ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
あの地下での、一方的ともいえる逃走劇から、一ヶ月ほどが過ぎていた。
その間も、特にマダムとやらの襲撃は無く、黒服からの接触も無かった。オーパーツの回収の方も、アリウス自治区への侵入のような大掛かりなものは無い。早ければ日帰りで、遅くとも一日で終わるような仕事が多く、いつ終わるとも知れなかった地図の点も、まばらになってきていた。
あと変わったことと言えば、カヤツリの生活様式は大きく変わっていた。
「頼んだものは買って来てくれましたか」
仕事の帰り。地下に直行したエレベーターの扉が開くと、王女がすぐそこで待っていた。催促するかのように片手を突き出している。もうルーチンと化したそれに苦笑しつつも、カヤツリは製菓店の包みを渡す。
これは、あの逃走劇の後から始まった新しい習慣。この地下から外へと出れない王女のために、外の物を何かしら買ってくるという習慣だ。大抵は王女が頼んだものを買ってくるが、それともう一つ、カヤツリの思うお勧めを買ってくることになっている。
「今回のセレクションは……ふむ、シュークリームですか。今日はトリニティ方面でしたからね」
包みを受け取った王女は中身にご満悦のようで。カヤツリは一安心する。何せ、お任せというのは一番難しいお題であるからだ。
基本的に王女は買ってきたものが何であれ喜んでくれるが、その中にも上下がある。買ってくる以上は喜んでもらいたいのが人情だろう。その点で、消え物である食べ物は安牌だった。
部屋に向かいながらも、王女が指を一鳴らしする。きっと中身を見て模様替えをしてくれているのだ。以前見た時とは違い、壁は無機質なコンクリートではなくなっており、テーブルにケトルと、二つのマグカップが置かれている。王女の力の賜物か、ケトルからは湯気が出ていた。
「準備くらいはしておきます。貴方もゆっくり支度を」
慣れた手つきで、王女は部屋の外に造設された通路を指す。そこはカヤツリの仕事部屋。王女が言うのは洗面所で手を洗って来いと言う意味。カヤツリももう慣れたもので、聞き返す必要はなかった。
「……変な感じだ」
手を洗いつつ、カヤツリは呟く。
なんというか、こういった体験は初だった。
ホシノたちのものは気安さが前面に押し出されたもの。基本的にはカヤツリが動くのが主で、その中には甘えや我儘などもあった。それが悪い物とは言わない。完全にそれを排除してしまえば、それは仕事としか言えないものになる。決してあの日々は、そんなものではない。
対して王女のこれは、真逆だった。ならこれは尊重というべきだろうか。
王女はカヤツリを尊重してくれ、カヤツリもそうする。互いに敬意のような物がある。お互いに距離はあって、気を使っている。けれども、その中にはある程度の気安さもある。同じ気安さでも、アビドスでの、ホシノや後輩たち相手の物とはまた趣が違った。
「もう、できてますよ」
部屋に戻ると、王女が席について待っていた。テーブルには二人分のシュークリームと、湯気の立つ飲み物がある。
「どうぞ、今回は自信作です」
本当に自信作なのだろう。少し得意げな王女を横目に、
普通のコーヒーだ。シュークリームのような甘味に合わせるにしては無難な選択肢とも言える。しっかり味わってから、カヤツリは感想を組み立てた。
「……普通に美味しいが」
「ぐ……」
王女ががっくりと項垂れる。今回も、納得がいかなかったらしかった。
「どこが気に入らないんだ?」
そう問いつつ、コーヒーを再び啜るも特に変わった味はしない。香りもいいし、上々。今も先ほどの言葉も嘘ではないし、世辞でもない。
「いえ、駄目ですね。ダメダメです」
半目でコーヒーを啜る王女は不満そうだ。最近、王女はこうしたことにハマっていた。一括りに言ってしまえば、趣味と言うものに。
カヤツリは王女の後ろへ目をやる。そこ、部屋の奥には、コーヒーを作るのに使っただろう機器が置いてあった。
「ふーん……」
見たところ、自作だろう。無断接続したネットから情報と図面を引っ張ってきて、あの力で構成したらしい。コーヒーそのものを錬成しない所に、王女の拘りが見えた。
熱中するのがコーヒー作りというのがまた不思議だ。特に、王女がコーヒーが好きだとかは聞いたことが無い。カヤツリも特に好みという訳ではないし、詳しくもない。であるのに、感想をカヤツリに聞くのはどういうことか。
今だって、変だ。
自分で味見をしてからなら分かるが、カヤツリの反応でダメだと言う。
──貴方、いつも朝方にコーヒーを飲んでいますが好きなんですか?
