ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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今回は独自設定が多く含まれます。


340話 緊急マニュアル

「は? 何それ……そんなの、そんな普通なんてものよりも、私は……」

 

 

 ホシノは上手い言葉が見つからないのか、文章にならない単語を並べ続けていた。逆にノノミは目を閉じて、何事かを考えているように見える。

 

 

「……だから、無駄な延命だと怒ったんですね。あの時は私に、今日はシロコちゃんやセリカちゃん達に。それはアビドス高校に、ホシノ先輩を縛り付けたようなものですから」

 

 

 きっと、そうだろう。ただ先生は口を動かす。

 

 

「アビドス高校はそのまま行けば廃校になる。そうなれば、ホシノはアビドスの外に行くしかない。心残りがないように、カヤツリは後始末をするつもりだった。でも、そこにノノミがアビドスへ入学すると言い出した」

 

 

 最初は、梔子ユメが居た時やカヤツリが居た時は違っただろう。ホシノは望んでアビドス高校へとやって来た。それはいい。しかし、梔子ユメが居なくなってからはどうだろうか。半分意地と逃避でそうしていたのではないだろうか。

 

 カヤツリが居れば、何とかできたかもしれない。が、追い出されてはそれは出来ない。そして、手を考えているうちに気がついた。自身が普通だと思っていたことは普通では無いのだと。アビドスの外では、その普通がいともたやすく手に入ると。

 

 でも、ホシノはアビドス高校から離れない。なら、アビドス高校の方を失くしてしまえばいい。そういう前提で動いていたのに、ノノミが全てを台無しにした。

 

 

「ホシノに会うわけにはいかないから、カヤツリ君は着いていけない。けれど、ホシノとノノミの二人だけ、そんな長続きはしないだろう。そんな考えでいたら、シロコが流れ着いて来た。一年保たないだろうと様子見すれば、まさかの二人も新入生がやって来た。改善するかと思えば現状維持だけ、きつく当たりたくもなるだろうね」

 

「だからって、シェマタまで使うの……?」

 

「直接的な原因はそうじゃないよ。シロコ。私が一番悪いんだ。アビドスをそのままにしてしまった。対症療法しかしなかった。それが、カヤツリ君にシェマタを使う選択をさせてしまった。カヤツリ君は十分に待ったんだよ」

 

 

 納得しきれない顔のシロコに、先生は告げる。この事に関しては、先生も悪いのだ。カヤツリの目には、ダラダラと時間を無為にするようにしか見えなかっただろうから。

 

 

「もう時間が無いんだ。もう半年しかない。ホシノに普通の学生生活をさせるにも、ネフティス中学の卒業生に仕事をさせるにも、時間が残ってないんだ。そうじゃないかい?」

 

「そーだよ。あの人は凄い急いでた。新学期に間に合わないってね」

 

 

 ノゾミの、口をへの字にしての答えが全てだった。それを聞いたセリカは、怒りが引っ込んで、代わりに不安が表に出てきていた。

 

 

「なら、どうするっていうの? ホシノ先輩や、ノノミ先輩の為に、ここまでするんでしょ? 協力って言っても、アビドス高校を廃校にするのを諦めないんじゃないの?」

 

「……いや、その点については大丈夫だよ。セリカちゃん」

 

「ホシノ先輩……?」

 

 

 恐る恐る、セリカがホシノを見る。ホシノの様子は様変わりしていた。見た目はそのままだが、暗い雰囲気はない。何か煮詰まった感情が、左右の二色の瞳から見え隠れしている。

 

 

「カヤツリは迷ってるんだ。まだ迷ってるんだね? 先生」

 

「そう。まだ、カヤツリ君は迷ってる。アビドス高校に手を貸すべきかそうでないかを。だから、価値が無いなんて言ったんだよ」

 

 

 手を貸す価値が無い。それは、価値があれば手を貸すと言う言い回しだ。カヤツリはそうであってほしいのだろう。それは、カヤツリが取れるギリギリの譲歩だった。

 

 ここまでが、先生の考えだ。今回の状況は、カヤツリの妥協の結果だ。だから、今日ここまで来たし、暴言を色々浴びせた。

 

 だが、その譲歩やカヤツリの考えが、ホシノとノノミは気に入らなかったらしい。二人とも何やらブツブツと呟いている。

 

 

