ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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33話 契約の終わりとこれからの事

 いつものオーナーのオフィスだった。相変わらず広いフロアにオーナーの大きいデスクとカヤツリの座る椅子しか置かれていない。カーテンも閉め切ってあり、外は快晴なのに部屋の中は薄暗くて、夜のようだった。

 

 

「それで、どうしますか?」

 

「まだ、先の話でしょう? オーナー」

 

 

 オーナーはカヤツリに対して無慈悲に告げる。今日はオーナーの契約内にある定期健診だ。相も変わらずオーナーは結果を見て上機嫌だった。そこまでは普段と変わらない。

 

 しかし、今回は事情が違う。オーナーの依頼の終了期限が近付いている。つまり、オーナーとの契約も終わりに近づいているという事だった。ただ、まだ一ヶ月は残っている。随分早めに聞いてくるものだと思う。

 

 

「それに、一年が最低期限だったはずでしょう?」

 

「ええ、ですがこれ以上引き延ばしても無駄でしょう。それに、貴方はその方がいいのでは?」

 

 

 もちろん、そうに決まっている。ただ前回も期限を早めに終わらせようとしたりとオーナーの思惑が読めなかった。いつも読めるわけではないけれども、今回は本当に分からない。

 

 そんなカヤツリを見てオーナーはいつものように、くつくつ笑って言った。

 

 

「貴方との契約で私がしなければならないことは、貴方を独り立ちさせることです。貴方は言ったでしょう? 自分が何なのか知りたいと。今の自分は誰で、何がしたいのか、何のためにここにいるのか。言えますか? おそらく考える時間が必要でしょう? だから早めに言っているのですよ」

 

 

 オーナーの言葉を考えてみる。今の自分は誰かは言える。何がしたいのか。何のためにここにいるのか。うまく言葉にできなかった。何がしたいかはアビドスを何とかしたいので間違いないし、そうでなければいけないのだ。そうすると、今度は何のためにというのが分からなくなった。自分のため? 先輩のため? それともホシノのため? 

 

 頭を整理しようと正面を向いて、オフィスの机に座って表情の読めないオーナーの顔を眺める。そんなカヤツリに微笑むように、オーナーの顔面の亀裂が歪んだ。

 

 

「……クックックッ。悩んでいるようですね。十分に悩むと良いでしょう。私も貴方の答えを楽しみにしていますから」

 

 

 ”それと忠告ですが”とオーナーが言う。こういう時は大抵大事なことを言うのだ。カヤツリは集中した。

 

 

「トリニティの古い言葉で分かりにくいかもしれませんが、ぴったりの言葉が見つからないので。あまり無償の愛(アガペー)とやらにとらわれない方がいいと思いますよ。いくらアビドスの生徒会長ができているように見えたと言ってもね。貴方は彼女では無いでしょう?」

 

 

 渋い顔で黙り込むカヤツリに対して、オーナーは続ける。

 

 

「あなたは三つの内、二つ(ストルゲーとフィリア)はできているのですから。いえ、残り一つ(エロース)もできていますか。意識的に避けているようですが」

 

 

 ”無償の愛なんて、おおよその人間の持つものではありませんよ”と続く。オーナーの言葉の意味は分からないが言いたいことは分かる。先輩みたいな考えを止めろとでもいうのだろう。

 

 ただそれだけはダメだ。前はホシノへの気持ちを優先して失敗した。先輩とホシノを天秤にかけた時に、カヤツリは先輩の安全ではなく、ホシノとの関係を優先したのだ。

 

 もっと考えるべきだった。先輩みたいに大事なものは平等に考えるべきだった。そうすればああならなかった。もうあの過ちは繰り返さない。

 

 

「寛容で情け深く、驕り高ぶらず、全てを信じ、絶えることがない。人間業ではありません。それこそ、かの聖人くらいでしょう。貴方はもっと俗で良いと思いますよ。貴方は貴方にしかなれないのですから」

 

 

