ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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390話 反骨の相(桃色髪)

「一体、あの女、何を考えているんですか!?」

 

 

 夜半の、誰もいない。カヤ以外誰もいない自室。そこで、カヤは怒り散らしていた。誰に対してかは言うまでもない。

 

 

「……頭のリソースは何処へ行ったのです。まさか他の場所に溜め込んでいるからじゃないでしょうね……胸だけにリソースをため込んだ能無しども……」

 

 

 連邦生徒会長代行、七神リンの姿を思い出して、カヤは歯軋りする。姿といい、物言いといい、現在の政策といい、代行職を奪われた事といい、全てが気にくわない。カヤから見て、リンは連邦生徒会を滅茶苦茶にしていた。

 

 連邦生徒会長が失踪して、もう三ヶ月になる。あの超人が居なくなった連邦生徒会は、以前の連邦生徒会ではなかった。

 

 まず、何も進まない。会議は毎日開かれているにも関わらず、何も決まらないからだ。

 

 その原因は分かり切っていた。リンの所為でしかない。あの女は、代行であるくせにその存在意義を果たしていない。

 

 あの女は何の代行だろうか。連邦生徒会長の、あの超人の代行だ。なら、そう振舞うべきなのに、そうしない。

 

 超人は即決だった。選ぶ全てが正解で、会議も全員が納得せざるを得ない根拠を用意している。結論が出ないときは、叩き台を用意してすらいた。

 

 なのに、何だあの体たらくは。全員で額をつき合わせて話し合って、分かりきっていることを喧々諤々と、何が納得していただきたいなのか。ふざけているのか。

 

 メリットと事実だけを並べて、正論だけ提示して、理解していただきたい? 根回しも何もしていないのが、カヤには余りにも逃げの姿勢にしか映らない。そんなことをしなくとも、物事を強行できるのはリン自らが証明しているのに。

 

 そうでなければ、SRTを解体など出来なかった。あれは、代行の権限でも手を出せない聖域だったはずなのに、代行派閥はいとも簡単に解体してしまった。その結果、何が起こるか考えもしていないのか。

 

 

「最初の強硬姿勢は何だったんですか!? 手順とか正しさとか責任の所在とかよりも前に、やるべきことがあるでしょう!?」

 

 

 カヤは地団駄を踏む。風呂上がりでリラックスしている筈の身体が汗ばんできている。最近はいつもこうだった。

 

 SRTの解体が引き起こした影響は凄まじかった。当然の如くに治安が悪化し、矯正局から収監者が逃げ出し、 しかも七囚人と通名がつく始末。そのくせ、カヤたちは彼女らを捕まえられもしない。

 

 それはそうだろう。伝説のスケバンやら海賊やらマッドサイエンティストやら、七囚人は曲者ぞろい。その内の一人、災厄の狐、狐坂ワカモを捕縛したのはSRTのFOX小隊で、あれは彼女らでなければできない偉業だ。そしてそのFOX小隊はもう使えない。代行は愚かにも、SRTごと抑止力を破壊してしまったからだ。

 

 

「本当、本当に……こちらの迷惑を考えもしない……彼女たちを手に入れられたのが僥倖ではありますが……」

 

 

 カヤは、SRT解体の余波で手に入れることのできた隠し玉(FOX小隊)を思うも、中々苛立ちというのは治まらない。本当にSRTの解体は許せなかった。そもそもが越権行為であるし、それによって起きる余波を何も考えなかったあたりが腹立たしい。

 

 SRTというのは連邦生徒会の持つ強力な武器だった。抑止力と言い換えてもいい。抑止力というのは、存在するだけで意味があるのだ。彼女らがいきなり突入してくるかもしれないと言う可能性。カヤが防衛室長の椅子に座ることになったカイザーの事件という成果。何か悪事を働けば、カイザーのように検挙されかねない。その可能性が抑止力として機能していた。

 

 それを破壊すれば結果は御覧の通り。治安は悪化の一途を辿っている。その事をリンに指摘されて、それを思い出すだけで、カヤの機嫌が降下していく。

 

 

「治安維持は防衛室に期待している? 嫌味ですか? ふざけていますよ。仕事を増やしておいて、よくもそんな口を利けたものです。協力する気さえ失せます」

 

 

 D.U.地区内の治安維持は防衛室の領分。つまりはカヤの仕事だ。治安が悪化し続けているのはカヤの力不足もあるかもしれない。それはいい。真っ当な意見は受け止める気概はある。

 

