ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
一ヶ月ぶりの部室は、暖かい空気に包まれていた。
シロコとノノミも、カヤツリが帰って来た事を喜んでくれていて、何処と無く気恥かしさがある。
二人はカヤツリがアビドスを開けた後の事を話しつつも、何があったのかは聞こうとしない。ホシノと喧嘩をした。その事実は知っていても詳細は知らないからか。
シロコは純粋に外へ仕事を探しに出たと思っている様だったが、ノノミは薄々感づいているのか。ホシノ先輩の事も考えてあげて下さいとか、女の子なんですよとか、私なんかより分かってますよねとか。喧嘩にまで至ったことに対するチクチク言葉で釘を刺してくる。
ただ、それも少しの事で。話の割合の多くは、カヤツリが連邦生徒会長に落とさせた仕送りの使い方へとシフトしていった。
利子の支払いがカヤツリの仕送りで賄えた事により、活動にも余裕が出て来た事。何か新しい活動を探そうと思っていると嬉しい事を言ってくれる。
──この様子なら、いつか言ってもいいかもしれない。
そんな事をカヤツリは思う。ホシノにはざっと話した土地の事や列車砲の事を、状況を見て伝えるのもいいだろう。
カヤツリは今までの様にアビドスに張り付いてはいられない。喧嘩の時に吐いた隠し事をもう一度しっかりホシノには言わねばならないから。
もう心配はしていない。あの、アビドスの責任者として立つという宣言は、カヤツリの不安を消し飛ばしてくれた。任せるのに大きな不安はない。
今のホシノなら、困ったことがあれば言ってくれるだろうし、後輩達もいる。あの喧嘩も悪くは無かったのかもしれないと思える。
でも、今伝えるのは辞めておく事にした。今はまだ、嬉しそうな後輩の話を聞いていたかった。
そんな他愛もない話の中で、ホシノがポツリと切り出した。
「そういえばさ。あの場所に行くのは良いけど。今日、私は何を手伝えばいいの?」
一瞬、カヤツリは呆気に取られた。ビナーの残骸捜索を手伝わせるなんて、そんなつもりは無かったからだ。
これはカヤツリの仕事であって、アビドスの仕事ではない。今回、カヤツリは拠点としての場所だけ借りに来ただけで、それは電話口で説明した様に思う。
「いや、大変だろう」
「別に大変じゃ無いよ? ね? ノノミちゃん」
「はい。カヤツリ先輩のお陰で、余裕があります。さっきも話しましたが、今できることは尽きていて、新しい活動に手を出そうかと言う段階ですから。それに、助かると思いますよ?」
「ん。私たちを連れて行くべき」
対策委員会は乗り気であるが、カヤツリはそうではない。
今回の仕事はビナーの戦闘跡地まで行っての確認だ。それだけで終わればいいが、終わらない可能性がある。
聖十文字とかいう物の手掛かりを探しに行くのだ。探られていることを察知したそれが反撃してくる可能性も考えなければならない。
あのビナーを手下に持つ存在だ。巻き込んで、目をつけさせたくはなかった。
ただ、ホシノは強い。ホシノだけなら巻き込んでもいいかもしれない。
でも、これはカヤツリ側の仕事であって、ホシノは関係ない。アビドスに集中してほしい思いもあった。
「カヤツリの方が大変じゃん。一人でやるんでしょ?」
そんなカヤツリの気も知らず、ホシノはグイグイ迫ってくる。どうするかをまだ決められないまま、カヤツリは口を滑らせた。
「いや、一人じゃ……」
「やっぱり一人じゃないんだ? 誰?」
「えっ?」
「だからさ、誰?」
そう聞いてくるホシノの表情は笑顔だった。けれど、口調は有無を言わさぬ凄味があった。気圧されたのか、無意識か。シロコの髪の毛が逆立っている。
「誰? 一人じゃないなら、誰? カヤツリのいる部署はカヤツリ一人だけなんでしょ? その人は良くて、私たちがいけない理由は何?」
しまったと、カヤツリは失策を悟った。ヘリでホシノに電話した時、王女がいるなどカヤツリは知らなかった。その次にアビドスへ来た時も王女の話はしていない。それであるのに、王女がいる前提で話をしていた。
