ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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344話 歯には歯を

 先生は、カヤツリが吐き出した言葉に戦慄した。それはヒナもだろう、険しい顔でカミガヤを見ている。

 

 

「それが意味することを分かっているの? それは……」

 

「そうだな。まだ仮定の話だが、全ての土地の名義がなくなれば、ゲヘナはこのキヴォトスから消滅する」

 

 

 それは自明だ。ヒナの目の前にいる対策委員会はそう成りかけた。アビドスの土地のほとんどをカイザーに奪われ、学校機能を喪失しかけていた。それをカヤツリはやろうと言うのだ。

 

 ヒナの目じりが段々と吊り上がっていく。それを知ってか知らずか、カヤツリは態度を変えない。

 

 

「何を焦ってる? 払えとは言ったが、それは担保としての意味だ。借金に縁のないゲヘナじゃ分からないか?」

 

 

 少しだけ、先生は胸を撫で下ろす。このまま土地を徴収するとでも言いだしたら、強引に止めねばらないからだ。ただ、問題が消えてなくなったわけでは無い。そして先行きも暗い。

 

 

「担保……? 私たちが踏み倒すと思ってるって事?」

 

「ああ、だってそうだろ? お前らは二年前の事件から一週間前まで、アビドスには何の接触もしなかった。今回がまさにそうだし、羽沼マコトは不満たらたらだ。まだここに至って謝罪の一つもない。どうせ懲りずに何かを考えるだろうさ。踏み倒さないと何故言える?」

 

「そんなもの無くても払う。私が何としても払わせる」

 

 

 ヒナは断言するも、その意気込みは全くカヤツリには届いていないようだ。カヤツリの目の冷たさは変わらない。

 

 

「全く信用できない。実際四……三回目なんだよこれは。お前は羽沼マコトを止められなかった。お前は天雨アコを止められなかった。お前は便利屋68も止められなかった。お前は誰も止められないし、止める気もない。お前は物事が起こってからしか対処ができない。それでいいと思っている。エデン条約調印式も、今も、これからだってそうだろう。お前は実績が何もない。だから、信用の為に担保が必要だ」

 

 

 簡単な話だと、そうカヤツリは続ける。

 

 

「一括では払えないのは分かっている。だから、好きな配分で払えばいい。羽沼マコトの自由になる金額を毎月でもいいし、それより少なくてもいい。ただ、一月ごとに利子をつける。一括を待ってやるんだからな」

 

 

 カヤツリが言う利子は標準の利率だった。元金が大きすぎて、とんでもない金額になっているが、ヒナの表情は暗くはない。恐らくは。何とかなる範囲なのだろう。

 

 ただしと、カヤツリは指を一本立てる。

 

 

「これは俺の。ネフティスに対する賠償金だ。残りの対策委員会とハイランダーの分を忘れてないだろうな?」

 

「え……?」

 

 

 ヒナだけではない。その場の全員が固まる。

 

 

「そりゃあそうだろう。砂漠横断鉄道はまだ係争中だった。権利は対策委員会とネフティスの間にあった。その価値を外部のお前らは棄損した。それに仕事中の攻撃だ。ハイランダーの人員は無事だが、設備なんかは破損したモノもある。それの弁済と補償も必要だろうさ。後は豆知識だが、専門機材は高い。数を作らないからな。それもハイランダーの機材だ。きっと特注だろう」

 

 

 ヒナとマトの顔が青くなった。そして無慈悲にカヤツリは言うのだ。

 

 

「追加で非常に残念なお知らせだ。追加条項もある。返済期間中にアビドス、正確にはネフティスが所有している土地へ被害を出した場合もその損害を上乗せする。ああ、忠告だが、他の自治区への損害も控えた方が良いぞ?」

 

『それは関係ない! 貴様にその権利はない!』

 

 

 復活したマコトの怒声が電話から響いた。もうカヤツリはマコトを見向きもしない。

 

 

