ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
無名の司祭の名前を出した瞬間に、ケイの雰囲気がとげとげしくなるのが分かった。
テラノにとっては、まぁそうだろうなという感想しかない。ケイにとっては触れられたくない箇所の話題だろうし、カヤツリに対する真面目なケイの懸念を正面から相手にしなかったからだ。
「それよりも? 結局、その話題ですか。初めからそれが本題でしょう?」
予想通りに、ケイはしかめっ面になって怒りだす。随分とまあ、出自から考えて妙な反応であるが、それを口には出さない。さっきとは逆の展開になって、ケイがテラノへ食って掛かった。
「ええ、それも大事です。ですが、あの敗北者たちよりも、目下の問題はあるでしょう! あれらは手を出せるほど強くはない! 問題から目を逸らさないでください!」
「別にね。君を責めようとか。シロコちゃんみたいに、君の所為だとかいうつもりは無いよ。この話に持って行くために、君の懸念を意地悪な理論で言い負かしたのも悪いと思ってる」
こちらを睨むケイへ、敵意が無いことをテラノは両手を挙げてアピールする。実際、本当にその気はないのだから。単純にカヤツリの件に関しては、今はまだ話す意味は無いだけだ。
「色々と語ったけどね。結局、カヤツリに関してはなるようにしかならないんだよ。テクスチャを剥がすのが正しいのかすら決まってない。とりあえずの意見として、その方針ってだけだよ。誰にも聞いてないし、それすらできてないんだからね」
結局のところ、やることは単純明快。カヤツリと話をすることだけだ。テクスチャだの、テロ組織扱いだの、賠償問題だの、ユメの幻影だの。いくつもの問題はあるが、それはメインの物事に付随したものだ。
話を簡単にすれば、何のことは無い。単純に他人同士の争いごと。
先生はそれに中途半端に関わって、中途半端に事態をこじらせた。そのせいで先生はあることが出来なかった。
「オンボスに囚われてる人間に聞かなきゃ始まらない。その結果を持って、ようやく話し合いが始まるの。カヤツリがどこまで妥協出来て、どこが譲れないのか。何がしたくてこんなことになったのか。カヤツリはどうして欲しいのか。今話すべきはそこなんだよ」
「……それを、あなたは放っておけばいいと言ったじゃないですか。どうにかなると、あの二人が起こしたことは、先生が介入すれば何とかなると」
ケイの口からは、小言染みた指摘が止まらない。
「ええ、確かにそうでしょう。先生が言えばそれが通る。ここは生徒の為の世界で、理屈よりも感情が優先される世界。生徒は先生の言うことを聞くものですから。アビドスがテロ組織ではないと言えばそれが通り、あの二人の悪事も明らかにできる。ですが、彼が怒っているのは我慢を強いられたからでしょう? 砂漠横断鉄道を滅茶苦茶にされた事を怒っている。時間と物的損傷を伴うアビドスに比べて、あの二人は怒られただけで終わりですよ? 納得なんかできないはずです」
だから、もっと考えるべきだとケイは言う。テラノからすれば、その論調では答えなど一つしかない。
「じゃあ、どうすれば良いと思うの? 多分、オンボスの維持以外の答えはないと思うけど? だから、ずっと止まってるんでしょ。あの二人に償わせるって案しか出てこない」
そう言えば、面白いようにケイは黙った。悔しそうな顔をしているが、全くテラノは嬉しくない。ユメの幻影が出現した今となっては、オンボスが維持されようとされまいとどうでもいい。この世界のカヤツリがこれ以上酷い目に遭わなければそれでいい。
あのユメに協力するのだって、その理由でしかない。
「君たちが思う最善をカヤツリに押し付けるのはどうかと思うよ。それじゃあ、何も変わらない」
「だから、聞いてるんじゃないですか。今この場で、兎馬カヤツリについて一番詳しいのはあなたでしょう?」
今更ながら、見当違いの問答に、テラノはうんざりしてきた。
「……それは私に聞くことじゃないよ。先生と相談すべき事じゃないの? 大体、この条件が受け入れられるとか、受け入れられないかもとか、そういう話じゃない。君たちは何にもカヤツリと話せてないの。カヤツリに要求を押し付けただけ。自分が思うカヤツリの答えを押し付けた。だから我慢を強いられたカヤツリはこんなことになった。私たちが今話しているこれだって、想像でしかない」
だから、先生はここに居ない。今度こそ、カヤツリの話を聞くために行動している。明日、カヤツリと話すとして、君の要求は他の皆に聞かなきゃ分からない。など一番やってはいけない答えだ。先生はカヤツリに最大限報いるために駆けずり回っている。自分の使えるあらゆる手を使って。
事実、テラノは、それでいいのだと思っている。ちゃんと、カヤツリと話せればそれでいい。
