ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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406話 人間と機械の狭間

「……はぁ」

 

 

 王女の眼前から、五月蠅い不審者は消えた。今頃、長い宇宙旅行を楽しんでいるはずで、もう二度と手出しは出来ない。

 

 それであるのに、王女の口からは溜息が零れ出る。

 

 

「別に、そんなに警戒しないで良いですよ」

 

 

 警戒するように立ちすくむ別世界のカヤツリ(テラツリ)に声を掛ける。王女が何もしないと分かるまでたっぷり数秒経ってから。漸く、テラツリは少しだけ警戒を解いた。

 

 

「……済まなかった。地下生活者の介入を許してしまって。それと、こっちの俺の──」

 

「ああ、アレ。そういう名前なんですね」

 

 

 王女は、テラツリの言葉を遮った。その先は聞きたくもなかったし、どこか警戒を滲ませたテラツリの、カヤツリと同じ表情が嫌だった。まるで、カヤツリにそう思われているみたいだ。

 

 そして、もうどうでもいいことだが。あの不届き者はそういう名前だったらしい。名前の通りにしていればいいものを、碌でもない事を仕出かしてくれた。

 

 黙ったまま動かない王女を不審に思ったのか、テラツリが動く気配がした。

 

 

「一つ聞くが……何を考えている」

 

「色々ですよ。あなたには関係が無い事です。あなたは、私の知るカヤツリではないんですから。私の事なんか、知りもしないんでしょう?」

 

 

 そう言えば、テラツリは答えなかった。アヌビスが王女を知らない所からして、テラツリもそうなのだろう。きっと、あの夜に小鳥遊ホシノと喧嘩をしなかったカヤツリなのだ。

 

 連邦生徒会長と会わず、あの地下にやって来ず、王女と会わなかった。それはつまり、連邦生徒会長の介入が無ければそうはならなかったということだ。あの未来を知る人間の介入が無ければ、そうはならなかった。そう思うだけで気分が悪くなる。

 

 そんな王女を、探る様にテラツリは言うのだ。

 

 

「確かに知らないが……何か良くない事を考えているのは分かるぞ」

 

 

 テラツリから次に出た言葉は的を射ていた。確かに王女が考えていることは良くない事だ。それを見透かしているから、テラツリはまだ警戒を解かない。王女が何か自棄を起こすと考えている。

 

 腹立たしい事に、考えるほど嫌な方向へと思考が進む。薄っすら気づいていたそれを振り払いたくて、王女はテラツリに聞く。

 

 

「いつからですか? いつから、あの地下生活者は介入していたんですか?」

 

「……ほぼ最近だ。ゲマトリアが壊滅してからの……そこに転がっているフランシスとか言うのが、奴を起こしたんだが……まぁ、起こしたまではいいが。地下生活者の癇癪でこうだ」

 

 

 テラツリの向いた先には、バラバラになった額縁と絵が転がっていた。額縁は言うに及ばず、絵の方も同じくらい。上から何度も踏まれたのか、何が書いてあったか判別がつかない程にぐしゃぐしゃになっている。その残骸がフランシスとやららしい。

 

 

「黒服に、契約を盾にして色々聞いた。俺の世界がああなった可能性の一つとして、ここを教えて貰ったのさ。それで、今の状況だ」

 

 

 そして、それを今の今まで妨害していたのだろう。そこに王女がやってきて、地下生活者を追放した。テラツリの話を統合すれば、今のこの光景の辻褄はあっていた。

 

 

「ゲマトリアが壊滅してから、つまり……方舟襲撃の後くらいからだと」

 

「そうだな。正確には、ハイランダーで契約書が見つかった事か。あれが、奴の最初の介入だよ」

 

 

 少し、王女は安心する。最初に考えた最悪の事態。無名の司祭が二回目であり、地下生活者の方が一回目だと言う事態は避けられたから。

 

 けれど、ほんの少しだけだ。全く気分は明るくない。ある事実が確定してしまったからだ。

 

 

「……つまり、ここであれば、介入が可能であると言う事ですね。能力は関係なく、誰でもそう出来ると」

 

 

 あの介入は地下生活者自身の能力ではない。どちらかと言えば、この場所の。混沌の領域の力だった。それは、そんな力を持たないであろうテラツリが、地下生活者の妨害が可能であったことからも分かる。

 

 混沌の領域を使えば、同じことができるのだ。好きなように、ある程度の制限はあれど、未来を誘導できる。きっと無名の司祭も同じようなものだったのかもしれない。

 

