ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
対戦相手のいるゲームでは、必勝法がある。
兎に角、相手の嫌がる事をやり続ける事。隙あらばメタを置き、思考を乱し、テンポを崩して時間を稼いで勝負を決める。
相手の動きを方向性さえもコントロール出来るこのやり方を、地下生活者は気に入っていた。必ず先手を取れることも、パターンに入れば必ず勝てるのも、好みの理由の一つだった。
だから、今回もそうなると思っていた。
「さっさとダイスを振ってくれ」
「これは小生のキャンペーン。いつ振るかは小生の自由では?」
掛けられた声に対して、地下生活者は苛立ちを噛み殺す。目の前には、見知らぬ相手が座って、地下生活者を冷たい目で見ていた。
この人間は、地下生活者の対戦相手だった。よりにもよって黒服が連れてきた。当の黒服は直ぐに姿を消している所からして腹立たしい。
何の目的か知らないが、この相手は中々に手強かった。そのせいで上手くキャンペーンが進まない。
──それに、先生とやらもですか。ですが、小生には必勝法と計画がある
地下生活者はダイスを手の中で転がしながら、もう一人の対戦相手について思考を馳せる。
先生とやらは成る程、奇跡を起こす存在らしい。だが、それだけだ。抜け道は幾らでもある。
奇跡を起こす。なるほど大層な力である。これでは、幾ら地下生活者が困難をぶつけても、全てをひっくり返されてしまうだろう。奇跡とは、そういうものだ。あり得ない可能性を切り開く力だ。地面に転がっている
だが、過去はどうだろうか。過去は変えられない。起きてしまったことは、もうどうしようもない。無かったことにはできない。奇跡を起こしても、意味はない。先生には、地下生活者すらも、どうしようもできない。
であるなら、それを活用しない手はなかった。黒服の失敗した実験もオマージュすれば地下生活者自身の探求にもつながる。それにきっと気分が良い。
そして、地下生活者の計画が完成した。流れとしては単純明快。ホルスを反転させることにした。苦しみとは死と同義であるとの地下生活者の持論が正しければ、過去の苦しみによって反転するはずだ。ルールブックに記載された過去の苦しみ、オシリスの死を突いてやればいい。そのための材料として、過去の契約書や列車砲を駆使していったのが今までだった。
「おや、ガス管に不具合があるようですね」
手の中で転がしていたダイスをテーブルに放ると、出目が達成値を叩きだす。シャーレビル内のガス管に、不具合が発生する可能性が浮上した。
「そういえば、カイザーとやらが襲撃してきた様子。爆弾が仕掛けられたままになっている可能性があります」
「ない。ありえない」
バッサリと、対戦相手が否定する。
「襲撃があったなら、なおさら調べているはずだ。向こうにはデカグラマトンが居る。奴が見逃すと思うか?」
「……ヒヒ。そうでしょうか」
地下生活者は強がるが、どうしようもない。強い可能性により、目標値の要求が低くなる。当然の如く、対戦相手のダイスはそれ以上を叩きだした。爆弾の可能性は露と消える。
「では、ガス管に不具合があればどうでしょうか。襲撃の衝撃で、多少なりとも緩みができていた。爆弾を調べる事に夢中で、ガス管本体の異常は見逃した」
そう言いつつ、地下生活者はダイスを振った。狙い通りにクリティカルが出る。対戦相手は訝しむ顔だ。
──目的が分からないでしょう。これまで小生は、先生を狙い撃ちにしていましたからね。
地下生活者はほくそ笑む。今までホルスを揺さぶってはいたが、それは間接的にだ。メインは先生を、先生の無力感を揺さぶっていた。お前はなにもできないのだと、シャーレ襲撃の時も、今も、何もできないと。
だが、そんなものは、囮に過ぎない。本命はホルスだが、そのための目標は違う。
地下生活者の予想に反し、ホルスは手ごわかった。とても安定している。過去の傷は癒えていないはずであるのに、過去の契約書を見せられても動じない。過去の過ちを突きつけても少し揺れるだけ。全く計画通りにいかない。
それ以上に、私募ファンドとネフティス、ハイランダーが弱すぎた。弱すぎると言うよりも、先生側が硬すぎる。単純に突くべき穴がないのである。先生を、そうたらしめる存在はすぐに割れた。
セトだ。セトが手助けしていた。なるほど、外界からの守護者の性質は、そういったところにも反映されるらしい。アビドスではなく、シャーレという外界に追放されている所からして納得ではあった。
だが、そこが弱点であると、地下生活者は看破した。確かに硬いが、それはセトあっての物。肝心のセトがいなくなる、または戦線離脱してしまえば、この堅い守りは失われる。それにルールブックを読みこめば興味深い関係性ではないか。
三角。いや、歪な四角関係だ。これは、特大の弱点を晒しているに等しかった。これを上手いこと活用すれば、セトを戦線離脱させ、ホルスを追い詰めることが出来るかもしれない。
セトを巡る四角関係の二辺も、地下生活者の強力な味方であった。一辺は、まさかまさかの、名もなき神々の王女。どうやら、セトにご執心のようだ。なぜそうなっているかは知らないが、これを活用しない手はない。彼女らを活用して、セトを機能停止へと追い込んでしまえばいいのだ。
セトが用を成さなくなれば、あの硬い牙城を崩せるはず。ホルスもダメージを受けて一石二鳥である。
ここでシェマタが列車砲であり、強力な兵器である事が生きてくる。
この歪な四角関係の最後の一辺は防衛室長だ。どうやら、力がない事を悔しく思っている様子。力が欲しいと思って、セトに執着している。少なくとも、彼女自身はそう思っているのだ。
──本当に欲しいのは理解者でしょう?
