ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
『王女! 後ろです!』
ケイに言われずとも分かっていた。後ろで何かが立ち上がったことくらい。それが、自分に敵対的な何かであることくらい。そして、それが無名の司祭による何かしらであることくらい。
けれど、無名の司祭は死にかけだ。アヌビスに紛れて逃げるくらいしかできないくらいには。そうでなければ、別次元からのカヤツリからは逃げられない。
そして、そんな死に体からの攻撃が効くわけがない。王女の多次元防壁を破るには、少なくとも方舟が必要だからだ。その方舟はもうない。色彩産は王女が破壊して、大気圏で燃え尽きている。
だから、王女はさほど気にしていなかった。むしろ、ケイが焦っているのが不思議なくらいだった。
「ケイ? 何を……効くわけ……?」
そう言って、振り向いて初めて。王女は自分の考えが完全に間違っているのを理解した。
赤黒い炎のヒトガタが、腕らしきものを振り上げて、此方へ振りかぶっている。言葉にすればそれだけだが、状況は詰んでいた。
まず一つ。目の前にいるのが、ホルスの神秘だということ。
そして二つ。これが、アヌビスの世界からやって来た方ではなく、王女が居る方の無名の司祭によるものだということ。
最後に三つ。多次元防壁は意味をなさない。アレに標準搭載された眼で貫通される。
つまり、これは防げない。回避も間に合わない。直撃すれば瀕死の重傷。完全な詰みだった。
それを本能的に理解しているせいか、振り降ろされる腕がスローモーションに見える。
──やられましたね……
ここまでくれば、もう諦めの感情しか出てこなかった。これは、王女のミスだから。
方舟の処理に夢中で、無名の司祭の生死確認をしなかった。死に掛けで大したことは出来ないと脅威度を下げた。カヤツリが居たことに動揺して、周囲の確認をしなかった。多次元防壁を過信した。
その結果がこれだ。
幾ら王女の身体が機械とはいえ、ホルスの一撃である。腕の一本や二本を間に挟んだところで、容易く両断されるだろう。
──ですが、よかった。
王女は安心する。カヤツリが狙われるよりはマシだったからだ。王女は機械だから、直撃しても何とかなる
そう思って、ケイを離脱させようとした王女は、異変に気付いた。
──え? ……どうして……!?
王女の視界が回る。視界が横へとズレて、ホルスの神秘が見えなくなっていく。代わりに見えるのは部屋の出入り口。王女は回転していた。入口の方へと、誰かに押し込まれるように突き飛ばされていた。
「あ……!?」
喉から声にならない音が出てくる。カヤツリが、王女を突き飛ばしていた。王女が攻撃から遠ざかるのとは反対に、背中のレールガンを盾代わりにカヤツリは攻撃へと近づいていく。
それは当然のことだ。王女を突き飛ばしたのだから、反対に突き飛ばした方は近づいていくしかない。死地を脱したせいなのか、王女の時間が加速していく。カヤツリへの致死の一撃も同じように。
──ダメです! ダメ──!
王女の叫びも虚しく。物理法則に従って、ホルスの神秘の一撃がカヤツリを飲み込んだ。
「うっ……!」
もう元に戻った時間の中で、王女は床に背中を打ち付けて呻く。直ぐに顔を上げれば、予想できた、そうであってほしくなかった光景が広がっていた。
ヒトガタは、腕を振り抜いていた。腕を床に突き刺していた。レールガンを貫いて、床にカヤツリを串刺しにしていた。
カヤツリの顔は見えない。それは、うつ伏せで突っ伏しているから。
カヤツリは動かない。それは背中に大穴が開いているから。
神秘の気配はない。それは炎が全てを焼いてしまったから。
だから、もう、全てが手遅れだった。
「うあああああッツ!!」
絶叫したアヌビスがヒトガタに向かって発砲する。全てに致死の権能が乗った弾丸は、ヒトガタヘ吸い込まれる。が、その全てが蒸発した。
諦めずにアヌビスは銃を撃ち続けるが、それに意味が無い事を王女は知っている。
あのヒトガタは、ホルスの神秘。何故かそこに単体で存在するそれを、この世界の無名の司祭たちが所有したモノ。
あれに自我はない。本質と司祭の指示に従って動く力の塊。だからこそ、質が悪い。
本質がむき出しになっているから、権能が使える。全てを焼き尽くす炎熱と、何度も蘇る不死性を。
だから、アヌビスの攻撃が直撃しようが意味はない。届かないし、届いて死んだところで蘇るだけだ。と言うよりも、殆ど全ての攻撃に意味はない。
そんな、冷静な状況説明だけが王女の頭の中で流れていた。それ以外の事を考えようにも、上手く頭が動いてくれない。
──早く、立ち上がって戦わなければ……
ノロノロと、王女は立ち上がるも、思考が纏まらなかった。思考も足元も、ふわふわとして落ち着かない。ただ浮かんだ考えを反復する。
──戦って、アレを倒して、それで……
それで、どうすると言うのだろう。そうしたところで、全ては手遅れなのに。もう何も、間に合いはしないのに。
──だったら、ここに意味はあるのだろうか? ここに価値はあるのだろうか? だったら全部を壊してしまおうか?
