ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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34話 本当にやりたいこと

 柴関の厨房でカヤツリは餃子を包んでいた。サイドメニューの人気商品だから、ある程度の数を準備する必要がある。最近の夕方のバイトはこの作業が多かった。

 

 スプーンで餡を掬って皮にいれ包んでいく。無心でできるこの作業は嫌いではなかった。

 

 ──契約が終わる。

 

 アビドスに来る前は、あれ程までに待ち望んだ日なのに、今は来てほしくなかった。オーナーから自由になったからといって、アビドスから退去しなければいけないわけでは無い。もちろん今まで通りに過ごしていい。悪いことなど一つもない。

 

 オーナーの質問には、あれから数週間が経った今でも答えられる気がしなかった。契約を結んだ時と今では状況が違う。昔なら簡単だった。たぶん金を稼いで一人で自由に暮らすとでも答えただろうから。

 

 逃げ出したいのか、誰かに代わってほしいのか、自分は何をしたいのか。今も分からなかった。

 

 カツリとスプーンがボウルの底に当たり、手ごたえが軽くなった。気づけば餡の入ったボウルは空になっている。いつの間にか終わらせてしまったらしい。

 

 

「今日は速いな。悩み事か。また嬢ちゃんと喧嘩したのかい」

 

 

 近くで大将が呟いた。いつもとは違って黙々と餃子を包んでいるのだ。まあ分かりやすいだろう。

 

 

「いや、今回は違いますよ」

 

 

 毎度ホシノと喧嘩しているわけではない。それにあの時は、結局カヤツリが折れたようなものだから喧嘩の範疇にも入らない。

 

 

「じゃあ、別口か」

 

「そうですねぇ」

 

 

 大将はそれ以上聞いてこずに、自分の作業に戻った。カヤツリが餃子が入ったトレイを冷蔵庫に仕舞おうと振り向くと、”あれ”が立っている。

 

 オーナーの話を聞いた直後は混乱したが、無視すればいいことは覚えていた。そうすると何も話さずに、フッと消えた。オーナーが言う通り本当に幻覚らしい。

 

 ──幻覚か。本物だったらよかったのに。

 

 実を言うと、カヤツリは幽霊の方が嬉しかった。そんな事はないと分かっていたけれど。いつも自分が行き詰った時は先輩が助けてくれたから、今回も助けて欲しかったのだ。恨み言でもなんでも構わなかった。

 

 冷蔵庫に餃子を仕舞ってため息をつくと、大将がまた声をかけてきた。

 

 

「ため息ばっかりじゃないか。絶対、嬢ちゃんのことだろう?」

 

「違いますけど」

 

 

 大将に否定で返すが、大将は無視してカヤツリの知らない事実を突きつけてきた。

 

 

「坊主は知らないと思うが、仕事中にため息つくときは大抵嬢ちゃんがらみだ。きりきり喋りな。さっきから気が散ってしょうがない」

 

「えぇ……」

 

 

 大将は、もう話を聞くまで梃でも動かなさそうだった。店内を見渡しても、今は夕方と夜の境目だから、あまり客がいないし注文もなかった。

 

 また、ため息をついて、大将には契約の事はぼかして説明した。保護者のような大人の保護が外れる事。その大人から、独り立ちの為に、自分が何をしたいのか考えるように言われた事。それが全く分からない事。それを聞いた大将は納得した顔で呟いた。

 

 

「やっぱり、嬢ちゃんがらみじゃねえか」

 

 

 どこが関係あるというのか。非難の視線を向けるが、大将はどこ吹く風だった。

 

 

「坊主は結局、不安なのさ」

 

「不安?」

 

「俺は坊主の保護者が誰だか知らないが、坊主には目標みたいなものは与えてたんじゃないか?」

 

 

 カヤツリは頷いた。依頼がまさにそれだからだ。

 

 

「だから、聞かれたんだと思うがね。目標を通して坊主が手に入れたものが何か知りたいんだろうよ」

 

 

 不器用な励ましを行うオーナーの姿が頭をよぎった。あれはそういうことだったのだろうか。

 

 

「で、坊主はそれが分からないだろ? 今までは、与えられた目標に向かって走るだけでよかったのが、急に自分で考えろって言われたんだからな」

 

 

 流石に大勢の客相手に、店を切り盛りしている大人だった。カヤツリの不安などお見通しらしい。ただ一つだけ違うが。

 

 

「大将の言いたいことは分かりましたけど、ホシノには関係ないと思うんですが」

 

 

 それを聞いた大将はさっきのカヤツリみたいなため息をついた。

 

 

「坊主は自分で思った以上に嬢ちゃんに甘いぞ。本当に分かってないのか?」

 

「いや、同学年の仲間ですよ。心配位するでしょう」

 

