ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「なんで? ねぇ、なんで?」
ホシノは、混乱の極みにあった。一気に情報を流し込まれて、正と負の感情がごちゃ混ぜになっている。
カヤツリが死なないとか、もう一緒に居られないとか、どうしようもできないとか。尋常でない情報が、ホシノの情緒を滅茶苦茶にしている。
本当なら、今すぐに暴れ出したいくらいだった。そうなっていないのは、王女と話し終えたカヤツリがどこかおかしかったからだ。
ホシノを置いてけぼりにした会話の内容は前向きなものではあった。王女の様子からして、満足いくものではあったのだろう。二人だけに通じるものは理解しきれない。
それでも、分かる事はあった。カヤツリはおかしい。
「どうして、今そんな事を言ったの? カヤツリが決めてからでいいでしょ!? 時間はあるんだからさ!」
選べないとカヤツリは言う。その理由の一つが身体であるとも。死ねないからと。なら、時間がないわけではない。寧ろ腐るほどにある。だって、死なないのだから。
「どうして今! 決めなきゃいけないの!?」
ホシノは勢いのままに叫ぶ。
今すぐに、決めなければならない理由はないはずだ。特にそんな期限は決められていない。こんな提案をするくらいなら、今のままでよかった。カヤツリが納得して、答えを出してくれた方が良かった。こんな、こんな、滅茶苦茶なカヤツリからでは納得できない。
「それに付き合わせるのは……悪い。だって何時になるか……」
「それは! カヤツリが決める事じゃないでしょ! 私が決めることだよ! それで、今すぐに決めろなんて、私がいつ言ったのさ!」
意味が分からない。いつまでも、ホシノは待てる。そりゃあ勿論、早い方がいいのは当然だが。一番は納得の末に選んで欲しい。
「その娘が急かしたの? 今すぐに決めろって! よく知らないけど! その娘は同じなんでしょ!」
「違う……そういうわけじゃない。王女は、関係ない……」
「ホントの事じゃないでしょ。嘘でもないけど。その娘は直接関係ないだけだよね」
カヤツリはただ、力なく俯くだけだ。余りにもらしくない。何かに急かされるようにして、破れかぶれで突っ込んできたようにしか見えない。
「その娘は関係ないなら、身体の事を早く言いたかったの!? だったら、それだけでいいじゃない! それが今すぐ、誰を選ぶかに関係するの!?」
「それは……」
カヤツリは口籠る。それだけで分かる。関係がある。あるから黙る。その人間のせいにならないように黙っている。それが誰かなんて、消去法で直ぐだ。
王女とやらを横目でにらむと、見つめ返してくる。この部屋の前で会った時とは、まるで違う目だ。
カヤツリを助けたのは知っている。何かの危機を救ったのも知っている。きっとこれも、何かの事故で。個人の所為ではないというのも分かっている。ホシノが言ったように、急かしたわけでもないだろう。
じゃあ、何故。こんなことになっているのか。カヤツリは気分で決めるような人間ではなかったはずだ。他に手が無いにしても、こんな不誠実な方向はおかしい。カヤツリの思考から出てくる答えではない。
──誰かに、吹き込まれた?
