ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「ふぃーっ。さあさあ、入ってよ」
部室の隣、空き教室へと、ホシノは王女とドローンを連れ込んだ。
ドローンに表情は無いけれど、きっとイラついているだろうなとホシノは予想する。移動する動きがとても荒い。
入った教室は静かだった。なにせ、ここはホシノのお昼寝スポット。防音は確認済みだ。
今頃は部室でカヤツリを問い詰めているだろうノノミの声も聞こえない。余程の大声を出さない限りは、話の内容が漏れることはない。
だから、ホシノは安心して、自分の席へと着く。
「まぁ、座ってよ。こう言っていいのか分からないけど」
二つの机をくっ付けて作った即席のテーブルを指差せば、ホシノに向かい合う位置へと、ドローンは降りる。
『どういうつもりですか? こんなところへ私を隔離して。大体の想像はつきますが』
降りるなり、王女の敵意に満ちた声が飛び出してくる。
『力づくで排除しようというわけですか?』
「そんなことしないよ? 君はするみたいだけど」
ホシノは、王女の言葉をやんわりと否定する。
そういう言葉が出るというのは、そう考えていなければ出ない。そうしたらどうなるかを考えて、選んでやらないだけで。
そして、ホシノに対して、この言葉がでるというなら、答えは一つだ。
「王女ちゃんだっけ? そんなにカヤツリが好き?」
だから、ホシノは。その答えを正面から突きつけた。
『そうですが?』
答えは早かった。ハッキリとした声が、王女からする。
過去の自分なら言ったであろう、そんなわけありませんとか、バカなことを言わないで下さいとか。そんな照れ隠しのような強がりも無い。そうであったなら、それを足掛かりに優位に立ち回れたのにと、ひっそりホシノは残念に思う。
カヤツリへの好意への問い。ジャブ代わりにしては、火力の高い質問だと自負していた。今でこそ、ホシノは答えられる質問ではあるが、それは、あの喧嘩とそれに対して考える長い時間があったからこそだ。
それをこの王女とやらは、即答した。カヤツリと喧嘩して連邦生徒会に連れていかれたのは一月前。その直後に会ったと考えても、最長で約一ヶ月の付き合いであるのに。
ホシノの場合、その時分はどうしていただろう。カヤツリにギャアギャア噛みついていた時期ではないのか。そういう感情を持つのが、あまりにも早すぎる。もしかしたら、ホシノがそう思うだけで、アビドスの外ではこれが普通なのだろうか。ちょっと爛れてやしないか。エッチなのはダメだとか、死刑だとか、そんな想像が頭をぐるぐる回る。
「へぇ、狼狽えないんだね」
そんな内心をひた隠して、ホシノはちくりと王女を突く。さっきも言ったとおりに、ホシノは王女に対して、つぶしてやりたいとか、追い出したいとか。そう言った気持ちを
それらを表に出すのは、この王女という人間が、どういった人間なのか。それをホシノなりに理解してからになる。
今のところ王女の評価は、敵愾心を剥き出しにしているという感想しか出てこないけれど。
──いっつも、こうならいいんだけどね。
ホシノの頭に、懐かしい記憶がよぎる。
他者の評価など、今やっていることは、カヤツリの真似事にみえる。というより、カヤツリが来る前にホシノがやっていたことだ。
騙されやすいユメを守るために、相対する人間がどういった人物であるのかを見定めていた。
見定めていたと強気に言ったが、実際は、そこまでの物でもない。大体の相手は、敵愾心や利用してやろうと言う意図が見えやすかった。戦いと同じで、そういう邪な気持ちを向けられればすぐに分かるのだ。
だから、カヤツリが怖かった。状況は悪人だと指し示しているのに、ホシノにはそれが全く見えなかったから。逆に、今の王女は分かりやすいから落ち着いていられる。
王女はホシノに敵愾心を向けている。物騒な発言が飛び出すのもその影響だろう。その理由も、さっきの問答で理解できる。
『フン……毎回、毎回、同じようなことを聞かれますからね。狼狽える理由もありませんし』
「……聞かれる? 毎回?」
ホシノ以外の誰が、そんなことを聞くのか。もしかして、まだカヤツリを狙う人間がいるのか。その可能性にホシノは顔をしかめる。
