ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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371話 王女の正体

「来ると思っていましたよ。カヤツリ君」

 

 

 アリウスの地下に張り巡らされた鉄道輸送網。それをコントロールする管制室の扉。それを開けるなり、そんな言葉が掛けられた。

 

 部屋の中には背景の暗闇に同化するように、オーナーがまっすぐに立っている。言葉の通りに、カヤツリが来ると知って、ここで待っていたのだろう。

 

 

『待っていた? 私たちがここへ来るのを予測していた? ……何ですか、この大人は』

 

 

 オーナーを警戒してか、王女がブツブツ呟くのが聞こえる。カヤツリは警戒しつつも、驚きはしなかった。

 

 何となく、最後に立ちはだかりそうな気はしていたのだ。目当てだろうオーパーツらを懐から取り出せば、オーナーの目線がそれに向かって動く。

 

 

「ふむ、流石に限界でしたか。君の全力の怪力に、二度も耐えただけ良しとしましょう。君も満身創痍ですが、これの不備という訳ではないようです」

 

「……これの回収に来たわけですか? それか、あの大人への協力ですか? ここは四辻じゃないんですけど」

 

 

 それとなく紅ショウガの事を聞けば、黒服は大げさに首を振った。

 

 

「まさか、作品の状態の確認はついでです。ミサイルの方は欲しければ差し上げますし、マダムに義理立てして、ここへ来たわけではありません。彼女の事ですから、自らの手に負えなくなればそうしてくるでしょうが……」

 

「それでは、どうしてですか? オーナー?」

 

 

 そう聞けば、オーナーは少し考える素振りを見せる。それは、オーナーらしからぬ反応だった。

 

 普段であれば、いつも通りの笑いと共に目的を言うはずだ。言う心算が初めから無いのなら、こんな迷う素振りなど見せはしない。

 

 

「私は、君に聞きたいことがあり、ここで君を待っていたのですよ」

 

「貴方は何でも知っているでしょう」

 

「いえいえ、私が知っていることなど、この世の知識の、ほんの一握りにしか過ぎません。このキヴォトスでさえ、私の知らない事ばかり。その知識を求め、私はここへやって来たのです。そして、今君に話すことは、これからの私の活動に大いに関係する事柄になります」

 

 

 オーナーは部屋の椅子を引いた。その向かいの物も引く。どうぞ座ってくださいと言うばかりに。

 

 

「まずは、話をしましょう。スクワッドたち。マダムの追手のことは心配ありません。今頃はカタコンベを探し回っている頃でしょう。君をマダムの手の者に突き出したりもしませんよ」

 

 

 カヤツリは言う通りに椅子に座ると、オーナーは機嫌良さそうに向かいに座った。それと同時にヘッドセットが震える。

 

 

『いいんですか? この大人の言う通りにして』

 

「約束は守る人だ」

 

『……そうですか。私の時より素直ですね』

 

 

 王女はそれだけ言って、拗ねたように黙ってしまった。意識をオーナーの方に切り替えると、何時ものようにオーナーは手を組んでいる。

 

 

「まずは、自己紹介から行きましょう。私は黒服。そう名乗っています。君の考えているだろう通りに、マダム。あの女性とは対等な協力関係にあります」

 

 

 オーナーは仮の名前だったらしい。確かに、理事がオーナーと呼ぶのは聞いたことが無かった。そして、黒服の言う協力関係の産物をカヤツリは机に置く。

 

 

「これがですか?」

 

「ええ、彼女との契約に抵触するので詳しくは話せませんが。それは私が提供した物品ですよ。機能は君も体感したでしょうが、装着者の身体をあらゆる危害から守る物。一点物の作品です」

 

「一点物」

 

「ええ、一点物です」

 

 繰り返された黒服の言葉を、ゆっくりとカヤツリは呟く。ともなれば、キヴォトス中に黒服の作品がバラまかれていると言う事態はなさそうだった。

 

 

「安心しましたか? 私の作品を探し回るようなことにならずに」

 

 

 微笑みながら、黒服は面白がるような口調だった。

 

 

「これらは簡単に作れるものではありませんし、私の研究成果です。それを安売りするような真似はしませんとも。君の新しい仕事の邪魔もね」

 

「……覗き見ですか?」

 

