ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「これからについて?」
そう言いつつ、カヤツリは大げさに舌を噛んだ。歯が舌に埋まって、ジンワリとした痛みと共に、口の端から血がダラダラ流れ出す。
少々どころではない出血で、受け止めた掌が赤く染まる。病院への迷惑でしかない行為だが、確認のためにも必要な行為だった。
変化は直ぐに起きた。血が赤黒い炎で燃えている。そのくせ全く熱くはない。数秒で火は消えて、掌の血の染みも抉れた舌も、元通りになっていた。
「随分と大仰に言うけれど、話したいのはこれだろう?」
『ええ、そこまでとは思いませんでしたが。いつ気づきました?』
「ナイフで指を切った時」
対策委員会からの見舞いが終わった後、柿を剝こうとして指を切った。その時にも同じことが起こった。さっきと違うのは一つだけ。
「ナイフがいきなり燃え上がって無くなるんだからな。そりゃあ気づくよ」
そのせいで、王女を誤魔化すのに苦労した。ここが病院で助かったとすら思う。それ以外の場所だったら、上手く誤魔化せなかっただろう。
「それで? 話って言うのは、これが王女の所為だっていう話か?」
『……そうです。それも話のうちの一つに入ります。しかし、大丈夫ですか? 文句の一つくらいは言ってもいいと思いますが』
『フン。こやつは言わないだろう』
カヤツリが思ったより平気そうにしているのが信じられないのか、ケイがやたらと慮って来る。そこにデカグラマトンが口を挟んだ。
『むしろ、先ほどの様子からして、隠蔽しようとしたな。貴様一人だけで対処しようとしただろう。いつまでも隠し通せると思っているとは呆れたものだ』
「いつまでもとは、思っていない」
嫌なところを突かれた所為か、口調が崩れた。本当に痛いところを突くものだとすら思う。
それを察したデカグラマトンの声に揶揄いが混じる。
『ほう。では、いつまでだ? 一年後か? 十年後か? まさか、千年後とは言うまいな』
「なんだ、その時間は。ふざけてるのか?」
『ふざけているのは貴様だ。この事態を隠蔽しようなど、愚かに過ぎる。大体貴様は……』
『いい加減にしてください! あなたたちの仲が良くないのは知っていますが、ここで喧嘩をしに来たわけではありません! 話の邪魔するなら帰ってください!』
ケイが我慢の限界なのか、デカグラマトンへ怒る。デカグラマトンといえば、機嫌悪そうな鼻息一つだけ。でも、さっきまでと違い、これ以上話そうとはしなくなった。
それを確認したケイが、特大のため息を繰り出して、話を切り出す。
『大まかに話したいのは二つです。まずは、あなたの身体について。さっき、私が言った事を覚えていますか?』
──健康体そのものです。恐らくはもうずっと。
その事であろうかと聞けば、肯定の返事が返ってきた。健康体であれば、結構な事ではないかとも思うが、そんな簡単な話ではないのだろう。
『それは、文字通りの意味です。ずっと健康なんです。一年後も、十年後も、もしかしたら千年後も』
デカグラマトンの台詞を真似た様に言ってから、ケイはポツリと言った。
『あなたは死なないんですよ。少なくとも寿命では死なない。死ぬとしても、ずっと長いと思います』
「ああ……そこまでか」
ケイやデカグラマトンが、こんな、物悲しいものを見るような口調である理由に得心がいった。少なくともカヤツリは、そこまでの物とは思っていなかった。少々、傷が治りやすくて身体の調子がいいくらいに思っていたのだ。そこまで生きるとは寝耳に水である。
そりゃあ、デカグラマトンは怒りだすだろう。いつまでも誤魔化しきれるものでもない。だが、カヤツリもそこまで物分かりも良くはない。まさか、そこまでの物と分かれと言う方が無理だろう。過大評価が過ぎる。それに、多少は考えてもいるのだ。
「それで、これは治るのか?」
話の流れで答えはある程度分かってはいたが、とりあえず、カヤツリは聞いてみた。
『分かりません。それに、安易に手を出すのも考えものです』
思った通りの答えが返ってきた。そうであったなら、こんな話し合いになどなっていない。ケイの声も、少し暗いままだ。
