ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「うん。まぁ、上手く収まったかな……」
この事態の一旦の収束。これは少なくとも、セトの納得に与うものだった。百点満点とはいかないが、あの状況から赤点は回避している事は褒めるべきだろう。
けれども、その多少の満足をぶち壊す一言が放たれて、セトの眉間に皺が寄る。
「もっと何とかならなかったんですか?」
勿論、此方側のホルスの台詞になる。ネフティスの方は真逆の態度だというのに、慎みというものを知らないのだろうか。
「何が不満? まさか、カヤツリにあれ以上の対応を求めてるの?」
「そこまでは言いませんよ。ただ彼も、もう少しだけ我儘を言っても良かったのではないのか。そう思っただけです。……何ですか、その目は」
どうして小鳥遊ホシノを大事にしないんですかとか、どうしてあんな対応するんですかとか。さっきまでの乱闘で耳にタコができるほど聞いた、全くカヤツリを慮らない言葉が出てくると思っていたセトとしては、こんな目を向けたくもなる。
まさか、カヤツリを心配する言葉が飛び出すとは想像だにしなかった。
「……もっと我儘を言ってもいいって?」
「そう思わないんですか? 今までと比べて、得たものが少なすぎます。マイナスをゼロへ戻しただけじゃないですか。あの不届き者はどうしたんですか」
結局はそこらしい。セトはとりあえずの確認としての質問を投げた。
「……あれかな。もっとゲヘナと連邦生徒会は報いを受けるべきだと。なぁなぁで、お咎めなしみたいな状況が気に入らない?」
「あなたは、そう思わないんですか!?」
「まぁ、思うけど。仕方ない」
言いたいことは分からないでもない。今までのホルスの発言を思えば、まだ真っ当な言い分だとすら思える。けれど、そう世界は上手く回るものではない。セトは、それをよく知っているし、むしろ悪用した側ですらある。
「……そういえば、君はハッピーエンド主義だったか。物語の正義の主人公サマだもんね。そりゃあ、気にいらないでしょう」
ホルスは言い分は別として、物事の道理に対する感性は善側。かなり真っ当なことを言う。だからこそ、悪行を働いた人間がお咎めなしに開放されているのが許せない。
確かに、先生の言うように補填と賠償はさせるだろう。だがそれだけでしかない。行ったものに対して釣り合っているかと言われれば、微妙だという感想が出る。
何故なら、マイナスをゼロに戻したに過ぎないからだ。やった被害への補填は出来たが、その悪意に対しての補填は出来ていない。セトですら、そう思うのだから、ホルスが不満に思うのも無理はない。
ホルスはホルスで、セトを睨んでいる。味方をしてくれると思っていたのかもしれない。それどころか、嫌みを言われてお冠だ。
「あなたが、それを言いますか?」
「言うよ? 少なくとも、君よりかは道理を分かっているからね。君は手に入れた側だし、これは君の管轄じゃないもの」
「道理? これが、道理が通っていると言うんですか?」
「ある意味ではね」
キヴォトスは子供の楽園ではあるが、全てが上手くいくようには出来ていない。でなければ、先生がここまで疲弊しはしないだろう。けれど、道理は一部通っている。
「幸せって言うのはね。薬と同じ。作用に対しての反作用ってものがあるの。誰かの幸せは、誰かの不幸せ。誰かが利益を享受すればするほど、誰かが搾取されている。物事が動くのには必ず何かの動きがあって、虚空から幸せという結果が生み出されるわけじゃない。幸せとは欲望が満たされた状態の事だから」
今回の事をホルスはあげつらうが、今回だけが特別なわけではない。今までもこれからも、誰かが損をして、誰かが得をしていく。
