ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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37話 ずっと我慢していたこと

 初撃を躱せたのは運だった。カヤツリが回答した後のホシノの返事にうすら寒いものを感じたからだ。だからこちらを向くショットガンの銃口に反応できた。

 

 カヤツリの横を散弾が通り抜けて扉の一部を吹き飛ばした。当たっていたら、そのまま動けなくなっていただろう。明らかに足を狙っていた。

 

 ホシノを見れば、無表情のまま銃口を向け直している。少しの動揺も見られない。カヤツリは訳が分からなかった。

 

 

「逃げないでよ。カヤツリ。扉が壊れちゃったよ」

 

「黙ってたのは悪かったけど……撃つことはないんじゃないか? そんなに怒るとは思わなかったんだよ」

 

「そのことはいいよ。うすうす分かってたからさ。カヤツリはじっとしていてくれればいいよ。すぐに終わるから」

 

 

 ホシノはなんだか様子がおかしかった。質問には答えているけれど、ただ返事をしているだけだ。”カヤツリを動けなくする”それ以外のことは目に入っていないようだった。

 

 

「……俺をどうするつもりなんだ」

 

「ずっと、ここにいてもらうだけだよ。ああ、カヤツリはアビドスから出ていきたいんだっけ? 悪いけど、それは諦めてね」

 

 

 ホシノはいつものように返した。まるで、明日の天気を聞かれて答えるように。内容は天気とはかけ離れた物騒極まるものだったが。

 

 

「なんで、そんなことをするんだ。別に、ここから出て行ったりなんかしな──」

 

「じゃあさ。なんで私に何も言ってくれないの? 言う機会なら沢山あったよね」

 

 

 カヤツリの言葉に被せるようにホシノが呟いた。これだけは今までの発言とは違って、言葉に感情が乗っていた。そのまま、堰を切ったようにホシノは続ける。

 

 

「カヤツリは、いつもそうだよ。ビナーや先輩のことだって、私には何も言ってくれないよね。私は言ってくれないと分からないんだよ。なんでここまでしても、何も言ってくれないの? どうして、ユメ先輩には話せて、私には話せないのさ。 あんなに一緒にいたのに、そんなに私が信用できなかったの?」

 

 

 カヤツリは何も言えなかった。その通りだったからだ。カヤツリはきっと、そういった意味ではホシノを信用してはいなかった。言えば傷つけてしまうと思っていた。先輩が居なくなってからは特に。だって、見るからにホシノは限界だった。そんなホシノに追い打ちをかけるようなことをできなかった。

 

 でもこれはきっと言い訳だ。カヤツリは勇気がなかったのだ。柴関の大将の言う通りだった。カヤツリは信じてはいなかったのだ。ホシノがそういうことを聞きたくないだろうと、きっと耐えられないだろうと勝手に解釈して逃げたのだ。

 

 だって、口で言うより行動で示す方が楽だった。勝手に向こうが解釈してくれるから楽だった。

 

 それに、ホシノにだけは言えなかったのだ。今までのように、大人に対してやってきたように、口先だけで動かすことはできただろう。”ホシノは悪くない”とか、”傍にいるよ”とか、軽い言葉で誤魔化すことはできただろう。でもカヤツリは、そんな上っ面の言葉だけは使いたくなかった。そんな言葉をホシノに使いたくなかった。

 

 でも、ビナー退治の時みたいな言葉は出てこないのだ。言えるものなら、ああいう風に言ってやりたかった。

 

 何も言えないカヤツリを見て、ホシノは目を伏せた後、また無表情に戻った。

 

 

「やっぱり、何も言ってくれないんだね。でもいいよ。カヤツリがそのつもりなら、私も勝手にやるから。だから、おとなしくしててね」

 

「……具体的にはどうする気なんだ」

 

 

 この事態はカヤツリのせいだから、ホシノの気が済むのなら、ある程度の要求を呑むつもりではいた。さっきのような不意打ちはいただけないが。

 

 ホシノは少し考え込んだ後、恐ろしいことを言い出した。

 

 