「冗談言ってる場合じゃ……。本気か? 坊主」

 

 

 大将は何か信じられないものを見るような目でカヤツリを見たあとに、得心したような顔になった。

 

 

「ああ多分、そこだ。前にも思ったが大事にし過ぎだ。坊主は怖いのさ。嬢ちゃんが傷つくのが」

 

 

 大将の言葉を聞いた時に、前にも言われた事を思い出した。でも先輩に言われた時とは違う。あの時とは違って、ホシノを信用しているし、何でもとはいかないけれど、オープンにはしている。そう答えるが、大将は首を横に振った。

 

 

「そういうものじゃない。嬢ちゃんに嫌われるのが怖いんじゃない。それだったら、前の仕事のやり過ぎとかで喧嘩しなかっただろ」

 

 

 じゃあなんだというのだろう。オーナーと言い大将と言い、もっとわかりやすく言って欲しかった。そんなカヤツリの不満を吹き飛ばすように大将は口を開く。

 

 

「これからは、もう誰のせいにもできないからさ」

 

 

 カヤツリはぶん殴られたような気になった。自分の弱いところを穿られているような嫌な気分だった。今すぐに耳をふさぎたかった。ただ身体は言うことを聞いてくれなかった。大将は話をやめる気はないようだった。

 

 

「今までは目標があったから、平気だったんだろ。失敗しても、それのせいにできた。でもこれからは坊主がやったことと、その結果の責任は坊主がとるんだ。それが怖くて、不安で、たまらないんだろうさ」

 

 

 自覚はなかったが、妙に納得はできた。最初は依頼だった。期限が来るまでにアビドスがなくなっては困るから、自分が困るからだった。

 

 ──いつから変わったんだろうか。あの時だ。君がいいって言われた時だ。あれからカヤツリはおかしくなったのだ。優先順位がおかしくなった。あの日にホシノが一番上になったのだ。

 

 先輩がいた時は平気だった。先輩に守られていたからだ。毎日が楽しくて、そんな事を考えずに済んでいた。

 

 先輩が居なくなった。ホシノが泣いていた。何とかしなければならないと思った。何もかもがうまくいかなかった。

 

 二人の後輩がやってきた。ホシノが笑うようになった。でもそれは偶然だ。自分の成果ではなかった。ただの現状維持しかできない。

 

 先の見えている未来が恐ろしい。じりじりと未来へ近づく現在が煩わしい。何もしなかった過去が恨めしい。何より失敗するのが恐ろしくてたまらない。

 

 どうにかしたくて、答えが欲しくて、カヤツリは両手を握りしめる。

 

 

「この不安はどうすればいいんですか。大将は知ってるんですか。もう……分からないんです」

 

「その答えは俺には教えられない。それは俺の答えであって、坊主の答えじゃないからだ」

 

「……大将はどうしたんです。大将だって大人でしょう。大将の答えでいいですから、教えてください。真似をするわけじゃないですから」

 

 

 無意識のうちに聞いていた。大将は宙を見つめて、呟く。

 

 

「時々、なんでラーメン屋やってるんだって思う時がある。新メニュー考えるのも楽じゃない。材料の値段変動や売上の事も考えなきゃならん。暮らしていくだけなら、もっと良いやり方はたくさんある」

 

 

 カヤツリは少し驚いた。大将の店である柴関は人気店だ。バイトをしていれば分かるが、常連も多い。今は時間帯のせいで店内は閑散としているが、しばらくすれば満員になるのをカヤツリは知っていた。

 

 

「俺は好きだからやってる。ラーメンを作るのも好きだし、旨いと言って食ってくれる客の顔を見るのが好きだ。考えることも多い。不安もある。それをひっくるめて俺はラーメンが好きなのさ。参考にはならないだろ?」

 

 

 そう答える大将の顔は自信に満ちていた。

 

 参考にはならないと大将は言うけれど、そんなことはないと思うのだ。大将は好きなことだから頑張れるのだろう。

 

 ──ああ、だからか。

 

 大将がやたらとホシノの事を引き合いに出すのか分かった。大将にとってのラーメンが、カヤツリにとってはホシノだと大将は思っているのだ。実際その通りなのだが。

 

 

「そうですね。人とラーメンじゃ違いますから」

 

「やっと認めたな。坊主」

 

 

 大将が笑うが問題は振出しに戻ってしまった。でも、今の大将相手になら話せそうな気がした。

 

 

「やっぱり怖いんですよ。先は見えないし、下手に動けば、そのまま転がり落ちるかもしれない。かといって動かないわけにもいかない。自分だけならいいんですよ。でもそうはならないでしょう? それにもう、一回大きな失敗をしてるんです。時々俺以外の奴に代わってほしいと思う時がありますよ。とても嫌ですけどね」

 

 

