ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
──あなたは行動する前に、もっとよく考えなさい!
良く両親に言われていたその言葉の意味を、少女は今噛み締めていた。もっと前にこうだったなら、こんなことにはならなかっただろう。
少女の目の前には、熱い日差しに照らされたアビドス砂漠が広がっていた。右も左も、後ろですら砂の色一色、アビドス砂漠のど真ん中。ようやく見つけた砂丘の陰で、唯一の持ち物である銃を抱えたまま、少女は蹲っている。
つまるところ、少女は遭難していた。数日前に家を勢いよく、考えなしに飛び出さなければこうなっていない。両親は正しかった。いつも正しかったのだ。
「このまま、しんじゃうのかな……」
そして、幾ら考えなしの少女でも、このままどうなるかは分かる。このままここで干からびるのだ。誰にも知られないまま、一人で。
そう思うと、悲しくなってくる。水をずっと飲んでいないせいか、涙は出てこなかった。それでも、震える泣き声だけは出る。
「こんなことなら……」
「おい」
「誰!?」
聞きなれぬ声に跳び起きて、唯一手放さなかった銃を突きつける。そこには人が一人立っていた。
見知らぬ若い男だ。一目で砂漠用であろう装備をして、捜索用なのかドローンを浮かせて、呆れた顔で少女を見ている。
──助かった……
救助らしい出で立ちに、安堵のため息が零れる。死の恐怖と孤独感が薄れていって、全身の力が抜けて銃が降りる。
「あの、すいません。私、遭難して……」
「ああ、見れば分かる。ほら、水」
そんな少女の事はどうでもいいのか。水筒を押し付けてきた男は砂丘の上を指差す。
「足を用意したから、ここから早く出ていけ。帰る場所も待っている人もあるんだろう?」
「……足? 用意した?」
水を飲み終えた少女は水筒を抱えて固まる。
救助隊では無いような言い方だ。少女の中で、それが引っかかり、違和感が噴き出してくる。死への悲壮感が麻痺させていただけで、妙な点がぽつぽつと出てきた。
この場所には何もなかった。見渡す限りの砂原で、車やヘリなどの音はしない。そもそも、この男はなんだ。
いくら何でもおかしい。少女がここに居る事は、誰も知らない筈。そして、ここは誰もいない場所だ。それなのに男はここに居る。その上、少女の事情を知っているような口ぶりだ。
少女の警戒心が跳ね上がった。水筒を放り出し、下ろしていた銃口が、再び男を狙う。
けれど、男は呆れの表情を崩さずに少女へ言う。
「何で知ってるとかは言わなくていい。ずっとブツブツ喋っていれば、断片だけで嫌でも分かる。思考が口から漏れてるからな」
つまり、自分で言っていた事になる。少女は慌てて、片手で口を抑えたが、男の呆れた視線が増すだけだった。
「頭が回らないようだから……質問には一応答えるが。私がここに来たのは、不法侵入者の形跡があったからだ」
「不法侵入者?」
「そーだよ。君の事だ」
男は少女を軽く指差す。嘘を言っているような雰囲気ではない。
「ここは、私の土地なんだ。ちゃんと封鎖されてただろう? 侵入されたら分かるようになってないなんて、そんなことはない。カイザー……もうないんだっけか? とかく不法侵入で罰金を取られたくないだろう?」
「いえ、知らなくて……」
「そう、なら次からは気を付けるように。空き地に見えても、そこは大体誰かの土地だから。それ以前に、そんな軽装備で砂漠に足を踏み入れるのはお勧めしない。精々が、砂漠横断鉄道の線路沿いならまだしも」
真っ当な指摘に言葉もない。男の小言は止まらなかった。
「私だって、これくらいの装備はいる。そしてそうでない君は遭難していたわけだ。あまつさえ、ここで勝手に死んじゃうだのなんだのと。本当に迷惑だ」
「えっと……それは、ごめんなさい」
「よろしい。なら、話は終わり。着いてくるんだ」
少女は目を瞬かせる。もっとガミガミ言われると思っていたのに、本当に話が終わったのだ。その証拠に背を向けた男は今も、着いてこない少女を肩越しに見ている。
「立てない?」
「い、いえ。立てます……」
少女は慌てて立ち上がって、男の後を追う。
変な男だった。親以外の人間の男というのも初めてだ。それに、なんだか話しやすい。男の雰囲気がそうさせるのか、怒られているのに少女の口は良く回った。
