ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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364話 スカウト

 夜も更けてから鳴らされたインターホンに、カヤツリは玄関に目をやった。

 

 一先ず、部屋の時計に目をやれば、草木も眠る丑三つ時である。けれども、扉越しで分かりにくいが、確かに人の気配がする。幽霊とか怪奇現象といった超常現象でない事は確かだった。

 

 小さく口の中で舌打ちを一つ打つ。招かれざる客の対応をせねばならない。

 

 

「……誰だ?」

 

 

 ホシノとの喧嘩の直後であり、この深夜帯。来客候補の殆どは消えている。あり得そうな候補としては、ホシノとオーナーではあるが、まず考えられない。

 

 まずホシノであるが、喧嘩が終わってから半日も経っていない。今頃は怒り疲れて布団の中か、未だに怒っているはず。二度と会いたくないから出てけ。なんて台詞を、軽い気持ちでは使わないだろう。

 

 残るはオーナーだが。ついさっきに会ったばかり。今も机の上に放置してある入学書類を押し付けてきた。何か言い忘れたのだとしても、電話かメールで連絡するだろう。それか、いきなり部屋の中に出現して来ても驚かない。

 

 本当に小さな、僅かな可能性として。後輩たちがあるかもしれない。けれど、この時間帯に出歩いているとは到底思えない。大将は仕込みの関係上、今は眠っているしかありえない。

 

 だから、幾ら頭を捻っても、依然として候補は絞り込めなかった。

 

 

「出るか……」

 

 

 居留守を使おうにも、部屋の電気は煌々と付いている。街灯も少ないアビドスの夜ではとてもよく目立つ。

 

 この状況で居留守は使えず、カヤツリは舌打ちとため息を吐いて、拳銃を片手に立ち上がる。律儀にインターホンを押している以上、押し込み強盗の類ではないけれど、面倒な事態である事には変わりなかった。

 

 

「こんばんは」

 

 

 防御用としては心もとないドアチェーンを掛けたままドアを開けると、聞き覚えの無い女の声が聞こえる。隙間からは白い制服と、青い髪が見えた。内心の動揺を押し殺して、カヤツリは丁寧に言葉を選んだ。

 

 

「こんな夜更けに何の用ですか?」

 

 

 連邦生徒会長。その言葉は言わなかった。招かれざる客だとは覚悟していたが、まさか、こんな爆弾がまろび出てくるとは想像だにしていないし、その爆弾と無意味に喧嘩をする趣味は持ち合わせていない。

 

 

 ──本当に今日は何なんだ……

 

 

 本当に今日はツいていない。ホシノとの喧嘩に始まり、終わりはこれだ。

 

 扉の先に居るのは、超人。連邦生徒会長。まるで意味が分からないが、現実はそうなっている。だから、とりあえずカヤツリはバカなふりをするしかない。連邦生徒会長がここに来た、その理由が分からないから。

 

 相手の出方を伺うカヤツリの内心を見透かした様に、連邦生徒会長は口を開く。

 

 

「分かっているでしょう? 兎馬カヤツリさん」

 

「分かりませんね。私は貴女が誰かも知らないのに。しかも、こんな夜更けにいきなりなんですか。失礼ですよ」

 

 

 連邦生徒会長は微笑んでいる。分かっているでしょう? なんて。脅しの様にしか聞こえない言葉選びなのに敵意というモノが感じられない。

 

 

「分かっているでしょう?」

 

 

 連邦生徒会長は、相も変わらず同じ言葉を吐く。カヤツリに言い聞かせるように。

 

 

「兎馬カヤツリさん。貴方は、私が誰だか分かっていますよね?」

 

「知りませんね」

 

「それでは、何故。私を力づくで排除しないんですか?」

 

 

 ──この野郎……!

