ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
王女が座席に座っても、セトの見ている画面は止まらなかった。世界が巻き戻り再び始まる。それをずっと繰り返している。もう何回目の周回なのか、セトは数えていない。
「成程ね。これが、このルートだけ総量が多かった理由か」
数千、万年分にプラスして、周回分が含まれていればそうだろう。その周回の末路も、画面を見なくても察せられる。だってまだ続いていて終わっていない。だから数えるだけ無駄だ。
結局、上手くはいかなかったのだろう。だから、周回は終わらず、そのデータだけが積み重なっている。その理由も分かり切っていた。
少し前に言ったとおりだ。あの王女が、あの場所で記憶を持ったままやり直している以上。因果は持ち込まれ結果は変えられない。どこかの連邦生徒会長とそっくりである。嫌いな相手に似てくると言うのも、あながち間違いではなかったのだろう。
「……ふむ」
ちらりと、セトはホルスを見た。今なら、これを最後に持ってきた理由も分からないでもない。
「結局、これを見て怖くなったわけ?」
「そうですよ。普通に考えれば分かるでしょう? あの娘が幸せになって、満足しているなら。私としても文句はありません。その後の世界で何をやろうと文句はありませんよ。今のままであればの話ですが」
画面を指差すセトに対して、今はとホルスは繰り返す。
「ここまでは良いです。自分の世界に引きこもって、リセマラを繰り返しているだけですから。でも、見たでしょう?」
何を見たのかは、聞き返さずとも分かる。セトは画面から目を離した。
「まぁ、王女の性格上。耐えきれなくなる。理由を探して、見つからなくて。全てを疑って、原因を作り始める。仕方ない事だけど」
人間、切羽詰まると途方もなく愚かなことをするものだ。冷静な時には鼻で笑って、笑い飛ばしてしまいそうな愚かなことを。その時だけは真剣にそう思ってやる。そんな思考の隘路にはまり込む。
あの王女は、それだろう。細かいところを見逃せず、そのままにしておけない性格。それと生まれ持った力が少しの傷を放置させない。蘇生の際、カヤツリに手を加えてしまったと言う事実が見ない振りを許さない。
それにあの王女の姿。それが名もなき神々の王女としての本性だと、セトは思いたくはなかった。あれは本性ではなく追い詰められているだけだ。余裕のない姿を本性とあげつらうのは、セトにはできない。
画面を再び見れば、もう何回目だろうか。あの場面だ。王女が必死に、大穴が開いたカヤツリを何とかしようとしている。力を使って蘇生を試みていた。
「どう見ても、王女は蘇生にしか力を使ってない。多分、そのことを薄々は分かってる。でも、それを自分で認められない。確かな証拠が欲しい。カヤツリに対して、力を使ったこと自体は事実だからね」
それだけは、確かにあったことだからだ。後は、カヤツリの言ったとおりに自分を信じられなくなる。ずっと、カヤツリが本物なのかを試し続ける。
「だから、不都合を求める。不都合が起こっているうちは、思い通りになっていないという事だから。それで、不都合が無くなると、ああなる。いつかは我慢できなくなって……」
「理由を外に求めるようになります。いつか、自分の世界だけでなく他の世界も、ここですら巻き戻すかもしれない。それに、あの天童アリスと調月アリス。彼女らを依り代に現れるかもしれない。そう私は思ったんですよ」
やっぱりなと、その言葉をセトは飲み込む。思った通りだった。ホルスは、この世界線を最初に確認して恐怖したのだ。この世界が巻き戻しに巻き込まれることを恐れた。だから、巻き戻せないようにした。カヤツリに一人を選ぶ様に強制したのも、王女が横入りするのを防ぐため。何ともよくやってくれた。
「それで、こんなことをしたの? 巻き戻せないように、あんなことを? 随分な被害妄想だと思うけど」
「でも、実際になってるじゃないですか」
「それは結果論でしょうに。この事態は世界線接続の結果で、そっちの思惑とはまた別モノでしょうが」
セトは溜息を吐いて、近くの椅子に座り込んだ。両頬に手を当てて、思考を回す。
