ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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389話 連邦生徒会長失踪

 年が明けて、もう三ヶ月が過ぎていた。年末の寒さはとうに消え、暖かい日も増えてきている。

 

 そんな素晴らしい日にも関わらず、カヤツリはとあるビルの清掃をしていた。年明け直後から、ここで暮らしているから、床はもう最初の埃塗れの時とは大違いで、白く光り輝いていた。

 

 

「暇だな」

 

「仕方ないでしょう。カヤツリが言ったんですよ」

 

 

 モップ片手に、カヤツリは溜め息を吐いていると、ゴミ袋を抱えた王女が現れた。いつもの黒いワンピースではなく、白い連邦生徒会の制服を着ていた。部屋のゴミを纏めて、捨てるために出てきたようだ。

 

 

「今の私たちは、こうするしかないんです。今は我慢の時だと、そう言っていたじゃないですか」

 

 

 そう励ましの言葉をかける王女も、どこか退屈そうな雰囲気だ。それも仕方ないのかもしれない。

 

 仕事の一環だったこの掃除も、毎日やっていれば場所がなくなってくる。今掃除している箇所も、昨日に掃除したところだから大して汚れていない。

 

 事前に箒で掃いて集めて置いたゴミを袋に入れても、それがあるのか分からないくらいだ。他の部屋もとっくにこうなっていて、精々五分もかからず終わるだろう。今いる建物の階を全て掃除したとして、昼までには終わるのが嫌でもわかってしまう。

 

 

「シャーレビルねぇ……」

 

 

 掃く手を止めて、今いる建物の名前を思い出す。ここが、カヤツリと王女の今の住まい。ようやく決まったカヤツリ達の仕事場予定の名前だ。

 

 通常であれば喜ばしいのだが、今回は別の問題で素直に喜べない。今掃除をしている。それしか出来ないのもそのせいでもある。

 

 

「ちゃんとさぁ、引き継ぎくらいして行って欲しかったよ。連邦生徒会長」

 

「その部分はそうですね。事態を丸投げしてくるのは、あの女らしいと言えばらしいです」

 

 

 カヤツリは全ての元凶たる人物に文句を言うと、王女もゴミ袋の口を閉じながら同意した。

 

 全ての発端は新年。年が明けてからのことになる。端的に言えば、連邦生徒会長が姿を消した。

 

 置き手紙も何も、事情を説明するものは何も残さずに。幾つかの書類を残して、蒸発したように消えてしまった。所謂失踪である。

 

 年明けから連邦生徒会は荒れた。なにせ、連邦生徒会長がほとんど一人で回していたような組織だ。メインエンジンを欠いた機械は止まるしかない。今ですらその消えたエンジンを探して捜索隊が組まれている状況には溜め息しかでない。

 

 

「でも、私は嬉しいですし、楽しいですよ。ビルの管理人みたいになっていますが」

 

 

 ゴミ袋を片手に持っているという生活感に溢れた格好でありながら、王女の機嫌はとても良いように見える。

 

 今日だけではない。ここに連れ込んでからの三ヶ月、基本的に王女の機嫌は良かった。生活様式は地下と変わりないのにも関わらずだ。地上がそれほど嬉しいのだろうか。それか、居住区の好きな部屋を選んで自分好みにカスタマイズしているから?

 

 いや、もっと前からか。あの感化の後、王女は少し子供っぽくなったような気もする。いや、上手く切り替えていると言うべきか。あの夜の電話口での様に、カヤツリの前では子供っぽくなる時がある。

 

 カヤツリが顎に手を当てて思い悩んでいると、王女が覗き込んでくる。

 

 

「貴方は、この生活。楽しくないんですか? 確かに少々退屈ですけども」

 

「つまらなくは無いよ。他人とこうした共同生活は初めてだし……」

 

 

 何だか妙な気分でもある。部屋は隣同士で、以前よりは顔を合わせるが大した頻度ではない。食事は部屋から出てきて一緒に食べる。時々一緒に作ったりとかもする。味の感想を言いあったりなどの、そんな何でもない事が楽しい自分も居た。

 

 きっと初めてだからだろうか? 何故か懐かしさを感じるが、王女のそれは、ホシノのそれとはまた違う。気安さはないけれど、王女はカヤツリを尊重しようとしてくれているのが分かる。カヤツリと同じように、きっと王女も楽しいのだ。

 

 

