ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
『貴様の優先順位はどうなっている?』
そんな言葉が、カヤツリの頭に響く。
時は真昼の正午。少し前にそれを知らせるチャイムが鳴ったばかりで、昼食用の飲料水を買おうと連邦生徒会穴場の自販機に来たらこれである。突然、自販機が話し掛けてきた。普通の生徒であったら、怪奇現象だと騒いで逃げ出すところだろうが、カヤツリはそうしない。努めて小さな声で言い返す。
「……何の話だ。デカグラマトン。文脈が読めない。主語を言え、主語を」
『一瞬、黙り込むところからして、貴様には言わなくても分かると思うが。優先順位の話と聞いて、思い浮かぶものは一つだろう。王女とアビドス、その優先順位の話だ。来週の二十四日。どちらに行くのかと、そう聞いている』
カヤツリはその問いを無視して、現金主義者らしく硬貨を投入。目当てのボタンを押すも、自販機はうんともすんとも反応しない。それが誰の所為であるのかは明白だった。
「自販機を開放しろ」
『答えるまでは開放しない。貴様の観測をすると私は言ったはずだ。早く答えるがいい。来週のクリスマスの日程を』
頑として、デカグラマトンは言うことを聞かない。来週の二十四日からの二日間。トリニティではクリスマスと呼ばれる祭典の日程を聞いてくる。その理由は明らかで、カヤツリは溜息を吐く。
「……王女に付きっ切り。とでも言って欲しいのか?」
『貴様。その言い方では……』
「そうだな。その予定じゃない。俺はその日はアビドスに行く。アビドスでクリスマスパーティーがあるんだ。もうケーキは予約してあるし、夜にサンタ役もしなきゃならない。皆が待ってる」
目の前の自販機が、不機嫌そうにガタガタ揺れる。デカグラマトンが不満なのはそうされるでもなく分かっていた。
デカグラマトンは、カヤツリに対してはいつもこうだからだ。何というか、アタリがキツイ。王女への態度とは正反対だ。それは、鋼鉄大陸の時点で分かっていたことではあったが、なぜこんな反抗期の娘を持つ父親のような気分にならねばならないのか。甚だ疑問である。
『貴様。なんだその選択は。もう少し王女を優先するべきではないのか。貴様のその手に持つもの。それが何かを忘れたとは言わさん』
「ああ、これね」
カヤツリは片手の包みを少し揺らした。小さな保温バッグに入ったそれは中々の重さで、揺れるたびに取っ手が手の中で暴れる。
「俺と王女で作った弁当だろう。王女の分は、今頃地下で食べてるんじゃないか。それがどうかしたか」
『……いい加減にするがいい。貴様が引き延ばすからこうなっていることがなぜわからん。貴様とて分かっているだろう』
詰問口調から一転、デカグラマトンの声が心配そうになった。
『別に私は、貴様を責め立てようという訳ではない。これもまた、自由意思の貴重なサンプルであるからだ。ただ私は、貴様が何を考えているのか知りたいだけだ』
デカグラマトンがカヤツリに噛みついてくるのは珍しい話ではない。あの鋼鉄大陸で言ったように、デカグラマトンはキヴォトスの生活する生徒たちを観察していた。
その手段は単純で、今のように地下の本体からのハッキングである。あの地下の本体は電源以外繋がっていないはずだが、そこはデカグラマトンの機能で何とかしているに違いなかった。
「はぁ……それで、何を聞きたいんだよ。クリスマスの事は表面的なものに過ぎないんだろう?」
『分かっているではないか。私が聞きたいのは、貴様の対応だ。聞いたところによると、異性からの告白を先延ばしにし、女の間を遊び歩くような男は人間の屑だと言う話ではないか』
興奮しているのか、ビカビカ光る自販機のボタンが眩しい。いったいどこからそんな俗っぽい知識を仕入れたのか。デカグラマトンが地下にやってきてから大分立つが、どんどん俗っぽくなっている気がする。そんなカヤツリの思いを知ってか知らずか、デカグラマトンの勢いは止まる様子を見せない。
『だが、貴様は屑ではないだろう。そうであるのなら、鋼鉄大陸であのようなことは言えないはずだ。そもそも、そのようなリスクのある対応を選択しないだろう。私はなぜ、あのような対応を取り続けるのかを聞きたい』
また答えにくいことを聞くものだと、カヤツリは時計を見た。昼休みにはまだ余裕がある。話し終わって食事をするくらいは余裕だろう。最悪、話ながら食べればよい。少し考えて、カヤツリはダミーとして、携帯電話を取り出した。ここは穴場であるが、全く人が来ないとは言えない。姿を見られて、自販機と会話するような変人だと勘違いされたくはなかった。