「最初に、他のルートを見せたのは慣らし? ゲヘナ、ミレニアム、トリニティ、ネフティスの順番も意図があって、この順番にした」
それは、ホルスが自分で言っていたことだ。あの時には意味が分からなかったが、今なら分かる。
「全部、チュートリアル。ゲヘナの内容はシンプル。こういう未来も存在するという問題提起として、最初に見せた」
あれには、全てのルートの基本があった。カヤツリが小鳥遊ホシノ以外を選ぶ可能性。それによって、未来が大きく変わる可能性。それらを説明できる。ただ、ゲヘナルートで説明できない部分が一つある。
「次のミレニアムは、分岐点を説明するためか。それと、王女の顔見せ」
ゲヘナルート以外の分岐点は小鳥遊ホシノと喧嘩する事。そこから何処へ行くかで、ルートが派生する。ゲヘナルートは記憶喪失が分岐点だから、ここが説明できない。ならどうして、ミレニアムだったのか。
「トリニティじゃなくて、ミレニアムだったのは。カヤツリを狙う人数が少ないから。トリニティから複数人が関わるようになったから、それも説明したかった。ミレニアムで対象が複数になったのは、世界線接続の結果だからね」
露骨にミレニアムのホルスが舌打ちをした。それを無視して、セトは話しを続ける。
「トリニティは複数人を捌かなくてはならない事態を見せつけた。カヤツリがすぐには選べないって事もね。あとはネフティスだけど……」
セトは言い淀む。セトが見たのは、世界線接続の影響で続いたルートだ。あれは、ホルスが見せたかったものでない可能性があった。それでもホルスに頭を下げるのは癪なので、憶測を言う。
「あれでしょう。小鳥遊ホシノを選ばず、一度も顔を見せなかったらこうなるって言うのを見せたかった。逃げ道なんかないって。だから、カヤツリがやらかしたって言ったんでしょ」
「ええ、合ってますよ」
ホルスは素直に頷く。
「そうです。私はあなたに一番見て欲しかったのは、この王女ルートです。このいつ爆発するか分からないキヴォトスを破壊する爆弾を、どうにかしてほしかった。私ではどうにも分かりませんからね」
「……途中のルートの解決法を聞いたのは? その参考?」
「ええ、なにか名案が埋まっているかもしれませんし、これまで言った事も嘘ではありません……それに、最悪の事態に備えてです。この世界が巻き戻ってしまった場合、何故そうなるかを知っていればルート修正も容易でしょう」
セトは普通に機嫌が悪くなってきた。ずっとホルスの掌で遊ばれていた。これに腹が立たないのは余程の聖人だ。欲求に逆らわずに、嫌味をぶちまける。
「普通に頼めないわけ? お願いします。助けてくださいってさぁ」
「そうしたら、あなたはここに来ましたか? 来ませんよね。だってここに来たのは、私が彼にちょっかいを掛けたからです。ここまで踏み込んだのも、私が他のルートを破壊すると言ったからです。違いますか?」
「頼み方ってものがあるでしょうが……」
それはそうだ。普通に言ったら、猜疑心を全開にしただろう。だが、それは免罪符にならない。
ホルスの企みはよく出来ている。大元の改変阻止のための時間遡行。それをセトへの囮として活用したのだから。そして、情報を小出しにすることで、もう逃げられなくした。
腕を組んで偉そうにしているのが気に障る。それはそうだ。上手い事、この自分を嵌めた。それを親の助けなしに出来たのは初の快挙だろう。
だいたい、最初から言えばよかったのだ。名もなき神々の王女ルートが……
「いや……まぁ、いいか」
セトは考えを改める。何というか、上手く説明できる気がしなかった。今は良いが、情報量が多すぎる。これを一息で説明しろと言うのも酷だろう。
それにいつまでもホルスに怒るのも疲れる。争いは同レベルの物でしか発生しないと言う。なら、ここはセトが大人になるべきだ。そうやって、不機嫌さを慰める。
だが、それはそれとして。聞くべきことは聞かねばならない。セトはホルスをねめつけた。
「一つ聞くけど……直接介入は、あの過去移動だけ?」
「そうですよ。それ以外は介入はしていません。あの娘の人生なんですから。そこはブレさせたことはありませんよ。王女ルートは、あの連邦生徒会長の介入が無ければ派生しませんし」
