ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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381話 乙女心について

「それで、私のところに来たわけですか?」

 

 

 数日前にアビドスに出発してから、今朝に会ったことまでの報告を聞いた連邦生徒会長の返答は淡泊な物だった。けれど冷たそうな発言内容とは裏腹に、表情と口調は興味津々といった雰囲気を隠せていない。

 

 その証拠に書類と格闘する手を一旦止めて、カヤツリを見ている。それが連邦生徒会長に余裕がある時の反応であると、これまでの時間でカヤツリは分かっていた。

 

 

「そうですよ。女の子の心境なんて、俺にはわかりませんからね」

 

「なるほど、なるほど……私にそれを聞きたいと言うことですね。いいでしょう。任されました」

 

 

 連邦生徒会長は完全に判子と書類を手放している。

 

 

 ──良かった。

 

 

 彼女が予想以上に乗り気であることにカヤツリは安堵した。五日間掛けて、文句を言い、暴れ、身体に絡みつく王女を引きはがし、話を聞かないように言い聞かせて、ここまで来た甲斐がある。

 

 情報を伏せればノノミでもいいかもしれないが、昨日の今日で女の子の気持ちを知りたいんですなんて相談すれば、結果は火を見るよりも明らか。最悪、ホシノあたりに飛び火して、事態がこじれる可能性すらあった。

 

 完全に、昔よく見た姫たちの扱いを間違えたホストの末路でしかない。そんなものはカヤツリは御免だ。

 

 だから、カヤツリが頼ることにしたのは連邦生徒会長。王女の機密の関係上は、彼女が一番ふさわしい。今も、にこやかに連邦生徒会長は微笑んでいた。

 

 

「それで、どうしますか? 完全に封印しましょうか?」

 

「は……?」

 

 

 その連邦生徒会長の、主語をかっ飛ばした質問に思考が追いつかない。そんなカヤツリを見て、連邦生徒会長は首を傾げる。

 

 

「ですから、名もなき神々の王女を封印しますかと。そういう話です。昨夜だけで、彼女がやった事を思えば当然の結果だと思いますけど?」

 

 

 なんでも無いことのように連邦生徒会長は言う。それどころか、何かを指を折って数え始める。

 

 

「数日前のサンクトゥムタワーへの攻撃、貴方への恫喝、部屋の改造による脱獄未遂……ざっと数えてこれくらいあります。今の質問だって、彼女をどうにかしようとするための苦肉の策でしょう? そこまでやる価値が彼女にありますか? 彼女の機嫌を取るより、ここで対処した方が楽です」

 

「止めてくれ、そんなことをして欲しくて相談したんじゃない」

 

 

 予想だにしない方向へと飛んで行く会話の流れを引き戻そうと、カヤツリは敬語をかなぐり捨てる。

 

 

「優しい貴方は、そう言うでしょうね。でも、私は連邦生徒会長です。キヴォトスの平和を守る責務があります」

 

 

 聞こえないように防壁も厚くしましたしねと、連邦生徒会長は両手を組んで、それらしいことを言うが。そう言うのであれば、カヤツリにも言うべきことはあった。

 

 

「じゃあ、どうして閉じ込めたままにしておかなかったんだ。最初からそうできるのなら、俺と引き合わせるべきじゃなかった。中途半端に関わらせるべきじゃなかった」

 

「そうですね。それは私のミスでした。だから、今対処をしています」

 

 

 あっさりと認めるところが、カヤツリの癪に障った。此奴は、いったい何様なのか。連邦生徒会長様だと返されるかもしれないが、カヤツリは黙っていられない。

 

 

「そういう事じゃない。それは、最終手段だろうが。やれることをやっていないのに、結論だけぶつけるんじゃない。それじゃあ、王女と何も変わらない」

 

 

 それでは臭いものに蓋をしただけだ。臭くないかもと一旦開けて置いて、やっぱり臭かったからと蓋をしたのと同じ。臭いもの判定された方からしたら溜ったものではないし、強く抵抗するのは目に見える。

 

 

「王女が素直に封印なんかされるものか。絶対に派手に暴れるに決まってる」

 

「そうでしょうね。ですが、それはどちらも同じことです」

 

 

 連邦生徒会長は、短く息を吐く。

 

 

