ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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361話 再戦と本音

「ああ、来たか」

 

 

 カヤツリの視線の先には、先生率いる対策委員会が立っていた。別世界のホシノとシロコのおまけつきである。それが意味することは一つだった。

 

 

「騙されなかったわけか」

 

 

 てっきり、先生の伝手を使ってヒナ辺りを呼んでくると思っていた。折角の対策は台無しになったのが残念だ。

 

 

「じゃあ、やろうか」

 

「ちょっと待って」

 

「何を?」

 

 

 ホシノのその言葉に少し、失望した。まだここに至って話し合いができると思っているらしい。

 

 

「装備が欲しいの。アビドス校舎にあるからさ。取ってこさせてよ」

 

「認める」

 

 

 理に適ったホシノの要求に、さっきの評価は取り消した。校舎に、恐らくは旧生徒会室に向かって歩くホシノには迷いが無かったからだ。

 

 

「確認を良いかな?」

 

「確認?」

 

 

 続けての先生の言葉に、カヤツリは首を傾げた。

 

 

「ホシノの事なんだけど、大丈夫なの?」

 

「ああ、ソイツから聞いたんですね」

 

 

 向こうのホシノの入れ知恵だろう。ホシノの攻撃がカヤツリに対して特攻だとでも聞いたに違いない。

 

 

「私が撃たれるくらいのダメージだって聞いたんだけど……」

 

「それは、誤謬がありますね」

 

 

 ものは言いようである。ある意味でその言い方は正しいが、真実というわけではない。

 

 

「俺に特攻というわけではないんですよ。そうですね……嵐やら雷やら出せる能力。今もこのオンボスを維持している能力。それに対する特攻です」

 

 

 例えるなら、あれだろう。吸血鬼に対する流水か、口裂け女に対するポマード。太陽や銀、寺生まれの何某ではない。侵入を防いだり、追い返したりは出来るが、生死に関わる打撃は与えられない。カヤツリはカヤツリで、セトそのものではない。ダメージを受けるのはセトの能力の方になる。

 

 

「喰らえば無茶苦茶に痛いですね。先生が撃たれたくらいには痛い。痛すぎて、オンボスの維持も出来ないくらいには。でも良いですよ。そうでもしないと勝負になりませんから。フェアじゃない」

 

「フェア?」

 

「ええ、気づいて聞くなら、認めますよ?」

 

 

 可能性がゼロかそうでないかでは大きな差がある。可能性がゼロのまま挑ませるのはフェアではない。それを態々教えてやる義理もなかっただけで。

 

 

「え? じゃあ、ホシノ先輩が攻撃を直撃させたら、それで終わりって事?」

 

「そうだな。黒見セリカ。そういうことになる。それがお前らの勝利条件になる」

 

「何で……」

 

 

 セリカはとても不満そうなのが伝わってくる。けれど、途中で止めているから、多少の成長は見て取れた。

 

 

「言ってくれなかったか? そりゃ、お前らは聞かなかっただろう?」

 

 

 全てを一から説明する義理はない。それをするのは、してもいいと思った相手だけだ。

 

 

「……聞けば教えてくれたんですか?」

 

「ミサイルが降る前なら、少しは緩めたさ。でも降ってからは答えない」

 

「どうしてです?」

 

 

 ノノミは分かっているだろうに聞いてくる。

 

 

「俺の話を聞かなかっただろう? 何故、そんな事をするのか。どうして退けないのか。それらを全て聞かなかった。勝手に決めつけた」

 

 

 それが全てだった。カヤツリをイラつかせた全ての元凶。最初から、最後まで全部。

 

 

「お前らは押し付けるばかりだ。勝手な想像をして、都合のいい想像をして、その全てを押し付けた。話す前に結論を出している。そんな奴らに、何を話せと言うんだ?」

 

 

 勝手な人物像を押し付けられて、気分のいい人間はいない。それが、知り合いなら猶更。

 

 

「話さなかった俺も悪い。そんな顔だな」

 

 

 空気を読んで、口には出さない。それでもまだ甘い。言っていることは正しくて耳に痛い。それはそれとして嫌な気分。そんな感情が表情から漏れ出ている。

 

