ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
王女は動けなかった。
振り上げた腕を掴まれている。相手の力が強い。敵か味方か分からない。真っ当に思うはずの理由。それらを飛び越えて、王女にはある感覚があったからだ。
女の勘ともいうべき未来予知じみた直感が、黒い鳥の正体を教えてくれた。これは……
「なんで……どうして、カヤツリ先輩……」
「やはり、ですか……」
王女の予想を、アヌビスの言葉が真実まで押し上げる。その事が気に食わなくて、王女は黒い鳥。アヌビスと同郷のカヤツリを見た。
異次元からのカヤツリ。黒い鳥も王女を見ている。見ているが、それは王女にいつも向けられている視線ではなかった。
敵意だ。今も王女の腕を砕かんばかりに握りしめ、黒い鳥は王女を睨みつけていた。
『王女!?』
気づけば王女は壁まで投げ飛ばされていた。そのまま壁にめり込む勢いで叩きつけられ、ケイが焦りの声を上げた。
「……大丈夫ですよ。ケイ」
『しかし……多次元防壁が……』
「そうですね。機能していないように見えます」
壁から身体を引き剥がしつつ、王女は黒い鳥を見る。見て、舌打ちした。
多次元防壁を破る方法はいくつかある。その内の一つは展開されている可能性から、攻撃が当たるものだけを観測する事。通常は方舟や元船を使用できなければ不可能なそれを、黒い鳥は可能にしていた。それを可能にするものに、王女は心当たりがあった。
「ホルスの眼ですか……」
全てを見通し観測する。それを可能にするのはホルスの眼であるが、それをカヤツリは持っていない。それを持てるのは一柱だけだ。
「随分と見せつけてくれるじゃないですか」
アレは複合神性。カヤツリと誰かが混じったナニカ。生と死を繰り返し、終わらないモノ。
それはある意味で、王女がかつて望んだものに近かった。それを自分以外で見せられている。おかげで、やや気分が悪い。
「それに何ですか、その体たらくは」
動きに精彩が見られない。アヌビスを守るために来たのかと思うが、迷うようにアヌビスと自分の足元を確認している。
アレは、分からないのだ。この世界の砂狼シロコとアヌビスの見分けがついていない。本能だけで動いているから、王女を投げ飛ばすだけで済ませている。
だから、こんなことになる。
『ああああああああ!』
その場に悲鳴が響く。アヌビスでも、王女でも、ましてや別次元の先生でもない。これは無名の司祭の悲鳴だった。
恐らく、依り代を黒い鳥の方へと変えようとしたのだろう。彼らなら、それが出来る。だが、相手が悪すぎる。ホルスの眼相手に、それをやろうとすれば捕捉される。捕捉され、支配下に置こうとしていると認識されれば、今のようになる。
頭から雷槍を撃ち込まれ、内部から炎で焼かれる。そんな仲間の惨状を目にして怯える司祭たちに、無数の雷槍が襲いかかっていく。この様子では、一分と掛からずに全滅するだろう。
漸く壁から脱出し、それを眺める王女に、こわごわとケイから声があった。
『王女。大丈夫ですか? もし、気分が優れないのであれば、私が……』
「気遣いは無用です。地上で言ったように、あれはこの世界のカヤツリではありませんから」
『ですが……顔が険しいですよ。王女』
そうだろうかと、ペタペタ顔を触って確認する。自分ではよくわからないが、ケイが言うなら、そうなのだろう。自分で思うよりも割り切れないところがあるのかもしれない。ただ、カヤツリを痛めつけるのが心苦しいわけではない。
