ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
王女が攻撃に気が付いたのは、それが放たれようとした瞬間だった。
普通であれば、王女は無視していた。多次元防壁が迫る攻撃の全てを遮断するから。眼前のセトの雷撃も、ホルスの炎熱すら、目で観測されなければ防ぎきる。
けれど、今に放たれようとしている攻撃は、どこか毛色が違った。それは嫌な気配であふれていた。防壁で守られている間は感じないはずの、生命にかかわる危機感。それが冷たい気配として王女に纏わりついている。
気配の方向。方舟からの視点に切り替えて、一瞬だけ王女は固まる。方舟の向こうに、あり得ない物が目の前にある。
「ウトナピシュティムの本船……!?」
マズイ、と思った。あれは、王女を殺しきれる存在だ。まさか、セトやホルスがこんなものを持ち出すなど、露とも思わない。セトがあること無いこと、憶測交じりのとんでもない意見を叩きつけてきたのは、このために違いない。王女の頭に血を登らせて、ギリギリまで気づかせない算段だったのだろう。
「しかし……甘いですね」
王女は知っている。本船に武装が積まれてはいないことを。故に、今収束している砲は、後付けの存在であると言うことだ。
であるならば、王女の力は効くだろう。方舟を通せば、人であれ、なんであれ。可能性を弄ってしまえば、どうにでもなる。半ば反射的に力を振るった王女は顔をしかめる。
「弾かれた?」
それは、ありえないことだ。もう一度放つがまた弾かれる。一体、それが何なのか。王女は本船を拡大して固まった。
「え……?」
カヤツリだった。開かれたハッチの中で、カヤツリがレールガンを構えて、王女を見ている。そのカヤツリの真剣な表情を見て、何もしていないのに流れる時が停滞する。
──見られた。
まず、そう思った。やるべきではない事をしているところを見られてしまった。
その考えが全身に回って、回ると冷たくなって、腹の部分だけがイヤに冷たくて、そこから再び冷気が全身に這い上って来る。
それが頭にまで回ると、一気に王女の頭が冷えた。
──どうしようどうしようどうしよう!
さっきまでセトとホルスへの怒りに支配されていた王女の思考は、カヤツリになんて言おうかのそれだけに支配されていた。
自分は今、何をした? カヤツリに向かって、何をしただろうか?
攻撃した。よりにもよって、決してしてはいけない攻撃方法で。しかも、その事に、攻撃が弾かれるまで気付きもしなかった。やらないと、絶対しないと決めた事を最も簡単に破った。
いつのまにか、王女はそんな怪物に成り果てていたのだ。決して成らない様にしていた筈なのに。
──なんて言えばいい。カヤツリになんて言えばいい! このままじゃ合わせる顔がない!
カヤツリは、自分の為に大事なものを捨ててしまったのに! それなのに、自分は恥ずべき、許されない事をしてしまった。
何がカヤツリを変えてしまっただ。自分自身が怪物に成り果てていたのに気付きもしなかったのに、どの口でそんな事を言っているのだろう。
「どうしたら……あ……」
王女が固まっている間にも、時間は進み、もう砲撃は避けられない位置にまで迫っている。方舟の多次元防壁も紙屑の様に破られて、内部を貫通して、王女へと向かっている。
──ダメだ。もう、躱せない。
そんな考えがスッと入って来る。そうであるなら、被害を軽減するためにも防御するべきだけれど、王女の手は動かない。
──もう、いい。
諦めの感情が王女を満たしていた。やってはいけない事をして、それに気づかないで、成らないと決めた存在に成り果てていた。
セトの言う通りだった。王女はもう、怪物だった。カヤツリに合わす顔がない。ここにいるのだって、後始末のために来たのだろう。ちゃんと言っていたではないか。王女が、無名の司祭の願う名もなき神々の王女になり果てた時。責任を取ると。
それをただ、カヤツリは果たしに来ただけだ。文句を言う筋合いは王女にない。
──それもいいかもしれませんね。