「貴方はどうするんですか? 貴方は、彼女の要求が受け入れられないから、ここへ来たわけでしょう? 彼女の気持ちは女の子なら抱いて当然の物なんですよ。彼女は撤回なんてしませんよ。彼女の要求に従うしかなかった時、貴方はどうするんですか? おとなしく彼女の言いなりになるんですか? 銀河鉄道みたいにネジになっても構わないと?」

 

 

 そんなものの答えは、もう決まっていた。

 

 

「分からないよ。そんなものは分からない」

 

「……分からない?」

 

 

 連邦生徒会長の問いに、カヤツリは頷く。それは、当然のことだと思うのだ。

 

 

「だって、まだ何も突き詰めていない。何も調べていない。何もしてない。どうして、王女がそうしたいのか。そこまで至ってしまったのか。何かで代替できないのか。それなのに、最終盤面の事を聞かれてもな。分からないよ。そんなもの」

 

「それで、貴方は良いんですか? 全てが徒労に終わって、私の言ったとおりにしかならないのだとしても、それでいいんですか?」

 

「いいよ? だって、しょうがないだろう?」

 

 

 その解答が予想外だったのか。連邦生徒会長は目を見開いていた。カヤツリが今言った理由が、彼女には分からないという確信が、何故かカヤツリにはあった。

 

 

「自分で選んでそうしたんだ。選んで動いて、やれることを全てやって出た結果がそれなら、仕方ないだろう。少なくとも、後悔はしない。変な横やりで台無しにされたら話は違うけど、そんなものはそうそうあるもんじゃない。少なくとも俺は、ずっとそうして来たんだ」

 

 

 だから今、カヤツリはここにいる。今まで出会った人間たちは全員が本気で生きていた。黒服も理事も、ユメもホシノも後輩たちも、ゲヘナの二人も、王女たちだってそうだった。悲しいことも、辛いこともある。ユメの事は後悔しかないけれど、どうしようもなかったのだという気持ちも確かにあるのだ。

 

 それは、あの時のカヤツリには出来ることは何もなかったから。ああしていたら、こうしていたらというもしもに対する思いはある。でも、それだけだ。他人の所為にはできない。それは、カヤツリがずっとそうして来たからだ。

 

 

「経験からくる予測は正しいだろうさ。でも、それに怯えて動かないのは違うと思う。そういった経験も、選んで動かなきゃ身に付かない。そっちだって、そうやって来たんじゃないのか」

 

 

 連邦生徒会長の事は、カヤツリはあまり好きではない。胡散臭いし、今みたいに効率厨のような側面がある。人の心がないのかもと思うほど、自分本位である時もある。

 

 でも、彼女は連邦生徒会長なのだ。認められてここにいるし、それに類する働きをしている。そうでないなら、超人などとも呼ばれないだろう。きっと今まで何度も間違えたに違いないのだ。最適解を選べるとは、そういうことだから。

 

 

「そうやって選んで。ここにいるんだろう? だったら、王女にも選ばせてやって欲しい。無理やりにしてもいいのに話してくれてるんだ。今まで選ぶ機会さえなかった人間が、待ってくれてるんだ」

 

 

 彼女は、それなりの努力をして、その席に座る資格があって座っている。それは確かで、そこはカヤツリだって認めているのだ。連邦生徒会長の言い分も分かる。けれど、まだ判断を保留して欲しかった。王女にだって、誰にだって一度くらいは、選ぶ権利くらいはあるとカヤツリは信じている。

 

 

「だから、俺は聞きに来たんだよ。王女に手っ取り早く対処してもらう為なんかじゃない」

 

「分かりました。いいですよ」

 

 

 あっさりと連邦生徒会長は頷くので、カヤツリは続けて吐き出そうとした言葉がどこへ行ったのか分からなくなる。ようやく見つけ出した言葉は、何とも普通のものだった。

 

 

「……ふざけてる?」

 

「まさか、最初から言ってるじゃないですか。いいでしょう、任されましたって。私、嘘はつきませんよ? それに、貴方の話を聞いて、王女の事で私も知らなかった事実も分かりましたし」

 

 

 すっかり先ほどの空気は消え失せて、連邦生徒会長は微笑んでいる。どうにも、一杯食わされたらしかった。

 

 

「いや、私もちゃんと考えはあったんですよ? 今までとはやっぱり違いますからね」

 

 

 うんうんと、自分だけ納得したかのように連邦生徒会長が頷く。

 

 

「違うというのは?」

 

 

 下手なことを言ったら許さないとばかりに、カヤツリは睨む。

 

 

