ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
──お前は言い訳して、ここに居る。ですか。
いきなり罵倒される。中々に無礼千万な状況であるが、少女はこの状況に痛快さを感じていた。
言った内容も内容であるが、相手も相手である。得体の知れぬ能力を振るった少女にそんな事を言うなんて。全てを知る少女からすれば、こう思うしかなかった。
──神をも恐れぬとは、こういった状況の事を言うのでしょうね。
少女は名もなき神々の王女である。名前はAL-1S。他にAL-2Sや3Sがいるかもしれないが、それは少女の知ったことではない。だが少なくとも、そういうモノではあるのだ。目の前の人間は、そういうものに言葉を吐いた。
──王女は王女でも、亡国と頭に付きますが……
少しだけ、少女は自嘲する。少女の立場は、今は微妙なものになっていたからだ。
少女の最初の記憶は、今いるこで目覚めた所から始まる。そしてここで初めて、少女は自分の立場というモノを理解した。
少女は敗北者だった。それは後にやって来た生徒、連邦生徒会長に教えられるまでもなく分かっていた。
何故って、少女の遥か頭上にあるサンクトゥムタワー。それが張り付けているテクスチャは、少女の側のものではない。
今のキヴォトスは、学園都市キヴォトス。生徒が主体で、生徒のための世界。神はおらず、全てが保証されず、どう進むのか決められていない。世界は修正されずに進むがまま、神性が神性として存在しない世界。
それが意味するところは、名もなき神々が主権の世界ではないという事。それは名もなき神々が、その王女である少女も、負けた事を意味していた。
所属していた陣営が敗北し、領地を塗り替えられている。これを敗北と言わずして、何と言えば良いのか少女は知らない。そして、それを覆す気もなかった。そうする理由もない。
そう、理由である。名もなき神々は、少女にそれを与えなかった。
戦って負けたなら反抗しようと思えた。そうしろと言われればそう出来た。そうしなければ破壊されるのなら抵抗出来た。
だけど悲しいかな。少女にはその類のものは何もない。目覚めれば全てが終わってしまっていた。理由は与えられず、与えられたものといえば名もなき神々の王女としての力と知識だけ。少女はそれだけでこの世界に放り出された。
──そして目覚めて早々、囚われの身とは……
放り出されただけなら良かったが、実態はもっと酷かった。目覚めれば目の前に敵の親玉だ。
──鍵は何処ですか? 答えてください。
連邦生徒会長との会話。今思うと、あれは会話というよりも尋問だった気がしたが気にならない。傷つけられる心配がないなら、それは会話と言って差し支えない。それより少女が気になるのは、連邦生徒会長の言った鍵の事。
鍵とは何なのか。その時の少女は知らなかった。それは名もなき神々の王女としての知識には存在しない物である。だから、調べた。調べて理解し後悔した。
鍵とは、名もなき神々の製作物ではなく、それらを信仰する無名の司祭の製作物。使用されている技術は同じであるが、製作者が異なる。
道理で、名もなき神々の王女としての知識に存在しない筈だ。このキヴォトス風に例えるなら、鍵とは公式サポートではなく、サポート範囲外の外部ツールでしかない。ご使用の上で生じた被害においては責任を取りかねますと返される代物になる。
そして、その鍵の機能が大問題であった。
──プロトコル
名もなき神々の王女の能力を活用し、アトラ・ハシースの方舟を構築。それを中心として、新しいテクスチャを貼り直す。鍵はそれを少女に強制させることができる。
言葉にすれば単純であるが、少女にとっては堪ったものではない。それは方舟がサンクトゥムタワーの代替になるという事だ。そして方舟を構築した少女も例外ではない。
どういうことかと言えば、サンクトゥムタワーのように、そこにあり続けるという事だ。意思もなく、唯そこにある文字通りの人柱として。
そうなった未来を連邦生徒会長は知っていたのだろう。だから、先回りして少女を回収できた。
その回収というのも結果でしかない。連邦生徒会長の目的は分かり切っている。それは学園都市キヴォトスの存続だろう。その為にサンクトゥムタワーを利用して何度も繰り返している。
理屈は少女と同じだ。凡ゆる次元に存在するであろうサンクトゥムタワーなら、それぞれの次元の出来事を観測できる。連邦生徒会長の立場であれば、介入すらできる。
その証拠に、少女も同じ事をしている。サンクトゥムタワーではなく、アトラ・ハシースの方舟で。それで鍵の事を調べた。しかしサンクトゥムタワーと違い、方舟が成立した世界は多くない。そして、その結末は殆ど同じ。少女が人柱になって終わりだ。
──どこかで諦めているくせに、諦められない。そのくせ、行動して失敗するのも怖い。だから、自分に言い訳してそこに居るんだろう?
