ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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38話 二人の契約

「……いないね」

 

 

 ホシノはガレージの扉を開くが中には誰もいなかった。車やバイクも動かした形跡は見られなかった。どうやらカヤツリはここには来ていない様子だった。

 

 予測は外れていたらしい。自信はあったのだけれど。でもあの足であればそんなに遠くまでは行けないはずだ。

 

 後ろに気配を感じる。振り返ると、カヤツリの上着がちらりと見えた。どうやら、ガレージの外に隠れていて入れ違いで逃げようとしたらしい。

 

 

「捕まえ──?」

 

 

 一息でガレージから飛び出して、それに飛び掛かる。そのまま押し倒そうとして、違和感に気がついた。手ごたえがなさすぎる。そのままホシノの手をすり抜けていく。

 

 上着だけだ。カヤツリは居なくて上着だけが校庭に落ちている。よく見ると近くにドローンが転がっていた。

 

 

 ──嵌められた。冷静じゃないから気がつかなかった。

 

 

 ドローンに上着だけを引っかけて操作していたのだろう。気がつけば数十機のドローンに囲まれている。カヤツリだ。この性格の悪いやり方は。

 

 歯噛みするホシノに向かって、ドローンが一斉にロケット弾を発射した。

 

 

 □

 

 

「この足で動けるわけないだろうに」

 

 

 初めにいた空き教室でカヤツリはぼやいた。閃光手榴弾が炸裂した後、扉から出たふりをして、最初の小部屋に隠れていたのだ。見るからにホシノは怒っていたし、焦っているように見えたから。そのまま素直に逃げるよりも、やり過ごした方が勝算はあると思ったのだ。それにこの部屋はカヤツリの城だから色々仕込んである。ドローンの操作端末もそろっていた。

 

 だから、上着を引っかけたドローンで校庭まで釣って、非常用に屋上に配備していた爆撃用ドローンを全機投入した。オートにしたせいで、今も爆撃音が響いているが、ホシノの事だから大丈夫だと思う。これで、動けなくなってくれれば良し。多少頭が冷えるだけでもいい。無傷だった時は考えたくないが、その時は覚悟を決めるしかないだろう。

 

 カヤツリの思惑はうまくいったが、その後が問題だった。ホシノをどうするかだ。

 

 どうして、あんな風になっているのか理解できなかった。精々後輩たちくらいの反応か、多少の喧嘩になるくらいだと思っていた。この世の終わりみたいな顔で閉じ込めようとするのは理由があるはずだった。

 

 気づけば、爆撃音はやんでいた。片足を引きずりながら校庭が見える窓までカヤツリは近づく。夜の暗闇と煙で校庭は良く見えないが、穴だらけになっているのは朧げな輪郭で分かった。

 

 

「なんだ。最初からそこにいたんだね」

 

 

 横からホシノの声が聞こえた。振り向く暇もなく、銃声と一緒に残った無事な足にも激痛が走った。また床に倒れる。今やられた方が傷が深く血が出ている。これで両足がやられたから、今度はもう動けない。

 

 床から見上げると、爆風で煤けたホシノがいた。至る所が擦り傷塗れで血も滲んでいるが、この様子だと爆撃ドローンは足止めにもならなかったらしい。

 

 

「じゃあ。戻ろうか」

 

 

 襟首を掴まれて、空き教室まで引きずり戻される。そのまま、教室の壁際まで連れていかれた。カヤツリは壁にもたれかかったような姿勢にされて、ホシノは正面の椅子に座っている。

 

 

「何を、そんなに焦ってるんだ。ホシノ」

 

 

 ホシノが口を開く前にカヤツリは畳みかけた。もうこれしかできることがないからだ。

 

 

「……別に焦ってないよ。カヤツリ。焦ってるのはカヤツリでしょ。もうどこにも行けないんだから」

 

「本当に? いつものホシノなら、あんな小細工に引っかからないだろ」

 

 

 ホシノは言い返そうとして口籠った。今ならさっきよりは話が通じそうだった。

 

 

「思い込みで行動して引っ込みがつかなくなったか? ホシノの悪い癖だぞ。少し落ち着いて話をしよう? もう逃げられないしな……」

 

 

 ”自分は気にしていない”そんな口調で続ける。ここでこっちが怒っても意味がない。逃げ道を用意しなければいけない。こんな風に。

 

 ホシノは大きく息をついて、張っていた力を抜いた。さっきまでの空気感が緩んでいく。

 

 