「ふふふ……楽しいなら良かったです」

 

 

 王女は王女で、そんなカヤツリを見て満足そうに笑っている。これも毎回の恒例行事だった。何が面白いのか、王女はカヤツリを眺めていたが。何かを思いついたのか、あ。と声を上げた。

 

 

「そういえば、大丈夫ですか?」

 

「何が?」

 

「鍵の探索です。前はちょくちょく出掛けていたのに、最近はサッパリじゃないですか。出来ることがあれば手伝いますよ」

 

「今は無理だ。そんな状況じゃない」

 

 

 カヤツリはこう答えるしかない。最後の探し物である鍵に王女が固執しているのは知っている。でも、今の状況では探しに行くことは出来ないのだ。

 

 

「ええ……そんなに危険なんですか?」

 

「危険だな」

 

「あの地下でも危険だと」

 

「地下が一番危ないんだ。王女をあそこには置いておけなかった」

 

 

 質問に答えるたび、何か違和感があった。王女もそうなのかお互いに顔を見合わせる。

 

 

「鍵を探しに行かないのは、外が危険だからなんですよね? 年明け早々に私を地下から、ここまで連れ出したのも、ここに引きこもらざるを得ないのも、そのせいだと」

 

「そうだけど……?」

 

 

 お互いに話を擦り合わせても、それでも、話が噛み合っていない気がする。王女の顔に心配が広がっていた。

 

 

「本当に、大丈夫ですか?」

 

「何が?」

 

 

 さっきと同じやりとりを繰り返すが、次は違った。別の事を聞いてくる。

 

 

「ですから、外界の様子ですよ。今はどこも治安が大変じゃないですか。私を地下から連れ出したのも、そのせいでしょう? 確かに無暗に力を振るうわけにはいきませんが……」

 

 

 妙なことを聞かれて、カヤツリは変な顔になった。何か噛み合っていない気がする。

 

 

「いや、王女なら分かるんじゃないのか? いつもなら、俺が言うまでも無く全部知ってるじゃないか。だから説明しなかったんだけども、聞いてこないし……」

 

 

 今までカヤツリは、王女へ説明をしたことがあまりない。持ち前のハッキング能力やらで、情報収集にいとまがないせいか、王女は全てを知っているからだ。だから、今回も連邦生徒会やD.U.地区で起こっていることは把握していると思っていた。でも、王女は首を横に振る。

 

 

「貴方だから聞かなかったんですよ。あの時のカヤツリは鬼気迫っていましたから……それに、忘れたんですか、カヤツリ。今はD.U.地区内のインフラが殆ど死んでいるんですよ。精々がテレビ位でネットはまだです。調べようにも、その手段が今は無いんです」

 

 

 ここで漸く、カヤツリは話の食い違いのポイントが分かった。王女は、外が治安的な意味で危険だと思っているらしい。

 

 

「あー……そうだったな。ごめん」

 

「別にいいですよ。勝手に納得して聞かなかった私にも責任はあります。それに、この生活がありますからね」

 

 

 あっさり許す王女の目を見れずにカヤツリは頭をかく。このシャーレビルに押し込まれて数ヶ月が経っている。このビルで王女と暮らして、買い物くらいしか外へ出ない。そんな代り映えのしない日々に頭がやられていた。

 

 反省する中、カヤツリは少し考えて小さく声を出す。

 

 

「……ここ、盗聴器とか、あったりするか?」

 

「いえ、掃除ついでに調べていますが……ここは閉鎖されていたせいか、その類のものはありません。……つまり、そういうことだと? 治安が悪化して危険ではなく、政治的に危険だと?」

 

 

 そうだ。治安的に危険なのではなく、もっと別の方向でも危険。カヤツリは頷いて、続きを話した。

 

 

「まず、地下から連れ出したのは、そうする必要があったからだ。それも早急に、そうしなければならなかった。あとで隙を見て、デカグラマトンも回収しなきゃな」

 

 

 今頃、一人寂しく地下で放置されているデカグラマトンを思うと胸が痛む。だが、流石に自販機一台を秘密裏にここへ運び込むのは難しかった。シャーレビルの状況も分かっていないあの時点ではなおの事。

 

 

「デカグラマトンは趣味で辺りを嗅ぎまわっていると思いますが……」

 

 

 しかし、王女はデカグラマトンの事を気にしていない。いつもの塩対応で流してしまう。

 

 