『──女! 王女! 王女! お願いです! 返事をしてください!』
気づけば、ケイが脳内で叫んでいた。王女が耳に入れなかっただけで、きっと、ずっと叫んでいたに違いない。この修羅場に似つかない鈍間さで、王女は返事をする。
「なんですか……ケイ」
『……ッ。王女! このままでは……!』
ケイは何かを噛み締めるように言葉を切る。ケイの必死な声とは違って、王女はやけにのんびりとしたような声しか出ない。
「そうですね。無名の司祭たちは、このテクスチャを焼き尽くすでしょう。モノがモノですから、暴走させるだけで十分でしょうね」
『止めなければなりません! アレも、無名の司祭も!』
「それでは、別次元のカヤツリを呼び戻しましょうか」
『な……!? 何を考えているんですか!?』
ケイが息を飲んで、怒涛のような反論が王女に降り注ぐ。
『王女が果てへと転移させたじゃないですか。よしんば、ここまで来れたとして。アレを攻撃するとは限らないんですよ!? 一番可能性が高いのは……!』
「そうですね。私でしょう。最後に痛めつけて飛ばしたのは私ですし、あのカヤツリはこの状況を把握などしていないでしょうから」
『だったら!』
「だったら、何ですか? ケイ? 先に無名の司祭を排除しても、アレが暴走するだけです。それに、素直にそうさせてくれるとも思えない。対処すべきはアレからですよ」
王女が言い返すと、ケイが何故だか怯んだ。丁度いいと、王女は口を開く。
「それ以外に、何か対抗策がありますか? 今の私たちには、対抗策が無いんです。アヌビスだってそうですよ。ほら」
視線の先では、アヌビスへ鞭のように炎が叩きつけられている。あれは攻撃に対する反撃だろうが、火力と追尾性能が高すぎる。必死に避けるアヌビスへ、王女は叫ぶ。
「伏せてください」
アヌビスの頭上を通り過ぎ、圧縮した空気が炎ごとヒトガタを両断する。が、直ぐに元通りになった。
「やはり無駄ですか」
アヌビスをアシストするように空気の刃を連射するが、大して効いてはいない。両断されても直ぐに元通りだ。効くとは思っていなかったが、ここまで通らないとなると、苛立ちの方が勝る。
「ケイ。分かっているでしょうが。アレはもう概念なんですよ。物理攻撃は効果が薄いんです。そして、アヌビスでは相性が悪い。即死攻撃に対しての無限の生ですから」
他人任せなど、随分と消極的ではある。非常に腹立たしい。段々と湧いてきた怒りのやり場が無い。
でもアレへの対抗手段は、もうそれしかない。一撃必殺の火力と無限の生命。それに対抗するには同じような存在をぶつけるしかない。それでも、ケイは不満なようだった。ガンガンと大声が頭に響く。
『理屈は分かります! ホルスを殺せるのはセトしかいません! ですが、アレは純粋なセトではないじゃないですか! ホルスとの混ぜ物なんですよ! それをぶつけたりなんかしたら、何が起こるか分かりません!』
「仕方ないじゃないですか。カヤツリは死んでしまったんですから」
急に、頭が静かになった。死んだという事実がそうさせた。それを自覚すると、頭の霧が晴れたような気がした。
──薄情なものですね。何も思わないなんて……
もっと悲しいかと思っていた。何もできなくなると思っていた。けれど王女は違ったらしい。悲しみよりも、もっと別の物が煮えたぎっている。
スッキリした頭で、煮えたぎる熱に突き動かされて、王女の頭が漸く回転しだす。
「きっとアレが私を狙ったのも、そのせいなんでしょう。きっと私を庇うと、無名の司祭は知っていたんでしょう。ずっと、ずっと、何時からかは分かりませんが、そのチャンスを狙っていたんでしょう」
『だから、アレは王女のせいだから。そんな、自らを危険にさらすような手段を取るんですか!?』
「ちょっと違いますね。ケイ」
王女はヒトガタを重力で押さえつけ、空気の刃で切り刻みながら、憎々し気に虚空を睨む。
