ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
パチリと、目が開いた。
ぬくぬくとした感覚とカーテンから漏れる光が、ホシノが布団の中に居る事と、もう明け方であることを教えてくれていた。
目覚まし時計を見れば、珍しい事に、アラーム前に起きている。普段なら、アラームが鳴るまで二度寝を決め込むところであるが……
「起きよ……」
迷う暇もなく、ホシノは布団から這いずり出る。今日は誰よりも早く、学校へと行きたかった。お陰で身体に活力が漲っている。
そうと決まれば話は速く、あっという間に支度と食事を取って、身嗜みを丁寧に整えてから家から飛び出す。
通学路には人の気配は殊更に無い。普段よりも朝早いから当たり前ではあるのだが、それで良い。
なんたって今日はカヤツリがアビドスへと帰ってくる日だ。誰よりも早く会いに行きたいのは当然の事だった。
それに、早く会えたら会えただけ、話をする時間は増える。ホシノは、カヤツリに話さなけれなならない事が沢山ある。それも二人きりでだ。
後輩たちの邪魔は出来なかった。シロコあたりは、カヤツリに見せる為の銀行強盗計画を幾つか温めているくらいだ。ノノミも何も言わないけれど、そう思っているだろう。そんな後輩たちの時間を横取りする程、ホシノは先輩を辞めてはいない。
「先輩、か……」
自分で思ったことを、そのまま口に出して反復する。今のホシノは、あの二人の先輩だと胸を張ってはまだ言えなかった。
何しろ、二人のために出来ていることは数えるほどしかない。しかも、それすら自身へやってくれたことを真似しているに過ぎない。これで自信を持てるほど、ホシノは楽観的ではなかった。
「ユメ先輩……」
楽観的の一言で思い出すのは、ホシノにとっての先輩。ユメも、こんな気持ちだったのだろうか。だったのなら、ホシノの抱いた楽観的だという印象とは正反対だ。
今でも思い出せるくらいの楽しい思い出。その殆どはユメが発案したものだった。先輩という立場になって初めて分かったが、あれはただの思い付きではなかった。思い付きで、あれだけの数は出せない。毎日違うものを考えていた。ホシノが最終的には飲み込まざるを得ない理由も付けて。
なら、ユメは考えていたのだろう。しっかりとアビドスとホシノの事を考えてくれていた。
──先輩としての自覚を持ってください!
何て言い草だろう。ユメはちゃんと考えていた。あの夜のホシノの指摘。出来の悪い八つ当たりは、見当違いでしかなかった。
──出て行って!
ホシノはカヤツリの事を何も理解などしていなかった。自分の思い通りにいかないから、ユメの時と同じように八つ当たりしたのだ。それで、最初は明日になったら謝ってくるなんて、そんな事すら考えていた。そんなことはあり得ないし、そうならなかったのに。それを自覚しないまま、ホシノはユメの時と同じ轍を踏んだ。
それに気づいたのは、嫌な予感がしてカヤツリの家がもぬけの殻になっていることを確認し泣き叫んだ後だ。これからは、一人で頑張らなければならない。一人で孤独と悲しみに耐えなければならない。限界がきて砕けるまで、それを続けていくだけ。
誰も戻ってこない。ユメも、カヤツリも、誰も。だってホシノが捨ててしまったから。一時の感情で、何より大切な物を放り棄てた。それらは二度と戻ってこない。本当なら、そうなるはずだった。
──でも、奇跡が起きた。
最初は、後輩二人からの電話だと思った。半狂乱になったホシノは何か知らないか二人に掛けたから。それに対する慰めか何かだと。でも違った。
──もしもし。ホシノ……?
