ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
「ごめんなさい……!」
視線の先で、少女とその両親が抱き合っていた。それを確認したカヤツリは、そろそろとその場から離れていく。
後で、書面か何かで気にするなとでも送ればいい。これ以上の干渉は決していい結果を生まないだろうから。
「うん、良かった」
少しずつ遠くなる家族のひと時を見つめながら、カヤツリは呟いた。
人生の中でよくある、すれ違いの上での喧嘩。それが永遠の別れになるのは悲し過ぎる。そうならないのが一番で、あの少女は上手い具合に着地できた。それが只々嬉しい。
きっと、もうこんな事はしないだろう。喧嘩はしても、アビドス砂漠へ飛び出すような真似はしない。今日までの数日間を教訓として、あの少女はこれからを生きて行く。
それが普通だ。その普通が流れてくれる事が嬉しい。それが普通と受け入れられるアビドスが、ここにある。
アビドスはかつての寂れ、治安が悪く、土地も何もない自治区ではなくなっていた。アビドス高校だけだった学園も増え、土地も取り戻し、住人はあの頃の何倍だろうか。多分、今なら三大校とも張り合えそうに思える。アビドス帝国と言われていた、かつての栄華をカヤツリは知らないが。少しでも近づけることはできたのではないかと思う。
カヤツリには、時間だけはあったから。それに先生や対策委員会が残してくれた権力も。それらを全力で回せば、どうにでもなる。
カヤツリの夢は、もう叶っていた。いや、本当はもう、ずっと前に叶っていたのかもしれない。
そんな事を思って、それから進行方向へと向き直る。
空気を読んだのか、ビナーからみた場所から離れた場所。そこには四つの人影が待っていて、カヤツリは小さく溜め息を吐いた。
「で? 何の用だデカグラマトン」
「やはり、見抜くか」
やはりも何も、分かった理由は簡単だ。マルクトは、ああいう顔をしない。睨むとか怒るとか、ああいった負の感情とはまだ無縁だから。
そしてデカグラマトンが態々マルクトの身体で来たと言う事は、碌な理由でない事は察せられる。
だが、デカグラマトンから聞き出すのは、それなりに面倒だ。何だかんだ長い知り合いだから、手の内はおおよそ割れている。なら、聞く相手を変えるべきだろう。カヤツリはアイン達三人へと目を向けた。
「それで、三人も何の用だ? 同じ理由か?」
「あの娘は誰なんですか? あなたにしては、随分と親切にしていましたが。私たちと同じくらいに」
三人を代表するようにオウルが聞いてきて、カヤツリは内心で渋面を作る。これだけで、デカグラマトンがここに来た理由が分かったからだ。相も変わらず、使う手は代り映えしない。
「親戚だよ。遠い、遠いね」
「親戚? あまり似てないけど?」
「そりゃあ、ソフ。
ソフは納得したようだったが、そこはかとなく、不安げな表情だった。アインは見るからに隠しきれていないし、オウルは一番隠すのは上手いが、せわしなく動く身体が隠せていない。
「いいか。別に、お前らを置いて行ったりしないよ。あの娘とはこれっきりさ。名前も知らないしな。疑うなら、この後好きなところに連れて行ってもいい」
「ホントですか!? お姉さまもですか!?」
アインの表情が輝いて、尻尾もブンブン暴れていた。それを崩さないためにも、カヤツリは頷く。
「いいよ。どこに行きたいか、三人で話して決めていい。お金は気にするなよ。唸るほどあるんだし、三人に使うんなら、惜しくもなんともないからな」
「三人? お姉さまは?」
ああ、とカヤツリは思い直した。彼女抜きでの話は確かに嫌だろう。
「マルクトは、後からだな。デカグラマトンに話があるから、終わってからになる。それまでに三人で候補を決めておいてくれ」
それで安心したのか、三人は離れた場所で話し始めた。表情からは不安そうなものは消えていて、カヤツリは一安心する。
「それで……生きてて恥ずかしくないのか?」
カヤツリは黙り込んだままのデカグラマトンを詰った。割合、カヤツリは怒っている。マルクトや三人を出汁に使ったからだ。