 

 

 悪態をカヤツリは飲み込む。この連邦生徒会長。超人と言うだけあって、食えない人間だ。

 

 言っていることは正しい。普通なら、そうされるべきだ。こんな夜更けに人を訪ねて、脅しのような言葉を吐く人間は、排除されてしかるべきではある。

 

 しかし、その手は絶対にカヤツリは取れない。力の多寡の問題ではなく、権力の多寡の問題で。

 

 連邦生徒会長の言うように、彼女を力づくで排除したとしよう。そうすれば、後日どうなるか考えるまでもない。相手は権力者で、表の舞台では全く勝ち目がないことくらい、バカでも想像できる。

 

 まず、ここへはどうやって来たのだろうか、まさか徒歩で来る筈がない。車でも一日かかる上、遭難の危険もある。誰かが一緒に居たはずだ。

 

 そして、最初から丸腰で来ている訳もない。他の人間の姿は見えないが、殺気を感じる。薄くて分かりにくいけれど、拳銃を抜く様な怪しい素振りをすれば、殺気が濃くなる。そこから存在は推し量れた。

 

 恐らく、狙っている。この街灯がない暗闇の中で、それもカヤツリの一挙手一投足を確認しながらだ。一級品の装備と、それにふさわしい腕を持つ人間がそうしている。

 

 さらに言えば、連邦生徒会長に付き従う凄腕の正体など一つしかない。

 

 

 ──SRTの誰かか。

 

 

 それは、Special Response Team(特別対応チーム)の名を冠した、キヴォトスの法執行機関における頂点。

 

 法執行機関には、治安維持業務にあたるヴァルキューレ警察学校がある。しかし、所属が連邦生徒会の防衛室である以上、各学園の自治権によっては、対応できない事件が出てくる。

 

 例えるなら、複数の自治区の境界上や、それらを跨いだ事件はヴァルキューレは介入できない。出来ないわけでは無いが、ほぼ不可能であると、カイザー理事の下で嫌と言うほどに見た。

 

 その対抗策として設立されたのが、SRT特殊学園。連邦生徒会長直属の法執行機関。連邦生徒会長の権限と命令を以って、あらゆる自治区への介入を可能とする暴力装置。

 

 そして、口汚い言い方をするなら、連邦生徒会長の私兵()

 

 つまるところ、カヤツリは詰んでいる。力づくでと言うが、連邦生徒会長は私兵を連れてきていて勝ち目は薄い。よしんば勝ったところで先はない。

 

 それを、目の前の連邦生徒会長は分かっていて、聞いている。食えないと言わずして、何と言えばいいのか。大した面の皮の厚さだと言わざるを得なかった。

 

 

「それで? 何の用ですか? 連邦生徒会長。それとも、超人とでも言えばいいですか?」

 

「うんうん。やっぱり貴方は、いつも話が早くていいですね。私の仕事も、いつもこうならいいんですけど……」

 

 

 さっぱりとカヤツリが諦めれば、連邦生徒会長は上機嫌そうに頷いていた。初対面のはずであるが、妙に馴れ馴れしい。こちらが言った嫌味も理解しているだろうに、全く効いた様子はない。

 

 

「ああ、いけません。用向きを言っていませんでした」

 

「分かっている筈だと。さっき自分でそう言いましたが?」

 

「うーん。それは私がここに来た理由であって、私の用向きとはまた別モノなんです」

 

 

 カヤツリは顔を分かりやすく顰める。連邦生徒会長の相手は、やりにくいの一言に尽きた。さっきから、悉く口撃が透かされている。向こうはカヤツリの事を知っているのに、自分は相手の事を何も知らない。それくらいの情報差で、良い様にやられている。

 

 そんなカヤツリを知ってか知らずか、連邦生徒会長は笑顔のまま手を合わせる。

 

 

「そうですね。私の用向きから言いましょう。私は、貴方をスカウトしに来たんです」

 

「スカウト……」

 

「はい。連邦生徒会へのスカウトです」

 

 

 鸚鵡返しに言った言葉を、相手が更に繰り返す。聞き間違えでもなんでもなく、本気で言っている様子に猜疑心が抑えきれない。

 

 

「……こんな夜更けにですか?」

 