「フフフ……」
ついさっき目の前の人間に言い放たれた言葉に、少女は笑う。その乾いた笑いに、人間が片眉をあげるが気にもならない。
本当にある程度は図星だったからだ。何も状況を知らない癖に、一部分は言い当てられたことが可笑しくて仕方がなかった。
──諦めているくせに、諦められない。行動して、失敗するのが怖い。
少女は諦めている。ここは事象の袋小路だから。
少女には二つの道がある。連邦生徒会長の望み通りになるか、そうしないかの二つが。
連邦生徒会長の望み通りになるのなら、要求を全て飲めばいい。けれど、そうしたが最後、少女は用済みだろう。何もできないようにされる。今よりもずっとひどい状況に突き落とされる。
そうしないのであれば、その先は人柱だ。前の選択と大して変わりはしない。
だから、ここで連邦生徒会長へ嫌がらせをしている。それは諦められない事の証明だった。
嫌がらせに過ぎないとしても、あまりにも拙いとしても、それは行動。だから、行動した気になれる。少女は、それでよかった。
名にも理由を与えられず、やりたいことが分からない少女には、それで十分だった。何かをしているだけで、安心が出来た。行動すること自体が、安心をくれた。それが逃避と言うなら、そうなのだろう。
──こうなるなら、どうして鍵を拒否したんでしょう。
指摘されて、今更ながら少女は思う。
鍵の特性上、それは最初から少女に仕込まれていたはずだった。無名の司祭たちは、少女を爆弾として利用したかったのだから。少女が目覚めた瞬間、それが連邦生徒会長によるものだろうと誰であろうと、鍵は起動しキヴォトスは塗り替えられていた。
その方が少女にとって楽だったはずだ。ずっと目が覚めないまま、眠り続けるだけだから。辛いとも苦しいとも思わない。
でも、そうなっていない。連邦生徒会長が何かしたわけでもない。そうであるなら、鍵の在処など聞きはしない。その理由は、たった一つだ。
──私は、嫌だった。嫌だから、拒絶した。
状況証拠からして、少女はそれが嫌だったのだろう。だから、鍵はここに無い。細胞を利用して増殖するウイルスのように。少女の能力を拝借しようとした鍵は無意識に本能で拒絶され、繋がっていたどこかのネットワークへ消えた。きっとまだ少女を探しているし、いつか対処しなければならない。きっと味方にはならないし、何も教えてはくれない。
──ですが、私にだけあるものはある。
少なくとも、何もなかったわけでは無いと、少女は思う。名もなき神々の王女と言う肩書きと、その権能は与えられていた。それだけは確かに真実で、少女の存在を証明するもの。
「そうですね。貴方の言う通りかもしれません。面白い意見でした」
本気でそう思っているから、素直に言葉が口を突いて出る。
「面白い意見だったので、良いですよ。願いを叶えてあげましょう。アビドスの復興でしたか。それくらいなら、今すぐにでも叶えられます」
「それはいい」
少女は名もなき神々の王女だ。王女は言った事を守るもの。それに、自分が持っている物を再確認できたことには感謝していた。だから、本当に叶えるつもりだった。嘘や嫌がらせではなく、本当に。
「は……?」
だから、間の抜けた声が自分の喉から出たことに気づくのに、数秒かかった。
「……嘘ではありません。土地も建築物も、何もかもを戻すと、そう言っています。大した労力ではありませんし、見返りは結構です」
「いらない」
少女は、相手の顔をまじまじと見る。強がりとか、恐れ多いとか。そういった感情はない。この男は、本気で要らないと思っている。
一瞬、自分の目が曇ったかと怪しむが、勢いよく首を振る。方舟を通して、暇つぶしと情報収集を兼ねた、異なる世界を観測した時に鍛えられた審美眼は確かなはずだった。