 しかも、それは地下生活者やテラツリ、無名の司祭の場合だけで、王女は違う。試していないし試そうとも思わないが、王女には方舟がある。それを使えば、それこそ好きなように変えられるはずだった。

 

 

「はぁ……」

 

「もう一度聞くが、碌でもない事を考えているだろう」

 

「そうですね。あなたにとってはそうでしょう。私にとっても、ですが」

 

 

 王女は自嘲する。自分は、なんて間抜けだっただろうかと。

 

 かつて王女は、この世界が奇跡だと思った。だから王女はこの世界が好きだった。二度とはない機会を掴み、望んだ未来を手に入れられた。これは自分だけの力で切り開いた未来だと、そう信じていたからだ。

 

 そして事実。奇跡で、そうだったのだろう。未来を知り、改変できる何者かが居なければ成立しない奇跡のような世界。それが、この世界だった。

 

 それは別に良かった。例え連邦生徒会長の思惑の中だとしても、あの女は地下生活者や無名の司祭のような真似はしなかったからだ。ただ機会だけを用意して、それがどうなるかは王女たちに任されていた。選択肢は多くあり、好きなものを選ぶことができた。好きなものを、大事な物を、何としてでも手に入れたいものも見つけられた。

 

 良い。そこまでは、良い。問題は、この後だった。

 

 

「……どうして、そちら側の先生は、あそこまで生きていられたと思いますか?」

 

「何だ、急に……」

 

 

 テラツリが困惑と警戒を滲ませて、王女を二度見する。

 

 

「そりゃあ、先生の意地だろう。それと……ああ、クソ。そういう事か」

 

 

 王女と同じ考えに達したのだろう。テラツリは額に手を当てていた。

 

 

「混沌の領域か。シロコが二人とも方舟の中に居た。それはあらゆる可能性が共存する混沌の領域が展開されていたから。同じように、地上でもシッテムの箱がそれを展開していたと?」

 

 

 きっとそうだと思っている。方舟と同じような演算機能があれば、それは可能だ。シッテムの箱は、キヴォトスのテクスチャを張り替えられるほどのオーパーツ。全力稼働させれば、混沌の領域くらいは展開できる。

 

 そのくらいのことを、居るだろうシッテムの箱のAIが考え付かない筈もない。寧ろ、真っ先に考え付いただろう。そうして、死にかけの先生を延命しようとした。

 

 つまり、あの場では。あの王女とケイとアヌビス、そしてカヤツリが居た場所では。混沌の領域が展開されていたと考えられる。この場所と同じだ。

 

 

「いいか。こっちの世界の俺のアレは、誰の所為でもないんだ。偶々なんだよ。決して、そっちの所為なんかじゃない。だから……」

 

「その証拠はないでしょう? もう、誰にも確かめられない」

 

 

 やけに明るい声が出た。もう、笑うしかないせいだろうか。どうにもおかしかった。

 

 

「あの時の私は必死だった。方舟もあった! だから、何でもしたんです。ホルスの神秘の不死性に期待して、カヤツリに死んでほしくなくて、生きて帰ってほしくって! 私は……」

 

 

 王女は、カヤツリの人生を滅茶苦茶にしたのだ。普通に生きて、普通に死ぬ。カヤツリに与えられていた人生を滅茶苦茶にした。もう二度と、そう出来なくした。

 

 方舟と混沌の領域と名もなき神々の王女。それだけ揃えば、きっと何だってできるだろう。通常は不可能である神秘の移植だってできるだろう。もう二度と離れる事ができないように、その対象を永遠に生かすことだってできるだろう。それどころか、好きなように考え方を弄る事だってできるかもしれない。

 

 

「これじゃあ! アイツらとおんなじじゃないですか! 私は自分で……!」

 

 

 大事だったもの。大切にしていたもの。王女の中で光り輝いていたもの。それを王女は、王女自身で台無しにした。手が入っていなかったからこそ、王女自身の力で手に入れるからこそ、価値があったものなのに。

 

 

「あんなに! あんなに綺麗だったのに!」

 

 

 それはもう、輝きを失ってしまった。王女自身の罪を突きつけるものに変わってしまった。もう、それはどうしようもできないのだ。失敗したら、やり直しは効かない。

 

 

 ──やり直し?