「カヤツリとの交渉の結果。皆がオンボスが良いと言うのなら、それでいいんじゃないかな。先生がここまでこだわるのは、ハイランダーや対策委員会の望みを叶えられなかったのと、カヤツリに無理をさせてしまったからだよ」
きっと、先生とはそういうものではないのか。そんな考えがテラノの中には芽生えていた。先生は救世主でない。ただの先生だ。そんな人間が出来るのは、人の話を聞いて、妥協点を探るために東奔西走することくらい。とても地味で、しょうもない作業ではあるが、それが一番難しいことではないのか。
全員が納得する解決策は無い。争いが起きた時点で、それは避けられない。
きっと誰かが我慢をすることになる。それは一人だけかもしれないし、全員が少しづつかもしれない。でも、一人で勝手に決めて、抱え込んでいい物でもないのだ。
「そりゃあ勿論、私だってさ。テクスチャを張り替えるのは、あまりいいことでは無いと思うよ? ズルみたいなものだから。カヤツリだってそう思ってた。最初からこんな手段を取りはしなかったからね」
きっと、この方法を教えたのは黒服だ。半分反転しかかったカヤツリなら、テクスチャを認識できるから。そして、カヤツリはその方法をいきなりは選ばなかった。
「聞いたけど、カヤツリはこの世界の私の提案に迷ってた。迷って、手を取ることを選んだ。初めから、この世界の私を大事に思ってた。カヤツリの目的は、アビドスを復興させること。だけど、それが全てじゃないんだ。復興したアビドスで、何かしたかったんだよ。こんなのじゃなくてね」
何をしたいのか。その答えは言わなかった。それを知る権利があるのは、カヤツリから聞いた者だけだ。
「……オンボスを展開したのは必要に迫られたからだよ。あの二人の所為でそうなった。そうせざるを得なくなった。それまでに、カヤツリはひたすらに妥協案を言ってたからね。きっと好きでやってるわけじゃない。だからこそ、勝手に決めつけないで、用意した答えを押し付けないでほしいな」
カヤツリは我慢している。自分以外の誰かに配慮し過ぎて、欲求を飼いならし過ぎて、我慢し過ぎて、もう自分でも本当にしたかったことが分からなくなっている。
だからこそ、聞いてほしいのだ。本当にカヤツリがしたかった事を聞いてほしい。この世界の住人ではないテラノには、その資格が無いのだから。
そのテーブルに着かせるためなら、テラノは何だってする。セト相手に立ち向かってもいい。
「自分で決めて、やるべきことをするのと。状況や環境に追い詰められて、そうするしかないのとでは全然違うよ。それを君は良く知ってるでしょ?」
「はぁ……そうですね。そこはあなたの言う通りかもしれません。それで? 何が聞きたいんです?」
ケイが仕方なさそうに溜息をついたのを見て、テラノは用意しておいた答えを言う。
「まずは、アイツ等が出てきてたら、君は分かる?」
「分かりませんよ」
返事は簡素かつ、短かった。腹立たし気にケイは残りの答えを言う。
「確かに、彼らは私の製作者ではあります。ですが、それだけなんですよ。私の与えられた彼らの道具としての使命は、アリスに彼らの言うことを聞かせることなんですから。製作者への通信機能などはありませんし、あったとして、この学園都市では彼らは答えを返せません。その機能を搭載する意味がない」
「……シロコちゃんが臭いって言ったのはさ。あれで三回目なんじゃない?」
ピクリとケイが震えた。それは驚きが故の行動だったのだろう。目を見開いて、感心したようにケイは見つめ返してくる。
「よくわかりましたね。それも眼で見たんですか?」
「見てないよ。これは君が思うほど便利な物じゃないんだ」
自由度が高すぎて、扱いに熟練を必要とする。何でも見えるが、見る対象は自分で設定しなければならないのが玉に瑕。そうぼやけば、ケイは首を少し傾けた。
「なら、どうして分かったんですか?」
「あのどうしようもない二人。おかしいと思わない?」
「自治区にミサイルを撃ち込む人間が正常とは信じたくありませんが……彼らがやらせたとでもいうつもりですか? それは、あり得ませんよ」
ハッキリとケイが断言する。
「彼らはこの学園都市のテクスチャの下に埋没しています。その状態では何も──」
「もう出てきていると言ったら?」
テラノの言葉に、ケイは首を横に振る。
「ですから、彼らが出てくるとすれば。完全にテクスチャが剥がれた場合です。オンボスは上から貼り付けただけですから、彼らは出てくるはずがありません」
「剥がれたでしょう。一回全部剥がれ掛けた。覚えてない? サンクトゥムタワーが一回だけ消失したでしょ」
ケイの顔色が青くなった。ようやく気がついたらしい。
「方舟襲撃の時、サンクトゥムタワーは一時的に消失した。その時に何体かが目覚めていてもおかしくはないよね」
「いえ、それでも妙です。学園都市のテクスチャ下では、彼らは活動できません。それこそ、誰にも見えず、触れず、そこに居る事しかできない状態ですよ? 彼らはこの現実に干渉できません」