「欲望には種類があるけど、多くの物は、今持っていない物を手に入れること。それが物であれ、人であれ、立場であれね。そして、満たし方にもいろいろある」
それは大別して二つ。セトは指を二本立てた。
「まずは他者からリソースを奪うこと。お手軽に幸せになるならこれが一番。だけど、それはあまりにも社会的には害悪。だから、道理ってやつで封じてる。そんなことをすれば、酷い目にあうぞってね。破ったら、その道理を叩きつけて全てを奪わなきゃならない」
そうしなければ社会は崩壊する。その方法は社会を殺す毒でしかない。その方法は奪うだけで、何も生み出しはしない。全員が簒奪者になれば、最後は奪うものがなくなるのだから。
「私たちの世界も、ゲヘナもミレニアムもトリニティも、今回のネフティスも同じ。損をする相手が変わっただけ。それが心が痛まない奴らだったから、ハッピーエンドだって喜べただけ」
黒服やベアトリーチェ、地下生活者。カイザー理事、プレジデントやジェネラル。彼らは、幸せになろうと、欲望を満たそうとした。自らが望む結果を引き寄せようと、他者の利益を侵害した。ゼロからプラスへ行こうとして、他人からプラスを徴収した。そして、当然の反撃を食らった。人はマイナスを嫌うものだ。それが人によってなら猶更で、一層プラスへ戻りたがる。だから、そうしてきた相手に反撃をする。反撃して報いを受けさせる。満たされようとして、互いにリソースを食い合っていく。
「もう一つは自分で生み出すこと。他者から奪わず、利益を提示し協力してもらうこと。手間はかかるけど、これが一番いい方法。全体の幸せのリソースが増えるからね」
難点としては時間が掛かり、求めたものが必ず手に入るわけではないという点。そして、無理なものは無理という点だ。
「最後に、もう一つ」
「待ってください。三つ目ですよ。その指は何なんですか!」
一々、面倒なことにだけ目をつける。人の話は最後まで聞くべきだろうに。これは三つ目の方法ではないから、数えなかっただけだ。
「これは、裏技。さっき言った二つの手段。それをうまい具合に両方使うの。私が昔やったんだろうハイブリット方式。協力すべき相手とは協力して、奪うべき相手からは奪う」
かつて、セトがやった事だ。邪魔者を排除して、その席を奪い取った。本来なら報復されてしかるべきではあるが、ある程度までは、セトは逃げ切ることが出来た。それは何故か。
「私は選んだの。そっちが良く知っている様に、奪う相手を選んだ。まだ小さく、若く、弱くて、誰かが味方をしても、そいつに十分なリターンを与えられないだろう弱い相手から奪った。そして、障害になるだろう相手には何もしなかった。邪魔をすれば不利益を与えるというカードを切った。無干渉で居てくれれば、そっちの邪魔はしませんよってね」
人は奪われると知れば、死ぬ気で食らいついて離さない。が、奪われる前は違う。そのための条件を提示し、それに従えば奪われないのであれば。そのように立ちまわってくれる。それをセトは知っているし、カヤツリも知っていただろう。
「そして今回、カヤツリはミスを犯した。犯さざるを得なかったと言うべきかな。時間は無い。幸せになる方法を、自分が何を求めているのかを自覚していなかった。だから、相手と対応を間違えたの」
「羽沼マコトですか?」
「それもそうだし、全員に言える。ネフティスのカヤツリはね。人物評を誤認したの。実際に会わずに、事実だけで評価した人数が多すぎた。羽沼マコトに不知火カヤ。それと対策委員会」
対策委員会は、ホシノとノノミへの蟠りの影響で避けていて。ゲヘナ組とも関係を切ったせいで羽沼マコトは伝手がない。先生は個人的なやっかみで話もしない。
それがカヤツリのミス。人物評を曖昧に、計画に組み込んだ。そして、見誤った。
