ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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339話 カヤツリの哲学

 対策委員会はざわめいていた。その理由は明白だ。それほどまでに、先生の放った一言は衝撃的で意味不明だったから。そしてそれは、ゲヘナの二人もそうだったらしい。

 

 

「ちょっと待ってくれないかい先生。私らはちょっと話についていけない」

 

 

 マトだった。マトは額に手を当てて、眉間の皺を解していた。

 

 

「どうして、そんな結論になるんだい? カヤツリがそう思っているという根拠は? さっきは話を聞いてくれやしなかった。それに、何をどう協力するっていうんだい?」

 

「そうよ! 向こうはこっちを潰そうとしてるのよ! 協力なんてできるはずないわ!」

 

 

 マトやセリカの理解が及ばないのも分かる。というよりも、これは大人しかわからないのかもしれない。ネフティスやノノミという守るべきものを持つノノミの両親は、カヤツリの事が分かったのかもしれない。だから、ここまでの権力を与えたのかもしれない。

 

 かくいう先生もカヤツリの気持ちが少しだけわかる。

 

 

 ──二人は……

 

 

 ホシノとノノミをちらりと見る。ホシノは少し持ち直したようだが、ノノミはまだだった。あそこまでカヤツリに噛みついたのは確認だとノノミは言ったが、多分違う。

 

 謝るタイミングを探していた。それは最初にノノミの所為ではないと言われたから。きっと、ノノミは自分の所為だと言われたかったのだろう。けれどカヤツリは最後までノノミの所為だとは言わなかった。責任を対策委員へと分散していて、ノノミ個人の所為だとは一度も言わなかった。

 

 ホシノに対してもそうだ。カヤツリは一度もこの状況が、対策委員長であるホシノの所為だとは言わなかった。

 

 二人とも、怒られたかったのだ。お前の所為だと、そう言われたかった。自分の所為だと思っていることを、そう取られずに何も言われないのは辛いものだ。

 

 そしてカヤツリもだ。そうしたいほどの理由はあるはずなのに。どう考えても、カヤツリは二人に配慮していた。恐らくは、ちゃんと理由がある。きっと救えない理由が。

 

 

 ──ごめんね。私にもっと力があったら……

 

 

 心の中で先生は謝る。ホシノとノノミの二人には辛い事を強いている。辛い過去を、他人の前で喋らせている。非道な事をしている自覚はある。けれど、必要な事だ。

 

 全部、先生がやってしまってもいい。シャーレの権力を使って、全てをゴリ押してしまってもいい。強制捜査権を振りかざして、強引にシェマタを摘発してもいい。ゲヘナも今の状況なら手を貸すだろうし、お金も引き出せる。引き出して見せる。

 

 ただ、その場合はカヤツリ側を切り捨てる事になる。カヤツリが救おうとしているハイランダー生。かつてのネフティス中学の卒業生たちを。そうした場合、彼女たちはアビドス高校を恨む。

 

 そうしたなら、ハイランダーや私募ファンドも手を引くだろう。そうなった場合、先生は今度こそアビドスの責任を取らなければならない。事態を引っ掻き回して、ハイお終いなどと、春先の様な終わりではいけないのだ。シャーレや連邦生徒会等々、使える物は全部使う義務がある。

 

 だってそうだろう? 先生がそうすると言う事は、自分たちの夢を否定されたに等しい。方法が間違っているなんて、こちら側の詭弁だ。そこまで追い詰めて、気づきもしなかったのは先生たちだ。アビドス高校を選ばなかったという仕方のない弱さを槍玉にあげるのは簡単だが、それは余りにも無責任だ。

 

 そして、ホシノもノノミも救われない。そうしたなら、カヤツリは姿を消すだろうから。三人が話し合う機会は永遠に失われる。先生は生徒を傷つけずに事態を解決する力はない。そのことを鋼鉄大陸で嫌というほど思い知らされた。それでも、先生は出来得る限りのことをするしかない。その事実をみつめながら、先生は鈍い痛みを押し殺して口を開く。