「見ていられないだけです。私と出会わなかった。もしもの先がこれなんです。こんな可能性は知りたくなかった」
頼んでもいないのに、経過を飛ばして末路だけを見せられている。その末路も、ある意味では王女の望んだ永遠を体現しているのだから、不機嫌にもなる。無名の司祭へ手を下さなくても良くなったのは良いが、嫌な予感が背中を伝う。
正気ではないとはいえ、アヌビスの求めに応じて現れた。であれば、アヌビスに関連する用事があるのだろう。だから、アヌビスへ暴行を働いた王女を投げ飛ばした。問題は、無名の司祭が手を出してしまったことだ。
王女への攻撃の後、間があったにもかかわらず追撃を行わなかった。司祭に攻撃を仕掛けられるまでは無反応。であるのなら、基本的には専守防衛の体を取っているのだ。目的は判然としないものの、それを妨害しないのであれば攻撃は行わない。
だが、限度はあるのだろう。司祭の処理が終わったのか、ゆらりと黒い鳥が此方を向く。アヌビスではなく、王女の方を。
「ああ、もう……面倒なことになりました」
司祭と王女の陣営は同じだ。同じ、名もなき神々の陣営。カヤツリやアヌビスの忘れられた神々の陣営ではない。今の状況を、黒い鳥側から見たとすれば、どうか。同じ陣営であるアヌビスを攻撃し、自分にも攻撃して来た。それどころか、アヌビスをここまで痛めつけている。
この際、直接の下手人は問題ではない。名もなき神々の陣営が攻撃を仕掛けてきた。それだけで、忘れられた神々の本能で動いている黒い鳥には十分だ。王女と司祭を同列の敵として認識した。司祭が終わったから、次は王女という理屈になる。
「多次元防壁は……やはり無駄のようですね」
防壁を貫通し、念のためにと展開した避雷針へ雷槍が消える。お返しにと、構成した大質量を直接叩き込む。必中効果はどうしようもないのか、黒い鳥は押しつぶされる。
『効いてはいますが……』
「蘇ると」
ひしゃげた身体を炎が包み、異常が消えていく。何をしても、同じことが繰り返されるだけ。これでは千日手だ。
「らしいと言えばらしいですね。絶対に勝てはしないけれど、負けはしない。最後に勝てればそれでいい。その途中で何度負けても構わない……」
『どうしますか。これに、いつまでもは付き合えません』
周囲を確認したのだろう。ケイが言う。
司祭の置き土産だろう。色彩産のアトラ・ハシースの方舟は崩壊する兆しを見せていた。炉心が暴走し、過剰供給されたエネルギーが方舟自身を傷つけている。その上、今も暴れ続ける黒い鳥の攻撃が、それに拍車を掛けていた。
「操作は?」
『ダメです。全く受け付けません。六つのエネルギー反応も増大中です。このままでは、方舟がキヴォトスへ墜落します。それも、質量の大部分を残したままで! そんな大質量が衝突することになれば……!』
「テクスチャどうこうではなく、物理的にキヴォトスが滅びますね」
流石にそれは許せない。何とか、黒い鳥からの攻撃を捌きつつ、王女は頭を回す。
「分解は?」
『幾分かは掌握済みとはいえ、このリソース量です。一息にとは行きません。一区画ごとになるでしょう。試算した崩落順に、決められたタイミングで分解する必要があります。しかも、この攻撃を捌きながらです』
それは、少々骨だった。多次元防壁を維持しつつ、黒い鳥の攻撃をいなし、方舟を試算通りに分解する。しかも、その上で此方の世界の砂狼シロコを地上に転移させねばならない。その上、アヌビスの事も考えなければならない。その考えに思考が通った瞬間、思考の底から何かが浮かび上がって来た。
──アヌビスは今、何をしている?