 

「俺はな。お前たちの先生じゃないし、相棒じゃないし、召使いでもないんだ。一から丁寧に説明はしないし、聞かれなきゃ答えない。答えてくれないからって、勝手に想像して押し付けるのは違うだろう。想像上の俺で、俺の事を知ったような気になるんじゃない」

 

 

 思えば、ずっとそうだ。ゲヘナも先生も対策委員会も、カヤツリが、これまで会った全ての人間が、そういう風にしか扱ってこなかった。その理由は、今更ながらに分かり始めていた。

 

 

「……まぁ、仕方ない部分はある。お前たちは、ずっと何かを押し付けられてきた側だ。借金だったり、他人の都合だったり、いろいろとな。あの人みたいに話し合うなんて選択は出てきにくいし、相手の目的なんて想像するしかないだろう。俺の方も、押し付けた部分は否めない」

 

「急にどうしたんですか……」

 

 

 声を発したノノミだけでない。対策委員会が困惑の表情を浮かべている。カヤツリがこんなことを言うとは、思いもしていないのだろう。だが、それは間違いだ。

 

 

「何、色々と思うことがあっただけだ。始めるぞ」

 

 

 校舎の方から、ホシノが戻ってくるのが見えた。見たことのない格好に、カヤツリの警戒心が跳ね上がる。

 

 

「お待たせ」

 

 

 戻って来たホシノの第一印象。かなり面倒くさそうだった。別に様子とか、付き合い方とかホシノの性格とか、そういったものではなく、対処の方の問題になる。

 

 背中の盾に、タクティカルベスト。メインアームのショットガン。サブアームの拳銃、攪乱用だろうグレネード各種。見ただけではどんな戦法を取ってくるか断定できない。その上、妙な動きをしている。

 

 

「本当に、その人数でいいのか?」

 

「うん。いいよ」

 

 

 ホシノの言葉の通りに、異世界組が離れていく。先生の指揮の枠はまだ一枠残っている。その優位を捨てる理由が理解できない。攻撃の通りが悪くとも盾ぐらいにはなると言うのに。

 

 この勝負は、ホシノが攻撃をカヤツリに当てられるか。それに尽きる。ホシノをどれだけフリーに出来るかが勝負の分かれ目。だから、カヤツリ相手でも自分の面倒を見れる人間で固めるべきだ。

 

 それなのに、その有力メンバーを外す理由が分からなかった。

 

 

「ルールの確認をしてもいいかな?」

 

「いいですよ」

 

 

 なるほどと、カヤツリは思う。ハンデをつけろとでも言うのかもしれない。それなら、あの二人を外す理由に納得がいく。

 

 

「さっきも聞いた通り、ホシノの攻撃は大丈夫なんだね? 大怪我とかはしない?」

 

「しませんよ。勿論、俺も威力は加減します。気絶くらいにとどめますよ」

 

 

 それは最低条件だった。生死が絡む事態は避けるべきだし、気に入らないとはいえ、死んでほしい訳ではない。

 

 

「それで、時間制限は君があの塔を完成させるまで。増援は呼んでもいいし、時間内であれば再挑戦も可能と」

 

「ええ、そうです」

 

 

 ただし、目が覚めなかった場合は別である。気絶にとどめるが、すぐに目が覚めるレベルにまで手加減するとは言わない。次があると知れば、人は本気を出さないもの。背水の陣とやらは、案外馬鹿にできない。それは対策する必要があった。

 

 そして、そろそろだろう。次にハンデの話が出てくる。これは、このための前振りに違いない。

 

 

「分かった。ありがとう」

 

「……」

 

 

 動揺を悟られないように、カヤツリは無言で通した。ハンデの話が出てこない。まさか、本当にこの戦力で勝てると思っている? それか、隠し玉がある? そのどちらも、カヤツリには思い浮かばない。

 

 

「じゃあ、始める。これが落ちたら始まりだ」

 

 

 硬貨を取り出して、弾く間にもカヤツリは脳内で考えを巡らせる。けれど、幾ら考えても分からない。想像するに、残り一枠の出撃枠。それが鍵なのだろうが……

 