「理由が無いんだよ」
理由はただ、これに尽きた。だが、分かっていたようにデカグラマトンとしては不評の様だ。静かになっていたボタンが再び輝きだし、携帯から声が響く。
『以前と言っていることが違うではないか! 人を助けるのに理由が無い方が良いなどと言ったのは貴様だ! あれは、出まかせだったと言うのか!』
割と真剣にデカグラマトンはカヤツリに怒っていた。ただ、カヤツリとしてはモノ申したいこともある。
「なんだ。王女の言う事に従うのは、王女を助ける事なのか?」
『しらばっくれるのは止めるがいい。当然だろう。王女は貴様に要請しているのだ。クリスマスを一緒に過ごして欲しいとな。こうして欲しいと願っている。それに答えることが、王女を助けることに繋がる』
デカグラマトンは自信満々だ。以前のような感覚的な判断ではない事は素晴らしいと思うが、今回は状況が違う。
「俺は?」
『何?』
デカグラマトンは面食らった様に呟く。そこへカヤツリは続けて問うた。
「俺の願いは無視するのか? 俺はそうしたくないのに、王女を助けるためならそうしなくちゃいけないのか? 不利益を被るのは俺なんだぜ。それを覆すだけの理由はない。さぁどうする?」
カヤツリが意地悪く言うと、デカグラマトンは黙り込んだ。自販機が激しく輝いているところからして、思考が堂々巡りになっている。
これは二律背反だからだ。王女とカヤツリの願いは相反し、二つともは叶えられない。デカグラマトンの思考が深まるのか、自販機の排気ファンが動きだした。
「こないだ理由が要らないと言ったのは、全てを救うとお前が言ったからだよ」
自販機の排気音が看過できないレベルになってから、カヤツリは口を開いた。
「基本、他者へ何かをすると言うのは、相手の自由への侵害なんだよ。助けだってそうだ。ただ、相手から助けてくれとお願いされた場合は、侵害する権利がある。向こうが許可を出した形になるからだ」
人間一人の保有時間は決まっていない。けれど一日は二十四時間しかない。王女も、カヤツリも、デカグラマトンでさえ。保有時間の総量が違えば、時間当たりの価値も変わる。人に何かを頼むという事は、その時間を拝借するという事。ならば、それには見合った対価が必要になる。
「ところが、以前のお前は了解も得ずに救いを押し付けようとした。それは、自由意思への侵害なのさ。そうしたいなら、そいつへのリターン。利益が必要になる。他人を頷かせるだけの利益が」
『待て。それで必要なのは、理由ではなく利益ではないのか?』
「それは、二つのうちの一つ。人との関わり合いのうちの一つ。前の神になろうとしたお前がやろうとした場合の話だ」
人との関わり合いには二つの形がある。前のデカグラマトンはその内の一つを使った。温かい方と冷たい方の内、冷たい方を。
「前のお前は、神になるために偉業を成そうとした。お前は全てを救うと嘯いて、機械の身体というリターンを用意した。それをやるから、黙って救われてくれと、救いではなく取引を申し出た」
簡単に言うのなら、物の売買に等しい。利益を提示し、それと同等のものを差し出させる。所謂、等価交換。あのデカグラマトンの提案は救いでもなんでもない。ただの取引に過ぎない。取引というのも怪しい。あれはただの押し売りだ。人によっては価値のないものを売りつけて、対価を払わないか払えない者は振り落とすのだから、そう言っても間違いではないだろう。
なのに、デカグラマトンは全てを救うと言った。無意識に対象を選別し、利益を提示しリターンを求めたくせに。だから、カヤツリは怒ったのだ。本当の救いは、あんな理由に溢れたものではない。
「逆に、救いって言うのは、等価交換じゃない。自分のリソースを他人に使うのに、大したリターンを持っていかないんだからそうだろう。でも、人はそう動かないように出来ている。誰だって損は嫌だからな。それは生物として破綻してる」
『ならば、それはおかしい』
デカグラマトンの声は落ち着いていた。けれど、さっきよりも換気ファンの音は小さくなったが、まだ煩い。
『それは理解が出来る。だが矛盾している。それでは、救いは行えないことになる』
「だから、代替物が必要なんだよ」
『代替物だと? 価値とやらに対するか?』
そうだよとカヤツリは頷いた。
代替物。それは、救いでは足りない価値を埋めるためのもの。人によって千差万別で、誰もが持っていて、何より大事であるもの。
デカグラマトンが知りたいその答えを、カヤツリは言った。
「それはエゴだ。ただの、拘りだよ」
『……それは、理由ではないのか?』