「ああ、その件に関しては権利は無い。例えば、トリニティに対して何かを仕掛けても。俺には首を突っ込む権利はない。損害賠償の請求権はトリニティにあるからだ。そして、トリニティはエデン条約や内部のゴタゴタもあって、お前らゲヘナに強くは出れない。ミレニアムや他の自治区もそうだ。文句を言えば、お前らは暴れて被害が増える。費用対効果に見合わないから強気に出れない。いや、()()()()()()

 

 

 出れなかった。過去形で態々カヤツリは誇張する。誇張したと言う事は、今は違うという事だ。

 

 

「個人の力を重視するお前らは、学園や集団の力を重視しない。だから、三大校でも問題を起こせる。だが、お前らも恐れる物はある。これだよ」

 

 

 カヤツリは後ろのシェマタを指差して笑う。もう、その答えはすぐに分かった。

 

 

「皮肉にも、不知火カヤによってこの列車砲の脅威は知れた。だから他の自治区にこう言ってやるのさ。その請求を代行しましょうかとな。喜んで飛びついてくるんじゃないか?」

 

『貴様……』

 

 

 マコトは言葉もない様子だ。先生も、ここまでするのかという思いがある。これなら、力任せに暴れてくれた方が数百倍もマシだった。

 

 

「お前らだけじゃない。ゲヘナの生徒が他所で問題を起こす度に賠償金は膨れ上がっていく。勿論、利子が払えないなら担保は貰う事になる。そうならないためにどうすべきか。もう言わなくても分かるよな?」

 

 

 その為にどうすべきか。自分が我慢するだけではない。他のゲヘナ生に我慢させなくてはならない。自分が我慢しても、他のゲヘナ生が暴れれば意味はないからだ。

 

 

「ゲヘナ生が風紀を乱さないようにしてくれればいいんだ。これは風紀委員会の本領だろう? 毎日、そのことを考えて、夜も寝れずに考えて、青春を浪費してくれ。ご自慢の情報部を使えばいいだろう? 昔みたいに、雷帝の居た時みたいにな?」

 

 

 先生は息を飲む。カヤツリの目的はこれだった。ゲヘナに思い知らせるつもりなのだ。

 

 そのまま行けば、賠償金は膨れあがり、破綻を迎えるだろう。その結果、ゲヘナは消滅する。だが、ゲヘナ生が自らの欲求を我慢などできるはずもない。それがゲヘナ生という者だからだ。

 

 説明したところでアビドスの、カヤツリに対してのヘイトが高まるだけだ。短絡的な何人かはアビドスに攻撃を仕掛け、さらにドツボに嵌まる。

 

 そうともなれば、マトモよりの人員で動くしかない。風紀委員会が徹底的に取り締まるしかない。朝も昼も夜も、寝る間を惜しんで被害が出る前に鎮圧しなければならない。

 

 何より救えないのは、恐らくは風紀委員会以外は協力しない事だ。おとなしくしてくれる部活はあるだろうが、積極的には手伝わない。いや、手伝えない。戦力が足りない。

 

 説明しても聞かないゲヘナ生は、おおよそ戦闘力が高い。高いからこそ、縛られるのを嫌う。だから、圧倒的な実力者が上から叩き潰すしかない。そして、彼女らは懲りない。

 

 一度では終わらないから、何度もそうしなければならない。叩き潰された方も意固地になる。もうそうなってしまったら、永遠に終わらない。自分の為の時間など取れないだろう。人の為に、手伝ってもくれない人間の為に、自分の貴重な時間を削り続ける。

 

 そして自分が頑張っても、他人の勝手な横槍で努力が無に帰する事も在り得る。

 

 カヤツリは、ゲヘナに思い知らせるつもりだ。かつてアビドス生が体験し、今回被った事態を体験させる気だ。金も、何もかもどうでもいい。全員が不幸になってほしい。ただ、そうなってほしいのだろう。

 

 

