ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
──どうして、こんなことになってしまったのだろう。
カヤツリへ銃を突きつけるシロコ・テラーの中には、そんな問いだけが延々と繰り返されていた。
上手く行くはずだった。この世界の自分自身を拉致し、邪魔してくるであろうゲマトリアを壊滅させた。
後は、安全圏である方舟から虚妄のサンクトゥムを落とすだけで良かった。この世界の先生に会わなかったのも幸運だった。シロコ・テラーは揺らがずに済み、黙々と作業を進めることができていた。
──なのに、アレは何なのだろう。
背負えなくなって、床に横たえるしかなかった冷たく重い先生の事を思いつつ、シロコ・テラーは自問する。あの、全く歯の立たなかった少女の事を。
彼女の所為で、全ては滅茶苦茶になっていた。
多次元防壁は障子紙の如くに突破され、こちらの攻撃は当たらず、向こうの攻撃だけが直撃する。手も足も出なかった。シロコ・テラーは世界を破壊できなかった。
「どうして……」
半ば無意識に、言葉が漏れた。
「どうして、もっと早く……」
もっと早く、私を止めてくれなかったのか。先生が、こうなる前に。どうして今になって、シロコ・テラー自身が引き返せなくなってからやって来たのか。
そんな、情けない言葉が、シロコ・テラー自身を傷つける。
世界を滅ぼしたのはシロコ・テラー自身だ。アビドスの仲間を守れなかったのも、カヤツリとホシノと先生をあんな風にしてしまったのもシロコ・テラー自身。ここへ攻め込んだのもそうだ。
それなのに、早く来てくれなかったと甘えた事を言っている。
最初の自問の答えは、とうに出ていた。シロコ・テラーのせいだ。
だから、こんなことになっている。目の前の先生は虫の息で、この世界のカヤツリに銃を向ける羽目になっている。
「出て行って、放っておいて……」
カヤツリの名前を呼ぼうとして、シロコ・テラーは止めた。そんな資格は無い。でも、カヤツリは言うのだ。
「シロコ。ここは危ないから早く出るぞ。何があったかは後で聞くから……」
シロコ・テラーは泣きそうになったのをグッと堪える。きっと勘違いしているのだ。シロコ・テラーの事を、この世界のシロコだと思っている。だからカヤツリは、こんなに優しい言葉を掛けてくれる。
「出てって……私は……」
その先が言えなくて、シロコ・テラーは強く銃を突きつける。するとカヤツリから、信じられない言葉が飛び出した。
「シロコだけど、シロコじゃないんだろう?」
「え……なんで……」
訳が分からなくて、構えた銃がブレた。どこか仕方なさそうなカヤツリの目線が、シロコ・テラーとプレナパテスを前後する。
「その姿なのも、その横になってる包帯まみれの人も何かあるんだろう。何かがあって、今こうなっている」
それにと、カヤツリは懐かしそうに言う。
「何か悪いことをした時。シロコがそう思った時。いつも、そうやってた。やるべきだと思ったのなら、いつも即断だが。悪いことをした時は、言えずに抱えて変な風に思い詰める」
世界が違っても、カヤツリはカヤツリだった。それだけで、それだけの理由で、シロコ・テラーをシロコだと信じるのだ。後輩であるシロコの事を助けようとしてくれる。でも、今回ばかりはそうもいかない。
「私は、許されないことをしたの」
「そこの人にか?」
「……そう。そうだよ。私のせいで、この人はそうなった。それに、この人だけじゃない……」
シロコ・テラーのせいで、先生はプレナパテスになってしまった。世界は滅んでしまった。このことに関して、この世界のカヤツリは何も言えないのだ。
「じゃあ、その人に謝ったのか? その人がシロコの事をどう思っているのか聞いたのか? 許さないと、お前のせいだと、そういわれたか? そう思い悩むのは、それが済んだか、そうできなかった後だ」
「それは……」
シロコ・テラーは黙り込む。それは聞いたことが無い。プレナパテスになった先生は喋れなかった。それに、アトラ・ハシースの方舟内部の混沌の領域のおかげで生きながらえていたようなものだ。それがない今、話せるとは思えない。
でも、カヤツリの眼は言っている。
──本当に?
