ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「先輩たちの居場所? ん。知らない」
そんな別世界のシロコの返事に、カヤツリは小さく肩を落とした。あっさり解決とは思っていなかったが、いきなり躓くとまでは思っていなかった。
「どこに行くとか、聞いていないか?」
「ううん。……先生とのお別れの後。そこで話してから会ってないし、私も探してるくらい」
別世界のシロコは寂しそうだ。もう三人しかいない内の二人が行方不明ともなれば、そうだろう。
カヤツリは、別世界のシロコを訪ねて来ていた。彼女自身が仮住まいと言うそこは、廃屋を改装した物にしては随分と小奇麗だった。どこからか拾ってきたのを修理したのだろうか、今座っているソファを含め、幾つかの家具もある。今も、シロコはカヤツリの差し入れを冷蔵庫に詰めていた。
──しかし、困った。
ソファに座り込んだまま、カヤツリは考える。
このシロコが知らないとなれば、手掛かりは皆無。めぼしい場所をローラーするくらいしか手段が思いつかない。溜め息を吐くカヤツリに、別世界のシロコが首を傾げた。
「……先輩たちに何の用なの?」
カヤツリは黙る。死ななくなってしまった事について、このシロコに説明するべきかどうかだ。適当に誤魔化してもいいのだが、シロコはシロコだ。妙な嗅覚で嗅ぎつけるかもしれない。この事態を引っ掻き回されることは避けたかった。
「ああ……その身体の事?」
けれど、その心配はいらなかったらしい。驚いたように別世界のシロコを見ると、寂しそうな顔に悲しみを足して、シロコは言う。
「分かる。あの時私はあの場に居たし、命とかそういうのも、何となくは分かる。多分、先輩は普通に死ねない」
思う所があるのか、此方を向くシロコは悲愴な表情だ。余り見たくはない表情で、カヤツリは気にすることはないと手を振った。
「別に気にしなくてもいい。何とかならないかと思って。色々調べてるんだよ」
「……私の方のホシノ先輩なら分かるかもしれないけど、期待しない方がいいと思う」
「どうして?」
「あるのは分かる。でも、それだけ。それを操作できないと思う。出来たとしても、良くなるとは限らない」
シロコはカヤツリから目を逸らして、再び冷蔵庫に食品を詰め始めた。
「どうして先輩は、そんなに急いでるの? あの王女って娘のため? それとも、ホシノ先輩のため?」
「そんなに分かりやすいか?」
ピタリとシロコに言い当てられて。カヤツリは降参の意味も込めて聞く。シロコは、目を逸らしたまま答える。
「ん。先輩が悩むのは他人の事ばかりだから。私の方の先輩もそう。でも、今先輩はどっちを選ぶか誤魔化した。そこは違う」
こちらを向いたシロコの目には、興味の色が増えている。
「やっぱり、違うね。私の方の先輩とは違う。多分、私の方の先輩なら、迷わなかった」
責められたような気がして、カヤツリは口を真一文字に引き結ぶ。割と、今のカヤツリの所業はカスの所業である。そのくらいのことは言われるのは、覚悟していた。
「ごめん先輩。そういう意味じゃなくて、いい意味。私の方の先輩は、それ以外に選べなかった」
シロコを見れば、申し訳なさそうな顔だ。何かを思い出したのか、宙を見ている。
「私の世界の先輩は、アビドスから出て行かなかった。ずっとずっと、私たちの。ホシノ先輩の傍にいた……なんか、喧嘩してたこともあったけど」
それは、別世界のカヤツリの話だった。もしも、連邦生徒会長が来なかった場合の話。いや、それ以前に、あの喧嘩が、ああはならなかった場合の話かもしれなかった。
「そんなだから、先輩はずっと何かやってた。一人でずっと何かを。それを私たちには話してもくれなかった。ホシノ先輩だって、全部は知らなかったと思う。だから、あんなに電話で先輩に怒って……私とノノミは知りたくてロッカーを……でも、やっちゃいけなかった……まさか、ああなるなんて、私は……」
「……大丈夫か?」
俯いて、シロコは言葉を切った。横顔が後悔に滲んでいる。心配するカヤツリであったが、シロコは振り払うように、ブンブンと首を横に振る。