「いいや。拘りは、理由ほどはっきりしてない。こうしなければならないじゃなく、なんだか受け入れ難い。人それぞれの方向の指向性みたいなものだ。その方が良いんだよ」
何となく嫌だから、こうしようと思ったから、それくらいの気持ちで良いのだ。それだけでいい。理由と呼べるまで、はっきりしていないからいい。
「理由を出したら、その対価を徴収しなくちゃならない。そうしないと納得できず、止まれない。けれど救いはそうじゃない、だから理由がなくていい。拘りくらいで、丁度いい」
最初のデカグラマトンはそうだった。何か嫌だったから、預言者たちを生み出した。生み出すことで、満足が出来た。これが理由になると生み出した意味を求め始めてしまう。その行く末が、あの鋼鉄大陸だった。
「だから、理由はいらないと言った。最初の拘りだけでよかったんだよ」
『……誤魔化されんぞ』
納得の末、機嫌よく自販機を解放する。カヤツリが想像していた顛末とは、デカグラマトンの様子は真逆であった。なんだか機嫌が悪そうだ。
『なるほど、私に合わせた説明には感謝しよう。しかし、肝心の説明に至っていない』
「そりゃあ、話の途中だからな。お前が救いには理由が云々言い出したから、鋼鉄大陸で言っていない部分まで言っただけだ」
時計を見れば、昼休みは半分を過ぎている。溜め息を吐いて、釣銭レバーを引くも入れた硬貨は出てこない。元釣り銭計算AIの意地だろうか、カヤツリをここから逃がすつもりはないようだった。
「人との関わり合いには二種類ある。一つはさっき言ったように、価値を提示し、その価値に報いる事。所謂、利害関係や損得関係と言う奴だ」
次はと、急かすようにボタンが光る。焦るまでもなく、もう一つもさっき言っている。
「残りの一つは、一方が一方を搾取し、贈与する。その立場が頻繁に入れ替わる関係。信頼関係と言う奴だよ」
言い方があれだが、実態はそうだ。今手に持っている弁当だって、材料費を出したのは自分だし、半分以上は手伝って作った。二人でレシピと睨めっこしながらではあるが。
その対価が、この弁当だけと言うのは不公平に過ぎる。でも、それでいいのだ。王女が自分から言ってくるのも良いし、自らを高める行為を止める理由はない。それはカヤツリと王女の間にだけ通じる付加価値としてここにある。
「この関係の中で、不公平な事は幾つもある。でも、信頼でそれを埋めることが出来る。この人間ならば良いと信用しているからだ」
勿論、これに甘え続ければ一方的な搾取に変わり、信頼関係は崩壊する。が、これはまた別の話になる。問題は、王女とカヤツリの関係についてだからだ。
「さて、俺と王女の関係はどうだろうか。利害関係かな、それとも信頼関係だろうか。デカグラマトンはどう思うよ?」
答えは言うまでもない。デカグラマトンも分かっている。が、悔しいのか、中々口を開こうとはしなかった。
『……では、何故。理由を持ち出したのだ?』
漸く飛び出た答えは、追加の質問。けれど、それは漸く話が本題へと戻ってこようとしている証だった。
『王女と貴様の関係は信頼関係なのだろう。そこに助けという利害関係を持ち込んだ私は間違っていたのだろう。しかし、何故貴様はそれに理由がないなどと言った? 信頼があるからと言えば、それで片が付いたはずだ』
そんな質問が出てきたことに、カヤツリは驚いた。もっと手前で怒りだすと思っていた。けれど、デカグラマトンは本気で知りたいらしい。そうでなければ、この質問は出てこない。だから、答えるのも吝かでは無かった。
「それはな。以前の俺が理由で動いていたからだよ。そして、その分の結果を、俺は徴収できていない」
『以前? アビドスの事か?』
そうだよと、カヤツリは呟く。どうせ、デカグラマトンは知っているのだろうから、説明はしない。あの時のカヤツリは理由で動いていた。こうでなくてはならないと、そう思って動いていた。
「俺には、理由があった。アビドスを復興させなければならないと言う理由があったんだ。それは拘りと言うレベルじゃなかった。俺は、手に入るはずだったものを取り返したかった」
その為に努力した。汚い事に手を染めた。しかし、結果は着いてこなかった。求めていた物は得られず、こうあるべきだと言う思いが募り続けた。
「けれど、俺はホシノと衝突した。俺は理由を振りかざすことに夢中で、相手の事を何も考えていなかった。いつの間にか、相手の為の事が自分の為になっていた」
こうなればいいな、が、いつのまにか、こうしなければならない、に、なっていた。その結果は言うまでもない。
「俺たちは言い合いになり、破局した。そこへ、連邦生徒会長が来て、ここに至るわけだな」
