ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
穴が開いてしまえば、それが広がるのは早かった。拳大しかなかった穴は、突き出た両手によって押し広げられ、一人分の大穴になっている。
そこから、王女が全身をのぞかせて、セトのいる世界へと足を踏み入れてきた。
降り立った王女は、画面で見た格好のままだった。連邦生徒会の白い制服に長い黒髪、真っ赤な瞳。だがセトは、それ以外の一点に目が引き寄せられる。
──酷い顔。
本当に酷い顔だ。表情は全くの無表情の癖に、目だけが爛々と不気味な輝きを放っている。服装は身ぎれいなのに、表情だけが漂流者のように擦り切れている。そんなアンバランスな出で立ちの王女の眼が素早く動いて、セトを捉えた。
「……カヤツリ?」
何かを呟いたように聞こえたが、よく聞こえなかった。それ以降は無言だ。無言でじっと、セトを見ている。さっきまでの大声はいったい何だったのかと聞いてみたくなるほどだ。
──まさか、半分正気を失ってるとか?
まさかとは思うがありうる。何万年も同じことを一人で繰り返してきたのだ。さっきの言葉も、何も考えないで発している可能性もある。赤い瞳も、焦点が合っているか怪しいものだ。
セトの拳に力が入る。今なら、雷槍の先制攻撃を叩き込むことが出来る。効かないにしても、後ろのホルスが追撃を入れることは分かり切っている。普通ならそうするべきだろう。
だが、セトはまだ理性の光をそこに見た。攻撃ではなく会話を選択することもまたありだ。どちらにせよ、名もなき神々の王女を殺しきれるかは五分五分である。殺しきれたとしても、此方の被害は計りしれないだろう。だったら、カヤツリのための時間稼ぎを選択するのもいい。
セトの予想が正しいのなら、これ以上に王女を痛めつけるのはよろしくない。時間を稼いで向こうの世界のカヤツリに賭けるしかない現状、王女を追い詰めるのは考えものだった。暫く考えて、セトは一つの作戦を選び取る。
「……何の用?」
「違う……?」
良しと、王女の目に光が戻ってきているのを確認して、セトは臨戦態勢を緩めた。瞳は怒り狂っていたから、問答無用で攻撃してくるかと思ったが予想が当たった。
──気づいて、伝わるか……?
それとなく、画面のホルスたちに合図を送る。王女ルートのホルスだけが反応して、画面から消えた。それが王女にバレないように、セトはいつものように煽る。
「何? 結婚の挨拶にしては遅いし、場所が違うけれど。いったい何の用?」
「……そのようですね。察するに、セトですか。そっちはホルスと」
さっきとは大違いの様子に、セトは一安心だった。さっきまでの王女は、半分は本能で動いていたらしい。同じような気配のセトとカヤツリを間違えたのがいい証拠だ。
会話も成立しているのから見て、少しは時間稼ぎが出来そうだった。今すぐ攻撃しようと逸るホルスを片手で押しとどめつつ、セトは言葉を選ぶ。
「それで何の為に来たの。言ってくれなきゃ分からない」
「戻してください。邪魔です」
「よくもそんな事が言えましたね」
あんまりにもあんまりな言い方に、ホルスが抑えきれなくなった。セトの制止を振り払って、王女に文句を言う。
まぁ、仕方ない。いきなり乗り込んできて邪魔だと宣う。ホルスの立場で無くともセトだって同じ事を言う。
そして言われた王女といえば、全く響いていないように見えた。あまつさえ不満そうだ。
「よくも? それは私の方ですよ。よくも、こんな事を……」
「ええ、結果的にそうなりました。ここまでの余波を出すとは思っていませんでした。でも、私は取り消しませんよ。私はあの時の行動が最善だと思っています」
ホルスは恥じる事は無いかのように、自信満々に鼻を鳴らす。事実、それは正しい。
結果論で言えば、何も手出しをしない方が良かった。だが、あの状況で。それを選択できたかは難しいとセトは思っている。
名もなき神々の王女が世界を繰り返し続けている。普通は何故なのか調べるだろう。この世界を恙無く運営する事がホルスの仕事だからだ。
そして、調べて明らかになった理由も理由だ。
自分がやってもいない事を証明する為に、納得出来るまで世界を繰り返す。しかも、それはただの思い込みで、その事しか考えていない。
そりゃあ、巻き込まれる可能性を考慮して対策は打つ。
分かりやすく言うなら、自分の家の前で、不審者が何かをやっているのと同じだ。しかも、その不審者は指名手配されていて、他人の家を吹き飛ばすことに長けている。そして、此方に良い感情を持っていない可能性が高いときた。