「それは兎も角、今の状況は連邦生徒会長が消えたからですか? 私たちに犯人の嫌疑が掛けられていて、ここに閉じ込められているとでも?」

 

「いいや、それはまだまだ先の話になる。今の連邦生徒会長無き、連邦生徒会で起こっているのは犯人捜しではないんだ」

 

「そうなんですか?」

 

 

 王女は怪訝そうな表情だ。

 

 

「じゃあ、何をしていると? サンクトゥムタワーの復旧ですか? あれはシッテムの箱でないと意味が無いことくらい分かっているでしょうに」

 

「……派閥争い」

 

「へぇ、派ば……は……?」

 

 

 王女はぶんぶんと首を振ってから、カヤツリを見た。

 

 

「すいませんカヤツリ。良く聞こえませんでした。もう一度言ってもらってもいいですか?」

 

「だから、派閥争い」

 

 

 もう一度言うと、王女はわなわなと震え出した。その後、我慢できないとばかりに叫び出す。

 

 

「バッカじゃないですか!? なんで派閥争いなんですか!? もっと他にやるべきことがあるでしょう!? サンクトゥムタワーの復旧は仕方ないとはいえ、インフラや今の犯罪率がどうなってるか分かってないんですか!?」

 

「分かってるけど、そうしている。まぁ、人間はそういうものだから」

 

「愚か! 人間は愚か! 愚かすぎます! 映画じゃないんですよ!」

 

 

 人は滅びの渦中にあっても仲間割れをやめられない。映画や小説でよく見るそれを目の当たりにするとは思わなかったが、それが些か悪い方向に向かっているのだ。

 

 

「連邦生徒会長が失踪してから三ヶ月。今の連邦生徒会は滅茶苦茶だ。役員や室長への襲撃事件も起きてる」

 

「いやいやいやいや、どうなってるんですか? 会議室で銃撃戦でも起きたとでも? いくらキヴォトスとはいえ、そんな世紀末みたいなことが!?」

 

 

 王女は混乱の極みなのか、さっきから叫び通しだ。長い黒髪と白い連邦生徒会の制服が揺れて、幽霊のように見えてくる。これ以上現状を伝えても、王女の混乱が増すばかり。だから、カヤツリは襲撃の原因から話すことにした。

 

 

「襲撃したのはSRT。SRT特殊学園の生徒たちだ」

 

「……いや、余計分からなくなりました。どうして彼女たちが? 新しい連邦生徒会長くらい……まさか、まだ決まっていない?」

 

 

 王女の言う通り、SRTにそんなことをする理由は無い。彼女たちは連邦生徒会長直属の実働部隊。連邦生徒会長の命令でないと動かない。いや、動けない。彼女たちは、そういう組織なのだ。

 

 であるから、連邦生徒会長のいない今、彼女たちに命令できる存在はいない。

 

 

「まさか、まだ代行なんですか? そろそろ、新しい連邦生徒会長くらいは任命するでしょう。そのために代行が敵対派閥を制圧した?」

 

「いいや。代行にはSRTへの命令権は無い。連邦生徒会長ではなく、連邦生徒会長代行だからな。そこはきっちり決まってる」

 

 

 それはしっかりと文書に刻まれている。ならばそれは契約であり、それは順守されなければならない。ではどうして、SRTは役員を襲撃したのか。命令する人間はもういないのなら、もう答えは一つしかない。

 

 

「SRTは、自らの意志で役員たちを襲撃した。それも、代行派閥の役員たちを」

 

「……無理やり命令でもしたんですか? 悪化した治安を維持しろとか、敵対派閥を制圧しろだとかなんとか。それか、連邦生徒会長の捜索を邪魔したとか」

 

 

 王女の予想は可愛いものだった。それくらいだったのなら、SRTも襲撃まではいかなかっただろうなとすら思う。

 

 

「連邦生徒会は、SRT特殊学園を廃校・解体することを決定した。それに反発したSRTの生徒たちが、各地で襲撃を繰り返してる。それ以外にも、街頭デモやら公共施設の不法占拠やら……治安維持側がそういうことをやっているからな。治安の悪化はそのせいもある」

 

「はぁ……?」

 

 

 王女はゴミ袋を床に落として、辺りから引っ張り出して来た椅子に座りこんでしまう。もうかける言葉も無いくらいに呆れたらしい。正直、カヤツリもそう思う。

 