「……結局、カヤツリは分からないんだよ。何が正しいのか分からない。だから、こんな分かりにくい方法を取るんだ。なら、教えてあげなきゃ。私やノノミちゃんだけじゃなく、シロコちゃん達や、ハイランダーの人、カヤツリも幸せになる方法を。私の欲しい普通を教えるんだよ」

 

「そうですね……なんだか、腹が立ってきました。勝手に私の普通とかを決めないでほしいです。別に頼んでませんし、私の話なんかも聞きもしないで決めるのは違うでしょう」

 

 

 先生の額に冷や汗が流れる。少し、煽り過ぎたかもしれなかった。さっきまでの沈痛具合が嘘のように、ホシノとノノミは猛っている。

 

 気持ちは分からないでもない。悪い事をして、それほどまでに怒っているのかと思ったら、実態はそうではなかった。寧ろ配慮してくれていた。それは優しい事だと思うのだが、二人はそうは思わなかったらしい。勝手に幸せを決められたことに怒り狂っている。怒りで哀しみやらなんやらが吹き飛んで、どこかへ行ってしまっていた。

 

 

「……いや、何で会いに来ないの? ずっと見てたくせに……そこまで回りくどいことするなら、会いに来てよ。私も悪かったけどさ……」

 

「というよりも、理事に付けるあたり、私の両親は知ってたんですね。何考えてるんですか? 大体、合流してたらもっと早かったと思うんですよ。私の所為でもありますけど、こうするのは違いますよね」

 

「言われてみれば、そうだね。知らない振りなんかしないで欲しかったよ……先生」

 

 

 不意に放たれたホシノの声に、先生は身体を震わせた。普通の声のはずなのに、そうさせる迫力があったからだ。

 

 

「先生は考えがあるんだよね。カヤツリに話を聞かせる方法」

 

「うん。このままじゃいけないのは分かるよね。普通に言ったんじゃ聞いてくれないのは」

 

 

 問えば、ホシノとノノミはハッキリと頷いた。

 

 

「あの様子じゃ、生半可な答えじゃ聞いてくれないよ。カヤツリは頑固だからね。私やノノミちゃんの答えを聞いても、きっと聞こえないふりをするよ。感情的に動けないんだ」

 

「そうですね。合理的な条件。餌が必要です」

 

「餌……?」

 

 

 話を横で聞いていたシロコが首を傾げるが、ノノミは陰のある笑顔で笑う。

 

 

「ほら、シロコちゃんも釣りをするでしょう? 釣り針には餌をつけるじゃないですか。見えないように、食いつきやすいように。ね?」

 

 

 シロコは無言で、コクコク頷いていた。ノノミからは妙な圧が噴き出している。それが自身に向かう前に、先生はその方法を開示する。

 

 

「さっきも言ったけど、砂漠横断鉄道を使う。カヤツリ君が欲しいのは時間なんだ。多分、これで乗ってくるはずだよ」

 

「? でも、砂漠横断鉄道は使えないんでしょ? 線路だって錆びちゃってるんじゃ……」

 

「全然違うよ?」

 

 

 セリカの疑問を、ノゾミが打ち消した。肩をすくめて、両手を同じように肩まで上げている。

 

 

「一から線路を敷くのと、敷いてある物を直すのじゃ、手間が全然違う。一から敷くとなるとね。色々しなくちゃならないの。地盤も確かめなくちゃいけないし、地面の傾斜も調べなくちゃいけない。路盤とか、道床の種類とか色々考えなくちゃならない。天候やそれに合わせた経路も。それで実際にやってみたら全然違うなんて事もあるんだよ」

 

「でもねー? 一からじゃないなら、ある程度はラクなのー」

 

 

 ノゾミ達の援護に、先生は胸を撫で下ろす。やはり残って貰って良かった。アロナに聞いて、上手くいくのではないかというお墨付きはあったが、専門家がやはり一番だ。カヤツリに説明するにも、説得力が違う。

 

 

「砂漠横断鉄道を貸与する。そうでなくてもいいけど、共同で使うことを申し出るんだ。対策委員会は時間を取引材料にする。どうかな?」

 

「ふん……早いなら早いに越したことはないだろう。あの人がなんと言うかは知らんがな」

 

 

 スオウは塩対応ではあったが、大事な質問には答えてくれた。対策委員会に久方ぶりの上向きの空気が流れ始めた。

 

 

「でも、本題はここからだよ。これは取っ掛かり。カヤツリ君が聞きたいのはもっと根本的な事なんだ」

 

「本気かどうか。でしょ? 先生」

 