「クックック……覗き見とは、人聞きが悪いですね。私は唯、長い間面倒を見ていた子供の進路が気になっただけです。あのような連れ去られ方をすれば、当然の対応だと思いますが?」

 

 

 物は言い様である。結局のところ、連邦生徒会長とのやり取りを黒服は把握しているのだろう。それなら、猶更今の状況が分からない。

 

 

「なら、何を聞きたいんですか。ここに居る理由を、貴方は知っているじゃないですか」

 

「そうです。知っているからこそ、私はここで待つことが出来た。君ならカタコンベを通らずに、他の場所を探すことは分かっていました。それ以外の脱出経路はここだけ。ですが……」

 

 

 黒服がカヤツリをじろりと見やった。相手の目論見が分からない。視界の効かない中で運転しているような、そんな嫌な感覚が身体に纏わりついていた。

 

 

「君はここをどうやって見つけたのですか?」

 

 

 黒服が舐め回すようにカヤツリを見る。

 

 

「ここはマダムがアリウス自治区を支配した後、彼女の目的のための資材を運搬するためだけの秘密通路。間違ってもアリウス生が侵入しないよう、全ての入り口は電子錠で厳重にロックされている。扉自体も偽装され分厚い。生半可なセキュリティではありません。何せ、私謹製の合金と防壁を走らせていますからね。君の腕前は知ってはいますが、その程度の武装とツールでは突破は不可能です」

 

 

 彷徨っていた黒服の視線がヘッドセットに向く。

 

 

「カタコンベの突破も早すぎます。あの場所の周期を把握するのに、我々は一週間ほどかかりました。私の技術を総動員してです。一部分だけにしろ、解析が余りにも早すぎる。それでは運よく突破できたということでしょうか?」

 

 

 次に、黒服の視線がヘッドセットからカヤツリの頭上へと移動する。

 

 

「それもあり得ない。君の神秘はその方向性の神秘ではありません。では君に、そのような協力者がいる事になる」

 

 

 黒服の視線が、カヤツリの後ろへと固定された。耳元で、王女の唾をのむ音が聞こえる。

 

 

「では、それは誰か。運の方向へ特化した何者か? それはあり得ません。あのカタコンベの迷宮を短時間で解析し、この貧弱なツールで私の防壁を紙の如くに突き破る。そして、防壁に残った特徴的な痕跡。そんな存在を私は一つしか知りません」

 

 

 マズいという考えが、カヤツリの中を走った。とっくに黒服は答えを決め打ちしている。まだ確信は持ててはいないが、ほぼ九割は分かっている。

 

 それを確かめるために、カヤツリに問いかけている。正確にはカヤツリではなく、カヤツリの後ろの人間に。

 

 

「名もなき神々の王女。まさか、存在していたとはね」

 

『ッ! コイツ!』

 

「バカ!」

 

 

 黒服の言葉に過剰反応した王女が、何かの行動を起こした。数ある行動の選択肢の中でも、最悪の一手を取った王女に制止の声を上げるが、もう遅い。バチンと、火花と黒煙が黒服の懐から上がる。

 

 

『どうして……!』

 

「クックック……驚いたでしょう? この周囲の物品の電源は全て切らせてもらいました。私の懐の端末以外はね。そして、王女はここへ飛び込んでくるしかない。対策位はしますとも」

 

 

 王女が悔しそうな声を上げて、声が聞こえなくなる中、黒服が余裕をもって笑う。想定通りの最悪の結果に、カヤツリは後悔する。

 

 王女は挑発に乗ってしまった。恐らくは端末を乗っ取って、爆発でもさせようとしたのだろう。けれど、それは誘導に過ぎない。

 

 黒服は、協力者の正体を知りたかった。それを確定させたかったが、カヤツリは答える気はないと分かっていた。だから、その代わりに、王女に答えてもらったのだ。

 

 

「そして、結果は……ああ、駄目でしたか。かなりの自信作だったのですが……」

 

 

 黒い端末を取りだした黒服は、それを確認して残念そうな顔になる。

 

 

「やはり不可能ですか。状況から考えて、捕獲できると思ったのですがね。おや? どうしたのですか?」

 

 

 椅子から立ち上がったカヤツリを見て、黒服は不思議そうな表情だ。どうしたのかではない。

 