そうであれば、何をしているのかを調べる。調べた結果が、その不審者のやっている事が此方の全くの見当違い。調べた行為自体が、結果的に邪魔をした。ふざけるんじゃないと言われている。
正直言って、どっちもどっちだ。不審者はそんなところで紛らわしい事をしなければ良かったし、此方側はいきなり目なんて使わなければ良かった。
でも、それは全ての視点の事情を知らなければ出てこない。だから、誰が悪いとか、そんな話には意味がない。連絡の一つも入れず、騙し討ちで自分を巻き込んだことは傷ではあるが。それ以外は特に文句もない。
つまるところ、両方とも正しく、どちらも間違っている。
そうであるなら結局、もう暴力での対話の道しか残されていない。
そして本来であれば、こんな立ち話はしなくても良い。ただ、王女に楔くらいは打っておいた方がいい。見るべきものを見つめるべきだ。
いつかの様に、セトはジャブを放つ。
「もう、分かってるんでしょう?」
「何ですって?」
淡々とホルスと言い争っていた王女が、くるりとセトの方を向いた。目には怒りが滲んでいる。
「何が分かると言うんですか。知ったような口を利かないで下さい」
「それは、其方もでしょ? 其方もカヤツリやケイ、デカグラマトンの気持ちなんか分かりはしないでしょ? 小鳥遊ホシノの思惑なんて特に」
そんなところで管巻いてるんだからさ。そう続けると王女は黙り込む。ジャブで黙るなら、今度はストレートを放つ。
「どうして独り占めしたと思うの? まさか、嫌がらせなんて思ってる? そうだね。人のせいにするのは楽だものね」
王女は逃げている。考えて、答えを出すことから逃げている。だから、絶対の答えなんて求める。そんなものは、この世に存在しないのに。
だからセトは、もう王女を逃がすつもりはなかった。嫌でも向き合ってもらう。そうでないと、セトが困るのだ。
「だから巻き戻せる。都合のいいカヤツリが欲しいのであって、そうじゃないカヤツリはいらないんでしょ?」
王女から無言の質量攻撃が飛んでくるも、難なく躱してチクチク責める。
「だってそうでしょ? 今のカヤツリが気に入らないから巻き戻したんでしょ? 違う違うって言っても、行動が証明してる。カヤツリだから良いんじゃない。都合がいいなら誰でも良かったんでしょ? だから、カヤツリに何も聞けないんだ」
投射された質量物による乱打が激しくなるが、殺気で丸分かり。攻撃できる隙にすら、嫌味を垂れる。
「聞いたら、カヤツリは答えてくれたと思うけど。一緒に考えて、方法を探してくれたでしょう。小鳥遊ホシノとそうしてきたようにね? ああ、だから嫌だったの? 凄いね。自分の拘りのツケを他人へおっ被せるんだ?」
質量攻撃に、不可視のものが混じり始めた。殺気が混じった分、随分と避けやすい。
「戻せとか、返せとか言ってたけどさぁ。最初に捨てたのはそっちでしょ? カヤツリは聞けば方法を探してくれたかもしれないのに。それを選ばなかった。小鳥遊ホシノの真似は嫌? それとも、面倒だったの? 弱みを晒して痛い思いをするよりも、自分を憐れんだ方が楽だもんね?」
自分で言いつつも、なんだかセトは苛ついて来ていた。ここで言い返せない奴のために、あの世界のカヤツリは悩んだと思うと涙が出て来る。
「じゃあ、そうしていれば良い。理想のカヤツリだけ作ってさ。自分を慰めていれば良いじゃない。作り物に劣情でも吐きだしてなよ。それで満足なんでしょ? ほら、早くやればいいじゃない。私たちに絡んでないでさ。ほら、早く。名もなき神々の王女なんだからできるでしょ?」
当然、王女はそうせずに、攻撃の密度が増す。それを笑いながら雷槍で打ち払う。
「ああ、名もなき神々の王女。そう呼ばれる自分が嫌いなんだっけ? でも、そうは見えないね。世界を巻き戻すってことは、あの世界は先に進まない。他人を、あの世界の生き物全ての未来を踏みつけにして、自分の幸福を追求するんでしょ? 正にあの司祭どもが望んだ姿にしか見えないけど?」
正直、全てが言いがかりである。王女は都合のいいカヤツリを作るためにそうしたわけではないし、割合配慮はしているだろう。セトが語っているのは、そういう見方もできるというだけだ。
でも、必要だ。王女が行った選択は、そう見える行動で、何となく見ないふりをしていた事実を付きつけなくてはならない。セトはとどめの一言を王女へと投げかける。
「ああ、それをなんて言うか知ってる? 世界じゃそれを怪物って言うんだよ。それで怪物にできるのは死ぬ事くらい。君はそれすら出来ないみたいだけど」
王女が爆発した。そう錯覚するほどの密度の投射物が展開され、それが一斉に迸る。
