ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
ベアトリーチェは苛立っていた。
その理由は単純で、自身がここまで動かなければならない事態に陥っているからだ。空調もさほど効いていない地下通路を延々と歩くなど、普段のベアトリーチェのすることではない。
「よくも、こんな場所に逃げ込んでくれましたね……」
意図せず悪態が口から零れる。この地下通路の先は未だ長く、追いつくまでにはもうしばらく歩く必要がある。ネズミ一匹殺すのに大した労力は要らないが、それをなすための前段階が面倒でしかない。
本来であれば、こういった雑事はアリウスの子供たちに丸投げするのだが。この通路を見られるのもまた問題ではあった。
「外の世界など必要ないのです。あの者らには、地獄に居てもらわねばなりません」
ベアトリーチェは、あの侵入者が疎ましかった。あれが内乱の派閥の残党であったなら、ここまでする必要はなかった。ただ、外から来たという、その一点が最悪の一言に尽きる。
計画の都合上、アリウス生にはアリウス自治区に居てもらわねば困る。だからわざわざ、ゲヘナとトリニティに復讐するなんていう面倒なカバーストーリーを演じているのだ。
そうでもしなければ、アリウス生たちは自治区の外へ適応しかねない。そうなれば、ベアトリーチェの元から逃げ出す危険性すらあった。ようやく確保したロイヤルブラッドが行方不明など、全く笑えない。
「よくも、ロイヤルブラッドを……」
失うかもしれなかったロイヤルブラッドを思うだけで、ベアトリーチェの声に怒りが滲む。大事な大事な生贄を傷つけた罪は、その身で償ってもらわなければならない。もしも、黒服の作った仮面がなければ、どうなっていたことか。
黒服には感謝しなければならないだろう。黒服の作った仮面がロイヤルブラッドを守り、今もそれを持って逃げた侵入者の行方を教えてくれている。
「見つけましたよ……」
反応が管制室の中からする。窓からは黒服と侵入者の姿が見えた。上手く足止めをしてくれたらしい。
「死になさい」
黒服に当たらないよう、ベアトリーチェは収束した光線を侵入者に向けて撃ち放った。閃光が管制室を呑み込むが、全く手ごたえがない。感覚の通りに、反撃の銃弾がベアトリーチェに直撃する。
「効きませんね。そんな豆鉄砲は」
とうにベアトリーチェは戦闘準備を終えていた。濃縮した神秘で底上げした位階には何人たりとも傷を負わせることはできない。だからベアトリーチェは余裕を持って、二撃目を見舞う。
「ここを見られたからには、貴方を生かして帰すわけにはいきません。ここで、死んでいただきましょう」
決定した判決を言うのも忘れない。散々、アリウスの支配者たるベアトリーチェを手こずらせたのだ。十分に甚振ってから殺す。それくらいしなければこの鬱憤は晴らせない。
先程の反撃で底は見えた。あれが侵入者の最大火力。どう見ても、それ以上の火力を叩き出す火砲は無い。
そして、逃げる事も不可能だ。
黒服の仕業だろう。待機用に流れている筈の電力が来ていない。そして今、それをコントロールする管制室も吹き飛ばした。よって、輸送用の鉄道で逃げる事も叶わない。
「フフフ……もう、終わりですか?」
返事替わりの銃弾を身体で受けて、ベアトリーチェは笑う。こう言ったことは、最近忙しくて出来ていなかったから、溜まっていたストレスが緩和していくのが分かる。
「では、次はこちらから」
態と収束した光線をゆっくり薙ぐ。今は、ホイから逃げる金魚の様に躱しているが、いつかそう出来なくなる時が来る。その瞬間を楽しみに、ベアトリーチェは侵入者での遊びを続けていた。
侵入者は侵入者で、誰かと何やらごちゃごちゃ話しているが、それもまた絶望へのスパイス。実に飽きない。
「おや? 諦めましたか?」
とうとう反撃が止んで、ここからがメインディッシュだと、ベアトリーチェの口角が上がる。
「とうとう、諦めましたか。存外、早かった……」
ベアトリーチェは言葉を途中で切った。侵入者の態度に、そこはかとない違和感を感じる。
侵入者の顔は、最初と同じようにバラクラバで隠されていた。だから、表情は分からない。でも、分かる部分もあった。
「何ですか。その目は……!」