以前に聞かれたのも、このくらいのものだ。朝のコーヒーは眠気覚ましに飲んでいるだけだと答えた。その時の反応も、いたって普通。ここまで毎度コーヒーを振舞うことは無かった。
一度気になってしまうと、中々止められない物で、何時頃からこうなったか思考が飛ぶ。
──ここ最近だな。三週間前か……
思えば、あの逃走劇の直後では無かった気がする。あの後、連邦生徒会長が休暇をくれたのだったか。それで……
「食べないんですか?」
「食べるよ」
じっと、王女がカヤツリを見ていた。もそもそと食べ始めるが、やっぱり美味しい。あそこまで残念そうにする理由もない。
「そう言えば、あの女から連絡は来ましたか?」
「連絡? いや、来てない」
それは携帯を確認するまでもない。連邦生徒会長からは報告書を提出して以降、特に音沙汰はないままだ。
「忙しいんだよ」
「まぁ、周りがアレではね。とても忙しいでしょう。非効率の極みですよ。連絡くらいモモトークで出来るでしょうに、私経由でやらせるつもりですか……余計なお世話です」
自分で話題を振って置いて、不機嫌になったらしい。時間経過で仏頂面になっていく。
「……それで、そっちには何か来たのか」
「ああ、ごめんなさい。今日で、一先ずオーパーツ探しは終了で良いそうです。明日からは大目標だと」
「大目標? これまでより大変ってことか。どうして、そんなことが分かる」
王女が出した光点。それに難度の高低差があるのは理解していた。今までの経験のとおり、日帰りのものもあれば、アリウスの様に大騒動になる場合もある。でもそれは、行ってみなければ分からないのは共通していた。
「私とあの女との、最初の会話を覚えていますか」
「鍵とか、聖十文字とか?」
「そうです。それとオーパーツ。あれら三つの場所をあの女は知りたがった。その三つを大目標と、あの女は呼んでいるんですよ」
本当に王女の連邦生徒会長嫌いは治らないままだ。今もあの女呼ばわりを止めようとはしない。それに仕方ないと思いつつ、カヤツリは考えをまとめた。
「じゃあ、オーパーツ探しは一旦お終いだと」
「そうです。次は残りの二つ。鍵と聖十文字へと対象を変えるとのことです」
その判断は間違っていないように思う。地図の光点は徐々に減少し疎らになってきている。それに比例して、この地下の部屋も埋まり始めていた。
「じゃあ、二つの内、どっちなんだ?」
「聖十文字の方ですね。あの女や他の人間はデカグラマトンとも言いましたが、概ね意味は一緒です」
次の目標は聖十文字。今までの様に、それを探せとでも言うのだろうが。ここまで引き延ばしたわけは勿論あるのだろう。聖十文字の名前の通りに、十個の何かを探せばいいのだろうか。
「場所は?」
「分かりません」
王女がハッキリと断言する。はてとカヤツリは首を傾げた。
「場所が分からないなら、探しようがない」
「その通りです。あれは、私の技術の産物ではないので、オーパーツのようにはいきません」
だから、分からないと王女は言うのだ。仏頂面のまま、王女は続ける。
「まずは、デカグラマトンについて説明しましょうか。カヤツリも良く知っているんじゃないでしょうか」
「いや、知らないが」
「いいえ、よく知っているはずです。ビナーは知っているでしょう?」
王女は揶揄うように笑うが、カヤツリとしては複雑だ。
知っている事には驚かない。カイザーが存在を知っているのだ。好きにネットをハッキングできる王女も知っているだろう。問題は、あの戦いの影響について言及されることだ。
あれが、何か良からぬ影響を与えたなどと言われれば、カヤツリとしては嫌な気分になる。
「知っているが、それがどうした」
「あれは預言者と呼ばれています。デカグラマトンの預言者たちと」
今の発言には、聞き逃せない点が多々あった。
「デカグラマトンの預言者ってことは、手下ってことか?」
「手下と言うよりも、仲間。そう評するべきでしょう。そこは、謎の拘りですが」
理解できない。そんな風な雰囲気ながらも、王女はそう感じていないように見えた。