「ん。これは関係なかった。兎に角、私の方の先輩は迷えなかった。誰もきっと巻き込みはしなかったから。ここの先輩とは違うけど、その方がいい。顔がいい。他人の事ばかりで疲れた顔してない」
カヤツリは、別世界の自分の話を流すことにした。シロコの事を考えれば、掘り返したくはなかった。それに、何の参考にもならないだろうから。
「そうか? 今も、結局は他人の事ばかりだ」
「でも、私に聞いてきた。その前に、他の人とも話してる。私の方の先輩は、そこは徹底してた。あのゲマトリアの大人以外には話そうとしなかった。幾ら、他に選択肢が無くても、そうした。巻き込んで傷つける事を極端に恐れてた。だから、今も居ない」
あまり、気分の良いものではなかった。シロコの世界の自分の思考が手に取るように分かる。きっと誰も巻き込みたくはなかった。巻き込んで事態が滅茶苦茶になる事を恐れた。誰も傷つけたくはなかった。
でも、それはそう上手くはいかない。後輩たちが、唯守られることを良しとする人間だったならいいが、彼女らはそんな人間たちではない。そんな人間なら、カヤツリはここまではしない。ユメもそうだった。
そんな彼女達なら、絶対に介入してくる。先生も巻き込んで何かをしたのかもしれない。それで、今の結果になった。
「ここの先輩はそこまでじゃない。アビドスから出たせいなのかな。それとも、あの娘のお陰なのかは分からない。でも、良いと思う。ここのホシノ先輩も随分と楽そうだし」
「そうか……」
これは、シロコなりの慰めらしかった。シロコはまた、冷蔵庫から食材を取り出している。上手く入らなかったらしい。聞きたいことは聞けたし、邪魔をするのは悪いと思い。カヤツリは席を立つ。
「じゃあ、帰るよ。お邪魔した」
「ん。まだ帰さない」
ドアの前に転移したシロコが、頬を膨らませてカヤツリを睨んだ。
「まだ、答えて貰ってない。どっちの為なの? どっちが好きなの?」
「チッ……このじゃじゃ馬め……」
質問に答えていない事を、しっかりと覚えていた。この様子から見て、絶対に答えるまで帰してくれないのが分かる。
「はぁ……そんなはっきりとは言えないよ。誰か一人の為ってわけじゃない。二人の為でもあるし、俺の為でもある」
誰かの為と答えられたら、こんな風にはなっていない。それは選択が出来て、初めてできる事だ。
「この身体に関しては、特に思う事はないよ。でも、他の二人はどうなんだ。こんな身体で、一緒に居てくださいなんて言えるわけないだろう!」
「どうして?」
「どうしてもなにも、俺はこのままなんだろう?」
「……そうだね。その姿のままだよ。先輩」
なら、こればかりはダメだった。これだけは、看過できない。
「じゃあ、ホシノの前でずっとこのままってわけだ。年を取っていくホシノの前で、俺はずっとこのままなんだよ。そんなのはダメだ」
これは、拷問だ。年老いていく自分の前で、パートナーだけが変わらない。最初は良いだろう。中盤までもいいかもしれない。でも終盤になってからは酷いだろう。かつてあったものをずっと見せつけられるのだ。自分はそうではないのに、相方だけがずっとあの頃のまま。カヤツリだったら多分、耐えられない。
「じゃあ、簡単だね。あの王女って娘の為。あの娘はあのままだよ。心配はいらない」
「本気で言ってるなら怒らなきゃならないが」
「ん。言ってみただけ。本気で言ったわけじゃない。でも、理由は聞きたい」
シロコは何か考えがあるのか、涼しい顔をしていた。渋々とカヤツリは口を開く。
「ずっと変わらないから、貴女を選びましたなんて、消去法で貴女が残りましたなんて、言えるわけないだろう。カスだよ、それは。金目当てでそうするよりも酷い。選んだ理由が、変わらないからの一点だけじゃないか。王女自身を見ていない。そんな事は許されないし許さない」
「……カヤツリ先輩らしいね。でも、それはカヤツリ先輩の都合」
カヤツリは渋い顔になる。シロコの言う通りであるからだ。これは、カヤツリのエゴでしかない。
結局、カヤツリは選べないのである。二つの内一つを選ぶということは、片方を選ばないと言う事。ホシノと王女のどちらかを選ぶ。その理由をカヤツリは用意できない。カヤツリが納得する理由を用意できないから、切り捨てられない。二人が納得する理由を用意できないから、行動できない。