数多の子供を甚振り踏み台にして来たベアトリーチェは、目を見ただけで相手がどんな状態かが分かる。
絶望しているのか、諦めていないのか、或いはその両方、又は自分でそう勘違いしているか。相手の抱く、それぞれの感情の配分や種類。人によって全く違うそれらを観察するのが、ベアトリーチェの楽しみ方の一つだった。
だから、目の前の侵入者の感情も分かる。その目は諦めていなかった。だが、それ以上に看過しがたい事実がある。
二つあるのだ。槌永ヒヨリに狙撃され、流血で真っ赤になった目とそうでない目。それぞれに別の感情を感じる。そのどちらも諦めていない。
問題は流血した方の赤い目だ。そこに感じる感情は、ベアトリーチェの理解の範疇にないものだった。
どこかで見たことがあるはずなのに思い出せない。けれど、この場では絶対にあり得ないもの。
それが、ベアトリーチェを舐め回している。その何かが分からない事が、ベアトリーチェを焦燥させた。
「何者です! お前は、何なのですか!?」
ベアトリーチェは叫んで、光線を直撃させる。甚振ってからなど悠長なことはせずに、最大火力を叩き込む。
そのベアトリーチェの目に、赤と白の光が映る。
「な……列車……!」
轟音と共に、動かない筈の列車が車庫の扉を突き破り、侵入者とベアトリーチェの間に割り込んだ。列車は光線に両断されるも、奥までは光線を通さない。
「何が……電源は落ちている筈」
ベアトリーチェが狼狽える間に、また赤い光が走った。今度は周りの電灯が点灯していく。電源はないはずなのに、何故か周りの機械が稼働していた。
「これは……」
見たことがない機械だ。楕円形のボディに数本のワイヤーアーム。それをガシャガシャ蠢かせて、列車の残骸から這い出てくる。それらの無言のままの、多数の赤いカメラアイが輝いて、ベアトリーチェを睨む。
そして、閃光がベアトリーチェを貫いた。
「ガ……!?」
ベアトリーチェは反応出来なかった。いや、反応しなかった。その必要性を感じなかったから。
だって効かないはずだからだ。高濃度の神秘により位階を上げた自身の身体には、何も効かないその筈だから。
でも、痛い。閃光が当たった箇所は焼け焦げて穴が空いていた。ジクジクとした痛みが、これが幻覚ではない事をベアトリーチェに教えてくる。
「何故!? これはただの機械のはず……」
いつのまにか、数え切れないほどに増加している機械の群れ。それに神秘の匂いはしない。ただの鉄の塊に過ぎない。それなのに……
「グガッ!」
今度は銃声がして、ベアトリーチェの視界が半分になった。射手は言うまでもない。侵入者のライフルから硝煙が登っている。
なぜ、どうして。そんな問いがグルグルとベアトリーチェの頭を回る。圧倒的に優位だった筈の立場がぐらついている。その原因が何もわからない。
ベアトリーチェを上回る神秘が無いのなら、傷はつけられない。それなのに、目の前の機械群と侵入者からは神秘のしの字も感じ取れない。
──ああ、一つ注意を。マダム。
このベアトリーチェ用に調整された神秘。手を貸した黒服の言葉がなぜか蘇って来た。
──先程の説明の通りに、貴女が考案したこの薬品は効果を発揮するでしょう。今のところ、これを服用した貴女に太刀打ちできるものはいません。
であれば、注意とは何なのか。欠陥でもあるのかと、ベアトリーチェは黒服を問い詰めた。その時に黒服は何と言ったのだったか。
──これを服用すれば、副作用としてある程度の神秘を感じ取れる様になります。相対する相手の神秘を測るにも使えるものですが……
その機能に意味はないと、ベアトリーチェは思った。敵う者がいないのだから、調べる必要もない。その様な機能は弱者が強者から逃げるためのものだから。
──いいえ。これは有用ですよ、マダム。貴女が敵と相対し、相手が神秘を保有していることが確実であった場合は特に。
その時、クツクツと黒服は笑っていた。
──それは相手の力量差が分からないほど、お互いの差が隔絶しているということなのですから。
そう、確かに黒服はそう言った。その通りになっていた。神秘を感じないほどに弱い相手を何匹も屠って来た。
だから、今までそう思い込んでいた。ベアトリーチェの方が強い事を確定させるための機能だと。
でも、実際は真逆だったのではないだろうか。
──相手の方が上の場合の為の機能だったのでは?
