ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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379話 年相応

 カヤツリの目の前で、ドローンが静かになった。

 

 それは、さっきまで王女が使っていたドローンで、デカグラマトンをおびき出すために使用したもの。今の今まで異音が響き、焦げ臭い匂いをさせていたそれに、恐る恐る、カヤツリは声を掛ける。

 

 

「王女……?」

 

 

 返事は無い。嫌な予感がカヤツリの中を駆け巡る。

 

 

 ──まさか、デカグラマトンに……

 

 

 やられてしまったのか。それか大けがを負ったか。そう思って、カヤツリの中を苦い後悔が満たす。やっぱり止めておけばよかった。今朝から、いや最近からどこか様子がおかしいのは分かっていたのだ。

 

 

「そんな顔をしなくとも、心配する必要はありませんよ」

 

 

 いつの間にか、黒服がドローンを調べていた。繋いだ端末を見ないで操りつつ、カヤツリの方を向く。

 

 

「断片的に残ったログを確認したところ、デカグラマトンは逃げ出したようです。それも満身創痍で。王女に対しハッキングを仕掛け、返り討ちになったようですね。当然の結果と言えるでしょう」

 

「返事がないのは?」

 

「ドローン自体が破損しています。今までの君の行為は、電話線が切れた電話に話しかけるようなものです」

 

 

 心配のし過ぎですよと黒服は首を振っている。カヤツリは気恥ずかしさを隠すために携帯電話を取り出す。こんな単純なことに頭が回らないなど、王女の事を何も言えなかった。

 

 

「ああ、王女に掛けるのは、少しだけ待ってください」

 

 

 黒服が手の携帯電話を指さす。何を考えているのか、カヤツリが目を向けると、黒服は神妙な顔をしていた。

 

 

「どうしたんですか。そんな顔して」

 

「そんな顔、というのは分かりませんが、王女のことに関する真面目な話です。出来れば、王女と話す前に話しておきたいのです」

 

 

 カヤツリは黙って、携帯を仕舞い込む。黒服は来た時と同じように、椅子へと戻る。

 

 

「最近。王女とは、どうでしょうか。上手くやれていますか?」

 

「何言ってるんです? 真面目な話じゃなかったんですか?」

 

 

 思いもかけぬ質問にカヤツリは大声を出す。こんな質問が飛んでくるなど想像もしていない。それでも、黒服は同じことを聞く。王女とは上手くやれているかと。

 

 

「……普通に過ごしてますよ。仕事だってちゃんと協力してくれますし……」

 

 

 あまり言いたくは無かったが、コーヒーの件も口を滑らせてしまった。何が気に入ったのか、黒服は満足そうに頷いている。

 

 

「なるほど。一先ずは安心──おや?」

 

 

 黒服の言葉を遮って、カヤツリの電話が鳴った。相手は言うまでもなく王女で。黒服を見れば、静かに頷いている。

 

 

「もしもし……?」

 

『あ……! カヤツリですか!?』

 

 

 カヤツリは、そうだと返事が出来なかった。声色、声の調子、話し方。その全てが、カヤツリの中の王女のイメージと噛み合わなかった。

 

 王女の声なのは分かる。電話の表示もそうだと言っている。けれど、徹底的に何かが違った。

 

 

「王女? 大丈夫か?」

 

 

 とりあえず、カヤツリは知らない振りをすることにした。兎にも角にも、状況が読めない。このまま異常な点を指摘したところで、何も解決はしない。もしかしたら、カヤツリの勘違いと言う可能性も残っていた。

 

 

『大丈夫? 言っている意味が分かりません。何も変な事はありませんでしたよ?』

 

 

 幼い、無邪気、あどけない。電話の声の、そんな印象にカヤツリは唾をのんだ。

 

 

「これは……」

 

 

 近くで聞いている黒服も、言葉を選んでいる。カヤツリも何と返すか、攻めあぐねていた。

 

 

『カヤツリ? 返事はどうしたんですか……? あ! もしかして、違うのが分かったんですか? 良かったです!』

 

「……誰だ。お前」

 

