ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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35話 契約満了

「カヤツリ先輩。最近、何かいいことあった?」

 

 

 パトロールの帰り道でカヤツリは少しぼーっとしていた。相も変わらず、チンピラやスケバンは蔓延っていてキリがなかったからだ。終わらない掃除ほど退屈で面倒なものは無い。

 

 声の方に振り向けば、後ろを歩いているシロコが微妙な表情で問いかけてきていた。

 

 

「あったが、個人的なことだから。シロコが聞いても分からないと思うぞ。そんなに分かりやすいか?」

 

「うん。ちょっと前まで、酷い顔してた。一人の時は”先輩”ってぶつぶつ言ってた。そんなに大人と話すのが酷かったのかって、ホシノ先輩が心配してた」

 

 

 今日は遂に契約満了の日だった。珍しく、今回の指定場所はアビドス校舎の屋上で指定時間は真夜中だ。普段はオーナーのオフィスなのだが、理由を聞いてもはぐらかすばかりで答えてはくれなかった。

 

 

「ああ、それで、あの日の夜に柴関で奢らされたのか。でも心配してた割には、いつも通りじゃなかったか?」

 

「とても美味しかったし、おなか一杯になった」

 

「あれだけ食べればそうだろうな」

 

 

 あの時を思い出したのか、舌なめずりするシロコを見る。最近妙に背が伸びてきている気がする。食生活の影響かもしれなかった。

 

 柴関での大将の会話から数週間経ったが、それ以前と以後で特に様子が変わったようにはカヤツリには見えなかった。ホシノへの好意を自覚したとはいえ、それを一々口に出したり、伝えたりしない程度の羞恥心と良識は持っているつもりだ。

 

 ホシノも言われたところで困るだけだろう。先輩の事や借金がなければ考えるが、今はそういった状況にない。これは自分の胸の中にしまっておいておくだけで十分なのだ。後輩二人とホシノの三人での学校生活もとてもいいものだとカヤツリは思っている。

 

 

「ん。私とカヤツリ先輩が組むのが多くなった。私は嬉しい」

 

「……銀行強盗はしないぞ。もうあの依頼は出ないだろうからな」

 

 

 カヤツリの答えを聞いて、シロコは残念そうな顔をしているが、カヤツリは流す。ヴァルキューレのあの依頼は、あれ以降探してはいるものの見ていない。向こうも、毎度設備を壊されてはたまらないだろう。

 

 アビドス校舎への道を歩く。見上げれば太陽はまだ真上にあって、日差しをばらまいている。まだ昼だが、このペースだと着くころには夕方になるだろう。

 

 道を歩きながら、そういえばと先ほどシロコが言ったことを思い出す。自分とシロコが一緒なら、残りのホシノと十六夜後輩は何をしているのだろう。

 

 十六夜後輩は代わりに書類仕事をしているだろう。この前見たが随分よくできていた。じゃあホシノは? 

 

 心配していたという割には、カヤツリから見て普段と変わらなかった。シロコに言われて気づいたくらいだ。いくら、メンタルが落ち込んでいたからと言っても、変な気がした。

 

 シロコなら知っているだろうかと思って聞いてみると、シロコは少し悩んで答えた。

 

 

「ホシノ先輩? ノノミと一緒に仕事してると思う。最近はいつもだって、ノノミが言ってた」

 

「……珍しいな。寝てないなんて」

 

 

 てっきり、いつものように教室で寝ていると思っていた。夜のパトロールは変わらずにやっているからだ。

 

 何か嫌な予感がした。

 

 またぞろ、隠れて何かやっているのかもしれない。悩み事でポンコツになっていた期間が悔やまれる。

 

 

「カヤツリ先輩はどこか遠くに行くの?」

 

「唐突に変なこと聞くなぁ」

 

「ん。答えて」

 

 