 先輩の幻覚を見るたびに、そう思っていたのだ。自分より先輩ならうまくやっていたんじゃないかと。自分はいなくなった方がいいんじゃないかと思っていた。

 

 ずっと後悔していたのだ。ゲヘナとの出来レースで暴走したことではなく、あの時ホシノに話さなかったことを。

 

 チャンスはいくらでもあったのに、話さなかった。ホシノに誇れる自分でありたかった。好きでいてくれる自分でいたかった。

 

 相棒として認めてくれているのは知っていたけれど、不安だったのだ。先輩の方がよほどホシノを守れていたし、考えていたから。

 

 

「誰だか分からないが、自分との比較はやめた方がいい。きりがない。坊主は坊主だろ。嬢ちゃんだってそのはずだ」

 

 

 やけに断言するように大将は言った。カヤツリだって分かってはいる。でも、そのもしもが頭から離れない。

 

 

「この前の事を覚えてるだろ。ほら、三人に坊主がすっからかんにされただろう」

 

「ああ、奢らされたやつですね」

 

 

 オーナーとの話の後に、教室に帰ったら、シロコにドローンをあげたことを黙っていた件で全員に奢らされたのだ。遠慮なしに食べるものだから、カヤツリのその日の稼ぎがパーになった。ただそれがどうかしたのだろうか。

 

 

「皆、笑ってただろう。あれは、坊主のおかげなんじゃないのか」

 

 

 カヤツリは力なく笑った。

 

 

「そうですかね。案外、ただ飯のおかげかもしれませんよ」

 

「わかってるだろ。俺は坊主と嬢ちゃんが初めてこの店に来た時の顔を覚えてる。この俺が断言してやる。あの時よりも確実に良い顔をしているって」

 

 

 大将は自信たっぷりに断言する。

 

 

「あの顔は坊主が頑張ったおかげだろう? 後輩たちも、そうなんじゃないのか。それに独り立ちには不安もあるが、悪いことばかりじゃない。良いことだってある」

 

「良いこと?」

 

 

 今までの会話からして、良いことなんて欠片もありそうではなかった。また大将は少し笑って言った。

 

 

「確かに俺は失敗の責任は自分に来るとは言ったが、その逆もあるんだ。今度は成功の報酬も全部自分の物になる。誰かのおかげじゃなくてな。坊主にとっては良いことなんじゃないのかい?」

 

「それは確かに”良いこと”ですね」

 

「だから嬢ちゃんへの好意を無理に押し殺さなくていい。想像だが格好つけようとして、それで失敗したんだろ。確かに失敗は良くない。でも、それにビビッて何もしないのもよくないと俺は思う。何もしないということは、ずっとそのままでいるってことだ。ずっと怯えるのは誰だって嫌だろ? その”何とかしてやりたいって”気持ち自体は何も悪くないんだからな」

 

 

 大将の言葉は正しいと思う。けれど、過去の失敗が頭をよぎって、カヤツリの口から反論の言葉が出た。

 

 

「でも、そのせいで判断を間違えることもあるでしょう?」

 

 

 最大の失敗がそれだった。だから、気持ちを押し殺してやっていたのだ。

 

 そんなカヤツリを見て大将は首を横に振った。

 

 

「その気持ちを押し殺すってことは、坊主が頑張っている理由を自分で封じ込めているんだよ。そりゃあ何も思いつかないし、何もうまくいかないだろうよ。その理由が原因で失敗したと思っているんだから」

 

 

 大将の言葉で少し光明が見えた気がした。自分が誰か、やりたいことはもうわかっている。誰のためか。きっと全員だ。

 

 自分のためでもあるし、ホシノのためでもあるし、先輩や後輩のためでもある。一番はホシノのためだ。ホシノが嬉しいなら自分も嬉しいのだ。後輩たちも喜んでくれるのも嬉しい。もう先輩はいないから確かめることはできないけれど、きっと喜んでいると信じるしかない。

 

 きっと自分は、この場所で笑ってるホシノが好きなのだ。ずっと昔の関係に戻りたかったのは、ホシノがそうだったからだ。

 

 大将の言う通りだった。ホシノに笑っていて欲しいのに、それが失敗の原因だと思い込んでいたのだ。うまくいくはずがない。だから、自分で思い詰めて、居なくなった方がいいなんて答えが出て、自分以外の誰かの為に引継ぎ資料かなんか作るし、先輩のマネなんかしようとするのだ。

 

 

「悩み事は解決したかい? 坊主」

 

 

 大将はニヤニヤと笑っていた。思えば恥ずかしいことを告白した気がするが、今は不安が少しでも晴れたことの方を喜びたかった。

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 気恥ずかしくて、カヤツリはそっぽを向いた。バイトが終わるまで、まだまだ時間は残っていた。

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