カヤツリからの電話だった。夢かと思って、頬が千切れるんじゃないかと思うほどに抓っても変わらなくて。痛みと嬉しさでホシノは泣いて。泣きながらホシノは話を聞いた。
ホシノが八つ当たりした後に連邦生徒会長が来たこと。新しい役職を紹介されたこと。その仕事を受けざるを得ず、連邦生徒会へ向かっていること。暫く、アビドスには帰れないこと。ホシノが八つ当たりした後に起きたことをカヤツリは語り、言ってくれたのだ。
──ごめん。ずっと黙ってて……
それは謝罪だった。ホシノが怒った、八つ当たりのネタにしたことに対しての。そして、ホシノは情けなさに押しつぶされそうになった。
謝るべきはホシノだった。それなのに、カヤツリに謝らせている。それが情けなくてなんだと言うのだろう。その間にもカヤツリは謝り続けていた。ユメの事から立ち直れていないとか。後輩の面倒が大変だと思ったからとか。それに対して優越感があったからとか。
それに乗っても良かった。カヤツリが悪いと言って、謝罪を受けて、そんな仕事なんか放り棄ててアビドスに帰ってきてと。そう言っても良かった。きっとカヤツリは、ホシノを大切にしてくれるだろう。甘やかしてもくれる。なんだって言うことを聞いてくれる。
でも、そんなものは御免だ。ホシノがそんなだから、こんなことになった。
受け身で、甘ったれで、思い通りにならなければ八つ当たりしてくる。そんな奴に、誰がどうして説明するだろう。ホシノだったら説明しない。だって面倒くさいからだ。耳障りの良いことだけなら良いが、そうでないことは沢山ある。カヤツリが隠していたことなど、正にその類だ。
その類の事を言えば八つ当たりしてくる。そうであるのなら、カヤツリの対応は正しかった。そして、その事実が、ホシノを何よりも惨めにさせた。
カヤツリが、そうしたと言うことは、カヤツリはホシノをそういう風に見ていると言うことだ。言葉の通りにそれだけではない。ユメの事や後輩たちの事だってあるだろう。けれど、今ホシノが思ったようなことが全くないとは言い切れないのだ。
ホシノはそれが許せなかった。カヤツリではない。それを良しとした、良しとし続けてきた自分自身が許せない。だから、行動した。
「恥ずかしい……ホントにさ」
今思い出すだけでも、羞恥で顔が熱くなる。それでよく、カヤツリの相棒などと自称できたものだ。限界まで良く言って、口煩いお荷物だ。暴力沙汰には自信があっても、それなら銃でいい。喋って文句を言わない分、銃の方が行儀がいい。
しかもあれだ。そこまで言われて、漸くホシノは謝れた。あれは八つ当たりで、カヤツリの事情など、何も考えてはいなかったのだと。謝罪という、後輩どころか小学生だって出来ることをホシノは上手くできなかった。小鳥遊ホシノは、謝るのが恐ろしく下手糞だった。
「しかも何なの。あんなに分かりやすかったのに……ここまで自覚できないなんて……」
また、羞恥で顔が熱くなるのが分かる。だが、この羞恥はまた別口。ホシノ自身の自覚に関する事だ。
「カヤツリが好きだって。だから一緒に居たいんだって。自分で分からないんだもん。おじさんも焼きが回ったかな」
通学路を歩きながらも溜息が止まらない。全ての原因はホシノ自身の自覚のなさだと思っている。
好意は自覚していた。それが恋慕に類するもの。恋や愛と呼ばれるものというのも。ホシノはカヤツリが欲しかったし、自分のものにしたかった。誰にも渡したくなかった。
それはいつからだろうか。ビナー戦の時か、それよりずっと前からか、あるいは積み重ねの中でだったのか。決定的な物がないままに、ホシノとカヤツリは相棒になった。それが良くなかった。
相棒は、恋人ではない。けれど、一緒に居てもいい関係だ。深いことをしてもいいし、聞いてもいい関係だ。先輩よりも、同級生よりも、友人よりも、ずっとずっと近い。恋人関係と近くもあり、夫婦関係よりは浅い。友達以上で恋人未満のそんな関係。
その関係は、ホシノの飢えを満たしてくれた。大事にされたい。甘やかされたい。一緒に何かを成し遂げたい。そんな恋人関係でしか満たせないはずの欲たちを。
ホシノは、それで満足してしまっていた。このままズルズルと時を重ねていければ、それでいいのだと。心の奥底で思っていた。その中で事態が動いた。
ユメとカヤツリは、一緒に行動するようになった。ホシノほどではないけれど、ユメはカヤツリに気を使われ、甘やかされ、何かを成し遂げていた。それをホシノはズルいと思い、何もできなかった。