 

 ホシノはもう分かっている様子だった。ノノミも頷く。

 

 

「私達対策委員会に、本気でアビドス復興の意思があるのか。そう言うことですね。その本気のレベルが高いんですが……」

 

「そうだね。その事を伝えなくちゃいけない。カヤツリ君は、二人が仕方なくそこにいると思ってるんだから」

 

 

 そう言いつつも、先生の心配は無用だった。ホシノとノノミはもう立ち直っていた。それどころか、さっきとはまた違うもので煮詰まっているように見える。それは悲壮感ではなくて、また真逆の、やる気とも言い切れないもの。下手なことは言わないし、思った事を怯まず言えると思わせるものだった。

 

 シロコやセリカ、アヤネは言うまでもない。カヤツリの目から見ても、やる気はある判定が出ている。これで、先生の肩の荷が多少降りた。

 

 だが、最後に残っているものがある。ホシノが先生をジッと見ている。

 

 

「あのさ。先生。手帳のことなんだけど……」

 

「聞きたいんだね? 多分、ホシノの思う事は書いてないのは分かってる?」

 

「うん。でも、カヤツリはそれを読んだんだよね? 読んでも、こんな事をしてるんだ。私は知りたい……」

 

 

 なら、大丈夫だろう。先生は壁際に居る白い三人。アイン、ソフ、オウルの方を見た。

 

 

「……話しませんよ」

 

「君たちには別のことを聞きたいんだ。それに、手帳に関しては答えられないんじゃないかな?」

 

 

 オウルは黙る。オウルの性格からして、どうにかして覗き見でもしたのだろう。それを見られたとなれば、カヤツリは契約で縛るくらいはしそうだ。

 

 だから、聞かない。先生が話しかけるべきはその奥に居る。

 

 

「だから、見せて欲しい。君はずっとカヤツリ君と一緒にいたんだろう?」

 

 

 先生の声に答えるように、カヤツリのレールガンのランプがハッキリと点滅した。

 

 

 □

 

 

「クックックック……そして、彼は見せてくれたわけですね。やはり主思いの様で、安心しました」

 

 

 先生の目の前で、相変わらず不気味な笑いをするのは黒服だった。いつもの真っ黒な服装で、春先のように笑っている。

 

 ここは黒服のオフィスだ。とっくに対策委員会での話し合いは終わっており、アインたちはハイランダーと一緒に執事が運転する車で帰って行った。今頃対策委員会は何を言うかを考えている頃だろう。

 

 先生がここにいるのは、呼ばれたからである。そうでなければここに来るのは最後の予定だった。黒服がタダで情報を提供するはずもないし、黒服相手に何も情報がない手ぶらの状態で行くのは避けるべきだからだ。

 

 いつ話したかと言えば、ノノミと話した後の電話の主が黒服であった。黒服は先生たちの状況を把握したうえで、話があると言う。だから、先生は虎穴に入る心持ちでここへとやって来た。そんな先生に、機嫌良さそうに黒服は話しかけてくるのだ。

 

 

「そして、暁のホルス……いえ、ホシノさんの様子は? いかがでしたか?」

 

「少しショックだったみたいだね。でも、自分で立ち直ったよ」

 

 

 レールガンが文字通り見せてくれた物。ホシノと先生だけの前で見せられた、投影されたそれは梔子ユメの手帳だった。

 

 拍子抜けだったのは、それは高校一年生の時の物で、ホシノに残されたと思われる三年の物では無かったこと。だが、大事なのはカヤツリが読んだであろう中身。そこには、高校一年生の梔子ユメの事が書かれていた。

 

 予想通りに、初めは華やかだった。しかし、段々と内容は暗くなっていき、最後は泣き言で終わっていた。

 

 それを読んだホシノは狼狽えたが、高校一年生の。まだホシノやカヤツリと出会う前の日記だと言う事に気づく。そして、信じる事にしたのだと言う。あの時の過去の梔子ユメがホシノに見せた笑顔や態度、それが真実だと。高校三年生になった梔子ユメは、ホシノが信じた梔子ユメだと。

 

 

「クックックック……なるほど。彼女なりに、幾分かの成長は見られたわけですね。本当に、本当に安心しました」

 

 

 本当にそうなのだろう。黒服は胸を撫で下ろしている。このまま話の主導権を持たれているのは不安で、先生は話を切り出す。

 

 

「黒服。君は何をどこまで知っているんだい? ここに呼んだのは、何の話をするつもり?」

 