「……そうだね。カヤツリには、家じゃなくて、ここで暮らしてもらおうかな。仕事もここでできるでしょ。食事は持ってきてあげるから安心して。柴関のバイトもついて行ってあげるよ。その後は、いつもみたいに一緒にパトロールかな。ああ、休みも作ってあげるから心配しないでいいよ」

 

 

 それは、監禁ではないだろうか。まるで囚人の一日だった。ここは矯正局ではないはずだった。

 

 

「そうだよ。私も勝手にやるって言ったでしょ。カヤツリには責任を取ってもらわないと。もう私はぐちゃぐちゃなんだよ。だから、カヤツリもぐちゃぐちゃになってよ。私と一緒にさ。もっと、ぐちゃぐちゃになろうよ」

 

 

 そんなことを言うホシノの表情と声色でカヤツリは察した。

 

 ──ああ、俺は失敗したんだな。覚悟を決めるのが遅かったんだ。

 

 カヤツリには、その”ぐちゃぐちゃ”というのはよくは分からないが、響きからして良くない予感しかしなかった。きっと大将と話す前なら、このまま頷いたかもしれない。おそらく、その時のカヤツリも”ぐちゃぐちゃ”だったであろうから。

 

 ただ、それは良くない未来しか見えなかった。たぶん、アビドスか二人が終わるまで、そのままになる気がした。暖かい泥の中に沈んでいって、そのまま窒息死するような。

 

 カヤツリはそんな最期は御免だし、ホシノにもそんな風にはなってほしくなかった。

 

 

「そんなのは嫌だ。そんなのは、ホシノにとってもよくないだろ。どこかに行かないって約束するから。それは止めてくれ。話をしなかったのは謝るから。だからさ、話──」

 

「遅いよ。もうちょっと早く言ってほしかったな。私はね。カヤツリ。もう限界なんだよ。もうそれだけじゃ満足できないんだよ」

 

 

 ホシノは聞く耳を持たなかった。そのまま、こちらに向けた銃の狙いを足へと変えて告げる。

 

 

「カヤツリが約束を守るのは知ってるけど、それならもっと早く言えたよね。そのつもりがあるならさ」

 

 

 じりじりとホシノが距離を詰める。先輩がいなくなった時期みたいな無表情だった。

 

 

「何かしてくれるのは嬉しいよ。私のためっていうのは分かるよ。大切に思ってくれているのも伝わるよ。でも本当はそうじゃないんでしょ? ユメ先輩に頼まれたからだもんね? そうじゃなかったら、あんな大事にメモなんか取って置かないもんね? だから、私には何も言わないんでしょ?」 

 

 

 ホシノの声が震えていた。よく顔を見れば、無表情のまま涙を流していた。ホシノは気づいていないようだった。

 

 

「カヤツリが、私の事をそんな風にしか思ってなくてもいいよ。私よりユメ先輩が好きならそれでいいよ。それなら……それならさ。ユメ先輩の頼みごとを守ってよ。仕事が終わったからって黙っていなくならないでよ。私を置いていかないでよ」

 

 

 カヤツリは何も反応できなかった。ホシノの言葉がショックだったからだ。そんな風に思っているなんて露とも思わなかった。それなら言ってくれればよかったのに。

 

 ──それなら言ってくれればよかったのに? 自分で思った言葉に反吐が出そうだった。自分もできていなかったくせに。

 

 じゃあ今からでも、言えばいいのだろうか。仕事や先輩の事なんか関係ないって? 自分がやりたいからここにいるんだって? でも今のホシノに届くとは思えなかった。そんな様子には見えない。

 

 ホシノがどうして欲しいのかが分からなかった。本当の事は言っている。やってほしかったことも言っている。やってほしいことも言っているけれど、ホシノが本当に望んでいることは何なのだろう。

 

 とても近くにいるのに、ホシノがとても遠くに感じた。どうすればカヤツリの言葉が届くのか分からなかった。でも、ホシノをここまで追い詰めたのはカヤツリだった。

 

 だったら、ホシノの言うとおりにするのは、正しいのかもしれなかった。けれどカヤツリは、それは嫌だった。誰も救われないからだ。

 

 だから、そんな事に気を取られていたせいで、二回目の銃撃は避けられなかった。それはカヤツリの片足に直撃し、カヤツリはもんどりうって、仰向けに倒れた。

 