「良かったじゃないか。私は小鳥遊ホシノになれないだっけ? これをこなしたら少しは近づけるだろうよ。少なくとも、対策委員会はそうした。先生が来るまでずっとな」

 

「待って。私は良い。でも私やマコト以外、流石にそれは看過できない。悪いのはマコトと不知火カヤだけ。他のゲヘナ生は何も……」

 

「でも、お前らも同じことをやっただろう? 砂漠横断鉄道を破壊されたアビドスがどうなるかなんて、分かり切った事じゃないか? 羽沼マコトを選んだお前らはそれを良しとしたんだ。そうなることくらいは予想できた筈だ。なのに自分の番になったら文句を言うのか? 随分と都合が良いな?」

 

 

 正論だ。正論ではある。けれど、それを許すわけにはいかなかった。先生が口を開く前に、ヒナが冷静に言い返す。

 

 

「だからって、それはやり過ぎ。誰も得をしない。マコトをかばう訳じゃないけど、せめてもう少し……」

 

「なんか、勘違いしてるだろ。先生と言い、お前と言い、責任の所在が分かってないな」

 

 

 呆れた様子のカヤツリは、まだ繋がっている電話を指さす。

 

 

「急に黙った此奴はな? ゲヘナの代表なんだよ。幾ら投票率が低かろうが何だろうが、此奴はゲヘナ生が選んだ代表なんだ。お前らは選んだ責任がある。全く関係なくはない」

 

「でも、他の生徒は列車砲の事なんか知りもしないの。マコトだって、不知火カヤが了承しなかったら諦めていたでしょう。それにあの巡航ミサイルは調印式のような特別な物じゃない。マコトに殺意はなかったの。責任は取らなきゃいけないけど、それはマコトだけよ」

 

「その可能性に気づきもしないっていうのが問題なのが分からないのか? お前は此奴から直接、アリウスの、特別製の巡航ミサイルを食らった口だろうが。此奴はご丁寧に巻き込まれるように車で行かせたんだ。お前だから耐えられただけだ。やった事は重要じゃない。また同じことをする危険性があるって話だ。最悪の被害が出なかったから良いなんて、お前基準で話をするな」

 

 

 カヤツリが、ヒナに指を突きつけて、語気を強める。

 

 

「いいよ? お前の言うとおりに、俺の分は無罪放免にしようか。でも此奴はまたやる。断言してもいい。此奴は責任をこちらに転嫁してまた同じことをする。痛めつけたところで無駄だ。その場限りの痛みは忘れて、こちらへ逆恨みしてくる。だから、継続する痛みが、一生後悔する痛みが、死にたくなるくらいの痛みが必要なんだ。バカは死ななきゃ治らない。それをお前は毎日体感してるんじゃないのか? それはお前だから耐えられてるだけだ。此奴はお前の強さに甘えている。それでお前は事態が起こってから動くんだろう? 殴って終わりだ。それはお前だからいいんだよ。被害を受けたのはお前で、お前は大して痛くないんだからな。だが、お前の制裁の基準を、ゲヘナの基準をこちらに求めるな。お前は俺のお友達じゃないし、ここはゲヘナじゃないんだ」

 

「じゃあ、あなたの基準は何なの……」

 

「お前らから自由を取り上げる。自由にさせたからこうなった。自由には責任が伴うが、お前らは責任が取れないんだろう? だから管理してやる。お前らにとっての普通(ゲヘナ)は、外の人間にとっては地獄(ゲヘナ)なんだよ。だから逆転させる。義務と責任で縛り上げて、お前らを普通(地獄)に叩き込んでやる。反抗したら列車砲を撃ち込むだけだ。お前らは力が全てなんだろう? 自ら掲げた、そのお題目くらいは守って欲しいね」

 

 

 カヤツリは本気だった。本気で、両方の意味で、ゲヘナを滅茶苦茶にしようとしている。我慢していると言ったのは手段の話でしかないのだ。カヤツリは意見を変えないままに、電話のマコトをにらみつけて、舌打ちをしている。