──何も感じないのは、ベアトリーチェが分からないほどに相手が高みにいるという事なのでは?
「……そんなことはあり得ません。今すぐに捻り潰して……?」
気を取り直し、敵をなぎ払おうとしたところで、敵が視界から消えた。
目の前がコンクリートの灰色で一杯になっている。どうした事かと足を見れば、自身の足は穴だらけになって、床に膝をついていた。
そして、激痛がベアトリーチェを襲う。声が出ないほどの激痛に身体が反って、侵入者の目を見た。
そして、分かってしまった。あの赤い目を見て、何が引っかかったのか。
それはベアトリーチェ自身だ。ベアトリーチェ自身が、弱者を甚振る時と同じ目をそこに見た。
あそこにあったのは愉悦だ。自身の力を思うがままに振るう愉悦。相手の無様さを嘲笑い、思い知らせる時のものだ。
あの赤い目はずっと、嗤っていた。何も分からずにいるベアトリーチェを見て嗤っていたのだ。機械に囲まれて、一段高いところに居るその目は、無慈悲な王のようだった。
──勝てないかもしれない。ここで自分は殺されるかもしれない。
──自分は遊ばれている。向こうがその気であれば、とっくに首から上を跳ね飛ばされててもおかしくない。
そんな思考が頭をよぎる。
「消えなさい!!」
不都合な現実に竦む心を奮い立たせ、ベアトリーチェは腕を振るった。いや、振るおうとした。指先から光線が出る前に、閃光が掌に大穴を開ける。それからは暴風雨の如くに、閃光が叩きつけられた。
全身が閃光に啄まれていく。その痛みに耐えきれず、ベアトリーチェは撤退を選んだ。いつかの時に黒服に渡された転移装置。それのスイッチを握り込む。
「覚えていなさい。私は……私は、必ず……!」
真下に開いた転移門に飲み込まれながら、ベアトリーチェは捨て台詞を吐く。
非常に腹立たしかった。あの侵入者は何度殺しても飽き足りないだろう。でも、何よりも腹立たしかったのはベアトリーチェ自身だった。
今も、安心している。あの赤い目から逃れられたことに、見逃された事に、心底安堵している自分が居た。その事を何よりも腹立たしく思いながら、ベアトリーチェは転移門の暗闇を落ちて行った。
□
「本当に……何をしているんですか!?」
らしくなく怒る。そんなことを思いながら、王女は首を傾げた。目の前では連邦生徒会長の余裕のない姿が見える。
態々、王女のいる地下まで来て怒鳴り散らすなど、
「ああ、私の分の報告書を書かなかったことですか? ちゃんとカヤツリが書いてますよ。私も一緒に確認しましたし、二枚もいりますか?」
特に書くこともない。あのマダムとやらを撃退し、名もなき神々の王女の力で起動させた運送列車で帰ってきただけだ。列車と入り口は分解して蓋をしたため、証拠隠滅も完璧である。もう一週間経っているのに、何の問題も起きていない。
「違いますよ! いや、それもそうなんですけど、違います!」
けれども。ワッ、と半ば悲鳴染みた声が王女を襲う。それではなんだと言うのか、王女はもう一つ心当たりを探ってみる。
「それでは、あの紅ショウガを逃がしたことですか? その方が良いと思ったんですが」
「ああ、もう! そうなんですけど! そうではあるんですけど! また別の事です!」
「じゃあ、一体何なんですか? 私は私で忙しいんですよ。何ですか、その目は……」
連邦生徒会長の王女を見る目が、どこか胡乱な物になっている。そのような目を向けられる謂れはないため、王女が睨み返すと連邦生徒会長はため息を吐いた。
「今見ているその画面は何なんですか?」
