ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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356話 終わりたくない

「ユメ先輩?」

 

 

 文字通りに跳んできたカヤツリを出迎えたのは、どこか心配そうなホシノの声だった。

 

 

『……何でもないよぉ』

 

 

 吐き気を堪えつつも、カヤツリはざっと周囲を見渡す。どうにも、ここはアビドス校舎の校庭の様だ。対策委員会の部員たちが、思い思いに作業をしている。

 

 

 ──何だ?

 

 

 おかしい。いたって普通の光景で、分体がヘルプを必要とする場面には見えなかった。

 

 

「ユメ先輩! 聞いてるんですか!?」

 

『ああ、ごめんね。何の話だっけ?』

 

「……やっぱり、変ですよ」

 

 

 ホシノの視線。心配しかなかったそれに、疑惑が混ざっていた。

 

 

「何かあったんですか、ユメ先輩。やっぱり疲れてるんですか?」

 

 

 矢継ぎ早に、ホシノは此方へと問いかけてくる。その理由はすぐに分かった。

 

 

「誤魔化してないで教えて下さい! やっぱり、誰かと一緒に来たことあるでしょう!?」

 

 

 そんな質問を此方の服の裾を掴んで、ホシノが喚いている。

 

 小さく、カヤツリは息を吐いた。

 

 これは、仕方ないだろう。これは詰みの類いの質問だ。

 

 

「それを知って、どうするの?」

 

「えっ……ユメ先輩?」

 

 

 ホシノは困惑したように、こちらを見上げている。素直に教えてくれるとでも思っていたのだろう。そんなわけはない。他ならいくらでもいいけれど、これだけは答えられない。

 

 

『もしもの話だけど、それを知って、どうするの? ホシノちゃん?』

 

「どうして教えてくれないんですか!?」

 

 

 もう一度問えば、ホシノの勢いは更に勢いづいていた。カヤツリの予想とは真反対の結果に、内心で舌打ちが飛び出した。ああ、なんて強情なのだろう!

 

 

「良いじゃないですか! 教えてくれたって! どうしてそんなに頑なに隠すんですか!?」

 

『隠してないよ? だって私は覚えが無いんだもの。覚えが無いものを、どうやって隠すの?』

 

「そんな……」

 

 

 ホシノの勢いが少しそがれた。当然だ。普通に見れば、おかしいことを言っているのは、ホシノの方だ。此方はただの一回も、誰かと連れ立って来たことは無い。それなのに、ホシノは誰かと一緒に来たはずだと言い募り、あまつさえ、こちらがそれを隠していると言いがかりをつけている。

 

 実際には、ホシノが正しい。カヤツリが封じなかったアビドスの記憶。まだ、ユメが居た時の幸せだった時の記憶。それがホシノの中で引っかかって、こんなことになっている。

 

 ホシノが幸せだったのはユメが居た頃。だから、そうしてやれば満足すると思っていた。実際、最初はそれで上手くいっていたし、ずっとそれでいいと思っていた。

 

 だが、この現状である。これが意味することは単純で、それ自体がカヤツリを苛立たせる。

 

 

 ──普通の日常が楽しいなんてことを自覚するのは、その普通が無かった人間だけよ。直ぐに違和感に気づく。普通はありふれているからこそ、普通なのよ。

 

 

 ついさっき、ネフティス会長夫人が語ったことだ。このオンボスは、違和感を隠し切れなくなれば看破されてしまう。だから、会長夫妻は気づいた。ノノミと普通に会話する。ただ。それだけのことが幸せで、そう感じることに違和感を持った。ただの普通が幸せであることがおかしくて、それを探り当てた。

 

 ただ、それは簡単なことではない。幸せな夢を疑うことは難しい。つらい過去を除くのは気分が悪い。結果の伴わない行動はやる気が出ない。それが出来たのは、あの二人が大人だったからだ。子供に、生徒に、こんなことが出来るはずがない。出来るのだとしたら、ここが相当不満だと言うことになる。

 

 つまり、ホシノが違和感を覚え始めているということは、ホシノが不満を覚えているということだ。

 