「マルクトになんて言って、身体を貸してもらったんだ? ん? あの三人が不安そうだからとかか? まさか、創造主の立場でゴリ押したとか言わないよな。だから、あの三人はお前に懐かないんだよ。曲がりなりにも親みたいな立場のくせに、ファンネルみたく使うな」
「ならば何故、アビドスに足繁く通う。ダアト。いやビナーの複製コアに、何をやらせている。何故、従者やあの方に寄り添わない?」
「ハッ、進歩しないな。いつもの十八番か?」
カヤツリはデカグラマトンの追及を鼻で笑う。
「自分の事は棚上げか。いつまで成功体験に縋ってる。悪いが、もう効かない」
「違う。そのつもりで言ったのではない。私は、私なりに憂慮。いや後悔しているだけだ」
本体の自販機でないせいか、デカグラマトンが心配そうな顔をしているのが新鮮だった。始めて見たかもしれない。
「私は、悪かったと思っている。あの時、あの方に寄り添えと追及するのではなかった。こうなるとは、思っていなかった。貴様は、忘れられないのだろう? ……あれは、あの子供は、お前の子供ではない。ましてや、小鳥遊ホシノなどでは……」
進歩しないと言ったのは、訂正した方がいいかもしれなかった。デカグラマトンなりに、色々考えたのだろう。
「貴様は、思っているのではないか? あの時、小鳥遊ホシノと一緒に、同じようになっておけばよかったと。だから、アビドスに今も通い、あの子供に世話を焼いたのではないのか?」
デカグラマトンの言葉を聞いて、カヤツリの記憶が過去へと跳んでいく。
──カヤツリ、ちょっと時間をもらうよ。
あの話し合いの時、ホシノはそう言った。二人とも選ばせて欲しいというカヤツリの出す条件を呑む代わりに、ホシノは自分が居なくなるまでの独占を申し出た。
自分が居なくなってからは好きにすればいい。その代わりに、自分が生きている間の時間はもらうと。
理屈の上では、割に合った取引だ。カヤツリと王女は死なないのだから、それは通る。気持ちを抜きにすればの話ではあるが。
独占ということは、王女とは数十年の間、関係を断つと言う事。その間はカヤツリ抜きで過ごすと言う事。しかして、王女はそれを呑んだ。
ある意味で、カヤツリの望みは通った形にはなったが、全く気持ちは楽ではなかったのを今でも覚えている。その後に、説明した時の事もだ。
カヤツリは後輩たちに全てを説明した。流石に嘘は付けなかったからだ。最低だとセリカとアヤネは怒り、自分が勝ったら撤回しろとシロコは決闘を挑み、ノノミは口を固く噤んで何も言わなかった。
結局、決まったことだと、全部自分が悪いのだとゴリ押して。カヤツリはホシノと一緒になった。ホシノとの日々は目まぐるしく、楽しかった。色々なことを経験して、学生の時と同じように、アビドスに注力して。そして、そのまま時が経ち、全員が居なくなった。居なくなった後も、呆れるほどの時が流れて、カヤツリは今ここに居る。
デカグラマトンが、今更になって気にしだした理由も分からないでもない。
「何だ? ケイの様子を見て、思いついたのか? それで俺もそうで。何とかしようって?」
「ああ、そうだ。貴様とは違い、あの従者は酷かった。今もだ。それに、こうでもしなければ、貴様は素直に喋らんだろう」
カヤツリは質問に聞き返すと、デカグラマトンは直ぐに頷いた。その件は、カヤツリも知るところだ。
「まぁ、そうだろう。ミレニアムの面々は、本当の意味ではもう誰もいないからな。確かに、暫く酷かった。俺に謝ってきたのを覚えてるよ」
ケイの知り合いが誰も居なくなって、ケイは知ったのだろう。あの時にカヤツリが恐怖していたことを知った。そして、自分がカヤツリに強制したことも。
だから謝った。あんなことをして、何も知らずにあんなことをして、申し訳なかったと。
だがもう終わったことだ。いつまでもネチネチと責め立てる趣味はカヤツリに無いから、その場で許した。ケイは全く納得してはいなかったが。
「今でもケイがエンジニアたちと遊ぶ時、偶に悲しそうな顔をするもんな。特に、四人対戦のゲームをする時」