「カヤツリは話したいことがあるの? 何を聞いても、私は考えを変える気はないんだけど」

 

「何がしたかったんだ?」

 

 

 カヤツリがずっと気になっていたのは、そこだった。

 

 さっきまでのホシノの叫びで、彼女が不満に思っていることは、大体把握した。カヤツリが何も言わなかったこと、どこかに行ってしまうと思っていたこと、先輩に頼まれたからここにいると思っていたこと。大体これくらいだろう。

 

 理由は真っ当だ。これだけされたら、怒らない方がおかしい。ただそれなら言えばいいのだ。負い目があるカヤツリとは違ってホシノなら言えるだろう。

 

 どうして、拉致監禁するなんていう発想に至ったのか謎だった。

 

 ホシノは、ぽつりぽつりと語りだす。

 

 

「……カヤツリが、ここにいてくれれば、私はそれでいいんだよ。それでよかったんだよ」

 

 

 口を開こうとしたカヤツリは黙って聞くことにした。ホシノの顔がさっきのまでの無表情では無くなっていたからだ。

 

 

「メモと引継ぎの資料を見つけたんだよ。それに、様子もおかしかったし。今夜も変な大人と話してたでしょ。でもさ。カヤツリは、なにも言ってくれないよね? カヤツリはさ。聞けば良いって言うかもしれないけど、それは私にとっては難しかったんだよ」

 

 

 分からない顔をするカヤツリを見てホシノはため息をつく。

 

 

「今になればね。カヤツリが、ここを出ていく気がないのは分かるよ。でもね。カヤツリが何を考えているかなんて私には分からないんだよ。本当に何も言ってくれないんだから。聞いて望んだ答えが返ってくればいいけどさ。でも、そうじゃなかったらと思ったら聞けないんだよ。私は他の材料から推測するしかなかったんだよ。それで出た答えが、”カヤツリがいなくなるかもしれない”って答えだったんだよ」

 

 

 ──じゃあもう強引にでも言うことを聞いてもらうしかないよね? そうホシノは悲し気に笑った。

 

 

「それにね。もう遅いんだよ。こんな手段を使ったからね。カヤツリとは前みたいに戻れないから、もう行くとこまで行くしかないんだよ。シロコちゃんとノノミちゃんは誤魔化して、カヤツリを閉じ込めて、カヤツリが気にしなくなるまで、私と同じくらいになるまで、ぐちゃぐちゃにするしかないんだ」

 

「別に──」

 

「気にしないって? じゃあ、こんなことをされても今まで通りのままでいられるの?」

 

 

 ホシノは近づいてきてショットガンを片腕に突き付けた。引き金には指が掛かっていないが、次は腕を使えなくするという意思は伝わってきた。

 

 

「……これだけされても私に怒らないんだから。その顔を見るにどうせ自分が悪いとでも思ってるんでしょ。そういうところだよ。カヤツリ。そういうところは前から大嫌い。そうやってなんでも抱え込むところ」

 

「じゃあ、どうして欲しかったんだよ。言えっていうのか? 先輩の事でボロボロだったホシノに。俺は、重荷なんか背負わせたくなかったんだよ」

 

 

 カヤツリの答えを聞いたホシノは、ショットガンを強く押し付ける。銃口が肩に食い込んで痛かった。

 

 

「そうだよ。言って欲しかったよ。ずっと前からそう思ってる。そんなに私は信頼できない? 私はカヤツリと一緒に頑張りたかった! だけどカヤツリの方がユメ先輩の事ばっかり考えてる! 私を通してユメ先輩を見てる! どうせこれまでだって、ユメ先輩がいたから頑張ってたんでしょ!」

 

 

 ホシノは泣いていた。泣きながら叫んでいた。

 

 

「私は何もできないから、失敗ばっかりだったから。私のせいで、ユメ先輩はいなくなったから。私は手伝ってくれると思ってたんだよ。ユメ先輩みたいにはいかないけど頼ってくれると思ってた。でも、ここにカヤツリが守る価値がある物はもうないんだね……。だから頼ってくれな──」

 

 

「違う。ホシノ。それは違う」

 

 

 カヤツリは、これだけは否定しなければならなかった。ただこれだけは確信をもって否定ができた。何故か分からないが、ホシノはカヤツリの言葉を聞いて一瞬怯んだ。

 

 

「……ビナー退治の時の事を覚えてるか。あの時俺が言ったことだよ」

 

 

 ホシノは頷いた。まあ覚えているだろう。あれが始まりみたいなものだからだ。

 

