ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「なに? また? 私の当てつけ? ネフティスルートを参考にしましたみたいなの出してきて。ええ?」
セトはご機嫌斜めだった。またまた思ったよりも救いようの無い物をお出しされて気分が悪い。というより、今のところ見せられているものが全部悪い。
だから、口から悪態が流れ出す。
「確かに、全員が小さな不幸を飲み込むのが丸く収まる唯一の方法とは言ったけどね。それでこれを出してくるの? 随分といい趣味してる」
『そんな意図はないんですが。……王女は独占できず、カヤツリ君は選べないままで、あの子は片割れを置いていく。全員が心残りを残しつつ、それでも残った結果だけ見るなら上々ですね。一応は全員の望みは叶いました』
向こうのホルスの言う通り、結果だけなら上々だ。本当に結果だけだが。それで、向こうのホルスはそれでいいのだろう。セトとしてはそうとしか感じられない。本当に腹が立って、流れ出した言葉が止まらない。
「何が、ちょっとなの?」
『無限に比べれば、百年前後はちょっとでしょう』
それは数学の話で。誰も大なりや小なりの話はしていない。セトが言いたいのは、もっと別の部分だ。
「フン。じゃあ、小鳥遊ホシノはカヤツリを手に入れたわけだ。自分の持ち時間分、カヤツリを独占した」
百年とは、そういう事だろう。提案に乗る代わりに、それを言ったのだろう。
「王女は飲むしかない。カヤツリの事を考えれば、そうするしかないし。断る理由もない。ちょっと我慢すれば良いだけだから」
『それに、彼女にとってはその方がいいんでしょう。彼女にとっては、不都合ですからね』
「ハン……潔癖なヤツ」
不都合を感じて初めて、正常であることを知る。セトから見れば考え過ぎだ。
「幾ら混沌の領域下で、方舟があったとして。それはあくまで補助に過ぎない。カヤツリ自身が助かりたいと、誰も置いていけないと願った結果なのにね」
ケイの発言の通りである。結果は兎も角、運が良かったで流していい事だ。そう思えないのは、生まれと無名の司祭、地下生活者のせいもあるのだろう。
「それに……小鳥遊ホシノか。よく考えたじゃない」
「珍しく褒めますね」
此方側のホルスをセトは無視する。
感心した。嘘ではない。本当に感心したのだ。それは長く残るもので、必ずカヤツリを救うだろうこと。そして、そういった意図はないだろうが、王女には絶対に出来ない事をした。
けれど感心できるのは、ここまでだ。後は文句しかない。
「よくもまぁ、外野は余計な事しかしない。もっと時間をカヤツリにあげていれば、こうはならなかった」
『……その外野というのは?』
「デカグラマトン、ケイ、アヌビス。あとは、無名の司祭と地下生活者かな。後ろの二つは殿堂入りだから気にしなくていい」
「何故ですか? 発破をかけたじゃないですか。そうでないなら、何時までも決められなかった。それが余計だと?」
ホルスの問いに、セトは舌打ちする。確かに、前三人は後ろの二つと同格ではないが、余計なことをしたのは変わらない。
「じゃあ聞くけど。この三人の共通点は何だと思う? 勿論、カヤツリに吹き込んだこと以外で」
答えはない。唯一の回答を潰した所為だ。そもそも期待などしていないので、さっさとセトは答えを言う。
「全員が、全員。死なない奴らばっかり。死なない奴の価値観でものを言い、代替物がある状態でものを言い、カヤツリに願いを押し付けた」
最初にカヤツリが相談できたのは、死なない事を説明できる人間だけ。それは仕方が無い事だが、その答えを真面目に受け止めてはいけないのだ。所詮、価値観が違う。死なない事を受け入れている。初めからそういうものだと思っている奴に聞いたところで、期待した答えはない。
「死なない事は同じ。だけど、前提が違う。全員が全員、捨てる物が殆どないの」
アヌビスは同郷が二人居る。ケイは王女が居る。デカグラマトンはケイと王女が居る。近い関係の人間は全員が死なない。だから、カヤツリの苦しみを理解しない。
アヌビスは、先生を失ったが。あれは最上級とも言っていい別れだ。カヤツリの場合には全く当てはまらない。
「だから、これからのことしか言わない。もう死なない存在であることを初めから受け入れているから。カヤツリが本当に聞きたかったのは、死なない事の、押し付けられたものの受け入れ方なのにね」
多分、カヤツリ自身は気づいていない。あの最後の、布団に潜り込んだ時の零れたのが全て。