 ゲヘナ組は攻撃が効かないから呼ぶだけ無駄だ。ミレニアムも虎の子の戦力は出さないし、まさかこの状況下ではミサイルも撃てないだろう。アインたちも、神秘がない以上は絶対に思い出せないはず。他の学園が戦力を送る可能性も無い。そもそも距離から考えれば時間との辻褄が合わない。

 

 陣形もホシノを前衛としたいつも通りのもの。作戦の意図すら読めない。

 

 

「チッ……!」

 

 

 硬貨の落ちる音。すなわち始まりの音。それが聞こえると同時に、カヤツリは先生をまた打ち上げようとする。

 

 けれど、失敗した。

 

 シロコだ。シロコが先生を抱えて、攻撃範囲から一息で飛び退っていた。

 

 

 ──速い!

 

 

 ホシノ以上の瞬発力に目を見張る。知ってはいたが、予想を上回っている。先生の指揮の影響だろうか。動きに無駄がなかった。

 

 だが、それだけだ。先生の行動を封じることはできなかった。けれども、先生の勝ちの目は最初から一つしかない。カヤツリの死角を通るように、ホシノが距離を詰めてきていた。

 

 カヤツリに有効打を与えられるのはホシノだけ。であるならば、ホシノの動きから目を離さなければいい。今の接近は、暴風のクールタイムで可能になったに過ぎないのだから。

 

 

「うあっ!?」

 

 

 ショットガンの有効射程距離。そこへ足を踏み入れる直前のホシノを吹き飛ばす。元の位置とは少し手前に着地して、再度の接近を試みるようだ。

 

 だが、甘い。少しづつ進んではいる。確かに、この状況を繰り返せば、カヤツリに近づくことはできるだろう。いつかは有効射程距離に入れるかもしれない。

 

 でもそれは、カヤツリがこの場から動かない場合の話だ。幾ら速度がホシノより出ないとはいえ、動けないわけではない。このままカヤツリは引き撃ちするだけでいい。ホシノとて、永遠に同じパフォーマンスを維持できるわけではない。

 

 

「うっとおしい」

 

 

 勿論、ノノミやセリカからの銃撃はカヤツリに降り注いでいる。けれど、我慢できる範囲に過ぎない。このまま、戦局を固定化するだけで、カヤツリに勝ちは転がり込んでくる。

 

 

 ──だが、念には念をだ。

 

 

 雷槍を展開し、ホシノへ投擲する。投擲された槍は拡散し、ホシノへと殺到する。盾を展開して防ぎきるも、相応にスタミナは削れ、距離は離されていく。雷と嵐の同時展開は出力が些か落ちるけれど、結果は変わらない。風力が落ちた分前ヘ進めても、雷槍がそれを穴埋めする。躱せばいいと思うだろうが、そのための散弾仕様。ある程度の威力を犠牲に、命中することに重きを置いた。

 

 アヤネのドローンが吹き飛ばされたホシノへ支援をするも、結果は変わらない。カヤツリの勝ちは揺るがない。そのはずなのに。

 

 

 ──おかしい。

 

 

 この応酬が数分。いや数十分だろうか。ホシノが追い、カヤツリが逃げ、後輩たちはカヤツリへの無駄な妨害とホシノへの支援。終わらない先生の指示。退屈なまでに同じ場面が繰り返されている。

 

 流石のカヤツリも、異常を感じ始めていた。どうして、こんな無駄なことをするのか。その理由が思い浮かばない。今まで数多の強敵を屠って来た先生だ。生徒の力ありきとはいえ、その戦術眼は本物のはず。だから、この無駄な応酬にも、何らかの意味があるはずなのだ。

 

 何回も何回も、同じことを続ける理由。まるで、漢字の書き取りか何かの反復練習……

 

 

 ──反復練習?