 

「話とはこれですか? だったら、話は終わりです。捕獲? やっぱり、俺たちを拘束するつもりでしたか」

 

「ふむ。少々、行き違いがあるようですね」

 

「行き違い? 挑発して、罠に嵌めて、行き違い? こんな衝動的な事をするとは思いませんでした」

 

 

 カヤツリは、黒服を睨む。やっぱり鈍ってしまっていた。黒服が強引な手段を取って来るとは、思いもしなかった。らしくないだけで、黒服がこう言った手段を取れることも、念頭に置いておくべきだった。

 

 あの端末には、王女を行動不能にさせる何かがあったのだろう。それで、王女とカヤツリを引き離して、あの紅ショウガに引き渡すつもりなのだ。突き出さないとは言ったが、拘束しないとは言っていない。

 

 そう思って立ち上がったカヤツリとは逆に、睨まれた黒服は席を立とうともせず座ったままだ。

 

 

「行き違いですよ。どうにも、君と私の認識には大きな差があるようです」

 

「差?」

 

「ええ、差です。連邦生徒会長から聞いていないのですか?」

 

 

 目元険しく、カヤツリは黒服を睨み続けるも。黒服自身はどこか驚いた様子を崩さない。騙しでもなんでもなく、珍しい事に本当に黒服が驚いているように見える。

 

 

「何も、彼女から聞いていないと?」

 

「妙な力を使うことくらいは知っていますよ」

 

「何ですって? それだけ? それだけですか? 本当に……?」

 

 

 言い返すと、黒服の驚きがさらに大きくなったようだ。信じられないとばかりに、顔を手で覆って、宙を仰いでいる。

 

 

「……申し訳ありません。てっきり、連邦生徒会長から話を聞いていると思っていました。彼女の、名もなき神々の王女の危険性について」

 

「……何をそんなに警戒しているんですか」

 

 

 黒服がそこまで言うのは珍しかった。頭を軽く下げていた黒服は、顔を上げて、口を開いた。

 

 

「当たり前です。彼女の処遇について、私は君や連邦生徒会長と取引をするためにここに来たのですよ。彼女への対抗手段を用意してね。今の所、麻痺させるに留まりましたが……私にそうさせるほど、彼女は危険だということです」

 

「取引とは?」

 

「ええ、その前に、話しておくべきことから話しましょう。再び行き違いが起こっても困りますし、契約とは神聖なものですからね」

 

 

 黒服はいつもの調子を取り戻したのか、元の姿勢に戻っている。カヤツリも腰を下ろすと、ヘッドセットが幽かに音を立てた。

 

 

『止めてください……お願いです……やめて……』

 

「王女……?」

 

 

 微かではあるが、泣き声のような声が聞こえた。耳を澄ませていると、黒服が机を指で叩く。

 

 

「泣き言ですか? であれば、話半分に聞いておきなさい。恐らくは演技の可能性があります」

 

「……そこまで言いますか?」

 

「クックック……真面目な話です。冗談でも揺さぶりでもなんでもなく。知らないようですので、カヤツリ君。取引の前に、君にお教えしましょう。貴方が王女と呼ぶ少女。その恐ろしい正体をね」

 

 

 らしくない対応に眉を顰めれば、大仰に黒服は頷くのだ。

 

 

「彼女は、今のキヴォトスを。この世界を滅ぼすために、そうあれかしと。無名の司祭たちに作り出された決戦兵器なのですよ」

 

 

 世迷い言をと、カヤツリは流せなかった。黒服の雰囲気と表情は真剣そのものだったからだ。

 

 

「簡単に言えば、このキヴォトスには先住民族が居ました。彼らは長い戦いの末に敗北し、キヴォトスは今のキヴォトスになったのです。しかし、彼らは遺産を残しました」

 

 

 黒服は外を指差す。それはきっと巡航ミサイルを指差しているに違いなかった。

 

 

「それがオーパーツです。かつての先住民が残した超技術の産物。その一番の傑作が名もなき神々の王女。つまるところ、彼女は人間ではなく機械です。彼女にオーパーツの場所を教えられてきたのでしょう? 彼女がここをハッキングしたのでしょう? 彼女が短時間でカタコンベを攻略したのでしょう? それは、彼女が彼女足る所以だからできたのです」