 だが、そうなっているのはSRT解体の影響が大いにある。ただでさえヴァルキューレは人手がないうえ予算不足であるのに、SRTの反乱にも人手を割かざるを得なくなっている。他人の仕事を増やし、逆に予算は大して増やさず、正論ばかりを言ってくる。随分な立場ではないか。

 

 手順を、規則を守れと言うくせに、リンは口だけで止めもしなかった。リンは代行のままで、SRTを破壊したのだ。他人の事など言えるものか。どう考えてもカヤの邪魔をしたくてそうしたに決まっている。

 

 

「その上、何ですか。まさか、他校の介入すら考えていなかったんですか!? なんですかあの答えは!」

 

 

 つい先週に現れた三大校からの使者に対する対応を思い出して、カヤの胃がシクシク痛み出す。リンの対応があんまりだったからだ。

 

 

 ──サンクトゥムタワーの異常は現在対応中です。連邦生徒会長が不在の間の諸問題は、私が代行として対応します。どうか、ご理解のほどをよろしくお願いします。

 

 

 文言はどうでもいい、内容も特筆すべき点は無い。唯一つを除いて。

 

 

 ──連邦生徒会長が不在の間の諸問題は、私が代行として対応します。

 

 

 もう、三ヶ月だ。連邦生徒会長が失踪して三ヶ月。

 

 リンのセリフが許されるのは事態が起こって数週間のみ。これだけの期間があってから言っていい言葉ではない。聞かれなければ連邦生徒会長の不在を答えないという姿勢もいただけない。そもそもリン自身、リンが今の連邦生徒会の顔だと言うのも理解していない。

 

 連邦生徒会長が不在の間は、七神リンが代行として事にあたる。会長としてではなく、代行として。それはつまり、三ヶ月も経つのに、まだ会長を決められていないということ。連邦生徒会長を欠いた、今の連邦生徒会は、それだけの事ができないのだと喧伝しているに等しいのだ。

 

 あの使者たちが、代行の発言をどのように受け取るかは個々人で異なるだろう。しかし、それを伝えられた各学園の生徒会組織が、カヤと同じように思わないとも限らない。

 

 今の所は問題が治安悪化とサンクトゥムタワーの異常にとどまっているが、この状況も、ただの幸運に過ぎないとカヤは思っている。

 

 連邦生徒会長の失踪の発覚が正月だったのが幸いした。年が明け社会が完全に稼働するまで、数日の猶予があった。それと置き土産だろう。文句のつけようがないほどに完成された三月までの仕事。進行中だった政策の草案や決済書類などなど。連邦生徒会長が残したそれらの物と、カヤたちが正月返上で稼働することで、最悪の状況を回避できただけだ。行政執行権が無いことに変わりはない。

 

 それに三大校が絶妙のタイミングで問題を抱えていたのもある。

 

 ゲヘナは、あの雷帝からの政権交代の立て直しでそれどころではないらしい。

 

 トリニティはトリニティで、同じようにティーパーティーのホストの引き継ぎが上手くいかなかったようだ。去年の内に引き継ぎは成功して、こちらとエデン条約についての折衝をしていたはずだが。確か、現在療養中だとかなんだとか。新しいホストの選出に揉めているのか、エデン条約の進行が止まったままだ。

 

 ミレニアムもミレニアムで、秋ごろのハブだか何だかのAIの暴走により、自治区内の機械を総ざらいで調べているとか。連邦生徒会長が立ち入りを制限した廃墟地帯に立ち入らせろとも煩かった。

 

 インフラが壊滅していたのも運がいい。地区の電話や通信は連邦生徒会の一部、室長の部屋しか機能していない。だから、使者達も歩いてくるしかなかった。

 

 偶々だ。偶々の偶然と噛み合わせで、使者が来るのもここまで遅れてくれたのだ。これが平時であれば一週間保たなかったに違いない。

 

 だが、いつまでもこの幸運は続かない。連邦生徒会長の置き土産は三月分までしかない。四月からは自力で何とかしなければならないのだ。今の決定する意思に欠けた踊る会議で、今までのようにできるとは到底思えなかった。

 

 悪いことに今起きている全ての問題は、連邦生徒会長の失踪によって引き起こされている。三ヶ月もあったのにこの体たらくで、数にすればたった一人の離脱でしかない。けれど、そのたった一人の不在によるそれら全てを、連邦生徒会は収束させられていないのだ。それは、連邦生徒会の存在意義を揺るがしかねない。

 

 

「あなたは何なんですか。七神リン。あなたは、このキヴォトスをどうしたいんですか。あなたは超人に一番近いところに居るのに、私の願う場所に居るのに、私からその場所を奪ったのに、現状維持しかしないんですか」