 

 

 カヤツリの背中がゾッと冷たくなる。肝心なことを、一番肝心なことを忘れていたからだ。どうして、ここまで完全にメタを貼ったのか。どうして、ここまで思考の型にはめようとしたのか。その理由を。

 

 

「もう、分かった」

 

 

 軽い拍子で、ホシノが雷槍を弾いた。暴風すらも、続けざまに軽い拍子で弾いて逸らしていく。

 

 

「……!?」

 

 

 カヤツリは己の失策を悟る。ホシノの本当の恐ろしさをずっと忘れていたのだ。昔は知っていたはずの恐ろしさが、すっかり頭から抜け落ちていた。

 

 キヴォトスで強者になるための条件は簡単だ。三つの条件の内、二つを満たせばいい。その三つとは、攻撃力、機動力、耐久力。そのうち二つが他の人間よりずば抜けて、残り一つも平均以上であること。

 

 所謂、スペックが第一ということだ。例えば、ヒナであれば耐久力と攻撃力がずば抜けて、機動力を飛行で補っている。ミレニアムのダブルオーは機動力と耐久力が高く、攻撃力も他より落ちるが上澄み。トリニティの最終兵器は異常なまでの耐久力と攻撃力。それぞれの配分は違うが、凡そ当てはまると思っている。他に性格や戦術眼、メンタル諸々が関係するが、ここでは割愛する。

 

 それでは、ホシノはどうだろうか。攻撃力は申し分ない。機動力も同上。耐久力も盾で上乗せしている。三つすべてが高水準という欲張りセット。

 

 けれど、カヤツリから見たホシノの恐ろしいところはそのスペックではなかった。適応力、対応力とでもいうべきもの。

 

 幾らスペックが高くとも、相性というものがある。ヒナであれば開けた場所での高機動相手は苦手だろう。それと接近戦もそうだ。他の二人も苦手分野はあるだろう。

 

 ホシノは、目だった穴がない。だから相手に合わせて戦法をがらりと変えられる。そうでなければ、アビドスで戦ってこれなかった。唯一の弱点は超長遠距離戦と搦手に弱いことであるが、ここにいる時点でもう遅い。

 

 だから、ホシノの独壇場にしないために、殴り合いの場は避けていた。思い悩むように、ホシノ相手にはまともに対応しなかったのに。

 

 なんて間抜けだろう。作戦が上手くいっていることに安堵して、ホシノの状態を見逃していた。ホシノの目には諦めも、焦燥感も、何もない。あるのは決意だけだ。そんなホシノに、カヤツリがご丁寧にも、暴風と雷槍の攻撃パータンと弾速を読ませて、弾きの練習をさせてしまっていた。

 

 

「でも、まだだ」

 

 

 弾けたから、逸らせたからなんだと言うのか。最速のパターンを読まれただけで、幾らでも応用は可能だった。すさまじい勢いで接近してくるホシノに向かって、最短での暴風を放つ。案の定弾かれる。続けて雷槍を投擲。これもまた弾かれる。さっきまでなら、ここで打ち止めだ。投擲の体勢上、腕を振りかぶらなければ投げられず、再び体勢を戻さなければ投げられない。

 

 だから、雷槍投擲のクールタイムは、崩れた体勢を引き戻す時間になる。でも、雷槍自体のクールタイムはもっと短い。ノーモーションで放つことも可能だが、それでは収束が足りない。ホシノ相手ではかすり傷程度にしかならないだろう。丁度いい威力調整には、一度手で持つことでの収束が必須だった。

 

 なら、そうすればいい。一度手に雷槍を展開すればいい。投げられる体勢ではないが、落とすことはできる。そして、槍は投げるだけが能ではない。

 

 落とした雷槍が地面と反応して跳ねる。カヤツリの想定通りの高さで跳ねる。

 

 そこへ、投げ終わりの体勢のまま一回転したカヤツリの踵を直撃させる。

 

 

「ぐうっ!?」

 

 

 ある意味でディレイがかかった雷槍を、ホシノはマトモに食らった。呻きを上げて吹き飛んでいく。

 

 言った通り、槍は投げるだけが能でない。投げられないなら、蹴り飛ばせばいい。タイミングを読んでくるなら、それを逆手に取れば良い。

 

 対策委員会の動揺の声が聞こえて、カヤツリは気を引き締める。

 

 これが狙いで、状況は振り出しへ。カヤツリ優位に戻ったが、タイミングを掴まれた事実は変わらない。

 

 

「面倒な事を……」

 

 