それは正しい。この学園都市のテクスチャ下では、無名の司祭は存在を許されない。崇める神も居ないし、そんな存在は学園都市に存在してはならないから。
だから、目覚めたとしても彼らは幽霊のようなモノだ。それも、この世に殆ど干渉できない類の。ポルターガイストなど夢のまた夢だ。だが、何事にも例外はある。
「でも、囁くことはできるんじゃない? 迷っている人の背中を押すくらいはさ」
「……それくらいは出来ますが。まさか、唆したと言う事ですか?」
「まさか、計画を考えたのも、準備したのも、実行したのもあの二人だよ。ただ、背中を押すくらいはできるでしょ? 迷っている時、大丈夫だよって。絶対上手くいくって。全部が上手くいくって。根拠のない応援をしたんじゃない?」
だから、臭かった。彼らの残り香をシロコは感じたのではないだろうか。
ケイに対しては仕方がないが、それ以降はそうだったのではないか。テラノに会いに来る前、カヤに会いに行った時。そして、ケイの所為で気づかなかったが、ゲヘナに行った帰りの先生も匂ったのでは?
「待ってください。じゃあ、あの梔子ユメは? 彼らの傀儡……」
「それは無いよ。あのユメ先輩をここまで誘導したのはそうかもしれないけど。自我がある程度出来た今のユメ先輩には効かないだろうね」
幸いなことに、囁きは囁きでしかない。地下生活者のような強制力はない。だから、ちゃんと自分を保っていれば、全く気にする必要はない。だからテラノは、あのユメに思い出の場所を巡らせるつもりだった。万が一、彼らが囁いても対抗できるように。
「……じゃあ、あなたが協力するのは、彼らを止めるためですか」
「そうだよ。アイツらの目的は、この学園都市のテクスチャを完全に引きはがすこと。私の世界であった事を、もう一回起こそうとしてる」
厳密には違うのだが、テラノ視点からすればそうだ。それだけは絶対に止めなければならない。
「梔子ユメを誘導したのも、そのためだと?」
「カヤツリがユメ先輩を目の前にした時。どうなるか私にも分からない。でも、あのまま行かせるよりかはいいんだ。あのユメ先輩は偽物だけど、全部が全部じゃない。一番大切な核の部分はユメ先輩なんだよ。きっと始まりはそれなんだ」
「……それを彼が殺せば、儀式が完成すると。上から被せられているだけのテクスチャがそっくり入れ替わる。神はいないはずの、今の学園都市のテクスチャが大きく破損し、彼の本質が現れる……テクスチャを貼り付けるという手段はそのためですか」
腹立たしいが、そこは流石の黒服だろう。完全にテクスチャを引きはがせばどうなるかを分かっている。だから、上から貼りつけるという方法を取った。これなら、無名の司祭を封じたまま現実を変えられる。
だから、カヤツリがあのユメ先輩を殺す。その展開だけは止めなければならない。その為に、テラノはここに居る。
「待ってください。あの三人は? 大丈夫なんですか?」
「ああ、アイン、ソフ、オウルのこと? それは心配しないでいいよ」
ケイの懸念も分かる。確固たる自我。
理論上はあり得る。あの二人の様に、都合よくその気になって、ホイホイ言う事を聞いてしまうかもしれない。でも、それを聞くか聞かないか選ぶのは、あの三人だ。
そして、彼女らを修理した黒服が、それくらいの事を考えていないとは思えなかった。そのくらいの信頼を、テラノは少ないながらも持ち合わせていた。
□
「何? その恰好?」
オウルが自分たちの部屋に入るなり、ソフの声が出迎えた。顔を見れば予想通りの驚いた表情だ。それに対するオウルの返答は仏頂面でしかない。
「うわぁ、何でしょうか。このフリフリは……機能的じゃないですけど、良いものですね」
「うがああああああ!」
とうとう耐えきれなくなったオウルは、大声をあげる。驚いたアインが尻もちをつくが、知ったことでは無い。
「……何、オウル。自分でそれを着たんじゃないの? その、メイド服」
「そんなわけないでしょう! 着させられたんですよ!」
オウルが着ているのはメイド服である。正確には、着ているではなく、着させられているだが。自分でこのようなものを着る趣味は、オウルにはない。
「何なんですか!? あのチビは! 一年生のくせに!」
今日あった、理不尽な出来事にオウルは歯噛みする。本当に何故、こんなことになったのかが良く分からない。
「この私が、セミナーに入部しようって言うんです。それなのにあの一年が!」
オウルのスペックはこのミレニアムでも、上澄みであると自負している。だから、実力に見合った組織で力を振るいたいと思うのは真っ当のはずだ。
そして、本当に途中までは上手くいっていたのだ。ユウカやノアの受けはよく、試しと言われた仕事もオウルにとってはお茶の子さいさい。あとは、生徒会長たる調月リオとの面談だけ。それなのに、邪魔が入った。
──リオは居るか?