 

 相手は、王女では無いことを隠すつもりは無いようだった。カヤツリは気づいていない振りを投げ捨てて、強い口調で問い詰める。

 

 

『えっ? 私は王女ですよ? カヤツリも知っている王女です』

 

「ふざけてるのか? 王女をどこへやった!」

 

『ふん! あっちの私なんか知りません! 私だって王女です!』

 

 

 カヤツリの声が荒くなると、それを聞いた相手の声は拗ねたようになった。話にならない。まるで、小さい子供を相手にしているようで、カヤツリは苛立ちが湧いてくるのを感じた。相手の化けの皮を引っぺがそうと、強めのジャブを放つ。

 

 

「まさか……デカグラマトンか?」

 

『違います!』

 

 

 不機嫌そうな、相手の声のトーンで、カヤツリは地雷を踏んだのが分かった。

 

 

『どうして、あんなのを気にするんですか!? 私は王女です! 今、話してるのは私です! どうして、居ない物のことを話すんですか? カヤツリは私と話すんです! 私の事について話すんです! あっちといつもやってるみたいに! いやです! いーやーでーす!!』

 

 

 電話の向こうの相手は、カヤツリの狙い通りに怒っていた。癇癪と言う方が良いかもしれない。しかし、それどころではない。空気が軋んでいる。比喩ではなく、本当に。

 

 ギシギシ、ミシミシ。電話の向こうでも、カヤツリの方でも何かが軋んでいた。過積載に喘ぐ荷台のような、崩壊の兆ししか感じない音だ。慌ててカヤツリは口を開いた。

 

 

「分かった。分かった。じゃあ、話そう」

 

『はい! 嬉しいです!』

 

 

 ここから足を離せば爆発する。今の出来事はカヤツリにそれを刻み込むのは十分で。カヤツリは素直に折れた。それに相手は機嫌をころりと変えた。

 

 変えたはいいが、相手からは何も話さない。ただワクワクとしたような感情が流れてくるだけ。どの言葉を舌に乗せるべきか、カヤツリは考える。

 

 今の反応で分かった通り、デカグラマトン関連の話題は禁忌だろう。この暫定王女は、カヤツリと自分の事だけを話したいに違いなかった。ともなれば、聞くべきはこれだろう。

 

 

「話し方は、変えたのか?」

 

 

 王女の話題で、どうしてこのようになったのか。デカグラマトンを抜きにした聞き方はこれしかない。

 

 

『前からこうですよ。私は最初からこうです。変えたのはあっちの方です』

 

 

 あっちと言うのが、今までの王女なのだろう。やはり、王女に異常があったのだと、カヤツリは確信した。その原因が何なのかは言うまでもない。

 

 そして、向こうの地雷もある程度把握した。どうにも、自分を無視されるのが嫌いらしい。なら、そういう風に会話するだけだ。

 

 

「ふぅん。そうなのか。じゃあ、それが、王女の素なんだな。普段は緊張してたのか?」

 

『そうです! あっちはズルいんです!』

 

 

 向こうは怒っていた。先程の物とは違い、拗ねたような物言いだ。

 

 

「ズルい? どうして?」

 

『ええカッコしいです! 私と対して変わらない癖に、私に押し付けるんです! 上手くいったのは偶々のくせにです! 全部、他人に言ってもらってるのは、そんなのはズルいんです。私、知ってます!』 

 

「ごめん。良く分からない。教えてもらって良いか?」

 

『むむむ……上手く言葉に出来ません……!』

 

 

 主語がごっそり抜けているせいで、まるで分からない。聞いたら怒るかと思ったが、相手の反応は素直だった。ちゃんと伝えようと考えてくれている。思ったより話が通じないわけでは無いのかもしれない。

 

 

『できないので、他の事を話しましょう! 今度は私からです! やっぱり、あっちはズルいです。こんな楽しいのを独り占めするなんて……』

 

 

 だが、カヤツリの想像を裏切る様に、向こうは話題を変えてしまう。随分と飽きっぽい。なんというか、言葉遣いも相まって、ほんの小さな子供を相手にしている気分になる。

 