「私がそうしたいんですよ。そうしなければならないんです。今すべきことはそれだけです。人任せと言うのも腹が立ちますが……あれらが滅ぶなら、もう、どうでもいいんです。幾つか手伝ってください。ケイ」
『王女……分かりました……それなら、まだ、いいです』
ケイのサポートが入ったおかげか、思いのほか簡単に作業は進んだ。最後の転移座標を逆算し、転移門を開く。そしてすぐさま音がした。空気を切り裂く音だ。
『嘘でしょう!? まさか、本当に……?』
王女は何も言わない。カヤツリはそういう人間だったから、きっと来る。王女の想像通りに、転移門から何かが飛び出して、ヒトガタを壁へと叩きつけた。そのまま雷槍を突き刺し抉る。
「先輩!?」
アヌビスが悲鳴を上げた。黒い鳥が焼かれていたからだ。相手は炎の塊だ。それを掴んで叩きつければこうもなる。
けれど、黒い鳥は意に介した様子もない。同色の炎が拮抗するように身体で揺らめいていて、そのまま突き刺しを続行する。
ヒトガタの反応は劇的だった。先ほどまでの意にも介さないような反応ではない。露骨に痛がっている。暴れようが尋常ではない。
だが、それを上から黒い鳥は押さえつけ、雷槍で更に滅多刺しにしている。チャンスだった。
「ケイ!」
『スキャンを開始します!』
大気圏上の方舟を全力稼働させる。対象は無名の司祭。あのヒトガタを所有している以上は、直ぐ近くにいるはずだった。
『確認しました。波長を合わせます』
『理解できぬ』
ずらりと並んだ無名の司祭が王女の目に映った。そのうちの一人が、肩をワナワナと震わせて、王女へ怒鳴りつける。
『名が変わった鍵はまだ理解できる。だが、王女は分からぬ。何故だ? 名が変わったわけでもない。王女は王女のままであると言うのに。何故我々の悲願に従わない?』
王女は司祭の言葉を無視して、作業を開始した。それを見た司祭は鼻を鳴らす。
『無駄だ。名もなき神々の被造物である王女に、我々の排除は出来ない。我々がそうした。そして我々に、尋常な手段は通じない』
「そうですね。しっかりと対策済みなのは理解しています。存在の抹消はできない」
可能性を操る、名もなき神々の王女の最終手段。存在の抹消。初めから存在しなかったことにするという最大級の反則技。やろうと思えば、無名の司祭や、あのヒトガタを最初から居なかったことにもできる。
けれど、存在の抹消は事象の抹消と比べて非常に取り回しが悪い。対象は大雑把にしか選べず、初めから居なかったことになるのは、それに付随するものも同様だ。無名の司祭を消してしまえば、遡ってケイが存在しなくなる。
あのヒトガタを消してしまえば、ホルスの神秘を全て消すことになり、このテクスチャが崩壊する。だから、この手段は使えない。
「でも、あなた達を排除するのに、そんなものは必要ありませんよね? ここがどこだか忘れたとは言わせませんよ」
フッと無名の司祭の一人が消えて、残りがどよめいた。それを笑って、王女は見る。
「ここはサンクトゥムタワーです。そして、私には方舟がある。運のいい事に、シッテムの箱がここに一つあります」
『……! テクスチャを書き換えたと言うのか!? あり得ぬ。その権限はないはず……!』
「ええ、私にはありません。でも、ここに一人いるじゃないですか。別世界とはいえ、あなたたちに酷い目に遭わされた人たちが。私はちょっと手伝っただけです」
『まさか……貴様! この死にぞこないが……!』
王女の反応で察したのだろう。床の上のプレナパテスが司祭に中指を立てた。無名の司祭がまた一人消える。
王女がこっそりシッテムの箱経由で頼んだのは簡単な事だ。少々、テクスチャに書き加えるだけ。無名の司祭は居ない。それだけを。
王女に司祭は殺せない。ここに居る全員を殺せても、居ない者までは殺せない。だから、二度と出てこないようにする。もう一生、精神が擦り切れるまでテクスチャの下に閉じ込められてもらう。