ホシノ視点ではおかしなことになる。ビナーの残骸の回収に来たはずで、カヤツリ一人しかいないのに、手助けを必要ないと言うのだ。手を借りるために、アビドス校舎に寄ったと考えていたに違いない。それでこその、何をすればいいかの発言だったのに。
そこで、ホシノは話が噛み合わないことに気づいたのだろう。また、カヤツリが隠し事をしたと思って聞いている。聞いているというには随分と殺気が漏れて穏やかでないが。
無意識に漏れたであろう誰に向けたでもない殺気だ。前回からの学びもあるのか、怒鳴り出さないだけ成長している。
傍から見れば不機嫌そうだとしか分からないだろう。ただ、シロコやノノミはこれまでの付き合いで察するものがあるのか、責めるようにカヤツリを見ていた。
「連れて行かないのは……別に、頼りないからとか、信用してないとかじゃない」
「それで?」
「技能の問題。科学的な残骸の調査なんか出来ないだろ? その機械も無い。探して拾ってくるだけなら、俺だけでいい」
そう言った瞬間。後輩たちの視線が申し訳なさそうになるのを感じた。けれど、ホシノの圧は変わらないままだ。
「それは一部分だけだよね?」
それを聞いて、カヤツリは言い訳が出来なくなった。カヤツリはまた間違えた。
「多分、カヤツリ目線で危ないと思うんだ。だから、今までみたいに黙ってたし、煙に巻こうとした。そうでしょ?」
正にその通りで、ぐうの音も出ない。
「なら、言ってよ。言えないなら、言えないって。そうしたら聞かないよ。だから昔みたいでいいから言ってよ。まだ昔の方が言ってくれたじゃない」
それは、初仕事の時のことを言っているに違いなかった。どうしてアビドスにやって来たのかという質問に、カヤツリは取れる手段で持って答えた時のこと。
「カヤツリが危険って思うってことはさ。カヤツリにとっても危険なんでしょ。何もないならいいけど、もし怪我でもしたら悲しいよ。私が居たらって、知ってたらって思うよ。巻き込まれて自分がケガするよりも辛いよ。そんなんだったら要らない」
「分かった」
ホシノだけならなんとかなる。最悪、王女に助けを求めるしかないだろう。降参とばかりにカヤツリは両手を挙げると、ホシノは微笑んで手で示す。
「じゃあ、言える? 言えない程マズいなら、言わなくていいよ?」
「それは──」
『──どういうつもりですか?』
カヤツリの言葉に、別の人間の答えが被せられた。それは、入口の方から発せられていて。見れば空気の通りをよくするために開けた入口の扉に、ドローンが浮いていた。
カヤツリは内心で頭を抱える。調査用にと、ホシノと話す前に組み上げておいたが、それを乗っ取って来たらしい。
その声。王女は普段の様子とはかけ離れた調子で続ける。
『カヤツリの気遣いを要らないと言いましたか?』
「言ったねぇ。それで、相棒同士の会話に割り込んできた君は誰かな? 大体の察しは着くけど」
珍しく、ホシノも腹を立てているようだった。前なら無礼な相手は無視を決め込むか、おじさんムーブで煙に巻くはずなのに、正面から迎え撃っている。
『王女と言います。カヤツリのバディです』
「バディ……? へぇ? 君が? カヤツリの?」
ほえー、と。ホシノは、それこそおじさんの様に呟いて、ドローンをジロジロと見ている。
『何か?』
「いや、一緒に来るものだと思ってたからね。機械だけで来るとは思わなかったからさ。それってどうなの?」
『……言ってくれますね。いつも一緒に居る事だけが、バディの条件ではないでしょう? 私
えへんと、胸を張っている王女の姿を幻視した。私と色々の間に、何かが入りそうな間がある。それに、私
「へぇ? ここには来れないのに? カヤツリからの紹介もないし……」
『チッ……!』
ホシノも分かっているのだろう。ニッコリ笑顔で言い返す。小さく舌打ちが聞こえた。
「ふぅん、気の所為じゃなくて、やっぱり君か」
『何の話ですか?』
おかしい。ホシノは笑っているが、完全に喧嘩腰だ。王女も、あそこまでバディであることを押し出さなくてもいいはず。というよりも、初めて聞いた。
その間にも、王女とホシノの会話は続いている。
「やっぱり、私が部屋に入る前、カヤツリと話してたでしょ?」
『知りませんね』
「そう? 私とカヤツリの会話も聞いてなかった?」
『気の所為じゃないですか?』