 周囲にスモークが焚かれた。カヤツリを囲むよう、それもそれぞれ微妙な距離に。そこからホシノの気配がする。

 

 このままでいれば、ホシノは距離を詰めてくる。雷槍は発光しているせいで、スモーク内からでも弾けるだろう。カヤツリからすれば、ホシノがいつ飛び出してくるのか分からない。

 

 暴風で吹き飛ばすべきだ。だが、暴風の効果範囲を知られるのは微妙だ。避けなくてもいい距離から詰められる可能性もある。

 

 

「チッ……」

 

 

 主導権を握られている。ホシノの行動への対処を迫られるのはよろしくない。悩む間にも時間は過ぎる。

 

 であるから、周囲に雷撃を呼ぶ。上空からの広範囲攻撃。別の手札を切って誤魔化す。

 

 ジャキリと、ホシノの銃の音がする。それも、すぐ近くから。

 

 雷撃を躱して、スモークからホシノが飛び出してきている。

 

 でも、想定内だ。経路を絞るように落雷を落とした。絶対にこのルートを通れるように。

 

 ホシノのXYZ軸、周囲360°、その全てに遅延待機させた雷槍が展開される。躱す暇など与えない。

 

 

「何?」

 

 

 それなのに、盾すら構えずに、ホシノは銃を向ける。まさかの相打ち狙いだ。

 

 まさか、忘れているのだろうか。とっくに暴風のクールタイムは終わっている事を。ここから撃ち放った所で暴風の壁が攻撃を阻む。

 

 でも、ホシノは真っ直ぐカヤツリを見ている。退く様子は微塵もない。最後はまさかの特攻かと、カヤツリは無感動に雷槍を発射する。

 

 

「うああああッ!」

 

「ガァッ!?」

 

 

 ホシノが雷槍に貫かれて悲鳴をあげる。そして、何故かカヤツリの口からも。

 

 ホシノの銃撃が、カヤツリに直撃したからだ。凄まじいまでの激痛が、長く悲鳴を上げさせない。

 

 

「う、何で……」

 

 

 暴風が起こらなかった。今までは自在に操れた筈の暴風が、ホシノの攻撃に対しては無力だった。

 

 ホシノの攻撃に貫通効果はない。そもそも、風が起こらなかった。そんな事はあり得ない。誰も、カヤツリの能力には干渉出来ない。それは、テラノやシロコ・テラーですら不可能だ。

 

 能力無効の方法があるとしても、雷槍が出ている以上、それはない。自分で振るおうとした拳を、触れもせず、振るう前に他人は止められない。自分で振るうのを止めるしか方法は無い。

 

 

「自分……? おい、まさか、巫山戯んなよ……!」

 

 

 お互いに痛みに呻きながらも、カヤツリは怒鳴った。

 

 

「どれだけ、ケツに敷かれてるんだお前は!?」

 

 

 他人には止められない。でも、自分なら止められる。そして、ここにはカヤツリと同存在がいる。

 

 

 ──アレが六人目だ。

 

 

 別世界のカヤツリならぬテラツリは、起きれない。同存在のカヤツリが居るからだ。方舟襲来時の状況なら兎も角、このオンボスでは存在を食い合う羽目になる。だから、起きれないはずだった。

 

 でも、それはテラノの中に居なかった場合の話だ。あの暴風を展開する一瞬、その瞬間だけ表に出てきて、暴風の制御権だけ奪い取った。全く油断していたカヤツリに抵抗する術はなく、モロにホシノの攻撃を食らう羽目になった。

 

 

「クソ、まだ、まだだ……」

 

 

 後輩たちの攻撃が再開されるも、甚大なダメージを食らったこの身体では、さっきまでのようには無視できない。それなりのダメージを負いながら、同じように満身創痍のホシノと向かい合う。

 

 

「ッ!」

 

 

 お互いに言葉はいらない。ホシノはショットガンとハンドガン。カヤツリは雷槍を展開する。

 

 もう互いに余裕はない。お互い食らえばそれで終わり。その勝負は、カヤツリに分があった。

 

 接近戦は、カヤツリに分がある。ショットガンの銃身の内側にさえ入り込んでしまえば、気を付けるべきは、ハンドガンと足位。雷槍の長さが任意なのも、それに拍車をかけた。

 