「いや、だって決めに来ているじゃないですか。ずっと一緒に居たいなんて、そのものでしょう? 今までの甲斐甲斐しい、ささやかでかわいい仕掛け方とは違いますよ」

 

「……? 今までの……?」

 

 

 睨むのも忘れて、カヤツリは頭を回すも、それは理解の外だ。

 

 

「彼女は出来る限り、貴方と一緒に居ようとしていたでしょう? 毎日、電話して呼んでたじゃないですか。仕事という言い訳まで作って」

 

「いや、あれが? なんで……?」

 

 

 部屋全体に連邦生徒会長の特大の溜息が響く。

 

 

「駄目です、ダメダメですよ全く。貴方はやれば出来るのに、どうしてこんなに鈍いんですか?」

 

「いや、そんな言い訳しなくても、言えば……」

 

「酷い! 乙女心が無いんですか!?」

 

 

 信じられないとばかりに、連邦生徒会長が叫ぶ。でも、男であるカヤツリには乙女心は無い。残念ながらニューハーフでもないのだ。

 

 

「言えるわけないじゃないですか! 貴方は言えるんですか? 例えば……そう、小鳥遊ホシノさんに、ずっと一緒に居て欲しいって」

 

「言えるが。ちゃんとアビドスを復興できて、ホシノがそう言ってほしそうなら」

 

 

 あくまでこれは仮定の話。前提条件を全てクリアできているのであれば、言えない理由がない。現実は全くそうではないし、ホシノも何も言いはしないが。

 

 

「あーあー、そうですか。貴方はそういう人でしたね。感情で動かない癖に女たらしみたいなことを……いえ、私が間に合わせちゃったからですか。失わなかったから、そこまで思いが募らない? 失敗しましたかね……」

 

 

 ペッと唾を吐く真似をして、何かブツブツ呟いて、連邦生徒会長は机上のイチゴミルクを手に取った。

 

 

「まあ、兎に角、前の王女。彼女はそういう感じだったんですよ。何も確たるものがないから、少しずつ手探りでやってたんです」

 

「確たるもの? 自認の話か? 王女は王女だろう」

 

「彼女特有のものですよ。私たちには、きっと本当の意味では理解できないものです」

 

 

 連邦生徒会長はイチゴミルクを啜る手を止める。

 

 

「ここに居る理由です。彼女には、それが無いんですよ」

 

「それは皆持ってない。それは、生きてく内に見つけていくものだ」

 

 

 最初から使命を持って生まれてくる人間はいない。それは物語の中だけだ。人は、適当に生きて、適当に生きる理由を見つけていく。だが、連邦生徒会長の様子を見る限りは違うようだった。

 

 

「それは、私たちが人間だからです。特に理由なく、生きるために私たちは生まれてくる。突き詰めてしまえば、私たちの使命は遺伝子を繋ぐために生きる事になります」

 

 

 生き物は遺伝子の乗り物という説ですねと、連邦生徒会長は言う。

 

 

「ですが、機械は違います。明確な意図をもって生み出される。王女にはそれが無いんですよ」

 

 

 カヤツリは胃のあたりが冷たくなった。なにか、嫌な予感がする。王女のことをカヤツリは何と言っただろうか。

 

 

「……人間て言ったからか?」

 

「ああ、いえ。違いますよ。寧ろ、それは彼女の救いになったと思います。人間であれば、そこに存在することに理由はいりませんからね」

 

 

 それを聞いて、カヤツリはゆっくり息を吐いた。それを見て、連邦生徒会長が噴き出す。

 

 

「ふふふ、安心して下さい。貴方は別に変な事を言ってませんよ。それだから性質が悪いんですけど。毎回毎回……」

 

 

 揶揄われているのが分かって、カヤツリは不愉快な気持ちになる。どう見ても答えを分かっていて言い渋っていた。

 

 

「それで、何が問題なんです」

 

「彼女の自覚ですよ。貴方に人だと言われても、彼女の自認と身体は機械なんです。彼女は存在理由を見失っているんですよ」

 

「……いや、それは変でしょうが」

 

 

 少し考えて、カヤツリは口を開く。

 

 

「その存在理由で、悩んでいたんでしょうが。それが嫌だったはずなのに、それが無い事で悩む? 話が繋がらない」

 

 

 世界を破壊する兵器。それが王女の役割だったはずだ。それが嫌で、他人の都合に振回されるのが嫌だったはずだ。それが無い事が、問題だと言う意味がわからない。

 