黒い鳥が現れてから、王女は注意を外していた。蹲っていた場所に目をやれば、アヌビスの姿は無い。すぐさま切り替わった視界の中で荒れ狂う炎と雷の陰。その中にタブレットを抱え別次元の先生を背負い、転移門を展開するアヌビスの姿があった。
「待ちなさい!」
逃げようとしている。そう判断した王女は静止の声を上げるが、相手が聞く道理はない。崩壊する方舟の中に、王女は取り残された形になった。追いかけようにも、まだ転移は終わっておらず、黒い鳥がそうさせてはくれない。
「ああ、もう! ケイ! 砂狼シロコの地上転送を優先してください!」
『ですが! それを優先すれば、落下計算が間に合いません! そうなれば、元も子も……』
「これの妨害がなければどうですか!?」
単純に処理能力が足りない。であれば、タスクを減らすしかない。その中で唯一対処出来るものは、黒い鳥だけだ。黒い鳥を黙らせ、転送と分解のリソースを確保する。
『ですが! どうやって!? 相手は文字通りの不死身です! 気絶も眠りも意味はありませんし、拘束したところで自切されたら……』
「一度、可能な限り遠方へと転送します! 速度優先で、安定は二の次です!」
返答代わりの、ケイの行動は早かった。一拍の沈黙が挟まった後、黒い鳥の腕の先が消えた。
『王女!』
ケイの言葉に、王女は同じように行動で返答する。質量と頑強さに比重を置いた障害物を黒い鳥に叩きつける。
これが、砂狼シロコの転送に注意を払う理由。座標がズレれば、それは物体を切断する空間の刃と化す。救助のつもりが、切断遺体を発生させるのは笑えない。
だが、黒い鳥は砂狼シロコと違い、配慮の必要はない。幾ら切断されようとすぐに再生する。だから王女は、ケイが設定した地点に向かって雑に押し込むだけで良い。
黒い鳥は意図を察したか、抵抗するが無駄である。片手ではこの重量に抵抗できないのは分かっているし、再生させたそばから、ケイが転移で切断している。黒い鳥はとうとう押し込まれ、姿を消した。
暫く、王女とケイは、声もなかった。何か音を出せば、空間を破ってきそうな気さえした。だが、その気配が無い事がわかると、お互いに力を抜く。
「……大丈夫そうです」
『それでは、砂狼シロコの転送と、方舟の対処へと移ります。エネルギー反応も方舟を分解すれば止まるでしょう。準備の方をお願いします』
ケイの声に従って、王女は準備を始める。準備自体はすぐ終わり、あとは砂狼シロコの転送が終わった報告を聞いてからになる。
待ち時間というものは、思考に意識が傾きがちだ。この時ばかりは、王女も例外ではなかった。
──何ですか、あれは。
宇宙の果てへ消えた黒い鳥を思い出して、王女は歯を食いしばった。
分かっている。あれは、王女が知らないカヤツリだ。向こうも王女の事など知らないだろう。あのアヌビスが王女の事を知らなかった時点で、王女が王女として存在していない可能性すらある。
だから、あれは王女の所為ではない。責任を感じる事すらお門違い。全く関係のない事だ。
──でも、零ではない。ああなる可能性もある。あった。
でも、王女は見てしまった。ああなる末路があると言う可能性を見てしまった。
あくまで可能性だと、他人は言うだろう。僅かなものでしかなく、気にするだけ無駄なのだと。
でも、王女は可能性というものを扱っている。だから、今になって、言い様のない不安に駆られるのだ。何かを忘れているような、致命的な事に気づいていない気がする。
「大丈夫ですよね。カヤツリ……」
真下にあるキヴォトス。そこに居るだろうカヤツリを思って、王女は小さく祈る様に呟いた。
□
連邦生徒会本部のあるサンクトゥムタワー。そこは普段の様子とはかけ離れていた。
悲鳴、怒号に銃声、バタバタと誰かが走り回る音。普段はしない筈の音が、至るところで響いている。完全に文字通りの意味で、修羅場の音だ。
「おお……怖いな」
そんな中、カヤツリは息を殺して、連邦生徒会内部を進んでいた。周辺に人の気配は感じられず、もう走る必要もないので少し気は楽だった。
現状、カヤツリの即席の作戦は上手くいっていた。怒り狂って追って来るベアトリーチェは、カイザーPMCを巻き込んで暴れ回ってくれた。