理由はあった。今言ったように身体の問題と言うおあつらえ向きの理由が。でもそれは使えない。草刈りに火炎放射器を使うようなモノで、それを解決できても予後が悪すぎる。
ホシノは納得できないだろうし、この原因は王女であれば猶更だ。王女としても、納得は出来ないだろう。王女だから選ばれたわけではないからだ。
そして、今。カヤツリはその前提をひっくり返そうと足掻いているわけだ。
「分かってるさ。でも、それがどうした。他に方法はないだろう?」
そして開き直る。屑の所業である。自己保身の極み。シロコの言う通り、カヤツリの都合でしかない。軽蔑か失望されても文句は言えない。
「ん。私にいい考えがある」
でも、シロコは失望するどころかニヤリと笑った。それを見て、カヤツリは冷や汗が流れる。これは、銀行強盗を提案する時の笑みだ。それか、少なくとも、それに類するものを。そして、カヤツリの予想は当たっていた。
「二人とも先輩の物にしてしまえばいい。ハーレム」
「バカ! バカシロコ! 何を言い出すんだ!」
戯けたことを言い出したシロコに、カヤツリは大声を出した。心なしか、さっきまでのシリアスな雰囲気が吹き飛んでしまったような気さえする。
シロコはシロコで、反省するどころか。何故怒鳴られたのか分からないような顔をしている。
「何で? いい考えだと思う」
「全然良くない! 不誠実の極みだ! そんなの許されない!」
「そう? でも、二人は許すと思う」
ホシノは兎も角、王女の事は知らないだろうが。そんな風に見れば、シロコは呆れた視線を送って来る。
「死にかけてた先輩は知らないだろうけど、あの娘は必死だった。それでも、先輩に会いたいって。そう言ってた。薄々、何かのリスクがあるって分かってた。だけど、そうした。それほどまでに先輩が大事だし、一緒に居たいんだと思う」
カヤツリが黙るのとは反対に、シロコは黙らない。
「それに先輩は一人に拘ってるけど。選ばれなかった方は納得すると思うの? 少なくとも、私は思わない。ホシノ先輩は絶対に諦めない。ここのホシノ先輩は強かだから、先生とか、何か他の人も巻き込むかも。あの理由じゃ手段を選ばない」
「いや……しかし……」
「先輩の言う通り、選ばれるのが一番いいかもしれない。でも、選ばれない方は最悪。それくらいならって思うかもしれない。それに、よわシロコも同じ事を言うと思う」
次々と自分の考えを言ってくるシロコに、カヤツリはたじたじだった。
「でも、平等には出来ない。それは、どうやったって無理だ」
「何を?」
「愛情の話だよ。平等には出来ない」
シロコは不思議そうに首をかしげている。
「先輩ならできると思う。スケジュールとか計画立てるの。銀行強盗と同じ。そういうの得意でしょ?」
「全然違う……」
何だか気疲れして、カヤツリはソファーに座り込む。逃げない事が分かったせいか、シロコは目の前にソファーに転移してきた。
「何が違うの? 目的の為に計画して、それに沿って動いて、成果が手に入る。銀行強盗と同じ」
「その成果が、確かな物じゃないだろう」
カヤツリはため息を吐いた。
「愛情って言うのは目に見えない。物資として、そこに存在しない。単位もなく測れない。そんなものをどうやって平等にするって言うんだ?」
そんな事は不可能だと思っている。どうしても、差が出てくるものなのだ。
ホシノを水族館に連れていけば喜ぶだろう。一緒にアクアリウムを作るのもいいかもしれない。店に連れて行って、買い物を眺めるだけでも楽しい。
それを王女にやって、王女は嬉しいだろうか。王女には王女の好みがある。一緒に何か作るのもいいだろうが、その場合に同じくらいの手間を掛けられるかと言えば微妙だ。
「愛情ってのは受け手に委ねられるんだよ。同じ時間でも、同じ内容でも、同じ金額でも。受け手がどう感じたかで違う。友達付き合いなら良いだろう。でも、一緒に生きていくなら、この差は致命的だと思うよ」
「じゃあ先輩は、それを二人に言ったの?」
「言えるわけがない。二人に失礼すぎる」
言ったら終わりだ。言うつもりもない。二人を雑に扱い過ぎである。ちゃんとした答えであったが、シロコは言い返してきた。
「なら、分からない。ここまでは全部、カヤツリ先輩の考え。ホシノ先輩とあの娘は、それがいいって言うかもしれない」