『仮説として、あなたを治しているものを取り除けばいい。ですが、その手段も結果も、私たちの理解の外です。何も理解しないまま、正体不明の物事に手を出すのはバカのすることです』
「今のところは放置と」
『ええ、今のあなたは安定している。それを崩すのは最後の方がいい』
ケイはそこで言葉を切った。少なくとも今分かったことは、死なず傷がすぐ治り、火を吹く。そしてすぐ元には戻せない。
──どうしたもんかな……
前置きの話としては内容が重すぎる。実感が湧かないのが唯一の救いだ。ケイとデカグラマトンの二人はそうでもないのだろう。あの二人は、カヤツリ達よりもずっと長く生きる。その実感がある。人の姿があったなら、さぞ沈んだ表情をしていたに違いない。
そんな雰囲気のまま、ケイが話を進める。
『次ですが。まぁ、これが本題と言ってもいいでしょう。王女の事です』
「……これは、王女のせいだって事だろ?」
ケイは気まずそうに黙ったままであるが、そんな態度で居る必要はなかった。カヤツリは優しい口調で言う。
「でも、意図してそうしたわけじゃないだろう。偶々状況が、そうなってしまっただけだ。本当なら、俺は死んでたんじゃないのか」
『……そうです。普通は即死でしかありえない。でも、あなたはギリギリで踏みとどまっていた。それ以外にも、様々な要因が重なって、あなたはここに居る』
だろうなと、カヤツリは内心で呟く。今日王女が来た時の反応から、何となくそう思った。それに、よく覚えていないけれど必死でしがみついていたような気もする。
「なら、王女に文句なんてない。むしろ、礼を言うべきだろう」
どちらにせよ、カヤツリは王女に文句などあろうはずもなかった。結果はどうであれ、王女はカヤツリを助けた。カヤツリも、ホシノに言われたように誰も置いて行かずに済んだのだから。
カヤツリが王女に文句を言うなど、それはケイの取り越し苦労というものだ。それよりも気にしないといけない事がある。目覚めてからカヤツリが考えていたことでもある。
「それよりも、王女の方だろ。この状況を知らないんじゃないのか」
『ええ、その通りです。王女は、あなたの身体の状況を知りません。あなたも探ったとは思いますが』
カヤツリは無言で通した。探って、知らない様子だったから。カヤツリは何も言わなかったのだ。言えるはずもない。
『問題は、この事を王女にどう伝えるかです』
『普通に言えばいいではないか。寧ろ、王女にとっては望むところだろう』
『バカなんですか?』
カヤツリが罵倒する前に、ケイがデカグラマトンを罵倒した。声色が完全に呆れている。それが気に食わないのか、デカグラマトンも言い返す。
『私はバカではない。この者も、王女には怒っていないのだろう? この結果になったのも完全なる不可抗力ではないか。緊急避難が適応される。言わない理由がどこにあると言うのだ』
「そうだったら、今ここにお前はいないよ」
『何、何故そんな話になる』
何というか、まだまだだった。カヤツリや他の人間相手の理解は良い癖に、王女が絡むとポンコツになる。
確かに、デカグラマトンの言う事は正しい。誰も悪くない。けれど、それをそのまま受け止められるかはまた別の話だ。
「ある意味で、王女の望みが叶ったわけだろ? 元々の方法でそうしたわけではないけれど、似たような状況になった。それを、王女は素直に受け入れられるか?」
カヤツリは出来ないと思っている。出来ていたら、王女はもっと生きやすかったはずだ。
「受け入れられていたなら、お前の感化であんな風にはならなかっただろうさ。お前は逃げる間もなく消去されてた。それどころか、王女は自分が何なのかについてすら悩んで、お前に話しかけなかっただろうよ」
カヤツリをどうするかについても、自身の在り方についても王女は悩んでいた。とりあえずの答えを出すのに、自分と対話する程にだ。
「王女は納得に理由がいるんだよ。自分が釣り合うと思った理由でないと納得しない。そこがいいところなんだけどな」
そこは機械らしかった。それもまた王女の味だとは思うけれど、今はそれが悪い方向に働いている。
「だが、今の理由は仕方が無かっただ。仕方ないで済ませるには中々に大ごとだ。緊急避難でなくて、過剰避難だと思うだろうよ。それに、王女に都合がいいって言うのが良くない。本当に、良くない」
