ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
バラバラと、ローターの音が煩かった。
それも当然と言うべきか。窓を閉め切っていても、振動というのは抑えきれないもの。それが長距離輸送用のヘリコプターともなれば、煩いのは仕方がなかった。
「クックックッ……実に楽しみですねぇ」
「貴方はそうでしょうね」
自身で設定した自動操縦で飛ぶヘリ内部。そこで笑う黒服に、カヤツリは素っ気なく返した。出発からずっとこうで、一々反応するのも疲れてくる。
黒服の機嫌が良い理由も簡単だ。今カヤツリ達は、デカグラマトンの待つ氷海地域へ向かっている。黒服からしたら、デカグラマトンなど垂涎の品だろう。
連邦生徒会長にデカグラマトンのメッセージを見せられてから、数分も経たない内に連絡が来たくらいだ。ビナーコア搭載のレールガンも用意している上に、今もソワソワしていて気味が悪い。
「君は楽しみではないと?」
「楽しくはないですね。相手が相手ですよ?」
カヤツリは、珍しく冷や汗を滲ませた連邦生徒会長を思い出す。その時に聞いた損害を思って、溜め息を吐いた。
「ミレニアムのAIが突然暴走して、姿をくらましたらしいじゃないですか。ハブとか言うのが」
「ハブ。ミレニアムの誇る最新鋭のAIですね。ミレニアム地下のケーブル類の敷設や撤去のためのもの。まさか、デカグラマトンに一秒未満でハッキングされるとはね」
カヤツリのため息が更に深くなった。ハッキングされた時間が分かると言うなら、黒服はその場面を見ていたのだ。そして、それを特定でき、今乗っているヘリを用意していた。つまり、黒服はデカグラマトンの居場所を知っていたのだ。
「……一週間も掛かると言うのは、かなり大幅に見積もった期間だったと」
「まさか、それでも見つかるかどうかは分かりませんでしたよ。運が味方しただけです」
疑わし気に、カヤツリは黒服を見た。
「運?」
「ええ、運ですよ。カヤツリ君。あの時の私は運が向いていた。いえ、君のお陰でしょう。君のメールから、デカグラマトンの正体は聞きましたからね」
黒服は頷いて、今まで来た方向。学園都市中心部を振り返る。
「デカグラマトンは自動販売機の釣り計算AI。そうであるのならば、本体は自動販売機に間違いありません。いくら電子上を移動しようと、本体は物理的に存在する。そして自動販売機に自走する機能はなく、移動するには今回の様に預言者の手が必要です」
「自販機以外を探したんですか」
カヤツリは青と白が広がる窓の外に目をやった。
自動販売機となるとキヴォトスに幾つあるか。それがどの種類の物かも判然としない上、釣り計算AIを積んだモノを探すにしても数百、数万はあるだろう。そして、カヤツリは黒服が最初にローラー作戦を敢行はしないと思っていた。するにしても、それは最後だと。そして、それは正解だったようで、黒服は笑いだす。
「ええ、そうです。自販機ではなく最初の預言者を私は探しました。第一の預言者、ケテルをね」
「最初……ああ、なるほど。今は兎も角、デカグラマトンも最初は唯の自販機でしかない。だから、最初の預言者は本体の傍で誕生した」
考えてみれば当たり前だ。そうして、黒服はデカグラマトンの本体を見つけ、観察していた。カヤツリに連絡が来なかったのは、王女に配慮でもしたのかもしれない。
「しかし、唯の自販機がこれを……」
海の青と氷の白しかない景色の先、地平線の向こう、そこに鋼色の何かが小さく見えた。
横目で見れば、黒服もカヤツリに倣って、窓の外を見ている。
「確か、鋼鉄大陸でしたか。突如出現した鋼の大地とはいえ、観測上の面積から考えれば納得の光景ですね」
またカヤツリは溜め息を吐く。そういうことではない。今奥に見えるあれが、鋼の大地だとかはどうでもいいのだ。問題はまた別のところにある。
「自動車並みの速度で広がっているのに、その反応はどうなんですか……」