 ここからはもうやけくそだった。ホシノが自分にしたことなど、今はどうでもよかった。理由とか誰が悪いとかはもうどうでもいいのだ。今はホシノに、自分の思っていることを伝える方が大事だった。

 

 

「誰が何と言ったって、俺にとってはその価値があるんだよ。それは今でもそうだよ。先輩が居なくなっても変わらない」

 

 

 あの時は”場所”に限定して言ったけれど、本当は違ったのだろう。本当は自分はホシノと一緒ならどこでもよかったのだ。

 

 

「俺にとっては、ホシノが一番なんだよ。それが、今一番やりたいことなんだよ」

 

 

 頑張っていた理由に先輩の頼みも、先輩に対して何もできなかった罪悪感の影響もないと言えば噓になる。だけどそんなことは関係なく、ホシノには笑っていて欲しかった。

 

 

「何で、最初に出てくるのが先輩なんだよ。今ここにいるのはホシノじゃないのか。俺が好きなのは先輩じゃなくてホシノなんだよ。俺が笑っていて欲しいのは、ホシノなんだよ」

 

 

 突きつけられているショットガンを引っ張ってホシノを引き寄せる。ホシノはされるがままだった。床に座り込んだせいで、同じような高さにあるホシノの目を見つめて言う。

 

 

「ホシノがホシノ自身がもっと、自分を大事にしてくれよ。もっと、あの頃みたいに笑ってほしかったんだよ。それだけで俺は良かったんだよ」

 

 

 あの頃に戻りたかった。あの頃のままでいたかった。幸せだった、先輩がいた、何も心配しないでいられた、あの頃にはもう戻れない。どんなにつらくても、苦しくても、逃げ出したくなっても、もう先に進むしかないのだ。先輩がいなくなっても時間は止まりはしなかったから、カヤツリもホシノも、もうそれしかできないのだ。

 

 

「先輩の事は辛いよ。俺だってそうだ。俺のせいでもあるんだよ。きっと、時間はかかるよ。もしかしたら一生そのままかもしれない。死ぬまで抱え続けるかもしれない。でも、進まなきゃいけないんだよ」

 

 

 黒服と柴関の大将の言葉を思い出す。

 

 

 ──貴方はここまで色々選んできたでしょう? ここまで来たのは貴方ですよ。だからもっと自信を持って貰いたいものです。

 

 ──何もしないということは、ずっとそのままでいるってことだ。ずっと怯えるのは誰だって嫌だろ?

 

 

「進んでも悪いことばっかりかもしれない。選んだことは間違いだったかもしれない。でもいいことだってきっとあるはずだ。だって、ホシノは頑張ってるから。ホシノは、そう思ってないみたいだけど、それを俺は知ってる」

 

 

 カヤツリは知っている。ホシノが十六夜後輩の入学の事で頭を悩ませていたことや、シロコをどうやって世話しようか考えていたことを。夜のパトロールだって、毎日サボらずにやっていることを知っている。

 

 そうじゃなければ、シロコや十六夜後輩はここに来なかったはずだ。住人だって戻ってこなかったはずだ。それは悪いことではないはずだった。それはホシノが頑張ったからだった。それをホシノが一番よく知っているはずなのに。

 

 

「一人で進むのは怖いよ。一人で決めるのは恐ろしいよ。俺だって怖かったよ。でも二人で決めて、進めば怖くないだろ」

 

 

 明確な目標もなしに一人で頑張ることがカヤツリは恐ろしかった。情緒不安定になった。自分だけだと思っていたけれど、きっとホシノもそうだったに違いないのだ。きっとカヤツリが来る前や先輩が居なくなってからは、そうだったはずだった。

 

 でも二人とも間違ってしまったけれど、まだ致命的な間違いをしたわけではないのだ。まだやり直せるし、巻き返せる。だから、そんなことを言わないでほしかった。何もできなかったなんて、幸せになっちゃいけないなんて言わないでほしかった。少なくとも、あの時、”君がいい”と言われたカヤツリは嬉しかったのだから。

 

 

「だから、もう少しだけ、一緒にやってみよう? もし、本当にダメだった時は一緒にぐちゃぐちゃになってやるから、俺はホシノがいるからここにいるんだよ」

 

 

 だってまだ諦めるのは早いはずだ。まだ、チャンスはあるはずで、二人で終わるのはまだ先でもいいはずだった。

 

 そんな祈りを込めてカヤツリはホシノを見つめた。

 