「デカグラマトンは、他の機械をハッキング。あの女に言わせれば、対話らしいですが、そうして仲間を増やしているんです。それを放置すれば、どうなるか。あの女が危惧するのも分からなくはないですね」
それは言わずと知れた事だろう。つまるところ、デカグラマトンとやらは、相応の機械をハッキングすれば、好きにビナー相当の仲間を作れると言う事だ。
それだけでも頭を抱えたくなるが、まだ問題が残っている。
「たち? あんなのが、まだいるって?」
「ええ、居ますよ。ビナーは第三セフィラ。それが居るのなら、第一、第二も存在するでしょう。少なくとも、第十までは完成していないとは言えますが。そうであれば、今こうして話は出来ていません」
王女の口から、専門用語が飛び出してきた。セフィラなど、聞いたこともない。
「態々、セフィラを一から作成する。であるならば、デカグラマトンは神になりたいのでしょう。このキヴォトスで、それがどれだけ意味の無い事か分からない。ムカつきますね。ええ、腹立たしい。嫌な気分です」
カヤツリは頭が真っ白になりかけていた。いきなり王女が黒服のようなことを言い出したからだ。理解が全く追いつかない。
「あー……すいません。分かりにくかったですね」
黙ったままのカヤツリに気づいた王女が、縮こまっていた。カヤツリは笑って手を振る。
「いや、説明が難しいのは分かってる。専門用語抜きで説明するのは難しい。だから、掻い摘んででいいよ」
「そうですか……では、簡単に」
デカグラマトンの正体について。そう、王女は言った。
「あれは、何らかの目的で活動しているシステムです。人間ではなく、機械だという推測が立てられています。とても、
「らしいって? 機械らしいってことか?」
「ええ、プンプン匂いますね。人間なら、思うことは無い事柄です」
ふぅんとカヤツリは呟いて、温くなったコーヒーを啜った。何となく、話題を変えた方が良い気がした。デカグラマトンの目的とやらについて、王女は目星がついているらしい。
「それで、これからどうする?」
「カヤツリ、貴方は……いえ、そうでしたね」
王女は口籠りながらも、カヤツリの話題に乗った。王女はデカグラマトンの目的。きっと、それが気に入らないのだ。だから機嫌が良くないし、ムカつくとまで口に出す。
だったら、言わなくてもいいだろう。王女なら、必要な事は言うだろうから。
「デカグラマトンの居場所は分かりません。ですが、手掛かりはあります。預言者です。彼らを捕捉し、デカグラマトンの居場所の手がかりを手に入れます」
「仲間である以上、通信ログや何やらが残っているかもしれないと」
「ええ、そうです。大まかな位置を絞り込めます。もしかしたら、居場所がダイレクトに分かるかもしれません」
「そこで、ビナーか」
少なくとも、カヤツリは預言者に相当するものをビナーしか知らない。ビナーについて、黒服が話した時も、それ以外の名前は聞かなかったような気もする。
けれど、ビナーについては、非常に言いにくいことがあった。
「ビナーは、居ないぞ」
「ええ、貴方が倒したと。あの女から聞きました」
「だったら……あまり期待しない方が良い。残骸は無かったし、あったとしても、一年前の情報になる」
そう、ビナーは破壊されている。残骸は黒服に回収され残ってはいない。時間も一年近く経ち、場所は砂漠。手がかりが見つかるとは思えなかった。
「フフ……あまり私を見くびらないで下さい。一応私は名もなき神々の王女です。貴方よりも探し物は得意なんですよ。もうそれは過去の事であって、気に病まなくてもいいです。さっきのを含めて、これはお互い様なんですから」
「む……」
さっきの心遣いは見破られていたらしい。これは、お返しと言う訳だ。ならカヤツリは、これ以上何も言えない。
「ですので、明日から。明日からアビドスに向けて出発してほしいそうですよ。ビナーの撃破地点で私を通信で呼んでください。絶対に何かを見つけてみせます」
「分かった。ありがとう」
「いいんです。あの女の面倒な話も終わりましたし、食事に戻りましょう」
話は終わりの言葉通りに、王女はシュークリームにかぶりついていた。それを微笑ましく見ながら、カヤツリもシュークリームにかぶりつく。