「うん? カヤツリのバイタルデータですが。それがどうかしましたか?」
「問題しかないに決まってるでしょう!? どういうつもりなんですか!?」
どれも正常値で、王女は安心している。そうであるというのに、連邦生徒会長は不満の様だ。信じられない物を見る目で、王女を見ている。
「それが見れているということは、彼の目を完全には戻しませんでしたね。一体、どういうつもりですか!?」
「……すぐ直せるはずがないでしょう。弄ったカヤツリの目を核にして、私は名もなき神々の王女の力を使用しました。目を核にするのも、核を目に戻すのも、どちらも力を使います。そして、核としての機能が落ちれば落ちるほど戻すのが難しくなります」
つまるところ、一気には戻せない。何か間違いがあった場合、リカバリが効かないからだ。カヤツリの目を元に戻せば戻すほど、王女は力が使えなくなるのだから。
「今見ているこれも、ある程度戻しての悪影響が無いかを見ているだけです。貴女は、何か良からぬ想像をしていたようですがね」
嫌味たらしく視線を流せば、連邦生徒会長の険しい顔が目に入った。
「……別に、完全に私を信用しろとは言いません。ですが、そのうっとおしい視線を止めてくれませんか? 非常に不愉快です」
「それは分かっています。私が心配しているのは、手段を選ばないのではと」
「貴女が、それを言いますか? 鏡でも見返してきたらどうなんですか?」
どの口で、それを言うのか。王女は連邦生徒会長を呆れた目で見た。その事に関しては、連邦生徒会長は何も言う資格は無かった。けれど、連邦生徒会長は何の痛打も感じていないようだった。
「はぁ……そういう所が、あの大人に限らず、他人が言う事を聞いてくれない原因だと思いますが。大いなる目的の為なら、何をしても良いと思っているでしょう?」
答えなど聞かなくても分かる。王女に対する態度がその証明だ。
「自分だけが正解を知っている。自分だけが解決できる。他の人間は信頼できないし、役に立たないから利用する。大いなる目的のためなら、多少の迷惑が掛かっても仕方ない。そんな匂いが態度から漂ってきています。それではね。聞ける頼みも聞けませんよ」
目の前の女は気づいていない。恐らくは目的の進捗が上手くいっていないのだろう。それも途中から。だから、取り繕う余裕もない。
「目の前の人間を見ているようで、見ていない。それが癪に障ると言っているんですよ。前の経験を引っ張り過ぎです。下の下の立ち回りと言えるでしょう」
連邦生徒会長は大量の経験値を持っている。所謂強くてニューゲームと言う奴であるが、それが良くないのだろう。同じような事柄は、どうしても作業感が強くなる。
よって、王女に対する態度がずっと変わらない。今の王女を見ているようで、前の王女。連邦生徒会長の考える王女を見ている。
それは、以前の経験から答えを引っ張ってきているから。
「……貴女、ちゃんと考えて選ばなくなったでしょう。最初は出来ていたそれを、経験を積み上げて、その知識だけで選ぶようになった。そんな選択に価値などありませんし、振り返りなんかしても意味はありません。だって、惰性で選んだんですから。その選択に対する事柄を吟味したわけでは無い。前は、こうだったからと選んでいる」
詰まるところ、この女は人の気持ちなんか分からない。理解したようになっているだけだ。この時、この場合、この瞬間。どういう動きをするのかだけが分かっているだけ。
相手の全ての要望に先回りして対応する。無理やり逃げ道を塞いで言う事を聞かせる。そうされた人間が、どうしてそうしたのかなんて、考えもしない。