それに、やけに手馴れている。
少女の扱い方が手慣れている。初めて会ったのに、踏み込まれたくない所は踏み込んでこないのだ。今も引き起こそうとしてこないし、謝ったら終わりだ。両親ですらこうはいかないのに。
砂丘を登ると、男は待っていた。しかし、そこには何もない。
「あの……」
「もう来る」
何が来るのか。また不信感が頭をもたげる。そのせいだろう。今度は気づくことができた。
「何、あれ……」
遠く、水平線の向こう。そこから何かが砂をかき分けて、ここへ向かっていた。
まるで水面から背びれを出して泳ぐサメのように。それは大きくて、長い何かを砂上に出して、少女の傍へと横付けした。
近くまで来ると、それはサメなどではない事が分かる。それは白い巨大な蛇のようなナニカだった。
それは砂漠から頭を出して、擡げている。蛇の様に口はあるし、目も長い身体もある。だが身体は白い鋼鉄で、目は一対だけでなく複数あり、全長は見上げるほどに巨大だ。これを何と形容していいのか少女には分からなかった。
「ありがとう」
男はソレと知り合いなのか。どうしているのかは分からないが談笑しているようだった。男の言葉が終わると、ソレの目が光っているから会話しているのが分かる。
話が終わったのか、男は少女を振り返ってソレを指差した。
「じゃあ、乗って」
「え……何に?」
「だから、ビナーに。君を砂漠の入り口まで連れて行ってくれる。三十分もかからないだろう」
ビナーと呼ばれたソレを、少女はまじまじと見る。これに乗れと言うのか。流石の少女も、これには足踏みする。
普段であれば一も二もなく飛び乗っただろう。自分で全てを何とかできると思っていたからだ。だが今まで遭難していたのは、その傲慢さにある。同じ轍を踏む勇気は、少女には無かった。その上、こんな得体のしれない物と二人きりにされるのは不安が勝る。
「ホントに乗るんですか? 振り落とされたりとか……」
「そんなことしないよ。そもそも、君がここに入ったことを教えたのはビナーなんだ。なぁ?」
そうだよと言うように、ビナーが首を傾げる。これが、車に乗った人間であれば完璧だったが。目の前にいるのは鋼鉄の蛇だ。全く安心できなかった。
「ああ、怖いのか。しょうがないな……ったく。私も乗ろう」
ビナーが、大きく身動ぎした。それは男に、それでいいのかと聞いているようで。男の答えもその通りだった。
「あの……ごめんなさい」
「別にいい。乗り掛かった舟だから」
ビナーの背中は滑らかで、掴むところはなかった。恐る恐る上る少女とは対称的に、男の方は慣れた様に昇っていく。
ビナーの頭。広く安定しそうな平らな部分に二人が到着すると、ビナーは進み始めた。来た時のイメージとは真逆でとても安定している。ただ、風だけは強くて、座っても大丈夫かと少女は下をちらちらと見た。
「座ればいい。それくらいで怒らんだろうし、役得だとか言って喜ぶかもな。此奴の仲間は愉快な奴らだったりする」
そう言いつつ、とっくに男は腰を下ろしていた。少女の方を見ずに、遠くの方を見ている。言葉に甘えて、少女も腰を下ろした。
「あの……すいませんでした。凄い迷惑をかけて……」
何だかいたたまれなくて、少女はもう一度謝る。男は何も言わないが、迷惑をかけているのは分かったからだ。
このビナーとやらを、少女は知らない。きっと他の人間もそうだろう。ここを封鎖しているのは、それなりの理由があって、そのうちの一つがビナーではないのだろうか。そういった事を少女が滅茶苦茶にしたのは分かる。
「ふぅん。ビナーを見ただけで、そこまで理解できる……考えなしでも、バカじゃないのか。見せなくても、話だけで何とかなったかな……」
驚いた様に男は、そう呟いて。顔だけを少女の方へと向けた。
「バカじゃないなら、何でこんなところへ来た?」
「それは……」
あまり褒められたものではないから、少女は言い淀む。
「言いたくないなら良い」
「待ってください。言います。このままだと、あなたが誘拐犯に間違われそうですし」
何だか惜しい気持ちがして、少女は男を呼び止めた。相談してみるのもいいかもしれないと思ったのだ。