そんなことも思う。きっと、カヤツリは覚えていてくれるだろう。なにせ、自分の手で殺すのだから。いつまでもいつまでも、きっと。小鳥遊ホシノとは違って……
「あれ……?」
砲撃が王女を飲み込むも、期待していた結果は起こらなかった。その砲撃は王女を傷つけはしなかった。何も変わらない両手を見て呆然とする。王女としての力が使えなくなっていた。
完全に使えないわけではないし、復旧も可能ではある。だが、今この状態では全く使えない。でも、死んではいない。その奇妙な事実に真っ白になった王女の耳へ声が滑りこむ。
「じゃあ、一先ず帰ってくれる?」
「あっ!?」
どういう絡繰りか、セトが眼前まで迫ってきていた。反射的に掲げた両腕ごと王女は蹴り跳ばされる。勢いが強すぎて、部屋から文字通りに蹴りだされる。
このまま行けば、王女は地下生活者と同じ末路を辿る。どこでもない次元の狭間を永遠に彷徨う羽目になる。けれど、蹴りだされた先は王女が出現させた方舟だった。蹴り勢いのままに王女は方舟に叩きつけられた。
「うあっ……あ」
固い床で、王女は大の字のまま動けない。視線の先にカヤツリが居た。手に持っているレールガンには、飛行能力があったはず。それで跳んできたに違いなかった。
「久しぶり……でいいのか?」
見下ろされた王女は声も出せない。何と返せばいいのか分からない。王女視点では久しぶりだが、カヤツリ視点では大した時間ではない。だから、こんな聞き方なのだろうという、益体もない考えが回るだけだ。死ぬ覚悟を決めていたのに、そんな状況ではなくなっていた。
そんな王女を知ってか知らずか、カヤツリはいつものような口調で言う。
「じゃあ、帰ろう。皆待ってるし、言いたいこともあるみたいだ」
「どうしてですか?」
いきなり声が出たことに、王女は驚く。でも、口は止まりはしない。
「どうして、殺さないんですか。そう出来たはずです。ウトナピシュティムの本船なら、それが可能だったのに」
「まさかとは思うが……王女は死にたいのか?」
カヤツリが真剣に聞いてくるが、それは仕方が無い事なのだ。王女はやってはいけない事をやってしまった。
「私の意思は関係ありません。そうするべきだという話です。カヤツリは、私のしたことを知っているんですよね?」
「そうだな。知っている。俺にその認識はないが、幾度も世界を繰り返し、他の世界を破壊しようとしたと」
「なら、分かるでしょう。やるべきことは分かっていますよね。あの大人に、そう言ったはずです」
そう言っても、カヤツリはレールガンを突きつけすらしない。王女が見やすいようにしゃがんで背を低くする始末だった。
王女は、そんな事をして欲しくはない。折角覚悟を決めたのに、それが今ぐちゃぐちゃに踏みにじられている。何も思い通りにならなくて、王女は声を荒げる。
「一体、何を考えているんですか! 実際にその目で見たじゃないですか!?」
「なんで王女の言う事を聞かなきゃならない。そもそも、それが嫌だったんじゃないのか」
図星を突かれて、王女の喉で変な音が鳴る。それを聞き取ったのか、カヤツリの目が細くなった。
「やっぱり図星じゃないか。俺に、何か力を使ったって思ったんだろ? さっきみたいにさ。でも大丈夫だ。本船の機能で疑いは晴れたからな」
「……本船の機能? まさか、そこは弄らなかったんですか……? 放った方にも攻撃と同じ影響を受ける……? 何を考えているんですか!」
それを聞いた王女はカヤツリを怒鳴りつける。カヤツリがやったことは命を賭けた博打でしかない。今ここでこうしているのは、運が良かっただけだ。
「それでもし、もしも死んでしまっていたら! 一体どうするつもりだったんですか!?」
「その時は……代わりに誰かが撃ってたんじゃないか?」
「何を他人ごとみたいに……!」
カヤツリの態度に、王女の堪忍袋の緒が嫌な音を立てていた。もう、訳が分からない。カヤツリの反応が王女の想定外にも程があった。
だって、見たはずだ。王女が方舟で他の世界を破壊しようとした場面を。体感もしたはずだ。王女は知らなかったとはいえ、明らかな害意をもってして攻撃を加えた。そして、知っているはずだ。何回も世界をやり直したのを知っていなければ、ここまで来ることはできない。