だから、何を考えているのかと詰問してくる。今の王女と、前の王女が重ならないからだ。あの女の考える行動原理と重ならない。そして、惰性で対処してきたから、その原因が分からない。
「だから、今はいない。あの大人が言う事を聞かないんですよ。貴女がそうだから、貴女の為に聞かないんです」
「……それでも。私は……」
「ああもう、面倒くさいですね……」
すっかり塞ぎ込んだ連邦生徒会長に、王女は顔を顰めた。追い詰め過ぎてしまったらしい。少々自覚があったところに、遠慮なく文句を言ったのが止めになったようだ。
ここでメソメソ泣かれるほど、目障りかつ耳障りなことは無い。王女は向けていた半身を傾けて、連邦生徒会長へと向き直った。腹の探り合いが面倒だから、全てぶちまける事とする。こうでもしないと、この女は聞かないだろうから。
「兎に角、私は今のところは世界を滅ぼすつもりはありません。寧ろ維持したいとすら思っています」
「彼の為ですか?」
「そうですが? 他に何があると思うんです? 急に博愛精神に目覚めたとでも?」
「……分かりました。信じます」
嘘を言う理由もないので、王女は素直に答えた。するとどうだろうか、連邦生徒会長はあっさりと意見を翻した。
「いえ、気持ちは分かるので。ああ、そんな顔をしないで下さいよ。違いますから」
無意識に顔に出たのか。連邦生徒会長を睨みつけていたらしい。連邦生徒会長は焦ったように片手を振っている。
「ですが、大丈夫ですか? 手段を選ばない事に関しては答えていませんけど。まさかとは思いますが、ワザと直さなかったんじゃ無いですよね?」
「何が言いたいんですか?」
「……ですから、寿命が大きく違うじゃないですか。彼と貴女では。それを解消しようとしたんじゃないかと思いまして……」
「ハァー……まさかとは思いますが、最初から、それを聞きたかったんですか? 目をワザと直さずに、少しづつ、カヤツリを私と同じ身体にしようとしていると思ったと?」
とんだ偏見に、王女は呆れた。それは余りにも飛躍した考えというモノだ。王女の事を、一体なんだと思っているのか。
「そんなことはしませんよ。さっきの私が文句を言った態度も、狙ってやったわけですか」
「さぁ? でも耳には痛かったですね。そして、そんな事とは? 何ならするんですか? 私に教えてくださいよ」
余りにも馴れ馴れしい態度に、王女は連邦生徒会長から、思い切り距離を取った。
「何で教えなきゃいけないんですか!」
「ええー、コイバナしましょうよ。コイバナ。リンちゃんとかは聞いてくれないですし、相手が被ってないのは貴女だけなんですよぉー。教えてくれたら、アドバイスくらいはしますからぁー」
さっきとはまた違った意味で、連邦生徒会長は面倒くさかった。大体、文字通りの万年少女が、王女に何をアドバイスすると言うのか。
「……別に、頼むだけですよ。私と同じように、ずっと一緒に生きてくださいとね。勝手に身体を作り替えるなんて愚の骨頂だとは思いませんか?」
「おおぅ……ヘビィ級ですねぇ」
連邦生徒会長は退いていた。聞いて来たくせに何て反応だと、王女は眉間に皺を寄せる。
「本当に失礼ですね……」
「いやいや、カヤツリ君は懐が大きいですけど。流石にいきなりそれは重すぎますよ。もっとほら、こう、段階を踏んで……ライトに行きましょう」
いい方法があるんですよと、ウキウキとした様子の連邦生徒会長。何かを考えてくれるのだろうが、王女にとっては不満だった。
「勝手に計画を立てないで下さい。どうせ、その情報も前の世界からの物でしょう。そんなものいりません」