あまりの哀れっぷりに、地下生活者はそう笑ったのを覚えている。そのこと自体は今でも笑える。口では、ああも強がっておいて、遅々として進展しない状況に苦々しく思っているのは彼女自身だ。
自分と同じような、考えをもって成功している。憧れに人間に認められている。その実全く違うのであるが、少なくとも彼女はそう思っている人間。
そんな人間が今まで一人もいなかったのなら、責任を転嫁して強がることが出来ただろう。この道を進むのは私一人なのだから、誰にも理解されなくとも仕方がない。そう自分に言い聞かせて、道を一人行くと言う優越感に酔って、好きなように行動出来ただろう。
だが、そうはならなかった。彼女は一人ではなかった。少なくとも、一人は、彼女の考えを理解しうる人間が居た。憧れた人物に認められた人間が。
だから、欲しいのだ。自分は間違っていないと、自分は正しいと、そう言って欲しい。そうすれば、もういない憧れの人間に認められたのと同じだから。
これは、執着だった。恋と呼ぶには随分とエゴが強い気さえする。そのせいもあり、他の三人とは違って、想いを自覚してはいないようだ。だが、時間が経てば自覚するだろう。もしかしたら、自分を振り返りすらするかもしれない。
──ですが、それは困るのですよ。
そう。困る。今はまだ困る。地下生活者にとって必要なのは、この状況を引っ掻き回すことだ。溢れるエゴと渇望で、この四角関係を引っ掻き回す。それが、地下生活者が不知火カヤに期待した役目だ。
その点で、地下生活者にとって、不知火カヤは実に都合が良かった。想いを自覚せず、目的は叶わない。無意識下で欲求はどんどん膨らんでいく。恋は自覚すれば変質する。多少なりとも相手の事を考えるようになる。
そうなってしまえば、地下生活者の目的には沿わない。今のまま、相手の事など一切考えない傍若無人ぶりが必要なのであって、恋の自覚や成就など、地下生活者にとってはどうでもいい事だ。
──まぁ……小生は優しいので。勝利の暁には報酬くらいは与えてもいいでしょう。あの黒服とは違います。
計画通りに行けば、四角関係は滅茶苦茶になるだろう。役目が終わったら、少しくらいの助力はしてもいいかもしれなかった。どちらにしろ、一人は脱落するのだから、その隙に付け込めば丁度いい。名もなき神々の王女とは勝手にやり合えばいい。
ある意味で不思議でもあった。不知火カヤには妙な親近感を感じる。そうでもなければ、彼女に対して、ここまでルールブックを読み込みはしない。お陰で、この作戦を思いついたからだろうか。それくらいの事はしてもいいと地下生活者は思っていた。
「ヒヒ……破損したガス管の傍で火を使う。その危険性は言わずともお判りでしょう?」
「……」
対戦相手は答えない。未だに表情が困惑に彩られている。これで、先生を攻撃するとでも思っているのだろう。流石の地下生活者も、契約の箱の防御壁を抜けるとは思っていない。セトに対してもそうだろう。高々ガス爆発で痛打を負うほど、キヴォトスの住人は柔ではない。
なら、ガス爆発で攻撃しなければいい。ヒントは幾らでも転がっている。銃というヒントが。
「ガス爆発で、周りの調理器具が吹き飛ばされる。まるで、火薬の爆発で押し出される銃弾や、手榴弾のように」
キヴォトスの住人は頑丈だ。爆発でも、瓦礫に潰されても、銃で撃たれても、酸素を断っても、中々死なない。傷さえ負わせられない。特に銃などは絶対に効きはしない。投石はまだしも、銃で死んだ神性はいない。そして学園都市という青春の場に、銃で撃たれて死ぬのはそぐわないからだ。
だから、銃は使わない。古来からの殺傷手段である刃を使う。それもテクスチャの影響の外にある包丁を。調理器具で指を切る。そんなものは青春にありふれているから、アレであればテクスチャの防御性能を貫通できる。
死ななくても構わない。深い傷さえ負ってくれればいい。そうすれば直接、総会には出てこれないだろう。権利の所在を決める総会は明日だ。出るかでないかで、王女とホルスが揉めてくれればさらに良い。