 別に無償の愛など求めているわけではない。そんな先輩みたいな高尚な人間ではない。むしろこちらがなりたいくらいなのに。いちいち言われなくとも、なれない事くらい分かっている。せいぜい出来の悪い模倣だ。先輩だったらもっと上手くやっただろう。ホシノだってもっと笑っていたはずだ。

 

 そんなカヤツリを置いてけぼりにしてオーナーは次の話に入った。

 

 

「あと、貴方から相談された幻覚ですが」

 

 

 あの日から見えるようになった人影の事をオーナーに相談していた。日が経つにつれて、手が付けられなくなってきている。ストレスでどうにかなりそうで、早くどうにかしたかった。

 

 

「貴方の身体を検査しましたが、特に異常はありませんね。神秘も特に暴走しているということもありません。むしろ前より増えていますよ」

 

「じゃあ、どうしようもないという事ですか?」

 

 

 最悪だった。最近は声までするのだ。完全に先輩の声だった。姿もシルエットが先輩になってきている。

 

 

「いえ、原因が貴方の身体の異常ではないということが分かっただけです。ちなみに、今は見えますか?」

 

「見えませんが」

 

 

 最近は、あれが出るのは休んでいる時だ。前は指さしだけだったのが、今は囁いてくるようになった。一言だけしか喋らないが、もう限界に近かった。

 

 

「ふむ。誰かがいれば出ないのですか。そのアビドスの生徒会長の幽霊とやらは」

 

「そうではないですね。例えば、オーナーの時は出てきませんよ」

 

「私は試行回数が少ないので、確定はしないでおきましょうか。他に居ますか。その人物がいれば出てこないパターンは」

 

 

 十六夜後輩とシロコの時には出現を確認している。柴関でのバイトの休憩中も囁かれた。基本どこにでも出てくる。

 

 ──いや。一つだけあったか。疑問点が出て、オーナーに質問する。

 

 

「寝てる場合は含みますか?」

 

「その人物の意識がない状態でのみ、出てきたという事ですか? ええ含みますよ」

 

 

 ──ホシノだ。ホシノと一緒の時は出てこない。十六夜後輩と初めて話した時には出てきているが、あの時はホシノは眠っていたはずだ。それをオーナーに伝えると納得したように頷き始めた。

 

 

「ああ、なるほど、やはりですか。しかし、なんともタイミングの悪い……いや、むしろ良いのかもしれませんね」

 

 

 何かに納得したオーナーは絶望的なことを言うが、安心させるような口調で続ける。

 

 

「それは、幽霊ではありませんよ。ましてやアビドスの生徒会長ではありません」

 

「じゃあ、何なんですか。幽霊は存在しないからなんて言うのはやめてくださいよ」

 

 

 あれほどそっくりなのに、オーナーの視点では先輩ではないらしい。オーナーはくつくつ笑って否定した。

 

 

「私も一応、研究者の端くれです。幽霊の存在を頭ごなしに否定はしませんよ。ただ、幽霊なら何故貴方にしか見えず、貴方の周りしか出ないのですか? 彼女が亡くなったのは、貴方の責ではない。それに貴方は彼女の遺体を見つけたわけでもないでしょう。その理屈なら小鳥遊ホシノさんの方に出るでしょうね。でも実際は逆です。むしろ彼女は避けられている」

 

「じゃあ、あれは何です。先輩じゃないのなら、何なんですか」

 

「貴方も、うすうす気づいているでしょう? ”あれ”はそういうものですから。それか気にしない事です。いちいち”いないもの”に律儀に反応するのも考えものですよ。貴方は貴方なんですから」

 

 

 ──いないもの。引っかかる言い方だが、おおよその概要は分かる。どうせ幻覚に過ぎないとでも言いたいのだ。

 

 

「ええ、貴方の話を聞く限り、物理的な干渉はできず、貴方の視覚と聴覚だけにしか干渉できない。助言をするとは言いますが、おそらく貴方が知る範囲での情報しか知らないでしょうね。そんなものは”いないもの”としか形容できませんから。別に”それ”がいなくても、貴方一人で何とかできたでしょう?」

