ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
長い付き合いのカヤツリから見ても、目の前に立つホシノは怒っていた。今までにないレベルで。何故か、本気装備の上に鍵付きの教室に閉じ込められている。絶対に逃がさないというホシノの意志を感じる布陣だった。
ただカヤツリにはホシノが、こんなにもブチ切れている理由が分からなかった。心当たりはあるが、まさか数週間の間、情緒不安定だったことが原因ではないだろう。
まずは何に怒っているのかが分からなければ弁解のしようもなかった。
「お話ってなんだ。別に前みたいに銀行強盗をしたわけじゃないぞ。大体なんだその恰好は、どこかにカチコミにでも行く気か」
「場合によっては使うかもしれないからね。カヤツリもこんな時間にどうしたのさ? まるで、疚しいことがあるみたいだよ」
無表情だったホシノは、にへらと少し笑顔になって冗談めかしたことを言うが、減らない威圧感と視界にちらつく銃にカヤツリは全く安心できなかった。頭の中に、どこかで聞いた”笑顔は元々動物の威嚇の表情からきている”という雑学が思い浮かぶ。
”疚しいこと”ホシノが言った言葉を反芻する。さっきの会話から見て、ホシノは何か確信のようなものがあって、ここで待ち伏せしていたのだろう。わざわざ逃げられないように鍵までかけて。別に扉をぶち破って逃げることくらいわけないが、この近さのホシノからは逃げられない。別に逃げる必要もないのだが。
カヤツリは、こういう時、ストレートに聞くことにしていた。回りくどいのは好きじゃないのだ。
「さっさと本題を言ってくれ。何が気に障ったんだ」
「さっき誰と会ってたの?」
「俺の元飼い主だよ」
さっきの黒服との会話を見られていたようだった。大人が嫌いなホシノの事だ。黙ってカヤツリが取引したとでも思って怒っているのだろうか? ホシノは特に黒服のような大人は特に嫌いだから。
ホシノはまだ質問があるようで、そのまま続ける。
「じゃあ、何を話してたのさ。私に教えられるなら、教えて欲しいんだけど」
「あの人からの仕事が終わったから、それの報告」
答えを聞いたホシノは少し黙った。月明りだけが射す教室の中でも輝いているホシノの瞳がカヤツリを射抜いた。ホシノは迷うように口籠った後に、聞いてきた。
「仕事の内容は言える?」
ホシノの質問にカヤツリは嫌な予感が止まらなかった。答えるのは構わない。ただ、これを答えれば碌なことにならないと、誰かが頭の中で警鐘を鳴らしていた。
□
答えを言い淀むカヤツリを、ホシノは半分祈るような気持ちで見ていた。残りの半分は冷たい決意。カヤツリの回答いかんによっては、実力行使も辞さないつもりだった。
すべての始まりは、カヤツリの様子がおかしいことだった。あの女子トークの後、部室に入ってきたカヤツリはどこか変だった。
何かに悩んでいるようだったが、ホシノにはどうしようもできなかった。なぜかと言えば、何も言ってくれないからだ。ああ言う時のカヤツリは恐ろしく口が堅いことを、今までの付き合いで、ホシノはよく知っていた。
──俺が困った時は、ホシノが手伝ってくれよ?