これに一つでも、意に沿わないことがあればよかった。でも幸か不幸か、全てが王女にとって都合がいい。勝手に動いたのはカヤツリだし、そのカヤツリを助けるための副次効果でこうなった。寧ろ王女は命の恩人である。王女には何も非が無い。
それを素直に王女が喜べる人間か。カヤツリはそうは思わなかった。喜ぶどころか、とても気に病むのではないだろうか。
そんな人間だから、カヤツリを機械化するしないで悩むし、自身の生まれや立場を気にして交流していいのかとすら考える。この状況で悩まないはずがない。
それはケイも同じなのか、同意の声がする。
『ええ、同感です。王女の思い通りと言うのが、本当に良くないんです。あの状況での、あの時の王女は特に』
「あの時?」
ケイの懸念は、どうにもカヤツリの懸念とは趣が違うような気がした。まるで、今の王女だったなら大丈夫なような言い方に、思わず聞き返してしまった。
『あの時は、方舟がありました。あの時の王女は、紛れもなく、名もなき神々の王女でした。そうである必要があったとはいえ……』
『つまりどういうことだ。王女は王女だろう』
デカグラマトンがキレ気味に問い詰める。話に置いて行かれている焦りが見える。カヤツリは王女について話せるし、ケイは立場の知識がある。デカグラマトンはどちらも乏しいから。
『……いいですか。王女は何でも出来ますが、普段はそうでもありません。マシンスペックが足りないからです。王女の機体は最上の物ではありますが、容積という限界はあります』
それでと促す暇もなく、ケイは早口で話し続ける。
『それを突破させるのが、アトラ・ハシースの方舟です。あれは空中要塞であり演算装置です。あれがある事で、王女は本来のスペックを発揮できます。それが、先日のあの時でした』
「……それが? だから、俺を助けられた面もあるんじゃないのか?」
『そこなんですよ。最初にも言いましたが、普通は助かりません。王女の存在に、あなたの意地、別世界のセトとホルス、その他色々な偶然が重なった結果が今の結果です。
「王女はそうは思わないと?」
『そうです。思わないかもしれません。あの時の王女は、何でも出来たからです』
「まさか、本当に何でもできるわけじゃ……」
誇張された表現だ。そう言おうとして、ラジオからの雰囲気に言葉が出なくなる。どうやら、本当に何でもできるらしい。
『何でもです。理論上は、コストさえ支払えるなら何でもできるはずです。王女によれば色々と制約があるようですが。殆どの事が出来ると聞きました。その上で、どうでしょうか。あなたを助けた際に、そうなるように助けたのだとしたら?』
「ケイ……本気で言ってるのか? 王女がわざと、そんなことをしたって。未必の故意だって」
カヤツリの声が強くなった。ケイが冗談でこんなことを言うとは思わないが、冗談であってほしかったのだ。王女が故意に、今の状況にしたとは信じたくなかった。
『そんな事は思ってません! そんなこと言いたくもないです! でも、あの時の王女は何でも出来たんです。無意識のうちにそうしてしまったのかもしれない。助けるついでに、永遠に生きられるようにした。そう王女が思う可能性は十分です! だって、全てに都合がいいんですから! あなたが今ここに居るのは、それ程の奇跡なんですよ!』
ケイの怒声にカヤツリは何も言えなくなる。この場合、事実は関係ないのだ。本当にそうであったか、そうでなかったかは関係が無い。この状況を見て、王女がどう思うかが問題なのだ。
王女が、仕方が無かったと思えればそれでいい。けれど、そうでなかった場合。王女自身が、無意識でも意図してカヤツリをこうしたのだと思った場合。事態は拗れる。カヤツリにはどう拗れるか想像もつかないが、碌でもない事になるのは分かる。
『そんな事になったら、そんな風に思ってしまったなら、王女は全てを失います。全てが無価値になってしまう。そんな事は、私は死んでも御免です』
ケイの想像は真に迫っていた。カヤツリが目覚めるまでの数日間、ずっと悩んでいたに違いなかった。その対処法はあまり多くない。続く沈黙に焦れたのか、黙っていたデカグラマトンが声を上げた。