 急にシロコが訳の分からない事を聞いてきた。ただ内容がふわふわしていて、的確に答えにくい。別にはぐらかしても良いが、シロコの雰囲気は真剣だった。

 

 

「遠くっていうのは、どれくらいの?」

 

「アビドスの外」

 

「しばらくは行かないよ」

 

 

 用事があれば行くだろう。しばらくその予定はない。ただ返事を聞いたシロコは、不満そうだった。

 

 

「しばらく? 絶対じゃないの?」

 

「状況による、としか言いようが無い」

 

「ん。分かった」

 

 

 とりあえず納得はした様子のシロコだったが、歩きが荒く早歩きだ。回答が不満だった事が実に分かりやすかった。

 

 

「急に何でそんな質問するんだ? どこにも行かないけど」

 

「……ノノミが、カヤツリ先輩が凄い額のお金を貯めてるって」

 

「ああ、そういうことか」

 

 

 非常用にプールしてある金だ。結局手付かずのままのビナー退治の報酬が貯めてある。十六夜後輩には教えてあるし、もちろんホシノも知っている。

 

 そういえば最近動かした。利子の支払いが多少足りなくて、そこから出したのだ。どこか不安そうなシロコを見てカヤツリは察した。

 

 

「居なくならないから、安心してくれ」

 

 

 シロコの頭をわしゃわしゃ撫でる。シロコはされるがままだった。余程自分の顔は酷かったらしい。自分が夜逃げでもするんじゃないかとシロコが勘違いする程度には。

 

 

 □

 

 

「十六夜後輩」

 

「カヤツリ先輩ですか。私もちょうど用があったんですよ」

 

 

 安心したのか、いつも通りに戻ったシロコを連れてアビドス校舎に帰った後、対策委員の部室に寄る。シロコを預けるのとホシノの事について聞くためだった。

 

 予想通りに日は落ちていた。オーナーとの待ち合わせには間に合いそうだった。

 

 扉を開ければ、十六夜後輩だけが一人でくつろいでいる。ホシノの姿はない。向こうもこちらに用事があるようで好都合だった。空いていた席を探して腰を下ろした。疲れたのかシロコはとっくに席についてうとうとしている。

 

 

「そっちの用からでいいよ」

 

「じゃあ遠慮なく。最近は元気そうで良かったです」

 

「心配かけたみたいで悪かった。ごめんな、十六夜後輩。それで、そんなに酷かったのか?」

 

「はい。仕事とか返事はいつも通りでしたけど、雰囲気がなんというか……まるで悪霊に取りつかれたみたいでしたよ。独り言もすごかったですし」

 

 

 十六夜後輩は困ったような顔で笑う。帰り道で聞いた時のシロコの反応もそうだったし、心配をかなりかけたようだった。だから柴関の大将があんな風に相談に乗ってくれたのだ。

 

 十六夜後輩の用事はシロコと同じだった。悩み事が解決したことを伝えると安心したように笑っていた。

 

 

「気になったんだが、何で二週間も放っておいたんだ? 途中で治ったのは分かっただろう?」

 

 

 カヤツリは気になったことを尋ねた。用事との直接の関係はないけれど、聞いておいた方がいいと思ったのだ。

 

 オーナーの話があって、情緒不安定になったのがひと月前。それから二週間後に柴関の大将の話があった。カヤツリが安定してから、丸々二週間は放っておかれたことになる。普通は安定してから二・三日で声をかけるだろう。三人が三人とも静観していたのは不自然に感じた。

 

 それを受けた十六夜後輩は、少し言いづらそうに答えた。

 

 

「ホシノ先輩が止めたんですよ。しばらくそっとしておいてあげようって」

 

「……ホシノが?」

 

 

 スッと目を細めたカヤツリを見て慌てたように十六夜後輩が続ける。怒っているわけではないから心配しなくとも良いのだが。

 

 

「ホシノ先輩もカヤツリ先輩が不安定な時は、どうにかしようとしてたんですよ。シロコちゃんから聞きましたか? 柴関の事は」

 