 

『そうです! 私はカヤツリの顔を見たいです! 見て、お話がしたいです! いつもやってるみたいに、直ぐ近くで話しましょう!』

 

「それは難しいかな」

 

『どうしてですか』

 

 

 固い声だ。露骨に、向こうの機嫌が悪くなるのが分かる。返ってくる答えを、ある程度予想しつつも。カヤツリはそう答えるしかないのだが。向こうは、そんな事は関係ないとばかりに呟き始める。

 

 

『難しくないです。私の所に帰ってきて、話すだけです。夜も遅いですから、何か買ってこいとも言っていないのに。それの何が難しいんですか』

 

「それは……」

 

『仕事ですか? あの連邦生徒会長さんに言われた仕事が終わらないから。そうですよね? まさか、小鳥遊ホシノさんと一緒に居るからじゃないですよね?』

 

 

 手汗が全く止まらなくて、やけに電話がべたつくなと、カヤツリは現実逃避する。それを許さないとばかりに、電話口から声がする。

 

 

『どうして、あの人の言う事を聞かなくてはいけないんですか? あの連邦生徒会長さんは、私の言う事を聞いてくれなかったし、聞いてもくれないのに。私には何もするなって言うのに』

 

 

 当然の言葉に、カヤツリは沈黙を持って返すしかない。

 

 

『でも、カヤツリは違うんですよね。言う事を聞かないといけない。聞かないとあの人に怒られます。それは私も嫌です。ですから、こうします。全部壊せば良いんですよね?』

 

 

 向こうの言葉が終わると同時に、再び何かが軋む音がする。二回目ともなれば、何が軋んでいるのかカヤツリにも分かった。

 

 空間だ。空間が軋んでいる。何かに押さえつけられているかのように軋んでいた。

 

 

「いけません! このままではキヴォトスが……!」

 

 

 黒服は、何が起こっているのか把握しているのだろう。珍しく焦った声を出している。これは向こうが起こしている事象で、納得いく答えが出なければ、止めはしない。平たく言えば脅しだ。カヤツリが言う事を聞かざるを得ないように、言い訳が立つように、脅している。

 

 

「分かった。今から帰るよ」

 

『わぁい! 嬉しいです!』

 

 

 求められている答えを返せば、軋みは止まった。電話の向こうは満足そうに喜びの声を出している。

 

 

『じゃあ、私、待ってます! 寄り道せずに帰ってきて下さい! 今までできなかった分、沢山お話したいです! 一杯、いっぱい、ずっと、お話ししましょう!』

 

 

 よっぽど嬉しいのだろう。喜びの声ともに、電話は切れた。へなへなとカヤツリは背もたれに凭れる。疲れた。本当に、今までで一番疲れたかもしれなかった。

 

 

「クックック……お疲れ様です。カヤツリ君。流石の君でも、アレの相手は骨が折れるようですね」

 

「あれは、誰なんですか? 見当はついているんでしょう?」

 

「ええ、あくまで予想に過ぎませんがね。さっき話そうとしたのは、少し関係がある話なのですよ」

 

 

 カヤツリは姿勢を正すと、黒服は端末を差し出した。

 

 

「……ログですか。王女が攻撃を受けてますね。ですが、そのせいじゃないんでしょう?」

 

 

 カヤツリは起こったであろうことを口に出す。黒服の言う通りであれば、デカグラマトンのハッキングすら、王女は弾くのだと言う。それは、さっきの会話でも、十分に分かる事だった。

 

 

「その通り。もしそうなら、デカグラマトンに心酔しているはず。しかし、デカグラマトンに対するあの嫌悪。影響はないと考えていいでしょう」

 

 

 黒服の言う、もしもの場面を想像して、死ぬほど気分が悪くなったのを、デカグラマトンへの殺意で押し隠す。お陰で少し落ち着けた。

 

 

「なら、あれは?」

 

「デカグラマトンの影響を受けた王女です。正確に言えば、王女の一側面でしょう」

 

 