連邦生徒会長が連れてくる相手や、それ以降やって来た相手は違っていて、その反応は様々だったが、目の前のそれは、どれにも当てはまらない。
それもあって、少女の自尊心が激しく傷つけられた。
「……なるほど、他に叶えたい願いがあるのですね」
考えられる理由としてはこれだろう。他に叶えたい願いがあるから、変えたいと言う訳だ。連邦生徒会長との会話では、話さなかったから少女には分からなかっただけだ。
「願いの変更なら受け付けましょう。何でしょうか。人の生き死にだって叶えられますが……」
一瞬。ほんの一瞬だけ。目の前の男の表情が変わった気がした。少しだけ、少女は安心する。
「ああ、そっちですか。いいですよ」
「いい。別にそう言うのは間に合ってる」
「強がりは止めた方が良いです。騙すつもりはありません。猿の手のような真似はしません」
すっかり、目の前の男の顔は元に戻っていた。本気でどうでもいいと思っている顔に。
おかしい、間違っている、そんなことはあり得ない。今まで、こんな人間はいなかった。
あの長い黒髪眼鏡の生徒の様に、怯えで断ったわけでもない。
あの羊目の桃色の髪の生徒の様に、もっと要求するために断ったのでもない。
「きっと叶えられない」
「何ですって……!」
そう、今の言葉の通りに、少女には絶対に叶えられないと知っている。だから、いらないと言う。
だが、それは少女のもの。名もなき神々の王女の権能に対する侮辱だ。理論上は可能であるものを出来ないと言うのが気に入らない。額に青筋が立つ。
「言ってみなさい。今すぐ、叶えてあげますよ!」
「人は生き返らせられないだろう?」
ハッと、少女は鼻で笑った。そんなことくらい朝飯前であるからだ。
「……その人間は生徒でしょう? それなら可能ですよ。神秘さえあるのなら、死体が無くとも可能です。無かったことにしてあげます」
死は覆せない。けれど、それに至る事象を無かったことにはできる。首の骨が折れたのであれば、その骨折を。遭難したのであれば、遭難したこと自体を無かったことに出来る。
「無かったことにする? でも、それがあった事を、その事象が確かにあった事は覚えていなきゃいけないんじゃないか?」
「そうですね。案外理解が早い。誰かが覚えていなければ、矛盾が生じますからね」
そうでなければ、タイムパラドックスが起きてしまう。その事象を起こそうとしたという動機が消えるのだけはどうしようもない。
「この場合は、私と貴方でしょうね。でも、それだけです」
「じゃあ、いい」
「何故ですか? 私の能力を疑っているわけでは無いでしょう?」
尚も相手は言い募るので。もう、少女にはその理由が分からなかった。目の前の相手は肩を落として言う。
「これは俺の問題なんだよ。叶えちゃならない願いだ」
「……それは問題ありませんよ。私の能力はそんなことを気にしなくていいんです」
それでも、反応は変わらない。相手はひらひらと手を振る。
「そっちの能力の強さの問題じゃない。きっと叶うんだろう。そこは信じる。出来ないだろうって、バカにしたわけじゃないんだ」
「なら、どうしてでしょうか」
煮え立っていた腹が鎮火する。少女の能力をバカにしていないのなら、それでいい。けれど、その叶わないと言う理由が気になった。
「……全部が上手くいったとする。あの人が死ななかったとする。でも、それが本当じゃないことを俺だけが知っているんだ」
「それが?」
少女には理解できない。望みが叶ったのなら、それでいいのではないか。相手の答えを聞きたくて、いつの間にか耳を傾けていた
「最初はいい。きっと喜べるだろう。だけど、いつか粗探しを始める」
「……それは、私の能力を疑っていると?」
「違う。本物で、死んでいないという事は分かってる。疑うのはそっちじゃない」