このシェマタ関連で失敗しても、不知火カヤという第二の布石がある。シェマタと言う介入の口実を手に入れた彼女は、欲求のままに場を引っ掻き回してくれるはずだ。なにせ、セトはゲヘナとの取引の事は言えない。とても揉める事だろう。
そして、この一撃は全てを始める一撃。地下生活者は意気揚々と叫ぶ。
「ヒヒヒヒッ! 喰らえッ! 小生の一撃を!」
皿や天板など、アレは囮でしかない。それらを縫うように包丁を走らせて、まず一本目がセトに直撃した。
「とっ……何!? これは……!」
まず、指で止められたことに地下生活者は驚愕し、第二射を用意したところで固まった。傷が治っている。かすり傷であったが、瞬く間に燃えて消えた。
「これは……! こんなのルール違反だ! このチーターが! コデックスに反している! ルールブックにも未記載だ!」
セトの状況を見て、地下生活者は怒鳴り散らした。ホルスの神秘が混じっている。これでは危害の加えようがない。傷つけた傍から治ってしまう。幾らなんでも、これは何もかもに違反している。
「やってくれたな……」
「それは小生の台詞だ! 貴様! よくもぬけぬけと……!」
対戦相手の顔が青かった。きっと反則がバレたせいだろう。それで、焦っているのだ。
「ルール違反の貴様にはペナルティだ! 罰を受け……!?」
「出ないだろ。こんなこと俺は知らないんだから、ルール違反もくそもない」
ペナルティを与えようとして、与えられない。その事に地下生活者は狼狽えると、対戦相手が投げやりな口調で答えてきた。
「知らないだと……」
「知ってたら、死ぬ気で妨害したさ。アレくらいなら、致命打にすらならないからな。かすり傷くらいで済んだ。それが駄目だったわけだが」
「何を言っている……?」
ここでようやく、対戦相手が地下生活者を見た。その目には憐れみと諦めが混在していた。
「もう終わりってことだよ。王女が、名もなき神々の王女が、ここに来る」
「バカな! これは小生のキャンペーン! この混沌の領域に来れるはずがない! 認識すらできない! ましてや、方舟の無い王女など!」
だから、地下生活者は王女を巻き込むことを決めたのだから。そんな事はあり得ない。対戦相手でもない、キャンペーンの登場人物が此方を認識するなどありえない。
「じゃあ、見てみればいいんじゃないか?」
対戦相手が、ゲーム盤を指差した。そこにはシャーレビルが映っている筈で、今頃はガス爆発の対処に追われている筈だった。それを地下生活者は覗き込む。
「な……!?」
覗き込んだ地下生活者を出迎えたのは、赤い目だった。まるでゲームのポーズ画面の如くに止まった世界の中で。ジッと、王女が見えない筈の地下生活者を見ている。
「何故だ? 何故、小生が見える!? 認識できる!?」
「それは、これで二回目だからですよ」
「ヒッ!? ヒィィィィィ!?」
いつの間にか、名もなき神々の王女が目の前に立っていた。地下生活者は驚いて腰を抜かして、椅子から滑落。そのまま勢いよく後ずさる。
「二回目だと? 小生は、これが……」
「初めて。あなたはそうですが、私にとっては二回目です」
コイツは何を言っているのか。ズルズルと地下生活者は距離を離していく。それでも、名もなき神々の王女の平坦な声は、ちっとも小さくならない。
「一回目は、無名の司祭でした。以前と現在のキヴォトスのテクスチャの隙間。この混沌の領域から好きなように事態を動かそうとした。だから、残しておいたんですよ」
「何を……」
地下生活者の問いに、王女はゆっくりと首を傾けた。
「何を? 勿論、方舟です。アトラ・ハシースの方舟。こういうこともあるかもしれないと思って、全員に秘密で残しておいたんですよ。あんなことはもう二度とあってはなりませんから。宇宙空間であれば場所には困りませんし……これも二回目です。もう、使い方は分かりました。ケイが居なくてもここまでの事ができます」
ほらと、そう王女が指さした先では、固まった世界があった。王女だけが居ない。固まった世界が。