それを理解したのだろう。さっきから話している司祭が怒鳴り出す。
『故障の原因を取り除いたと言うのに……! なぜこんなことに……!』
「ああ、何ですか? 私が壊れていて、原因を取り除けば直るとでも思っていたんですか?」
怒りと復讐心で一杯だった頭が冷えて、急に馬鹿馬鹿しくなった。そんな理由で、カヤツリをああしたと。司祭は言ったのだ。カヤツリが死ねば、王女が元に戻ると。本気でそう思っていたらしい。
全くの見当違いだ。だから、それを司祭に言ってやった。
「確かに私は機械ですが……それは見当違いですよ。もうとっくに、私は壊れているんです。残念でしたね」
『おのれ──』
司祭は、そのままテクスチャに飲み込まれて消えた。もう、二度と出てこない。
横目で見れば、あのヒトガタの抵抗も弱弱しい。アヌビスと黒い鳥だけで事足りるだろう。
もう、王女のすることはない。そう思うと、全身の力が抜けて、その場に崩れ落ちる。
「あれ……おかしいですね……どうして……?」
身体がおかしかった。足が言う事を聞かないし、胸が苦しい。キリキリと締め付けられるように痛い。今にも叫びだしたくなりそうだ。
「なんで、どうして……さっきまで、平気だったのに……」
目頭が熱い。涙が止まらない。声が上手く出てこない。王女は泣いていた。さっきまでは出もしなかった涙が出てきていた。ずっと黙っていたケイが、悲しそうに言う。
『……終わったからです。王女にはもう、できる事が何も残っていないからです……』
「ああ……そういうことですか……」
別に、平気ではなかったのだ。悲しむ前に復讐心に浸ることができただけで、それが麻薬の様に哀しみを麻痺させてくれていただけだ。そして、それは今、終わってしまった。王女にはもう何も、カヤツリに対してできる事はない。
それが辛い。苦しい。これを抱えて、一人で生きていかねばならない事が。想像したことが無いわけではないが、それよりもずっと苦しかった。
少しでも息があれば、神秘さえ残っていれば、怪我という事象をなかったことにすればよかった。傷を塞いでから、腹を貫かれたという事象だけをなかったことにすればいい。
だが、即死や時間が経ってしまえば別だ。その場合は、怪我ではなく死の事象を。それに至る事象をなかったことにしなければならない。アヌビスが来なかったまで遡るならいいが。無名の司祭が関わったせいで、最悪キヴォトス成立前まで影響を及ぼす可能性もある。
「カヤツリ……返事してください……」
近くまで寄って声を掛ける。返事はない。うつ伏せのまま、カヤツリは動かない。
王女は恐ろしくて、カヤツリに触れなかった。顔を見たくなかった。もう手遅れだと確認したくなかった。触れば分かってしまう。神秘の一欠片もないことが分かってしまう。
それが分かってしまったら、きっと全てが色褪せる。そうなったら王女は自分がどうするか分からない。
そう王女が触れるか触れないか迷ううちに、背後が急に騒がしくなった。
「先輩!? どうしたの!?」
アヌビスの声に振り返れば、黒い鳥が悶えていた。抑え込んでいたヒトガタから退いて、暴れまわっている。まさか、全身が炎上しているせいだろうか。さっき迄平気だったのに、なぜ今更……
「まさか……」
あの黒い鳥は、神秘の奇跡的なバランスで成り立っていたのではないだろうか。そして、あの炎はホルスの神秘だ。それも、高濃度の。それを大量に浴び続ければどうなるか。
神秘のバランスが崩れる。その末路は簡単だ。ばらける。一つだったものが元に戻る。王女の予想の通りに、黒い鳥から二つの何かが零れ落ちる。
「先輩……? 先輩!?」
アヌビスが驚いたように目を見張る。その一瞬だけ、ヒトガタがフリーになった。ヒトガタが、王女の方を向いて、目が合った気がした。
『王女!? 逃げてください! 逃げ──』