「何考えてるんですか!?」
その少し看過できない攻撃の量を、爆炎が焼き尽くした。見ればホルスが異常者を見る目で怒鳴りつけてくる。
「ちょっと!? 何してるんですか!? 私を止めたくせに、王女を煽って! 一体何がしたいんですか!?」
「確認と仕込み。見ないようにしてるのを、突きつけてる」
迫る創造された重量物を瞬く間に焼きながら、ホルスが苛立ったのか床を蹴る。
「はぁ!? どういうことです!?」
「いや、ほら。どっちにしろ戦闘は避けられない。なら、どうするかを決めなくちゃいけない。生かすか殺すかの二択」
王女とてその気だろう。この世界線を破壊するつもりだ。生半可な対応を取れる余裕はない。
「だから、試した。本気で自分に怪物の自覚があるのかをね。痛いところを突き続けて、どうなるかを見た。怪物なら、ここで私が処理するつもりだった」
「それで、結果は?」
「この怒り様で分からない? 合格に決まってる。怪物なら怒らない。怒るってことは、間違ってるって分かってる。なら、まだ間に合う」
突かれて痛いから怒るのだ。間違っていると分かっていて、それでも選んだ。それをどこかで後悔している。そこを突かれれば誰だって怒る。
逆に、怒らないなら。それを受け入れているという事だ。開き直っているとも言う。そうなったら、もうどうしようもない。自分に言い訳を続けて、全てを踏みつけにするだろう。
セトには、怪物であることを受け入れた者に掛ける言葉はない。くれてやれるのは槍だけだ。
雷槍を隙を見て王女に投げつけて、セトは続きを話す。
「それで……さっきも言ったとおりに、あの世界のカヤツリに何とかしてもらうしかない。だから、話を聞けるようにしている」
「どう見ても話を聞ける状況ではないと思いますが!?」
ホルスの言う通りに、目の前では王女が怒り狂っている。黒髪を振り乱した後ろには、次々と待機する投射物が待機していた。見た目はそうだが、それでいい。
「今怒ってるのは、私が痛いところを突いたから。今の王女は、見ないようにしていた自分の所業を突きつけられて建前が揺らいでいる。今なら多少は、カヤツリの話も耳に入るでしょ」
「さっきから、カヤツリカヤツリと言っていますが。来るんですか?」
「来るよ。手段も、この場所も分かってる」
「方舟が無いのに、ですか?」
ホルスは訝しみつつ聞いてきて、前方を指差す。
「ここに来れる手段である方舟は、私たちの目の前にあります。足もないのに、どうやって来るんですか。足を黒服が何とかしたとしても、ここの座標はどうやって?」
「座標なんか、最初から分かってる。繋がってる奴がいるからね」
「いや、あなたじゃないですよね。誰ですか」
そんなのは決まっていた。ホルスでもセトでもない。でも、ここを知っているのは何人もいる。
「王女ルートのホルスはどこにいると思う? 小鳥遊ホシノはもういないのに、ホルスの神秘は何処にあると思うの?」
言うまでもない。カヤツリの中に、それはある。カヤツリの中の、ホルスの神秘がここまで連れてきてくれる。
『すいません。遅れました』
攻撃の余波を免れた画面が点滅して、王女ルートのホルスが顔を出す。それと同時に、この部屋の外、黒い虚無の向こうに何かが見える。
「ほら、来た」
ホルスは足を心配していたが、足はあるのだ。黒服が用意するまでもなく、ずっと昔からそれはある。
暗闇を切り裂いて現れたそれを見て、ホルスは感心したように呟いた。
「ウトナピシュティムの本船……!」
□
『本当にいいのですか?』
ウトナピシュティムの本船。その搬出口で佇むカヤツリに黒服の声が掛かった。カヤツリは艦内のスピーカーを睨む。
「良いも何も、これしか手がないんです。その為に皆が協力してくれている」
『クックック……確かに、私もここまでスムーズに事態が進展するとは思っていませんでした』
事実、黒服の言う通りになっていた。何十年前からかは忘れたが、黒服と共に着手したウトナピシュティムの本船の解析と起動は、ほんの数時間で大きな進展を見せていた。
始まりは、音信不通だった黒服からの一本の連絡だった。指定の場所に到着すれば、カイザーPMC基地跡地に佇むウトナピシュティムの本船。そして、いかなる理屈か電子上の存在と化した黒服が居たのである。
──契約を覚えていますか? 王女の事に関しての物です。
挨拶もそこそこに、そう黒服は切り出した。黒服が言うには、この世界はループしているのだという。そして、それは王女の所為であるとも。
半信半疑だったカヤツリではあったが。確かに王女の様子はおかしかった。それに、王女の悩みも解決できると持ちかけられた。口約束とはいえ契約に関して黒服は嘘を吐かない。放置すると何をするか分からないのもあって、協力することにしたのだ。