あの時の言葉を覚えている。初めて、カヤツリの方から頼ってくれたから。ホシノはとても嬉しかったのだ。
だから、言ってくれる時を待っていた。きっと、言ってくれると信じていた。
それは果たされなかった訳で、今こうなっている原因の一つでもあった。
──こうまでしないと、カヤツリは、私に何も言ってくれないんだね。
そう内心で、ホシノはひとりごちる。
結局、何も出来ないまま二週間が経ち、カヤツリは元に戻った。おそらく自己解決したのだと思って安心していたのだ。シロコちゃんから話を聞くまでは。
──カヤツリ先輩? ずっと独り言を言ってた。先輩って。
珍しいカヤツリの弱音だった。カヤツリは隠しているようだが、ホシノは知っている。昔も何だかんだ、どうしようもない時は先輩に助けてもらっていたことを。
でも、なんで、シロコちゃんの前では言って、自分の前では言ってくれないのだろう。随分話してくれるようにはなったけれど、本当に大事なことは言ってはくれないのは、ずっと変わらなかった。
だから、そっとしておこうと、シロコちゃんとノノミちゃんに言ったのだ。あの二人はカヤツリにも懐いているから、何があったか聞き出すだろう。カヤツリが答えないのならそれでいいが、もしも答えてそれが自分の耳に入ったら嫌だった。それは後輩二人には言えて、私には言えない事と同じだからだ。
ちらりとカヤツリを確認する。渋い顔をしていた。その時視界の中にパソコンとカヤツリの机が映った。それを見てノノミちゃんと話したことも思い出す。
あの時は焦った。カヤツリの分の報酬が減っていたから。てっきり、カヤツリがどこかに行ってしまうかと思ったのだ。後で確認して利子の支払いに使ったと判明したときは安心した。
でも、そのせいで、女子トークの時の疑念が再燃した。ずっとその考えが頭から離れなくなってしまった。
結局はメモで先輩に頼まれたから、付き合ってくれているのに過ぎない。だから、大事なことは言ってくれないし、頼ってもくれないのだと。
──でも、あそこまでしてくれるのは信じていいんだよね。
そう、自分の中で言い聞かせる。今までだって、カヤツリは付き合ってくれた。まさか義務感であそこまでやってくれるとは思っていないし、独り言でずっと一緒に居たいなんて言うはずがないからだ。
そうやって、いつものように、知らないフリをする。蓋が開かないように。
教室の中には、静けさが満ちていた。二人の呼吸音しか聞こえない。
ホシノは落ち着いてるつもりだ。まだ時間は十二分にあるからだ。カヤツリの事に関しては待つのは慣れていた。
今日で一年だ。カヤツリがやって来て丁度一年。
最初の頃から大分変わったものだと思う。初めは、どうやって追い出すかしか考えていなかった。
それが今はどうだろう。いなくなって欲しくないと思って、こんな手荒な手段をとっている。
案外、自分はちょろかったのかもしれない。
これまでの一年間を思い出す。砂漠の出会い、初仕事、ビナー退治、先輩のこと、先輩がいなくなってからの事。
先輩がいなくなる前は、一人で大丈夫だと思っていた。それなりに自分は強いという自覚はある。
ただカヤツリのあれは、ずるい。
初仕事の時から思っていたが、気が利きすぎる。欲しい時に欲しい物がもうある。戦闘でも、それ以外でも。逆に言葉はとても足りないけれど。
ビナー退治の時だってそうだ。いつも、あれくらい言って欲しかった。私は分からないから、ちゃんと言って欲しいのに。
先輩がいなくなって、カヤツリが帰ってきたあの日でさえ、そうだった。今になって思えば私は逃げたのだ。甘えるのはいけないと言いながら、カヤツリが残ってくれると内心分かっていて、ちゃんと聞かなかった。もしも、万が一にも無いとは分かっていたけれど、嫌だと言われるのが恐ろしかった。
その後も変わらない。ずっと、カヤツリに甘えている。ずっと、聞けないままだ。
──何で一緒にいてくれるの?
それだけの言葉が言えなかった。
言葉。そう言葉だ。結局は、これだった。
だから、ホシノには、カヤツリが何を考えているのか、まるで分からなかった。
不安で仕方がない。そのくせ、怖くて聞く事もできないのだ。
あのメモのせいだ。あんな物見つけなければよかった。ご丁寧にも机の中にしまってあった、大切に、破れないように、わざわざラミネート加工されたメモなんて。
あれは先輩のカヤツリ宛のメモだ。見たから内容も知っている。
先輩の最期の頼みだから一緒にいてくれるのだろうか? それとも、ユメ先輩とカヤツリが話していた、あの夜に自分が感じたことは事実だったのだろうか?
そんな考えがずっと頭の中を支配している。とどめはカヤツリの独り言だ。先輩? 何で先輩を独り言で呼ぶのだろうか? そんなに先輩の頼みが辛いのだろうか? そんなに、私と居るのが嫌なのだろうか?
