ホシノ同級生相棒概念   作:洞鼬

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407話 二股宣言

 本日は晴天なり。そうとしか言い表せないほど、今日の空は晴れ渡っていた。雲一つない大空に見上げるような青が広がっている。絶好の外出日和というやつだ。

 

 けれども、そんな中で。カヤツリは所在なさげにシャーレビルの内部を歩き回っていた。特に仕事が終わらないという訳では全くない。精々が、先日のアビドスの件についての後始末くらいのものだ。それも大した量ではない。

 

 砂漠横断鉄道は、無事に確保することが出来た。総会への出席の妨害だの、ノノミの誘拐未遂だの、裏で私募ファンドのネフティスに噛んでいたカイザーとの戦闘だの。様々なことがあったが、それらは綺麗に片付いている。

 

 なんというか、やる気満々のホシノ相手に正面から事を構えるのは愚かとしか言いようがなかった。普通に正面から突破されて終わりである。どうにも、ホシノがいないか絶不調であること前提の作戦のようで違和感が付きまとう。

 

 今になって思えば。恐らくは、あのガス爆発がそうであったのだろう。あれで、先生かカヤツリが戦線離脱することになっていれば、まぁ上手く回ったのではないかと思う。だがそうなっていないので、上手くいかないのは当然であった。

 

 シェマタはシェマタで、カイザーを尾行していたマトが居場所を突き止め、爆弾で吹き飛ばしている。エンジンに火を入れてから起爆したらしく、総会の会場からでも爆炎と黒煙は良く見えた。

 

 そうなってからは総崩れだった。目標を失ったカイザーは撤退し、私募ファンドとネフティスはその場で戦意を失った。ただ、アビドスの復興への熱意はあったようで、今もノノミが話を聞いているだろう。実家の突如の暴走で、ノノミも何か思うことがあったらしい。

 

 という訳で、ネフティスと私募ファンドが絡んだ砂漠横断鉄道の顛末は、あっけないものだった。元々が無茶苦茶な当てこすりでしかないのだから、当然とも言える。

 

 そして、これらの事件はアビドスにとって大きくプラスに働いている。シェマタの取引も終わり、土地もある程度取り返し、大人の協力者も増えた。対策委員会にとっては万々歳である。

 

 ただ、付きまとう違和感と気持ちの悪さが残っていた。ガス管の爆発や、そのことを知りようがないはずなのに立てられた、ホシノが不調である前提の作戦。最後に憑き物が落ちたかのような大人たち。

 

 カヤツリの知らないところで、何かが起こっていたような気さえするも、それはもう確かめようがない。それだけが心残りではあったが、今日のカヤツリにとって、それは些事だった。

 

 

「ああ、もう……!」

 

 

 もう今ので何周目か分からない。先生に言って会議室を一つ借りて、用意するものも用意はした。あとはもう二人が来るのを待つだけであるが、それだけがどうにも難しかった。

 

 時計を見れば、時間まであと十分近く。六百秒でしかないそれだけが長い。待ち合わせ場所の会議室で待っていることもできずに、ずっと王女やホシノと会わないようなフロアをぐるぐるしている。

 

 

「本当に、言うしかないのか……」

 

 

 何度もつぶやくが、現実は無常である。あのシロコの提案を、カヤツリは実行するしかない。代替案は思い浮かばず、いたずらに時間稼ぎをするのも無理だった。ケイもメールを間違えずに送り、既読が付いたと言っていたから。もう二人に立ち向かうしかない。

 

 ケイやシロコやデカグラマトンに言えたとしても、本人たちに言うのはまた違う。数日たった今でも、何を言えばいいのか分からない。いつもは真っ黒の、頭の原稿は真っ白のまま。カヤツリは、その状態で言わねばならない。

 

 いくら覚悟を決めたと嘯いても、実態はこんなものだ。情けなさに涙が出てくる。

 

 貴重な時間を使い切り、漸く覚悟を決めて、会議室のあるフロアに足を踏み入れると、見知った影が二つあった。

 

 

「あ……カヤツリ……」

 

 

 ホシノが気配を感じたのか、振り向く。遠くからでも表情は良く見える。期待と困惑と恐れが混じった顔だ。それも仕方がない。メールの内容に従ってここに来れば、もう一人いるのだから。

 

 

「……来ましたか」

 

 

 王女の方はいつも通りだった。いつも通りの雰囲気と表情で、普段と変わりないように見える。けれど、両手が白くなっているのを、カヤツリは確かに見た。

 

 

「まずは、入ってくれ」

 

 