 

 

 分かっているのだ本当は。あれが先輩でない事くらい。でも、姿形がそっくりなものに見られているだけで、責められているような気分になる。だって、先輩の遺したメモをまだ、達成できていないのだ。

 

 まだ借金は残っている。後輩も二人だけ。ホシノは前よりも多少はましだが、全然だ。最近は資金繰りが苦しくなってきているし、支援要請も音沙汰無しで、お先真っ暗だ。

 

 

 オーナーはそんなカヤツリを見て、念を押す。

 

 

「それは、所詮影でしかないのですから。折角、貴方が手に入れた場所でしょう。そこには一人しか入れないのですからね。そこから、はじき出されたくはないでしょう?」

 

 

 ”それに”とオーナーが続ける。今日は随分と話が長かった。内容も講義じみていて、一瞬オーナーが教師のように見えた。

 

 

「そもそも死者は蘇りませんし、黄泉がえりなど大抵うまくいきません。イザナギしかりオルフェウスしかりね。それに、仮に蘇ったとして、それが今までの彼女だと誰も保証できませんから」

 

 

 カヤツリは顔を顰めた。自分の事などお見通しのようだし、またオーナーのよくわからない話が始まったからだ。

 

 

「スワンプマンというものがあります。まあ、いわゆる思考実験なのですが」

 

 

 オーナーの説明によれば、ある男が沼に散歩に行った。その男は沼で雷に打たれて消滅。同時になんの奇跡か、沼から同じ形状の人間が誕生する。それがスワンプマン。スワンプマンは元になった男と構成が100%同じで、男と全く同じ行動をする。じゃあその男は、元になった男と同じ存在なのかという話だった。

 

 

「同じじゃあないんですか」

 

「ふむ。いささか不謹慎ですが、アビドスの生徒会長を例に出しましょうか。貴方が見た幻覚がスワンプマンだと同じだとしたらどうです。貴方が見た瞬間から発生し、実体があり、全てが同じだとしたら。それでまだ梔子ユメが生きていたら?」

 

「……生きている方と幻覚で同じ存在が二人いますね」

 

「どちらが本物ですか? 生きている方ですか? それとも幻覚の方ですか? 貴方は何をもって本物と断じますか?」

 

 

 頭が混乱してきた。何もかも同じなら一緒でいいのではないか。でも、幻覚の方は違う気がする。

 

 

「今までこの世界で生きていたのは、元々居た方じゃないですか。そっちが本物でしょう」

 

 

 それを聞いてオーナーが補足する。

 

 

「つまり、世界からどう見たかというわけですね。貴方は、彼女を全て知っているのですか? きっと彼女だって貴方にしか見せない顔だってあるでしょうし、見せない顔だってあったでしょう? 貴方はアイデンティティを他者の評価で決めるのですか? 貴方が今言ったことは、人の全ては他者の評価で決まるということですよ」

 

 

 それがだめなら残っているのはもう、自己だけだ。自身がそう思えばそれが本物だという力技だ。それを聞いてオーナーは満足そうに笑う。

 

 

「良いですね。その調子です。ただ、それだと意識がないときは困りますね。いつの間にか死んでいて、スワンプマンと入れ替わっていても分からないですから」

 

 

 なんだか、とても恐ろしい気がした。自分の意識も肉体も他者の認識も、自分の存在を保証してはくれないのだ。じゃあ今ここにいる自分は何なのだろう。足元が崩れる気がしてきた。

 

 パンと手を叩く音がした。見るとオーナーが手を合掌の形にしている。気付けの為に叩いたようだった。

 

 

「クックックッ。少し意地悪し過ぎましたか。まあこれに正解なんてありませんし、貴方が考えたこともあながち間違いではない。色々解釈があるのですよ。例えばそうですね……経験といったものです」

 

 

 話の着地点が見えないけれど、耳を傾ける。相変わらず小難しい。

 

 