 

 

 ──私と同じ技術系統という事は、私にならその場所が分かるということです。だから、この女は私に言う事を聞かせたかった。

 

 ──何もできないように閉じ込める。そうするしか手が無いんです。そうやって初めて、私たちは彼女に対して、話し合いのステージに立つことが出来るんです。

 

 

 過去の王女と連邦生徒会長の発言と矛盾はなかった。そして、二人とも知っていたのだ。カヤツリだけがちゃんと知らなかった。

 

 

「連邦生徒会長は、君に教えようとしたのではないですか? それを、名もなき神々の王女が遮りはしませんでしたか?」

 

 

 カヤツリは答えられない。その通りだからだ。確かに王女はそうした。連邦生徒会長の言葉を遮った。

 

 

「どうして彼女が、そうしたか分かりますか?」

 

「知らないからでしょう? 俺だけが知らないから」

 

「クックック……そう、彼女は君にだけは知られたくなかった。そうされれば、自由に行動できないからでしょうね。彼女の製作理由、使命は、このキヴォトスの破壊ですから。連邦生徒会長も苦肉の策だったでしょう。ここまで弱体化させておきながら、処分できないのが良い証拠です」

 

 

 黒服は両目を爛々と輝かせて、カヤツリの後ろの方へと目をやった。

 

 

「彼女とて、ただでさえ危険なオーパーツの中でも、殊更に危険な名もなき神々の王女を処分したかったはずです。ですが、出来なかった。名もなき神々の王女なくして、オーパーツを探し出すのは至難の業ですからね。この私を除いては、ですが」

 

「ああ、取引の内容はそれですか」

 

 

 ここまで話が進めば、黒服が何を言いたいのかカヤツリにも分かる。

 

 

「王女の代わりをしようと言う事ですか。その代わりに、回収したオーパーツを調べたいんですか? 連邦生徒会長への仲介をしろと?」

 

「クックック……ええ、その通りです。お互いに得るものしかないと思いませんか? 連邦生徒会長と私は危険な名もなき神々の王女を処分でき、君は後顧の憂いを断ち、仕事がやりやすくなる」

 

 

 カヤツリが黙り込む。それをいつもの笑顔で黒服は見ている。

 

 

「名もなき神々の王女は気にしなくても構いません。先程の一撃で、しばらくは動けません。この程度であれば、幾らでも対処は出来ます。反撃されるなど、無用な心配はいりませんよ」

 

 

 黙り込んでいるカヤツリへ、黒服は安心させるように微笑んで口を開いていた。

 

 黒服の言う事は本当だろう。全てに理屈が通っている。行動も、それに付随する感情も、何も矛盾点はない。

 

 だから、カヤツリの答えは決まっていた。

 

 

「断ります」

 

「……ほう? 理由を聞かせて頂いても?」

 

 

 黒服の圧が上がった。笑顔ではあるが、それだけに圧が段々と増している。けれど、全く怖くはなかった。

 

 

「それで、何が手に入るんですか? ただ、自分の保身の為に他人を売り渡しただけでしょう。何で自分がされて嫌だったことを他人へ押し付けなきゃならないんです」

 

 

 きっと、正しい。誰も責めないし、頷いてくれるだろう。でも、それだけなのだ。カヤツリは嫌な気分になるだけだ。何も手に入らない。

 

 

「しかし、彼女の危険性はどうしますか? 君は、その責任を放棄するのですか?」

 

「バカ言わないで下さい。それは、俺だけの責任じゃないでしょう」

 

「確かに、私や連邦生徒会長の責任もあるでしょう。しかし、これはキヴォトスが滅ぶかどうか、そのような規模の話なのです。その責任の一端とは言え、それを君は放棄するのですか?」

 

 

 これも正しい。カヤツリの言葉は、そのように言っているのと同じだった。目の前にある対処法を嫌だと言っているだけ。

 

 

「君の気持ちは分かります。かつて、自身が味わった事を味わわせたくない。逆の立場にもなりたくはない。理解はしますが、それではね。現実は何も変わりませんよ。君がそう言って責任を放棄した分だけ、君の罪が増えるだけです」

 

 

 黒服は指折り数え始めるが、大体の予想はつく。

 

 