 所属する学園を廃校にされると言うのは、中々の大ごとだ。カヤツリからしたら、いきなりアビドスを廃校にされるに等しい。状況からすればSRTの方がもっと酷いかもしれない。SRTの廃校の理由。それは自業自得でなく、他人の都合だからだ。

 

 

「連邦生徒会長がいない。であれば彼女らの指揮権は宙に浮き、SRTの存在意義はない。そうであれば、SRT特殊学園を解体し、生徒は希望の学園への転入を進める。そんなことを言えば、どうなるか。火を見るより明らかだ。解体するにしても、治安が悪化することが見込める今ではいけないんだけどな」

 

「どうして、さっさと連邦生徒会長を選出しないんですか。それが一番の問題でしょう。もう、三ヶ月なんですよ?」

 

 

 王女の言い分は正しい。SRTの問題は連邦生徒会長がいないことで起こっているから。けれど、カヤツリはそこをあまり責められなかった。

 

 

「戻ってくると信じているんだと思うよ。すぐに戻ってきてくれると。自分たちは見捨てられたわけではないんだって。何か理由があるんだって、そう信じていたいのかもしれない」

 

 

 カヤツリの印象としては、連邦生徒会長は食わせ者である。された所業や言動を考えれば当然の事だ。でも、代行や室長たちにとっては違うのだろう。もしかしたら、室長たちは、カヤツリには見せない面も知っていたのかもしれない。

 

 

「現代行は、代行であることに拘っている。連邦生徒会長になることは、かつての連邦生徒会長の居場所を奪ってしまう。帰る場所を失くしてしまう。そんなことを思っているのかもな」

 

 

 きっと、ホシノも思っていたことだ。それを知っているカヤツリは、外野からとやかく言いたくは無かった。正論は誰でも言える。

 

 

「でも、それならSRTの解体は代行の趣旨とは違いませんか? 居場所を残したいのであれば、そうはしないでしょう?」

 

「そりゃあ、解体したのは代行じゃないからな。代行派閥が解体したんだ。代行に秘密裏で」

 

 

 ただでさえ今は業務が立て込んでいるのだ。あの代行の性格から言って、多数決で決まってさえしまえば口を挟めないだろう。それを分かっていてやったと、カヤツリは思っている。

 

 

「代行派閥は、代行の思惑なんか知りもしないのかもな。折角、主流派閥になれたんだから地盤固めをしたいんだろう。連邦生徒会長が帰ってきてSRTがあったら、地盤固め中に邪魔されるかもしれない。解体しておけば再編成に時間が掛かるから、時間稼ぎのために。それか、過去の強制捜査の恨みでもあったのかもしれない。他派閥も賛成したからそうなんだろうな」

 

 

 王女は言葉を発しない。完全に呆れ返ってしまったようだが、ここまでが前置きで、次からが本番だった。

 

 

「SRTと似た組織がもう一つある。連邦生徒会長直属で、連邦生徒会長以外の命令を受け付けない。その業務内容はオーパーツの回収」

 

「つまり、ここだと。ここも、私とカヤツリの居場所も、生活も、SRTと同じように解体されかねないと?」

 

「もっと酷い。オーパーツを放出しろと、遠回しに言われたよ」

 

 

 会議に出席中、そう告げられた時のあの空気を思い出して、カヤツリは顔を歪める。あの地下に彼女たちの求める物は何もないが、彼女たちにはそれは分からない。かといって、それを差し出すのも違う。そうさせないために、カヤツリは動いた。

 

 

「保管場所は連邦生徒会長しか知らないと嘘を吐いた。彼女しか開けられないだろうとも。その間に先んじて王女をここへと連れて来た。あの地下にいるなら、オーパーツだとみなされる可能性があったからな」

 

 

 先んじて動いて本当に良かったと、カヤツリは今更ながら胸を撫で下ろす。そんな事をされれば、王女は傷つくのは分かり切っていた。そんな思いをさせるわけにはいかないのだ。

 

 

「それで……どうした? 急に立ち上がって……?」

 

 

 続きを話そうとしたカヤツリを置いてけぼりに、王女はすっくと立ち上がり、部屋を出ようとする。慌ててカヤツリは王女の腕をつかんだ。

 

 

「ちょっ──────!?」

 

 

 止まらない。凄まじいまでの脚力と剛力で、カヤツリを引きずりながら廊下を進んでいく。目指す先は階段で、王女がどこに行こうとしているのか。カヤツリはすぐに理解して、顔が青くなった。