 

 □

 

 

 ──懐かしいものを見た気がした。

 

 

 ホシノは目の前のカヤツリの目を見て思う。

 

 ユメ先輩の目だった。色や大きさは全然違うけれど、大事なことを伝える時の目と同じだった。とても相手を大切に思っている気持ちが伝わる目だった。もう会えないと思っていたユメ先輩の欠片がそこにはあった。

 

 さっきまで、怒りと嫉妬でささくれ立っていた気持ちが落ち着いていくのを感じる。本当にユメ先輩みたいだ。全然違うのに。

 

 

 ──本当にずるいよ。カヤツリは。

 

 

 今、自分が何を言ったか分かっているのだろうか。私が一番? 私が頑張っている? 一緒にやってみよう? 私に対して甘すぎる。最後まで責任を取る気満々だった。

 

 さっき、カヤツリが言ったことは、全部ホシノが言ってほしかったことだった。カヤツリの目を見れば分かった。カヤツリは本気だった。本気でそう思って、そうしてくれるのだろう。とても嬉しかったし身体も熱い。さっきまでの煮えたぎって、ぐちゃぐちゃだった気持ちはどこかに行っていた。

 

 分かっていた。本当は初めから分かっていたのだ。カヤツリは置いて行ったりしないということくらい。ただ、私は一人でいることに耐えられなくなっただけだということくらい。あの黒服に会ってから、嫌な考えがずっと頭から抜けなくて不安で押しつぶされそうだった。

 

 色々言ったけれど、私は結局、一人が耐えられなくなっただけだ。状況が悪かったとはいえ短絡的な手段をとって、後戻りができなくなっただけだ。ただ、カヤツリに縋りついて楽になりたかっただけだ。

 

 そして、怒りと嫉妬に任せて暴れまわった。カヤツリの空き教室は滅茶苦茶だし、校庭は穴だらけ、ドローンも全損。今もカヤツリの両足は激痛が走っているだろう。許してもらう資格なんて……。

 

 

「ホシノも大概めんどくさいな。資格とかいらないだろうに」

 

「カヤツリに言われたくないよ……。重荷を背負わせたくないなんて言ってさ。やり方が回りくどいんだよ。だからこんなことになるんでしょ」

 

「じゃあ、それでいいだろ」

 

 

 カヤツリは壁にもたれたまま、笑って呆れたように言う。

 

 

「俺も悪いし、ホシノも悪かった。それでいいんだよ。むしろ、俺の方が悪いかもしれないんだから」

 

「なんでさ。暴れた私の方が……」

 

「暴れた理由は、俺が何も言わなかったからだろ。ホシノも聞かなかったのも悪いけどさ。別に一部始終を見ていた第三者がいるわけでもなし、これは俺とホシノが納得できるかの話なんだよ。ホシノが暴れたから話が大きくなっただけで、本質としちゃ、”次から気をつけようね”で終わる話なんだ」

 

「いやでも……」

 

 

 中々納得しないホシノにカヤツリはしびれを切らしたようで、一つの提案をした。

 

 

「俺とホシノで、一回だけお互いの言うことを聞くことにしよう。このままじゃ埒が明かない。これなら文句ないんじゃないか?」

 

「それで、いいよ」

 

 

 お互いが悪いから、一回ずつのお互いへの命令権。代替案としては悪くないと思った。

 

 

「じゃあ、ホシノには、俺の代わりに壊れた校舎や校庭の修繕をしてもらおうかな。この足じゃどうしようもないから」

 

 

 カヤツリの命令は実に真っ当だった。そもそもほとんど壊したのは私だから、命令というのもおかしな話だ。これはカヤツリの気遣いなのだろう。

 

 

「で? ホシノはどうする。変なことは止めてくれよ。足が限界だからな」

 

 

 ──どうしようか。正直思い浮かばなかった。さっきまでだったら色々出てきただろうが、カヤツリがいなくならないと確約してくれた今。特に思い浮かばない。

 

 

 ああ、でも一つだけ思い浮かんだ。一つだけある。

 

 

 ──でも、カヤツリだからなぁ。

 

 

 内心ため息をつく。正直予想がつかなかった。でも言ってみるならタダだから、言うだけ言ってみることにした。

 

 

「証明してよ」

 

 

 カヤツリは不思議そうな顔をしていた。私は足りない所を補完するように言い直す。

 

 

「どこにも行かないって証明して」

 

 

 それがあれば耐えられる。何か辛いことがあっても、今日みたいなことがあっても、耐えられる気がした。

 