 

 

「じゃあ、そうだね。最初は、私の思うカヤツリ君の考え方から話そうか」

 

「考え方? そんなの……」

 

 

 ホシノが言い淀む。わかってると言おうとして、現実に叩きのめされたに違いなかった。今のホシノは自信というものをすべて喪失していた。

 

 

「黒服って人と同じなんじゃないの?」

 

「違うよ。似てるようだけど、全く違う。もし、黒服と同じなら、カヤツリ君はここへは絶対に来なかった。全部手遅れになってから、アビドス高校が廃校になってから来たはずなんだよ。よく思い出してみて、アヤネが言ったことだよ」

 

「私が? 指摘だと、そう言ったことですか?」

 

 

 先生は頷く。そこがまず妙な点だった。

 

 

「今日、カヤツリ君は何のために来たんだろうか。ノノミの話からして、無駄なことは一切しないだろうから態々、時間をとってここまで来たんだよ。カヤツリ君にとっては、大事な用があったに違いないんだ」

 

「ん。私たちの反抗心を折るために来た。そうとしか思えない」

 

「それだったら、シロコ。ここまで足を運ばなくてもいいはずだよ。反抗の気持ちを折るって言ったって、その必要はないんだ。知らないでいてくれた方が、手遅れになるんだからね」

 

 

 カヤツリがここまで来た理由が気になっていた。マトは復讐だと言ったが、その線はどうも薄いように思う。そうであるならば、最後の最後、もうどうしようもなくなってから姿をさらすべきだ。少なくとも黒服ならそうするだろうし、実際にした。なら、カヤツリもそうするだろう。そうできない人間をカイザー理事や黒服は手元に置かないだろう。

 

 だったら、何かあったと考えるべきだ。カヤツリはここへとくる必要があったから、今日来たのだと。

 

 

「アヤネの言う通りなんだと思う。カヤツリ君は今日、指摘しに来たんだ。対策委員会が今しなければならないことを指摘しに来たんだよ。まだ新学期までには半年ある。今から行動すればもしかしたら間に合うかもしれない。新入生が来てくれるかもしれないんだ」

 

「でも! アイツはアビドス高校を潰そうとしてるのよ!」

 

 

 セリカは憤慨している。それも仕方がない。裏から嵌めるなど、セリカが一番嫌いそうなことだ。だが、少しだけ勘違いしている。

 

 

「言ってないよ。カヤツリ君はアビドス高校を潰すとは言ってないんだ。このままだと潰れるし、支援する価値が無いとしか言ってない。そのための対策をしなかったことを延々と責めてはいたし、セリカ達に対する当たりはキツかったけどね」

 

「言われて見ればそうだね……思い返してみれば、話の流れも妙だった」

 

 

 マトが気づいたのか、一つ一つ指を折っている。

 

 

「そもそも、対策委員側から見たハイランダーの無断線路敷設についての話じゃなかったかい? そこから砂漠横断鉄道の権利、シェマタの権利の話になった。私募ファンドはシェマタの権利を明確にするためにこの状況に持ち込んできた」

 

 

 そう、そこまでは既定路線。しかし、そこから先がおかしい。

 

 

「結局、シェマタはどうしようも出来なかった。その理由はシェマタをシェマタと確定できないから。なら、どうして出てきたんだい? 契約の事なんか出さずに、シラを切り通せばいい。強制捜査が入っても、そうだと確定できないんだからね。なのに延々と話に付き合った。話をするだけ情報を渡すことになるし、警戒レベルを上げられるだけ。アビドス高校を潰したいなら、カヤツリにとってリスクでしかないはずだよ」

 

「カヤツリ君は、そうしないといけなかったんだよ。今日ここへ来て、対策委員会に対して話をする必要があったんだ」

 

 

 対策委員は息をのんでいた。でも、そうとしか考えられない。カヤツリは、本当に指摘するためにここへとやって来たのだ。

 

