ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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403話 一か零か二分の一か

『何バカな事を言ってるんですか!?』

 

 

 シロコと話した数日後の夜。アビドス校舎の空き教室。かつてのカヤツリの自室で、ケイの怒鳴り声が響いていた。カヤツリは慌ててラジオのボリュームを下げるが、全く小さくならない。

 

 

『あ! 今、音量を下げましたね!? やはり自覚があるじゃないですか! この浮気者のクセして!』

 

 

 ケイは荒ぶっていた。それも当然だと言える。別世界のシロコの提案を聞けば、こうなるのは明らかだった。

 

 

『王女を天秤にかけることすら許し難いのに! 何ですか! あまつさえ選ばないと!? 表に出なさい! 今すぐボコボコにしてやります!』

 

 

 ケイは完全に頭に血が上っていた。この場にいないのにカヤツリを叩きのめすとまで言っている。

 

 

『決めたか……良かったではないか』

 

『あんですって!?』

 

 

 見かねた。いや、聞きかねたデカグラマトンが口を挟むが、そのせいで矛先がそちらへ向いた。

 

 

『何が良かったというんですか!? 王女を一番に考えるべきなのに! この男は二人とも選ぶとか、塵にも劣るようなバカバカしい考えを口に出したんですよ!?』

 

『では、それ以外の方法はあるのか? 何も進展はなかった従者よ。出来上がったものに意見するのは誰でもできるが』

 

『ぐうっ……』

 

 

 デカグラマトンの正論パンチがケイに直撃した。効果は抜群のようで、あれほど止まらなかったケイの小言が止む。

 

 だが、これで止まるならケイではない。ケイは、こと王女の事になると沸騰しやすい。

 

 

『ですが! 普通一人を選ぶでしょう! この男は、それができないと言うんですよ!』

 

『それは仕方ないだろう』

 

 

 まさにその通りのことを言われるが、それもまたデカグラマトンが遮った。

 

 

『何を……』

 

『王女も、小鳥遊ホシノとやらも、此奴は捨てられないだけだ。其方はどちらかを捨てろと強制しているのが分からないのか』

 

 

 ケイは一瞬言葉を失うも、すぐに切り返した。

 

 

『それ以前の問題ですよ! 社会通念の問題です!』

 

『確かに、社会通念上はそうするべきだ。しかし、それで全員が納得出来るのか?』

 

『納得!? なぜ全員が納得するのに、その手段が必要なんですか!?』

 

 

 ケイのボルテージは上がっていた。目の前に机があったら、叩いて立ち上がっていたかもしれない。それくらいの剣幕だった。

 

 

『これは勝負ですよ!? 恋は戦争です! 負けたなら負けたと認めるべきです! やれることをやったなら、そうできるはずです! 出来ないのなら、やれることが残っていたということ。だから負けたんです。それで納得できるでしょう!?』

 

『それは、ある意味で間違った理論だ。従者』

 

 

 ケイの意見。やや過激なそれを、デカグラマトンは切り捨てる。

 

 

『私にはこのことについて完全な理解が出来ぬ。が、色恋というものを出来うる限り調べた。これは感情とやらの問題なのだろう? 恋愛と戦争を手段において同一視する格言もあるようだが、一つ違う点がある。恋敵を倒せば終わりという訳ではない。選ばれる必要があると言う点だ』

 

 

 デカグラマトンの説明は、らしく機械的で。ケイにも呑み込みやすいものらしかった。ラジオからは話を聞こうとする雰囲気が漂っている。

 

 

『私が思うに、これは過去問題も、合格基準もない、何をすべきかも定められていない試験のようなものだ。しかも、その採点者は此奴だ。此奴が納得しなければ終わらぬ』

 

『結局、この浮気男のせいじゃないですか!』

 

 

 ケイの怒りの矛先は、カヤツリへと戻ってしまう。このままでは堂々巡りだ。少なくとも、カヤツリはこの手しか今はない。

 

 シロコには話さなかった方の理由がある。二人に失礼だとか、老いるのが耐えられないとか。それを超えた後の話だ。それらを無視して、シロコが言うのではない、全部を選ばない、一人を選んだ場合の話。

 

 仕方なく、カヤツリは口を開く。

 

 

「まずは、ホシノを選んだ話をしようか」

 

『は……王女は? あなたを殺して私も死にます!!!!!!』

 

 