 

 

「そんなのは許さない。絶対に許さない! もう、あんな──」

 

「雷帝時代には戻りたくない? その反動で好きにさせるのもどうかと思うよ。自由には責任がつきものだが、その責任をお前らは誰かに押し付けているだけなんだからな。昔は私も辛かったんです。そう言って、被害者ぶるのは気持ちいいだろうさ」

 

 

 何かを決意したかのように、ヒナは背中に手を掛ける。空気が張り詰めるが、カヤツリはヒナを憐れみを込めた目で見るだけだ。

 

 

「おお、お前も一緒か。結局は力づく。昔みたいにそうやって解決しようってわけだ。どうして、ごめんなさいの一言が言えないんだ? そうだよな。悪いなんて全く思ってないんだもんな? こっちが会話をスムーズにしようと下手に出れば調子に乗る。弱いのが悪いくらいに思ってるのか。お前らは地を這う獣か何かか。これなら雷帝の方がまだマシだ。ヤツはアビドスを騙しはしたが、開き直って、こんなことはしなかった」

 

 

 カヤツリが指を鳴らせば、アイン達の手から、レールガンが回転しながら手に収まった。ヒナもデストロイヤーをついに構える。

 

 

「止めて!」

 

 

 先生が間に勢いよく飛び出せば、溜息を吐きながらカヤツリは目だけを向けた。

 

 

「何です、先生。先生には介入する権利はないと言ったでしょう」

 

「あるよ! 賠償金、金額についての話があるんだ!」

 

 勢いよく、先生は一息に言う。やる事は一つだけ、カヤツリの暴挙をどうにかして止めねばならない。そのためには理詰めで行くしかない。

 

 カヤツリは完全に変になっている。無理やりに怒りを抑え込んでいる。感情を排して対応しようとしている。そのせいで、徹底的にゲヘナを滅ぼそうとしている。

 

 やり過ぎだ。マコトの行った事は許されない事だが、それはマコトだけに波及されるべきだ。マコトが計画し、その結果起こってしまった事に対してだけ適応されるべきなのだ。

 

 まだ起こっても居ない事に対してまで言及するのはやり過ぎだ。そこまでの権利は誰にもない。ならなぜ、そうなってしまっているのか。マコト本人への復讐はそれしかできないからだ。マコトが一番苦しむやり方がそれだった。

 

 カヤツリはもう、感情的に振舞えない。振舞った結果こうなってしまった。だから、全てを守ろうとしている。攻撃は最大の防御だからだ。ただ、先生はそうして欲しくなかった。もっと、感情的に振舞っていいはずだった。感情的に振舞って、マコトをタコ殴りにしたっていいはずだ。

 

 ただ、マコトの性格が最悪だった。恐らく、イブキ以外の生徒相手なら、誰の言うことも聞かない。だから、ここまで極端な事になっている。

 

 マコトがこんなだから、カヤツリはあらゆる全てを無力化しないと、もう安心できない。だがそれは先生の役目だ。先生がここまでマコトを増長させた。これは先生の怠慢だった。

 

 感情的に振舞う。そう出来なければ、きっと。カヤツリは独りぼっちになってしまう。感情的に振舞わないとは、人の心を汲まないと言う事だから。そんな人間に、誰もついてきてはくれないのだ。でも、全てを情に訴えたやり方は悪手だろう。カヤツリに対して、それが出来るのはきっと三人だけだ。

 

 

「そんな高額である必要はないよ! 私たちの分が取れない!」

 

 

 カヤツリの一兆円という金額は、ゲヘナに一括で払わせないための金額。今は、そこに付け込んでいくしかない。

 

 

「なるほど。確かに。私が取り過ぎて、対策委員会やハイランダーの取り分が無くなるのは困りますね……なら、その分を私の取り分から減らしましょう。最初に配分するようにしますね」

 

「その金額を算出するのにしばらくかかるんだよ。だから待ってほしいな」

 