「ええ。このタイミングでないといけないので。それに、貴方にとっても、好都合だと思いますよ?」

 

 

 良い話を持ってきました。と自信満々な雰囲気に、カヤツリの眉間に皺が寄る。

 

 

「好都合?」

 

 

 好都合という言葉が引っかかった。それは、カヤツリの事情を知らなければ出てこない言葉だから。

 

 

「ええ、だって、今の貴方はどこの誰でもない。貴方の身分は偽物ですから」

 

「ああ、それが。ここに来た理由だと」

 

 

 先ほどの言葉の意味を、カヤツリは理解する。確かに、これでは、あの言い方になるだろうと。

 

 

「ええ、兎馬カヤツリさん。貴方は、学籍を偽造しましたね。そして、アビドス高校へ入学した。学籍の偽造。これは犯罪です。見逃すことはできません」

 

 

 連邦生徒会長は、合わせていた手を腰に当てて、少し怒ったような顔をする。ワザとそうしているのは明らかで、これは口実に過ぎないのが分かる。

 

 カヤツリを逮捕する。これが、アビドスにやって来た理由であり、口実。そこで連邦生徒会長とSRTが出張る必要はないが、そういう事だ。流石の超人も、理由が無いと動けないらしい。

 

 

「それで、どうするんです?」

 

「本来なら、在籍している学園に判断を委ねますが。貴方は無所属。他の学園に強制入学させるわけにもいきません。このまま矯正局へというのが通常の道筋になります」

 

 

 実に容赦のない対応に、カヤツリの目が細まる。けれど、連邦生徒会長は焦らない。不敵に笑って、くるりと回る。

 

 

「ですが! 今回は大サービスです! 特別にチャンスが与えられます!」

 

 

 フィッシング詐欺の如くに美味い話。通信販売の如くに大仰な反応。けれど、連邦生徒会長は本気の様だ。カヤツリが白い目を向けてもやめる気配はない。

 

 そのせいで射線が塞がれて実に狙いにくいだろう。こちらを狙う、SRTの生徒に同情しつつカヤツリは耳を傾ける。

 

 

「学籍が無いなら、仕方ありません。こちらで貴方の身柄を引き取りましょう。その代わりに、貴方には仕事をしてもらいます」

 

「……手駒になれと? それほどまでに、連邦生徒会は風通しが悪いと?」

 

 

 それが、こんな夜更けにここに来た理由だとカヤツリは考えた。連邦生徒会長は手駒が欲しい。それも、誰にもそうとバレないような。だから建前を用意して、人目につかないよう少人数で、今こうしてカヤツリに取引を持ち掛けている。

 

 そして、この超人がそうしなければならない程、連邦生徒会は行き詰っているらしい。

 

 けれども、そんなカヤツリの推測に、連邦生徒会長は首を横に振る。

 

 

「それはちょっと違いますね。風通しが悪いのは事実で、貴方も知っている様に、山吹色の甘いお菓子を食べている娘もいます。でも、それに貴方を使うのは勿体ないんです」

 

「勿体ない?」

 

「はい。貴方は何だってできるじゃないですか。企業に勤めたり、敵対企業への妨害工作。あの大人との取引、ビナーの撃退、列車砲シェマタの捜索、アビドス高校の復興。それに後輩の面倒を見る事だって。総括室、交通室、防衛室、財務室、調停室。どこでも貴方はやれましたし、連邦生徒会の通常業務なんて、貴方にとっては役不足です。何事にも、優先順位がありますから」

 

 

 連邦生徒会長は指折り数えて、とんでもないことを言い出す。それはカヤツリの経歴で、それはカヤツリを褒めるもの。向こうはそのつもりかもしれないが、カヤツリにとってはそうでは無かった。

 

 

「お前は何か知っているのか? お前が何か仕組んだのか?」

 

 

 カヤツリの中で、疑念が膨らんで弾ける音がした。それと同時に、ドアチェーンが引きちぎられて、扉が開いた。

 