 ケイの絶叫にラジオが音割れし、教室の窓ガラスがビリビリ震える。慌ててカヤツリは弁明を叫んだ。

 

 

「仮定の話だ! 仮定の話! 王女を選んだ場合の話もする!」

 

『じゃあ、さっさと話してください!』

 

 

 弁明の効果はあったようで、ケイが少し静かになる。それでも苛立ちの気配は治まっておらず、長く待ってはくれなさそうだ。

 

 

「多分、幸せだろう。一緒に暮らして、アビドスを蘇らせていくんだ。家族が増えて……」

 

『あ゛あ゛!?』

 

「……兎に角、数多の問題を無視して話を進める。一緒に暮らして幸せでも、いつか終わりはやってくるんだ。必ずホシノは俺を置いていく。沢山の物を残してはくれるだろうけど、きっと悲しい。いつまでも立ち直れないかもしれない。多分、誰にも会わずに引きこもるんじゃないか。皆、俺を置いて行く。俺は結局一人になるんだから」

 

 

 ホシノとの生活で、カヤツリは沢山の物を手に入れるだろう。いなくなった後も、たくさんの物が残っているだろう。でも、それは悲しみを癒さない。癒したとしても最初だけだ。

 

 それが思い出であれ、家族であれ、必ずカヤツリを置いて行く。思い出は時と共に細部は薄れ、人は必ず死ぬ。親しい人の死。最初とは違って幸せにできた人間のそれを、カヤツリは一人で耐えられるだろうか。

 

 

『……別世界からのあなたたちは、生きてますよ。死そのものと、不死の太陽船ですからね。それに、王女がいます。デカグラマトンも、不本意ですが私も。あなたは一人ではありません』

 

 

 思ったよりも真面目な会話内容だったせいか。ケイのトーンは落ちていた。それではなく、カヤツリは別の物に笑みを浮かべた。

 

 

「だから王女に頼れって? 分かってないな」

 

『何が分かってないんですか!』

 

「ケイはさ。王女が大事なんだろ?」

 

『当然です! 鍵であるからとは関係なく、私はそう思っています!』

 

 

 良い返事だった。自信に満ちていて、ゆるぎない答え。ならすぐに理解してくれるだろう。

 

 

「じゃあさ、ケイは何かあって王女が先に機能停止したら。このままずっと一人で耐えられるか?」

 

 

 息を呑む音がした。ケイから答えは返って来ない。それを気にせず、カヤツリは先を言う。

 

 

「周りに、俺やデカグラマトンがいたとして、耐えられるか? ましてや、王女の代わりになんてできるか? たった一人の大切な、自分の心の柔らかい所に入る事を許した相手をだ」

 

 

 答えなど聞くまでもない。この沈黙が答えだ。出来るわけがない。

 

 ケイの言う通りに、別世界からの自分達は生きているのだろう。事情を知っている話し相手にはなるだろう。立ち直る切っ掛けにはなるかもしれない。

 

 でも、ホシノの代わりにはならない。してはいけない。選ばなかった王女は特にだ。

 

 

「ホシノが死んだら王女? 自分からフッた癖に? あまりにも虫が良すぎるし、それは王女をバカにしているだろう。ホシノの代替品扱いじゃないか。それは、王女が何より嫌がったことだぜ」

 

 

 そこまでの屑には、カヤツリはなれない。なろうとも思わない。そもそも、そうはならない。

 

 

「それ以前に、ホシノを選んだ場合。おれは王女ともう会わない。嫌がらせにしかならない」

 

 

 自分が選ばなかった相手の前に、馴れ馴れしく現れる? 一体、何のつもりだろうか? 選ばなかったのだから、きっぱりと縁を切るべきだ。チャンスがあるように思わせてもいけない。王女はずっと生きるのだ。そんな相手に、いつまでもチャンスをぶら下げておくほど酷なことは無い。それが、この選択をしたカヤツリのできる唯一の事だろう。

 

 

「……それに、俺が耐えられないからな。きっと、正面から見れない」

 

 

 カヤツリが選ばなかった。選ばれなかった王女の顔など想像もしたくない。王女を選ばないと言うことは、お前はずっと一人で生きて行けというのと同じことだ。それをカヤツリは背負って生きるのだ。そんなカヤツリが、のうのうと王女に会いに行けるはずもない。

 

 そうするのなら。あの時、あの地下通路で王女の手をとってはいけなかった。肯定してはいけなかった。

 