辛くて当たり前だ。悩んで当たり前だ。幾ら正しく善意に溢れた願いでも、それを実行するのはカヤツリで、実行にはコストが掛かる。
しょうがないと言い聞かせつつも、苦しかったのはそのせいだ。文句など言えるはずもない。
それは、正しくないから。それは王女に文句を言う事だからだ。何故、こんな風にしたと。そう言う事に等しい。それがどれだけ酷いのか。カヤツリが気づかない筈もない。ケイにも言われて、時間がないと釘を刺された。言えるわけがない。
まぁ、そのケイは。大体百年かそこらだろう。後で自分のしたことを思い知る。大事な物を失って、死に分かれて、その時に自分がカヤツリへと強要したことを思い知るだろう。その時には気づいても、もう遅いのだが。そこはセトの知ったところではない。因果は応報するものだ。
「いずれ死ぬだろう存在である先生は分かってた。だから、カヤツリはどうなのかと聞いたの。君はどうしたいのかとね。先生だけは、カヤツリに要求しなかった。まぁ、正論を詰め込まれた後だから手遅れだったんだけど」
「しかし……あまりにヘタレ過ぎでは? やはり、そういう気質なんですか?」
「この……!」
ホルスの発言に、青筋が立つ。それは、ここのルートの所為なのに。
「あのね。カヤツリが選べないのは、このルートだけだから」
『それは、どうしてでしょうか』
「ずっと、押し付けられてきたから。最善を選ばされ続けて、自分では何一つ決めていない。選んで、失敗して、成功できなかったから。結果だけを知らされたから。連邦生徒会長のお陰でね」
少なくともセトは、そう思っていた。このルートのカヤツリは、失敗ができなかったのだ。
「このルートは、あまりにもアッサリ小鳥遊ホシノと和解できた。まるで、喧嘩なんかなかったみたいにね。でも、そうならなかった結果だけは知らされた。どうやってもう一度関係を作り直すのかを体験しないまま」
連邦生徒会長が事態が悪化する前に介入したから、カヤツリは小鳥遊ホシノとの関係を壊さずに済んだ。一度もぶつからずに済んだ。その代わりに、壊れた場合の未来も知ってしまった。
「怖いでしょうよ。一度そう成りかけたんだからね。体感しないで、想像だけと言うのも良くない。カヤツリの中で、関係を終わらせると言う事への恐怖が膨れ上がった。他の人間との関係もあれば違ったんでしょうけど、このルートはアビドスと王女くらいのものだから」
だから、デカグラマトンの事件でも先延ばしの選択しか取れない。もうちょっと不知火カヤが頑張れば違っただろうが。それはまた別の話だった。カヤツリは、羹に懲りて膾を吹くように。想像上の関係の終わりを恐れた。
「他のルートは違う。他のルートは小鳥遊ホシノと喧嘩別れして、もう一度関係を結び直してる。それ以前に、カヤツリが自分から他人と関わってる。関係は終わる事もあるけど、また結び直せること。関係には、人によって色々な形があることを知ってる。ここは言うまでもないでしょ?」
ここのカヤツリは違う。アビドス、ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム。交友関係は幅広い。関係性にさほど固執しない。契約と言う形だけが、人を結び付けるものではないと知っている。それに梔子ユメの件もそうだ。
あの時、カヤツリは選んだのだ。梔子センとしてか、兎馬カヤツリとしてか。どちらの関係を取るかを選んだ。あれは、関係性に固執したカヤツリでは選べない。
関係性など、人によって変わるものだと。契約でなくとも、カヤツリが信じたい形でよく、押し付けるものではないのだと。ここのカヤツリは知っている。
──ああ……そういうこと。
ここまでで、此方のホルスの目的の一端が分かって。セトの気分が悪くなる。
一先ず、セトは画面のホルスたちから目を離して。近くの、この世界のホルスを見た。
「それで……これを最後に回した訳だ。そうでしょ? だから、こんな面倒なことを仕出かしたんでしょうが」
この最後のルートは特別。というよりも、この世界のホルスが最初に観測したルートなのだろう。これが全ての始まりで、他のルートとは毛色が違う。
このルートだけは、一人占めができている。永遠でも、完全でもないけれど、小鳥遊ホシノの願いは叶っていた。永遠にはいられないという、たった一つの綻びを除いて。
「カヤツリが選べさえすればよかったって思ってる? 初めっから、小鳥遊ホシノを選んでいれば。カヤツリは不死になるようなことはなくて、王女は諦めて、こうなってないって」