『ああ、連邦生徒会長ですよ。私を出汁にして、コイバナとか言って、あの女は暇つぶしをしているだけです。あの女の本命は他に居ますからね。そのための材料集めですよ』
「そうなんだ」
『ええ、良かったですね。心配事が減ったようで何よりです。それだけを聞きたかったんですか?』
ホシノのしかめ面は戻らない。王女の言う様に心配事は減ったが、話の主導権を少し持って行かれた。今度は王女から来る。
『なら、心配はいりませんよ。これからカヤツリの傍に居るのは私ですから。貴女ではありません』
暗に、ホシノではカヤツリに心配事を増やすと言っている。王女は、ホシノよりもカヤツリに迷惑を掛けないと。さっきまでとは反対に、今度は王女の手番になっていた。
「そうかな?」
『貴女は、このアビドスから離れられませんよね? 貴女は、アビドス廃校対策委員会でしたか? そこの委員長なのでしょう? 貴女が自分で言ったようにね』
盗み聞きを隠しもしない姿勢に対して、ホシノはグッと堪えた。そこを指摘したところで、王女は意にも介さないだろう。手放した話の主導権は戻っては来ない。
『そして、カヤツリは連邦生徒会所属です。貴女が追いだしたところを、あの女がスカウトし、場所を用意しました。貴女にカヤツリの所属をどうこうする権利はない』
カヤツリの所属は動かせない。カヤツリの所属先がアビドス内の組織であれば、多少何とかなるだろう。しかし、現実はアビドスどころか連邦生徒会だ。それに状況も良くは無い。ホシノがカヤツリをアビドスから追い出したところを連邦生徒会長はスカウトしている。それを返せと言ったところで、貴女が追いだしたんですよね? と返されるのが関の山だろう。
相手も悪い。超人とか呼ばれるあの連邦生徒会長だ。ホシノが口のうまさで勝てるとは思えなかった。そして、次に王女が何を言うのかも、薄々ホシノは分かっていた。
『そしてカヤツリにも、その気はないでしょう。貴女も良く知っているんじゃないですか?』
王女の言う通り、カヤツリはできない。カヤツリは任された仕事を途中で放り出すなんて真似はしない。ホシノが何を言っても、そうはしないし、できない。
それは、アビドスに資金を落とす手段というのもあるし、連邦生徒会長が許さないのもあるのだろう。でも一番の理由は、カヤツリ自身だ。
カヤツリは約束を必ず守る。出来ないことはそもそもしない。だから、こうなっている時点で、カヤツリが今までのようにアビドスに滞在することは不可能と言える。
『ですから、貴女が何と言おうと。カヤツリのバディは私です。貴女ではない』
王女の声は自信に満ちている。
『残念でしたね。今更、過去の関係性を引っ張ってきたところで、意味はありません。貴女は、それを自分自身で放り捨てた。覆水は返りません。カヤツリを好きに拘束できるとは思わない事です。もう、貴女の物ではありません』
「そこは、ちょっと違うかな」
『……何が違うと言うのですか?』
王女の声が自信満々から一転、不機嫌そうな声に変わる。
『私が、ここに居ない事を突くつもりですか? それとも、カヤツリからバディ呼びされていない事でしょうか? それは、今言った事とは、何の関係も──』
「うん。私が言いたいのはそこじゃないからね。君の言う通りに、そこには何の関係もない」
ドローンが黙り込むのを見て、さっきと同じことをホシノは思う。
──やっぱり、いつもこうならいいのに。
別に嵌めてやろうとか、そう言った事を想定したわけでは無い。ただ、王女が暴走して墓穴を掘っただけ。ホシノが今回呼び出したのは、一つの事を言いたかっただけだ。それなのに、なんだかホシノが虐めたみたいで気分が悪い。
「私が君に言おうと思ったのは、カヤツリに迷惑を掛けないでねって事だけだよ」
『貴女が、それを言いますか? 恥をどこかへ置いて来たみたいですね?』
「へぇ、やっぱり知ってるんだ」
ホシノは目を細める。会話から滲んでいたが、王女はホシノがカヤツリにやったことを知っているらしい。カヤツリが話すとも思えないので、連邦生徒会長あたりが漏らしたか。それか……
「覗き見でもしたのかな。君は、そう言うのが得意みたいだし……やっぱり言ってよかった」
ドローンからの反応はない。つまりは、当たっているのだ。そのまま、ホシノは取り戻した主導権を振り回す。
「いや、君は私と似てるみたいだからさ。私と同じ間違いをしそうだと思ってね」