 

 

 ふと、その言葉が王女の中で反響した。やり直しは、出来ない事もない。この場所であれば、やり直しは可能だ。方舟も、混沌の領域も、サンクトゥムタワーも手薄の今であれば、それができる。何もかもをなかったことに出来る。

 

 

「止めておけ。後悔するぞ」

 

 

 王女を止めるように、テラツリが冷たく言い放った。きっと、最初から分かっていたのだ。もしかしたら、同じことを考えすらしたのかもしれない。しかも、迷いなく王女がそれを選択すると思っている。それが、王女の怒りに火をつけた。

 

 

「そりゃあ、そうでしょうね。あなたはこのままでいたいでしょう。ようやく手に入れた幸せなんですから。無かったことにはされたくないですよね」

 

「そういう事じゃない」

 

「じゃあ、何なんですか。気持ちが分かるとでもいうつもりですか? ふざけないでくださいよ!」

 

 

 イライラした。カヤツリと同じ顔で、それらしいことを言うのが腹が立つ。まるで、カヤツリに言われているみたいで最悪の気分だ。

 

 

「あなたなんかに分かってたまるものですか! あなたは、こんなことは出来ないでしょう! なんでも、そう思っただけで叶わないでしょう! それが何を意味するかなんて、分かりもしない癖に! 自分の中で価値が暴落する恐怖なんて、誰にも分かりはしないんです!」

 

 

 きっと分かりはしない。物の価値が一瞬で暴落する恐怖など、分かりはしないのだ。

 

 身を削って、頑張って、そうやって手に入れたものには価値がある。中々手に入らないものも同様だ。それらには無限大の価値がある。

 

 でも、それは本気の王女には当てはまらない。望めば全てが手に入るからだ。今だってそうだ。時間を止め、他者を宇宙へと放逐し、恐らくは時間を巻き戻すことだってできる。もしかしたら、自分を好きにさせる事だって。そんな存在にとって、ものの価値などないに等しい。

 

 なぜなら、簡単に手に入るからだ。生活していて、呼吸に価値を感じることはないように。容易く手に入るものは価値が少ない傾向にある。王女にとって、全てのものの価値が暴落する危険がある。

 

 それは恐ろしい。恐ろしくてたまらない。大切だったものを、何より大切だったものを、いつかゴミ屑の様にしか思わなくなるのが怖い。だから、こんな力を振るいたくはない。この気持ちはきっと、ケイですら分からないだろう。

 

 

「なんだよ。お前は価値にしか興味が無いのか。なら止めなくてよかったかな」

 

 

 挑発的なテラツリを、王女は睨みつけた。テラツリは肩を竦める。

 

 

「この世界の俺を、価値でしか見てないのか。手に入らないから価値があって。今はそう思ってないから、そうやってグチグチ言ってるんだろ? じゃあ、良かったじゃないか」

 

「……何が言いたいんですか」

 

 

 荒れ狂っている憤りを何とか押し留める。でも、それを知らないように、テラツリは挑発を止めはしない。

 

 

「分からないのか。価値しか見てないんだろ。だったら、手に入ったら価値はないんだ。付き合った瞬間に興味を失うんだろ? じゃあ、そうなる前に諦められてよかったじゃないか。ホシノと付き合った方がよっぽど……おっと」

 

 

 空間が歪んで、さっきまでテラツリが居た所が抉れた。左右の違う目で見て、テラツリは唇を吊り上げる。

 

 

「何だよ。図星か? 価値に拘るなんて、やっぱり機械じゃないか」

 

「ふざけないで下さい! ふざけるな! そんなわけないでしょうが!」

 

 

 王女は怒りを隠せない。手を振るって、力場で殴りつける。それは全く当たらないが、止められはしない。カヤツリと同じ顔で、こんなふざけたことを言わせるわけにはいかなかった。

 

 手に入らないから、カヤツリを求めたのではない。もっと違う、もっと分からない、もっとどうしようもなくて、それでも暖かい理由だ。

 

 

「私は! 私を! カヤツリは唯そのままの私を見てくれたんですよ! 機械だとか、名もなき神々の王女だとか関係なく! だから!」

 

「じゃあ、どうして価値だとかそういう事を言うんだ? バカにしてんのか? ん?」

 

 

 王女の声が詰まった。テラツリの声が底冷えするような冷たさを纏っていたからだ。テラツリは王女に怯えすらせずに、指を突きつける。

 

 

「この世界の俺をバカにしてるのか? 高々、状況がそうなったくらいで、ホシノとお前を天秤にかけると思ってんのか? ええ? 不死身にされたくらいで、お前を迷うことなく選ぶと思ってるのか? 舐め腐るのも大概にしろ」

 

「そんなわけないでしょう! 私は! そんなもの抜きで選んで欲しかったんですよ! それだけなんですよ! それだけの理由で! 巻き戻しなんかできるわけないじゃないですか!」