 いつも通りの声だろうか。カヤツリは全く自信がない。口の中がからからに乾いている。部屋に入って電気をつけて振り向くと、二人は席についていた。カヤツリに向き合う形で二人が横並び。そんな配置だから、ここがヴァルキューレの取調室のように錯覚する。いや、寧ろその通りかもしれない。これから先、カヤツリは怒鳴られたって文句は言えない。

 

 

「それで、話って何?」

 

 

 席に着くなり、ホシノから質問が飛んだ。メールにはそれとなく書いたから、本当はもう分かっている筈。でも、聞かずにはいられないのだろう。

 

 

「あー……これからの話だよ。見せたいものもあるんだ」

 

 

 なんだか、いつものように回らない舌に腹を立てつつ、カヤツリなんとか言い切った。そう言われたホシノは不安そうな顔をしている。

 

 そんなホシノの眼前で、カヤツリは持ち込んだカッターナイフで指を切る。

 

 

「何してるの!? いきなり指なんか切って!? 早く見せ……」

 

 

 慌てたホシノは、カヤツリの手を取ろうとして、その手を止めた。手がいきなり燃え上ればこうなるだろう。

 

 

「嘘……なんなの。どうしちゃったの……?」

 

 

 綺麗さっぱり治った手を見て、ホシノは混乱の最中にある様子だった。ホシノだけが、そうだった。

 

 王女は狼狽えなかった。ただ、辛そうに目を逸らしている。それは、ケイの懸念が当たっている事を示していた。

 

 よって、カヤツリは簡潔にホシノへ説明する事にした。あの日の、シャーレビルとサンクトゥムタワーで起こった事。それで、カヤツリはどうなってしまったのか。

 

 それを聞いたホシノは、思ったよりも取り乱さなかった。ただ俯くだけだ。

 

 

「……じゃあ、何? カヤツリは死ななくなったってこと? どうにもならないの?」

 

「ならないらしい。向こうのホシノに言わせれば、臓器移植したようなものだと。取り除けはするけれど。そうしたら、そのまま死ぬってさ」

 

 

 それは道理だ。移植した臓器を抜けば、代わりを入れない限り死ぬ。その代わりもあるかは分からず、また成功するかも分からない。

 

 

「……黒服。黒服は? それと先生とか……」

 

「話せるだけの事を先生には話した。他の方法を探してはくれるそうだが、望み薄だよ。それに黒服は見つからない」

 

 

 砂漠横断鉄道の件の間にも、ケイやデカグラマトンは調べてくれていた。カヤツリも出来うる限りのことはした。

 

 その上でこれだ。ホシノが考えつくだろう手段は、もう無いと言ってもいい。

 

 ただ、黒服の不在。こればかりは不可解だった。黒服は食いついてきそうなものなのに、気配が全くない。どことなくやつれた様子のテラツリが言うには生きてはいるらしいが。

 

 話を通した先生も、変な事を言っていた事を思い出す。カヤツリはどうなのと、意味の分からない事を言っていた。結局、何のことを言っていたのか分からないままだ。

 

 兎に角、この話はここでお終いなのだ。今のところは、それを飲み込んで次の話をしなければならない。心なしか苦い唾を飲み込んで、カヤツリは重い口を開く。

 

 

「今日呼んだのは、この事について話すのと、俺のこれからの身の振り方についてだ」

 

 

 ホシノだけでなく、王女の顔も固まった。二人とも何かを言おうとして口籠る。それが少し嬉しかった。前とは違って、喧嘩にはならなかった。

 

 

「どうしたの……? やめてよ……」

 

 

 急に頭を深々と、机につくほど下げた事にホシノが不安一杯の声を出す。

 

 カヤツリとて、そんな声を聞きたくは無い。でも、これは必要な事なのだ。これからカヤツリは、酷い事を言うからだ。

 

 

「こんな身体だ。厄ネタしか引き寄せない。俺は、一人で生きていくべきなんだろう。それでも……」

 

 

 そう。それでもだ。それでも、言わなければならない。目を合わせる事ができないくらいに酷い事。

 

 

「それでも、傍に居させてください……」

 

 

 部屋に沈黙が満ちた。何か言われるかと思っていたのに。予想外の反応に恐る恐る、カヤツリは顔を上げた。

 

 何かを言おうとしたのか、王女が立ち上がったまま固まっていた。ホシノはホシノで、脇へと手を伸ばそうとしている。その先にはホシノの銃しかない。

 

 

「何を……」

 

 

 しているのか。そう聞こうとしたカヤツリへ、王女の目の焦点が合った。

 

 

「それは私の台詞です! いきなり何を言い出すんですか!」

 