どう考えても、ゲーム開発部の事を思い出している。四人でゲームをしていた時の事でも思い出して、感傷に浸っているに違いなかった。デカグラマトンもそう思った。
「それと同じものを。私は貴様に見た。あの従者が、過去に製作したゲームを振り返る様に。貴様も過去を振り返るのだろう?」
「それに気づいた王女が気に病んでるって? そう見えたから、こんなことをしたのか? まさか、代わりに謝っておいてくださいなんて頼まれたわけじゃないだろ?」
デカグラマトンは面白いように身動ぎした。気を回し過ぎだ。
「俺もとっくに気づいてるし、そこまでお前が気を回す必要なんかないんだよ。余計な世話だ」
「だが、どうすると言うのだ。従者も、王女も、貴様も、いつか破綻するのではないのか。出来ることがあれば、私が動く」
デカグラマトンは、環境を保ちたいのだろう。口が裂けても言いはしないが、デカグラマトンがこの環境を気に入っているのは知っている。昔からそうだ。
でも答えは分かり切っていた。
「どうにもできない。これは俺の問題で、ケイの問題だ。それぞれが別々で、各々が飲み込むしかないんだよ。一つ言うなら、あの時みたいに急かさないでやってくれ」
「やってくれ? 貴様は、どうだというのだ。貴様はまさか、振り切ったとでもいうのか?」
「振り切ってはいないな」
振り切ってはいない。振り切る必要もないとも思っている。その必要はもうないから。
「さっきの質問に答えようか。そうだな。死ねばよかったと思ったことはある。ホシノと一緒に、死んでいればよかったとね」
その手段はあった。向こうの自分に頼んで、神秘を抜いてもらえばいい。そのまま死ぬから解決策にならないだけで、死ぬことだけは出来るのだ。
「でも、そうしようとは思わない。最初は辛かったけどな」
「今は、辛くないと言うのか?」
カヤツリは直ぐに頷く。
「うん。今は辛くない。会えないけれど、残されたものはそこにある。アビドスとか、まぁ他にも色々」
最初は辛かった。もう会えないし、話せないのだから。そこで漸く、カヤツリは夢が何だったのかを自覚した。対策委員会と、ホシノと、本当だったらユメと、何かを作り上げたかったのだ。それが何であれ、何でもよかったのだと。
作り上げる仲間が消えてから気づいても後の祭り。でも、全てが消えたわけではなかった。
アビドスが残っていた。まだ、完全に蘇った訳ではないアビドスが。後輩たちとホシノと作り上げたものが残っていた。それだけでもない。ホシノとの日々が、思い出が、数多の残したものが、そこにあった。
「だから、守ろうと思った。それが消えてしまわないように、守ろうって。それは、今も続いている」
それが、今さっきの事になる。それを聞いたデカグラマトンは首を傾げた。
「だから振り切らないと? 嫌味ではないが、王女に対してはどうすると言うのだ」
「真摯に対応する。それに、振り切らないっていうのは、ホシノの事を抱えて置くって事じゃない。心の片隅に埋めておくだけだ」
少し感傷的な気分になる。なぜか、デカグラマトンが後ずさりした。
「乾いた目だ。まるで砂漠を彷徨う幽霊ではないか」
「幽霊か。言いえて妙だな。確かにそうかもしれない。そういう部分は、ホシノが居なくなったあの時に死んだから。そういう意味では幽霊だ。だから、普段は出さないんだよ。死んでるんだからな。こんな目なのは、無理矢理引きずり出したからだ」
死んだ、ホシノを想うカヤツリを無理矢理叩き起こした。確かにそれは幽霊で、ゾンビだろう。普段は死んでいるのだから。そして、死んでいるのなら存在しないのと同じだ。
「でも死体と言う形で、俺の中にそれはある。ある以上は消えない。だが、死体だ。だから、気にしないように墓に埋めてあるんだよ。時々、本当に時々、掃除をするくらいは良いだろう。それで終わりだ」
墓参りをするように、大切だった人達が残した物を手入れする。墓が荒れ果てれば周りの景観も荒むように、カヤツリも荒む。だが、人は毎日墓参りはしない。普段生きていて、墓の事を気にする人間はいないだろう。それと同じように、カヤツリも普段は意識していない。