 だから、ここまで足を運んだ。無線越しでは響かないから。そして今日来たのは、今日でないと間に合わないからだ。今日より後ろでは時間的に厳しい。今くらいの時期が、ギリギリのタイミング。

 

 

「でも、なんで、そんな回りくどいことするのよ。最初から、そう言えばいいじゃない」

 

「そこはカヤツリ君の考え方。哲学なんだよ。今日も言われたとおりに対策委員会には実績がない。そんな集団には手を貸す価値はない。自分の考え方の方、ネフティス中学に注力する方が確実。だから、こんな事をした」

 

「待って下さい、先生。なら、おかしいです」

 

 

 ノノミが手を挙げる。その表情からは悲痛は消えていないものの、少しは持ち直したのだろう。廊下で話した時の芯が見えた。

 

 

「そうだったなら、私の時みたいに突き放したはずです。どうして、指摘なんていう慈悲のようなものを見せるんですか」

 

「確認のためだよ。カヤツリ君は確認したいんだ。自分の哲学を捻じ曲げるかどうかの確認なんだよ」

 

「哲学……考え方って事?」

 

 

 今、ホシノが呟いている言葉。それが今回の件の肝だと思っている。カヤツリの哲学。カヤツリの物事の考え方。何がどうして、今のカヤツリになったのか。それが、カヤツリと話をする上でとても大事なことになる。

 

 

「哲学、考え方って言っても……昔とは違うんだよ。ユメ先輩といた時とは違う」

 

「そうだね。その時とは違うと、私も思うよ」

 

 

 そう言えば、ホシノはまた萎れてしまう。ノノミと同じで、土台から芯がベキベキに折られていた。今まで見ようともしなかった。いや、見る余裕すらなかったものに押しつぶされようとしている。それを先生は全部一気に解決出来はしない。

 

 そのことが先生は悔しい。先生では、真の意味でホシノを救うことはできない。あの時の様に、鋼鉄大陸の時の様に、部分的にしか救えない。ただ、ホシノは悪くないよと。気休めの言葉しか掛けることができない。あくまで、その場に居なかった先生は部外者だからだ。ノノミもシロコもセリカもアヤネも、マトもヒナも。先生よりは近い後輩や事情を知っている者たちでもそうだ。

 

 言う資格があるのは二人だけ。梔子ユメとカヤツリだけ。

 

 しかし過去は変えられず、死者は生き返らない。だから、梔子ユメ本人に許してもらうことはできない。過去のホシノが、梔子ユメとカヤツリに言った言葉をなかったことにはできない。ホシノ自身がどうにかしなければならない問題だ。

 

 そしてそれは、ノノミもそうだ。生まれから来る罪悪感と偏見、知らなかったとはいえ、自分の我儘で事態を悪化させたこと。ノノミ自身が不幸を振りまいていると思っている事。

 

 二人とも変えられない過去に苦しんでいる。それを何とかする方法は、そう多くない。

 

 だから、過去の墓荒らし。公開処刑のような真似をした。ホシノの話をノノミに、ノノミの話をホシノに聞かせた。そして、対策委員会以外の人間にも。

 

 当人だけの視点では見えてこない事もある。他人からしか分からない事もある。吐き出すことで楽になる事もある。耳に痛い事も言われるだろう。でも、そうしたうえで、どうするかを二人は決めなければならない。

 

 これは荒療治だ。他に穏やかな方法はある。二人が傷つかない方法もある。先生が間に立つと言うやり方もある。答えを先生が教えたっていい。これまでの様に、カイザーやベアトリーチェや、調月リオ、デカグラマトンの様に。こちらの都合でしかない正義を振りかざして、(カヤツリ)を全員で叩きのめして、二人の前に引きずり出してもいい。お前は間違っていると一方的に暴力で分からせてもいい。

 