荒い口調で、オウルと同じくらいの、制服を着崩した生徒が横入りしてきたのだ。当然、気にくわなかったオウルは文句を言った。礼儀を知らないのかと。
──その様子からして、一年生でしょう! 私と同じくらいじゃないですか!
──あん? 私のことを言ってんのか?
──そうです。礼儀を知らないんですか!?
申し訳ないが先約があるとか言って、先を譲ろうとしないので。オウルは色々と言い放ってやったのだ。邪魔をされて頭が茹っていたから、何を言ったかあまり覚えていないが。気づいたら、青筋を立てた顔が目の前にあったのを覚えている。
──色々できるみてぇだが……礼儀くらいは教えてやらないとなぁ!
あとはそのまま、CCCとか言うメイド部活に連れこまれて、礼儀作法を叩きこまれたのである。セミナーの二人も止めようとしなかったのが腹立たしい。ようやく合格点が出て解放されたのがついさっきになる。
「じゃあ、成果なし?」
「ソフとアインはどうなんですか? ヴェリタスとエンジニア部に行ったんでしょう?」
オウルは口を尖らせる。答えなど聞かなくても分かる。二人の表情が明るいからだ。
「うーんとね。私は入部はOKだったかな」
「あ、私もです……」
オウルはがっくりと項垂れた。成果無しはオウルだけという事だ。アインに気遣われているのが、あまりにも情けない。
「ああもう! しょうがないじゃないですか! 私は悪くないですよね! そうですよ……ね……」
誰かに当たろうとしたオウルは、返って来ない答えに意気消沈した。そうだった。そんな人間は初めから居ないのだった。
「……それで、これはどうにかなりそうなんですか?」
落ち込んだ気持ちを奮い立たせて、二人に聞くが。さっきとは違って二人は首を横に振った。
「ダメだね。時間が掛かるって」
ソフが、部屋の壁に立てかけられたそれを見て呟く。アインも同様の反応で、オウルはため息をついた。
オウル達の目の前にあるのは、黒いオウル達よりも大きな物。巨大なレールガンである。このミレニアムに来て、気づけば荷物の中にあったものだ。こんな大きな物を持ってきた覚えが無いのが不思議だし、こんな不審物は捨てるべきだが、そうしてはいけないと言う予感もあった。
「何なんですか。これは……」
コンコンとレールガンを叩けば、装甲の隙間が薄く光る。そして、言うのだ。
──あなたは誰ですか?
このレールガンはそれしか言わない。答えても、答えなくても、それで終わりだ。光は消えて最初に戻る。オウル達にとって、これは意味不明の物体だった。
だが、これを見ていると不安になる。何かを忘れているような。自分たちが居るのはここでは無いような。もう二人、誰かが居たような気がする。
だから、調べているのだ。何もなかったにしろ、そう判断できるのは全部調べてから、中途半端に終わらせるのはオウル達にとっては看過できない。
故に、オウル達は出来る事をしている。アインはエンジニア部、ソフはヴェリタス、オウルはセミナー。それぞれの得意分野を生かして、これが何なのかを調べていた。
「……はぁ、何だかつまらないですね」
レールガンから離れたオウルは呟く。それは二人も同じようで、表情は優れない。
ここはいい。オウル達の望んだモノがある。自分たちのスペックを振るうことが出来、それを凄いと認めてくれる生徒たちが居る。与えられた部屋は奇麗で、窓の外は青い空。アインも、ソフもいる。オウル達の居場所がここにある。
でも、物足りない。何かが足りない。
全部あるはずなのに何かが足りない。そんな感覚があるのに、オウル達は、それが何なのかが分からない。それが何だか、妙に悲しい。
「……私たちは一体、何を忘れているんでしょう」
いつものように窓の外に見える白い飛行機雲は、何も答えてはくれなかった。