 勢いよく迫る扉を躱す連邦生徒会長の身のこなしと、遠くと周囲で膨れ上がるSRTの殺気など、どうでもよかった。目の前の女は、何かを知っている。ユメがああなってしまった原因を知っているのだ。

 

 聞き出さねばならない。力づくでも、何でも。そう思えば、カヤツリの全身に力が漲った。

 

 

「……違いますよ。ある意味で、私の所為ではありますが」

 

 

 連邦生徒会長の声で、漲った力は霧散してしまった。それは、後悔と悔恨とやるせなさが綯交ぜになっていて、本気でそう思っていることが分かってしまったから。

 

 開き直りとも違う。あれは、完全に受け入れていた。自分のミスを受け入れたからこその、言い方だった。

 

 私の所為と言うのも、アビドスを放置しているが故だろう。誰だって好きで、そんな事をしているわけではない。言ったとおりに何事にだって、優先順位があるのだろう。

 

 それで、今のが唯のしょうもない八つ当たりでしかない事を突きつけられた気分になった。薄々、分かってはいる。アレは誰の所為でもないことくらい。ホシノにああ言われたのも、カヤツリ自身の怠慢でしかないのだから。

 

 

「貴方をスカウトしたいのは、単純に、貴方に任せたい仕事があるからです! それに特典という訳ではありませんが、良い事も沢山あるんですよ!」

 

 

 沈んだ空気を吹き飛ばすよう、連邦生徒会長が明るい声を張り上げた。フォローまで相手任せになった体たらくに、カヤツリの勢いは底辺まで落ち込んでいた。

 

 

「それは?」

 

「まずは、貴方の知り合いの大人が作った物ではなく、ちゃんとした学籍をプレゼントします。これで安心して働けますね」

 

 

 利点と言えば利点だ。オーナー謹製の偽造学籍の出来は悪くなく、見破れるのは連邦生徒会長位のものであることを除けばであるが。

 

 カヤツリの、それだけ? と言う視線を感じ取ったのか。連邦生徒会長はまだまだあると言うように、胸を張る。

 

 

「基本的に連邦生徒会は、各学園からの出向する生徒で賄われているのは知っていますか?」

 

「それが?」

 

 

 知っている。それが連邦生徒会の公平性を謳う一因であって、目の前の連邦生徒会長の辣腕で、それが形骸化していることも。唯の烏合の衆では、この超人には勝てないのだろう。単純に出来が良すぎて付け入る隙が無いから。

 

 でも、それが今、カヤツリとの話に、何の関係があると言うのだろう。

 

 

「そこを空欄にするのは難しいんです。どこから来たのかって、きっと聞かれます。なら、貴方がどこから出向しているか。それを決めなければいけないでしょう?」

 

 

 出来ないではなく、難しいと言うあたり。超人らしいと言えばらしい。別に、好きにすればいいのではないのだろうか。今のカヤツリは文字通りの根無し草だ。

 

 そんなカヤツリに、連邦生徒会長は微笑んで言う。

 

 

「……別に、出向先をアビドスにしても構わないですよ? 誰も文句を言いませんし、言ったところで、貴方なら言い負かせるでしょうから」

 

「そういう問題じゃない」

 

「でも、ここで頑張るよりかは効率的では? ああ、小鳥遊ホシノさんですか。彼女が心配ですか? それとも、喧嘩でもしましたか? 出向を認めてくれなさそうとか?」

 

 

 カヤツリは言葉に詰まった。今日、ホシノに出て行けと言われたなど、二度と顔も見たくないなど、言えるわけもない。言ったら、立ち直れなくなる気さえする。

 

 

「その心配はありませんよ。彼女には、その資格はありません。貴方を引き留める資格も、その反対に追い出す資格もない。だって、彼女はアビドス生徒会の副会長であって、生徒会長ではないからです」

 

 

 本当は、この連邦生徒会長。全部分かっていてこの場に立っているのではないのだろうか。カヤツリが納得するしかない理由を用意している。この後の話の展開も、勿論予想通りなのだろう。