 先ほどの言葉と矛盾する発言に、カヤツリは黒服を睨む。

 

 

「つまり、どういう事ですか?」

 

「それにはまず、デカグラマトンの感化についての説明が必要です」

 

 

 長い黒服の説明を、カヤツリは聞かされる。専門用語が少ない分、本当に理解させようとしているのが伝わった。

 

 話の内容としては簡単。王女の説明と似ている部分が多い。デカグラマトンは、相手を説得して仲間にするのだと。その為に、二段階の手順を踏む。

 

 まず第一に通常のハッキング。目当ての場所までの侵入や無力化に使用する。第二に感化。目的の機械に、自意識を持たせるのだという。

 

 

「自意識をもたせる。つまりは無意識の欲望の増幅です。求める物が何もない相手に向かって、何がしたいのかを問う。何が無いのか、何をしたいのか、それを増幅させ、問いへと導く。問いが出来なければ、説得も何もありませんから」

 

 

 つまり、あれは表に出てこなかっただけで。王女そのものという事か。確かに、あっちと言ってはいるが、王女であることを否定はしていない。

 

 

「あの王女は、それだと。それにしては、随分……」

 

「子供っぽい。そうです。むしろ、そうでなければおかしい」

 

 

 黒服がカヤツリの言葉を奪う。

 

 

「要求を通すための泣き落とし、脅し。まさか、言う事を聞かせるためだけに、サンクトゥムタワーを破壊しようとするとは思いませんでしたが。手段としては納得できる」

 

 

 黒服は冷や汗を黒いハンカチで拭っている。相当に危険だったことが分かって、カヤツリの背中が冷えた。

 

 

「時に、カヤツリ君。王女は、何時から目覚めていると思いますか?」

 

「……長いんじゃないですか?」

 

 

 カヤツリはすんなり答える。確か、長く起きているような事を言っているのを聞いたことがある。それにあの理知的な性格は、時間を変えなければああはならない。しかし、黒服の反応は芳しくない。

 

 

「最長で二年だと、私は見ています。今の連邦生徒会長を彼女は殊更に嫌っている。それは彼女によって不自由を強いられているからです。それまで彼女は眠っていなければおかしい。そうでないなら、連邦生徒会長の言う事を聞くはずがないのですから」

 

 

 言われてみればその通りで。王女が不自由を強いられているのは、地下に閉じ込められているから。地下に閉じ込められる前に目覚めていれば、その状況にならない。

 

 

「そして、短時間ですが彼女と話した時。私は既視感を感じたのです。前に、誰かと同じような会話をしたと。その人間は私の目の前に居ます」

 

「話が逸れてますが、何を言いたいんですか?」

 

「王女が君と同じだということです。彼女は状況によって、ああなった。ああならざるを得なかった」

 

「つまり、あれが王女の素だと?」

 

「素、というより本来の性格でしょうね。それが、ああいった形で表現されている。二歳の子供と考えれば、それでも上々だと思いますが」

 

 

 カヤツリは疑わし気に黒服を見る。それでも、納得まで行かない。

 

 

「言っていることの理屈は分かりますよ? デカグラマトンのせいで素が出ているのは。二歳でしかない可能性があるのも。じゃあ、あの今までの性格は何なんですか。幾ら知識があったって……」

 

 

 知識があるのと、そうするのかは別である。やるか、やらないかは、王女の一存に任されている。つまりは、王女が選んでそうしていたことになる。

 

 

「君と同じだと。そう言ったでしょう?」

 

 

 分かっているでしょうと、黒服は同じことを言う。そう、薄々、カヤツリは分かっているのだ。

 

 

「年月と環境によって性格は形作られる。年月が取れないのであれば、環境がそうさせた。ああも理知的な性格でなければならなかったのです。インストールされていた知識もあるのでしょうがね」

 

 

 予想できたことだ。あんな何もない地下に、一人で閉じ込められていたのだ。物わかりも良くなる。騒いでも無駄だからだ。それはカヤツリも良く知っている。そして、それから解放された後の事も。

 

 