『それは、あり得ません。貴女の様に、カヤツリに当たり散らすなんてことはしません』
「うん。私もそう思ってた。普段の時はね? でも、その時にならないと分からないもんだよ?」
言い訳になるが、ホシノだってカヤツリを虐めたかったわけでは無い。ただ、不安に押しつぶされそうになって、あの形に出力されただけだ。
ホシノは説得力を持たせるために、あり得そうな未来を想像する。
「そうだねぇ……君なら、カヤツリの意見を無視して、こっちが効率的とか、安全だとか。そういう風に衝突する未来が見えるよ」
この、王女とやらの能力は高いのだろう。この距離でドローンを操る技術と言い、ホシノとは違った方面。情報や電子系に強いのが分かる。
そして、カヤツリの力になりたいと言う意識も、好意もある。ホシノと同じように。
「だから、好きなのかなって聞いたの。そうなら、君は退かない。いつか、カヤツリの意見を押し潰して、自分の意見を通そうとする」
そうして、ホシノは失敗した。ホシノはただ、言って欲しかっただけだ。カヤツリの助けになりたくて、何かできる事をしたくて。
でも、カヤツリは言ってくれなくて。半ば脅すような形で聞きだして、ホシノは耐えきれなかった。それはひとえにホシノの弱さゆえだ。
「君は私みたいにはならないかもしれない。でも、衝突はする。君がカヤツリに好意を持つ限り、絶対に衝突はする。その時にはよく考えてね? 私が言うのも違うけど、カヤツリが傷つくから」
『本当に……貴女に言われたくありませんね』
「うん。だから、こうしてるんだよ?」
『は……?』
何も動いてはいないのに、ドローンが身動ぎした気がした。それほどまでに、王女の声には困惑の響きがあった。
「私は間違えた。カヤツリを追いだした。だから、君をカヤツリから引きはがすマネなんかしない。私は私で、やることがあるからね」
『それは?』
「アビドスを復興させることだよ」
『それは、不可能です。カヤツリの助けなしにやろうと言う事でしょう? それで、カヤツリが靡くと思っている。非常に、浅はかです。腹立たしいほどに』
王女の声にバカにするような響きが混じった。王女の言う通りに、そう出来るのなら最上だが。それは不可能であるとホシノも分かっている。
「勿論、私だけじゃ無理。シロコちゃん達だけでも無理。カヤツリの助けは必要なのは変わらない」
『結局、前と変わりはしないじゃないですか』
「違うよ。違うから、私はカヤツリと話したんだ。君も聞いていたんなら分かるでしょう?」
ハッキリとホシノは声に出すと、王女の息を飲む音が続いた。
「私は、カヤツリを安心させるの。今迄みたいに丸投げじゃない。私と後輩たちで、出来るだけ進んで見せる。カヤツリの不安や重荷を、少しでも取り除いてあげたい。だから、私は、カヤツリにああ言った」
『だから……今、私に……』
「そうだよ。だから、君に言ったの。次にカヤツリと長くいるのは君になるからさ。私がカヤツリに頼るのを自制してるのに、君が何かしたら、台無しでしょう?」
ドローンからは沈黙しか返って来ない。それを気にせず、ホシノは続ける。
「君の心配したことは起こらない。今はカヤツリがアビドスに居るから一緒に居るけど、連邦生徒会に帰るのを邪魔しない。辞めさせたりもしない。まぁ、相談位は電話でするかもしれないけどさ」
その為に、ホシノは王女をここに呼び出した。何となく自分と似た空気を感じたから。
きっと、王女はいい娘なのだろう。カヤツリを大事に思っているし、そう出来る能力もある。その能力が、他者より飛び抜けている自覚もある。
そして、同じようにカヤツリと衝突するだろう。その時に何が起きるかは分からないが、良くないと言う予感だけはある。
だって、王女は言った。カヤツリが好きだと、そう言った。それも、即答した。
それは、幸福で心地よいものだけど。きっと王女をぐちゃぐちゃにする。同じような事が、ホシノと王女の立場を入れ替えて起きるだろう。カヤツリにまた酷いことをする。
そんな事は嫌だから、今ここで言っている。カヤツリの為にそうしているし、ホシノ自身や、王女の為でもある。
ある意味で王女への助け舟になるが、ホシノは構わなかった。ホシノは負けるつもりは毛頭ないし、それくらいで揺らぐとも思わない。
「だから、私が居ない間。カヤツリの事をお願いね?」