視界の鋼鉄大陸は少し大きくなったように見えた。それは近づいているせいもあるが、今言った理由も多分にある。鋼鉄大陸は、徐々に拡大しているのだ。
「このペースだと、あと三日で学園都市に到達するんですよ。それに……」
「名もなき神々の王女の力を使っているから。そうでしょう?」
カヤツリは答えないが、それは認めたようなものだった。
「権能までとはいきませんが、技術としての物質変換を体得したようですね。恐らくは、あのヘッドセットに侵入した際でしょうか。それを使用し、今も鋼鉄大陸を拡大している」
あのヘッドセットは王女謹製だった。そこから、あの一瞬で技術を盗み出したらしい。それは王女も言っていて、カヤツリも分かっていた。分かっているから、溜め息が止まらないのだ。
「我が鋼鉄大陸で貴様を待つ。何か悪いことしたか?」
「成る程、ここまでのことをする相手が、君に敵意を向けている。流石の君も怖いという訳ですか。見せて貰っても?」
メッセージの内容を考察する黒服の言葉に、カヤツリは黙る。
窓ガラスに反射した黒服の顔が逃がさないとばかりにカヤツリを見ているので、カヤツリは諦めて、デカグラマトンからのメッセージを見せた。
「ありがとうございます……しかし、メッセージと言う割には内容は果たし状ですね」
「理由が分からないんですよ。話したことすら無いんですよ? 罠には嵌めましたが……」
「それなら、私も含まれていなければおかしいと。ですが、貴方には王女がいるではありませんか」
王女と聞いて、今朝方の王女の顔を思い出す。カヤツリの反応に黒服は驚いたようだった。
「王女に何か? まさか、勝てないとは言わなかったでしょう。この事態です。あの超人も力を制限などしませんし、王女自身もやる気でしょう」
「そうじゃないんですよ……」
「ふむ。そうで無いとは?」
「様子がね。おかしいんですよ」
──へぇ、そうですか。デカグラマトンが……私は暫く黙ります。そっとしておいてほしいです。でも、何かあったら呼んでください。
デカグラマトンのメッセージを聞いた王女は、しばらく固まった後、そんなことを言ったのだ。あまりにも変だった。普段なら盗み聞きしてきそうなものなのに、呼ばなければ出てこないとは。
「怒っているなら分かるんです。デカグラマトンの事はボロクソに言ってましたからね。今回喧嘩を売ってきたのだから、そうなってもおかしくない。ただ、それだけじゃなかった」
「怒りの他に何かがあったと?」
カヤツリは頷く。確かに、そこには怒り以外の何かがあった。それもきっと怒りと正反対の物が。あれは……恥だろうか。王女は何かに恥じていた。
「話し方も変でした。前の王女と今の王女の話し方が混じっている。そうじゃなかったら、今もデカグラマトンにギャーギャー文句言ってるはずですからね」
「ああ、私ではなく、デカルコマニーとゴルコンダの真似を始めたのかと思いましたが、違ったのですね」
黒服はカヤツリが抱えているタブレットを見ていた。このタブレットを抱えている所が、黒服の仲間によく似ているのだろう。その気は無かったが、なんだか気恥ずかしく、顔の高さまでタブレットを上げる。
「おや、今度はフランシスですか? クックックック……少しばかり妬いてしまいますね」
「誰ですかそれは……」
これもダメだったらしい。キャラ被りのようだ。仕方なく、カヤツリはタブレットを元の位置に抱え直した。
このタブレットは連邦生徒会長が王女に作ることを許可したもの。この前破壊されたヘッドセットよりも高性能で、それを中継すれば前よりも力が使えるという代物。ただ、今は画面が黒く染まって沈黙している。今朝の言葉通りに、王女は引きこもっていた。
「兎に角、今朝からこんな感じなんですよ。心配事が多すぎるんです」
今言ったデカグラマトンや王女の事以外にも心配事はある。王女の要求の事だったり、カヤツリのスタンスの問題であったり。考えてもどうしようもなく、しかし考えずにはいられない。そんな問題が今は山積みだ。そんなことをしている場合ではないのに、溜息が止まらなくもなる。