「……他のホルスもそう?」
全員が全員、コクコクと頷いている。カヤツリの経験を活用しても、嘘を吐いているようには見えない。それが、まだだとしてもだ。
なら良し。セトは切り替えていった。王女の問題は、もう放置できない。もうここを見つけて攻め込んできている。故に対処しなければ。
「兎に角、名もなき神々の王女を何とかしなきゃならない。それでいい?」
『なら、彼女が襲ってきている理由ですが……あなたはどう思いますか?』
王女ルートのホルスは頷きつつも聞いてくる。その答えは簡単だった。
「今の王女にとって、世界線接続の結果はどうでもいいの。それで世界が分岐しようとさほど興味はない」
「……? いや、そうなんですか? 分岐させたから怒っているんじゃ?」
「それはそうなんだけど。分岐したことに怒ったわけじゃない。分岐して、新ルートが生まれたところで、攻めてきている王女に影響はない。変更前の王女な訳だからね」
まさか、分からないとでもいうのか。ホルスが間の抜けた顔をしているのが信じられない。ついつい、再びの悪態が零れる。
「自分でやった事でしょうが……何で分からないの?」
「いや、あなたが言ったんじゃないですか。不可抗力だと。私だって、目の影響がここまでになるなんて思いもしなかったんですよ」
ホルスは少しだけ語気を荒げて、セトに反抗する。長々と言い返すのも面倒で、一言だけ言い返す。
「はぁ……そういう事じゃない」
「なら、何だって言うんですか」
何だも何も、そのままである。ホルスがやった事と同じことが、王女のルートに起こっただけだ。
「いい? 王女はあの世界線を繰り返している」
「ええ、忌々しい事に初めて会った時から繰り返してますね。だから、ベアトリーチェとの因縁が切れない」
「それはターニングポイントだから」
それは大事なイベント。王女とカヤツリが関係を深めた重要イベントである。だから、切れるに切れない。所謂ターニングポイントであり、そこはルートを外れない。カヤツリと小鳥遊ホシノとの喧嘩がほぼ必ず起きるのと同じである。
「じゃあ、それを変えたらどうなると思う? 例えばそう。そっちがやったみたいに、あるイベントの時間軸を滅茶苦茶にする」
「……それは、そのまま進みますよ。分岐した後をどうにかしようとしなければ……あ」
ホルスは大口を開けて、そのまま固まる。漸く気が付いたらしい。
「そう。方舟はそっちの目で観測された結果、全ての次元からの攻撃を受けて沈んだ。そっちの言う通り、沈んだ後に分岐した方は良い。終わった過去なんだから、掘り返さなければそれでいい。矛盾は起こらない。でも、元の今ループしている方は?」
「過去を掘り返してますね……」
ホルスはそう言いつつも、どこか顔が青かった。露骨にセトから目を逸らしている。そこに、他ルートのホルスたちが口を挟む。
『つまり、どういうことですか?』
「ああ、王女はループしているんだけど、それができなくなったって事。だから、ここへ攻め込んでる」
『ループできない? どうしてですか? 幾ら方舟が沈んだからと言って、そうでない可能性くらい……あ』
画面の中で、数人が大口を開けたまま固まっている。驚き方が同じホルスだけあって、そっくりだ。それを眺めつつ、セトは天を仰ぐ。
「そう、その通り。この世界線でそっちがしたことと、ほとんど同じ」
だが、タイムパラドックスにより改変を封じるものではない。そこがミソだった。
「方舟は多次元防壁で逃げられなかった。それはコイツが目で見たから。方舟が沈まないと言う可能性は無くなってしまったから。今まで通りのループが出来なくなった」
普通は、そうならない。方舟が沈まなかったと言う可能性を拾って、ループを続行できる。しかし今回はそうもいかない。ホルスの目で見られたことにより、沈まなかった可能性を全て排除されて、方舟は沈んだから。
王女のループは連邦生徒会長と同じ記憶を保持したままのループ。ターニングポイント以外の変更は許されるループ。であるから、持ちえる因果によって大きなイベントであるターニングポイントは回避できず、変更できないのが原則だ。しかし、王女が行動する前に方舟は沈んだと言う形で、その原則は破られてしまった。