「スワンプマンは今までの経験がないのですよ。生まれたばかりですから。記憶しかない。だから彼女には貴方の名前の記憶があるだけで、貴方を見ても真の意味で名前を呼べないのです。大事な後輩の名前という経験がないんですから」

 

 

 ことさらに難解だった。つまりなんだ。名前と姿の記憶と知識はあっても、名前を呼んだことがないから呼ぼうと思えないという事だろうか。

 

 

「近いですね。本物なら、貴方を見て今までの経験から名前を呼ぶでしょう。一緒に過ごした経験があるので当たり前ですね。それでは、スワンプマンはどうか。彼女は貴方の名前を呼んでいた。という過去の記録から逆算して呼ぶのです。それを踏まえて、もう一度聞きますが、貴方の見た幻覚は本物の梔子ユメですか?」

 

「……つまるところ、記録をなぞるだけのコピーで、本物のような意志を持っていないのだから、あまり気にするなという事ですか」

 

 

 オーナーは、しばらく迷ったように顔面の亀裂を歪ませるだけだったが、また言葉を発した。

 

 

「先ほど否定はしましたが、別に何を拠り所──アイデンティティにしてもいいのです。他者の評価でも自分の意識でもね」

 

 

「貴方はここまで色々選んできたでしょう? もしかしたら、梔子ユメが生きている未来や代わりに貴方か小鳥遊ホシノが居ない未来、アビドスがなくなった未来もあったかもしれませんが、ここまで来たのは貴方ですよ。だからもっと自信を持って貰いたいものです。そんな影などに惑わされずにね」

 

 

 まさか励ましているのだろうか。あのオーナーが? さっきのスワンプマンとやらも、そうだったのだろうか。そんなカヤツリの疑問を察したのかオーナーは答える。

 

 

「いえ。私との契約を何事もなく満了する者は少ないので。それに貴方とは長い付き合いですから。”悩んでいる教え子を元気づけようとする”それくらいの良識は持ち合わせているつもりですよ」

 

「……」

 

 

 オーナーは真っ当な事を言っているが、いささか胡散臭すぎて素直に喜べない。

 

 

「本日は最後になりますが。貴方は私との契約が終わったらどうするつもりですか? もちろん、まだ決まっていないなら構いませんよ。興味本位の質問ですから」

 

 

 興味深そうな口調でオーナーはカヤツリに問いかけるが、カヤツリは答えられなかった。

 

 だって、もうどうすれば良いのか分からないからだ。前ならアビドスに残ると言えただろう。最近は自分が此処にいていいのか疑問に思うことが増えてきた。

 

 先輩に頼まれたことは何一つできないし、自分の気持ちすらコントロールできない。このまま、アビドスに残ったところで何ができる。今やっていることですら、ホシノがどうにかなるまでの延命処置にしかなっていない。結局、カヤツリはホシノをどうにかできないのだ。むしろ後輩たちの方が元気づけている。だから、先輩に責められるのだ。

 

 最近は仕事も十六夜後輩やシロコが出来るようになってきて、そっちに投げている。手が空いたから、後輩が増えた時用にホシノあてに引継ぎ資料も作った。読めば誰でも仕事ができるように作ってある。

 

 案外出来がいいと自負している。あと二人くらい後輩が増えれば、自分がいなくても仕事は回るだろう。

 

 後輩たちは嫌いではない。むしろ好きな部類だ。シロコだって初めての後輩だ。かわいいに決まっている。そうでなければ、仕事など教えないし、銀行強盗などやるものか。

 

 ホシノと後輩たちが居てくれれば、前まで頑張れたのに。毎日が楽しかったのに。最近はボロがでてきた。気づけば独り言を言っている。

 

 だからもう疲れたのだ。たぶん頑張れた理由を自分で失くしたからだ。でも間違えるよりましだ。先輩みたいにやっているのに、ホシノへの気持ちを封じてやっているのに、どうして先輩は責めるんだろうか。代われるなら誰かに代わってほしかった。

 

 カヤツリは保留の返事しか出せなかった。

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