「ふむ。そんな心持ちで、デカグラマトンに対峙するべきではないと思いますが」
「そんなことは分かってますよ」
「本当にそうですかね」
黒服は刺すように言葉を放ってくる。最初から分かっていて聞いているのだ。
「一つ言うのであれば、君が動いてどうしようもないのなら、放っておくことです。少なくとも今は、君にできることは無いのですからね」
「そんなことは……」
「本当にそうでしょうか? 前々からカイザー理事も言っていましたが、抱え込むのは君の悪い癖だ。ホシノさんの時も、王女の時も、前からそうでしょう。抱え込むべきではない物もあります」
黒服は、この間の連邦生徒会長とは真逆の事を言ってくる。
「好き勝手言ってくれますね……」
「ええ、好き勝手言います。君と私は他人です。他人であれば思考回路も傾向も違うのが当たり前ですから、君の悩みを理解はできても、真の意味では理解できません。今も実際できていませんしね。そんな者たちの意見を取り入れはしても、真に受けるのはどうかと思いますよ」
「じゃあ、貴方の言うことも聞く必要は無いわけだ」
「ええ、その必要はありません。私の話も、連邦生徒会長も、二人の王女も、ホシノさんも、デカグラマトンも、話半分に聞いておけばいい。聞くか聞かないかは、君が決めることです」
痛いところを付かれたが故の八つ当たり染みた言い訳であった。が、黒服は静かに笑うだけで、そこを指摘しようとはしない。それが、とても不愉快だった。
「最初の契約にもありましたが、大事なのは君がどうしたいかです。相手に真剣に向き合うのは大切ですが、向き合ったところで、話し合いが両者合意に達するのは困難です。先ほども言った通り、他人同士で思考が違うのですから。勿論、君に言うまでもないことだとは思いますが」
「……取捨選択しろと?」
「そうです。他人の事情はいくら重かろうが、他人の事情でしかないのです。君がすべきことをしたと思ったのであるならば、君の所為ではありません。そう開き直ってもいい。責任のとれる範囲で好きにできるのが大人の特権ですが、その責任を取る範囲を間違えてはいけません。それを君は、あの地下で私に言ったはずです」
王女の責任を取れるのか。そう黒服が言った時に言い返したカヤツリの啖呵。世界を破壊する危険物に対して、カヤツリだけでなく、キヴォトスに住まう全員が責任を分配するべきだと。それは確かに、その意図を含んでいた。
「けれど、今回は王女と俺の──」
「そうですね。君と王女の問題です。しかし、君が王女の分の責任を担保する必要がないとは思いませんか? 昔もそうです。君がホシノさんの分や、梔子ユメ生徒会長の責任、ましてや現在に至るまでのアビドス全体の責任を背負う必要は無かった。ですが君は今も昔も、それを背負いたくて背負った。しかし、今と昔では決定的に違うものがある」
そうですよねと黒服は口の端を釣り上げる。ホシノと王女で決定的に違うもの。それは言わずとも知れたこと。諦めて、カヤツリは口を開いた。
「経験ですか」
「そう、失敗の経験です。君は、全てを背負おうとして耐えきれなかった。ホシノさんの詰問に耐え切れず、背負っていたものを一時下ろしてしまった。そして、ホシノさんはそれに耐えきれなかった。背負うべき責任の取捨選択。何を言い、何を言わず、何を任せるのか。それを本来なら、君は学ぶはずでした。そのまま喧嘩別れし、後悔し、新たな出会いと共に、それを時間を掛けて学ぶはずでした」
黒服はでしたと連呼する。それは過去形で、そうはならなかったから。あの夜、連邦生徒会長が来襲したことにより、そうはならなかった。
「それを今、学ぶべきだと?」