確かに、ドローンの接続を確かめるために王女と話してはいたが、ホシノが来たから通信は声を掛けて切っている。というよりも、この状況はどうしようもできない。
カヤツリがどうしようか悩んでいる間に、二人の空気は険悪になっていく。
「向こうで話してくるね。カヤツリ」
『待っててくださいね』
言葉も無く頷くカヤツリを置いてけぼりに、二人は隣の教室へと入っていった。何やら、王女の怒鳴る声が聞こえる。反対にホシノの声は聞こえなかった。
「ちょっと! カヤツリ先輩! どういうことですか!」
怯えか恐怖か、ホシノに模擬戦闘でボコボコにされたことを思い出したか。全身が逆立って硬直しているシロコを引きずって、ノノミがカヤツリに噛みついてくる。
ちゃっかり小声である所は、相変わらずの要領の良さがうかがえた。
「あの人は誰なんですか!? ホシノ先輩の事も考えてあげてください! まさか、黙ってたのはあの人が居るからじゃありませんよね!?」
ノノミもノノミで、王女のように、今まで見たことが無いくらいに怒っている。
「いやだから、もう一人の同僚というか……」
「仕事仲間ということですか? 本当にそれだけですか!?」
急に噴火したノノミに、カヤツリは目を白黒させるしかない。
「それ以外の何がある……なんだって、急にそんな……」
「急にそんな? まさか、喧嘩したからって、ホシノ先輩が怒りっぽい人だと思ってるわけじゃないですよね!? 今ああなってるのは……」
ノノミはそこまで言って黙り込む。どうにも、ホシノが本気で怒っていると思っているらしい。銃が出ていない以上、そこまで怒っていない。
それに、ホシノが怒りやすいからこうなっていると思っているわけでもない。
「そんなことは無い。ホシノは優しい奴だ。ヘラヘラしてるし、とんがってた時期もあるけどさ」
ノノミの言っていることは全くの間違いなので、カヤツリはしっかりと訂正することにした。カヤツリに言いたいことも、分かる。
だから、少しだけ暈して言う。
「基本的にホシノは優しい。ただその優しさが純粋かつ単純なだけで」
そこはユメと似ていた。世の中で普通だと言われていることが、普通に起きていて欲しいのだ。ホシノは。
頑張ったら頑張っただけ報われて、善悪の行いによって必ず報いがある。そんな子供の理屈を信じている。ただ、現実はそうはいかない。頑張っただけ報われるかは頑張り方による。良いことをしたからと幸運が訪れるわけではないし、悪事を働いたからと罰が当たるわけでもない。
「ホシノは理不尽が許せない。だから、最初はそういうもの全てに対して怒ってた。最近はそういうものだと受け止めることにしたようだから、ずっと怒り散らすのは止めたのさ」
だから、こうなっているのか理解できないのだが。まさか、同僚が女だから怒っているわけではないだろう。そんなんだったら、カヤツリは男女比が偏っているキヴォトスで働けない。
「そこまで分かってるなら、どうして、そう扱ってあげないんですか。カヤツリ先輩はそうできるんじゃないですか? 普段からおじさん、おじさん言ってるホシノ先輩だって、女の子なんですよ……」
ノノミはそう言うけれども、この間までカヤツリはそうしていた。そういう世界に、正論がまかり通る世界に居て欲しかった。だから、何も言わなかったし隠した。でも、ホシノは言ったのだ。
「ホシノは、アビドス廃校対策委員会の委員長なんだって。そう言ったんだよ。十六夜後輩」
「ん。それは、最初からそう」
やっと落ち着いたのか、シロコが口を挟んできた。どこか、カヤツリを心配する目だ。
「ホシノ先輩は委員長。それがどうしたの?」
「先日にね。対策委員会は生徒会組織として認められた。つまりは、ホシノがアビドスの代表ってことだ。それで、代表は綺麗事だけじゃ務まらない。綺麗事も無ければいけないけど、それだけでもだめなのさ」
「どうして?」
「相手は違うから。相手が皆、騎士道精神や博愛精神に溢れている訳じゃない。汚い、悪辣な手段だって使うだろうさ。それに対抗するには、それを知ってなくちゃならない。汚れなきゃならない。俺はね。そうなって欲しくなかった。無かったから隠したし、さっきも巻き込むかと思って言わなかった。二人だって、俺が何をやっていたかなんて、なんにも知らないだろ?」