『何時までも隠し通せるものではない。王女だけに隠し通せばいいというものでもない。貴様も分かっているはずだ。言うしかないだろう』
「だから、色々考えてるんだよ……」
デカグラマトンの言う事は正論だった。これはいつまでも隠し通せるものでもない。対策委員会にも言わなければならない事だ。でも言い方というものがある。
「まさか、今から電話して。死ななくなりましたなんて言ってみろ。どうしてそうなったのか考えるに決まってる」
『それでは、どうするというのだ!? 調べたが、貴様はそれで一度間違えたのだろう!? それで、ここに居る! 貴様は何も学ばないと言うのか!?』
「だから! 言うが! それに付属品を着けるんだよ!」
流石のカヤツリも、隠蔽には懲りていた。そのせいで、ホシノとの関係性が拗れたからだ。だから、ずっと黙っておくといった選択肢は真っ先に消えていた。
だが、問題はいつ、何を言うかだ。それをどうするかは考えていた。
「これがどうして起こったのか。戻せるのかを調べるんだ。だから黒服に電話したんだが……」
『繋がらなかったと……まぁ、あの襲撃では仕方が無いのかもしれません』
ケイがやれやれと首を振る気配がする。別世界のシロコの襲撃を受けたせいで、カヤツリが倒れた日以降、全く連絡が来ない。あの殺しても死ななさそうな黒服の事だから、どこかで身を潜めてはいるのだろうが。
これは、黒服の専門だろう。普通なら、いきなり部屋にやってきてもおかしくはない。それが無い時点で、諦めるべきだった。
『しかし、今の状態を調べるのは悪い考えではないかもしれません。元に戻せるのであれば、それが最上ですし。王女に言うにしても、王女の所為ではないと説明が出来るかもしれません』
『しかし、誰に聞くと言うのだ? 最有力候補は連絡が取れないのだろう? 探せと言うなら探しはするが、長い時間は掛けてはいられないだろう』
「……長くて一ヶ月か、丁度いい事に防衛室がちょっかいをかけてくれている」
ある意味運がいい。少なくとも誰かは動くことができる。それでも、最長で一ヶ月は短いが。下手をすれば、一週間ないかもしれない可能性もある。なら、サブプランも作っておくべきだ。
「他に聞けそうな人はいるか?」
『別世界のあなたと小鳥遊ホシノでしょうね。有力な意見を得られるかもしれません』
「なら、向こうのシロコに聞いてみるかな。今日聞けばよかった」
今日の見舞いの際に聞いておけばよかったと後悔するが、後の祭りだった。だが、ケイは先行きが見えたせいか声に張りが戻り、空気が明るくなっている。
『いえ、とりあえずの方針が出来ただけでも重畳です。私の方でも調べておきます。では、また次回に』
そのままケイは機嫌よく帰っていった。確かに、最初の五里霧中の状況よりは余程マシだろう。これが収穫と思うしかない。
『……そして、貴様。全くの偶然だった場合、どうするのだ。小鳥遊ホシノと王女、どちらを選ぶのだ?』
ケイが帰った後の、その空気をデカグラマトンがぶち壊した。だいぶ先の質問に、カヤツリは顔をしかめる。
「それはまだ、先だろう。結果が出てから……」
『出れば、出せるのか? 話を理解するに、王女の納得が重要なのだろう? この結果は、今言ったどちらを選ぶかに干渉するのではないのか? 王女も気になるところだと思うが』
毎回毎回、痛いところしか突かない。確かに言う通りだ。考えなければならない。
「お前、それを材料に納得させろとでもいうつもりか? 流石に軽蔑するぞ」
『違う。今のところは。結果はどうあれ、王女は今回の件を気にするということだ。それに対して、何を言うかを考えておいた方がいいのではないのか?』
泣き所を滅多刺しにされて、カヤツリは黙り込む。言い負かされた状況であるが、デカグラマトンはあまり嬉しそうではない。そのまま用が済んだとばかりに通話が切れる。
「分かってんだよ。そんなことは……どうしてゆっくり考えさせてくれないんだよ……」
拗ねて、カヤツリは布団を被った。疲れているせいか、寝たきりだったせいか、直ぐに瞼が重くなる。
それでも。いつまでも、いつまでも。眠るまでずっと。デカグラマトンの問いが頭に残っていた。