途中で彼らが乗り捨てた車両を拾えたのも大きかった。お陰で随分早くサンクトゥムタワーまでの誘引が成功し、現場は混沌としている。
まだサンクトゥムタワー内に残っていた役員たちは、外の騒動を見て、地下の脱出路から我先にと逃げ出している。カイザーPMCもベアトリーチェの相手で混乱しつつも、今も外で戦闘をしてくれている。
小さく、長く、カヤツリは息を吐いた。漸く、人心地がついたからだ。
即席の作戦であるが、こんなに上手くいくとは思っていなかった。普通ならどんなに怒りに我を忘れるとはいえ、途中で頭が冷えるもの。でも、ベアトリーチェは全くそのようには見えなかった。
以前の邂逅でも、執念深さは目に見えていたが、どうにも常軌を逸している。ゲマトリアとやらから追放されたと言うのも、そのあたりが関係しているのかもしれなかった。
「しっかし、何をやらかしたのやら……」
なんだかんだ言って、黒服は契約外の事についてはとやかく言わない。と言うよりも、興味が無いものにはあまり干渉はしないのだ。
だから、ベアトリーチェが空気を読まなかろうが、暴言を吐こうが、黒服は気にもしないだろう。他のメンバーもそうではないかとカヤツリは思う。黒服と上手くやれるのならば、それはおそらく似たような思考回路の人間であろうから。
だが裏切られ、追放されたとベアトリーチェは言ったのだ。アリウス関連の失敗が響いたと考えるのが普通だが、どうにも妙だ。黒服はそこまでの事は気にしないだろう。そうでなければ、あの地下通路での問答は無かったはず。あれは、ベアトリーチェの妨害でしかない。黒服は、自らに端を発した失敗を利用はしても論ったりはしない。ましてや裏切りなど。
それでは、何をしたのか。ベアトリーチェは黒服にそうさせるほどの何かをした。幾つか想像して、カヤツリは顔を顰めた。
「……何か、盗んだとかか? 黒服の研究成果か何かを」
降って湧いたように思いついた考えだが、何だか信憑性がありそうな気がする。流石の黒服も、そうされたら裏切るくらいのことはする。正確には、裏切ったのはベアトリーチェの方なのだが。
「そういや、前の時は何か打ってたな……」
地下通路での戦いの際、ベアトリーチェは何かを自らに注射していた。中身も心当たりがある。神秘とか言う奴だろう。先生から聞いたが、ある生徒の神秘を目当てに儀式をしたとか。
黒服の研究内容も神秘とやらだった気がする。カヤツリを実験台に色々としていたのを覚えている。
それでは、黒服から盗んだのだろうか。恐らくは貴重な、黒服にとっては何より大事で、カヤツリの物とは比べものにならないくらいの。それこそ、
「……まぁ、その結果がああじゃな」
それを使ったところで、合わないどころか錯乱しているのなら世話はない。それに、これからどうするかも考えなければならなかった。
「ベアトリーチェはどう対処するべきか……」
今は良い。逃げていればいいからだ。だが、先生が復帰したなら、ベアトリーチェとの相対は避けられない。きっとカヤツリだけでなく先生にも憎悪を向けているに決まっている。
そして、今のベアトリーチェには失うものはないように見える。後がないと言う奴だ。そういう人間はなりふり構わない。きっと退きはしないだろうし、何をするのか予想がつかない。
「王女に頼るのもな……ましてやホシノになんて……でも、先生に頼りきりにするのも……黒服に頼むのもなぁ……ん?」
これは、カヤツリの身から出た錆だ。どうケリを着けようか悩むカヤツリは足を止めた。
「誰だ……?」
気配だ。人の気配がする。それも、最初から居たわけではなく。いきなりその場に出現したかのように湧いた。
静かに、気配を消して、カヤツリは気配の沸いた部屋に近づいた。勘違いなどではなく、中から気配と小さな呟きが聞こえる。
こっそりと、ドアを細く開けて、中を覗き。カヤツリは目を見開いた。
「シロコ……?」
黒いドレスを着たシロコらしき人物。それが、壁にもたれ掛かった仮面の人間に、必死に何かを語りかけていた。
そして、急に振り返ったシロコは、カヤツリへ銃を向けた。