「待つ必要はありません。対策委員会やハイランダーは大目に受け取ってもいいくらいです」

 

 

 カヤツリのガードは固い。理詰めだけではここで止まってしまう。だから、少しだけ感情的な意見を混ぜ込む。

 

 

「それは、君だけでは決められないんじゃないかな」

 

「どういう意味ですか?」

 

 

 冷たい声が先生に叩きつけられる。銃口は向いていないのに、嫌な感覚が先生を舐め回す。それを振り払ないながらも、先生は口を開く。

 

 

「対策委員会やハイランダーの生徒たちの賠償。それをお金だけで判断していいのかい? それ以外にも、やってほしい事があるのかもしれない。マコトに謝ってほしかったり、思いっきり拳を振るったりとかね。ゲヘナを引きずり落とす事が、彼女たちの幸せにつながるの?」

 

 

 本当に今回マコトがやったことは酷いことだ。何をされても文句は言えない。だが、それは個々人で違うはずなのだ。全員がゲヘナを滅ぼしてしまいたいと思うのか。それはまだ分からない。

 

 

「でも、君は彼女たち全員の望みが聞かないでも分かるの? 彼女たちの望みはゲヘナを滅ぼしてほしい事なのかな。まだそうだと決まったわけじゃない」

 

 

 被害を受けた全員に話を聞くべきという理屈。ゲヘナに悪感情は抱いているが、滅んで欲しいとは思っていないかもという感情論。それを提示するとカヤツリは黙った。

 

 カヤツリは黙るしかない。理屈はそうだからだ。アビドスの為、被害を受けた生徒の為というお題目であれば、全員の意見を集約していない今は黙るしかない。今のカヤツリは感情的に動けないからだ。

 

 

「少なくとも、対策委員会はそう思っていないみたいだよ」

 

 

 さっきまで怒っていた三人は、冷や汗が浮かんでいた。人は自分よりも怒っている人間を見ると、逆に冷静になるものだ。最初はマコトの言い訳に怒っていた三人だが、カヤツリがゲヘナへの報復を語っているうちにこうなった。

 

 

「いいよ。そこまでしなくても……私は見たくないよ」

 

 

 その声はホシノだった。表情は悲しそうに沈んでいる。隣のノノミもそうだ。それを見たカヤツリの顔が困惑で染まる。

 

 

「見たくない? そういう問題じゃ……」

 

「そういう問題だよ! 今のカヤツリを私は見たくないよ。なんでこんな奴の為に、カヤツリがここまでしなくちゃいけないの?」

 

 

 もう、カヤツリはカヤツリである事を否定しなかった。黙って、ホシノの話を聞いている。

 

 

「カヤツリの言った事をしたら、カヤツリは恨まれるんだよ! こんな奴の所為で、こんな奴の後始末の為に、みんなから恨まれるんだよ!? カヤツリが一人になっちゃう! 嫌だよ! 私は頑張ってきたカヤツリがそんな目で見られるのは嫌だ! ユメ先輩だって、怒りに飲まれたら、自分を見失うって言ってたんだよ……!」

 

「そうですよ。この人に、そこまでする価値はありません。また一人で抱え込むんですか? そうしないって、一緒に協力するって、そう言ってくれたじゃないですか……」

 

 

 ホシノの叫びと、ノノミの言葉。それを聞いたカヤツリ俯いて動かなかった。そこへ先生も声を掛ける。

 

 

「君は、マコトやカヤの責任が、選んだ人間にも介在するって言ったね。確かにそう思うよ。全ての責任が無いにしても、少なからずの責任はあるかもしれない。でも、それは君にも言えるんだよ」

 

 

 ゲヘナを滅茶苦茶にしても、カヤツリやアビドスは救われないのだ。ゼロがプラスにはならない。ゲヘナのプラスがマイナスに落ちるだけ。そして、手を下すカヤツリもマイナスに落ち込むのだ。これではやっていることがマコトと同じだ。他の人間に同じようなことをやり返される。先生はカヤツリにそうなってほしくなかった。