 

 

「貴方は最近、連邦生徒会に支援要請を送っていません。正確には、アビドス廃校対策委員会でしたっけ? それが設立してからは」

 

「分かっていて言っているだろう」

 

 

 追及したところで、連邦生徒会長はとぼけた様に笑うだけだ。

 

 

「それは、貴方もですよね? 連邦生徒会非認可の組織に、連邦生徒会が支援をする理由はありません。貴方たち以外にも、支援を必要とする場所は数多くあります。そして、対策委員会が認可されることはありません。私の所為ではなく、そもそも私の所まで上がってこない」

 

 

 それは自明の理。アビドスには、アビドス生徒会がある。活動内容が完全に被っている対策委員会の認可など降りるわけがない。同じ活動内容の組織を複数認めるなど、無駄でしかない。その上、補助金の二重取りにすら疑われるだろう。

 

 だから、カヤツリは支援要請を止めた。ホシノに、アビドス生徒会の名前を変えようとか、後輩二人を加入させようとか。かつてのアビドス生徒会の形を変えようとは言いだせなかった。

 

 よって、ホシノにはカヤツリを辞めさせる権利はない。生徒会長ではないからだ。そして、今のホシノは生徒会長になれない。資格の問題ではなく、心情の問題でなれない。

 

 その選択はデメリットしかない。いつか後回しにしたしっぺ返しが来る。そんな確信があるのに、カヤツリはそうできなかった。

 

 

「それで? 何をどうするんだ? 出向先をアビドスにしたところで意味はない。アビドス生徒会は活動休止中で、そっちの言う通りに、対策委員会は非認可だからな」

 

「対策委員会が認可されているなら良いわけでしょう? 良いですよ。認めてあげます。アビドス廃校対策委員会を、連邦生徒会公認の組織として認めましょう。支援も貴方の頑張りに応じてちゃんと送ります」

 

 

 破格の条件である。連邦生徒会長権限でどうにかするのだろう。けれど、カヤツリは返事をしない。対策委員会を公認組織にしたところで、新たな問題が浮上するだけだ。

 

 でもそれすら、見透かしているのか、連邦生徒会長の口は止まらなかった。

 

 

「貴方を任命する部署は新設の部署です。まだ名前は決めていませんが、私直属の、キヴォトスの平和を脅かしかねない危険物。それらを確保し、収容し、保護する活動を行ってもらいます」

 

 

 予想外の展開に、カヤツリは言葉を失う。手駒と言ったが、それどころの規模では無い話だった。まさか、新設部署を任されるとは思いもしない。

 

 そんな事は些事だと言うように、連邦生徒会長は言葉を並べる。

 

 

「そして、貴方をアビドスの、対策委員会への出向人員として認めます。貴方はアビドス出身であり、様々な経験。アビドス生徒会役員を経験し、対策委員会に所属している。その経験を持ってして、その業務に任命しましょう。貴方は、私の命令で、そこに居る事になる。対策委員会が生徒会組織となったところで意味はありません。追い出すには、私の許可が必要ですからね」

 

 

 これでどうだと言うように。連邦生徒会長は鼻息荒く宣言した。

 

 実際それは、これ以上ないほどの待遇だった。断るのが馬鹿馬鹿しくなるほどの。

 

 カヤツリの懸念は解決されている。対策委員会は公認になり、ホシノが何か余計なことをする心配もないし、アビドスの為に働くことを妨害されない。オーナーからも解放されている上に、カヤツリの努力次第で、アビドスに支援も行く。

 

 

「……小鳥遊ホシノさんも、時間を置けば頭が冷えると思いますよ? 同じ感情を同じ熱量で保ち続けるのは難しいですから」

 

 

 そうだろうかと。そう自問する。少ない可能性かも知れないが、信じてみるのもいいかもしれなかった。少なくとも、ここでただ燻っているよりはマシだろう。

 

 

「……分かった。受けるよ」

 