「何を、何で、そんな事が言えるんですか!」
「だって、信じているから。それに仕方のない事なんだよ」
慰めるような声色で、カヤツリはゆっくりと言う。
「その力を含めて王女なんだから。生まれ持った物を使わないように意識するのは大変な事なんだろう。それを追い詰められて使うのを責められない。溺れているのに口を使わずに鼻だけで息をしろと言うようなモノだよ。無茶だろう?」
それにと、カヤツリは悲しそうに王女を見る。
「それが嫌だから、死ぬなんて言うんだろう。そういう責任の取り方は好きじゃないし、ホントは違うだろ?」
「何が違うんですか……」
「責任とかの話はあまり関係がない。違うか?」
王女の胸が飛びあがった。沈黙と言うなけなしの反抗をカヤツリは叩き潰す。
「ただただ、見られたくなかったんだよな。こんな情けない姿を見られたくなかった。だから、潔く死ぬなんて言うんだ」
恥と情けなさで、王女の体温が下がる。でも、あっさりとそんな事を認めるわけにはいかない。この流れは知っている。
「何を……言うんですか! もう騙されませんよ! また私を言いくるめるんです! そしたら私は、また同じことをする! 私はもう、怪物なんですよ!」
この手練手管は知っている。一度、王女は引っかかったからだ。そうやって甘えて、どうしようもない物になる。
「私は、嫌なんですよ……」
「その結果が、お望みの俺を探す旅なのか?」
「違いますよ……私は、やり直したかったんです。怖いんです。カヤツリには分かりませんよ……」
「何が? 勝手に自己完結しないでほしいね。事は単純だろ?」
いつの間にか、カヤツリの口調が変わっていた。恐る恐る見上げると、今まで見たことのないような表情のカヤツリが居る。
「自分に自信が持てないんだろ。王女の力以外に寄る辺が無くて、最後に振るうのはいつもその力。そんな自分が嫌なんだろう。まぁ情けないもんな。それは自認の上では人から貰った力だから」
鋭い言葉の刃が、王女を襲った。グサグサ突き刺さるが、なにも言い返せない。カヤツリは怒っていた。始めて見るカヤツリに、王女は狼狽えるしかない。
「でも、にっちもさっちもいかなくなると、最終的にはその力をぶん回すんだ。その力を使わない事を証明するために、その力を濫用する。かなり本末転倒じゃないか?」
「じゃあなんですか。そのままでいればよかったんですか? あり得るもしもを抱えながら、ずっとそのままでいろってことですか?」
「そうだよ。皆そうしてる。王女みたいに便利な力なんか持ってないからな。自らの行動を積み上げて、その結果を信じるしかない」
さっきまでとは違って、カヤツリは突き放してきていた。それは怒っているからだろう。けれど、それも仕方がない。
カヤツリは優しく言ってくれていたのに。その手を振り払ったのは王女だから。覚悟していたのに、カヤツリにそんな声を向けられるのが辛い。
でも、王女にも言い分はあった。
「それは、持っていないからこその意見です。でも私は持っているんですよ。不安に思うのは避けられません。まさか、毎回本船でチェックを入れるんですか? 今回は私の取り越し苦労でしたが、そうさせる自分が嫌なんです」
「そんなに信用できないのか?」
「自分ほど信用できないものはありませんよ……だから、終わりにするんです……」
王女の答えにカヤツリが溜息を吐いていた。何事かと見上げる王女に、カヤツリは吐き捨てる。
「そんなに信用できないわけか。俺の事がそんなに信用できないと。何を言っても、王女は王女を信用してるんだな。じゃあ、今までの言葉も全部そう思ってるわけだ」
「そんなことありません! カヤツリの言葉を信じたい。でも変ですよ。……だって、そうじゃないですか。私に都合が良すぎますよ」
王女は進退窮まっていた。王女は自分が信用できない。だから終わりにしたかった。でも、そうすれば今までの事を嘘だと、王女は何も信用などしていなかったと嘘を吐くことになる。ただでさえ、カヤツリを滅茶苦茶にしておいて、これ以上の王女自身による狼藉は看過できなかった。