「ぐっ……」
カヤツリは言葉に詰まる。反論ができない。二人に確認したわけではないから、そのはずがないと言い返せない。だから、こんなことしか言い返せない。
「許されないだろ。ふしだらだ」
「それは、誰が? 今私は、先輩の話をしてる。二人が許すかもしれないって言ったし、許さないとしてもそれはまだ分からない。誰が許さないの? 許されないって言うなら、先輩が許さないわけじゃないよね」
公序良俗が許さない。そんな答えは、あまりにも弱すぎた。これはカヤツリとホシノと王女。三人の話であって、ここで世間の常識を持ってきても意味はなかった。
「選べないんだよ……」
「選べない? だったら全部選べばいい」
敗北宣言であるカヤツリの言葉を、シロコはらしい言葉で言い換えた。そういう問題ではない。
「二人とも選んで終わりじゃないんだ。その先も選択は続く。いつか、俺は理由を着けて差をつけるんじゃないのか。どっちも大事なのに、どっちかを捨てるようになるんだ。そんなのはダメだろう……」
「ん。先輩は自信が無いんだね。選べないのは、そのせい」
「はぁ……」
あけすけにモノを言うシロコに、カヤツリは溜め息しか出てこなかった。確かに言う通りだ。カヤツリは自信が無いのだろう。選ぶ度胸もない。選ばれなかった方を考えて足踏みする。かといって、二人共も選べない。そう出来ると自分を信用してもいない。
最初から、ずっとそうだ。だから、王女に惚れさせて見せろなんてことを言う。カヤツリは甘えているだけだった。
この調子であれば、身体の事が無くても同じような壁に突き当たっていただろう。
「……何してる?」
気づけば、シロコが冷蔵庫に戻って、ゴソゴソしている。何かを取り出しているようで、それを見たカヤツリは頭が真っ白になった。
シロコの手にあるのは携帯電話。そして、画面が光っている。起動していると言う事だ。つまり……
「まさか、繋がってるとか言わないよな」
「ううん。録音しただけ」
一瞬、安堵するが。全くそのような状況では無かった。シロコは、カヤツリに向かって携帯をプラプラさせる。
「言えないなら、私から言う。前は勝手にやって酷い事になったから、今回は聞く。先輩はどっちがいい? 私が言うのと、自分から言うの」
誰に言うかなど、火を見るよりも明らかで。カヤツリはシロコを信じられないような目で見た。このやり口を誰が教えたかなど、考えるまでもなかった。そして、シロコがそうする理由もだ。
選べないカヤツリの背中を押してくれている。世界が違うとはいえ、後輩にこんなことをさせる自分が情けなくなってくる。ここまでされて、何もしない程カヤツリは屑になるつもりはなかった。
「自分で言うよ。あくまで選択肢の一つとしてな。途中で解決したら言わないけど」
「ん。それでいい。きっと上手くいく」
シロコは満足そうに、携帯を仕舞った。言うまで音声データはあのままだろう。しかし、やけに自信がありげだ。
「どうしてそう思うんだ?」
「先輩は、ホシノ先輩が頷く筈がないと思ってる。絶対に上手くいかないって」
少なくともそうだと思う。普通に考えてそうだ。シロコは全くそう思っていないようだが。
「先輩は分かってない。女の、ホシノ先輩のそういうところ、全然。ホシノ先輩はそんなに弱くないよ」
「そういうところ?」
「ん。私は、私の世界のホシノ先輩と色々話した。どうやって来たのかとか。それを思えば、先輩の悩みは杞憂だと思う。それにここの先輩は足が無事だから」
「足……? それより、どういうことなんだ?」
足が何だと言うのか。カヤツリにはとんと覚えがない。女の子じゃなくて、女と言うのも含みがある。聞こうにも、シロコは不敵に微笑むだけで、答えてはくれない。それどころか、口答えしてくる。
「ん。そのことは先輩は考えなくていいと思う。それより、二人との生活の事を考えた方がいい。全部選んだ後の事を」
話は終わりと言うように、冷蔵庫から、買ってきたアイスを二人分出してくる。負け惜しみでカヤツリはぼそりと呟く。
「欲張りだな」
「ん。私は欲張りな女。そうしていいって、先生が言ってくれたから」
そう言って、シロコはアイスを口に運んで微笑んだ。