本当は、そうではない。色彩の支配が外れた今ならば、プレナパテスは話せるかもしれない。でも、シロコ・テラーは怖いのだ。プレナパテスがシロコ・テラーに対して何を思っているのか。それを確かめるのが恐ろしくて仕方がない。
確かめて、自分の所為だと言われたら、そう詰られたのなら。それにシロコ・テラーは耐えられない。だから、確かめない。確かめないのなら、曖昧なままで居られる。白黒つけないでいられるから。
「聞いていないなら、聞いた方が良い。聞けなくなってから、本当はどうだったのかを考えるのは苦しいよ。シロコ」
それに、ほらと。カヤツリが指を指す。いつの間にか、プレナパテスの包帯まみれの手が、シロコ・テラーの腕を握りしめていた。何か、伝えたいことがあると。そう言う様に。
シロコ・テラーが視線を向けると、仮面の下でプレナパテスが何かを呟く。小さい声だったが、シロコ・テラーの耳に、それはハッキリと届いた。
『あなたの……あなたのせいじゃないよ。シロコ』
「え……?」
信じられなくて、プレナパテスを見る。仮面しか見えないのに、どこかプレナパテスは微笑んだように見えた。
『シロコだけのせいじゃないんだ。だから、一人で抱え込まないで欲しい。それに、この世界にはまだ、大きな被害は出ていないんだから……』
「でも。私は……ごめんなさい。先生……」
『いいんだ。私がこうなることを決めたんだから。シロコは気にしなくていいんだよ……』
プレナパテスは先生だ。そして、先生はこういう大人だった。そのことを、ずっとシロコ・テラーは忘れていた。そうであるのなら、まだまだ話したいことが沢山ある。そのために出来ることも沢山あるのだ。だから、シロコ・テラーは自然と口を開く。
「助けて。先輩」
「いいよ。シロコ。この人を何とかすればいいんだろう? とりあえず医療機関へ運びたいところだが……」
カヤツリの判断は早かったが、外の方へと目をやって、顔をしかめる。それを見たシロコ・テラーは首を傾げる。知り合いなど誰もいないから人目に付かず安全だと思って、ここへ転移して来たのだが。どこか外が騒々しかった。
「……ここは今、戦場になってる。D.U.地区内の医療機関が機能しているかは怪しい。それに、面倒なのがうろついてるんだ」
「ん。なら、私が運ぶ。どこが良いのかだけ教えて」
不安定ではあるが、まだ転移門を使用することはできそうだ。先生の持つシッテムの箱も、罅が入りながらも煌々と輝いている。シロコ・テラーの様子に、妙な顔をしながらも、カヤツリが携帯で地図を出した。
「分かった。じゃあ……」
転移門を開こうと力を込めた瞬間に、嫌な感覚がした。感覚に従い手順を中断したにも関わらず転移門が展開され、中から赤い手が伸びてきた。
「見つけましたよ。クソガキ……おや、二匹もいるとは思いませんでした。手間が省けましたね」
転移門の中から出てきたのは、ゲマトリアでマダムとか、ベアトリーチェとか呼ばれていた女だった。けれども、それはあり得なかった。
「……どうして? どうして生きてるの……?」
ありえない。ゲマトリア襲撃の際、シロコ・テラーは銃弾を確かに叩き込んだはずだった。それも、死の概念を付与した弾丸をだ。あの黒服とか言うのでさえ、権能だけを逸らすのが精一杯だったと言うのに、直撃したベアトリーチェが無傷というのはあり得ない。
そんなシロコ・テラーの問いに、ベアトリーチェは歯をむき出して笑う。
「見てわからないとは……やはり子供ですか。単純な理屈です。自らの毒で死ぬ生物はいないでしょう? とても簡単なことです」
「まさか……」
ベアトリーチェをまじまじと見たシロコ・テラーは気が付く。妙な神秘がベアトリーチェから発されている。それは……
「私の……神秘……?」
「ええ、黒服から拝借したものです。常世へと誘う。此処ではないどこかへ連れていく。貴女の神秘を色彩で反転させたもの。儀式を経た訳ではないので完全ではありませんが……死を回避するには十分です。貴女の襲撃のタイミングも運が良かった。あの吊し上げの前に来られていたら危ないところでしたよ」
つまり、ベアトリーチェにシロコの攻撃は効かない。銃弾の火力は通るだろうが、死を押し付けることはできなくなった。そう声高に語るベアトリーチェへ、砲撃が飛ぶ。
「無駄ですよ。別の場所へと誘うのは命だけではありません」