そう、ちゃんと。ちゃんとカヤツリが王女を振りさえすれば、こうなっていない。今、この世界に王女が攻め込んでは来ない。王女には、それくらいの分別はあるとセトは思う。
「アンタは最初っから、気に入らなかったんでしょう。選べなかったカヤツリが気に入らなかった。ずっと文句を言ってたものね」
気に入らないから、何度も何度も言うのだ。何故、選ばないのかと。どうして選ばれなかったのかと。その理由をセトに聞くのだ。まるで、カヤツリの所為かの様に言う。
「だから、あの時に選ばせた。梔子ユメと小鳥遊ホシノを天秤に掛けさせた。今までの全てを、関係性を捨てられるか聞いた」
ホルスが干渉し突きつけた選択は、このルートと似通っている。
あの時、カヤツリが梔子ユメを選んだら、今までの事は無かったことになる。小鳥遊ホシノを選んだら、カヤツリにとっての、あの過去の世界で積み上げたものは無かったことになる。
あれは歪ではあるが、この状況の再現だった。あの状況下で、今のルートの状況下で。カヤツリが小鳥遊ホシノを選ぶのを、ホルスは願っていた。そして、因果を弄ってセーブまでする念の入れようだ。それもそうだろう。
普通なら見られた事には気づかない。けれど、王女は違う。そして、これを見た王女はどう思う。今、覗いて世界を変えたセトたちを見てどう思うだろう。
「この鳥頭! それで王女にビビッてセーブ!? こんなヘタレだとは思わなかった! そりゃあ、王女は殴り込んでくるでしょうよ! 幾ら、この世界線の接続が不可抗力と言ってもね!?」
王女は本気を出せばここを観測できる。最初は、唯の予防線として因果を弄ったのかもしれない。王女の方も、ここのホルスが観測して何かしたのを静観していたのかもしれない。地下生活者や無名の司祭の前例があるから猶更で、見ているだけだから何もしなかった。
そして、今回。不可抗力ではあるが、記録でしかなかった世界線が復活してしまった。この王女の世界線も被害が出ただろう。それも、最悪の結果で。
「方舟が勝手に沈むなら! 王女はベアトリーチェに対処できる! カヤツリは王女を庇わない! 不老不死にならない! 知らなかったとはいえ、なにあの子供部屋住みのカスみたいな真似をしてるの!?」
だから、最初は攻め込んでこなかったのだ。王女は満足していたから。それを不可抗力とはいえ、セトたちは破壊してしまった。
「そりゃあ、キレるでしょうよ! 勝手に世界を変えたんだもの! こっちの都合のいいようにね! まさか今まで聞いてきたのは、向こうが納得するようなルートを考えて欲しいからじゃないでしょうね!」
だから、順番に拘った。段々と対抗相手が増えていくように。納得できない出来事が増えるように。そして最後にこれだ。
今までの出来事を参照して、本命の王女ルートを見せて、何とか解決策を捻り出してほしいのだ。
その事についてセトは激怒して、ホルスを問い詰める。けれど、ホルスの反応は芳しくない。
「何。その目は」
「いえ、大幅に勘違いしているようなので」
「ああ? われ……私が勘違いしているって?」
セトの元々の口調が出かけた。そんな事を知っている上で、ホルスは言う。
「試したのは、そうです。選んで欲しいのもね。ですが、それだけじゃありません。向こうの王女が何をしたか見れば誰だってそうしますし、向こうが襲ってきているのは違いますよ。私に怒っているのはそうですが、そもそもは向こうの自爆です。ちゃんと有言実行していればね。そこを勘違いしてます」
「意味の分からない事をペラペラと! 勘違いって、それは! そっちが情報を絞っているからでしょうが!」
「全部話しても! 昔みたいに話を聞かないで、途中でキレるからでしょうが! あなたはいつもそうです!」
お互いに苛立ちの感情が高ぶって、バチバチと電撃が走る。向こうもやる気のようで、室温が上がり出す。
大体、コソコソと気に入らないのだ。本当にホルスの目的が、小鳥遊ホシノルートの固定のわけがない。それを前提とした目的が絶対にあるに違いなかった。
そして、ホルスにそうさせる存在は多くない。一つはセトの挙げた連邦生徒会長。そして、もう一つは王女だ。王女ルートを最後に持ってきた以上、セトの想像以上の何かがあるに違いなかった。
そしてホルスは、事ここに至っても、セトに全てを話さない。幾らなんでも礼儀というものがあるだろう。大体こいつは昔から……!