かといって、このままカヤツリに甘えるのも違う。今までは想像で恐れていただけだが、今回は実際にやってしまったからだ。前科がついてしまった。
もうどうすればいいのか、何が正しいのかが分からない。王女には分からないことだらけだ。だから、これは必然だったのかもしれない。
「じゃあ、どうして。小鳥遊ホシノの事を気にしないんですか? おかしいじゃないですか。ケイはまだ引き摺ってるのに、そんな素振りは全くない。あなたにとって、彼女はそんなに軽くない……私が何かしたと思うのは当然じゃないですか」
ポツリと、聞くに聞けなかった質問が飛び出した。全部言い終えてから、口を抑えるが。もう後の祭りだった。しっかりと、カヤツリは聞いてしまっていた。
「それは、全部やったからだよ」
カヤツリは怒らなかった。失礼だとか、関係ないとか。そんな事を口にも出さずに答える。
「ホシノとの間で、やりたいと思った事は全部やったんだ。だから、納得している。もう全部やったんだから、あれ以上の事は出来ないんだ。だったら、後悔はしなくていい」
言い終えてからボソッと、カヤツリは昔の事だと前置きした。
「俺もホシノも、そう出来なかったから後悔したんだ。ずっと引きずった。だから、今度はそうしないようにしようって決めたんだ。ホシノが言った王女への接触禁止は、その理由もあったんだろう」
王女は驚いて瞬きを繰り返す。あれは独占欲故の、あの提案では無かったのだろうか。
「それは、どういう……?」
「だって、中途半端だろう。ホシノの相手をしながら、王女の相手をするなんてさ。それは全部やったなんて言えないだろ? あの時にホシノだけに関わっていればって思うこと請け合いだ」
それは辻褄が合っていた。確かに、カヤツリは一つの傷があればそれに固執しそうな気もした。
「だから、私にそぶりを見せないんですか……?」
「そうだよ。俺がホシノに対して、やれることはもうないから。時々思い出して、感傷に浸るくらいはするけどな。そう頻繁にするものでも、ましてや王女に見せるものでもないだろう。ホシノにはそうしなかったのに、王女にするなんてありえない。だから、王女と積み上げていこうと思っていた」
王女の胸に、喜びが沸き上がっていた。どこか胸が暖かい。王女が洗脳したわけでもなく、カヤツリ自身の意思での行動だったから。好きな人にそうされてうれしくない筈もない。
ただ、それが嬉しければ嬉しいほど、王女自身の所業が重くのしかかって苦しくなる。
「だったら、私はなんてことを……」
「……王女が気にしてるのは、またやらないかって事だろうが。気にしなくてもいい。もう大丈夫だと思うよ」
「何故、そう思うんですか?」
のそりと王女は身体を起こして、カヤツリに向き直った。寝そべったままでは格好がつかない。何か妙な気配をカヤツリから感じた。
「だって、人の心を変えるのは王女の専売特許じゃない。言葉でどうとでも出来るし、あの連邦生徒会長の十八番だろう? ただそのプロセスが違うだけだ。結局一度もそれはしていないしな」
そこで一旦、カヤツリは俯いてから、じっと王女を見た。
「俺は、王女の事が好きだから」
「バッ……何をいきなり変な事を! 誤魔化されませんよ」
王女は顔が熱くなるのを感じながらも言い返すが、カヤツリは首を横に振った。
「王女がそう言うのは、自信が無いからだろ。そう信じるに足る根拠が薄いから、今までに積み上げたものが何も無いと思っている。何かあると怖くて信じられない。何でもできる自分の名もなき神々の王女としての力の方が信じやすい」
「……そうです。だって、人の心は見えませんから……私がどう関わってそうなったのかが分かりません」
人の心の動きは完全に見えないから、変わった理由が分からない。それが自分に自覚がないなら猶更。王女の言葉を聞いて、カヤツリは少し微笑む。
「なら、実績があればいいわけだ。王女が力を使わなかった証明として、俺が王女を好きになった経緯が分かればいいわけだな。王女自身の行動でこうなったと」