 

 

 それなのに、七神リンは、あの女は、そうしなかった。自らが会長になろうとしないどころか、カヤが超人になろうとするのを妨害し、SRTを解体した。許されざる蛮行であり、連邦生徒会の権威が失墜し続けている。

 

 けれど、この事態を収束させる方法が、ひとつだけある。

 

 それは、空いた連邦生徒会長の席に誰かが、相応しい誰かが座ること。新しい超人として天に立つことだ。そうすれば、不在に対する対処にもなるし、停滞した会議を迅速に進められるだろう。初めから、こうするべきだったのに。

 

 

「あの超人が、自ら居なくなったんですよ。簡単に見つかるはずがないでしょう! 失踪だって、絶対に理由があるはずです!」

 

 

 もうすぐ来年度で、通常なら、来年度が連邦生徒会長の最後の任期。これは、次代の超人を見極める試験ではないのだろうか。そう思えば、全ての辻褄が合う気がする。

 

 その上で、なにより腹立たしいのは、誰もがあの連邦生徒会長を褒め称えつつ、誰も超えようとしない事だ。現状維持、現状維持と宣い、事態を悪化させ続けている。

 

 特に、リンがその急先鋒だった。

 

 

「あれさえ、あのオーパーツさえあれば……」

 

 

 カヤは奪われ、隠されてしまったものを思い出す。連邦生徒会長を調べるうちに見つけた。二つのオーパーツ。一つはサンクトゥムタワーの制御権を操作出来るシッテムの箱。もう一つは、真実を見抜くというシャーケードの杖。

 

 それがあれば、カヤは超人になれる。それさえあれば、誰もが言うことを聞く。今のキヴォトスの問題を解決できる。しかしその二つは今も、どこにあるのか見当もつかない。そのありかを知っているのは、きっと一人だけ。

 

 

「おのれ、兎馬カヤツリ……!」

 

 

 カヤは怒りを込めて名前を吐き出す。思えばずっと気に入らないことばかりだ。

 

 あの男は、連邦生徒会長が連れてきた人間なのだ。カヤやリンのように、連邦生徒会に居たから選ばれたわけではない。完全な外部から連れてきた。アビドスという辺境から、態々あの超人が足を運んでまで連れてきたのだ。しかも、アビドスの新規組織、それも生徒会組織を認めるなど、超人にしては珍しいくらいの肩入れ具合。それもSRTのような組織にまで任命している。

 

 カヤツリはきっと特別だった。それが何より妬ましい。カヤはそれを払拭したかった。

 

 だから、カヤはカヤツリを自らの陣営に引き入れようとした。伝授されたカヤお得意の方法を駆使したのに。カヤツリは知ってか知らずか、それを巧妙に回避していた。この間もチャイムさえ鳴らなければどうにでもなったものを。しかも、連邦生徒会長の悪口まで言う始末。

 

 大体、名前が似ているせいで、嫌でも思考に浮かぶのだ。それもあって、カヤはカヤツリが気に入らない。

 

 

「一体、何者なんですか。あの男……ん?」

 

 

 答えの無い思考にはまり込もうとしたところで電話が鳴った。カヤの机の中で、もう一台の携帯が鳴っている。少し息を整えてから、カヤは電話を手に取った。

 

 

「……はい。もしもし」

 

『羊はどうなっている』

 

 

 カヤは平静に努めて電話に出ると、電話口からは大人の声がする。挨拶も何もなく、無遠慮に用件だけを聞いてくる。

 

 

「猟犬に追い立てられて、目当ての場所に集合中です。明日あたりに餌を求めて周りの草を食べ始めるでしょう。周りが更地になるまで。貴方の言う通り数は力ですから、気も大きくなっています」

 

『クククク……そうだろう。整地が上手くいっているようで何よりだ』

 

 

 電話の向こうの声は、愉快そうに笑っている。今のところ、全て上手くいっているからだ。そんな声も出るだろう。

 

 

「では、対価をいただきましょうか」

 

『ふむ、いいだろう。追い立てたままになっている羊どもを、そちらの猟犬でも仕留められる程度に痛めつけておけばいいのだろう? それと装備と物資だったか。整地された土地の分だけの物を用意しよう』

 

 

 そのスムーズなやり取りに、カヤは安心感を覚えた。利益を提示し、同等の物を得る。迅速で素早く後腐れがない。今の連邦生徒会の会議進行とは比べるのもおこがましい。話し合いで解決すると言う綺麗事に囚われた結果がああなら、カヤはこちらの方が良い。

 

 