話題の商品だけあって、それはとても甘かった。
□
「美味しかったですね」
軽食と片付けが終わり、カヤツリも地下から出て行った後。満足げに王女は一人の部屋で呟いた。
王女は食事を必要としない身体であるが、味覚はしっかりある。毎回毎回、カヤツリは良いものを持って帰ってくれているお陰で、これは王女の楽しみへ変化していた。
「フフフ……いいですね。心地いいです」
さっきまでの会話や、これまでにしてきた会話を思い出す。カヤツリの配慮も嬉しいし、王女が配慮するのも嬉しい。お互いに想い合うこの空気感は、王女に幸せな気持ちを与えてくれる。
「よかった。本当に、会えて良かった」
この幸運と奇跡を噛み締める。今までも、これからも、ずっと続いていく。いや、終わらせない。そのための努力は惜しまない。その努力すらも、今は楽しかった。
「……ですが、まだまだですね」
だが、まだ足りないと王女は思う。目の前のコーヒーはその証明。カヤツリは美味しいと言ってくれたし、実際そうだろう。だが、まだ届かない。
「アビドス、ですか……」
三週間前のあの時、カヤツリがアビドスに一時帰宅した時と比べて、まだ全然足りない。あの時観測したバイタルデータ。これ以上に無い程にリラックスした状況にはほぼ遠い。
気になった。王女はとても気になった。だから、聞いてみたのだ。帰ってきたカヤツリに聞いてみた。
──別に、後輩たちと話しただけだ。お菓子を摘まみながらだが。
だから、真似してみた。王女は形から入るタイプなのだ。あの連邦生徒会長も言っていたことだ。それは途中までは上手くいっていた。段々と、目標まで近づいている。
だが、そのもう少しが届かない。そして、それは今のままでは届かない気もしていた。シチュエーションを揃えて駄目であるなら、それ以外の所がネックになっているはずだった。
「砂狼シロコ、十六夜ノノミ、小鳥遊ホシノ……」
人の問題かと思って、こっそり面子を調べた。今の王女に調べられない事は殆どない。
十六夜ノノミはネフティスの令嬢だから、よっぽど美味しい物でも用意したのかと思って、王女もそうした。でも、何か違う気もする。徹底的に方向性を間違えている気すらした。
「あの三人だから、良いと言う事でしょうか」
それは、王女にとっていい気はしない。調べた印象からして、理解が出来ない。
後輩二人は、唯の後輩だ。調べた限り、何か特別なことをしたなど、そういった事は特にない。なら、残るは一つだろう。
「なら小鳥遊ホシノ……? 冗談でしょう?」
彼女が居るから、一時帰宅したカヤツリは幸せだったのだろうか。アビドスでの連邦生徒会長の会話を再度再生しても、とてもそうだとは思えないが。
開示されている状況からして、カヤツリに迷惑しか掛けていないように見える。王女の元に来たのだって、カヤツリに八つ当たりしたせいだと聞いている。王女の中では、小鳥遊ホシノの評価は最低ラインにまで落ちていた。
「分かりません……」
この事に関して、連邦生徒会長は何も教えてくれなかった。知っているが、教えるつもりは毛頭ないらしいことは、あの腹立たしい笑顔で分かろうものだ。
王女は今幸せだった。それを齎してくれたカヤツリも、同じように幸せでいて欲しい。そのための材料になる情報なのに、あの女はあんなことを……
──それを聞いても、意味はないと思いますよ。貴女は名もなき神々の王女なんですから。
思い出すだけで腹が立つ。それとこれとは、全く関係が無い。嫌味にしか聞こえないし、事実嫌味だろう。
「だったら、調べるまでです。絶対に見つけてみせます」
もう調べられる情報は調べた。なら、後は実地調査しかない。アビドスはインフラがほぼ壊滅状態であるから、実地で得られる情報は多いだろう。
仕事はちゃんとしよう。手を抜くのは王女のプライドが許さない。その上で、調べるのだ。なぜ、カヤツリはアビドスで幸せを感じるのか。どうして、王女ではまだそれに届かないのか。
「絶対に何かあるはずです。私はそれを見つけ出してみせます」
そうして、いつか手に入れる未来を夢見て、王女は静かに微笑んだ。