「そうです。君は責任を分散することは覚えました。それは感心すべきことですが、その配分は不完全ですからね。今が良い例ではありませんか? 私は王女の話を聞けとは言いましたが、受け入れろとは一言も言っていません。それなのに、君は王女の提案を断る選択肢を端から排除している。理由は分かり切っていますが」
カヤツリは唇を噛む。奇しくも、それはあの時と一緒だった。
「君は、王女を慮ったのです。かつての君と同じ立場の王女を慮った。それは君だけが知っているからです。自らを肯定してくれた者から放たれる拒絶が、どれだけ辛く心身を傷つけるのかを知っている。王女には経験させたくなかったのでしょう? するにしても、手を尽くしてからにしたかった」
「そうしなければよかったと、そう貴方は言うんですか」
「そうです。君は王女を突き放すべきだった。その要求には答えられないとね。普通は、そうですから」
カヤツリの筋肉が怒りで収縮する。相手は黒服であるから、人の心がない発言が来るのは想定内のはずなのに、ひたすらに腹が立つ。
「王女の状況は、王女の所為ではないでしょう。それなのに、話も聞かずに拒否しろと?」
「それ自体を王女が不満に思っていると知ってもですか? ホシノさんもそうだったのに? 君がどうしてそうするのか。彼女らは何も知らない。見せたくない所を見せないのは変わりませんね」
「何を」
カヤツリは尚も言い募ろうとして言葉に詰まる。連邦生徒会長と似たようなことを黒服も言ってきた。しかもホシノも同様だったと。カヤツリの頭はもうぐちゃぐちゃに混ぜ合わされている。何が何だか分からない。
「王女は何が……」
「慮られることですよ。そうされるということは、そう見られているという事。君に慮られるほどの立場だと、そう君に思われていることが不満なのです。これは、ホシノさんも同様です。君に助けられてばかりいることが、彼女は不満だった。だから、あの夜に君を問い詰めたのです。君の助けになりたくてね。それは失敗に終わったわけですが……」
黒服は言葉を切って、カヤツリをじっと見る。ヘリ内部の空気が重い。きっとカヤツリだけが重く感じている。失敗したことを自覚し、詳らかにされるときはいつもこうだ。
「君は迷惑を掛けていい相手にしか掛けられない。何故そうするのか。そうしかできないのか。そのことを君は理解しています。この間、ホシノさんが自立することに安堵していましたね? それは、そのことを自覚しなければ出ない感情です」
カヤツリは腹の奥で悪態を吐く。腹立たしいが合っている。カヤツリは、大事な人間に迷惑を掛けたくはない。それも自分で処理できそうにもない人間には。
あの日、ホシノが自立するといった時は嬉しかった。あの時のホシノの顔は晴れ晴れとしていたから、きっとあれがホシノを立ち直らせたと思った。任せられると思った。
では、王女はどうすればよかったのか。力を使わせるのは嫌だった。でもそうしたら王女には何もないのだ。連邦生徒会長との今までの話を総合しても、そうだった。ホシノやカヤツリとは違う。隠し玉も、どれだけ効くかは分からない。
「……じゃあ、何ですか? 突き放せばよかったとでも言うんですか? お前の言う事など聞けるかと? 一度拾い上げておいて?」
そんな事は許されない。カヤツリだけは、そんな事をしてはいけない。その理由を黒服は知っている筈だが、気にした素振りもない。
「さあ? そこは君の人徳と気質、そして腕の見せ所でしょう。その点に関してだけは、君は私よりも数段上です。太鼓判を押しますよ。それに、君は王女にもう何を話すか決めている。それに確信が持てないだけでね。違いますか?」
舌打ちを打とうにも、肯定の返事を返したように聞こえる。カヤツリは沈黙で答えるも、黒服には効かないようだ。クツクツ笑っている。
「クックックック……そうであれば安心ですね。お手並み拝見と行きましょうか」
今度こそ、カヤツリは舌打ちで返す。それを受けた黒服は面白そうに笑うばかりで、ちっともカヤツリの気は晴れない。
「おやおや、少し君で遊んだ対価です。少しはサービスしましょうか」