どうして、シロコちゃんやノノミちゃんと私では態度が違うのだろう。どうして、私の事は腫物を扱うみたいに遠ざけるのだろう。
でも大切にされているのは分かるのだ。約束を守って、パトロールは毎回来てくれるし、言うことだって聞いてくれる。後輩の面倒だって一緒に見てくれる。今までだって、クリスマスや誕生日も祝ってくれたのだ。
けれど時々感じるのだ。カヤツリが私を通して誰かを見ているのを。
あの蓋がガタガタ外れそうになるのを必死で抑える。
まだ、カヤツリは答えない。ホシノにとっても聞きたくはない答えなのだ。この質問は。だって答えを聞いてしまったら、もう誤魔化せないからだ。
聞かないままなら、答えは分からないから、知らないふりが出来たのに。ホシノの頭に、去り際の黒服の言葉が思い浮かんだ。
──箱の中の猫ではありませんが、分からないままにしておくのは賢い選択とはいえませんね。
昨日、いつものように黒服に取引を持ち掛けられた。返事はいつものように却下した。けれど黒服の様子が普段と全く違ったのだ。嫌に機嫌が良かった。それに聞いてもいないことをべらべらと話してきた。
曰く、明日の夜に長い契約が終わるのだという。久しぶりの契約満了で機嫌がいいとも。
──ですから。小鳥遊ホシノさん。私と彼の邪魔だけはしないようにお願いしますよ。彼にとって大事な選択の時間ですから。
ここまで言われてしまえば、ホシノにもわかる。彼と言われるような人間は、このアビドスでホシノはカヤツリしか知らなかった。それに邪魔だけはするなということは、ホシノの目の届く範囲で何かをするということだ。そんな場所はアビドス校舎しかなかった。
だから、シロコちゃんとノノミちゃんへの指示を取りやめた。そうしたなら二人はカヤツリに聞きに動くだろうから。その間私は自由に動くことが出来た。場所の見当は大体ついていた。屋上だ。密会と言えばそこしかなかった。
それに、大事な選択というのが気になった。それと邪魔だけはするなとも。選択の内容次第では私が邪魔する可能性があるということだ。
カヤツリが昔言っていたことだ。”大人の犬をやっている”と。おそらく、その大人は黒服なのだろう。契約が大好きな黒服の事だから、カヤツリもそうやって縛り付けているのは想像に難くなかった。
そこで、嫌な考えに思い至ってしまったのだ。
──なんで、カヤツリはアビドスに来たんだろう?
最初に会った時の態度を私は覚えている。態度が悪かった。それ以上に、”好きでここにいるんじゃない”というような感じがしたのを覚えている。
カヤツリの様子がおかしくなったのは、定期的にある重役出勤の日だった。黒服に呼ばれていたのは簡単に想像できた。
それ以前の後輩への引継ぎに忙しそうにしていること、自分に向けた大量の引継ぎ資料、先輩という独り言、突如元に戻ったカヤツリ、カヤツリと黒服の契約、それまでのホシノへの態度、それと今日でカヤツリが来てちょうど一年だということ。
それらが繋がった気がした。それを否定したくて屋上でカヤツリと黒服が話すのを監視していたのだ。どういった理由かは知らないが声は全く聞こえなかった。ただ自分の想像がいくつか当たっていたことが確認できただけだった。
だからカヤツリへのこの質問は最後のピースだった。自分の勘違いであればそれでいい。もし当たっていたら……その先はあまり考えたくなかった。
ホシノの視線の先で、いよいよカヤツリが重い口を開く。ホシノは祈った。どうか外れていてくださいますようにと。
「一年間、アビドス高等学校に入学して生活すること。それが黒服からの仕事内容だよ」
そんなホシノの儚い希望は打ち砕かれた。ずっと自分を誤魔化して、見ないフリをしていたモノの蓋が外れてしまった。
──やっぱり、そうか。やっぱりそうなんだ。当たってたんだ。私の予測は。
──カヤツリは仕事だから居てくれただけだったんだ。だから、最近忙しそうにしてたんだ。引継ぎ資料なんか作ってたんだ。
──おかしくなったのも、先輩との約束が守れなくなったと思ったからなんだ。戻ったのだって、引継ぎがうまくいったのを確認してもう自由になるからなんだ。
──やっぱり、カヤツリは先輩の頼みだから、ここまでやってくれたんだ。私を通してユメ先輩を見てるんだ。私のためにやってくれたわけじゃなかったんだ。
──最初から一人だったら、耐えられたのに。私とお揃いの罪人なのに。一緒に背負ってくれないんだ。
──契約が終わって、自由になって、ぐちゃぐちゃな私を置いて、私を忘れて、ここからカヤツリは出ていくんだ。
「……そう。カヤツリは、そうするんだね……」
自分のものでは無いような声が出た。ただ、これからやることは決まっていた。私だってあまりやりたくはないけれど、置いていくというのなら仕方がない。
責任を取ってもらう。私をここまで、ぐちゃぐちゃにした責任を。
ユメ先輩が私よりも大事で好きだというのなら。それこそ先輩の頼みは最期まで守ってもらう。
それが、カヤツリが大好きな責任ってものだよね? ねぇ? カヤツリ?