この男は若いが、底知れなさがあった。見た目と雰囲気が一致しない上、観察眼がありそうだった。そうでなければ、気難しいと自認している少女がここまで話せない。
自分の恥を話すのは辛い。だが、この大人相手なら話せそうな気がした。このモヤモヤを解決してくれそうな雰囲気がある。
「それは、くだらない理由なんですよ」
切っ掛けは些細な事だ。学校でいじめを目撃したから、いじめていた方を叩き潰した。そうしたら、少女の方が叱られたのである。
「私は、正しいことをしたんです。でも、それはいけないって言うんです」
虐めっ子たちを再起不能にしたのはやり過ぎだと、そう怒られた。再起不能と言っても精々が骨折くらいだ。人間には数百本も骨があるのに、一本位でガタガタと。ああいう奴らはやられた時だけの声だけは大きくてイライラする。
それでも、悪い事をしたのは、叱られるようなことをしたのは自分だと分かっている。でも、自分でも分かっていて、悪いと思っていることを叱られるのは嫌な事だった。
あまつさえ、過去の失敗や悪行を並べ立てられて。そんな事はいけないと、何故そんな事をするのかと、此方の意見を聞かずに捲し立てられる。
だから、我慢できなかったのだ。初めて、本当に生まれて初めて、親に向かって怒鳴った。
「……あんな顔するなんて、思わなかったんです。そんなつもりじゃなかった」
少女の事なんか分からない癖に、グダグダいうなと。少女なんか迷惑だとしか思っていないんだろうと。ずっと思っていて、言わないようにしていた事を、少女はぶちまけてしまった。
その時の親の顔を、少女は今になっても思い出したくない。
それで、居た堪れなくなって、逃げ出してきたのだ。兎に角にも家から、親から離れたかった。誰もいない所へ行きたかった。
けれど、その始末がこれだ。アビドスで、誰もいない所と言えばアビドス砂漠。整備されて砂祭りが開催される大オアシスではなく、もっとその奥。
昔のアビドス自治区は酷かったらしい。金も無ェ、土地も無ェ、
そして、その場所はまだ。過去に取り残された場所だと、アビドス住みなら誰でも知っている。それは、何かが居てとても危険だからだと、だから誰もいないし隔離されているのだと、皆口を揃えて言う。
でも少女は高をくくっていた。少女は強いから。学校どころかアビドスで、誰も敵わないほどに強いから。何かが居てもきっと大丈夫だと、そんな事を思っていた。少女は自然を舐めていた。
アビドス砂漠に足を踏み入れるまでは良かった。ただ、奥は全く様子が違う。巨大な砂嵐が、何も知らない少女を襲った。
数分も歩かないうちに、砂嵐に巻き上げられて、どことも知れない所へ飛ばされた。飛ばされた場所は四方八方が同じ景色で、同じ方向へ進んでいるかも分からない。
そういう時にはコンパスだが、少女は持っていない。地図もない。水もない。歩きで砂漠をぐーるぐる。完全に疲れ果て、蹲っていたところに男がやって来た。
話を聞いた男は、納得したように口を開く。
「ふーん。そうか、そりゃあ、怒られる」
「……なんで、そう思うんですか?」
「やり方が悪い。馬鹿正直に正面から殴る奴があるか。そうされたら、怒るしかないだろう。その方法は間違ってるからだ」
少女の問いに、男は目を細めて答えてくれた。親と似たようなことを言いつつも、伝え方は優しい。
「……でも」
「君自身が正しいなんて思ってない。最初から分かってる。本当にそう思ってるわけじゃない。そうだろ? だから、怒られて耳が痛い。それは言い訳だろう。君はただ、暴力を振るいたかったんだ。目の前の光景が無くなってほしかった」
口調の問題か、それとも論調の所為だろうか。間違っていると言われても、妙に腹が立たない。それは、寄り添った答えだった。
「君は、自分が思う通りに世界にあって欲しいんだろう。正しくあってほしい。暴力は手段であって、振るう事が目的じゃないのに、その事ばかり言われるのが気に入らない。間違っていると言われても、それ以外の方法を知らないから全く納得なんてできない。間違っているのはどう見ても向こうだもんな」
目も合わせない癖に、心を覗かれているのかと思うほど。男の言葉は的確だった。そして、責めるような色もない。
「まあ、やり方の問題だな。直接暴力を振るわなくても、上手いやり方はある。でもその前に、親には謝った方がいい」