 何が不満なのか、それはこの状況。では、この状況の何が不満なのか。ホシノが今も文句を言うのは、此方が連れてきた存在しない誰かを教えないこと。ユメだけでは、不満だと言うこと。もう一人、いないはずの誰かが欲しいのだということ。

 

 

 

『名前は?』

 

「えっ?」

 

『どんな背格好? 見た目の年は? その人は、ホシノちゃんに何をしてくれたの? 教えてよ』

 

「……それは」

 

 

 ホシノは俯いている。思い出せも、答えられるはずもない。ホシノが言う人間は存在しない。

 

 

「男の人だったと思います」

 

『へぇ……そうなんだ』

 

 

 それなのに。思い出せないし、手掛かりも無いはずなのに。ホシノは当ててきた。胸の奥がざわめきだした。

 

 

『あれかな? ほら、外で活躍してる先生って人だよ。私は、その人と会ったことは無いけど……ホシノちゃんが勘違いしたんだよ』

 

「違います。先生の話は聞きましたけど、その人じゃないです。絶対違います」

 

 

 ホシノは絶対とまで言い出した。それだけのことが、とても腹立たしい。どうして、なんで、今更……

 

 

『とにかく、私は知らないよ。知らない人を連れては来れないの。本当に悪いと思うけど……』

 

「……なら、思い出してください。きっと出来るはずです」

 

『はぁ……』

 

 

 とうとう内心では抑えきれなくなった溜息が飛び出してしまう。どうにも、誤魔化すのは難しいらしかった。これがユメのガワを被っていない状態であるのなら話は別であるが、今はそうでない。梔子ユメの、小鳥遊ホシノが思う梔子ユメのキャラクターからは大きく逸脱が出来ない。

 

 それに、ホシノの様子もおかしい。妙にしつこい。カヤツリが見ていた感じ、ホシノはユメの言うことを鵜呑みにしていたように思う。それなのに、こんなに食い下がってくるのは想定外だ。

 

 

『仮の話だけど、その人を連れてきてどうするの?』

 

「……それは」

 

『? ホシノちゃん……どうしたの?』

 

 

 ホシノは口をもごもごさせて、何も言おうとしない。此方から目をそらして見える首筋は真っ赤になっている。

 

 

「何でもないです。いいじゃないですか。そんなことは。それに、ユメ先輩も思い出せるはずです。きっと忘れてるだけなんですよ」

 

 

 ──……ああ、そういう事か。

 

 

 ホシノの状態が分かって、カヤツリはすっかり冷め切った。何のことは無い。別に違和感に気づいたとかではなく、カヤツリが居ないことが不満なだけだ。思い出してくださいとユメのガワを被ったカヤツリに言うのなら、ホシノはこのユメが偽物だと認識してはいない。

 

 念入りに調整したから当たり前の話ではあるが、ユメと二人よりも、三人の方が良かったと言うオチだ。分かってみれば下らない。大した枯れ尾花だ。

 

 結局はまだホシノは夢の中。安心はしたが、苛立ちは治まってくれない。こんなに焦らされたのだから当然だろう。さっさと話を畳むに限る。昔死ぬほど見たパターンを再現すればいい。

 

 

『ホシノちゃんは、その人の事が気に入ってるんだね』

 

「……急にどうしたんですか。いきなり不機嫌になって」

 

『なってないよぉ』

 

 

 不機嫌だと、ホシノが言う。そんなことはあり得ない。それが漏れ出すような口調も、態度も取ってはいない。ただずっと気分が最悪なだけだ。ホシノが仕掛けてきているのは、鎌かけに過ぎないのは明白だ。ただ、ここで無理やりに否定しても、ホシノは納得しないだろう。拗ねた振りして、意地悪な質問でも投げてやればいい。ちょうどいい前振りは、ホシノから投げてきている。

 

 

『じゃあ、どっちを選ぶの?』

 

「何をですか?」

 

『だから、ホシノちゃんがお熱の人と、私。ずっと、知らない人の話されても、私は困っちゃうよ……』

 

「うへっ……やっぱり不機嫌じゃないですか……」

 