 

(イ゛)ッ」

 

 

 片足に激痛が走った。顔をあげて確認すれば、紫色に変色して、力を入れるたびに激痛が走った。足音の方を見ればホシノがすぐそばまで近づいていた。残った無事な方の片足にも銃を向ける。ホシノは本気だった。本気で、カヤツリをどうにかしようとしている。

 

 今話を切り出しても何も聞いてはくれないだろう。一旦頭を冷やさせなければどうにもならない。それに、ここで抵抗しなければすべてが終わる気がした。だから、カヤツリは懐から拳銃を取り出した。

 

 それをちらりとホシノは見て、銃を残った片足に向け直した。確かにここでホシノに発砲しても効かないだろう。それは良く知っている。だから狙うのは別の場所だった。

 

 ──ホシノの腰についている閃光手榴弾。

 

 ホシノの発砲よりも早く、カヤツリの銃弾によって弾き飛ばされた閃光手榴弾が爆発して、二人の視界を閃光が覆った。

 

 

 □

 

 

「また逃げたね。カヤツリ」

 

 

 ホシノは元に戻った視界で周りを見渡した。さっきまで倒れこんでいたカヤツリの姿は、そこにはなかった。鍵を掛けた扉が開いていた。躱された一射目で扉が壊れていたから、そこから逃げたのだろう。

 

 廊下に出て、カヤツリがいるだろう場所へ向かう。どうせ校庭脇のガレージだろう。カヤツリがバイクやら車をしまってある場所だ。ただ事前に乗り物の燃料は抜いてあるし、抜いた燃料は別の場所に隠した。

 

 それに片足は奪っているから、ゆっくり追いかければいい。焦る必要はないのだ。カヤツリだって、そこそこ戦えはするだろうが、拳銃しかもっていない。銃弾程度なら背中の盾で防ぎきれる。ただ、念のため本気装備で来たのが仇になるとは思わなかった。普段は持ってきていない閃光手榴弾を拳銃で落とされるなんて。

 

 

「そんなに抵抗する程、嫌なんだ」

 

 

 そりゃあ、ホシノだって、今から監禁しますなんて言われたら抵抗する。ただあそこまで嫌がらなくてもいいのに。だから、片足を撃つ羽目になったのだ。

 

 

「よくない事だなんて分かってるよ……。カヤツリに言われなくてもね」

 

 

 さっきのカヤツリの言葉を思い出す。同級生を監禁して管理しようというのだ。どう考えてもヴァルキューレ案件だろう。けれどカヤツリが言ったことはそういったことではないことくらい分かっていた。

 

 でも限界だった。それはカヤツリのせいだった。何も言ってくれないカヤツリのせいだった。

 

 カヤツリが先輩か後輩だったらよかったのに。先輩だったのなら、無邪気に信じて甘えることができただろう。後輩だったのなら、我慢して先輩の皮を被って、先輩として接することが出来ただろう。

 

 ただカヤツリは同級生だったのだ。アビドス高校に来たホシノにとっては初めての。本当にホシノにとっては初めてだったのだ。今までは何でも一人でやってきた。それで何とかなっていた。手伝ってくれる人なんていなかった。ユメ先輩はいたけれど、それはこっちが手伝ってばかりだったから。

 

 誰かと一緒に何かを成し遂げるのがこんなに嬉しいことなんて知らなかった。一人じゃないのがこんなに心強い物なんて知らなかった。一緒に背負ってくれる人がいるだけでこんなに違うなんて知らなかったのだ。ホシノは確かに幸せだったのだ。

 

 一度知ってしまえば、もう後は落ちるだけだった。ずっとこのままが良かった。ずっとこのままでいたかった。カヤツリに甘えたかった。カヤツリに頼りにしてもらいたかった。三人で青春を過ごしていたかった。カヤツリとユメ先輩と一緒にずっといたかったのだ。

 

 ただホシノは欲張ってしまったから。身の程を知らずに欲張ってしまったから、ユメ先輩はいなくなってしまった。だから、ずっと我慢することにした。我慢していれば、あの時みたいに爆発することはないだろうと。