 でも、カヤツリは選んだのだ。あの時、こうなると分かっていなかったとしても選んだのだ。選んだのなら、その先に付随する責任は全てカヤツリの物だから。投げ出すことはしたくない。

 

 

『……それでは、王女を選んだ場合は?』

 

「…………あ、ああ。そうだな……」

 

 

 考え込んでいたせいで、反応が遅れた。でも、ケイは怒らなかった。ただ先を促すように待っている。

 

 

「まぁ幸せじゃないか? それはあの一ヶ月のシャーレ生活が証明してる。刺激が欲しいなら、旅したって良いんだ。世界は広いし、知らないところに行くのは、王女は好きそうだしな」

 

『しかし、問題があるんですね?』

 

 

 ケイの声は怒鳴り声ではない。いつもの静かな声だった。それに、カヤツリは短く答える。

 

 

「ああ、ある。ホシノさ。さっき言った通りだよ。必ず先に死ぬ。俺は置いていかれる。俺は、それを見ていることしかできない」

 

『それは、前と同じでは? 一緒にいたところで、長生きするわけではない筈です』

 

「ああ、言い方がまずかったかな……」

 

 

 カヤツリは嫌なビジョンを頭に浮かべる。想像するだけで気分が沈むが飲み下す。

 

 

「さっきと同じだよ。選ばないってことは捨てるってことだ。それなのに人生に干渉するのは違うだろう。ホシノに何かあっても、俺は干渉できない。してはいけない。生き死にに関わるなら別だけどさ」

 

 

 ホシノの人生を、カヤツリは見ていることしかできない。ホシノを選ばないとは、そういうことだ。間に合う間に合わないの話ではなく、権利が無い。

 

 

『……選ばなかった方とは、関係を断つつもりですか? 本気ですか? アビドスはどうするんですか?』

 

「姿を見せなくても、出来る事はあるだろ。手紙を出したっていい。人を挟んでもいい。それに選択って、そういうものだろ? お前を選ばないと言った相手の前に、毎日現れるのは酷いと思うぜ。虐めかと思うよ」

 

『……そこまでですか。本気で言ってるんですか。これ』

 

『此奴は最初からそうだ。私の感化に対して、同じことを言った。此奴は本気だ。一か零しかない。そこに、二分の一の選択肢を入れられたのが今だ』

 

 

 ケイのデカグラマトンのその問いかけは、半分はカヤツリには判断しにくいものだった。どちらか選んでおいて、今まで通りに接する方が浮気者なのではくらいに思う。

 

 ここまでするから、足踏みしている。理由を求める。

 

 シロコの案だって、シロコ相手だからこの話はしなかっただけだ。こんな話をしたら、シロコへのメンタルダメージは計り知れない。だから、受け入れる前提の話になっただけだ。

 

 

『だから、この案ですか。確かに、今の話の、おおよその問題は解決しますね。二人とも選ぶのであれば権利は残ると。それに……王女を選んだとして、もう一人の方をこの男は引き摺るのでは……』

 

『引き摺るだろう。王女の事など、頭から抜けるかもしれん。零か一しかない此奴は選ばなかった方を後悔する。ならば、どちらも選ぶしかあるまい。永遠に生きないのならば無視できたものが、無視出来なくなった。死んで終わりではなくなった。その後のことを考える必要が出来た』

 

『これでは誰も納得しない。選ばれなかった方に引き摺られる……王女の幸せを考えるなら……』

 

 

 何やら、ブツブツとケイは呟いている。デカグラマトンは分かるのか、会話を進めていく。

 

 

『それに前回、私の前で話していたではないか。王女に都合がよすぎると。それが問題であると。バカとまで私を罵ったな。結局のところ、此奴の不死をどう説明するかの話であろう。王女にとって、全てに都合が良いのであれば、不都合を作ってやればいいのだ』

 

 

 デカグラマトンにケイは反論しない。デカグラマトンの発言は的を射ているからだ。

 

 王女に都合のいいことだけでは良くない。これは前回の話し合いでの一番の肝でもあった。そのために、カヤツリたちは、これの全貌を解き明かそうとしている。これが、王女のせいではないと説明できるようにするためにだ。

 

 だが、ここでのデカグラマトンの案は意表を突いたもの。これから王女が呑み込む都合のいい真実に、ひとつ大きな不都合を混ぜ込む。

 