その証拠に、実際に話して接した相手は協力してくれている。アビドス中学の卒業生にネフティス会長夫妻、アイン、ソフ、オウル、黒服に、向こうの世界のセト自身も。
「カヤツリはラインを見誤った。その人間がどこまで許せて許せないのか。何を大事にしているのか。それを間違えてしまった」
それの良い例が羽沼マコトだ。マコトの情報をカヤツリは集めただろう。それで、こう思ったに違いない。
──ゲヘナ第一主義の人間。
ある意味で、それは間違っていない。調印式にミサイルを撃ち込んだのも、ゲヘナ視点での調印式までのトリニティの対応は、あまりにもなめ腐っているから。風紀委員会に当たりがきついのも、場当たり的対応しかしなくて、万魔殿の仕事を増やすから。そう考えられる。だから、マコト自身のプライドの高さと、愚かさを見落とした。
あの人間は、ゲヘナ第一主義ではある。その前に、自分が思い描くゲヘナ第一主義なだけだ。だから、自分が優先されないと臍を曲げるし、自分に対する舐めた真似は許さない。そして、そのためなら何でもでき、後の事など考えない。
それを、ゲヘナルートとこの世界のカヤツリは、実際に相対して話したことで看破している。だから、それなりに優先して対応しているし、そうできた。ネフティスのカヤツリはそうできず、不知火カヤとの結託を許してしまった。
不知火カヤも、羽沼マコトと結託できなければ、涙を呑んで見過ごしたはずだった。もしも、それを理解していたなら、ヒナとマトを飛び越して交渉して、あの事態は起こらなかっただろう。
「強いて今回の問題点を挙げるのなら、誰もちゃんと話をしようとしなかったこと。話をするのに障壁が多すぎて、勝手な予測をして、理想像を押し付けたことかな。全員が全員、自分が思う幸せを求め、押し付けてしまった」
誰もが話をしているようで、誰とも話をしていない。だから、話が噛み合わず、他者の地雷を踏み続ける。それを、セトは責めることはできない。あくまで外野でしかないからだ。
「結局は、誰かが不幸を被る。ハッピーエンドかそうでないかなんて、その比率が多いか少ないかだけ。だから、全員が幸せになる方法は全員が少しづつ不幸を飲み込むことになる」
「それが、今だと?」
「そうでしょ? 全員が全員、どこか不満を残してる。それを解消したいなら、誰かにそれを押し付けなきゃいけなくなる。この事件の不幸なところは、全部を遠慮なく押し付けていい相手がいないことだね」
地下生活者やベアトリーチェのような、幾ら殴っても心が痛まない悪役が居ないからこその残尿感。別に徹底的に叩き潰さなくても、痛み分けでうっ憤を晴らせる立ち回りもあるが、羽沼マコト相手では向こうの力量が低過ぎる。黒服のような立ち回りなど望むべくもない。
「……ムカつきますね」
「うん。だから、カヤツリが今。こうしてるわけでしょ?」
テレビ画面の時が進み、見知らぬ場所が映る。そこでは、カヤツリが満面の笑みを浮かべている。対する羽沼マコトは苦虫を噛み潰した表情だ。
「何してるんです?」
「あー……不正蓄財からの私財没収のコンボ?」
今月の賠償金は払ったと羽沼マコトが怒鳴っているが、カヤツリはどこ吹く風だ。隠し財産であろう包みを部屋から探し出して積み上げていく。後ろの方ではヒナとマトが、疲れた目をしてマコトを監視していた。
「賠償金は分割。そうでもしないと払えないでしょうし。それで、羽沼マコトを名誉議長へと就任。万魔殿名誉議長としての報酬は全カット。全てを賠償金へと充てること……なるほど。上手いこと考える。万魔殿をクビにしたら、無敵の人と化すから」
そうなれば、何をしでかすかわかったものではない。居場所も動きもつかめなくなる。マコトに対しては一番の悪手だ。だから、カヤツリは与えてやったのだろう。欲しがっていた名誉な職を。