 左のハンドガンが火を吹くも、右手で本体を逸らしていく。服に命中するも、そんなものはどうでもよかった。ホシノの左腕が外へ開いた影響で、半身ががら空きだ。これで、左の雷槍をホシノの左半身へ叩き込めば勝ち。ホシノの右のショットガンは、銃身が長すぎて内にいるカヤツリは撃てない。

 

 

「あ……?」

 

 

 振り下ろす雷槍の軌道上に、何かが落ちてくる。何かが幾つも繋がったもの。それは古びた鯨のキーホルダー。

 

 

 ──どうする?

 

 

 カヤツリは迷った。このまま槍を振り下ろすか、軌道を変えるか。そう、迷ってしまった。

 

 そして、その迷いは、ホシノ相手には致命傷で。一発の銃撃が、カヤツリを撃ち抜いて吹き飛ばしていった。

 

 

 □

 

 

 ──バカだ。本当に。

 

 

 地面に叩きつけられたカヤツリは、そう自嘲するしかなかった。まさか、あんなことで。あんなもので迷うなんて。

 

 実際に買ってもらったモノではない。後から慰めに自分で買った物。それを惜しんで、カヤツリは負けたのだ。

 

 それなのに。何故だろう。何処か満足している自分も居た。やれることは全部やった、そして失敗した。望んだことでは無い。悔しくて、泣き出してしまうと思っていたのに。

 

 

「私の勝ちだよ。カヤツリ」

 

 

 青一色の視界の外から、ホシノの声がした。声はくぐもっていて、視界にホシノの姿が映らない。首を上げれば、少し離れた所でホシノがうつ伏せに倒れていた。

 

 

「……何がだよ。痛み分けじゃないか」

 

「でも、塔が崩れてるよ」

 

 

 そんなものは地面からの振動で分かっている。さっきまでカヤツリを包んでいた力は霧散していた。もう風も雷も出せはしない。

 

 

「ああ、そっちの勝ちだ。話がしたいんだろう?」

 

「私が居ない時に話してた。思うところって何?」

 

 

 しっかりと盗み聞きしていたらしい。何だか、晴れ晴れとした気分で。今なら何でも答えられそうだった。

 

 

「……決めつけるなと言った。勝手に想像して決めつけるなって」

 

 

 対策委員会と先生に言った。怒りの言葉。それをやられて、とても嫌だった。我慢できるだろうと、それを強制されることは。

 

 

「でも、そうするしかなかったんだろ。俺は、何も答えなかったし、何も言わなかった。そんな雰囲気を出していたし、寧ろそういう風に振舞った」

 

 

 バカげた話だ。そうされるのが嫌だったくせに、そうせざるを得ないように行動していた。それでも、聞いてくれることを期待した。かつてのユメの様に。そして、そんなことは無いとも分かっていた。

 

 

「俺は、決めつけたんだよ。ホシノたちにやる気が無くて、ちゃらんぽらんだったと、そんなレッテルを貼った」

 

「それは……」

 

「知らなかったんだろう? そんな余裕もなかった。借金で頭が一杯だったのは仕方が無い事だよ。青春を楽しむのは悪い事じゃない。そっちの事情を汲むべきで、いきなり正論で殴りつけるべきじゃなかった。本当に救いたいなら、二年の時に、戻ればよかったんだよ」

 

 

 そうして、この体たらくであれば。怒る権利はあった。けれど、何も知らず、伝手もなく、そんな余裕もなかった相手に八つ当たりするのは違う。先生に聞けばいいと言うが、先生は先生でしかない。潰れかけた学校の立て直し方なんか知らないだろう。

 

 カヤツリは、最善を押し付けた。相手の事情など考慮せず、こうあるべきだと、こうするべきだと、そうしなければ異常だと。

 

 

「俺は、八つ当たりがしたかったんだ。撤回させたかった。謝らせたかった。多分、最初はそれだったんだよ」

 

「それは、私が追いだしたこと……?」

 

「そうだよ。アレは、俺の所為じゃない。ホシノの所為でもない。なのに、何で全部俺の所為にされなきゃならないんだ?」

 