「みたいだな。場所は指定できないみたいだが」
射線上に開いた転移門が、砲撃を跳ね返す。それを見送ったカヤツリが大きく舌打ちし、ベアトリーチェがあざ笑う。
「さっきも言いましたが、無駄です。あなたの攻撃は通用しない。ですから大人しく……」
「だが……さっきはやらなかったな。案外、直ぐに時間切れになるんだろう?」
「ええ、その通りです。儀式で定着させたわけではないので、精々が保って数十分でしょう」
それを聞いたカヤツリが眉を寄せた。シロコ・テラーもそうだ。自ら弱点をさらす意味はない。時間制限があると知られれば、それまで逃げ回ればいいからだ。でも、ベアトリーチェの余裕が崩れる様子はない。
「何、それまでに殺せばいいのです。これでね」
そう言いながら、ベアトリーチェは何かが入ったシリンダーを腕に突き刺す。中身は見えなかったが、シロコ・テラーはその中身に心当たりがあった。
「それ……!」
「ええ、その通り。黒服秘蔵の、キヴォトス最高品質の神秘です。凍結した実験用とのことでしたのでね。もう必要ないでしょうから、私が活用することにしたのです。少々混合に苦労はしましたが……」
クスクスとベアトリーチェは笑う。それと同時に、赤黒い炎が噴き出す。それを見たシロコ・テラーの歯がギリリと鳴った。
あれはシロコ・テラーの世界のホシノのものではない。あの赤黒い炎は加工されたが故の物だと分かっている。でも、先輩であるホシノの力を。ホシノが泣きながら使っていた、あの力を。自分の物であると誇示するように掲げるベアトリーチェが、とても気にくわない。
だが、今なら攻撃が効くだろう。シロコ・テラーは発砲する。それは燃えるベアトリーチェの身体に吸い込まれるが、その全てが手前で蒸発した。
「ハハハハハ! 効きませんよ!」
「だが、数分しか待たないんだろう? 蜻蛉より儚いじゃないか」
「ですが、それまでにあなたは生きていられるでしょうか?」
冷静なカヤツリの煽りをベアトリーチェは鼻で笑った。
「先ほどと同じように逃げますか? その後ろの誰かを置いてです。アヌビスが庇う様子を見るに、余程大事らしいですねぇ」
「それはこっちの台詞だよ。もう反射は出来ないんだろ?」
そう言いながら、カヤツリが砲撃を敢行する。流石に蒸発はさせられなかったのか、ベアトリーチェが大きく後退した。それに、カヤツリが舌打ちをする。
「硬い……!」
「フフフフ……あなたにとってはそうでしょう。あなたが、あなたである限り、勝ち目はない。さっきも言ったように、自らの毒で死ぬ生物はいない。ホルスにアヌビス、それにセトの神秘もこの身にあるのです。負けるはずがない」
笑いながら、ベアトリーチェが炎を振りまく。焦げ臭い匂いと、赤黒い炎がシロコ・テラーたちは囲まれていた。もう、逃げられない。
「下がってて、先輩」
シロコ・テラーは、全武装を解放する。ドローンや盾、他の武装を載せた雨雲号も屋外へ展開させる。効かないのなら、効くまで攻撃を叩き込むしか手段は残されていない。
それに、プレナパテスも戦う気だ。罅割れたシッテムの箱が輝いて、シロコ・テラーたちを援護する。
「ん!」
建物の壁を削り切り、外から雨雲号の攻撃がベアトリーチェを襲う。盾でカヤツリと先生を守りながら、攻撃を絶え間なく繰り出していく。
「効かない。そう言っているでしょうに」
だが、ベアトリーチェは無傷だった。攻撃は効いている。炎熱のシールドを突破して、シロコ・テラーの権能を乗せた攻撃は確かにベアトリーチェへ届いてはいた。
しかし、耐性が上がっているのか。死ぬ前に回復しているのか。傷つくたびに炎が傷を癒していく。故に、ベアトリーチェは無傷だった。全身を炎に包まれて、その中から愉快そうな笑いが響く。
「気は済みましたか? では、今度は私の番です」
炎の勢いが増して、シロコ・テラーの額に汗が浮かぶ。数回は受けきれるだろうが、ずっとと言うわけにもいかなかった。今も、カヤツリが砲撃を打ち込んでいるが、全く効いた様子もない。このままでは、プレナパテスが限界を迎えてしまう。
それでも、足掻き続けるしかない。シロコ・テラーは攻撃を加え続ける。けれど、ベアトリーチェは更に火力が増していく。
「漸く、漸くです。その顔が私は見たかった。そうです。あなたたちはそうあるべきなのです」