 しかし、それは絶対に失敗する。それは先生の答えであって、二人の答えではない。そんな行儀の良い答えではカヤツリは動かない。それを簡単にカヤツリは看破する。きっとカヤツリを動かせるのは二人の感情任せの答えだけだ。

 

 その答えを得るには、変えられない過去だけではなく、これから先も続く未来も見るしかない。そうでなければ、カヤツリは話を聞いてはくれないし、ホシノとノノミも前には進めない。そして先生が出来るのは、その感情的な答えを理屈でコーティングして、カヤツリが飲み込みやすいようする。理屈っぽい状況を整えることと、もう一つだけ。

 

 

「でも、まるっきり違う訳じゃないと思うんだ。ホシノやノノミが知っているカヤツリ君もしっかりといるはずなんだよ」

 

「そうなんですか?」

 

 

 あと一つ、先生が二人にできるのは根拠のある気休めだけだ。だが、気休めでも全力でやる価値はある。ただの気休めが二人を少しでも立ち直らせると信じる。そう信じて、先生はしっかりと頷く。

 

 

「カヤツリ君の人生を追ってみながら考えるんだ。何があって、どう思ったか。それは一緒にいたホシノとノノミが一番よくできるはず。間違っていそうだったら言って欲しい」

 

「分かったよ、先生。ノノミちゃんも」

 

 

 立て直したホシノと、芯がある程度定まったノノミを見て、先生は時系列順に物事を並べ始める。

 

 

「最初、カヤツリ君は運び屋に拾われた。ホシノの話を加味すると、ちゃんと働いて役には立っていたのに捨てられたと」

 

「うん……その後、私とユメ先輩に会ったんだ。その後はビナーの襲撃事件があって、そして……」

 

 

 ホシノに追い出された。そこまでが一区切り。まずは、そこからだった。

 

 

「カヤツリ君は、捨てられたのはショックだったって?」

 

「うん。ビナーの時にそう言ってたよ……」

 

「なら、ホシノと梔子ユメさんとの時間は楽しかったんだね」

 

 

 少しだけ、ホシノの口元が微笑んでいた。それは疑うまでもないのだろう。ホシノはそう信じているし、梔子ユメもそうだったはずだ。

 

 

「最初のカヤツリ君の哲学は強さが全てだったんだと思う。だって、利用価値が無いから捨てられたんだからね。仲間だとかそういった感情的なモノは、それを防いではくれなかった。だから、黒服やカイザー理事の下で力をつけた。それが、カヤツリ君の求める物だった」

 

 

 弱く奪われるばかりの自分が嫌いで、それを原動力としてカヤツリは強くなった。力があれば奪われない。正しければ何もなくならない。恐らく、それが身をもって経験した、最初のカヤツリの哲学。

 

 

「けれど、アビドスではそうでは無かった。力が無くても、論理的に正しくなくても、カヤツリ君は、そこにいてよかった。やる気があれば、努力さえしていればそこにいてよかった。それがきっと嬉しかったんだよ。ある意味で救われたんじゃないかな」

 

 

 そうでなければ、ビナーを撃退などしないはずだ。先生はホシノから聞いたビナー撃退戦のいきさつを思い出す。

 

 

「ビナーを撃退する時、カヤツリ君は一人で何とかしようとした。自分の所為だから巻き込めなかったし、戦力になるとも思えない。失敗の可能性があるから被害は最小限にしたい。とても合理的な判断だった。カヤツリ君の哲学では、そうするしかなかった」

 

「でも、上手くいったんだよ。私とカヤツリとユメ先輩だったから、ビナーを撃退出来たんだ」

 

 

 そして、それが転換期だった。救われたとはそういう意味だ。

 

 

「そう。ホシノの言う通りに、三人で対応したからこそ成功した。それはカヤツリ君の哲学を揺るがしたんだよ。感情的な判断が事態を打開した。感情的に動いても失敗せず、何かを失わなかった。それどころか、居場所まで手に入った」

 

 

 良い事だ。良い事だとハッキリ断言できる。ただ、巡り合わせが悪かった。

 