ふと、そんな可能性に思い至る。先生に相談したとは聞いたが、まさか、こんな答えを出すとは思えない。余りにも無責任だ。
「カヤツリは、どうなの? どうしたいの? 答えられないんでしょ」
確認の質問に、答えは返ってこない。
答えられるはずがない。カヤツリなら、行動に起こした時には全部終わっているからだ。こんな場当たり的な行動はありえない。
「この娘じゃない誰かに、急かされたんでしょ。それか、状況にさ。この方が良いって。皆が傷つかないって。全然関係ない奴に言われたんでしょ。なんで、その人の言う事は聞いて、私の言う事は聞いてくれないの……?」
「ごめん……」
カヤツリの顔はぐしゃぐしゃになっていた。王女と話している時とは大違いで、後悔がこびりついている。そうなっていると言うなら、ホシノの事はどうでもよくはないのだ。それどころか大事に思っている。それが腹立たしい。
──また、また、邪魔された。
いつもこうだ。唯々、普通に答えを待っていただけなのに。それすらも許してはくれないのだ。
ホシノは待っていたのに。アビドス復興の目処がついて、カヤツリが答えてくれるのを待っていて。漸く、本当に漸く、先日に希望が見えてきたのに。
ホシノの知らない間に、事態はとっくに手遅れになっていた。こんなのはあんまりだ。
「誰……いいや、別に。その人なりに考えたんだろうし」
犯人は、カヤツリの事情を知っていそうな人間の誰かだろう。もしかしたら、善意でそう言ったのかもしれない。
でも、これはない。誰の所為でもないと言うのが、本当に救えない。もう過ぎたことは取り返せないのだ。
──今ここで、無理矢理にでも攫っちゃおうか。
そんな考えすら過ぎる。きっと、カヤツリは抵抗しない。カヤツリがホシノにそうさせたと思うだろう。無抵抗で居てくれる。何をしたって許してくれるだろう。
それか、忘れるのもいいかもしれない。全部忘れて、三行半を叩きつけて、それで……
──うえッ……
想像しただけで、口の中が酸っぱくなった。あの日々を、ホシノの半分以上を構成するあの思い出を否定することはできない。それにカヤツリだって本意ではないのだろう。
でも、全てが手遅れだった。人の為とか、そう言われたなら。自分の事を後回しにするカヤツリの悪癖は知っていたのに。
嫌な気分だ。これでは昔と同じ。連邦生徒会長やゲヘナに唆されて、誰かの為に行動して、カヤツリの周り全てが滅茶苦茶になる。アビドスではなくキヴォトス全体の為に働かされる。それで得をするのは唆した人間だけと来ている。
ずっと、そうだ。ネフティスの時もそうだった。ずっと、誰かの都合で振り回されている。まさか、今になって昔のような思いをするなんて、夢にも思わなかった。
「何でこうなるのさ……」
ホシノの奥歯がギリギリ鳴った。
どう見ても、カヤツリの様子はおかしい。考えれば当たり前なのかもしれない。
今この瞬間から、あなたは死にません。全ての物があなたを置いていきます。あなたはずっとそのままです。そんな事を言われたらどうなるだろう。
ホシノだったらおかしくなる。この事を誰かに伝えるのだって簡単にはいかない。伝えられた方だって困るだろう。同じ立場ではないのだから。そしてホシノはその立場ではない。
どうしようもない状況への怒り。力があっても何もできない自分への怒り。それが、ホシノの中で行き場を求めて暴れている。
それを表に出そうとは思わない。そうしたらどうなったかは、心身でホシノは思い知っている。ユメが何度も言っていたことは正しかった。ここでホシノが我を失えば、状況の収拾がつかなくなるだろう。
ユメは、ホシノに関しては色々と言ってはくれた。それはホシノの糧になっている。しかし、この状況までは対応できない。ホシノはカヤツリではないからだ。
ホシノが頷かない事を、カヤツリは責めない。いつもなら、メリットとデメリットを上げて論破してきそうなのに。ただ沈んだ顔で、ホシノの言葉を受け止めるだけだ。あの時の喧嘩の様に、抱え込んだまま何も言ってはくれない。
誰かが傷つかない方がいいとか、そんな綺麗なお題目は求めていない。寧ろ、昔のホシノ自身の様に、怒りを前面に押し出してほしかった。カヤツリが、全部選べない自分が悪いのだと言うのは嫌だ。カヤツリらしくないのは、嫌だ。
「カヤツリはさ。私の事も好きなんだよね。一緒に居たいと思ってる」
「そうだよ」
「でも、その娘の事も引きずるんだね。知らない振りしては過ごせないんだ。立場を逆転させても同じ」
また肯定の返事が返ってきた。この場の誰よりも大きいはずのカヤツリが、とても小さく見える。
「いいよ。とりあえず、カヤツリの言いたいことは分かったよ」
とりあえずの返事をホシノは返した。その間にも、思考は高速で回転していた。
──何が正しいんだろう……何をすればいいんだろう……
正直、ここでホシノが反対しても賛成しても何も、解決しない気がする。
王女は納得している。ホシノも納得したとしよう。なら、カヤツリは? カヤツリは納得して、ここに居るのだろうか。
──半分くらいは拒絶してほしいのかな……だから、こんなに穴だらけなんじゃ……?