ベアトリーチェは、手を高く上げ。これ見よがしに火球を生成する。それをシロコ・テラーたちに向けて、口を吊り上げる。
「それでは、さような──は?」
ベアトリーチェの腕が消えた。火球が腕を飲み込んで、それごと消えた。そのせいで、ベアトリーチェが転倒する。そのベアトリーチェを炎が包んでいく。先程と違うのはただ一点。
「熱い! あつい、あつい……!」
炎はベアトリーチェを焼いていた。床でのたうち回る腕や足も、容赦なく焼き尽くしていく。
「何故、なぜ、どうして。制御は完璧のはず……!」
何故という疑問に答える声はない。最後まで何故だ何故だと言いながら、そうしてベアトリーチェは動かなくなった。
「何なんだ、一体……」
「分からない……」
お互い、レールガンと盾の陰からベアトリーチェの消し炭を見る。随分と小さくなったそれは、もうピクリとも動かない。
「まぁ、いい。シロコ。あの黒いのをもう一度開いてくれ。この人を運ぼう」
「そいつから離れてください。カヤツリ」
シロコ・テラーが、転移門を展開しようとした矢先。あの方舟に乗り込んできた少女が現れた。シロコ・テラーとカヤツリの間に現れて、此方を睨みつけている。
「王女? 何でここに……」
「それはこちらの台詞です! どうしてこんなところに居るんですか! どうしてシャーレビルに居なくて、こんな危ないところに……!」
カヤツリに王女と呼ばれた少女は激怒していた。シロコ・テラーから、カヤツリを引き離しながら、指を指す。
「コイツですか!? コイツに連れられてここまで来たんですか!? コイツに何かされたんですか!?」
「違う……」
「お前には聞いてない! 近寄らないで下さい!」
王女には、余裕が無かった。方舟で見せていた余裕というものがない。何か、焦ったように、カヤツリをシロコ・テラーから引きはがそうと必死だ。
「王女? 何でそんなに焦ってるんだ? ここに居たのは色々あって……」
「言い訳は後で聞きます! 今はここを離れますよ!」
「じゃあ、シロコも……」
「そいつは、カヤツリの知っている砂狼シロコではありません!」
カヤツリがシロコの名前を出した瞬間、王女の目が吊り上がった。その目で、シロコ・テラーを睨む。
「騙したわけですか。何も知らないカヤツリを騙して、隙を見て利用しようとしたんですか。私に勝てないから、直接ここへ来てサンクトゥムタワーを破壊しようとした。カヤツリは人質ですか。一杯食わされましたよ。絶望の演技が上手ですね」
「違う、そんなつもりじゃ……」
「それではどうして、ここから無名の司祭の気配がするんですか?」
シロコ・テラーは、王女が何を言っているのか分からなった。その司祭と言うのが分からない。分からないシロコ・テラーを置いてけぼりに、王女はカヤツリを部屋の出口へと連れ出していく。
「王女! シロコじゃないのは知ってるんだ! シロコは、そこに居る人を助けたいだけなんだよ!」
「それは、後でやります! 今は早くここを離れるべきです!」
シロコ・テラーに背を向けて、王女は困惑するカヤツリを抱きつくように押し出していく。だから、気づけたのだろう。シロコ・テラーは気づくことが出来た。
シロコ・テラーとカヤツリの間にあったベアトリーチェの燃えカス。そこから赤黒い炎が立ち上ったのを。それは、音もなくゆらりと立ち上がって、腕のようなモノを振り上げた。
「あなた! 後ろ!」
「ケイ? 何を……効くわけ……? あっ……!」
後ろに立ち上がるそれを見た王女は、余裕の表情だった。けれど、炎を見た瞬間に目を見開く。
恐らく、あれは防げない。王女の表情からも分かる。その上、嫌な気配を感じた。まるでシロコ・テラーがこうなった時のような。嫌な気配が、あの炎を操っている。
反射的に、銃に手が伸びるが間に合わない。間に合ったところで効きもしない。もうどうにもならない。
でも、もう一人いる。反応できるのがもう一人。その人は、シロコ・テラーよりも近くに居て、王女の前に居た。だから間に合う。王女を突き飛ばして、回避させることができる。
けれど、駄目だ。その代わりに、その人が攻撃を受けるのだ。あれは受け止めてはいけない。その人は特に、だから、間に合わないと分かっていても、その人がそうしないと分かっていても、シロコ・テラーは叫んだ。
「カヤツリ先輩! ダメ!」
シロコ・テラーの叫びも虚しく、炎がカヤツリへと叩き込まれた。