二人が黙って俯くが、答えられないのは当然だ。カヤツリはバレないようにやっていたから、知っているようであれば逆に困る。
「綺麗でいてほしかったから、そういうのは全部やっていた。それをこの間に言ったんだ。だけど、ホシノは言ったんだよ。私は、アビドス廃校対策委員会の委員長なんだって」
それは、カヤツリの望みを理解してなお、そうしたいと言うことだ。カヤツリの願いを無視して、汚れても構わないと言うこと。
「だったら、何でもかんでもお優しくするのは違う。今回はアビドスとはあまり関係がないから隠したけれども」
「そういうのじゃなくて、アビドスの事じゃなくて!」
ノノミは、はぐらかされていると思っているのだろう。カヤツリを睨みつける。
「今のホシノ先輩の事を考えてあげてください! 先のアビドスの事と関連付けるんじゃなくて──」
「それで、ホシノは幸せになれるのか? その先も人生は続くのにか? 勢いで生きていけるほど先は短くないし、人は一人で生きていない。ちゃんと考えないといけないんだよ」
カヤツリはノノミの言葉を叩き切った。ノノミが言った意味を分かっていながら、シロコが今も心配そうにしている意味を曲解した。
「いいよ。そういう手練手管はさんざん見た。人工甘味料染みた甘さで砂糖漬けにできる。薬漬けにだってできるさ。今までよりも強く、やろうと思えばな。でも、昔はともかく、今のホシノに必要なのはそれじゃない」
傷ついていたホシノだから、甘やかしたのもある。でも、今の、あの宣言をしたホシノは違う。
「きっと、初めて進もうとしてる。それの邪魔はしたくない」
「……それ、ホシノ先輩に言ったんですか?」
「全部は言ってない。隠した理由くらいか?」
「……何で、そんな。先ばっかりなんですか。カヤツリ先輩は、前しか見えないんですか……それで、いいんですか……」
ノノミの責めるような視線が強くなる。ノノミの良いところでもあり悪い所。そこまで口出しするつもりもなかった。
分かっている。今の、頑張っているホシノを見ろと言うのは。真っ当な意見だろう。普通に考えれば、先の、それも数十年後まで考えているカヤツリがおかしい。
だが、これは性分だ。何かやっていないと、頭がおかしくなりそうになる。
今回、ホシノとの和解が上手くいったのは偶々。あの連邦生徒会長の介入があったおかげだ。でも毎回、そんな風になるとは限らない。一度取り落とし掛けたのだ。何かの拍子で、手から零れ落ちそうになるストレスは計り知れない。
自分で、連邦生徒会長の促しが無くとも出来れば良かった。それか自分一人で決められれば。
アレは、促しと言う名の強制。カヤツリの選択ではなく、連邦生徒会長の選択。ホシノに話すことは、カヤツリ自身の選択で無くてはならなかった。そうでないからこんな事になる。
結局、カヤツリはホシノをその面では信用しきれていないのだろう。自分の手から離れる事が嬉しい反面、不安でもあるから、こんなことになる。
「そもそも、金が供給出来ているのは今の所だ。連邦生徒会におんぶにだっこの状態で、そんな事をしている余裕があるのか?」
「なら、それが出来ればいいんですか? そうすれば、今が見えるんですか?」
「そうだな。新入生が来て、自活の目処が立ったらな」
「分かりました」
ノノミは、そしてシロコも、目に闘志が燃えていた。少し操ったが、方向性が決まったようで何よりである。
それに、ホシノだけは連れていくつもりだった。そこに王女が噛みついて、ホシノが応戦したからこうなっただけだ。
二人に言質を取られてしまったが、嘘は言っていない。そこまで行ったなら、カヤツリは落ち着けるだろう。それは約束できた。
「……弱虫め……」
カヤツリはビビっているだけだ。目につくすべてが、幸福でないと気が済まない。そうあってほしいからではなく、そうでないと辛いだけ。
あの三人だった時は、守る物が少なかった。でも今は違う。壊れやすいものがたくさん増えた。
いっそ何があっても壊れない関係だったら、壊れない相手だったら。こんな風に思い悩むこともないのだろうか。
あの二人を待ちながら、ふと、そんな事を思った。