 

「……だから、カヤツリ君は考え方を変えた。少し感情的な判断もするようになった。ゲヘナや砂漠横断鉄道の事をホシノに秘密にした。本来なら、共有するべきだった。ビナー撃退はそのおかげで成し遂げられたんだから、論理的に考えるなら伝えるべきだった。それなのにしなかったのは、感情を出したんだと思うんだよ。きっと梔子ユメさんと同じように、驚かせたかったのかもしれないね。それと守りたかったのかも」

 

 

 その先の事を考えたのだろう。ホシノの表情が沈む。それを見たうえで、先生は先へと進む。

 

 

「でも、失敗してしまった。言わなかったせいで事態は拗れ、梔子ユメさんは居なくなってしまった。カヤツリ君の居場所は無くなってしまった。それは、感情的な判断をしたせいなんだよ。少なくとも、カヤツリ君はそう思ったんだ」

 

「だから、言い訳しなかったの? だから、あんな冷たい……」

 

「そうだね。きっともう間違えたくないから、これ以上失いたくないから。多分、そうしないと耐えられなかったから、より極端な、かつての哲学を振りかざしたんだ」

 

 

 ホシノに答えながらも、先生は悲しくなる。きっと、吐き出したいこともあったのだと思う。でも、それを全部を押し殺して。合理的な判断をカヤツリはした。ホシノに何も言わず、ゲヘナの事を加味したうえで、姿を消した。

 

 

「じゃあ、どうしてネフティスに?」

 

「マトの言う通りに犯人を捜しに行ったのか、シェマタの後始末だけでもしようと思ったのか。それか、単純に権力が欲しかったのかな。そこは聞いてみないと分からないね」

 

 

 もしくは全部か。それか先生の知らない何かがあるのか。ただ、大事なのはカヤツリがネフティスに行ったと言う所だ。

 

 

「そしてネフティスに行ったカヤツリ君はノノミと出会った。最初は多分、義務感だと思うんだ。仕事って言うくらいだからね。でも、その分完璧にやったんだろう。ちゃんとノノミの事を論理的に考えていた。でも、哲学通りにはいかなかった」

 

「えっ? 上手くいかなかったんですか?」

 

 

 ノノミは驚いている。ノノミの話を聞く限り、カヤツリはスムーズに事を運んでいたように聞こえる。少なくとも、ノノミの自認はそうなのだろう。でも、先生は違うのではないかと思うのだ。

 

 

「カヤツリ君は最初、正論しか投げなかったんだろう? ノノミは受け入れ難かったはずだよ。最初は揉めていたよね。それに、車の中で喧嘩した。上手くいってるならそうはならない筈なんだ。ノノミに切られるのは、その時点では最も避けなければならない事なんだから」

 

 

 ノノミは頷いている。過去のノノミは正論通りに出来ないことに苦しんでいた。その分かっている正論を投げつけられるほど腹立たしいことは無い。だから、最初は揉めた。

 

 自信をつけさせるためのアルバイトは、ノノミを増長させる結果になって。本来なら想定外のはずの喧嘩に発展した。それだけに飽き足らず、恐らく地雷を踏まれたカヤツリは、ノノミに激昂してしまった。

 

 

「カヤツリ君は焦ったろうね。途中で軌道修正を図っても、自分の都合で本気で怒ったのは変わらない。失敗したと思ったんじゃないかな。だって感情を出してしまったからね」

 

「でも、私は嬉しかったんです。怒られはしましたし、腹も立ちましたけど。あれは本気で私を何とかしようと思っていたんです。今までの人のような義務感なんかじゃ……!」

 

 

 身を乗り出して、どこか怒ったようなノノミを先生は手で制する。別にカヤツリを責めたかったわけでは無い。寧ろ、義務感など最初からなかったのではないのだろうか。

 

 

「そうだね。本人は義務感や論理的にだと思っていただろうけど。気質なのかな、自覚は無いんだろうけど、ノノミの事を本気で考えていた。ただ、そこで分からなくなったんだろうね」