「まさか、時間を……」
「そうですね。止めています。キヴォトスでは世界ごとでないと止められないのが面倒ですが、ここは対象外ですから。これで安心して、あなたを排除できる」
「ッ!?」
もうキャンペーンは滅茶苦茶だった。ゲームの駒。登場人物である王女が、プレイヤーである地下生活者の元まで来た。これではキャンペーンの趣旨が変わってしまう。
ゲームをしていたら、ゲーム内に引きずり込まれたようなものだ。地下生活者はキャンペーン内に取り込まれてしまった。地下生活者という登場人物として、参加しなければならなくなった。それは、地下生活者の無敵性が引きはがされたことを意味する。
そして、名もなき神々の王女が、地下生活者に何をしようとしているかなど。地下生活者がしたことを思えば火を見るよりも明らかだ。殺されると思った地下生活者は後退って、そしてすぐに壁に行き当る。
「出口はありません。もう塞いでおきました」
「止めろッ! 止めろッ……! 小生に近づくなッ! 小生は死にたくないッ!」
もう、恥も外聞もない。また別の方向へと這いずる。死だ。地下生活者にとっての死が、すぐそこまで近づいてきている。
「そうだ! 小生なら、願いを叶えてやれる!」
「……願い?」
王女の近づく足音が止まった。助かるかもしれない。その小さな可能性に、地下生活者は思い切り縋りつく。
「そうだ! アレが、セトが欲しいのだろう! 小生なら、そういうイベントを起こせる! これから先ずっとだ!」
もう必死だ。地下生活者は媚びを売る。地面に頭をこすりつける。キャンペーンなど、もうどうでもいい。死んだらもうおしまいだ。それだけは、それだけは……!
「何もかもが関係ない。過程を飛ばし、望む結果だけを──!」
気づけば、何も音がしなくなっていた。周りには、もう誰もいない。対戦相手も、王女も、影も形も無くなっていた。あれほど恐れた死の影はもう感じられない。
「やった……小生は助かった……」
渾身のプレゼンテーションが功を奏したのか。王女は地下生活者を見逃してくれたらしい。安心して立ち上がろうとして、地下生活者は違和感に気が付く。
「苦しい……くるしい……からだもうごか……」
妙に息苦しい。身体も動かない。妙な浮遊感もある。これはどうした事かと焦るうちに、言葉さえ引き延ばされていく。視界の動きもスローモーションになっていく。
暫くして地下生活者は、自分が今どこにいるのかようやく悟った。
目の前に、青く輝く星が。キヴォトスがあった。それが見える場所など、一つしかない。
宇宙空間である。そこに、地下生活者は生身で放り出されていた。苦しいのも当然だろう。酸素も圧力も温度もない真空。そこに放り出されれば人は死ぬ。酸欠で、血液が沸騰して、身体が凍り付いて。ありとあらゆる要因で死ぬ。
けれど、その死はいつまで経ってもやってこなかった。ジンワリとした、けれども激しい苦痛が地下生活者を襲っていた。思考だけだ。停滞した世界で、思考だけがひたすらにそのままだった。
ここまでくれば何をされたのか、地下生活者は察した。思考だけを加速されている。そのまま、宇宙空間に放り出されたのだ。
このまま行けば、どう考えても地下生活者は死ぬ。時間にして一秒も掛からない。けれど、その一秒が永遠と言うほどに長い。死というギロチンの刃が落ちるまでの一秒を、永遠に引き延ばされていた。
ある意味では、王女は地下生活者の願いを叶えてはくれていた。確かに死んでいない。それが生きていると言うかは別としてだが。
──ぎぃゃぁぁあああ! い……嫌だ! こ……! 殺してくれッ!! いつまで……いつになったら終わる!
死までの一秒は平穏ではない。死に至るまでの、本来なら一瞬で終わる苦しみが、引き延ばされて地下生活者を責め、さいなんでいた。
幾ら足掻こうと身体は動かない。思考しか動かせない。身体の苦痛は終わらない。
そして死にたいと思っても死ねないので。そのうち地下生活者は考えるのをやめた。