そして、その名誉職は、本当に名誉職なのだろう。何の実権も無い名前だけの職だ。そして、その報酬は高めに設定してあるに違いなかった。その就任書類。きっと名誉議長がどんなものかも書いていない書類を契約書として、そうは分からないマコトに書かせたのだ。
きっと、マコトは隅々まで確認したに違いない。でも、それには何の意味も無いのだ。本当の事しか、耳障りの良いことしか書いていないから。
本命の書類は別にある。名誉議長の報酬がどうなるか、それが何に当てられるかを描いた書類にサインするのは、別にマコトでなくてもいいのだ。それは、名誉議長相手の契約ではなく、ゲヘナ相手の契約だから。賠償金を払うのは当たり前で、たまたま、そのための財布が名誉議長の物というだけ。
「……ふむ、生活費は支給され、足りない分は申請と。完全に金の流れを握られてる訳ね」
それで今回は、その唯一の突破方法である現金を隠蔽していたのを見つかったらしい。
「……何ですか。あの不敵な笑み。まだ隠してるんじゃないですか?」
「だろうね。カヤツリも分かってる。ワザと見逃してる」
既に結構な金額を没収されているはずだが、マコトはあの時のような醜態を晒してはいない。きっと見つけられないカヤツリを笑っているのだ。幾ら隠し持っているかなど、おおよそ握られているとも知らずに。
「どうして、全部取らないんです?」
「……全部取ったら、何をするか分からないでしょう? 少しでも残っていれば、それから脱却できない。コイツは、凝りもせずまた貯める。そしてカヤツリは、絶対にバレないと思っている隠し場所から零れた物だけを回収し続ける」
さっき話したことと理屈は似ている。人は奪われれば反抗するが、全部かそうでないかで話は変わる。人は新しい事を始めるのは苦手で、現状維持を選びがち。幾ら見つかったとはいえ、絶対に見つからない隠し場所があるという成果がある。だから、また不正蓄財をするという目的を止めることはない。
「……いや、諦めるんじゃ?」
「無理。それは負けを認める事だから。まだカヤツリに謝ってすらいないし、先生と周りに言われて漸く表面上は謝るくらいの負けず嫌い。なのに、諦めるなんて選択は取れない。だって、まだ完全に負けたわけじゃないから」
過去のログを覗いてみれば、そういう風に誘導されている。カヤツリは、羽沼マコトの性格を今度こそ把握したうえで、そうしている。マコトをワザと勝たせ続けて、かつての自分と同じような事をさせている。
「これは復讐。終わりのない無為な苦行を延々とやらせ続ける。諦められないように、餌を与え続けて、その成果を奪い続ける」
「幾らなんでも、途中で気づくでしょう?」
「……まぁ、薄々は気づいてると思う。曲がりなりにも、万魔殿の議長をやれていた人間だからね。だからこそ、止められない」
ここのカヤツリも、中々に性格がイイ。恐らくネフティスのカヤツリは一番、こういった手練手管が上手いだろうから。
「気づいて、止めるとする。でも待っているのはお飾りの日々だけ。かつて居た場所には戻れない現実が待っている。それに、羽沼マコトはきっと耐えられない」
カヤツリに対する反抗を続けている所からもそれが分かる。羽沼マコトは、微かな可能性に縋るしかない。
「もしも反抗が成功すれば、取り戻せるかもしれない。そんなありもしない幻想に縋りつき、無駄な努力を続けさせ、その成果を寸前のところで奪われる。カヤツリと同じ経験をしてもらっている」
それがカヤツリの復讐。そう口にするセトの笑顔に、一歩ホルスは退いていた。特に変な事は言っていないし、慈悲もある。
「先生の目もあるから、きっとちゃんと自分から謝れば許すんじゃない? きっとカヤツリの謝罪判定は厳しいだろうし、コイツがそれが出来るか信じられないけど」
「……おかしくないですか?」