 

 カヤツリの声に怒りが混じる。嫌なことを思い出した。

 

 

「俺は苦しんでほしかった。悔やんで、後悔してほしかった。それなのになんだよ。お嬢を仲間に入れて、楽しそうに。俺への当てつけか何かか? 本当に腹が立つ」

 

 

 そこで、怒鳴り込めばよかったモノを。カヤツリはそうできなかった。プライドが邪魔をした。その結果、出力された行動指針は、あまりにも救えないモノだった。

 

 

「恨んだ。何もかもを俺の所為にしたホシノを恨んだ。俺のしたことを何も理解しないで、必要性を理解しないで、癇癪で追いだしたホシノを恨んだ。だから、復讐することにしたんだ」

 

「……それは?」

 

「ホシノが出来なかったことを、全部やること。そうして、あの時の行動は間違いでしたって認めさせること。ああ、クソ。まるでガキじゃないか……」

 

 

 決してそれだけではなかった。けれど余りにもみみっちい。情けなさで涙が出そうなほどだ。だから、こんな風に行動が脈絡の無い物になる。

 

 

「俺は感情だけでも恨み切れなかった。八つ当たりだって分かってるからな。その理由付けの為に、レッテルを貼ったのさ。やるべきことをしないで、遊び惚けているって。そうであるなら、正論で殴ってもいいから。あの時に、俺を追いだしたことを後悔させられる。それで、ホシノの目の前で、俺の代替物たちの目の前で、お前たちはこんなもんなんだよって、笑ってやれる」

 

 

 必要以上に煽り過ぎだし、ホシノへの八つ当たりの為に、要らない行動をした。そのせいで、ミサイルが飛んでくる始末だ。肝心の行動指針も、ユメの願いとホシノへの復讐、ネフティス中学への義理と、同時並行で行うものが多すぎる。その癖、理由が無ければ行動できないから、最後には、理由が交じり合って、自分が何をやりたいのか滅茶苦茶になっていた。

 

 やりたいことは、やりたかった事は。ユメが死に、ホシノに拒絶された今は、もう叶わないから。

 

 だから、理由を求めた。もう自分で何をしたいのか分からないから。感情のままに行動できないカヤツリは、そうするしかなかった。誰かの理由にしがみつき、夢の残骸を追う事しかできなかった。

 

 

「でも、もういいんだ」

 

「どうして……?」

 

 

 居心地の悪そうな、どこか怯えるような。そんなホシノの声がする。どうせ碌でもない勘違いをしているのだろう。

 

 

「俺はあのキーホルダーを斬れなかった。なら、それが大事なんだろう。方法とか、手段とか、時間とか、そんなものは脇に置いて。あの時に思い描いたアビドスを取り戻せればいいんだ」

 

 

 まだ三人だけだった時、朧げに思い浮かべていたアビドス。カヤツリが、居たいと思うような場所。カヤツリ自身の居場所を作りたかった。そして、オンボスはそうではない。残業三昧の日々など、真っ平ごめんだ。

 

 そして、やれることをやった今、オンボスは崩壊している。失敗は失敗だが、それはカヤツリ自身が失敗したせいだ。やるべきことを、踏むべき手順を踏まなかったせいで、こうなった。なら、後悔はない。これが、カヤツリの選択の結果。無謀な計画の妥当な末路だ。

 

 

「あのさ、カヤツリ……」

 

「なんだよ……」

 

 

 ホシノの声が聞こえてくる。もう声色とこの状況から、言いたいことはハッキリしていた。

 

 

「ごめん。あの時、勝手な言いがかりをつけて、追い出して……本当に、ごめんなさい」

 

「ああ、いいよ。俺も、嫌なことをした。後で議事録とか見て、ボロクソにこき下ろしてやる。それでもう、いい……」

 

「ありがとう……」

 

 

 想定通りのやり取りの後、沈黙が流れた。後輩たちと先生、異世界組は空気を読んで近寄ってこないのか、ずっと沈黙が続く。

 

 

「あのさ……」

 

「何……」

 

 

 おずおずと、ホシノが口を開いた。肝心の内容はもごもごとしていて聞こえなかった。耳を澄ましても良く聞こえない。

 