 

「貴方も聞いたはずですよ。鍵の事を」

 

「確か、王女に世界を破壊させるための……いや」

 

 

 そこまで考えて、妙な事にカヤツリは気づく。変だ。

 

 

「何で鍵がいるんだ? 世界を破壊するために作られたのなら、鍵なんかいらない。最初から、そういう風に作ればいい」

 

 

 王女に鍵を仕込む意味が分からない。それは無駄な一手でしかないからだ。事実、王女に拒絶されて失敗している。そうであれば、世界を破壊するために作られたのは鍵の方だ。

 

 

「それじゃあ、王女は……」

 

「そうです。世界を破壊するために鍵が必要だったのなら、世界の破壊は彼女の目的ではない事になる。ただただ、あの強大な力だけを持たされて、この世界に産み落とされた。何の為に生み出されたのか、彼女自身ですら分からないんでしょう」

 

 

 ですがと、連邦生徒会長がカヤツリを見る。

 

 

「そこに、貴方が言ったんです。王女は王女だと。世界を破壊するとか、彼女の価値だとか、そういったモノは何も関係なく、彼女は彼女のままで良く、そこに居ていいのだと。貴方は彼女を肯定し、人間だと個人として認め、あまつさえ責任を取るとまで言った。まぁ、後は言わずもがなですよね」

 

 

 カヤツリは何も言えなくなる。一体、何を言えばいい。これは、カヤツリからではどうしようもないのではないのか。

 

 

「彼女は今、それしかないんです。貴方の言葉だけが彼女の寄る辺。だから、あんなにも貴方を求める。失う事を、置いて行かれることを恐れる。貴方が何を言ってもどうしようもありません」

 

 

 連邦生徒会長の言う通り、これに関しては幾らカヤツリが言っても意味はない。これは、王女がどう思うかの問題なのだから。王女の存在理由。それが納得できるかどうか。

 

 

「ああ、言っておきますけど。それだけが貴方を求める理由じゃないですからね。他の理由の方も比重は大きいんです。貴方が尊重してくれたから、今はこの程度なんですよ? 本来なら、強引に機械化されていたでしょう。女の子は自分の大切の独占を我慢出来ない。今は偶々、上手くいっているだけです」

 

 

 どうして、王女は生み出されたのか。それを考えるカヤツリに連邦生徒会長の言葉が刺さる。そんな事は初めからカヤツリは分かっていた。

 

 

「分かってますよ」

 

「いいえ、分かってませんよ。貴方はいつも分かってないんです。乙女心、女の子の気持ちなんてね。だから、事あるごとにぐちゃぐちゃにされるんです」

 

 

 カヤツリの事を何も知らない癖に、連邦生徒会長は自信ありげだ。仕方なさそうな顔なのが、猶更気に入らない。

 

 

「何が分かっていないと?」

 

「王女の気持ちですよ。彼女はね? 王女(兵器)として見ない貴方に感謝しています。そして、王女(機械生の相棒)として見ない貴方に不満でもある。特別に見て欲しくはないけれど、特別扱いしてほしいんですよ。普通の人間扱いは嫌なんです」

 

「はぁ……?」

 

 

 困った。本当に分からない。まるで正反対の事を言っている。矛盾どころの話では無い。

 

 

「貴方もそうですよ。貴方はホシノさんと、もう一人に感謝しているでしょう? ホシノさんだってそうです。感謝はしているけれど、不満にも思っている」

 

 

 答えられないカヤツリを見て、連邦生徒会長は勢いづく。

 

 

「彼女たちは一緒にいたいから居るんです。彼女らだけじゃありません。女の子は皆、好きな人と一緒に居るのが楽しくて、同じ時を過ごしたくて一緒に居るんです。別に利益とか役に立つとか、寄りかかるためとか、そんなビジネスライクな物じゃありません。もっと感情的なものです。簡単に切り分けられないものですよ。もっと甘えて、甘えられるべきです。利益とか現実とかそういったモノではなく、もう少しだけ感情を見てください。釣り上げたんですから、餌くらいはやるべきです」

 

 

 バンと連邦生徒会長が机を叩いた。何というか、八つ当たりの気配が多分に混じっていた。それはお前の性癖じゃないかとは言えない程の剣幕だ。

 

 

「それなのに貴方は……貴方たちは誰にも頼らない。頼るにしても、あの怪しい大人たちばっかりです。だから──」

 