だが、流石のオーパーツ。起動と解析には困難を極めた。だが、新たな協力者のお陰で事態は進展する。
『デカグラマトンと預言者たち。あとあの三人もですか。彼ら彼女らのお陰で起動と航行まで漕ぎ着けました。今も管制室で安全運転をしてくれている』
あの後、デカグラマトンに事情を説明すれば半分怒りながら手伝ってくれた。アイン達もオーパーツは興味深いのか、解析に手を貸してくれた。だが、協力者はもう一人いる。
「ケイもでしょう?」
『クックック……そうでしたね』
黒服は意味深に笑う。それは、ケイがここに居ないから。ケイだけは、ここまでくるための航行システムと多次元防壁の計算プログラムを書きだして以降は留守番だ。それは、このウトナピシュティムの本船の特性が大いに関係していた。
『このウトナピシュティムの本船は、名もなき神々に敵対する陣営のオーパーツ。故に、名もなき神々の陣営に対しての防衛システムが存在します。彼女らを機能停止に追い込むほどのね』
そう、だからケイはここに乗っていない。手伝いもアトラ・ハシースの方舟の物を流用した航行システムの提供に留まっている。
なぜかと言えば、死ぬからだと。王女は兎も角、ケイは起動した本船に近づいただけで破壊されかねないと言うほどだ。相当な物なのだろう。それがデカグラマトンや黒服、カヤツリがここに居て、ケイが居ない理由だった。
「でも、それが目的だったはず。このシステムを解析し、威力を減じさせて運用する。一時とはいえ、王女の力を使用不能にする。そう言う話でしたが」
『誤魔化すのは止めにしましょう。カヤツリ君。君はもうこの作戦の危険性について気づいている筈。メリットばかりに目を向けて、リスクから目を逸らしていませんか?』
カヤツリはスピーカーから目を逸らしたが、黒服の追及は止まない。
『その防衛プログラムは、放つだけでは終わりません。扱う者にも牙を剥く。扱う者に名もなき神々の痕跡や介入があれば、容赦なく死に至らしめるでしょう。神秘に対する攻撃ですから、君の不死性も貫通します』
「眼は治ってます。しっかりと確認してもらった」
だから心配いらないと言えば、黒服はまた笑う。
『君の把握している限りはそうでしたね。ですが、王女が秘密裏に介入していた場合はどうでしょうか。それこそ、君の意識を無意識に誘導するようなものを仕込んでいた場合です。その場合、君は反動で死に至る。それを認識していますか?』
「してますよ。寧ろ、それが目的ですから」
王女が方舟を出現させて、どこかを襲っている。この状況を見ればループしているのも本当なのだろう。ともなれば、その理由もおおよそ察せられるというものだ。
「今言ったようなことをしたんじゃないかって。そう王女は思っているんでしょう。だったら、好都合だ」
防衛プログラムを試薬代わりに使うのだ。本船はケイ曰く方舟に届き得るとのことらしい。ならば王女も納得する。こんな事をしなくて済む。
『君が、そこまでする理由はなんでしょうか。契約のことなら気にせずとも構いません。そこまでやらなくとも、命を賭けて君が撃たなくとも良いのですよ?』
「最初から、王女はそんな事をしないと思っていますし。そこで手を抜いて、王女は納得すると思いますか?」
『……しないでしょうね。それが君の理由ですか?』
少しの沈黙を挟んだ黒服の質問に、カヤツリは頷く。
「やるべき事は全てやるべきです。そうすれば後悔しませんから」
『クックック……そうですか。これ以上は野暮というものでしょう。幸運を祈っていますよ』
そう言って、無線は切れた。同時に本船のハッチが開いていく。暗闇の先には、いつか見た方舟が鎮座している。
「色々と、言いたいことや言わなきゃならない事があるんだよ」
手の中のレールガンが展開し、光が漏れる。それは今までに見た事がないほどに強い。
それに反応したのか、何かの力がカヤツリを襲うも、それらは全て弾かれていく。それが飛んでくる方向へ、カヤツリはレールガンを向けた。
「きっと、嫌だろう。合わせる顔がないなんて言うんだろう。でも、逃がさない」
それはずっと、最初からそうするべきだったのだ。お互いに分かった気になって、実のところ表面しか分かっていないと思うのだ。
「だから、もしもの俺に浮気なんかしてないで帰って来い……今度は先延ばしになんかしないから!」
カヤツリは引き鉄を引き絞る。死ぬかもしれないとは思わなかった。強い光が視界を塗り潰す。
それでも確かに、闇を真っ直ぐに切り裂いて。砲撃が方舟を飲み込んだ。