「ケイも今はその時期なんだよ。まだ埋められないんだろう。暫くしたら落ち着くだろ。時間は幾らでもあるんだから、そっとしておいてやれよ」
時間を掛けて、ゆっくりと。そうやって飲み込むべきだとカヤツリは思う。いずれ選択するなら、どれだけかけてもいいと思うのだ。カヤツリは、そうしなかったから。
カヤツリは逃げたのだ。決める事から選択することから逃げた。二人を傷つけたくないと言って逃げた。二人のためだと言って、選択の責任を負わなかった。カヤツリは二人に決めさせたのだ。
「そうするべきだったんだよ。俺も、そうするべきだった。答えを用意して強要するんじゃなくて、答えを用意しなくても良かったんだ。情けなくても何でもいいから、意見を聞いて。何かを選択するべきだった」
ホシノとの生活で幾つも知ったことがあった。あの三人との接し方などが最たるものではあるが、一番は違う。
正解など、どこにもないと言う事だ。二人で納得したことが正解なのであって、初めから正解を用意するのは違う。
今、カヤツリの傍にいるのは王女だ。今度こそ、逃げずにそうしようと。カヤツリは、一緒に考えようとしている。
「だから、聞いてるんだけどな……」
そう言うと、デカグラマトンは首を横に振った
「未だに引きずっているという疑念は私の取り越し苦労のようで安心したが、根本はそうではない。根本は、あの時から変わらぬ問題のまま。誰も王女を止められず、王女は全てを思い通りにできる事。それを払拭するには一つしかない」
重々しく、たった一つのシンプルな答えを、デカグラマトンは口に出す。
「それは、全力の王女に勝つことだ。そうすれば、王女は自分を疑わなくてよくなるだろう。絶対の存在ではなくなるのだから。だが私も、今は行き詰っている。王女には太刀打ちできないだろう」
「ああ……ずっと忙しくしてるのは、そのせいか」
カヤツリは引っかかっていたモノが取れた気がした。デカグラマトンがマルクトを独力で作り上げた時、ドール趣味にでも目覚めたのかと思ったが。随分と真面目な理由だった様だ。
「預言者を全部完成させて、王女より強くなろうって言うのか。あの時、鋼鉄大陸でそうしようとしたように。そうすれば、王女は苦しまないって?」
「そうだ。貴様の傍にいるビナーコアの複製。それを十一番目の預言者、ダアトとして再定義した。その上で、十番目の預言者、マルクトは完成し、我が道程は完成を見た。見たが……」
デカグラマトンは、そこで言い淀む。
「今見れば分かる様に。私が入ればこの通りだ。マルクトは眠る。私が本気を出すとなれば、マルクトと言う存在は消失するだろう。流石にそれは選べない。あの三人は泣くだろう。預言者たちは糾弾するだろう。そして何より、それは私の求めた神の振る舞いではない」
カヤツリは驚いた。デカグラマトンが、まさか。こんなことを言うようになるとは思っていなかった。それはある意味で、あの三人やマルクト、預言者たちのお陰かも知れない。
「……やっぱり、さっきのは謝るよ。預言者たちに感謝だな……」
「貴様……」
謝って、珍しく褒めたのだが。デカグラマトンは不満そうに鼻を鳴らす。すっかり不機嫌になってしまった。
「じゃあ、目的は同じな訳だ」
「何? ここには、感傷の為に来ていたのではないのか?」
まさかと、カヤツリは否定する。感傷の為に来るのであれば、もっと頻度は低い。それに、侵入者が分かる様にビナーに見張りを頼まない。
「ちゃんとここに眠る遺産に用があるんだよ」
「遺産だと? 対策委員会のものか?」
「いいや、違う」
聞き返えしてくるデカグラマトンへ、カヤツリは端末を差し出す。
「何だ。これは」
「いや、俺の考えとは違うが、終着点。王女を超えるしかないって言うのは、ある意味で同じなんだよ。これは、その材料と言うか……手がかり?」
「これは、AIか? それに何故、疑問形なのだ……」
デカグラマトンが片眉を上げるが、そうとしか言いようがない。スイッチを入れると、画面が光る。
そして、カヤツリにとっては馴染み深い声が聞こえた。
クックックという、特徴的な笑い声が。