世間話をするように軽い口調の中身に、少女は眉間に皺が寄る。それに目ざとく男は気づいたらしく笑う。
「その様子からして、やっぱり本題はそれか。許してくれるか分からない。大丈夫だ。そう言う年頃、中学生だろ? 随分な事を言ったかもしれないが、若気の至りって奴で許してくれるさ」
少女は不安でしかない。ここでは言えないが、結構な事も言ったのだ。そして数日の家出。もう知らないと言われても、仕方のない事をしている。そうでないとしても、今まで通りには居られない。
「そうですか……?」
「何でそう思う。君はまだ子供だろう。一回も間違えず、怒られない子供なんていやしない。向こうも分かってる。分かってるから怒るし、君に言われてショックだったんだろうさ。何も思っていないなら、君に何を言われたところで気にもしない。興味がないんだからな。逆に大事に思ってるから君に怒るし、君に言われてショックを受けるんだよ。今だって君を探しているに決まってる」
「だから、気にするんです……」
そんな事が分からないほど、少女は心が無いわけではない。両親がそうしているだろうことは分かっている。分かっているからこそ、不安なのだ。
「あれは、本心でしたけど。それだけでもないんです。今までのことも感謝だってしてます。でも、あの言葉で全部が嘘になるような気がして……」
「それは、向こうも同じだと思うよ」
「向こう?」
「君の両親も、そう思ってるって事だよ」
「そうですかね……」
そうであったら良いと思う。けれど、どうだろうか。今の少女には何も分からない。
「言うほど、親も完璧ってわけじゃない。何せ、誰しも親をやるのは初めてだからな。自分の子供の頃を思い出して何とかするしかない。やり方や伝え方も間違える。間違えて、その上で。どんな選択をするのかが大事なんだよ。選択の正しさは関係なくね」
「随分と分かったような事をいいますね……」
「そりゃあ、経験談だから。最終的には上手くいったけども、まぁ大変だったよ。今でも良かったと思えるけど」
「は?」
少女は男を二度見した。どう見ても、独り立ちした子供がいる様な年には見えなかった。せいぜいが二十代くらいにしか見えない。
「あなたは、一体幾つなんですか?」
「少なくとも、君よか年上だね」
男はさらりとはぐらかす。ここだけは答えてくれない様な気配がして、少女は追及を止めた。それを待っていたのか、男は口を開く。
「まぁだから、案外元通りになるって事だよ。そんな心配しなくてもね。そこからどうすれば良いのか話せば良いさ」
「おじさんみたいな事……」
「おじさん?」
「親戚のおじさんみたいなことをって言ったんですよ。実際には居ませんけど」
漸く、この男の雰囲気の正体が分かった。近くて、さりとて遠い。それでも他人と言うほどではない。それくらいの微妙な距離感。巷の話に聞く親戚のおじさんの様な感じがする。だから、こんなに話しやすいのだ。
「おじさん……おじさんね……久しぶりに聞いたな」
「あ……ごめんなさい……」
少しだけ、男がしんみりした雰囲気を醸し出したので慌てて謝る。幾ら何でも、おじさん呼ばわりは失礼に過ぎた。でも、男はヒラヒラと手を振って気にしていないと言う。
「もうすぐ着く。今から何を言うか考えておいた方が良いんじゃな……うげ」
「うげ……?」
男が、らしからぬ声を上げる。男は前方、進行方向を見ていて顔を顰めている。
そこには少女が乗り越えてきた封鎖線がある。その向こう側、アビドス側に何人か立っていた。
三つ子だろうか、白の髪色をした小さな少女たちと、側にバカでかい帽子を被った白い女性がいる。その女性がこちらを睨みつけていた。うげなどという声を出すのも頷けるくらいには視線が厳しい。
「うげ……」
固まる男を笑おうとした少女であったが、男と同じ声を上げる。少女と女性たちの後方に見覚えのある車が止まっている。あれは、少女の家の車だ。つまりは、両親がそこにいるのだ。
まだまだ先だと思っていた両親との再会に少女は焦る。まだ何も考えていない。会う事に対しての心構えはできたが、何を言うかはまだ何もない。まっさらだ。
流石に、ごめんなさいだけでは片手落ち。もっとちゃんとした言葉が必要なのは分かる。
だから、向かい風で靡く桃色の髪を抑えながら、少女は何を言おうか考え始めた。