『次の整地だが、この地点を予定している』

 

「ここ、ですか。……少し、注文があります」

 

 

 カヤは整地予定の座標を聞いて微笑む。漸く運が向いてきた。この三ヶ月思い悩んでいたことが解決するかもしれない。

 

 

「建築物の破壊は最小限にしたいのです」

 

『……何を考えている。それでは、整地の意味がない』

 

 

 電話の向こうからは苛立った声が聞こえてきた。整地とは、建築物を破壊することに意味があるからだ。

 

 整地とは、文字通りの意味だからだ。羊、今もD.U.地区内に溢れ、増加し続けている不良たち。それを猟犬、ヴァルキューレで予定地に追い立てる。するとどうなるか。電話の相手であるカイザーの幹部によれば、気が大きくなるのだと言う。自らを追い立てたヴァルキューレに対する敵意も大きくなる。そうなると、彼女らは略奪を始めるのだと。

 

 それは、どこからか。勿論、追い立てられた地域でそうする。カイザーにとって都合のいい場所。敵対企業の工場や立ち退きが上手くいかない場所などがそうだ。用が済んだ実行犯はヴァルキューレが片付けさせる。戦力差の穴埋めとして装備や爆撃などをその都度使ってだ。

 

 カイザーは邪魔者を消せて嬉しい。ヴァルキューレは不良を排除出来て嬉しい。カヤは防衛室の評価に繋がって嬉しい。整地の関係上、被害が避けられないのがカヤにとっては痛いところだが、三方良しの取引である。

 

 だが今回は、少しだけ予定を変更してもらう。

 

 

「予定地の範囲にシャーレビルがあります。そこには、オーパーツが保管されている可能性があるのです」

 

『それを手に入れたい。ビルを破壊され、オーパーツが失われるのは困ると』

 

 

 やはり、大人相手は良い。話が早い。連邦生徒会とは大違いだ。これはカヤだけが出来る手段なのが更に良い。ここは明確にリンより上だと自負していた。

 

 

「その通りです。あの管理人、兎馬カヤツリから奪い取ってやるんです」

 

 

 それもあって、電話の声をカヤは機嫌よく肯定する。カヤにとってはシッテムの箱とシャーケードの杖さえあればいい。残りはくれてやっても構わないとさえ思っている。何かごねてきた場合、カヤはその手札を切るつもりでいた。

 

 だが、妙な沈黙が電話の向こうから漂ってくる。どこか、動揺したような雰囲気も。

 

 

『カヤツリ? 今、カヤツリと言ったか? 兎馬カヤツリ?』

 

「そうですが……」

 

『そうか……そうか! いきなりアビドスから消えたと思えば、そんなところに……!』

 

 

 相手の反応は劇的だった。まるで、探していたモノを見つけたかのような喜びようだ。続けて、今までにないほどの積極さを見せながら、相手は聞いてくる。

 

 

『カヤツリの事を話してくれ。内容次第によっては、其方の提案に乗るのも吝かではない』

 

 

 カヤは戸惑いながらも、相手の言うままにカヤツリの事を話していく。

 

 連邦生徒会長が突然連れて来たこと。今はシャーレと呼ばれる組織の前身組織を取り仕切っていたこと。恐らくはオーパーツを管理していること。今はシャーレビルに引きこもっていること。

 

 それら等々を告げると、相手はあり得ない事を言ってきた。

 

 

『……整地計画は白紙にする』

 

「いきなり、何を言い出すんですか!」

 

 

 普段なら大人相手に出さない怒鳴り声をカヤは出す。だって、道理が通らない。整地計画は向こうからの提案だ。カヤツリの存在一つだけで、その計画を変更するなんて。カヤの中に、暗く淀んだ気持ちが沸き上がって来る。

 

 

『……気に入らないようだな?』

 

「違います。其方の発言は、今までの利害関係を破壊するものだからです。計画を白紙にするほどの価値が、あの男にあるとでも……」

 

『あるとも。真っ当な理由がな』

 

 

 カヤ相手の時とは違って、相手の声には感情が乗っていた。その上、即答。それがまたカヤを苛立たせる。今までのカヤとの話し方ではないうえ、今の方が情報量が多い。

 

 

『そちらの言う通り、シャーレビルだけを残し、整地したとしよう。巻き込まれたカヤツリは、絶対にここまでやって来る。この関係が公になるのは、そちらとしても避けたいのではないか?』

 

「そんなことが出来るわけが……」

 

『出来る。出来るから、今も無事なのだろうよ。よく考えても見るがいい。何故引き篭もっているのか。そうできているのかをな』

 