それに、カヤツリは隠している。王女にも、ホシノにも言わない。ワザと言及しない。
死なないと。死ねないことは言ったけれど。それがカヤツリにとって、どういった事を引き起こすのかは言わない。いや、言えないのか。まだ何かあるのかもしれない。
少し考えて、ホシノは鎌をかけた。
「カヤツリはさ。それでいいの? 私が、それで良いって言ったら。ずっと大丈夫なの?」
「大丈夫……」
カヤツリはそう言うけれど、全く大丈夫そうな顔では無かった。まるで、あの喧嘩の夜みたいな顔だ。
──なら。そんな顔しないでよ……
ホシノの中で、嬉しさと悲しさが混ざる。やっぱり、完全に納得してはいない。ならホシノが拒絶して、状況を振り出しに戻したところで。問題は何も変わらない。
あの夜の喧嘩。アレでホシノは思ったのだ。あそこまでしないとカヤツリは言わないし、カヤツリはとんでもない思い込みをしている可能性すらある。だったら、それを知っておくべきだ。
少しでも何かをマシにするために、ホシノはカヤツリに探りを入れる。
「カヤツリはさ、何が嫌なの? 選ばなかった方に辛い思いをさせるからって言うけど、それはしょうがないんだよ。それくらい分かってるでしょ」
「もう、会うわけにはいかないだろう? 俺は、選ばなかった方とは顔を合わせないつもりだから……」
「何それ? そうするべきだって、誰かに言われた訳?」
ホシノは眉を顰める。
潔癖なカヤツリらしいが、どうにも極端だ。顔を合わせにくいのは分かるが、距離を置く程度が普通だ。関係の一切を断つなど、おかしい。
「……どこまでの範囲なの?」
聞いておいて、とても嫌な予感がした。何か、ホシノの想定外の答えが返ってきそうな気がする。
「全部。ホシノに関連するもの全部」
「バカ! カヤツリのバカ!」
ホシノは大声を出した。隣の王女も、目を見開いている。ホシノの大声に対してではない。カヤツリの答えの方だ。
「なに!? まさか、シロコちゃんやノノミちゃんにも会わないつもり!? 全部って、そういう事!?」
「いきなりじゃない。少しずつだが……そういうものだろう。関係を終わらせるってことは、そういう事なんだよ。利益や紙切れで完結する契約じゃない。寧ろ、契約が介在しないからこそ。終わらせたら、もう新しく始める事なんかできやしないんだ。それに最終的にそうなる」
ここまでカヤツリがおかしい理由に、漸く納得がいった。カヤツリは選ばなかった方の全部を捨てるつもりだ。
まさかとは思ったが、初めからそういう思考だったのかもしれない。ホシノの出て行けと言う台詞で、本当にすぐ自治区から出ていこうとするくらいだ。
そして、今までのカヤツリは、そうしてきた。契約が絶対で、契約期間が全てだったから。
カヤツリにとって、関係性は重いのだろう。シロコやノノミ相手の面倒見の良さもそこからなのだ。簡単に切れないから、簡単に結べないから、あそこまでやる。それだけの価値を、カヤツリは感じているのだ。
そこまで感じなければ、カヤツリは関係性を作らない。利用するだけの仮初の物ではなく、本物の関係性は作れない。
──……なんで、そんな風に考え……最終的にそうなる? まさか、死ななくなったから?