 

 カヤツリの財布を空にしたあれは、ホシノの発案だったらしい。確かにあれは効果があった。四人での食事中は悩みを忘れられたからだ。

 

 

「それで、二週間ほど前でしたか。カヤツリ先輩が元に戻って、シロコちゃんと私は安心してたんです。でもホシノ先輩が……」

 

「そっとしておいてあげようって?」

 

 

 ”はい”と十六夜後輩が頷いた。ホシノの思考が分からなかった。普段なら、いち早く察知して突撃してきそうなものなのに。静観するのはホシノらしくなかった。

 

 

「でも何で今日になって、二人は止めたんだ? ホシノがもういいよって言ったのか?」

 

「はい。いつも私と一緒に仕事してたんですけど。昨日、急にいいよって」

 

 

 意味が分からない。それにホシノの姿を今日は朝以降見ていなかった。一緒に仕事をしていると思ってきたのに、ここには十六夜後輩しかいない。

 

 

「ああ、普段仕事してるのはここじゃなくて、カヤツリ先輩の空き教室があったでしょう? そこでやってるんです。ほら先輩が作った引き継ぎとか、操作説明のファイルを置いてあるから便利なんですよね。ホシノ先輩もよく読んでましたし、先輩たちの貯金もそこで見つけたんですよ」

 

「貯金は利子返済に使ったから、多少減ってただろ?」

 

「ええ、私が確認したので大丈夫です。ホシノ先輩が慌ててましたから、それでシロコちゃんも覚えてたんでしょう」

 

 

 じゃあ、空き教室の方にいるのだろうか。ここへ来た時に荷物を置くために入ったが誰もいなかった。それを聞いた十六夜後輩は首を傾げた。

 

 

「随分前に今日の仕事は終わりましたけど。もう帰ったんでしょうか」

 

「……珍しいな。まあ、明日聞けばいいか」

 

「そうですよ。私もそろそろ、シロコちゃんを連れて帰りますね」

 

 

 半分眠りこけているシロコを連れて十六夜後輩は帰っていった。もう残りの用事はオーナーだけだった。

 

 

 □

 

 

「待たせてしまったようですね。黄昏のセト」

 

「もうその呼び方止めませんか。気恥ずかしいんですけど」

 

 

 屋上で待っていると音もなくオーナーが現れた。相変わらず神出鬼没だった。それに、その痛々しい呼び名も相変わらずだ。前はそれ以外の使える名前がないから、スルーしていたが、いい加減にやめて欲しかった。

 

 

「この話し合いの後には、お互い呼び名が変わることもあるでしょうから。これが最後の機会かもしれませんし、名残惜しさもあるのですよ」

 

 

 オーナーは相変わらずの笑い方で言う。呼び名が変わるとはどういう事だろう。

 

 

「ええ。この契約が満了すれば、私は貴方のオーナーではなくなりますから。そんな私をオーナーというのも可笑しな話でしょう? 名前というのは重要なものです。物の本質と意味を表わす言葉ですよ」

 

 

 オーナーらしい答えだった。こういった細かいことに拘るのだ。以前、研究者の端くれと自分で言っていたから当然の思考なのかもしれない。

 

 

「貴方との会話も嫌いではありませんが、そろそろ貴方の答えを聞きましょうか。答えは出ましたか?」

 

「出ましたよ。オーナー」

 

 

 カヤツリの答えにオーナーは満足そうに頷く。屋上は月明りで照らされていて、黒いオーナーの姿もよく見えた。

 

 

「それでは、今の自分は誰で、何がしたいのか、何のためにここにいるのか。言えますか?」

 

 

 ──今の自分は誰か。アビドス高校二年の兎馬カヤツリ。これはきっと揺るがない。

 

 ──何がしたいのか。アビドスの借金を返したい。これはただの目的だ。あの場所で皆で頑張っていたい。

 