 

 面倒そうな表情で、ホシノがうへうへ言っている。こういう面倒くさくて、束縛が強い振りでもしておけばいい。それで、ユメ先輩に決まってるじゃないですかとでも言わせれば話は終わる。

 

 

『もう、知らない!』

 

「分かった。分かりましたよ。本当にユメ先輩はしょうがない人ですね……」

 

 

 いい流れの感触に、カヤツリは安堵する。ホシノは面倒そうに、ブツブツ言っていた。

 

 

「私が選ぶのは勿論……」

 

 

 これで離脱した後は、強めに修正を掛けておけばいい。そもそも、あの塔が完成すればこんなことは気にしなくても良くなるのだ。早くホシノの答えを聞いて、それで終わり。

 

 

「カヤツリに決まってるでしょ」

 

『ッ!?』

 

 

 ユメ先輩。そんなカヤツリの予想した答えは聞こえてこなかった。代わりに聞こえてきたのは、はっきりとした強い意志のこもったありえない答え。緊急事態と判断して、半ば反射でここから離脱しようとして──

 

 

「逃がしませんよ」

 

 

 出来なかった。聞き覚えしかない声。ノノミの声と共に、腕が万力に挟まれたかのごとくに握りしめられた。ノノミが険しい顔で後ろに立っていた。

 

 気づけば、残りの対策委員会が校門を固めている。逃げ場を塞ごうと言うつもりらしい。自分のあまりの間抜けさに、吐き気がしてきた。

 

 こんなことなら、言いくるめようなんて考えなければよかった。大体が、直前にあんな話があるから……

 

 

 ──ああ、やっぱり。ノノミの勘も凄いわね……さしずめ、ノノミは自分じゃ無理って分かって私に投げたのね。

 

 

「ああ、最初からか……ずっと前から、もう気づいていた訳か」

 

 

 すっかり冷えた頭は、最初から嵌められていたことを導き出した。ホシノとノノミ、どちらが先に気づいたのかは分からない。だが、これは二人が気づいていないとできない作戦だった。

 

 自分では説得できないから大人に頼った。嫌いでも、自分が一番信用している大人をノノミは頼ったのだ。

 

 ホシノは騙されなかった。完成度は低い自覚はあったが、それでも、自らが望んだ夢を振り切った。

 

 

「どうして否定する? ここには全部があっただろ? 何が足りないんだ?」

 

 

 二人が、対策委員会がそうした理由は薄々分かっている。でも、聞かずにはいられなかった。ここには全部があったはずだ。足りなければ、幾らでも追加してやれた。

 

 

「カヤツリが居ないよ」

 

「あなたが居ません」

 

 

 ホシノとノノミがそう言う。それだけで、胸が騒めき始める。一瞬満たされた気になったが、それは今だけ。大人のカヤツリはやらなければならないことがある。

 

 

「それで? どうする? 穴だらけで、借金は膨れ上がって、テロ組織扱いのアビドスに戻るのか? そんなものはクソくらえだ」

 

 

 好きで、こんな風にしたわけでは無い。そもそも、ずっと騙し続けられるとも思っていない。そうでなければ、あの塔を建てるものか。

 

 

「そうやって、いい子ちゃんで居て、その事実だけで自分を慰めて生きていくのか? それは理不尽を押しつけられた逃避だ。自己防衛だよ。偉くもなんともない。これが嫌なのも、あれだろ? 道理に合わないと思ってるからだろ?」

 

 

 黙った二人に、カヤツリはもう一度言う。

 

 

「道理はある。そっちは頑張って来ただろう。俺が保証してやる。だから、安心して──」

 

「嫌です! あなたはどうなんですか!?」

 

 

 ノノミが叫ぶ。それは、いつかのような叫びと似ていて、でも何かが違っていた。

 

 

「あなたは、そこに居ないじゃないですか! 兎馬カヤツリって言う人は、この世界のどこにも居ないじゃないですか!」

 

「私は、私たちは、カヤツリを置いて、幸せになれないんだよ」

 