「王女は、そうしてくれていた。我慢してくれていた。きらわれたくなかったから」

 

「はい。君は王女を受け入れた。責任を取るとまで言った。そんな相手に我儘など言えるはずもない。私がさっき聞いたのは、それを確認するためでした。王女の気持ちを分かっていますかとね」

 

 

 黒服の言葉に、少し責めるような色が混じった。

 

 

「大切な他者の為に自身を抑圧する。それに限界があることくらい、君も覚えがあるはずです。そうでなければ、ホシノさん相手に、あんな喧嘩はしなかったでしょうから」

 

 

 黒服の言葉が、遠慮なしに突き刺さる。カヤツリはその気持ちを一番理解できるから。カヤツリとて、ホシノに受け入れてもらって嬉しかった口だ。ホシノにとって、都合の良いように動いていた節はある。

 

 ただ、それには限界というモノも存在する。少しづつではあるが、澱の様に沈殿する不満は確かにあるのだ。そうでなければ、黒服の言う通りに喧嘩になどならなかった。カヤツリは我慢できたはずだ。

 

 それと同じことを、カヤツリは王女に強いていたことになる。今から思い返せば、カヤツリからやっていたことはあまりなかったのではないだろうか。カヤツリは唯の仕事仲間として、王女に接していた。それは間違いだったのだろうか。

 

 

「そんな目で見ても、私に答えは分かりませんよ。頼まれれば手伝いますし、助言もしますが。この件に関しては君の方が得意でしょうから」

 

「元には戻るんでしょう?」

 

 

 席から立ち上がって、カヤツリは聞いた。黒服は首を傾げる。

 

 

「さぁ? 今の状態が元、本物なのかもしれませんよ? それを君の都合で戻すのも違うのでは?」

 

 

 わざとらしい物言いに、カヤツリは黒服を睨んだ。

 

 

「分かってて言ってるでしょう。今までのも王女なんですよ。どっちが本物とか、そういう話じゃないんです。で、どうなんですか? デカグラマトンを破壊しなきゃ戻らないんですか?」

 

 

 もしそうであるのなら、あらゆる手を使う算段のカヤツリではあったが、黒服はゆっくり首を横に振る。

 

 

「いいえ、寧ろ、デカグラマトンを破壊しても関係はありません。今の王女は、王女自身の問題なのです。話すことから始めるべきでしょうね」

 

「ちょっと、安心しましたよ」

 

「君は、そうでしょうね。私にはそんなもの(キヴォトス破壊爆弾)でジャグリングなど出来ませんし、やろうとも思いませんから」

 

 

 よく分からない事を言った後、カヤツリと同じように黒服も席を立つ。

 

 

「デカグラマトンの居場所はこちらで探しておきます。一週間はかかるでしょう。ああ、手に負えなくなりそうと感じたなら、連絡を。あの時の地下での話の通り、このキヴォトスに住まう者全員の問題ですからね」

 

 

 そう言って、黒服は教室の外の暗闇へと消えていく。来た時と同じような尋常でない手段を使ったのだろう。気配はもうしなかった。

 

 

「……悪いことをした」

 

 

 出発の準備をしながら、カヤツリは呟く。

 

 事実、悪い事だ。カヤツリは王女に甘えていた。それすら自覚していなかった。そうでないのなら、あの環境が異常である事に気づいた筈だ。

 

 カヤツリは、王女を外に出そうとしなかった。無理だと決めつけ、妥協点も探らなかった。あの超人が許すかどうかは別として、動かなかったのが問題だ。

 

 じくじくと、カヤツリの胸が痛む。案外、カヤツリはあの環境を気に入っていたのだ。あの王女が無理をした結果の性格だということにショックを受けている。

 

 今の王女を否定する気はない。ただ、今までの一ヶ月は嘘だったのかが気になるだけだ。カヤツリはアビドスとは違う、あの日々は楽しかった。王女はそうではなかったのだろうか。

 

 向こうに着いたら何て言おうかと考えながら、カヤツリは出発の準備を進めていく。胸の奥が、なんだか重苦しかった。

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