なぜならば、恋人関係ではないからだ。ただの相棒でしかない。相棒という手札では、ユメの行動を止められない。ホシノが絶対だと思っていた関係性はそんなものでしかないことを、ホシノは嫌でも突きつけられてしまった。
そこで、告白でも何でもすればよかったのだ。けれど、それをカヤツリが受けくれるかは分からなかった。理由は別だが、ホシノが望む答えが返ってくるかは実際今でも分からない。
「なんで、もっと頑張らなかったんだろ……」
過去の自分自身を思い、また溜息を吐く。小さいころに読み聞かされた、蟻とキリギリスの寓話が嫌でも思い浮かぶ。勿論、ホシノの配役はキリギリスになる。
ホシノは何もしなかった。今が良ければいいと、相棒という関係で満足していた。いつか、期限という名の冬が来るのを心の奥底では分かっていたくせに。それが来るのはずっと先だと、ホシノ以外にその場には誰もいないのだと、そう高を括っていた。
けれど、冬は来た。ホシノの想定よりもずっと早く。蟻の配役のユメと一緒に。
ホシノは現実に打ちのめされた。相棒という関係以外、ホシノとカヤツリの間には何もなかったから。ユメは気にした様子も無かった。これまで、先輩として積み上げてきた何かがあったから。
ホシノはカヤツリに対して告白なんかできるわけもなかった。断られるのは目に見えていた。それは太陽が東から登って西に沈むくらい当然であることを分かっていた。そういう努力をしなかったことを、ホシノ自身が一番よく分かっている。
そこは、ホシノの弱いところで弱点。何もしてこなかったことを突きつけられるのが、とても嫌だった。だから、ユメの時も、カヤツリの時も、ホシノは取り乱して八つ当たりをし、ホシノはそのたびに何かを失った。
結局、全ての原因はそこだ。ホシノは何もしなかった。そして、何もしないでいることを無視できるほど馬鹿でもいられない。かといって現状を変えるのが怖くて何もできない。そのための度胸は努力してないからない。努力のための動機も冬が来なければ存在しない。
無い、無い、無い、無い、の無い無い尽くし。カヤツリとの関係性は、これまでがそうであったことをホシノは思い知った。思い知って、それが嫌になった。
「じゃあ、今。頑張るしかないよね」
いつやるか。今でしょの言葉の通り。今やるしかない。今までの自分が嫌であるのなら、変わるしかない。幸いにも何をしてこなかったかと、何をするべきかは分かっている。
何をするべきか。それは、カヤツリの隣に立てるようになること。そう自分を信じられるようになること。
具体的には、アビドスの復興。怪我の功名か、今は様々な問題が降り注いできている。
列車砲のことや、正式に認められた対策委員会の今後の活動。新入生が来るかどうか。
これから考えるべき事が沢山ある。ホシノは、アビドスで一番偉いから。
「私は……私はアビドス廃校対策委員会の、委員長なんだから」
そう、考えなければならない立場にホシノはいる。かつてアビドス生徒会長だったユメがそうしたように。そうしてくれていたから、ホシノは幸せに過ごせていたのだから。
ならば、今度はホシノの番。ホシノが、これからのことを考えなければならない。
それでは、どうするのか。思いついた事だけをやるのでは無い。それでは今までと何も変わらない。
「皆にも、手伝ってもらわなきゃ」
ホシノの頭は良くはない。戦闘であればお手の物であるが、それ以外はからっきし。だから、使える物は使う。戦闘と一緒だ。
「シロコちゃんにも、ノノミちゃんにも、カヤツリにも、手伝ってもらうよ。ユメ先輩だって、そうなんだから」
三人寄らばとも言う。ユメだって、一人で何とか出来ていない。カヤツリやホシノの助けを借りて、何とかしていた。だったら、ホシノだってそうする。
そうやって、アビドスを何とかして初めて、ホシノは自信を持てるような気がする。そう出来て初めて、カヤツリに伝える事ができる。
そして、ユメの事も受け止められるようになるのではないだろうか。
あれは、ホシノの所為だけではない。でも、全く関係もなくはない。ユメの為に、何かをしたい気持ちがある。全てを捨てて償う。そうすべきだ。
でも、ユメはそれを喜ぶだろうか。ホシノの知っているユメは、全てを捨てて、がむしゃらに頑張るホシノを見て喜ぶだろうか。
きっと喜ばない。そう思える。それはカヤツリと電話した後や、一度カヤツリが帰ってきた後に、考えて考えて、時々一睡もせずに考えた結論だった。
「ユメ先輩の為じゃない。私が、そうしたいから、そうするんだ」