「別にどうでもいいだろう。そんなこと。一緒に居ればハッピーハッピーなのは小さい世界だけだ。ここはそうじゃない」

 

 

 一緒に居るだけが、人を救う方法ではない。見ているだけで十分だ。かつての楽園が、かつて自身に光をくれた人々が幸せに生きているだけで、それだけでいい。

 

 

「……この世界を終わらせて、クソみたいな状況のアビドスに戻っても、俺が居れば大丈夫? 頑張れるし、今より幸せ? 頭が沸いているのか?」

 

 

 反吐が出るほど、聞こえが良くて薄ら寒い子供の理屈だ。口当たりが良くて、甘くて、美味しい。しかし、重要な栄養は無いに等しい食物。そんな意味のない、存在理由が破綻した理屈を受け入れるわけにはいかない。

 

 だから、卑怯な手を使う事にした。

 

 

「じゃあ、何で俺を追いだしたんだ? 教えてくれよ。どうして俺を追いだした? どうして、一緒に頑張ることを許してくれなかった?」

 

 

 これは詭弁だ。状況的にそうなっただけで、カヤツリは自身の意思で出て行った。ホシノの言葉はきっかけに過ぎない。しかし、ホシノ視点ではそうではない。

 

 

「そっちの言っている事と辻褄が合わないだろう。状況が耐えきれなくて、結果を出せなかった俺を追いだしただろう?」

 

「あの時の私は受け止められなかったんだよ……この前も、怖くて謝れなかった。アレは八つ当たりだった」

 

 

 ホシノは怯まない。聞こえない振りも、現実逃避もしない。ただ襲い来る現実に茫然ともしない。

 

 

「そうだね。私が追いだした。ごめんなさい……だから」

 

「知らんよ。もう、何もかもが遅い」

 

 

 続きは言わせない。言ったところで意味もない。ミサイルの直撃前なら話は別だが、そうではない。この世界を維持し、完全に固定化する。そうすれば、もうこんなことを思わなくなる。この方法が最善。

 

 この世界を終わらせたところで意味はない。この前提が崩れなければ、他の方法はない。

 

 

「やったことが全てだ。言葉なんて幾らでも繕えるんだよ。いつか思う。あの時こうすれば良かったなんて幾らでも──」

 

「あるよ」

 

 

 先生が居た。先生だけではない。向こうの世界の、関係ないはずのアビドス生が居る。自分が出て行かなくても良かったアビドスの仲間が、そこに居た。

 

 

「賠償金も、二人の謝罪も、会見も用意したんだ。アビドスの土地だって、ミレニアムのバックアップと、あの三人の力で戻せる。だから──」

 

「うるさい!」

 

 

 先生の言葉に、思わず怒鳴った。

 

 

「うるさい! うるさい!! うるさい!!! 何だ今更しゃしゃり出てきやがって!!!!」

 

 

 また邪魔だ。もう堪えきれなかった。言うべきでは無かった言葉が次々と飛び出してくる。

 

 

「ふざけるな! ふざけるなよ! 毎回毎回、俺の邪魔ばっかりしやがって! 何でだよ! どうしてだよ! なんで──!」

 

 

 なんで、あそこに自分はいないのか。どうして、ああなれなかったのか。向こうの世界の自分を見た時の憤りが蘇ってくる。

 

 

「なんだ? それくらい出来なきゃダメってことか!? 一日で全部解決できなきゃだめか!? 先生なら良くて、俺はダメだってことか!? ああ!? 俺は出来損ないだってか!? だから、捨てられたってか!? ええ!? まだ終わりじゃない! 勝手に出てきて、勝手に終わらせるな! 俺はまだ、終わらせたくない!」

 

 

 先生たちや、ホシノやノノミ。彼らが何かを言っている。でも、ただ空虚に口がパクパク動いているだけで、何も聞こえない。余りにうっとおしくて、ノノミに掴まれたままの腕を、ノノミごと振り回した。

 

 そして風が吹く。腕を振るとともに凄まじい砂嵐が吹き荒れて、何も聞こえなくなった

 

 

「ちくしょう……クソが。痛い……いたい……」

 

 