 

 

 考えなしに、そうは出来なかった。それは今までの事をなかったことにすると言う事。ここまでの歩みを、手に入れたものを、全てを打ち捨てる行為に他ならない。

 

 そんな選択を簡単にはできない。全てが嫌だったわけではない。寧ろ、手に入れたものの方が多いのだ。これでは、散々ああは成らないと内心馬鹿にしていた、あの女と同じではないか。

 

 

「でも! でも! 私はもう信じられないんです! このままじゃ、何も信じられない……!」

 

 

 これはズルだ。それも致命的なほどの。そうするつもりが無かったと言うのが、さらに質が悪い。王女は自覚なく、カヤツリに何かをしてしまった可能性すらある。都合のいいように弄ったのかもしれない。

 

 これから先。王女は、全てを疑わなくてはならなくなった。本当に、本当の意味で王女を選んでくれたのかと。王女が何かをした所為で、そうなっているだけではないのかと。ずっと、これからずっと、全てを疑ってかからねばならない。

 

 

「じゃあ、どうする?」

 

 

 テラツリの返答は軽かった。でも、それは声色だけだった。王女を見る目は真剣だ。

 

 

「このまま、全てを巻き戻すか? 全てをなかったことにして、最初からやり直すか?」

 

「出来ませんよ……」

 

「そうだな。全力で俺は抵抗する。手段は選ばないし、最初からやり直せるとも限らない。その上、もっと前で躓くかもしれない。今より悪くなるかもしれない。この状況は、一回だけの奇跡かもしれない」

 

 

 状況を知っていれば、誰でも思いつくこと。それをつらつらとテラツリは話す。

 

 

「じゃあ、この事をこの世界の俺に話してみるか? 意図的にそうしてしまったかもしれないって」

 

 

 王女は小さく首を横に振る。

 

 ならどうするのか。これからどうするのか。選べと。そうテラツリは問うように、黙って立っていて、王女を待っていた。

 

 

「これは誰にも証明できないんです。やっていない事を証明するのは、何より難しい」

 

 

 それは悪魔の証明だ。さりとて、そうでないと信じ続ける事も難しい。だから、王女ができる事は一つだけだ。

 

 

「私は、黙っています。ずっと記憶のブラックボックスの中にしまい込む。私がカヤツリにしてしまったかもしれない事を。ずっと忘れたいと、無かったことにしたいって思いながら」

 

 

 言ったところで、どうなる。ただの重荷をカヤツリへと背負わせることには変わらない。そうするくらいなら、王女は抱え込むことを選ぶ。どちらを選んでも何かが付きまとうのであれば、まだ納得できる方を選ぶべきだ。

 

 

「……ふぅん。やっぱ機械じゃないんだな」

 

「さっきは機械扱いだったじゃないですか」

 

 

 テラツリは、本当に感心したかのように言う。警戒まで完全に解いたことに、王女は眉をひそめた。

 

 

「でも、選んだだろう? どちらも苦しく、正解が無いもの。それを選んだ。自分のしたいように選んだ。機械はそうは出来ない。妥協するのは人間の特権だぜ」

 

「なんですか……それ」

 

「いや、価値価値って五月蠅いからな。バカにされてるような気になった。幾ら世界が違っても、俺は俺だからな。そんなに思考回路は変わらんだろう」

 

 

 王女の眉間の皺が深くなった。つまり、王女の返答次第によっては邪魔をすると言っているのだ。それを見たテラツリは鼻で笑う。

 

 

「人間誰しもが、苦しんで選択をして生きている。迷わずに選択して生きてる奴なんかいない。配られた手札で何とかするしかないのさ。この世界の俺だってそうなんだぜ。そっちと同じように悩んだに決まってる」

 

「は? カヤツリが。私と同じ……? じゃあ、知って……?」

 

 

 王女は、目を丸くした。カヤツリは王女がしたことを知っていると言う事だろうか?