 カヤツリは少し考えた後、自分の机の方を指さした。

 

 

「引き出しの中からクリップボードと紙を二枚取ってきてくれ」

 

 

 今カヤツリは動けないからだろう。言う通りに取ってくると、しばらく紙に何かを思い出しながら書きつけている。最後に紙に指を押し付けていた。

 

 

「ほら、大事にしてくれよ。書式は黒服の奴の見様見真似だからアレだけども、ちゃんとした契約書だ」

 

 

 さっき言った文言が条件に書かれている契約書だった。甲だとか乙だとか、小難しい表現が多い。サインの所に拇印まで押してある。手書きではあるものの本物の契約書だった。

 

 

「……本当に良いの?」

 

 

 何度も勧誘を蹴っているから分からないけれど、カヤツリは知っているはずだった。契約がどれだけ重いものか知っているはずだ。あの黒服と契約をしていたからこそ知っているはずなのだ。そうでなければ、定期的に黒服の所になど行かないだろうし、仕事内容を話さなかったのもそのせいのはずだった。

 

 ただこれは、カヤツリらしいと言えばカヤツリらしかった。別に口約束でもよかったのに。

 

 

「……ホシノが言ったんだろ。俺は別にいいんだよ。最初の時みたいに状況が許さなかったわけじゃなくて、自分で決めたんだから」

 

 

 そっぽを向くカヤツリに苦笑して、上から読んでいく。

 

 

「一つだけ追加して」

 

「何? まだ足りないのか?」

 

 

 不満そうに呟くカヤツリに言う。

 

 

「”お互い”、どこにも行かないって」

 

 

 顔を真っ赤にして呆気にとられているカヤツリを見て、ホシノは笑った。

 

 

 □

 

 

 翌日の朝、ホシノは校庭の穴を埋めていた。カヤツリの爆撃で開いた大穴である。この大きさと数からして、丸一日はかかりそうだった。

 

 

「ホシノ先輩! 何があったんですか」

 

 

 振り向くとノノミちゃんとシロコちゃんが登校してきていた。二人とも心配そうな顔でホシノを見ている。

 

 校庭も穴だらけで、自分の身体も擦り傷だらけだから、そんな顔をするのは当然だった。

 

 

「いや~。カヤツリと喧嘩しちゃってね。それの後始末をしてるんだよ。おじさんにはつらいよ。カヤツリは酷い奴だよ。おじさんに押し付けるなんてね」

 

「……カヤツリ先輩は? どこにいるの?」

 

 

 シロコちゃんが心配そうな顔のまま聞く。カヤツリなら、今頃は昇降口でドローンを直しているだろう。教えるとシロコちゃんは安心したようだった。

 

 ふと、大事な用を思い出す。シロコちゃんに頼まないといけないことがあった。

 

 

「ああ、それとカヤツリを病院に連れて行ってあげてね。今カヤツリは足を怪我して歩けないから」

 

「「……うわぁ」」

 

 

 後輩二人が人でなしを見るような目で、こちらを見つめる。ホシノは視線から逃げるように顔をそらした。カヤツリには本当に悪いとは思っているのだ。

 

 

「余程、酷い喧嘩だったんですねぇ。原因はやっぱり、様子がおかしかったことですか?」

 

「そうだねぇ。色々あって、ちょっと、おじさん怒っちゃってさ。まあ、もう解決したから安心していいよ」

 

「”ちょっと”で、カヤツリ先輩は歩けなくなったんですか……」

 

「ん。でも、カヤツリ先輩も頑張った」

 

 

 急にシロコちゃんが、よくわからないことを言い出した。二人の視線を受けてシロコは当然のように答える。

 

 

「ホシノ先輩も無傷じゃない。私は無理だったから」

 

「ああ、髪も今日は結んでないのはそのせいですか。髪紐が切れちゃったんですね」

 

「あ~。そうだね。そうだよ。うん。見えちゃうからさ。今度買いに行かなきゃだね。ほら二人も手伝って。二人がいれば、もう少し早く終わるから」

 

 

 ホシノは後輩二人を巻き込むことにした。後輩に手伝ってもらってはいけないなんて、カヤツリは言っていないから。まあ許してくれるだろう。

 

 空を見上げれば相変わらずの太陽が輝いている。最近暑くなってきた。もうすぐ夏がやってくるだろう。時間が流れるのが思ったよりも早く感じるようになった。でもホシノは前のような不安は感じなかった。

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