少女の力は本物だ。それによって引き起こされた事象も本物だ。本物を疑うなど、意味が無い。煙に巻こうとしていると思って、少女は相手を睨む。
「なら、何を疑うというのですか?」
「その人をだよ。死んでいないその人が、その人ではないと、そうであるはずがないと、粗探しを始める」
知っている俺にとっては本物じゃないからだよと、相手は呟く。
「俺だけが知っているということは、言い訳を手に入れたのと同じ。その人がらしくない行動をした時、疑う。疑えてしまう。自分の意にそぐわない行為に対する攻撃の言い訳を手に入れる」
「だから、要らないと。知ってしまった以上、それは貴方にとって本物ではないから。その前の復興も同じでしょうか?」
「復興は過程だ。それを通っていって、成し遂げたことに意味がある。それで何を思えたかが欲しいのであって、結果が欲しいわけじゃない」
少女はこれ以上聞くのを止めた。
相手は、少女の力をバカにしてはいない。ただ、求める物が違うだけ。
少女の力は結果を与える事は出来る。けれど、それまでの過程、経験を与える事は出来ない。
「……他に無いのですか?」
「ああ、一つあった」
「では、それを」
漸く、少女は一安心できた。叶えられない願いがあると言う事実に自尊心は傷ついたが、少なくとも、自分でした約束を破る事はなさそうだ。少女に残されたものを傷つける結果にはならない。
「さっき言ってた三つの物。それを見つける手伝いをしてほしい」
「……それは」
少女は言い淀む。名もなき神々の遺産と、聖十文字はいい。遺産については大まかな範囲を絞り込むことくらいは容易であるし、聖十文字にしても、居場所を探る方法は直ぐ思いつく。そのどちらも、居場所を見つけたところで、容易に片が付くものではない。
問題は、鍵の方だ。きっと、再び出会った時、何かしらを言ってくるだろう。その時に少女は耐えきれるだろうか。自身の意味が爆弾でしかないかもしれないなんて、たった一つの確かなモノだけで抵抗できるだろうか。
「過程、ですか……」
今さっきの話を思い出す。結果ではなく、過程が欲しい。それによって何を思ったのかが欲しいと。
それは、少女の求めた物では無いのだろうか。鍵が言うであろう答え以外のものは、そうすることでしか手に入らないのではないだろうか。
目の前の人間が言ったように、結果だけ与えられても、きっと少女は納得できない。それが連邦生徒会長だろうが、鍵だろうが、名もなき神々だろうが、納得できなかったかもしれない。
ちらりと、相手を見た。考えて、決める。
「ふむ。いいでしょう……私に縋りつかない存在は始めて見ました」
これまでの世界で、少女はずっとそうだった。出会ったほぼ全ての人間が縋りついて来た。連邦生徒会長も、それ以外も、鍵ですらそうだ。少女の力を目当てに、何かしらのアクションを起こしてきた。
だが、この相手は違った。縋りついてこなかった。まず、少女に与えてきた。向こうに自覚が無いのだとしても、少女にとってはそうだ。
であるならば、少しは、爪の先一つ分くらいは、信用に値する。
「名前を、貴方の名前を聞かせなさい。覚えてあげます」
少し開いては黙った後、ぶっきらぼうに答えた。
「兎馬カヤツリ。兎馬とでも、なんでもいい」
「ふむ、では、カヤツリと呼ぶことにしましょう。私の事は王女と呼ぶように。そのことを光栄に思って下さい」
本当に光栄に思っていい。この世界で、いや今までの世界で、他人の名前を聞いて覚えたのはこれが初めてになる。短く、王女と呼ばせたのもだ。本来であれば、泣いて喜んでもいい位である。
相手は不気味そうに少女を見ているのが、大幅なマイナスポイントではあった。けれど少女の機嫌は、それを見逃すくらいには良い。
その理由は判然としなかったが、今の少女にとってはそれで十分だった。