 

 カヤは相手の言う事が、理解できない。何故引き篭もっているか? そうとしかできないに決まっている。だが、相手はカヤの沈黙に笑い出す。

 

 

『ハハハ……自分で言ったのだろう? オーパーツを奪い取るとな。私に話を持ってきたのなら、自力では、そう出来ていない事になる。違うか?』

 

「リスクが高いからできていないだけです。やろうと思えば、幾らでも……」

 

『そこだ。リスクが高く手が出せない。其方は手を出さない事を選ばされているのだ。掌で転がされている。その事にも気づいていない』

 

 

 そんなわけはない。心の中でカヤは叫ぶ。だって、カヤツリは……

 

 

『何もしていない。そう思っているのだろう? それは合っている。あやつは、時流を読んで、それとなく周りを動かしているだけだ。自らが動けば目立つことを、目立てば攻撃されることを知っている』

 

 

 カヤは焼けるような怒りを感じた。それは、カヤの領分だ。誰よりも勝っていると思っていたカヤの領分。それをカヤが下だと、電話の向こうの相手に断定された。

 

 

『まさかとは思うが……その態度。カヤツリへ喧嘩は売っていないだろうな?』

 

「していませんよ。私側に引き入れようと声を掛けただけです。それと会議で少々巻き込んだくらいですか」

 

『話せ。何を言い、何を聞いたのか。思い出せるだけ全て。もう、目を着けられている可能性がある。場合によっては手を切る』

 

 

 あの自販機前の出来事や、失踪後の会議の事を話すと、向こうからは安堵のため息が聞こえた。それが、カヤを更に苛立たせる。

 

 

「問題はない。そういう事でいいんですね」

 

『目を着けられていることは看破されただろう。だが、このまま手を出さない限りは反撃してこないはずだ。まだ何もされていないのだからな』

 

「……放置しろと?」

 

『それ以外あるまい。其方の目的は、オーパーツであってカヤツリではないはずだ。カヤツリを排除して手に入れるのは止めろ。私にまで被害が及ぶ』

 

 

 焼けるような、焦がすような、そんな煮えたぎる何かが、カヤの喉元まで上がってきていた。分かっている。これは嫉妬だ。

 

 得意分野で上回られ、電話の向こうに評価され、カヤを手玉に取っている。そしてなにより、連邦生徒会長が、超人が態々連れて来たというのが気にくわない。本当にイライラする。もしかしたらリンよりも。

 

 オーパーツを持っているのは、連邦生徒会長がそう決めたからだ。そして、オーパーツは連邦生徒会の頂点に立てるほどの力を持つ。それはつまり……

 

 

 ──カヤでも、リンでもなく、連邦生徒会長が選んだのは……!

 

 

「許しません。絶対にそんな事は許さないし、認めません」

 

 

 通話中である事を忘れて、カヤは内心を言ってしまう。それを聞いた向こうからは冷たい声が響いてくる。

 

 

『それは、カヤツリと戦うということか? それならば……』

 

「違いますよ。戦いはしません。其方が、それ程評価しているのです。ならば、敵に回すのは愚かと言うものですよ」

 

『ならば、どうすると言うのだ』

 

 

 煮えたぎる頭は、良い考えをカヤに齎してくれた。カヤの主義とは反するが仕方がない。この憤りを治めるにはこれしかない。

 

 

「私はチェスが得意ですが、もう一つ似たような盤上遊戯があるようですね。将棋と言うんでしたか」

 

『何を言っている。将棋がどうしたと言うのだ』

 

「チェスと将棋は相手のキングを取る。駒が敵陣の一定まで切り込むとプロモーションする。幾つかの点では似ていますが、一つ大きく異なる点があるそうです」

 

『取った駒を使える……つまり』

 

 

 カヤの言いたいことを理解したのだろう。相手の声から、冷たさが少し抜けたのを確認し、カヤは言い放つ。

 

 

「兎馬カヤツリを懐柔するんです。其方は彼の事をよく知っているのでしょう? 協力していただければ、私は力を増し、其方は障害が無くなる。協力すら望めるかもしれません。そう思えば、お互いに得るものがあるとは思いませんか?」

 

 

 将棋とチェスには細かい違いが幾つかあるが、一番大きなものが一つある。それは、取った相手の駒を使えるというただ一点。

 

 だから、カヤはそうしてやるのだ。そうすれば、そうできれば、きっと。カヤは超人に近づける。

 

 きっと、この苛立ちも消えてなくなってくれるのだ。相手の了承の返事を聞きながら、カヤはそうだと信じていた。

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