『しかし……決着はついたのではないのか? そうでなければ、小鳥遊ホシノは、貴様と会おうとはしないだろう』
デカグラマトンの声は、気まずさを感じさせる。どうにも、他人の地雷を踏んだと言う感覚は持っているらしい。そして、カヤツリは首を横に振った。
「表面上はそうだろう。連邦生徒会長の介入で、俺はホシノに謝り、ホシノもそれを受け入れ事態は収束した」
『しかし、貴様の中では収束していないと』
カヤツリは頷く。それはどうしてなのか。答えはとうに分かっていた。
「あの場で謝ると言う選択は、俺がしたわけじゃない。選ばされた……いや、選んでくれたのか……連邦生徒会長に俺は選択権を取り上げられた」
あの状況はそうだった。逃げ場はなく、言い逃れもできない。王手をかけられた状態にしてから、連邦生徒会長はやって来た。
「あの人は、悪気があって、そうしたわけじゃないだろう。善意ですらあったんじゃないか。俺の代わりに選択した。選択した責任を、俺の代わりに背負った」
それは、良い事だろう。選択することは苦しい。選択すればその結果がいかなるものであれ、自身で背負わねばならない。間違いの選択であれば猶更だ。だから、連邦生徒会長は代わりに背負った。そうすれば、それは連邦生徒会長の責任となるからだ。カヤツリの所為ではなくなる。
「でも、それは俺の選択じゃない。それで得られた結果は、俺の物ではなく、連邦生徒会長のものだ。だから理由に対する結果を俺は徴収できていない」
きっと、あのまま謝らないでアビドスから出て行ったら、それかホシノと大喧嘩出来たら、結果はどうあれ、カヤツリは納得できたのではないかと思うのだ。こんな宙ぶらりんな状態でなくて済んだ。
「だから、俺は分からない。アビドスの兎馬カヤツリなのか、連邦生徒会の兎馬カヤツリなのか。終わらないままに、終わらせないままにここまで来てしまった」
『……私や、王女と同じということか。貴様は、決着がつけられず、そのせいで、自分が分からないのだな』
しみじみと言うデカグラマトンの言葉は正解だった。今のカヤツリは中途半端だ。公平に物事を見れていない。後悔が付きまとう。
「きっと、ホシノや王女もそうだと思う。どこか腑に落ちないところがあるんじゃないか。だから今、足掻いている」
ホシノはユメの死の所為で見失った目標を再定義し、王女は生まれた意味を探すために自己を高めている。だから、カヤツリも同じようにするだけだ。
「だから、俺もアビドスの事は真剣に向き合うし、その間は王女の言う事も聞くさ。アビドスが完全に復興とは言わなくても、どうにかなって漸くケリが付けられる。それか、それが気にならなくなるくらいに、俺がなるか」
『その間は今の対応だと言う事か……振り切れるまで待つか、それが嫌なら惚れさせて見せろと言うのだろう? 言っては何だが、不器用、いや面倒な奴だな貴様は』
カヤツリは、漸く吐き出した釣り銭を回収するのに夢中なふりをした。デカグラマトンの言っていることは間違っていない。割と人間の屑なムーブをしている。ノノミあたりが聞いていたら、憤怒の表情でダンベルを幾つも投げつけてきそうだ。ダンベルは脅威ではないが、そうされること自体に傷つくのだ。
なおも続くデカグラマトンの嫌味に耐えつつも、カヤツリは目当ての飲料の購入に成功し一息ついた。時計を見る限り、昼食を楽しむ余裕はありそうだった。デカグラマトンも空気を読んだのか、長かった嫌味の嵐は一先ず止んでいた。
『今の会話は様々な学びがあったわけだが……貴様が面倒な人間というのは覚えておこう』
デカグラマトンも揶揄い半分で、カヤツリも自覚はあれど、面倒だの、不器用だの、人間の屑だのと連呼されるのは気分の良いものではない。だから、負け惜しみと理解しつつも、カヤツリも言い返す。
「あまり面倒だの不器用だの言うんじゃない。連邦生徒会長も似たようなもんだろうが。さっきの話を聞いただろう?」
『貴様にとっては、そうであろうな。では、さらばだ』
それで満足したのか、デカグラマトンの通話が切れた。目の前の自販機も静かになっている。飲料を手提げに放り込み、漸く昼休みだと安心したカヤツリは、近くにある気配を感じた。
自販機から目を離して、横を見れば、廊下の角から一人の女生徒が歩いてきている。白い制服、連邦生徒会の制服を着た桃色髪の少女だ。カヤツリはこの少女に見覚えがあった。
──コイツ確か、防衛室の……
「少しだけ、お話をよろしいでしょうか」
糸のように細い目を少し開き、少しだけ怒ったような雰囲気を滲ませて。防衛室長、不知火カヤがそこに居た。
カヤの就任時期や環境周りは次話でやります。