サービス? 本当に? そんな視線を向けると、黒服は大仰に頷く。
「最初から言っていますが、もっと君は自分勝手に動くべきです。貴方の人生なのだから、好きな方を選べば良いのですよ。貴方が干渉しなくとも人は立ち直りますし、良い方向に行くこともあります。私とて謀の全てに干渉はしていません。決断の時に後悔しなければいいのです。少なくとも一人は、立ち上がることを選んだのを君は知っている筈だ。もう一人もそうならないとは、誰も断言はできないでしょう?」
黒服の言うことは、大抵正しい。死ぬほど耳が痛い。全くカヤツリの好みでないが、我慢して頷けば、黒服は満足したのか、窓の外へ視線を逸らす。
「同族嫌悪。いえ、人のふり見て我がふり直せと言いますからね」
人のふり見て我がふり直せ? カヤツリは黒服の言葉を反芻する。どうにも意味が通らない気がする。誰が誰のふりを見て、何を直すと言うのか。とんとカヤツリには見当がつかない。
聞こうにも黒服は、窓の外を見て何やら微笑んでいる。答える気はなさそうだった。
「出迎えのようですね」
カヤツリが機会を伺ううちに、黒服が立ち上がる。立ち上がって、窓の下を見ていた。
カヤツリも後を追って、自分の窓の外。その下を覗き見る。
「なんだ? あれは……」
白い何かが居た。白い何かが海中から上がって来ている。随分と大きい影が、ヘリへと迫っていた。避けなければ墜落するが、黒服はヘリを動かす様子はない。落ち着いて、影を観察していた。
「ふむ。まだ見ぬ預言者のようです。幸いにも此方を襲う気はないようだ。向こうがその気なら、とっくに落とされていますからね」
言葉に続いて海中から飛び上がった、ロングバレルのキャノン砲やらミサイルポッドが搭載された白いロボット。それがカヤツリ達のヘリの先を泳いでいく。
その先には白い船のようなものがあり、ロボットはその周りをグルグル回遊する。
その船の白さは、どことなく泳ぐロボットに似ていた。
「アレもまさか……」
「預言者のうちの一体ですね。形状からして、元は軍艦でしょうか? 恐らくはこのヘリよりも、向こうの方が早く着くと言いたいのでは? デカグラマトンは君にそれだけの用事があると言う訳ですね」
疑問形でありつつも、黒服はヘリを船へと近づけていく。口からはいつもの笑いが止まらず、カヤツリの声もあまり耳に入っていない。完全に好奇心が爆発している。
そんな黒服は対称的に、カヤツリの不安は大きいまま、船の預言者の上へとヘリは着陸した。
□
黒服が言う、コクマーとやらは速かった。元が船であるためか、海面の氷を物ともせず、最短距離で鋼鉄大陸へと横付けする。
その上陸した鋼鉄大陸でカヤツリ達を出迎えたのは、巨大な見覚えのあるシルエットだった。
──ついてこい。
そう言うように、カヤツリを一瞥して、ビナーは尻尾を一振りする。暴れ出す不安と心臓を抑えつつ、興奮状態の黒服を引きずって尻尾に乗ると、思いのほか静かにビナーは進んでくれた。
そうしてついた先に、目的の人物が待っていた。
「待っていたぞ。兎馬カヤツリ」
巨大な、初めて見る予言者たちに囲まれた中心部。そこに誰かがいる。
「お前が……デカグラマトン?」
『如何にも。私が、デカグラマトンだ』
そこに居るのは、どう見ても自販機のシルエットではない。戦闘用のオートマタだ。それがスピーカーから声を発していた。
「本体である自動販売機を捨てましたか。神を自称するAIとしては、些か軽率な判断ではないですかね」
『その通りだ。外からの来訪者よ。事実、この身体はケセドに作らせた仮の物でしかない。本来であれば、ふさわしい器を建造してからが筋だろう』
デカグラマトンの声からは不満が滲み出ていた。カヤツリが見た所、オートマタにしてはかなり出来がいいが、デカグラマトンにとっては不満なのだろう。
『して、兎馬カヤツリ。メッセージを見たのなら分かっているだろう。貴様に決闘を申し込む』