 

 

「カヤツリはずるいんだよ。こっちの気も知らないでさ」

 

 

 昇降口に向かいながらホシノは呟く。本当に甘い考えだったと思う。先輩が居なくなってからのカヤツリは本当に献身的だった。もちろん気遣いの意味もあったのだろう。けれど何度も勘違いしそうになった。

 

 私は償わなくてはいけないのだ。先輩の事は事故だというのは分かっている。偶然が重なっただけだというのも頭では理解はしている。心の奥底からはまだ納得は出来ないけれど。

 

 だから、最初は一人で頑張らなくてはいけないと思っていた。

 

 でも、途中で気づいてしまった。カヤツリだけは例外だ。だって、私と同じ罪人だからだ。私が、あの夜にユメ先輩と喧嘩したことを言わないように。カヤツリもユメ先輩と何を話したか言わないから。だからカヤツリ自身も先輩の事で何かやった自覚があるのだ。私と同じように。

 

 

 ──だったら、カヤツリとだったらいいよね。カヤツリを巻き込んでも、何の問題もないよね。一緒に背負ってくれるよね。

 

 

 ずっと、心の奥底では、そんな風に思っていた。時々カヤツリに甘えてガス抜きするくらいで今までは大丈夫だったのだ。

 

 よくない事だと分かっていたから、カヤツリが情緒不安定の時は本当に我慢していたのだ。本当は、さっきやったみたいに無理に聞き出してもよかったけれど、きっと話してくれると、カヤツリを信じて我慢したのだ。

 

 聞いたところで結果は変わらなかっただろうけど。聞くのが怖かったのは、事実を確認するのもそうだが、やっぱり一番は我慢できなくなるのが怖かったのだ。

 

 あの時のカヤツリだったら、引きずり込めただろうから。私と一緒にぐちゃぐちゃになってくれただろうから。そうしないように、それを必死に我慢していたのに。

 

 

「私は我慢強い方だけどさ。流石にあれはないよ。カヤツリ」

 

 

 校庭を歩きながら考える。

 

 カヤツリが前みたいに話してくれればこうならなかったのにね。そうしたら、私は見ないフリを続けられたのに。不安も押し殺せたのに。我慢を続けられたのに。

 

 きっとカヤツリにも理由はあったのだろう。長い付き合いだし、大概の事は許せたかもしれない。

 

 今回怒っているのだって、一つの事以外は、なんとか飲み込む事はできる筈だった。でも、あれだけは、許せなかった。

 

 紛らわしい資料を作ったのは、許そう。黒服や仕事の事、悩んでいることを相談してくれなかったのも、まあ許そう。それについては私も黒服の事を黙っていたから、カヤツリの事を言えない。私を通してユメ先輩を見ているのも、非常に腹立たしいが許そう。先輩ならしょうがない。

 

 だけど、私を置いていこうとしたのは許さない。今はそのつもりがないのかもしれない。けれど、引継ぎ資料を作ったということは、一度は考えたはずだ。あれはその場の思い付きで作れるものではなかったから。

 

 私はずっと我慢していたのに、何も言ってくれないのも、私を見てくれないのも。ずっと表に出さないように蓋をしていたのに。先輩に頼まれたからだとしても、一緒にいてくれるだけで満足できていたのに。

 

 我慢し過ぎて、もう私の心は、怒りと嫉妬と独占欲でぐちゃぐちゃだった。自分でもどうかと思うから、見ないふりをして蓋をしていたのに、カヤツリのせいで我慢できなくなってしまった。

 

 だからカヤツリにも、私の事でぐちゃぐちゃになってもらう。もう逃がす気はなかった。

 

 ただ、ホシノはガレージの前に着いた時に、カヤツリが何かを言おうとしたのを思い出した。

 

 言い訳だろうか? それとも謝罪だろうか? 少しだけ興味があった。もしかしたら、魅力的な提案だったかもしれない。

 

 

「まあ、私を納得させられるなら、また我慢してあげるよ」

 

 

 ──できないだろうけどね。

 

 

 内心でホシノはそう呟いて、カヤツリがいるだろうガレージの扉を開けた。

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