 

 尋ねるようにテラツリを見れば、肩を竦めて首を横に振っている。

 

 

「今の話は知らないだろ。俺も何かなきゃ伝えはしない。もっと別の事だよ。お前を庇ったんだろ? 何とも思ってないなら庇わない。もしかしたら、誰かを置いていくことになる。それは俺にとっては絶対に避けなきゃいけない事のはずだ」

 

 

 けれど、カヤツリは王女を庇った。死ぬかもしれないとは、思ったかは分からない。けれど、無傷とも思わなかっただろう。でも、結果を王女は知っている。

 

 

「じゃあ……」

 

「そこまでのものを、感じてはいる。ホシノと天秤に掛けられるくらいには。それで、この世界の俺が悩んでないと思うのか?」

 

 

 王女はぶんぶんと首を振る。きっと悩んでいるはずだ。正解などない答えを悩んでいる。ただ、不安もあった。

 

 王女もそう出来るだろうか。何があっても、選ばれなくても。決めた答えをそのまま保ち続けられるだろうか。世界を巻き戻せずにいられるだろうか。

 

 

「……私は、大丈夫でしょうか」

 

「知らんよ。そんな事はな。その時にならなきゃ分からない。いつか耐えきれなくなって、この世界を巻き戻すも巻き戻さないも、その結果もなにもかも。この先ずっと生きるとして、お前やこの世界の俺がどうなるのかもな。もしかしたら、精神の方が耐えきれないかもしれない」

 

 

 テラツリの答えは他人ごとだった。実際に他人ごとだから仕方がない。テラツリは、小鳥遊ホシノを選んだカヤツリだから。自分は兎も角、王女にそれ程優しくする理由はないのだろう。

 

 

「ああ、でも。そんなに覚えなくてもいいかもしれないな」

 

「……なんですか」

 

 

 急に声をあげるので、王女はがテラツリを睨むと。今度は揶揄うような表情をしていた。

 

 

「あんまり、この世界の俺を舐めない方がいいぞ」

 

「はぁ?」

 

「だって、俺がやったことを、この世界の俺がやらないなんて言えるか? 一応は同一人物なんだぜ?」

 

 

 頓珍漢な事を言うと思うが、確かにそうだ。テラツリは、後輩の為だけにここへ来た。それだけのことができる人間と言う事で、カヤツリも似たようなモノだろう。それを、王女はあの地下道で見たのではなかったか。

 

 そう思うと、不安が消えていくような気がした。分からないと言うのなら、まだ何も決まっていないと言う事だ。そうでない事もあるのかもしれなかった。

 

 

「じゃあ、ちょっと。アビドス砂漠の方に入り口を開けてくれるか?」

 

「……いいですが。何故です?」

 

 

 ここに来たのだから、同じ道を来ればいいのではないのか? そう思ってみると、少しテラツリの顔が青い。

 

 

「いや、ホシノに黙ってここに来たから。今見つかるのはマズイ……」

 

「……」

 

 

 王女の気分が悪くなった。全く事実は異なるのではあるが、何故か、寝取られた気分になる。少し苛立ちながら、転移門を開こうとして。妙な手ごたえに顔をしかめた。

 

 

「何だ……? そんな顔して……」

 

「ん。見つけた」

 

 

 聞き覚えのある声がする。もう見なくても分かった。アヌビスだろう。そして、もう一つ気配がある。

 

 

「見つけたよ。カヤツリ。私に黙ってこんなことして、楽しかった?」

 

「……………………申し訳ありませんでした」

 

 

 随分と姿が違う。短髪で目つきの鋭い小鳥遊ホシノ。別世界の小鳥遊ホシノ(テラノ)が立っている。逃がさないとばかりにテラツリの手首は掴まれていて、テラツリといえば、諦めた様に天を仰いでいた。

 

 

「へぇ? 言い訳は無し? 偉いね。じゃあ、ちょっと話そうか」

 

 

 そのまま、ズルズルと引き摺られていって、二人は転移門の中に姿を消した。それを満足そうにアヌビスが眺めている。

 

 

「よく、ここが分かりましたね」

 

「ん。ホシノ先輩を見つけた後に気配がしたから。これだけで移動してきた」

 

 

 アヌビスは転移門を指さしている。確かに、時間停止はこのテクスチャだけだ。テクスチャの下側であるこの場所や、転移門の中では効かない。時間停止の気配を感じて、ずっと転移門でテクスチャの下側を潜行してきたらしい。

 

 

「……大丈夫?」

 

 

 それほどの顔をしているのか、アヌビスは心配そうにしていた。けれど、最初よりマシではある。

 

 

「平気ですよ」

 

「ん。なら聞かない」

 

 

 アヌビスはそれ以上突っ込んで聞きはしなかった。それは気遣いか、それとも興味が無いのか。気の抜けたような顔からは伺う事は出来ない。

 

 ただどこか、機嫌の良さだけがあった。それを向こうの世界の二人にではなく、王女へと向ける理由が分からない。

 

 王女の訝しげな表情に気づいたのか、でもどこか嬉しそうな。興味深げな表情でアヌビスは王女を見る。そして、アヌビスは言うのだ。

 

 

「ん。すぐに分かる」

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