 

 だから我慢を強いる事を、心の中で申し訳なく思いながら、先生は声を絞り出す。

 

 

「君はネフティス中学卒業生の、ハイランダーの生徒たちから信頼されている。信頼されて、選ばれた。正確にはそうでないのだとしても、似たようなものだよ。なら君も、自分の言った事を守るべきだ。君は君を信じて選び、任せた彼女たちに報いなければならない。彼女たちに話を聞かずに、君だけの考えで動くのはどうなのかな」

 

 

 カヤツリは答えない。何かをずっと迷っているように、手が開いたり閉じたりしている。実際迷っているのだ。

 

 

「君のしたいことは、本当にゲヘナを滅茶苦茶にすることなの? さっきまでは違ったんじゃないのかい? 本当は、さっき零したことなんじゃないのかい?」

 

 

 きっとそのはずなのだ。ホシノたちと頑張りたくて、ここまで連れてきてくれたに違いないのだ。ここでゲヘナを滅茶苦茶にすれば、その道は閉ざされてしまう。きっと、カヤツリはそうする。ホシノたちを必要以上に巻き込まないために、姿を消すだろう。

 

 先生はジッと、カヤツリの答えを待つ。

 

 カヤツリは、暫く葛藤するかのように唇を噛み締めてから銃口を下ろした。下ろして、言う。

 

 

「……………………良いでしょう。確かに理にはかなっている。私は彼女たちに責任がある。なら、誰もゲヘナをそうしたくないのなら、私が強行するのは間違いだ」

 

 

 それを見たホシノとノノミが笑顔を見せる。少しだけ、カヤツリの雰囲気は最初の方に寄っていた。

 

 先生は胸を撫で下ろす。それと同時に後悔も押し寄せる。カヤツリに我慢させたからだ。結局、最初に言ったようになってしまった。せめて出来るだけの事を。その気持ちで先生は口を開く。

 

 

「君はどうして欲しいの?」

 

「まず、もう二度と、こんなことがないようにして下さい。先生の言う事なら此奴は言う事を聞くでしょうから、ただ、ちゃんとやってください。生徒に平等何ていう甘っちょろい対応をしたら分かりますから。それと不知火カヤも忘れずに」

 

「分かったよ」

 

 

 カヤツリの言葉に頷く。ちゃんとマコトに対する要求は用意してある。先生の主義には反するが、脅しのようなモノだ。今回の件があってこそ、今回のようなことを思いとどまらせるような脅しである。カヤに関しても、しっかりと対処するつもりだ。

 

 

「次に、補填はちゃんとしてください。賠償金もそうですが、しっかりと全員に対しての、ゲヘナからと、不知火カヤの謝罪をお願いします」

 

 

 再び先生は頷く。それは当然のことだったからだ。二人は抵抗するだろうが、有無を言わさず連れていく気概が先生にはあった。

 

 

「最後に、これです」

 

 

 カヤツリはアイン達から一枚の紙を受け取ってから差し出してくる。見ると固い文字で文章が書いてある。

 

 

「これは……契約書?」

 

「そうです。今アイン達に作ってもらいました。これに、羽沼マコトは了承してください。それで流してあげますよ」

 

 

 契約書の内容は真っ当だった。いかなる手段をもってしても、羽沼マコトが起こした行動において。アビドスとアビドス生。アビドスの関係者に危害を加えない事。今回の賠償について、拒否も逃避もしない事。ありとあらゆる表現で、どんな恣意的な解釈もできないように書いてある。

 

 つまるところ今回の件の予防だろう。意識的にしろそうでないにしろ、マコトがそうできないようにするための物。契約が絶対であるキヴォトスにおいての最終兵器だった。

 

 

「マコト。今のを聞いてたね? 持って帰って来るから、その場で直ぐサインしな。無理やりにでもサインしてもらうからね」

 

 