「そうなったなら、どうなるか。そのターニングポイントに戻れなくなる。最初からのループは出来ないなら、矛盾のない範囲からのループになる」
『その地点は?』
それは分かり切っていた。王女ルートのループは、方舟が即沈まない事が前提になる。だが、ホルスの眼で観測されたせいで、そうならない可能性はゼロだ。その中で矛盾のない範囲となると、一つしかない。
「……方舟襲来後からのループになる。それより後なら問題は無い。だけど、それより前には戻れない。そこから、元々のルートへつながる可能性はゼロになってしまった。こっちのせいでね」
『うわ……』
画面のホルスたちはうめき声をあげるが、どうしようもない。最悪である。
ループが、方舟撃退後から始まるということは、絶対に王女の目的は叶わない事を示すからだ。ループが方舟撃退後からになるのなら、カヤツリをもう治療した後からループが始まってしまう。
それでは意味がない。王女は方舟襲来時のあれこれをどうにかしたいのに、そこにはもう戻れない。そうなれば、今の状況の説明も容易だ。
「王女はね。怒ってる。改変されたからじゃなくて、自分の願いを邪魔されたから怒ってる。だから、世界線接続後に襲ってきた。そうでしょ?」
『そうでしょうね。ずっと、返せとか戻せとか言ってますから……』
王女ルートのホルスは目を伏せていた。どこか王女を憐れむような空気がある。
『……向こうの目的は分かりましたが、向こうは一体どうするつもりなんですか? 私たちは、これをどうにかできませんが』
『見た物をなかったことにするほど器用じゃないですしね』
「そりゃあ、ここの世界線を破壊するつもりでしょう。ここが王女以外が方舟を破壊した結果を持ってる世界だからね。ここを潰せば全部解決する」
画面内のホルスの目が全員据わったのをセトは確認するが、全く安心できていない。それほどまでに、なりふり構わなくなった王女は手に余る。
「きっと、説得なんか耳にすら入らない。数万年の試みを邪魔されて、とってもお怒り。それ以前に、誰の話も耳に入らないんだろうけど」
『それは連邦生徒会長だけでなく、カヤツリ君の話もですか?』
「……そうだろうね。王女が求めているのは納得だから。他人から言われてもね」
セトは少し考えて、王女ルートのホルスへと答える。けれど向こうの目には諦めの色はない。
『でも、一番聞く可能性があるのは彼ですよね? 次点でケイです』
「……そうだけど。望み薄だと思う。王女は都合のいい答えは、自分が力を使ったからだと解釈する。その二人は王女の力に抵抗できないから、王女のその凝り固まった考えを崩すには至らない。それ以前に、脛に傷のあるケイでは無理筋」
ケイは、ゲーム開発部を振り切れていない事を指摘されれば狼狽える。ケイは自分に非のないレスバは強いが、非があれば及び腰になるだろう。今回のケイの非は、それなりに多い。見なかったことにはできず、狂乱している王女に押し込まれて終わる。
ともなれば、王女ルートのホルスの言う通りに一番はカヤツリだが……
「デカグラマトンは勝てばいいって言ってたけど。それでも無理だと思う。王女が負けても、このループを止めたいから自分で無意識に手加減したと思いそう」
「なんですかそれ、無敵じゃないですか……」
「そりゃあ、何千、何万もループを繰り返している相手だから。色々と煮詰まってるんでしょうよ。どこかの誰かさんみたいにね」
それを聞いた此方側のホルスが頭を抱えているが、仕方ない事だ。そんな状態だからループを継続しているのだし。流石に口には出さないが、それはカヤツリも小鳥遊ホシノも言えた口でもない。
「黒服がね……何か考えていそうだったけど。あの場からじゃ王女に干渉できない。方舟が無いと、あの場には……」
『というより、何故生きているんですか』
「さぁ? あの探究心の塊の黒服の事だし、何をやっても不思議じゃないと思うけど」
あの大人の事は気にするだけ無駄だ。今のセトたちが考えるべきは、王女をどうやって止めるかだけで……
──黒服?