「カヤツリは分かりにくいんだよ! どうして意味わかんない事から先に言うの!?」

 

 

 王女とホシノの声がグワンとカヤツリの頭を揺らす。ただ、それだけで終わらない。

 

 

「何ですか!? あんなメールを送って、深刻な雰囲気をして、言うのがそれですか!」

 

「そんなの、私は気にしないよ! 今まで私の何を見てきたのさ!」

 

 

 どう見ても、二人は怒っていた。カヤツリを非難しているのは予想通りだが、どうにも方向性が違う。喧々諤々と両脇からバカだバカだと言われ続けて、話の舵取りができなくなって、堪えきれなくなったカヤツリは叫ぶ。

 

 

「じゃあ何なんだ! 二人から一人を選べないってことから言えばいいのか! ええ!?」

 

 

 □

 

 

 カヤツリの怒鳴り声を聞いた時、王女は頭が真っ白になった。そんな王女を置いてけぼりに、カヤツリは茫然としている。

 

 

「ああ……クソ……」

 

 

 きっと、言うつもりはなかったのだろう。予想外の所で詰められて暴発してしまったらしかった。カヤツリは、ここからどう挽回するかを考えているようだが、王女としてはそれどころではなかった。

 

 今朝の王女は覚悟していた。来たメールの文面から察せようものだからだ。

 

 

 ──これからの事に関する大事な話があります。

 

 

 冒頭の仰々しい前置きを抜いた、おおよその内容はこれだ。幾ら王女でも、これがラブレターの類ではないかと言うのは分かった。

 

 そして、待ち合わせ場所に行ったら行ったで小鳥遊ホシノが居た。聞けば、向こうも向こうで同じような状況らしい。

 

 さぞ、落ち込んだに違いなかった。何故なら王女がそうだからだ。想像してみて欲しい。ラブレターを貰って、待ち合わせ場所に行ったら、恋敵が同じような状況で待っているのだ。落ち込むどころか不安でいっぱいになる。

 

 でも、明らかになっていることは一つある。それは王女と小鳥遊ホシノ。この二人に関係ある話だと言う事。そして、そんなものは一つしかない。

 

 答えだ。カヤツリが答えを出す日が、とうとうやって来た。カヤツリの事だから、一人だけに話して、後から事後報告などはしないだろう。

 

 それなのにだ。それなのに、いきなり訳の分からないことを言って、あまつさえこれだ。

 

 

 ──二人から一人を選べない?

 

 

 これが話の要点らしかった。それが分かれば、この状況にも納得がいく。二人から選べないから、二人ともここに呼んだのだ。どちらかを振るつもりであれば、別の場所に時間をすらして呼べばいい。気づけば単純な事だった。

 

 

「……つまり、私と小鳥遊ホシノを選べないと言う事でいいんですか?」

 

「そのための前置きだ! ちゃんと全部説明してから言いたかったんだ! こんなのクソ野郎じゃないか! 唯の二股宣言だぞ!」

 

 

 カヤツリは机に突っ伏して、顔を見せないままに言う。どうにもカヤツリらしくなかった。話の運び方と言い、今の乱れようといい、カヤツリらしくない。

 

 普段なら、スパッと本題から入るだろう。それができずに、言い訳染みた脇道から入っている。よっぽど言いたくなかったか。最初に身体の件から入ったのもそうだ。そのインパクトで話を入りやすくしたかったのだ。

 

 ただ、そうしたくなる気持ちは分かった。これは誠実であろうとするカヤツリにとって、あり得ない選択肢だから。

 

 

 ──ホシノと天秤に掛けられるくらいには。それで、この世界の俺が悩んでないと思うのか?

 

 ──ん。直ぐに分かる。

 

 

 別世界組の言葉が、頭の中でリフレインする。別世界組は、この顛末をある意味で見透かしていたのだろう。唆したのかもしれない。そうであるから、あの時の王女の葛藤など鼻で笑える。

 

 王女の思い通りになっていれば、こうはならない。迷う間もなく、王女を選んで終わりだ。こんな場を設ける必要はない。

 

 なぜなら、王女とカヤツリは逃げ切れるからだ。適当な理由をつけて、引きこもってしまえば誰にも見つけられない。膨大な時という絶対の壁が追及を阻み、誰もそれを追及できない。

 

 でも、カヤツリはそうはしなかった。態々、こんなに面倒な方法を取ってまで、答えを出した。

 

 

「カヤツリは、選べないんですか」

 

「そうだよ。王女」

 

 

 確認するように繰り返せば、カヤツリは目を見て返事をしてくれた。嬉しいかと聞かれれば微妙だ。本音を言えば一人を選んでもらいたい。ただ、そう出来ない理由は理解ができた。