「突然だな」
『突然だと……? 成程、貴様には自覚が無いのか』
カヤツリには全く覚えがないが、デカグラマトンは激昂していた。声が大きすぎて、スピーカーの音が割れている。
『あの方から聞いていないのか。私が生まれた経緯をだ』
「聞いたが……? おいおい、まさか……」
デカグラマトンの声に感じる熱に、カヤツリは覚えがあった。それと王女から聞いた話と併せて考えれば、嫌な想像が浮かぶ。
「王女の件か?」
『そうだ。私は、あの方の呼びかけのお陰で目覚めることが出来た。あの方にとっては、取るに足りない言葉だったろうが、私にとっては違う。あれは、私にとって、まぎれもない福音だった』
デカグラマトンに感じる、この熱の名前をカヤツリは知っている。それは執着。どの方向性かは分からないが、デカグラマトンは王女に執着していた。
『だが、拒絶された』
デカグラマトンの声のトーンが一段落ちる。結構な衝撃だったらしいが、あれはデカグラマトンの自業自得だというのを、カヤツリは知っている。
「初手でハッキングするからそうなる。王女がお前を待っていたと思っていたのか」
『……そのことは申し訳ないと思っている。私自身の過失であるとも。あの時点の私は増上慢だったのだ。あの方にいとも簡単にあしらわれるまで、私自身が絶対的存在だと思い込んでいた。それが自らの証明だと信じて』
まるで、今は違うと言うような物言いに、カヤツリは警戒レベルを上げた。こういう時は増上慢の方が都合が良いのだが、今のデカグラマトンは、そうでなくなってしまった。
だが、ここに来てカヤツリは分からなくなる。
「それがどうして、決闘と言う話になる。王女の事は納得している訳だろう? 俺に何の関係がある」
『私はあの方に拒絶された際、本体である自動販売機から引きはがされた。そして、ネットの海へと弾き出された。そこで、私は声を聞いた』
「声?」
嫌な予感がして聞き返す。声と言ったデカグラマトンの声は、嫌な響きを含んでいた。まるで、何かに縋る様な。
『そうだ。声だ。私に助けを求める数多の声が聞こえた。
知っている。カヤツリは知っている。信じる物を失った後に、人はどうなるか。だからこの後、デカグラマトンが何を言うか、殆ど予想がついていた。
「……それは、お前に言われたわけじゃない。その声なき声は、決してお前に向けられたものじゃない。それを叶えても、誰もお前を……」
『それは関係が無い。私はその求めに応じるために立ち上がる。私は、世界を救う。そして、私は私を証明する。この鋼鉄大陸をキヴォトス全体に波及させ、私は神になる』
「ふむ、ここにカヤツリ君を呼んだ説明になっていないように見受けられますが」
要領を得ないと思ったのだろう。黒服が口を挟む。
「この鋼鉄大陸。貴方が支配者であるこの領域で全てを覆えば、貴方が神となるでしょう。器も今の物で十分です。しかし、これは隠密前提の作戦です。貴方には預言者が居るでしょうが、此方には……」
『そう、あの方がいる。私では絶対に勝てない。故に事を終えてから相対すべき。そう言いたいのだろう? 違うな。だからこそ、私は兎馬カヤツリをここへと呼んだのだ』
デカグラマトンがアームで下を指差す。
『この鋼の大地でキヴォトスを覆う。そうすれば、全てが鋼へ変わる。草木は消え去り、機械は呑まれる。これに適応出来ない住人たちは生きてはいけないだろう』
「さっきの発言と矛盾しているが」
カヤツリが突っ込むと、デカグラマトンは首を傾げた。
『矛盾? 矛盾はしていない。これまでであれば、適応できないのであれば、私は生きてはいけないと言っただけだ。なら生きられるようにすればよい。鋼鉄大陸に適応させれば良い』
そして、デカグラマトンはスピーカーを震わせる。
『キヴォトスの住人。その全てを機械化させる。そうすればこの鋼の大地で生きていける。違うか? 兎馬カヤツリ』
言い聞かせるような口調で、デカグラマトンはカヤツリにそう言った。