 

「その時はあなたが教えてくれるんでしょう? だったら、私は頑張れますよ。何を言われてもへこたれません」

 

「ハァ…………ユメ先輩みたいなことを言う……」

 

 

 今度の返事は短かった。長い、長い溜息の、その後にすぐ、カミガヤの言葉が続く。

 

 

「……そうですね。期待しているのかもしれません。まだ、期待しているのかもしれない。まだ、分からないでいたいんですよ」

 

 

 またまた、分からない事だ。カミガヤの過去を知っていれば分かるかもしれない事だ。だから、ここではカミガヤしか分からない。もしかしたら、ノノミに言っているのではなく、カミガヤ自身に言っているのかも知れなかった。

 

 

「どういう事ですか?」

 

「ほら、コインを投げたら落ちるまで結果は分からないでしょう? その間は期待できるじゃないですか。結果が決まってないわけですからね」

 

「つまり期待してるってことですか?」

 

「そうですよ。期待しています。お嬢は、ちゃんと言われれば、やれるでしょうよ」

 

 

 渋々と言うように頷くカミガヤを見て、ノノミは嬉しくなった。勝ったとかそういう事ではなく、一人ではないような気がしたからだ。

 

 

「嬉しいのは結構ですが、明日は大丈夫なんですか? 本命は明日でしょう?」

 

「大丈夫です。物も買いましたし、負けません」

 

 

 カミガヤの心配も気にならない。今なら何だって出来る気がする。昔に戻ったみたいで、やる気が溢れている。両親など怖くも何ともない。

 

 

「そうですか。なら、何処に行きますか?」

 

「えっ?」

 

 

 予想だにしないカミガヤの言葉に、ノノミは耳を疑う。でも、済ました顔でカミガヤは言うのだ。

 

 

「何を驚くんです? まだ昼です。時間はあります。頑張るのは明日です。今日くらいは、英気を養っても良いでしょう」

 

 

 さっきよりもノノミは嬉しくなった。何だか前に進んだ気がする。実際には何も進んでいないのに、何故だかそう思えた。

 

 明日の両親との話も良くなる。そして明日、ようやく本当の意味でノノミは前に進める。それでいつかは、いつかはアビドスを救える日が来るかもしれない。

 

 きっとカミガヤとなら、それが出来る。そう出来るように頑張れる。

 

 そんな事を、その時のノノミは思っていたのだ。期待に応えて、カミガヤと一緒に頑張れる。そんな夢みたいな事を。

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