「何だ。ソイツが連邦生徒会長の想い人か」

 

「うえっ!?」

 

 

 妙な呻き声を出して、連邦生徒会長は黙り込んだ。舌でも嚙んだか羞恥心か、それとも怒ったか。涙目でカヤツリを睨んでいる。

 

 

「……丁度良いです。私も男心が分かりませんから、貴方に聞けば分かるかもしれません。どうして、他人に頼らないんですか」

 

 

 八つ当たりされるのが面倒だからと、言葉尻を掴んだのが良くなかった。もっと面倒な事態になっている。素直に八つ当たりされておけばよかったと思うが、もう手遅れだ。ここで、獣人かロボット趣味だったのかとでも弄ってやろうかと思ったが、カヤツリはやめた。流石に掘徒の道を外れた行動だ。

 

 

「はぁ……さっき言った通りだよ。やらなきゃ納得できないからだ。大事に思うなら猶更」

 

「それとこれとは違います。あの人は、貴方みたいな信念で突き進みますが、貴方よりもずっと弱いんです。何度だって傷ついて、傷つけられてきたのに。大怪我だって……さっきの貴方と同じような事を言うんですよ」

 

「連邦生徒会長の言う事を聞いてくれないと。それで、ケガばっかりするって?」

 

 

 こくりと連邦生徒会長は頷いた。その想い人とやらは、随分と聞かん坊らしい。連邦生徒会長の言う事を聞きはするが、全く従わない。自分に被害が出ても諦めない。

 

 聞けば聞くほど、どうしようもない人物だ。大怪我をするほどの事態など、逃げない方がおかしい。高層ビルに生き埋めにでもなったのだろうか。何度も何度も? 流石にそれは、学習能力が無さすぎるような気がする。この連邦生徒会長が幾らダメンズ好きで、甘やかすのが好きなのであろうと、程度があるだろう。

 

 

「……毎度の大怪我? その人、キヴォトスの人間じゃないだろう」

 

「そうですよ。外の人です。私が呼んだんです」

 

「ええ……囲ってるのかよ……だからか」

 

 

 外の人間はか弱いと聞く。黒服もそうらしいが、事実のほどは定かでない。ただ、異形頭が好みなのだろうか。連邦生徒会長の男の趣味が一段と奇妙なものになったが、そこは突っ込まないで置く。

 

 

「分かるんですか?」

 

「分かるよ?」

 

「そうですよね。分からな……分かるんですか!?」

 

 

 カヤツリの反応に、連邦生徒会長が食いつく。カヤツリは乙女心は分からない。ただ、その外の人間がむきになる理由は分かる気がした。男はみんなそうだろう。

 

 

「態々呼ばれてキヴォトスに来る外の人間。外からこんな危険地帯に来るんだ。だったら、それなりに信念が強いはず。どうせ、何かの役職でも据えてるんだろうけども」

 

 

 連邦生徒会長の反応はない。目を逸らして下手糞な口笛を吹いている。肯定すればコネ人事で大問題になるからだろう。

 

 

「そりゃあ、そんな人間なんだから責任を果たそうとするよ」

 

「言う事を聞いてくれないのは?」

 

「だって、助けて欲しいから呼んだわけで。その呼ばれた人を真っ先に頼りはしないんじゃないか? 頼るにしても、自分の出来る範囲からになるんじゃないのか? 少なくとも、連邦生徒会長は最後だろうさ」

 

 

 実に簡単な理屈である。手伝って欲しいと言われた相手に手伝ってもらうなど、本末転倒でしかない。頼るにしたって、最後の最後だろう。まぁ、他の理由もあるのだろうけど。

 

 

「それで、我慢できなくなって、途中で手を出すんだろう。そこで喧嘩するのか、一方的な言い合い……正論パンチ連打になるのかは分からないけれど」

 

 

 何となく、ネチネチいう生徒会長に申し訳なさそうな顔をする大人の姿が浮かんだ。本当に何となくだが。

 

 

「じゃあ、どうすれば?」

 

「言うことを聞いてもらう? それとも頼ってもらう? どっちの事を言ってる?」

 

「勿論、両方ですよ」

 

 

 何て欲張りだろう。どうやら連邦生徒会長は二兎を追うつもりらしい。

 

 

「無理。だから、俺なんかに聞いてるんだろう? 無理だよ、無理。連邦生徒会長の要請に答えて、ここに来る時点で、それはそういう人間だからさ。大体、そういう所が気に入ったんじゃないのか? そこを変えたら本末転倒だろうに」