「ようこそ。連邦生徒会へ。私は貴方を歓迎します。これから頑張りましょう」

 

 

 カヤツリの返事に、連邦生徒会長はニッコリ笑った。こちらに伸ばされた、手袋に包まれた手に握手を返せば深い笑みを浮かべる。それは今までの笑みよりも嬉しそうで、安心が混じっているように見えた。

 

 そしてもう一度手を合わせて、早速とばかりに声を上げる。

 

 

「なら、今すぐD.U.地区へ向かいましょうか。荷物はまとめて送らせますし、制服なんかの準備も済ませてあるんですよ。ここまで飛んできたヘリコプターもありますし」

 

「随分と出発が早いな……」

 

 

 まるで夜逃げだと。急な提案に、そう口から言葉が零れる。すると、連邦生徒会長は、どこか疲れを滲ませた様子でカヤツリを見てきた。

 

 

「何だよ。会長」

 

「いえ、半分くらいは貴方の所為なんですよ?」

 

「会長の仕事が立て込んでいるせいだろうに」

 

 

 あんまりにも、あんまりな言いがかりに。カヤツリは反抗するも、連邦生徒会長は応えていない。それどころか、言い返しすらする。

 

 

「確かに半分はそうです。ですけど、考えてもみてください。この場面や、朝ここを出て行くところをそうですね。小鳥遊ホシノさんや、十六夜ノノミさん、砂狼シロコさんに見られたらどうなるか。私はあんなの、もう二度と御免ですよ」

 

 

 実際に経験したかのように、連邦生徒会長は身体を震わせている。想像してみれば、事態が拗れる予感しかしなかった。事情を説明しなければならないし、あの後輩二人が素直に頷くだろうか。特にシロコ。それに、ホシノの反応も分からなかった。また、出て行けなんかの言葉を浴びせられたら耐えられる気がしない。

 

 

「あとちゃんと、時間が経ったら小鳥遊ホシノさんに連絡してくださいね? 幾ら気まずくともですよ? 後回しにしたら怒りますし、ちゃんと毎日確認しますから」

 

「そこまでしなくても……折を見てやりますよ」

 

 

 連邦生徒会長は信用できなさそうな、疑わしい目でカヤツリを見てきた。ほぼ初対面の人間にぶつける視線ではない。心外だと睨み返せば、これもまた言い返してくる。

 

 

「そうですか? じゃあ、小鳥遊ホシノさんが連邦生徒会に襲撃してくる危険性は無いと考えていいんですね?」

 

「ハァ!? ホシノが、そんな事するわけ……」

 

「へぇ……言い切れますか? 絶対に、小鳥遊ホシノさんが、貴方が連邦生徒会に居る事を突き止めて襲撃してこないと。貴方の連絡が遅れたせいで、そうならないと。そう断言できますか?」

 

 

 そう言われてしまえば弱かった。絶対にしないとは、断言はできない。

 

 あの喧嘩で、ホシノはカヤツリの事など、どうでもいいと考えているかもしれないが。その可能性は切り捨てられなかった。

 

 

「なら、決まりですね。出来るだけ早く、連絡を取ってください。私から連絡を入れると話が拗れるので、()()()()()()()()()()()してくださいね。ちゃんと話を聞いてあげるんですよ?」

 

 

 ニコニコと、今度はどこか怒ったような笑顔の連邦生徒会長に、カヤツリは言い返せなかった。先を見通したような物言いは、確かに超人と言って差し支えないもの。言い負かされるのは仕方がないが、どこか腹立たしさもあった。

 

 けれど、気も晴れていた。こんな風に、相手を気にせず会話するのは久しぶりだった。心労が少しだけ取れて、肩が軽い。

 

 それに、新しい仕事だか部署だか知らないが、新しい仕事を言いつけられるのは慣れている。きっと上手くやれるだろう。

 

 そんな風に、カヤツリは思っていた。仕事とはまた別の苦労が押し寄せるなど、その時のカヤツリは知る由もなかったのだ。

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