「ああ、焦らないでください。先生。ネフティスとの砂漠横断鉄道の会談。それまで一週間でしたか。時間はまだたっぷりあります。今日お呼びしたのは、少しだけ先生に手助けをしようかと思いましてね」

 

「手助け? 君が? 対価も無しに?」

 

「はい」

 

 

 訝しげに先生は黒服を上から下へと見渡す。この大人が何の対価も無しにこんなことを言うとは思えなかった。受け取ったが最後、後出しで対価を言ってくる気配しかしない。

 

 

「流石にそのような目で見られては傷つきますね。押し売りのような真似は致しませんよ。特別にクーリングオフも認めましょうか?」

 

「春先に、ホシノにしたことを忘れたとは言わせないよ」

 

「ええ、しっかり覚えています。しかし、私は一度も強制などはしていません」

 

 

 物は言いようだ。そうせざるを得ない状況に追い込んでおいて、よくもそんなことを言える。ただこのままにらみ合っても話が進まない。仕方なく、先生は肩の力を抜いた。それを見た黒服は満足そうに微笑む。

 

 

「このまま先生と他愛無い話をするのもいいのですが。先生の言う通りに本題に入りましょう。手助けというのは、情報の共有です。このままでは不公平に過ぎますからね」

 

 

 どうにも話が読めない。まるで誰かと勝負でもしなければならないかのようだ。その相手と圧倒的な差があるからテコ入れする。そういう風にしか聞こえない。

 

 

「不公平? 誰と?」

 

「勿論、カヤツリ君とです。先生と彼の間には情報量に差があります。それを埋めなければ、もしもの勝負の土台にすら立てません」

 

「待って、少し待って欲しい!」

 

 

 先生のタイムの手話で黒服は話を止めた。出来た猶予で、先生は何とか頭を回転させる。

 

 

「勝負? 話し合いは失敗するって事かい? 私の考えは間違っていた?」

 

「いいえ。私も見聞きしましたが、先生の考えで合っています。少なくとも今の対応で間違いはありません。流石は先生です」

 

 

 盗み見していた事は言い訳すらしないらしい。黒服は座ったままに話を続ける。

 

 

「カヤツリ君は迷っている。迷ってはいますが、もう一つ迷っています。私が話したいのはそのことについてなのですよ」

 

 

 先生は疑いの視線を少し緩めた。どうにも、黒服から余裕が無いように感じ取れる。まさか、焦っている? 黒服が?

 

 

「ええ、先生のその表情。その通りです。これからお伝えする事は、最悪の事態に備えての事です。私がこれからお伝えするのは、もしもの時の緊急マニュアルとでも考えて下さい」

 

 

 余りにも物々しいが、黒服は本気らしかった。あの時の、方舟襲来の時のような本気具合に、先生の背中が冷たくなる。

 

 

「これからお話しするのは、この世界の秘密の一端です。先生も二回ほどは経験しているはず」

 

「ベアトリーチェが確か言ってたね……二回?」

 

 

 アリウス自治区でのベアトリーチェの言葉だ。世界の秘密を教えてやるとかなんとか。それをアリウススクワッドを救うのに頭が一杯の先生は一蹴した。それが今更になって響いて来たのとでも言うのだろうか。

 

 

「一つは方舟の襲来時です。サンクトゥムタワーが崩壊し、空が赤く染まったでしょう? そして、虚妄のサンクトゥムから守護者が現れた」

 

「もう一つは?」

 

「本当に最近ですよ。鋼鉄大陸での出来事です。先生はあのデカグラマトンに一蹴されたでしょう?」

 

 

 先生は固まる。あの時の絶望感を思い出したからだ。大切な生徒たちが瞬く間に地に伏せ、相手は息を乱しすらしない。シッテムの箱も役に立たなかった。あの時の、冷たい鋼鉄大陸の大地の感触が額に蘇ってくる。

 

 

「あれが? 何か絡繰りがあるの?」

 

「ええ、先生は思い出せますか? どうやって負けたのか、誰がどのようにして負けたのか。指揮をする先生ならよくご存じのはずだ」

 

「それは……あれ?」

 

 

 なぜ負けてしまったのか。その原因を言おうとして、言葉が出てこない。まるで内容が思い出せない。ただ負けたという結果だけがある。

 

 

「思い出せないでしょう? それが今回お話しする内容。テクスチャになります」

 

 