ホシノの頭に思考の電流が走る。
アビドスでの日々が、ホシノの半生である様に。カヤツリにとってもそうだろう。そして、ホシノを選ばないと言う事は、それを捨てると言う事になる。
捨てたくないだろう。そんな事はしたくないだろう。でも、最終的には同じことになる。
カヤツリが死なないと言う事は、カヤツリ以外の全てはカヤツリを置いていくのだ。ユメと同じように置いていく。
そして、ホシノを選ぶなら。王女を捨てていくのだ。少なくともアビドスと同じくらいに居た場所の全てを捨てていく。
どちらにしろ、半分は捨てていかなくてはならない。その事にカヤツリは耐えられない。耐えられないから、自分の曲げられるところは全部曲げたのだ。
──死ななくなったから、全部自分の事は後回しって事……?
死なないから、先の無い他人が優先になっている? 自分がいくら苦しくても構わない。他人が苦しいか、そうでないか。被害の大きさで決めている? 死なない自分の事は抜きにして?
だから、それでも傍に居させてくださいなのか。そもそもの前提として、一人で居なくなると言う考えがないと、あんな言葉は出ない。
カヤツリはどちらにしろ耐えられないから、少しでもマシな方を選ばざるを得なかった。その我儘に、エゴに、ホシノを付き合わせていると思っている。本当は全部捨て去るべきなのに、そう出来ない。だから、全部自分の所為だと言っている。
ホシノを選べば、死なない王女を苦しめる。王女を選べば、ホシノの死に苦しみ続ける。そうであるのなら、自分が悪ければいい。自分だけが苦しければいい。
──もう、カヤツリは逃げられないんだね。
死ななくなったから、カヤツリは考えなければならなくなった。本来なら、考えなくてもいい事。選ばなかった方の人生まで考えなければならなくなった。死なないから向き合わざるを得なくなった。
カヤツリはまだ、死ななくなったことに納得できていないのだろう。それを誰にも言えないし、自分でもいけない事だと分かっているから飲み込んでいる。
だから、状況をどうしようもなくして、自分の逃げ場を叩き潰している。そうするのが正しいから。そう思わなければやってられないから。
これが、この顛末だ。よくよくホシノは知っている。何せ自分がそうだったからだ。現実を受け入れられなくて、正しさに逃げた。
最悪な事に、全ての原因である死なないと言う現実に、ホシノはなす術がない。今のホシノではどうしようもできない。
なら、ホシノはやれることをやるだけだ。カヤツリが、そうするのなら。言う事を聞いてくれないのなら、ホシノも好きな様にやる。
「いいよ。分かった。飲んであげるよ。その代わり……」
ホシノは考えて、結論を出す。だが、次が本題だ。これが飲めなければ、ホシノは暴れる。
「……カヤツリの提案を飲んだとして。どうするの? 私との時間とかさ。そこは配慮とかしてくれるわけ?」
「望むようにする……」
当然の返事に、ホシノは頷く。そうでなくては公平どころの話ではない。もうホシノとカヤツリは同じではなくなってしまった。
この提案のどちらを選んでも、ホシノはカヤツリを傷つけるだろう。けれど、ユメを失った過去の様に、喪失を一緒に乗り越える事は出来ない。カヤツリが苦しむそれを、ホシノが背負う事はできない。その時に、ホシノはもういないからだ。
けれど、ホシノができる事はある。喪失の乗り越え方。それを、ホシノは知っている。奇しくも、ユメがそれを残して、カヤツリが繋いでくれていた。
思い出があればいい。記憶に焼き付くほどの楽しい思い出だ。それは、あればあるほどいい。それでも足りないのなら、奥の手がある。ホシノが居なくなっても、大丈夫なような奥の手が。
だからホシノは意を決して、カヤツリへと告げた。
「カヤツリ、ちょっと時間をもらうよ」