『ちょっと、落ち着いてください!』
画面からの大声に、セトは目を向けた。見れば困り切った顔のホルスたちが叫んでいた。
『そちらの私が気にくわないのも、説明が足りないのも分かりますが、お願いします』
「どうしようもない! まさか、説得が効くなんて思わないでしょう!?」
セトは首を横に振った。これで、向こうから見れば三回目だ。こちらを許す次元にはもうない。
『確かに、この世界線接続による改変が切っ掛けなのは確かです。でも、どっちの王女が攻めて来てると思ってるんですか?』
「どっち……? ああ、つまり、改変前か改変後って事? 方舟で多次元を観測できるから改変を認識できるからね」
『そうです。どっちだと思いますか? 今見た王女と、カヤツリ君がああならなかった王女です』
このホルスの言い様からして、死ねなくなったカヤツリと、そうでないカヤツリの王女がいるらしい。王女なら、改変前と後を比較できる。だから、そうしたこちらを認識し、襲ってきている。
「いや……改変後でしょ? 殴られた後じゃないと、殴られたって分からない。殴られる前に、殴ってくる相手を殴れない。それに、世界線接続後に襲撃が始まったことからもそうでしょう」
認識は出来る。だが、それは改変された前提あってこそだ。変えられたことを認識した、カヤツリがああならなかった方の王女が襲ってきていると見るべき。
そう言うも、向こうのホルスは小さく横に首を振る。
『襲ってきてるのは、改変前です。改変後の王女は、争奪戦で忙しそうなので。来るとしても決着がついてからでしょう』
「はぁ? いやだって、認識できないでしょう! 方舟を使えば分かるはずだけど、その理由がない」
それを聞いて、セトの頭が冷えた。それはあり得ない事だからだ。
改変後の王女なら分かる。目の前で、方舟が多次元からの攻撃で破壊されるのだ。何があったかを調べようとする。そして、ここを見つける。
だが、改変前の王女にはそのための導線がない。改変前というなら、方舟がそのまま現れる何もなかったルートだ。改変されたと認識できないから、ここに来れるはずがない。
でも、襲ってきているということは。改変され、分岐したことを認識している。でも、それはあり得ない。それは、あれほど忌み嫌っていた名もなき神々の力を濫用しているという事になる。
「……つまり、王女は。知らない筈の事を知っていると。方舟を使って、情報を収集してる? 全部が手に入ったのに? 私たちと同じような事をしてる?」
『その通りです。彼女は、そういった状況にあります。私が見て欲しいのは次です。あの子が居なくなってから、さらに先の未来の話です』
どうですかと。お願いできますかと。向こうの、王女ルートのホルスは頭を下げた。
「いい。さっさと見せて」
『ありがとうございます』
セトはため息を吐く。どっちにしろ、王女が殴り込んできている以上は対処が必要だ。断る選択肢はない。ただ、頭を下げたから。見て意見を述べるくらいは良い。
ちょっと嬉しそうな向こうのホルスと、不貞腐れている此方側のホルスを見比べる。
「……ホントに同じホルス?」
『あの子が居なくなった後、色々あったんです』
それ以上は、向こうのホルスは答えなかった。忙しそうにする向こうを見て。ふと、セトは思い出した。
「……そういや、唯人が、神のようなモノに目を付けられる。その結末は碌でもないものとか言ったね。それは死生観の話?」
最初から、セトはそうだと思っていた。昔からそうだ。人と神の違いは価値観で、それの行き違いで碌でもない方向へと突き進んでいく。大抵は神隠しからのヨモツヘグイへと行き着くのだが。今回は、死なない事に対する理解の浅さに該当する。
『ある意味でそうだと言えますし、そうでないとも言えます』
それは中途半端な答えだった。そして、その続きも。
『王女もそうでした。彼女は優しすぎた。完璧主義……いえ、中途半端だったんですよ。機械らしく振り切る事も、人間らしく寄り添うことも出来なかった。そのどちらも選べなかった。ある意味で選べなかったカヤツリ君と、お似合いだったのかもしれません』
準備ができたのか、向こうのホルスはこちらを向いて、口を開いた。
『それでは、始まりますよ。私たちにとってはこの後すぐの出来事で、彼女たちにとってはたぶん、数千万の明日の先の出来事が』