 黒服はそう言いながら、黒服は机の上に学園都市と書かれた模造紙を置き、その上にペン立てを置いた。

 

 

「机がキヴォトス、この紙がテクスチャ、ペン立てがサンクトゥムタワーです。テクスチャはこのキヴォトスに、学園都市という形で、サンクトゥムタワーによって貼り付けられているのです」

 

 

 つまりは、キヴォトスという土台に、テクスチャが張り付けられていると。それを固定するのがサンクトゥムタワーなのだろう。そう言えば、黒服は頷いた。

 

 

「このテクスチャですが。張られたモノに対し、これはこうあるべきだと示すラベルのようなモノ。ですから、今のキヴォトスは学園都市なのです」

 

「じゃあ、方舟がサンクトゥムタワーを破壊したのは邪魔だったから?」

 

「その通りです。方舟の本来の役割であるテクスチャの張り替え。サンクトゥムタワーの代替物が、虚妄のサンクトゥムになります。普通に考えて、ペロロジラやビナーが何度も出現はしませんからね。ですから、鋼鉄大陸も理屈は同じです」

 

 

 そこまで言われると、鋼鉄大陸の事は納得がいった。先生たちは、敗北というテクスチャを貼り付けられたのだ。だから、途中経過が思い出せない。

 

 

「デカグラマトンがそう出来たのは、サンクトゥムタワーから離れた場所だったからです。デカグラマトンは、そこに鋼鉄大陸、ネツァクでしたか。自分のサンクトゥムタワーを建造した結果の神業です」

 

 

 そう言いつつ、黒服は鋼鉄大陸と書かれた別の紙を、学園都市の紙の端、机から落ちてヒラヒラ捲れている場所に鉛筆で縫い留めた。机の上なら固くて出来ない芸当だ。

 

 

「原則として、テクスチャの変更は容易ではありません。方舟の様に同程度のテクスチャをぶつけるか、デカグラマトンの様にサンクトゥムタワーから離れた場所で小規模なテクスチャを貼り付ける。サンクトゥムタワーを直接操作する。または、そのシッテムの箱を使用するしかありません」

 

「それは分かったけど、カヤツリ君はどれもできないんじゃ?」

 

「……それはお教えできません。私は契約で縛られている。勝負を平等には出来ても、手出しは出来ないのです。手出しを禁じられている。それが邪魔であれ、手助けであれね」

 

 

 そこまでするとは、カヤツリの本気具合が伺える。そして、再び黒服は小さい付箋を取り出した。そこに次々と文字を書いていく。ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム、アビドス、その他諸々の学園の名前を。

 

 

「学園都市というテクスチャの上には、これまた小さなテクスチャが乗っています。これは大元の物よりも小さく、そこへ乗っているだけ、サンクトゥムタワーという留め具が無いがゆえに移ろいやすい。つまりは各学園のテクスチャ、各学園の特色と言っても良いでしょう。ゲヘナは力が全て、トリニティは礼儀規範、ミレニアムは能力というような、学園名を聞いた時に思い浮かぶイメージのようなモノ」

 

 

 一枚一枚、黒服は付箋を貼り付けていく。

 

 

「これはそういう物だと、キヴォトスの住人は判断しますし、そのように動くのです。ゲヘナが分かりやすいでしょうか。彼女たちは感情のままに行動し反省しない。それが美徳だと思っている。だから、被害に遭った者たちはそういう物だと諦めるのです。ゲヘナとはそういうものだから、跳ね除ける力が無いから悪いのだとね」

 

 

 そして、最後の一枚。アビドスを貼り付けながら、黒服は挑戦的に言う。

 

 

「それでは、アビドスの特色とは何でしょうか?」

 

「それは、砂漠や借金、砂嵐……まって、まさか!?」

 

「クックックック……ご想像の通りです。それが今のアビドスのテクスチャ。彼が苦労したのも分かろうという物です。幾ら絶対ではないといえ、引きずられてしまいますから」

 

 

 だから、カヤツリは本気でない対策委員会に怒ったのだ。そのままでは、どうやっても手詰まりだ。テクスチャに流されると言う事は、何時までも今のアビドスからは抜け出せない。

 

 

「ここは学園都市です。学生が優遇され、学園が力を持つ。学生でない者が世界を変えたいなら、学園の長になるしかない。もう分かりますね?」

 

「だから、カヤツリ君はネフティス中学を残したんだね」

 

 