 

「何がですか? 何を分からなくなったって……」

 

 

 ノノミの食いつき方が凄まじい。その様子に少しだけ、先生の心が楽になった。

 

 

「感情的にいくのかそうでないのかだよ。激高した時、カヤツリ君は失敗したと思ったに違いないんだ。怒るなんて感情そのものの行為だからね。だからホシノに詰られても何も言わなかった。けれど、ノノミの時は怒ってしまったんだよ。それなのに、ノノミの状況は改善したようにしか見えなかったんだから」

 

 

 カヤツリの哲学は感情任せの判断は厳禁だ。それなのに、激昂という感情剥き出しの行為をしてしまった。だから哲学通りに行くならば、カヤツリのそれは失敗するはずだった。しかし、そうはならなかった。

 

 

「カヤツリ君は期待してるって言ったんだろう? だから、そうなんだよ。ノノミに期待したし、感情的な判断が上手くいくことを期待したんだ。あの時の、梔子ユメさんがああなってしまったのは自分の所為じゃないと。そうでは無いんだって、ノノミを成長させることで期待したかったのかもしれないね」

 

「……そうかもしれませんね」

 

 

 ノノミは俯いている。その先の結果は言うまでもないことだからだ。

 

 

「ノノミは悪くないよ。ああなってしまったのは、ノノミの所為じゃない」

 

「あの人が悪いって言うんですか!」

 

「ううん。違うよ。ノノミの言う通りに裏切られたと思ったのかもしれない。でも、会いに行くと言う感情的な選択もあったんだ。ホシノに会いに行くって言う選択肢もね。でも、そうしなかったのはノノミの所為じゃないんだ。カヤツリ君の都合なんだよ」

 

 

 そのカヤツリの都合が、今回の事態に絡んでくる。その都合の為に、カヤツリはここまでやって来たのだろう。

 

 

「カヤツリ君はね。ホシノに普通を知ってほしかったんだよ。そして、今も思ってる。それがカヤツリ君の都合」

 

「普通? だから、私は普通に……!」

 

 

 そう言っても、ホシノは受け入れ難いようだった。だから、先生は尚も言う。

 

 

「ホシノ。それは普通じゃないんだよ……毎日、借金の事ばかり考えて。昼寝しないと耐えられない程身体を酷使して。下級生の面倒を見ながら、たった五人で自治区を運営する。それは、アビドス生徒会の。対策委員会の普通でしかないんだ。他の普通の人間はそれに耐えられないんだよ」

 

「……そうだ。だから私たちは、お前たちが羨ましかった」

 

 

 話をずっと聞いていたスオウは、悔しそうに呟いて。それ以上は言わずに口を閉じてしまった。でも、それだけで十分だったのか。ホシノは黙り込む。

 

 

「カヤツリ君はね。ホシノに知ってほしいんだ。普通に朝起きて学校に行って、友達と語らって。趣味に邁進して、夜更かしをする。そしてまた何でもない明日が来る。ただその日の事だけを考えていればいい。そんなありふれた毎日。他では普通に手に入るはずの、手に入るはずだったそれを知ってほしいんだよ」

 

 

 それが、カヤツリの都合。ノノミの提案に怒り、今日ここまで足を運び、シェマタを使い、全てを敵に回した理由。対策委員会に、シロコとセリカとアヤネ。それとゲヘナに辛く当たる理由。ホシノとノノミに謝らせなかった理由。

 

 そして、もういない。もう一人にも知ってほしかったのだろう。それを知らないままに、そうさせてしまった事が苦しかったのだろう。そして、それを知らずにいた自分が許せなかった。そう内心で呟きつつ、先生はカヤツリの結論を述べた。

 

 

「だから、カヤツリ君はアビドス高校にやって来た。仕方なくそこに居る。自分がその状況に追いやってしまったホシノとノノミを救うために、今日ここまで来たんだよ」

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