またホルスが難しい顔をしていた。画面のホルスたちも同じ顔だ。
「今の彼の立場は、どうなっているんですか? 賠償金の徴収なんて、それこそ連邦生徒会やシャーレの仕事……」
「服を見れば分かるでしょう」
カヤツリが着ているのは、白い服だ。白に青いラインが入った服。連邦生徒会の制服。セトは、向こうの自分が表示したであろう、画面のログを読む。
「連邦生徒会からの賠償金は膨大な額。分割とはいえ、それなりに痛かった。カヤツリはそこに付け込んだみたい。金の代わりに権利、ポストを要求した。同じことを起こさないために、対策する部署をね」
「ポスト? 役職ですか? ですけど、意味なんかありませんよ。読むに、ただのアビドスからの派遣じゃないですか。表向きには廃校支援。実際にはアビドス学園支援の為の小さな部署。一人では大した影響力なんかありません」
ホルスは首を傾げているが、忘れたのだろうか。ここのカヤツリは、今までの世界線の誰よりも、そういった世界に居たことを。そして、カヤツリは必ず、落とし前はつけさせるタイプだと。
「ネフティスとハイランダー、秘密にしているけどカイザー。それらの伝手がある人間。きっと色々な仕事ができると思わない? 企業間の調停も慣れてる。支援のための部署なら、交通室と財務室には関わるし、きっと助かる。ああ、支援物資を狙う人間相手の措置もいるから、防衛室とも関わる」
「……防衛室。不知火カヤは矯正局行きですが、副室長が仕事をしてるようですが?」
「ソイツ、カヤツリより仕事が出来るの? 不知火カヤよりも出来ないから副室長なんでしょうが。それで、下で働く奴は楽をしたがるからね。月二・三回の列車強奪事件とか、ハイランダーに頭を下げなきゃいけないような事件はカヤツリに投げるでしょ」
そうなったら終わりというか、他の部署は小さな仕事を投げ始めていた。防衛室の人間が投げない理由が無い。しかも本来なら管轄外であるが、あえてカヤツリは受けている姿勢。それを新入り故に知らないと舐めているようだから、恐らくは投げる仕事は増えていく。
「いつか、カヤツリが居ないと回らない所が出てくるかもね。特にトップが変わったところは大変でしょう」
「防衛室を乗っ取ると?」
「まさか、本来の目的は、ある程度要求を通しやすくするためだと思う。そこまでする義理はないし、カヤツリはキヴォトスの治安に興味はない。ああ、でも、不知火カヤは困るんじゃない?」
書類上の籍はあるだろう。能力も変わらないだろう。部署にも机はあるだろう。けれど、部下の心の中に、不知火カヤの居場所はあるだろうか。
「クーデター起こして、暴君気質のクソ上司。それと、担当違いだけど話を聞いて手助けもしてくれる人。どっちを選んで頼る? 誰も上司と認めていない。そんな中でふんぞり返っているほど間抜けなことは無いと思うけど? あまり効かないかもだけど、裸の王様は見てるだけで楽しいから」
「かつて居て、戻るはずの居場所を奪うこと。それが復讐ですか。同じことをやり返したと……うん?」
ホルスが何かに気づいたように、眉をひそめた。セトは嫌な予感がしてくる。
「彼の所属はどうなっているんです? まさか、アビドスから離れて……!」
面倒な事に気づかれてしまったと、内心セトはため息を吐く。折角話を逸らしたのが無駄になってしまった。
「画面見れば分かるでしょ。小鳥遊ホシノが来たじゃない」
向こうのセトも空気を読んだらしい。お目当てだろう場面を切り抜いてきてくれた。
カヤツリとホシノは、お互いに話し合いながら仕事をしている。それはかつての場面を思い出させて、実に良い雰囲気だった。
「おおおおおおお!」
『こういうのでいいんですよ、こういうので』
隣のホルスも、画面のホルスたちも上機嫌だ。ソファに座った、あの四人組を想起させるくらいにはテンションが高い。