「キヴォトスは滅ぶでしょう。君の尻拭いを誰かがするでしょう。君の大切なものは壊れてしまうでしょう。君は大勢から責められるでしょう。全て、君が選ばない事で起こる事態です」

 

 

 ですからと、黒服は言う。分かっているでしょうと、紙を机の上に広げる。

 

 

「そうですね。きっとそれは正しい。その方が合理的で、利益がある。貴方に教わったことだ」

 

「ええ、ええ。そうですとも」

 

「ですけど、そんなものはどうでもいいんですよ」

 

 

 その言葉を受け、先よりも冷ややかに笑う黒服に、カヤツリは真正面から向き合う。

 

 

「そうですよ。正しい。正しいからこそ、そうしてきた。そうして、俺は何も手に入らなかった。欲しいものは何にもです。賢く立ち回った結果、他人の都合よく動いた結果、俺は大切だったものを失った」

 

 

 そうだ。カヤツリはそうやって生きてきて、望んだモノは手に入らなかった。金や地位や力は手に入っても、欲しかったものは手に入らなかった。寧ろ、大切だったものを失った。

 

 

「今回だってそうです。貴方にとって、連邦生徒会長にとって、キヴォトスの誰かにとって、都合の良い存在が俺だっただけだ。別に俺じゃなくても、このポジションの誰かなら誰でもよかった」

 

 

 得てして、そういった時には他人は大して何もしてくれない。マトはヒナを優先し、連邦生徒会長は連邦生徒会を優先した。

 

 そうでなかったのは、カヤツリをカヤツリとして必要とされた時だけだ。

 

 

「では、君は選択の責任を放棄するのですね?」

 

「それは、貴方の意見でしょう。そもそもが、どうして俺の責任になるんですか」

 

 

 カヤツリは知っている。情報だけ与えて、判断を投げるのは黒服の得意技であることを。

 

 

「キヴォトスの問題なんですよね。どうして俺一人の問題になるんですか? それなら、キヴォトスに住まう者全員の問題でしょう」

 

 

 そう言いながら、過去の記憶が蘇って、口の中が苦くなる。

 

 

 ──挙手投票で決まったんだよ。役員の皆が私に投票したの。次の日には、誰も来なかったんだけどね。

 

 

 ずっと思っていて、封殺してきたことだ。アビドスを復興する上で、ずっと思っていたことだ。ユメに聞かされて、腹が立ったことだ。地域全体の責任を人一人に押し付ける事の理不尽さ。

 

 正しさを盾に、都合よく人を動かそうとする。そうすることが間違っているとは言わないし、そうやって社会が回っていることを否定はしない。

 

 けれど、それを唯々諾々と従うのも違うと思うのだ。それに対して、カヤツリが期待した物は与えられなかった。ならもうカヤツリは言いなりにならない。力を持って抵抗し大事な物を守るために戦う。だから、全員で背負ってもらう。

 

 

「貴方は、王女がキヴォトスを破壊すると言いますが、幾らでもそのチャンスはあったはずです。でも、そうしなかった」

 

 

 寧ろ、王女はそれを嫌っていたように思うのだ。名もなき神々の王女として見られるのを、とてつもなく嫌っていた。

 

 

「ここへ侵入するのだって、彼女の助けなしではできなかった。彼女は、この仕事を成功させようとしてくれたことを知っています」

 

 

 ──これは、私たちの初仕事なんですよ!

 

 

 王女は、何かを手に入れようとしていた。それは、名もなき神々の王女以外の何かを手に入れようとしていたのではないかと思う。そう信じたかった。

 

 

「ふむ。君は、どうしようと言うのですか? 彼女を処分せず、どうすると」

 

「このまま、オーパーツ探しを続けますよ。彼女と約束しましたし、彼女はそれをやりたいと望んだ。連邦生徒会長も約束を守るでしょうよ」

 

「しかし、キヴォトス滅亡の危険性は残ったままですね。どうするのですか? まさかとは思いますが、全てに蓋をして、見ないふりをするのですか?」

 

 

 そんなわけはない。それほど無責任にはなれはしないし、どうするかなんて決まっている。

 

 

「王女に聞きますよ。これからどうしたいのか、これからの事や、話さなかった理由もね。いきなり殺し合いはスマートじゃないでしょう」

 