 目の前でごちゃごちゃ言っていた煩わしい者たちは、遠くへ飛んで行った。そのはずなのに、頭も、胸も、どこだか分からない場所も。もうそこらじゅうが痛い。そんな理由は目の前にあった。

 

 

「……何ですか。文句でも言いに来たんですか。ユメ先輩」

 

 

 ユメが居た。あの時の、最期に会った時、そのままの姿でそこに居た。

 

 

「止めろと言うんでしょう? でも、止めません。終わらせませんよ」

 

 

 ユメが何も言わないので、カヤツリが喋る。どうせ、ユメが言うことなど決まっているのだ。止めろとでも言うに決まっている。

 

 

「ちゃんとやったんですよ。手順通りに、誰にも迷惑を掛けないように、先輩がかつて、そうあってほしいと思ったみたいに。そうじゃなきゃ、意味がない」

 

 

 なのに、失敗した。何も手に入らずに、背負う者や失敗ばかりが増えていく。

 

 

「皆、嫌だって言うんです。……でも、それじゃ無理です。皆が不幸せになるだけなんです。それは、ユメ先輩も嫌でしょう? もうユメ先輩しか……」

 

 

 カヤツリは尋ねる。何でもいいのだ。罵倒でもなんでも。カヤツリは終わらせたくない。まだ終わってほしくない。ここで終わってしまったら、もう何者でもなくなってしまう。先生が一日もかけずに出来たことが、あんな甘ちゃんの大人にできたことを、カヤツリは出来なかった。

 

 じゃあ、今までの事は何だったのか。全てが無駄に終わっただけか? 自分は、マトモな失敗すらできないのか? そんなのはどう足掻いてもう受け入れられなかった。

 

 

「……何で何も言わないんですか? 何で何も言ってくれないんですか?」

 

 

 ユメは何も言わない。怒りも泣きも、困ったような顔すらしない。優しい顔で、カヤツリを見るだけだ。

 

 

「……何か言って下さいよ。あの時みたいに、初めて会った時みたいに、そしたら、おれは……おれは……」

 

 

 縋る様に言っても、何を言っても、ユメは答えない。答えてくれない。何か言ってくれたら、何でもいい。それだけで、カヤツリは頑張ることが出来るのに。このまま突き進めることができるのに。

 

 

「……どうして、あの時一人で行ったんですか? どうして、待っていてくれなかったんですか?」

 

 

 よろよろと、カヤツリはユメに近づく。ユメは、答えはしなかったが、逃げようともしなかった。

 

 

「誰かに連れ出されたんですか? ホシノと喧嘩したからですか? それとも別の理由があるんですか?」

 

 

 目の前まで来ても、顔がはっきり分かる距離でも、ユメは口を開かない。でも、でも、優しそうに、あの頃の姿のままで、カヤツリの記憶の中のままで笑っていた。

 

 

「俺より、ホシノを優先したんですか? それでよかったんですか? 俺の事はどう思ってたんですか? どうして、あの時、声を掛けてくれたんですか? 答えてくださいよ……あ……」

 

 

 手を掴んだ瞬間。そこにはもう、何もなかった。手の中には握り込んだ空気だけで、何も残ってはいない。

 

 

「ああ……」

 

 

 カヤツリは立っていられずに、地面に膝をついた。とっくに、看破された瞬間から、ユメのガワは剥がれていて。着ている服が校庭の土で汚れていく。

 

 全員が、この世界が嫌だと、間違っていると言う。先生が来たのはそういう事だからだ。

 

 カヤツリは嫌だ。元のアビドスに戻りたくはない。幾ら元通りになるのだとしても、戻りたくなかった。

 

 けれど、ユメは何も答えなかった。何も言ってはくれなかった。姿を現しただけで消えてしまった。なら、もう、理由が消えた。この世界を維持するための理由。その人間たちが嫌だと言えば、外が元通りだと言うのなら、真っ当な理由は残っていなかった。

 

 

「あ……ああ……ああああ」

 

 

 だから、ちっぽけなエゴを抱えて、蹲っている事しか。今はただ、そうすることしかできなかった。

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