 マトがきつい口調で電話に言うも、拗ねたのかマコトは返事をしない。ヒナも声を掛けるが無視を決め込んでいた。

 

 ならと、動こうとした先生をカヤツリが手で止めた。険しい顔で、電話へと向かっていく。

 

 

「お前、まだ二人が帰ってくるまでの残りの二日で、何かないかと考えてるだろう。契約書を不意打ちで燃やそうとか、色々」

 

 

 電話の向こうで大きな音がした。図星を突かれて、マコトの手元が狂ったらしい。その場の二人の敵意が膨れ上がる。

 

 

「マコト! アンタ、本当にいい加減にしな! どうせイブキに知られたくないんだろうが、もう手遅れなんだよ!」

 

 

 とうとう我慢の限界を迎えたマトが、電話が壊れそうな勢いで怒鳴り出した。

 

 

「ここまで大きくなれば、もう隠しきれない! イブキに知られるのは避けられないんだよ! イブキに少しの間は軽蔑の目で見られることくらいは飲み込みな! それだけのことを、アンタはしたんだ!」

 

『そ、そんな……こんなはずでは……』

 

 

 マコトの往生際は悪かった。カヤツリがマトから電話を寄こすように催促する。

 

 

「お前は信用ならない。だから、ここで誓え。言葉で誓うんだ。お前は、これから先、アビドスには、いかなる手段を用いようとも干渉しないと誓え」

 

 

 それだけでも拘束力があるのだろう。そうしてカヤツリは安心できるのだ。先生は止める気は毛頭なかった。だから、先生はマコトの気持ちなど考えもしなかった。

 

 マコトは恐ろしかったのだろう。カヤツリが本気でゲヘナを滅ぼそうとしたことが分かったに違いない。だから、一部を除き、ヒナとの会話中に口を挟まなかった。挟めなかった。

 

 そして、マコトはプライドが高い。見下しているアビドス相手、それも媚びを売って今の位置にいると思い込んでいるカヤツリに怯えたのが、本当に悔しかったのだろう。

 

 想像してしかるべきだったのだ。マコトはプライドが高い子供だ。それも今まで一度も報いを受けて来なかった。自身の失態とはいえ、自身の過ちを認めろと、大人数から急き立てられ、ゲヘナを人質にとられ、誰も味方が居ない。見下していた相手にやり込められた挙句に恐怖を覚える。そんな子供が取る手段など、根拠のない強がりと言い訳と責任転嫁しかない。

 

 けれど、今回は根拠があった。カヤツリがあそこまでゲヘナに対して苛烈だった理由。そして、それをマコトが知っているだろうことを、先生は想像だにしなかったのだ。

 

 

『……もう、終わったことだろう』

 

「あ? 何か言ったか?」

 

 

 電話の向こうから、微かな声が聞こえた。全員良く聞こえない位に小さい声だ。しっかりと確認したかったのだろう。ぶっきらぼうにカヤツリが聞き返す。すると、数十倍以上の大声が電話口から響いた。

 

 

『何がアビドスの為だ。小鳥遊ホシノの、梔子ユメの言葉だから止めたのだろう! なら結局、梔子ユメの件での八つ当たりではないか!? お前はアビドスなどどうでもいいのだ。全部、梔子ユメの為だろう!? だから貴様はそんな過激な事を言うのだろう!? アレはゲヘナの所為ではない!』

 

 

 マトとヒナ、二人が言葉を放つ時間も惜しいとばかり動いた。マコトがこれ以上、致命的な事を言う前に電話を切ろうとしたのだろう。けれど、マコトの方が早かった。

 

 

『梔子ユメが遭難したのはな! 小鳥遊ホシノが梔子ユメと口喧嘩をした所為だ! 断じてゲヘナの所為ではない! 小鳥遊ホシノの所為だ! それにもう二年だ! もう、終わったことだろう!!』

 

 

 ぐしゃりと、カヤツリの手で携帯が潰れる音を、先生はハッキリ聞いた。

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