 

 

「それは、身体がそうなってしまったからですか」

 

「それだけじゃないし、いつまでも隠し通せるわけがないんだよ。分かってるだろ」

 

 

 あのガス爆発の時点で、隠しきれないとは思っていたらしい。王女は知らないふりをしたが、カヤツリはもっと前から準備をしていたのだろう。そうでないなら、あまりに展開が早い。

 

 

「それで選ぶんなら。この身体のせいにしたくはなかったんだ。嫌だろう? そういうのは」

 

「はい。嫌ですね」

 

 

 それは、嫌だった。必要だからそうすると言うのは、王女を見ているようで見ていない。そこは小鳥遊ホシノも同感であるのか、不満そうに頷いていた。

 

 

「でもな。考えても考えても。選べないんだ。必ず誰かが泣きを見る。それが、それが耐えきれなかった……二人の所為みたいには言いたくないけどな……でも、なあなあにも出来ない。そこまで付き合わせられない。まだ、そう言う関係じゃないのに」

 

 

 らしさここに極まれりだった。結局、カヤツリは捨てきれなかったのだ。どちらも傷つくのが嫌で、ここまで来てしまった。それを王女や小鳥遊ホシノの所為だと言うようで嫌がっている。

 

 だが、それはある意味では間違いだった。王女の視点から見ればそうなる。身体の事を抜きにして考えれば、カヤツリを骨抜きに出来なかった王女が悪い。全てを振り切らせるほど、カヤツリを落とし切れなかった。小鳥遊ホシノが強すぎたともいえる。

 

 

「……カヤツリは私を振り回すのが嫌なんですか?」

 

「だってそうだろう。嫌なのは、俺のエゴなんだぜ。無節操に手を出しておいて、結局選べませんじゃな。なら、最初からそうしなければよかったのに」

 

「でも、自分の為にそうした」

 

 

 カヤツリは小さく頷く。それが、王女には嬉しかった。

 

 理屈とか、そういったモノを抜きに、カヤツリの言うエゴをそのままに。必要だから、嫌な思いをしたくないから、そんな自分勝手な理由で、カヤツリは王女を求めていた。

 

 それは、執着だった。王女がカヤツリに抱きつつも疑念を抱いたそれ。それを、カヤツリは王女に抱き悩んでいた。

 

 有象無象から向けられれば、嫌悪でしかないそれは、カヤツリからの物であれば話は変わる。そう思ってくれていると言うだけで、身体がどこか暖かくなってくる。

 

 なら、それでいいのだろう。向けられた王女が嬉しく感じるのであれば、カヤツリもそうなのかもしれない。

 

 不満はある。王女一人を選んで欲しかったに決まっている。王女を選んで、カヤツリから一緒に生きていくと言って欲しかった。こんな事故か未必の故意か分からない状況で、こうなりたくはなかった。王女の想定通りにはいかず、全く思い通りではない。

 

 でも、それでいい。それがいい。思い通りでないのなら、思(・)い(・)通(・)り(・)で(・)な(・)い(・)限(・)り(・)。これはカヤツリの意思だと信用できる。王女が無意識に力を振るったのではないと思える。

 

 カヤツリはきっと、悩んでここまで来た。自分のエゴと執着に付き合わせる形になったのを。思い通りに行かないのを不満に思っている。いつも通りではない様子と話の運びでそれが分かる。

 

 王女だけでなく、カヤツリもそうだと言うのなら。王女はそれでいい。不健全だが、それはお互い様だから、まだ納得できた。

 

 それに、如何にもなカヤツリらしさが溢れている。

 

 カヤツリは、なあなあにはできなかったのだ。カヤツリの口の巧さであれば、いくらでも誤魔化せるものをそうしなかった。そうはしたくなかったのだと、自分で言った。

 

 身体のことも、王女の所為にすればいいのに。それを選ばなかった。全部自分が悪いかの様な言い方をするから、話が訳の分からない事になっている。

 

 

 ──なら、良いです。それで、いいえ。それが良い。

 

 

 他者を尊重すること。王女を王女として尊重すること。王女が好きになった部分はそのままだ。

 

 勿論、気に入らない所はある。嫌なこともある。けれど、全てが思い通りよりかはずっと良い。

 

 零か一かであれば、王女は迷わず一を選ぶ。有りか無しかなら、ある方がいいに決まっている。

 

 

 ──あなたはどうなんですか。小鳥遊ホシノ

 

 

 そう思いながら、王女は固まったままの、小鳥遊ホシノを見た。

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