口に出してみれば、猶更そう思える。もう、アビドス校舎も見えてきていて、自然とホシノの口元も緩む。
以前はずっと閉じていた教室の窓が開いている。そこは言うまでもなく、カヤツリの仕事部屋で。そこが開いているなら、誰が居るかなんて言うまでもない。
ここまでの道のりで、カヤツリに言うべきことも整理できたような気がする。だから仕事部屋の中から、誰かと話す聞き覚えのある声がしても、不思議と緊張はしなかった。
□
「ああ、うん……」
仕事部屋に突撃し、通学路で纏めた答えをぶつけたカヤツリの反応は微妙だった。電話中に突撃は良くなかったと思うが、こうなったのは話を聞いてからだと思い直す。
今のカヤツリはホシノを迎えた時の笑顔とは違う。困ったような顔で、教室の椅子に座っていた。
これはホシノの渾身の決意表明であったのだが。あまりの反応の薄さに、ホシノは肩透かしを食らった気分になる。
「ああ、呆れたとか。そういう訳じゃない。頬を膨らませるな……」
向かいの椅子に座ったまま、ブンブンと首と手を振って、カヤツリは否定してきた。ホシノがまた怒り出すと思っているらしい。その言葉の方が、ホシノを怒らせるのを分かっていないのだろうか。
「じゃあ、どう思ったの?」
「何、驚いたんだよ。こんな早く立ち直るなんて思わなかった」
感心したような色を、カヤツリの視線から感じた。それは本当に珍しく、本気でカヤツリがそう思っているのが伝わってくる。
ただ、そんな視線を向けられるほどではない。
「別に、立ち直ったわけじゃないよ。ちょっと前を向いただけ」
「それでも、驚くべきことだよ」
それでも、カヤツリは嬉しそうだった。暫く嬉しそうにしていた後、それは陰り始める。
「どうしたの?」
「いや、過保護だったなと。そう思っただけだよ」
今のホシノには、カヤツリの考えが手に取るように分かった。余計な事をして、事態を引っ掻き回しただけとも思っている。背中を丸めているのが、その証拠だ。
ホシノはそれが気にくわなくて、意地悪な質問を考えた。
「なら、カヤツリは私が可哀そうだから。ずっと傍に居たの? 電話で言った通りに、優越感に浸りたかったからだけ?」
「違う。そんなわけない」
思った通りに、カヤツリは即答した。
カヤツリはそんな理由だけで、ああいった事はしない。それくらい、ホシノは分かっている。だから、ちゃんとした理由があるはずなのだ。
「違うなら、過保護じゃないでしょ? ちゃんと考えてそうしてくれたんだ。私は迷惑なんて思わないよ。アレがあって、八つ当たりとカヤツリの電話があったから、こうなってるだけ」
だから、そんなに小さくならないでよ。そう言うと、カヤツリは背筋を伸ばした。
「分かった。そう思う事にする」
「素直でいいね。なら、もう一つ聞いて良い?」
カヤツリは片眉を上げてホシノを見た。そのまま、顎をしゃくっる。
「どうして、そこまでしてくれたの?」
ずっと、気になっていたことだ。カヤツリがここまでする理由。そこまでするには、何か強い理由が必要なはず。その理由の名前には心当たりがある。そうあってほしいと願うが、それに至った理由は分からなかった。
「……それに足る事を、ホシノはしたのさ。俺の力じゃなくて、俺を必要としただろう?」
「……? それは、ユメ先輩じゃない?」
ホシノは首を傾げた。アビドス砂漠でカヤツリを引き入れたのはユメだ。ホシノではない。でも、カヤツリは静かに笑う。
「ホシノがそう思うなら、そうなんだろう」
「何それ……」
カヤツリの口ぶりからして、ホシノの答えは間違いという事になる。でも、その答えを強請るのは違う気がした。カヤツリが自分から言うか、ホシノが思いださなければいけない。
今度こそ頬を膨らませて、ホシノはカヤツリを睨む。けれど、カヤツリは口を開こうとはしない。睨み合っているうちに時間は過ぎていく。
「あ……シロコちゃん」
いつの間にか、校庭にシロコとノノミの姿が見えていた。考えることは同じらしく、来るのが大分早かった。時間切れだと、カヤツリは笑って席を立った。
不満ではあるが、仕方がない。後輩たちの前でする話ではないし、ホシノもしたくない。不満を飲み下して、二人を迎えに行くカヤツリの後を追う。
「ん? 気の所為かな……」
どこかで、舌打ちの音が聞こえた気がした。無意識に打ってしまったらしい。
「まぁ、いいや。時間は一杯あるもんね」
以前の様にアビドスに毎日はいない。でも、電話で話すことはできる。最善には遠くとも最悪ではない。ホシノはそれで十分だった。