「しかし、本当の事を話すでしょうか? 嘘を吐くかもしれませんよ?」

 

 

 ワザとらしく言う黒服に、カヤツリは笑った。

 

 

「そうであるなら、いいじゃないですか。嘘が吐けるなら」

 

「ほう。どうしてそう思うのですか?」

 

「簡単ですよ。そう出来るなら、初めからそうすれば良かったんです。ちゃんと自らが、名もなき神々の王女だとそう言えばよかった。その上で、世界を滅ぼすつもりはないと言えばいい」

 

 

 しかし、王女は、自身の正体を黒服に指摘されるまで黙っていた。連邦生徒会長の言葉を遮った。

 

 

「でも、そうしなかった。後出しで言うほど信頼を損なう行為はない。とても理論的ではない行動だ」

 

「だから、嘘が吐けないと判断したと?」

 

 

 カヤツリは首を横に振った。

 

 

「言えなかったんでしょう。言いたくなかったか。とてつもなく下手糞な嘘ですが、嘘は嘘です。よく言うじゃないですか。機械は嘘を吐けないって」

 

「ええ、システムとして嘘を吐くことはありますが。論理的でない、感情的などと言う矛盾に満ちた嘘は吐けません」

 

 

 だから、カヤツリは思うのだ。高々数日の付き合いではあるが、王女は人間だと思う。身体が機械だとしても、その心までは機械ではないと。

 

 

「王女は人間ですよ。兵器だと他の人は言うでしょうが、俺はそう思います。彼女はただ、名もなき神々の王女という役割を押し付けられただけなのだと。だから彼女に、全ての責任を押し付けたくはありません。それで解決するには目覚めが悪すぎる」

 

「……君の見解が間違っていたら? その時はどうしますか?」

 

 

 その質問が来ることは分かり切っていた。

 

 

「責任を取りますよ。彼女に対処しましょう」

 

「勝てませんよ? 断言します。君では勝てません。ホシノさんと一緒でも無理です。土台のスペックが違い過ぎますから」

 

 

 黒服の声は真剣そのもので、今までの欺瞞が混ざったものではなかった。

 

 

「だから、その時は助けてください。これはキヴォトス全体の問題なんですから。貴方も困るでしょう? その時は存分に頼りますよ。他の人間にだって頼ります。何でも使います」

 

「何を……言うかと思えば……」

 

 

 黒服の肩が震えていた。それは怒りによるものではない事は、一目瞭然だった。

 

 

「クックック……クックック……ハハハハハ……」

 

 

 鳩の鳴き声かと聞き間違う押し殺した笑いの後、黒服は額に手を当てて笑い出す。

 

 

「ええ! ええ! その通りだ。確かに、私にも無関係ではない。事が起こった場合の対処法としては上々でしょう。私が都合よく君に押し付けた様に、君も私に押し付けると……クックック……いいでしょう。その方が、興味深いものを見られそうだ」

 

 

 黒服の圧は消えていた。いつの間にか、机の上の紙も消えている。それもあって、カヤツリは黒服を見つめ返した。

 

 

「それでは、契約はしません。それでいいですか?」

 

「ええ、問題ありませんよ。今、君を丸め込むのは無理そうなので、それに余計なお世話だった様ですからね」

 

 

 黒服は椅子から立ち上がって、埃で白く汚れた服を払った。

 

 

「それでは、私の要件は終わりのようですが。まだ貴方に用がある人間がいるようです」

 

 

 黒服が窓の外を指すと、赤と白と黒が混じった何かが見えた。もしかしなくとも、紅ショウガこと、マダムだろう。とうとう、追いつかれたという訳だ。

 

 

「マダムを侮ってはいけません。彼女も、伊達や酔狂でアリウスを支配できているわけではありませんし、君の怪我も酷い。片目がよく見えていないでしょう?」

 

 

 初めから分かっていた事であるが。この言い分からして、黒服は手伝ってはくれないのだろう。契約を受ければ助けてはくれたのだろうが、それを拒否したカヤツリにその権利はない。椅子から立ち上がったカヤツリへ向かって、こう言うのだから。

 

 

「それでは、お手並み拝見と行きましょう。健闘を期待していますよ」

 

 

 カヤツリは溜め息を吐いて、入口へと視線を向けた。

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