 カヤツリが、ホシノと王女を選べない。だから二人とも選ぶ。それを許してください。大きすぎる不都合だ。あまりにも大きすぎるから、不死に関する未必の故意などに、思考が及ばないかもしれない。

 

 倫理観を抜きにすれば確かにいい手ではあった。デカグラマトンらしい。

 

 

『ぐぐぐぐ……しかし……ああ、もう!』

 

 

 ケイが唸っている。そして急に大声を上げた。

 

 

『いいです。その塵にも劣るようなバカバカしい考えを認めてあげますよ』

 

 

 そう認めつつも、ケイは、ですがと叫ぶ。

 

 

『良いですか!? 王女を泣かせたら、あなたを刺し違えてでも殺してやります。本気ですからね。心しておくように。返事は!』

 

 

 気圧されて、カヤツリが返事をすると。ケイは特大の溜息を吐く。完全に納得できていないのが見え見えだった。

 

 

『そこの姑染みた従者は置いておいて、いつ話をするのだ』

 

「直接に話はしない。これは、同時に話さないと意味が無いからな」

 

 

 ここで、どちらかだけに話を通すとか、直接伝えるのはマズイ。どっちが先かで無駄に争いを生むからだ。だから、遠回りな手段を使う。

 

 

「こういう時は手紙に限る。モモトークで言えばいい。二人に大事な話がありますって」

 

『……随分と、手慣れてませんか?』

 

 

 ケイの声が低いのを、カヤツリは無視した。聞こえないふりをする。

 

 

「それで……送るのはしばらく後だな」

 

『何故ですか。そろそろ、防衛室の嫌がらせから王女は解放されますが。疚しい事を考えている訳ではありませんよね?』

 

「いや、面倒な事態が舞い込んで来てる。一週間はかかるんじゃないか」

 

 

 何があったのかとケイは聞き、カヤツリは一言で言った。

 

 

「ハイランダーが来た」

 

『ハイランダー? ハイランダー鉄道学園ですか? アビドスに用などないはずでしょう』

 

「どうにも、勝手に工事をしていたみたいでな。ああ、もう……」

 

 

 カヤツリは悪態を吐く。アビドスに居るのは、別世界のシロコに会いに行っただけではない。また、別の要件があった。

 

 アビドスの債権の売り出しである。サンクトゥムタワー襲撃に失敗したカイザーが売り出した、アビドスの債権を買い取ろうと言う訳だ。

 

 死ぬ気で鉄道関連の権利は死守したが、ネフティスが残りの債権を買い占めた。そこにハイランダーの来訪である。きな臭い物しか感じない。

 

 

「兎に角、何かしらきな臭い。それを終わらせてからになるな」

 

『そうですか、分かりました。では、手紙を今から書きますよ』

 

 

 カヤツリは目を瞬かせる。ケイが言った意味が分からない。

 

 

『まさか、一言で終わらせるつもりではありませんよね? 話す内容が内容です。しっかりとした文章でないと許しません。ましてや、小鳥遊ホシノとやらと同じ文章だったら……』

 

 

 許しませんよ。そう言う、ケイの声は据わっていた。そうなると、モモトークの文字制限に引っかかる。でも、そんな事は百も承知だったらしい。

 

 

『ちゃんとメールで送ってください。今書いておけば、ハイランダー如きに邪魔されて時間が無くても、私が送ってあげます。コンマ一秒の狂いもなく同時に。これは、王女にとって大事な選択ですよ。本題でないとはいえ、手抜きは許しません。釣書を書けとは言いませんが、本当なら紙で書いて欲しいくらいです』

 

 

 ケイが、洪水の様に要求を並び立てる。何を言っても聞いてはくれないだろう。基本的にカヤツリが悪い。何を言うかは考えていたが、要求が要求だ。最初から最後までしっかりとやるべきだった。

 

 

『何をボーッとしているんですか!? 夜通し掛かっても良いんですか!?』

 

 

 ケイの声に追い立てられ、カヤツリはスラスラと携帯で文章をしたためていく。書くのはホシノ用と王女用の二枚であるが、一度書けるだけ書いてから推敲する以上、中々時間が掛かる。

 

 このままだと、ケイの言う通りに夜通しになるかもしれない。でも、もう決めたせいか、些か気分は違っている。ここから先は、ホシノと王女次第だ。もう、あとはなるようになるしかない。

 

 そんな事を思いながら、カヤツリは指を走らせた。

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