 

「むむむむむ……」

 

 

 珍しく、いや初めてカヤツリは連邦生徒会長を言い負かせていた。偉業と言えば偉業だが、あまり嬉しくはない。ただ、何も言わないのもあれだろうと思って、カヤツリは自分に置き換えて考えてみた。

 

 

「まぁ……好きにやらせるしかないんじゃないか」

 

「それじゃ、何も変わらないじゃないですか」

 

「だから、そこだよ。連邦生徒会長の好きなように強制させるのを辞めるのさ」

 

 

 カヤツリだったら、まず連邦生徒会長の言う事は聞かないだろう。それはさっきも言った通りだ。なら、それ以外を模索するしかない。

 

 

「好きなようにやらせて、近くでサポートすれば良い。途中で取り上げるか、全部取り上げるから駄目なんだ。一回一緒にやってみたらいいじゃないか……いや、難しいか」

 

 

 連邦生徒会長の仕事量は膨大だ。そのための時間など割けないだろう。そう考えて連邦生徒会長に目をやると、妙な表情をしていた。

 

 

「……なるほど。それもありですね……参考は目の前に居ますし……今のはカヤツリさんにも当てはまると……王女も乗り気かもしれませんね。実験台は嫌がるかもしれませんが……」

 

 

 何やら、恐ろしい事を呟いている。まさか、連邦生徒会長を辞めるわけではあるまい。そんな事をすれば、キヴォトス全体が混乱する。そこまで考えが及んでいないとは思わないが……

 

 

「……役職の所為で動きにくいのは分かってるけれど、急に……いや、役職? 役職で動きにくい……?」

 

 

 何かがカヤツリの中で引っかかった。連邦生徒会長は、連邦生徒会長だから、自由に動けないと言う話だ。それと王女の自認についての考えに何かが繋がった気がしたのだ。

 

 

「確か……鍵と王女の製作者は違うとか……じゃあ、製作理念がそもそも違う……?」

 

 

 世界の破壊に拘って考えなくてもいいのではないか。王女を作り出したとかいう名もなき神々は、もっと別の事を考えていたのではないのか。だって、名もなき神々の王女だ。女王ではなく、王女。どうして、王女なのか。

 

 

「いや……まさかな」

 

「何か思いついたんですか?」

 

 

 興味深げに連邦生徒会長が聞いてくるが、カヤツリは答える気はなかった。これは、王女が一番最初に聞くべきだと思うのだ。ホイホイ口に出していいような理由ではないともカヤツリは思う。

 

 

「思いついたが言わない」

 

「ふーん。そうですか。でも、答えが出てよかったです。私の方も収穫がありましたからね」

 

 

 連邦生徒会長は機嫌が良さそうなのが、何とも気分が悪い。収穫というのも、碌でもない計画に違いなかった。

 

 

「じゃあ、聞きたいことも聞けたので、私は出かけてきます」

 

「今度はビナーと話をしに行くんですか?」

 

 

 思い切り、カヤツリは舌打ちした。報告したからとはいえ、やっぱり、この連邦生徒会長は全部分かっているのだ。

 

 

「これは忠告ですけど、無駄だと思いますよ」

 

「さっき言ったのを覚えていられないんですか?」

 

 

 苛立ちを込めた口調で反論すると、珍しい事に連邦生徒会長は心配そうな顔をしていた。

 

 

「いえ、流石の私も覚えていますよ。ただ、期待はしない方が良い。そういう話です。引き離されていた時間が長く、情緒が育っていないんでしょう? はい、いいえの受け答えが限度の可能性だってありますよ。だから……」

 

 

 そこで言葉を区切って、連邦生徒会長は言う。

 

 

「貴方も考えている、最後の候補についての準備をしていった方が良いでしょう。だって相手は……む、ああ、もう……」

 

 

 連邦生徒会長の言葉を遮って、連邦生徒会長の端末が震える。画面を確認した連邦生徒会長の顔が歪んだ。

 

 

「どうした?」

 

「緊急事態です。今、メールが届きました」

 

 

 端末から顔を上げた連邦生徒会長は、先程までの雰囲気が吹き飛んでいた。そして、真剣さの滲む声で、カヤツリへ言う。

 

 

「デカグラマトンから貴方にメッセージです。指定の場所、氷海地帯で貴方を待つと。これは貴方との話し合い。貴方への宣戦布告だとね」

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