ヒトガタが、王女に向かって突撃してくる。これは当然の行動だった。司祭の所有は切れている。残るはホルスの本質だけ。それは外敵を排除する事。外敵である名もなき神々の王女を排除するという本能。
ケイの警告をよそに、王女はケイを身体から弾き出した。巻き込むわけにはいかなかったからだ。
もう足が萎えていた。立ち上がる気力が沸いてこない。前を見る気力もない。理由は薄々分かっていた。きっと、何度も居ない事を思い出して、永遠に生きるくらいなら、こっちの方が良かったのかもしれない。
けれど、近づいてくるはずの熱と炎は、いつまで経ってもやってこなかった。不思議に思って前を向くと、ヒトガタは止まっていて、崩れ始めていた。
「嘘……」
ヒトガタの胸に何かが突き刺さっている。あれは黒い鳥が振り回していた雷槍。あれはセトの雷槍だから、ホルスには効果覿面だろう。
それは分かる。アレが刺されば、致命傷と言うのは。問題なのは、誰がそれを投げたのか。
黒い鳥ではない。もう、二人に分離していてそれは出来ない。それができるのは、一人だけだ。
「カヤツリ……?」
返事はない。さっきと何も変わらない。でも、もしもがあるかもしれない。神秘の欠片も感じないけれど、アレが投げられたのなら、まだ可能性が残っているのかもしれない。
であれば、後もう一押しが必要だった。そしてそれは、目の前に転がっている。
「ホルスの神秘……!」
目の前で霧散していく赤黒い炎。曲がりなりにも、それで何度も蘇るのを王女は見た。司祭のようにはいかずとも、何とかなる可能性があった。
『王女! 一体何を……!』
王女は身体が燃えるのも構わずに、神秘を鷲掴みにする。そして、方舟を再び全力で稼働させる。そのせいだろう。ケイが再び戻ってきた。ケイはと言えば、王女のやろうとしたことを察したらしく、大声で何かを言ってくる。
『王女! ダメです! やめてください! 見て分かるでしょう! そんな可能性を引き寄せるなど……そんな事をすれば、何が起こるか……!』
余りにも真っ当なその意見が、王女は煩わしかった。この喪失感を知らない誰かに言われたくはない。
「諦めろと、ケイは言うんですか? 何とか出来る手段があるのに諦めろと、そう言うんですか?」
『それは……しかし……! それでは王女が……』
王女の言葉にケイは言い淀んだ。王女としてはホッとする気持ちがある。ケイにこれ以上言われたら、嫌な事を言ってしまいそうだった。
欲求の求めるままに、王女は作業を進めていく。先ずはカヤツリを元通りにしなければならない。記憶の、毎日確認していたバイタルの通りに足りない所を補い、ホルスの神秘を注ぎ込んでいく。
「拒絶反応は……ない」
異常がないのを見て、王女は安堵した。
きっと黒い鳥のお陰だろう。アレが前例になってくれたから、上手くいっている。暫くすれば目を覚ますだろう。
王女は嬉しかった。また、カヤツリに会えるからだ。また、望んだ毎日が戻ってくるからだ。助けることが出来たからだ。生き返って──
──全部が上手くいったとする。あの人が死ななかったとする。でも、それが本当じゃないことを俺だけが知っているんだ。
いつかの、出会ったばかりのカヤツリの会話がふと思い浮かんだ。王女は聞こえないふりをした。
──最初はいい。きっと喜べるだろう。だけど、いつか粗探しを始める。
「……うるさい」
だが、声は止んでくれない。我慢できなくて、王女は呟くも、しつこく会話が思い浮かぶ。
──知っている俺にとっては本物じゃないからだよ。
「それでも私は! 貴方に会いたいんですよ! 貴方がいない世界なんて……!」
会いたかった。今は唯ひたすらに、カヤツリに会いたかった。あの孤独感と喪失感を一度味わってしまえばもう無理だ。もう一度はきっと耐えられない。そこで生きていくなんて考えたくない。
王女は声を振り切って、方舟の出力をさらに上げる。王女の思う通りに、願う通りに、事象が書き換わり始める。
そうして王女が願った通りに、奇跡は起きた。