 

「……んだよ。手伝えとか、そういう事だろう」

 

 

 ホシノの要求など、少し前に聞いた。アレで怒りのボルテージが上がったので、よく覚えている。あの時の様に、高らかに宣言すればいいものを、何を今さら恥ずかしがっているのか。最初に言った時の方が、よっぽど恥ずかしい。

 

 

「何で言っちゃうの……!?」

 

「ハハハハ……痛い……」

 

 

 ショックを受けたようなホシノの声に、カヤツリは笑う。傷に響いてとてつもなく痛いが、止められない。

 

 そして、いきなり景色が切り替わった。いきなり身体を掴みあげられて空中に放り出される。視界の中で青と砂色がグルグル回って、気づけば見覚えしかない三人がカヤツリを覗き込んでいた。

 

 

「随分と楽しそうじゃないですか?」

 

「私たちを放っておいて、楽しそうだね?」

 

「どうしてこんなことしたんですか?」

 

 

 オウル、ソフ、アイン。何故かミレニアムに居るはずの、三人がカヤツリを覗き込んでいた。三人が三人とも、不満と怒りが滲んだ笑顔で、カヤツリを見下ろしている。

 

 

「……その頭、どうした」

 

「ビナちゃんのお陰ですよ。私たちが誰で、どんな存在なのか。毎日聞いてくれましたからね」

 

 

 三人の頭には、薄い何かの気配がある。それのお陰で、思い出せたに違いなかった。そのままレールガンに乗って、ここまで飛んできたのだろう。そして、倒れているカヤツリを攫ってここに居る。

 

 

「……いや、コイツにそこまでの航続距離はないはず……なんだかデカくなってるし」

 

「親切な白いお姉さんが、ここまで飛んできてくれたんです。それと私が少し弄りました」

 

 

 如何やら、三人は三人なりに、様々なことがあったらしかった。それを話す前に、三人ともう一機はカヤツリに言いたいことが、それこそ山の様にあるらしい。

 

 そして、カヤツリの予想通りに、受けるべき当然の文句が、カヤツリを襲った。

 

 

「……なんでミレニアムに置いて行ったんですか? 私たちが邪魔でしたか?」

 

「いや、巻き込めないと思っていた」

 

「バカなんじゃないですか? 脳みそが詰まっていないんでしょう!? まさか、私たちが気づいていないとでも思っていたんですか!? 知ってましたよ! あなたが皆が言う様な、褒められた理由で動いてないことくらい!」

 

 

 オウルが、見てわかるくらいに怒っていた。口角泡を飛ばす勢いで、カヤツリの襟首を掴んでガタガタ揺らす。

 

 

「あれですか。自分がやってることが疚しいから、無理やりに言う事を聞かせていたとでも思っていたんですか!? だから、何にも言わないで、ミレニアムに置いて行ったと!? ふざけているんですか!?」

 

 

 普段は止めるはずのソフも、困ったようにアワアワするアインも、何も言わない。オウルと同じ意見なのは明白で、カヤツリを非難がましい目で睨んでいる。

 

 

「そんなの別に良いじゃないですか! 好きなようにやればいいんです! でもいいですか!? 私たちの意見を勝手に決めて、押し付けないで下さい! 私たちは、そんな事を望んじゃいません! 巻き込むなら、最後まで巻き込んでください! 私たちは、最初から自分で決めて、ここにいるんです! これからゆっくりじっくり、それを理解してもらいますからね!」

 

「ああ、そうだな。悪かったよ」

 

 

 心の底から謝ったが、オウルは更に怒ったようだった。

 

 

「何笑ってるんですか!? 私たちは、本当に怒ってるんですからね!?」

 

 

 別に可笑しいわけでは無い。ただただ、嬉しかったのだ。如何にも八つ当たりの、ガキ臭く、異様な時間を掛けた今回の件。それを肯定されたのが嬉しかった。

 

 それは褒められたものではない。間違っている。でも、それで良いと、肯定された。ただそれだけのことが、何よりも、カヤツリは嬉しかったのだ。

 

 砂煙が舞う青い空の下で、久しぶりにカヤツリは大声で笑った。

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