 

 

「俺のレールガンは貸さないぞ!」

 

「違いますよ。そんな低俗なことはしません。それに上じゃなくて、下。シャーレビルの地下に用があるんです。この間掃除の時に見つけたんですよ」

 

 

 王女の声は明るかった。しかし、それが逆に恐怖を倍増させている。無表情で何やらブツブツ呟きながら、王女は足を速める。

 

 

「ふざけないでくださいよ。小競り合いなら外でやって下さい。私たちを巻き込むな。オーパーツを放出しろ? は? 何様ですか? 何もしなかったくせして、私に言うことを聞けとでも言うんですか? カヤツリ以外の? ふざけているんですか。この生活を破壊されるなんて冗談じゃないです。もう二度とそんな口がきけないようにしてやりますよ!」

 

「大丈夫だ! 今のところ、大丈夫だから!」

 

 

 そうカヤツリが叫ぶと同時に、王女の脚がピタリと止まった。くるりと首を回して、腕を引っ張るカヤツリを見る。

 

 

「……本当ですか?」

 

「だから、ここで暇してるんだよ。そうじゃないなら、ここにいないし、これが今のところ唯一の反抗なんだ」

 

 

 王女は完全に激怒していた。今もカヤツリだから話を聞いてくれているだけで、まだ何かが煮えている。いつもより真っ赤になった王女の瞳が、それを物語っている。

 

 

「連邦生徒会長は失踪する前に、連邦生徒会直属の新しい機関を立ちあげてる。それがここ連邦捜査部、シャーレだ。連邦生徒会長の代わりは、ここになる」

 

「責任者が、シャーレになると。しかし、連邦生徒会直属なんでしょう? 今も派閥争いしている、下らない人間の言うことを聞けと言うのは変わらないじゃないですか……あっ」

 

 

 王女の全身に力が入り、再び前進し始める。カヤツリは抵抗する何かないかと考えて、王女を後ろから抱きしめ抱える。足が浮いたおかげか王女の進行が止まり、これ幸いと、カヤツリは王女に囁く。

 

 

「話をしてもいいか?」

 

「あっあっ……続けてください。お、落ち着きましたから……ゆ、ゆっくり話して良いですよ。ゆっくりでいいですから……ほんとに……」

 

「? じゃあ、話すけど……」

 

 

 抱えた王女がびくびく震えている。怒りがどこかに消えてしまったようだが、また怒りだしても困るので、抱きかかえたまま話す。

 

 

「シャーレの責任者は決まっている。先生という大人らしい。そして、その大人はまだキヴォトスには赴任していないんだそうだ」

 

 

 その先生とやらの正体は分からない。でも、それが誰の関係者なのかは容易に分かる。連邦生徒会長だ。いつか話した、連邦生徒会長のコレ。連邦生徒会長の男の趣味は知らないが、それは後から見定めればいい。重要なのは、責任者が不在であると言う点だ。

 

 

「責任者がいないのなら、まだシャーレは稼働していない状態になる。その下部組織を勝手に引き抜きはできないし、解散させられない」

 

「でも、SRTはそうしたじゃないですか」

 

「そうしたから、出来ないんだよ。代行が許さない。シャーレは連邦生徒会長が設立したんだぜ。残ってるのはそれだけだから、必死で守ってくれるだろうさ」

 

 

 代行は優秀だから、それらしいヒントをちりばめるだけでゴールにたどり着いてくれる。今も必死にカヤツリ達を守ってくれているだろう。

 

 落ち着いた様子の王女を降ろすと、何故か目が潤んで息が荒かった。不満そうな顔でもある。

 

 

「……だから、最近は外へ出ていないわけですか。その、先生とやらが来るまでは、シャーレは稼働していない組織であるから。その人員である私たちは何もできない。いえ、してはいけない」

 

 

 そう、それが、この三ヶ月の引き篭もり生活の正体。活動をしてはいけないのだから、鍵など探しに行けるはずもない。そもそも、この惨状では自治区の許可が下りないから考えるだけ無駄ではある。

 

 

「なら……誰ですか?」

 

「えっ」

 

「カヤツリの事です。この生活を破壊しようとしているのは、どこの誰なのか、想像位はついているんでしょう?」

 

 

 王女は笑顔だ。しかし、先ほどのカヤツリに向けていた笑顔とは、方向性が違う。

 