ホシノは席を立って、そう最後に言った。返事は返って来なかった。
□
「ムカつきますね……!」
暗い暗い、自分の部屋。そこで、王女は悪態を吐いていた。何についてかと言えば、小鳥遊ホシノとの会話についてだ。
「何様ですか! ああ、腹立たしい! 何ですか! 何がお願いね? ですか! 煽っているでしょう!」
両手両足をブンブン振り回しても、渦巻いた怒りや苛立ちは晴れやしない。ただ暴れた分だけ疲れるだけだ。寧ろ、自覚がある分怒っていることが分かって、惨めになる。
分かっている。アレは自信から出た言葉だ。王女とは違う。
王女は力しかない。名もなき神々の王女の力と、それに付随するものだけ。カヤツリはそれを特別視はしないことが、王女は嬉しかった。素の王女を見てくれることが、唯々、嬉しかった。
けれど、それはカヤツリにとって、王女は普通の女の子でしかないという事だ。唯の仕事仲間でしかないし、バディと呼ぶのも王女が勝手に呼んだだけ。
「クソ……私が、嫉妬するなんて……」
惨めなのは、この所為だった。名もなき神々の王女である自分が、唯の一生徒に嫉妬している。大元がビッグネームではあるが、それは王女に何の慰めも齎しはしないのだ。
今回必要とされているのは、戦闘力とか技術力とか、そういった類のものではない。カヤツリとの関係性、カヤツリにどう思われているのか、自分が居る立場の三点。
そして、そのどちらも、王女は小鳥遊ホシノに負けていた。
積み重ねてきた時間は勿論、イベントもそうだろう。これから、王女が上回るとはいえ、あの自身! 王女がちょろちょろした位では揺らがないと、そう思っていないと出ない物だ。
「あ? はぁ……」
腕が上手く動かないので見てみれば、振りまわしていた手が部屋の外壁を抉っていた。溜め息を吐いて引き抜けば、腕には傷一つない。貫いたのは分厚いコンクリートではあるが、王女の膂力と装甲は、それを可能にする。
「こんなので……言えるわけありませんよね」
小鳥遊ホシノが羨ましかった。ただ、頑張ればいいから。きっと小鳥遊ホシノには小鳥遊ホシノなりの苦労があるのだろうが、それは努力の範疇で何とかなる範囲だろう。
王女は、そうもいかない。この機械の身体は、どうしようもない。王女はずっと生きるのだ。カヤツリよりもずっと長く生きる。だから、王女はカヤツリに言わなくてはならない。
──貴方が好きです。私と一緒に来ていくために、人間を辞めてください。
言えるわけがない。それは、人間としての全てを諦めろというのと同じだ。全てを置いて、永遠に生きていくのだ。
だから、王女は小鳥遊ホシノが羨ましい。カヤツリと同じ時を生きて、家族を増やせるのが羨ましい。王女は、そういうことが出来ないから。出来るが、機能としては存在しない。
「どうして、こんな風に……」
鋼鉄の身体、名もなき神々の王女の力。王女に与えられた物は、世界を滅ぼすための機能だった。それなのに、一番大事な物が搭載されていなかった。そうすべきと与えられた目標が何も。
力だけを、可能性だけを与えられて、王女はこの世界に放り出された。何をすべきかは、自分で決めなくてはならなかった。それなのに、ようやく見つけたのに、与えられたものが邪魔をする。
「……他の機械が羨ましくなりますね」
機械は、そうでは無かった。何か目的があって、その為に機械は作り出される。彼らには、生まれた意味が、最初からあるのだ。この時ばかりは、鍵が羨ましく思える。
カヤツリに会うずっと前、ネットの海を暇つぶしに泳いでいた時にも、会話が通じるような機械は殆どなかったのが、その考えを後押ししていた。唯一会話が通じた機械も、今頃は釣り計算に従事しているだろう。
『……王女、王女?』
「ああ、すいません」
カヤツリの声に画面に向き直る。ドローンの光点が、アビドス砂漠へと移動していた。今も、奥へ奥へと移動している。
いつの間にか、出発していたらしい。心配そうなカヤツリの声からして、何度も呼んでくれていたのだろう。いつもなら嬉しい事も、今は素直に喜べなかった。
カヤツリに心配ないと言って、王女は再び考える。いくら考えても、今はどうしようもないのは分かっていたが、止められなかった。
──どうして、王女はこの形で生まれたのか。
そのことを、目的地に着くまで、ずっと王女は考えていた。