 ──何のためか。やけに気恥ずかしいが、ホシノのため。でもきっと自分のためなのだろう。自分がやりたいからここにいる。

 

 答えを聞いたオーナーは笑みを深くするように亀裂を歪ませて尋ねる。

 

 

「尋常な手段ではアビドスの借金は返せるとは思えませんが、それでもですか?」

 

「返せれば、もちろんいいですけどね。大分時間がかかるだろうし、無理かもしれませんね」

 

「では何故です?」

 

「俺がやりたいんですよ。無理かもしれなくても、やらなきゃわからないでしょう? 嫌じゃないですか。やらなかった後悔をいつまでも引きずるのは。やってやる後悔の方がいいですし、自分が選んだ結果なら後悔はしません。それにあのころとは違って一人じゃないですから」

 

 

 オーナーの顔の亀裂がさらに歪んだ。

 

 

「貴方は貴方の為に、貴方が満足するために、貴方が後悔しないために、ここに残るのですね。自分で決断し、その責も自分が負うと……いいでしょう。私好みの答えです」

 

 

 オーナーが懐から二枚の紙を取り出した。カヤツリとオーナーの契約書だ。カヤツリとオーナーの分の二枚。それが、端から黒く崩れて消えていく。

 

 

「ここに貴方と私の契約は満了です。一応の対策は取っていましたが安心しました。ここに残ってくれて嬉しい限りです」

 

 

 オーナーは喜色満面といった雰囲気だった。あまりのあっけなさにカヤツリは全身の力が抜けた。

 

 

「クックックッ。これで貴方のオーナーも終わりですね。これからは”黒服”とでも呼んでください。意外と気に入っている名前ですので」

 

 

 オーナー──黒服が笑う。見た目通りの名前だから間違えるなんてことはないだろう。そういう点では良いと思った。

 

 

「オー……。黒服さんは、これからどうするんです?」

 

 

 契約は満了した。もうこれで、カヤツリは会う理由は無くなった。黒服は嬉しそうな口調のまま言う。

 

 

「また、あのオフィスで仕事でもしますよ。意外かもしれませんが、これでも忙しい身ですので。それに貴方は契約ごとに関しては真面目ですから。また仕事が欲しければ紹介しますよ? もちろん、二回目の契約も構いません」

 

「契約は遠慮しますよ。仕事は貰いに行くかもしれませんが」

 

「ええ、わかりました。私もまたの機会を待つとしましょう。それではまた。カヤツリ君」

 

 

 最後に黒服はカヤツリの名前を呼んで消えた。

 

 カヤツリはふうと息を吐いて屋上のコンクリートにへたり込んだ。汗がドッと噴き出てくる。話している最中は気にならなかったが、今になって緊張が切れて疲労が押し寄せてきた。

 

 ──もし、他の場所へ行くなんて言っていたらどうなっていたのだろう。

 

 嫌な想像が浮かぶが、首を振って振り切る。今からカヤツリは自由の身だ。まずはそれを喜びたかった。

 

 しばらく休息してから、空き教室へ向かう。荷物はそこに置いてある。疲れたし、久しぶりに空き教室に泊まるのもいいかもしれない。

 

 空き教室の扉を開くと特に変わりはなかった。荷物を自室代わりの小部屋に放り込む。寝ようと思うが、身体はさっきの冷や汗でべたついていた。

 

 

「用務員室で風呂借りるか……」

 

 

 そう思って、小部屋から出て、空き教室の扉を開けようとすると開かなかった。ここの鍵は内側も鍵で開けなければいけないのだ。というか何故鍵がかかっている。ここには自分以外いないはずなのに。

 

 

「……久しぶりに、少し私とお話ししようか。カヤツリ」

 

 

 ──冷たい声が聞こえた。

 

 聞き覚えのある声に振り向くと、教室の中に無表情のホシノが立っていた。

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