 うんとも、いいえとも。黒服は答えなかった。出来ないのだろう。黒服は黙って、広げた紙を眺めている。

 

 

「あの三人は? 何の為に直したの?」

 

「記憶を覗いたお詫びです。それに亡骸を利用されそうだったのでね。きっと事が起こった時、彼女たちは自らに従って動くでしょう。それだけの事を、カヤツリ君は彼女らと彼にしたのです。先生も、事が起こった時はあの従者に相談した方が良い。私も抵抗はしますが、どうにも保証できないので」

 

 

 先生は黙る。碌でもない理由であれば、ぶん殴ってやるつもりであったが、その気は失せてしまった。あの過去の事を覚えていない三人は、楽しそうだったから。カヤツリが望んだであろう普通を謳歌していた。

 

 

「話は終わりかい?」

 

「いえ。まだもう一つ。カヤツリ君の事についてです」

 

 

 先生の背中が引き締まった。恐らくはこれが本題だと言うのが分かった。

 

 

「彼はまだ配慮しています。このキヴォトスのルールの範囲内で足掻いている。ですが、そろそろ限界。次に失敗すれば手段を選ばなくなるでしょう」

 

「どうしてか聞いてもいいかな。どうして手段を選ぶ必要が?」

 

「未練ですよ」

 

 

 少しだけ黒服は俯いていた。表情は見えないが、憐れんでいるのは分かった。

 

 

「まだ、カヤツリ君は信じているのです。梔子ユメが語り、信じた物をね。それを無視すると言う事は、彼にとっての敗北宣言です。かつての自身の選択が間違っていた事への証明になる。ですが、彼はここまでやって来た。それがまたどうしようもない理由で失敗したともなれば、彼は今度こそ折れます。この世界は、アビドスは彼女の願いを聞き届けなかった。なら、ここはアビドスではない。アビドスでないのなら、彼は仕事をしなければならなくなる。このキヴォトスで忘れていて良いものを、思い出さなければならなくなる」

 

「大丈夫だよ。私がいるし、ホシノやノノミもいる。失敗なんかさせない」

 

 

 先生は断言するが、黒服はまだ顔を上げない。

 

 

「先生。私が言うのも憚られますが、そういう時にこそ気を引き締めるべきです。十分引き締めてはいるでしょうが……」

 

「……それほどまでに、カヤツリ君は限界なのかい?」

 

「そもそも向いていないのですよ。この分野では専門家である先生に言うのも釈迦に説法でしょうが……今のカヤツリ君は、空手形を切られ続けているんですよ。外の世界でよく聞くでしょう? 中学受験が終わるまでゲームを禁止した家庭の話を」

 

 

 外の世界でよく聞く話だ。勉強に集中させるために、娯楽を禁止する親がいる。娯楽を禁止すれば、その時間を勉強に当てるだろうという、あまりにも浅はかな考えの下に行われるもの。

 

 その顛末もよく聞く。よしんば、合格後のそれを支えに頑張って合格したとする。そしてほとんどの場合に言われるのがこれだ。

 

 

 ──高校合格まで我慢しなさい。

 

 

 こうなると、人は言うことを聞かなくなる。信用をしなくなるのだ。信用したところで次は大学だと言われるのが目に見えている。

 

 そして、カヤツリは大学合格まで頑張ったパターン。そこで、仕事が大変なんだからと言われればどうなるか。もう言うことなど聞きはしない。家を出て、好きなようにする。親とは縁を切って二度と会わない。そんなパターンだ。

 

 つまりは、配慮を止める。このキヴォトスを見限る。何をするかは分からないが、とんでもないことになるのは想像できた。

 

 

「先生。これで最後になりますが、注意を。学籍の無い影響か、ここがアビドスである所為か。カヤツリ君は、これまで何度も失敗しています。それも原因は予想が難しいものばかり、今回もそれが起こらないとは限りません」

 

 

 何度も、念を押すように。黒服は言葉を繰り返す。

 

 

「ですから、細心の注意を。戦いを始めるよりも治める方が何倍もの労力が掛かります。それならば起こさない方が良い。何より、ハイランダーもアビドスもゲヘナも、相手を倒す以外の、戦いの治め方というのを知りません」

 

「分かった」

 

 

 そう言うと、黒服は安心したのか。椅子に凭れていた。そして、信じられない事を言った。

 

 

「彼をよろしくお願いします。先生」

 

 

 その言葉は重くて、けれど落とさないように抱えながら、先生はしっかりと頷いた。

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