 

「何もしない?」

 

「しませんよ。気をつけるだけです。カヤツリの作戦を破壊するような真似はしません。約束しますよ」

 

 

 カヤツリの前で、約束とまで言った。なら、王女は約束を守るだろう。カヤツリは強請られるままに、憶測を語った。

 

 

「多分、防衛室。それか、反代行派閥かな」

 

「そうですかそうですか……防衛室……反代行派閥ですか」

 

 

 何度も防衛室や派閥と王女が呟くのを見て、カヤツリはあの夜の電話を幻視した。あの時と同じ危うさを感じる。

 

 このまま防衛室の事を考えさせてはいけない。そんな予感に従って、カヤツリは王女の手を引いた。

 

 

「うわっ、何ですか、私は今考えごとで……」

 

「今日は何をする?」

 

「えっ? 急にどうしたんですか……」

 

「いや、気にするだけ損だ。今はどうしようも出来ないんだから、まだ今日の事を考えた方が建設的だと思うよ」

 

 

 それとなく手を引けば、王女は足を止めてカヤツリを見上げて言う。

 

 

「私に手伝わせてくれないんですか?」

 

「まだ早い。あくまでも憶測に過ぎないし、全体の総意か、誰かの独断か、後ろに誰かいるのかも分からない。それに……」

 

 

 戸惑う王女へ、カヤツリは畳み掛ける。

 

 

「嫌にならないか? いつも敵の方ばかり考えてたらおかしくなるし、俺は王女にそうなってほしくないよ」

 

「それは、カヤツリもそうでしょう。私の代わりに考えてくれているんです。今だってそうです。カヤツリが思うことを私だって思うんですよ」

 

 

 王女は引く様子を見せない。互いの要求がぶつかり合っている。それがどこか懐かしい。

 

 前のカヤツリだったら、向いていないとか、役に立たないとか、正論で殴りつけていただろうが。今のカヤツリは違う。過去の失敗から学習したのだ。

 

 

「分かった。じゃあメリハリをつけようか。考える時間を作るから、それ以外は考えない」

 

「……それで良いんですか? もっとあるでしょう」

 

「王女は、この三ヶ月楽しくなかったのか?」

 

 

 王女は呆気に取られたのか、一瞬黙った。

 

 

「楽しかったに決まっているでしょう! だから邪魔されて怒ってるんですよ!」

 

「俺も楽しかったよ。アビドスとはまた違った生活で新鮮だった。だから、この生活をそういう事で滅茶苦茶にはしたくないんだ。だから、メリハリをつけるんだよ。それで俺は良いんだ。目的を履き違えちゃいけない」

 

 

 この場合の目的は、この生活を守ること。決して敵を滅ぼすことではない。それは王女も分かっているのか、長く大きな溜め息を吐いた。

 

 

「ズルいです。そう言われたら、私は頷くしかないじゃないですか。相変わらず、貴方はズルい」

 

「そんなに」

 

「ええ、そうです。貴方は初めて会った時からズルいんです。そこが良くも悪くもあるんです」

 

 

 溜め息を吐き終わった王女は生き生きしていて、握った手を強く握り返してくる。その時に、何か懐かしさを感じたカヤツリは動揺した。

 

 あの空気だ。まだ三人だった時の、もう手に入らないと思っていたもの。そのカケラが、そこにあった。

 

 驚きで王女の顔を見ても、ユメやホシノとは似ても似つかない。でも、王女は言うのだ。

 

 

「でもまぁ、許してあげます。言うことを聞いてくれたら、ですけど。どうしますか?」

 

 

 かつてのホシノやユメを思い出させる、我儘と気遣いのハイブリッド。ズルいのはどちらだろうか。そう思いつつ、カヤツリは動揺を押さえ込んだ。

 

 

「分かったよ。ご要望は?」

 

「そうですね。移動しながら考えます」

 

 

 王女はさっきと同じようにカヤツリを引きずり始める。ぶつぶつと何か案らしきものを呟いていて、冷や汗が止まらない。早まったかもしれないとさえ思う。懐かしさを感じた理由も、ハッキリとは分からない。

 

 

 ━━でも、悪くはないか。

 

 

 なんだか昔に感じていた物を取り戻したような気がする。そのまま王女に引きずられながら、カヤツリはどこか懐かしい気分に浸たる。

 

 悪い気はしなかった。

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