「カヤツリは先生に頼んで、学籍を復活させたみたい。それでアビドス籍として出向してる。卒業後の進路として、この部署を何とか確立させようとしてる」
別口のシャーレのようなモノになるのではないかと、セトは想像している。あそこまでの強権は無いが、廃校の危機に瀕する学園に対しての駆け込み寺のようなもの。卒業後も、アビドスに関わり続けられるもう一つの場所。
「小鳥遊ホシノも、卒業後にここで働くんじゃない? だから今仕事をしてるんでしょうよ」
「いいですね! とてもいいです!」
余りに五月蠅いので、セトは上機嫌なホルスに腹が立ってきた。何を安心しているのか分からないし、このルートは一番対抗馬が多いのに。
「十六夜ノノミはどうなったのか気にならないの? ハイランダーや、あのデカグラマトンの三人娘も」
「あ……」
ピシリと、ホルスの動きが止まった。画面のホルスたちも同様だ。とりあえず、セトは現実を叩きつける事とした。
「ネフティスは今回の責任を取って、辞めたみたい。正確には、十六夜ノノミがそう望み、彼女へ譲った」
「……凄い嫌がってたじゃないですか。どういった吹き回しですか」
「オンボスと、これまでの日々に思うところがあったんでしょ。このままじゃいけないとでも思ったんじゃない? 漸く、現実を見始めた」
きっと逃げる事を止めたのだ。自分の出来る事が何かを考えて、頼るべき相手を頼ったのだろう。
「両親と話したんでしょうね。それで、そうした。これまでのカヤツリの業務を引き継ぐことにした。対策委員会と二足の草鞋だけど、そこはカヤツリや小鳥遊ホシノ、両親がフォローするんでしょう」
「安心しました……」
「ハァ!? バカじゃないの?」
とんでもない能天気さに、セトの喉から大声が飛び出した。
「十六夜ノノミは、小鳥遊ホシノと同じようにフォローをお願いするに決まってる。二人きりでとか、両親も協力するのは目に見えてる」
それは当然の選択だ。今までずっと動いていたカヤツリ以外にはできない。彼女の両親も、そういう風に動くだろう。オンボスでの記憶を持っている可能性すらある。
「ハイランダーとの関係も切れない。所属が変わっても、カヤツリは絶対に時間を割く。寧ろ、これまで以上に割くでしょう」
ネフティスに缶詰になっている時よりも時間の余裕はある。移動時間を考えれば、一週間の内、半分は掛けてもおかしくない。
「それに、デカグラマトンの三人娘も、マルクトもいる。カヤツリの事だから、絶対に一度は引き合わせるし、望めば機会も作る。あの三人には一番甘いのが見て分からないの?」
ミレニアムや連邦生徒会にも入り浸る以上、出会いは増えるだろう。それを想像したのかは知らないが、ホルスの顔がドンドン青くなっていく。
「ああ、それと。あの三人娘も優先する以上、あの娘たちに嫌われたらアウトだから。シンパパを攻略する気概で行かないと駄目。それと、このルート。多分、対抗馬が一番多いんじゃない?」
何を絶望しているのか理解が出来ない。全くのゼロから、勝ちの目が出たことを喜ぶべきであるのにだ。ここからカヤツリの人生が始まる。再出発であるのだから、選択肢が多いのは当たり前だろうに。
向こうも現実を思い知らせるためか、ホルスの嫌がる場面を切り抜いて来た。
十六夜家と食事をする場面。スオウと橘姉妹で襲撃犯を鎮圧している場面。三人娘とマルクトとやらと外を歩いている場面。三人娘それぞれが所属する部活に連れていかれている場面。その他諸々、対策委員会と小鳥遊ホシノの場面をわざと省いた、ホルスの脳破壊セットが展開されていく。
「な……んな……そんな……!」
呟きが大きくなっていくのを聞いて、セトは耳を塞ぐ。セトの判断は正しくて、ホルスの叫びが部屋に響いた。