一瞬、セトの中で何かが引っかかった。
──何故、黒服はあの場にいたのだろう。あの場所には、何があった?
「……最低条件として、王女を納得させなきゃならない」
『しかし、普通に倒しても意味がないんですよね? 自分の中で手加減したと勝手に結論付けてしまう』
「なら、言い訳の余地を無くす必要がある」
『ですから、どうやって?』
一つだけ、思いついた事がある。やっていない事を証明する悪魔の証明。それを突破する方法を。
「やってない事の証明は出来ない。全ての可能性を観測するには時間がなさすぎるし、此方の言うことを、王女は信じない」
『……そうですか。なら……』
「でも、やった事の証明は出来る」
落胆するホルスたちの声を遮って、セトは打開策を口に出す。
「王女はカヤツリを弄った事が許せない。でも、悩んでるのはその結果。だったら、カヤツリを助けない。きっと都合の良いお人形にした可能性が嫌なんでしょう」
『しかし、それでは王女が無意識に力を振るうという根本が解決しません……いえ、あなたの言う通りにそうであるとして、どうするんですか? 幾ら彼自身が影響下に無いと力説しても、彼女自身が信じないと思いますが』
ホルスの、その言葉は正しい。王女がそういった力を持っている事は変えられないから、再犯防止は不可能。そして起こった事を無かったのだと証明は出来ない。なら、今やれば良い。
「あの世界のカヤツリと王女をぶつける。そこで、王女を追い詰めるしか無い。それこそ、なりふり構わずに王女が力をカヤツリに振るうまでね」
『しかし、それでは……』
「そこで、その力が効かなかったら? 本気で戦って、無意識で飛ばした力が効かなかったのなら?」
そうであるのなら、王女は納得するだろう。目の前で起こった事なら、信じるしか無い。
『いえ、それでは、現在の事実が否定されるだけです。過去、そうしてしまった事実は消えない。そもそも、どうやって?』
一瞬、希望の光が灯ったホルスたちだが。すぐに光は消えた。それで否定できるのは現在の状況であって、過去の所業は否定できない。
でも、その心配はいらないのだ。
「いい? 黒服がいた、カヤツリが通おうとしていた場所はどこだか忘れたの? 時が立ち過ぎて一目じゃ分からない? あそこは、カイザーがずっと探──」
「──せ」
答えを言おうとしたセトは口を噤んだ。物音と、声が聞こえたからだ。
再び、ドンと、何かを叩く様な音がする。ホルスたちも、音がする方に目をやっていた。
「返せ」
また聞き覚えのある声がして、ドンドンと空間が揺れた。まるで、誰かがドアを叩くような。それを聞いたセトとホルスは顔を見合わせる。
「戻せ」
もう音は、一つの音になっていた。ドンという音が連続し過ぎて、長いドドドという音になっている。
「返せ! 戻せ! 私のカヤツリを返せ!」
とうとう、ガラスの割れるような音を立てて、空間に拳大の穴が開いた。
そしてそこから、セトは確かに見た。
乱れた黒髪と、怒りに輝く真っ赤な瞳を。怒り狂った名もなき神々の王女を。