「おや。別に他意は無いんですが」
「だから、そういう所だと言っているんですよ。それは、前のカヤツリであって。今ここに居るカヤツリではありません」
さっきも言ったように、それでは目の前のカヤツリを見ていない。王女は、連邦生徒会長と同じ穴のムジナになるつもりは毛頭なかった。
「私は、他の世界を参考にするつもりはありませんし、させるつもりもありません。これは、私だけのものです。この記憶と想いを持つのは、ここの私だけでいい。他の私には絶対に共有しませんし、あげません。奪うなら反撃しますし、私にも考えがあります」
「……それでは、貴女に会えるのはここだけだと」
「普通は、そうなんですよ。貴女は違うようですが」
これが王女のやり方だ。この状況は運かもしれないし、目の前の女の策略かもしれない。でも、それを見て、他の世界で再現されるのは気にくわない。これはこの王女だけの奇跡だから。
この奇跡は方舟には共有しない。他の世界の自分には、想いの共有などさせない。他の人間ならいざ知らす、それだけは許さない。
「話はもういいですか? 私はこれからバイタルデータの確認で忙しいんです」
「それは、もう終わったんじゃ? 異常はないんでしょう?」
「心臓の鼓動を聞くのに忙しいんです。まだ数時間は掛かりますよ」
連邦生徒会長が妙な顔になった。またかと、王女はため息を吐く。
「はぁ……分かっていませんね。鼓動を聞くと一緒に居るみたいで安心するでしょう? この間の時に気づいたんですよ」
アレは、良い。一人ではないと実感できるし、あの時の、一つになった感覚に近い。
「いやいやいやいやいやいや、何言ってるんですか!? それじゃあ、ストーカーみたいなものじゃないですか」
「人聞きが悪い事を言わないで下さい。ちゃんと呼吸数や血圧、他のデータから健康状態の確認もしています。私はカヤツリのバディ何ですからね」
「それは違うと思いますけど!? いきなりアクセル全開が過ぎるでしょう! さっきまでの真面目な空気はどこ行ったんですか!?」
真面目も何も、王女はずっと真面目だ。大真面目に言っている。連邦生徒会長の言い草には反論の余地しかない。
「貴女だって、真面目な話は最初だけじゃないですか」
「これからの仕事について、話そうと思ってたんですよ。次の大目標、聖十文字の調査地点に問題があるので。貴女の状態によっては、カヤツリ君単独で行ってもらおうかと……」
それを聞いて、王女の頭に血が上る。
「喧嘩売ってるでしょう?」
「売ってませんよ。その様子だと、面倒が起こる予感しかしません。ですので、期間を置きましょう。暫くは他のオーパーツ探しで、カヤツリ君との距離の取り方を私が監督します。このままだと、キヴォトスに血の雨、いえ火の雨が降ります」
王女は連邦生徒会長を睨む。何の権限があろうと、そんな事をされる謂れはない。向こうも、そのつもりなのか、溜め息を吐いて口を開いた。
「次の目的地はアビドスですよ。貴女はその様子で、カヤツリ君の知り合いと交流出来るんですか? 今の様子では喧嘩して、カヤツリ君に嫌われますよ」
「それは……」
王女は強く言い返せなかった。喧嘩をするつもりはないが、カヤツリに嫌われるのは嫌だった。勢いが落ちた王女を見てか、連邦生徒会長はニッコリ笑う。
「ですので、コイバナです。少なくとも、約束通りにアドバイスはしますし、一般常識の範囲での許されるラインは教えてあげますよ? カヤツリ君と一緒に行動する機会も増やしますしね」
それを聞いて、仕方なく、本当に仕方なく、王女は頷いた。