本船によって、王女の介入は無かったと証明されているから。カヤツリの言葉は正しい。王女の不安は、カヤツリがそうしてくれる理由が分からないから。外からでは見えないそれを、カヤツリが語ってくれるなら、それは何よりの証明だった。
事実、ここまでしてくれている時点で、好意は証明されたようなものだ。でも、王女は止めない。止める気は湧かなかった。
「最初は、憐みの気持ちだったよ。それだけでも無かったが半分くらいはそうだった。あのアリウス地下くらいまでは。キッカケはその後だ」
おやと、思った。流石の王女も、いきなりカヤツリが惚れたなどとは考えない。だが、その後は大したイベントはない。デカグラマトンで心変わりしたなら、あの時の告白に頷いている。
「王女は、色々してくれただろ? アレが嬉しかった。ああいうのは初めてだったから、嬉しかったんだよ。一時とはいえ、アビドスとかの義務感から解放されてた。あんな事と思うかもしれないけど、確かに嬉しかったんだ」
力を使わなくても分かる。カヤツリは本気でそう思っていた。王女が嬉しいと感じて共有したいと思った事は、ちゃんと伝わっていた。
だが、カヤツリは渋い顔に変わる。
「デカグラマトンの感化で聞かれた。どっちだってね。その後の俺は選べなかった。期間もやってくれた事も、どちらも嬉しくて選べなかった。選べないって事は、好きになってたんだよ。色々と身体のこととかで理由をつけたけどな」
そうだろう。カヤツリはそういう人間だった。選べないなら、同じくらいということ。小鳥遊ホシノと選べないなら、同じくらいには思っていたのだ。
「劇的な事は要らなかった。ただ、あの一緒の暮らしが楽しかったんだ。ただの俺としての生活を続けたかった。そうしてくれる王女に報いたいと思った。王女がそうしてくれた様に、俺もそうしたかった。そして、やるべき事をやったんだよ」
それは小鳥遊ホシノとアビドスの事だろう。それらもカヤツリを構成する大事な物。それを放置する事はできなかった。カヤツリの中では、それと王女は同じだった。
「私のことを、小鳥遊ホシノとアビドスと同じくらい大切だったと。どちらも捨てられずに、期限付きのものから対処したと……」
言葉選びは最悪だが、合理的だった。少なくとも、カヤツリは選んだ全てを幸せにした。今も、そうしようとしている。
「それは、私の日々の行動でそうしてくれたんですか? 劇的なキッカケは関係無く、ただ流れる日々がそうさせたと。私の努力がそうさせた?」
「そうだよ。そんな王女だからずっと一緒に居られる。毎日が求めたもので、それを好きな人と作っていけるんだからな。上手くいかなくても、また明日がある。そんな試行錯誤の日々が良いんだよ。だから、こんな事で覚めるわけがない」
思い返せばそうだった。いきなりカヤツリが好意を見せた訳ではない。少しずつだった。少しずつ居心地や雰囲気が良くなって来ていて。王女も、それを楽しんでいたのだ。どうしてカヤツリも同じように感じないと思わなかったのか。そうする事を望んでいたはずなのに。
「私は、力を使わなくても。変えられたんですね」
「そうだよ。王女は俺を滅茶苦茶にしたんだ。恐ろしい事に、これは本船じゃ解除出来ない」
「何ですか、私は最初から上手く出来てたんですか……」
なんだか笑えてくる。力なんか使わなくても、王女は王女の叶えたい事を叶えられていたのだ。方舟の床に座り込んで、王女はあまりの滑稽さに身体を震わせる。
「王女、立ってもらってもいいか?」
震える王女に、カヤツリの声が掛けられる。見れば、しゃがんでいたカヤツリは立ち上がって、姿勢を正していた。
「ちゃんと、言いたい事があるんだ」
一も二もなく、王女の身体はいう事を聞いた。カヤツリと向かい合って、言葉を待つ。
「俺は、王女と一緒に生きていきたい。それは、また別の俺を見つけてくれたから。そして今も、俺のことを考えてくれたから。そんな王女だから、おれはそうしたいんだ」
何処かで聞いたような言葉だった。いつか、忘れる筈もない。王女自身が問いかけた問い。それをカヤツリが王女に聞いている。
返事など、考えるまでも無い。問いは聞いてくる側は了承しているもの。その上で、相手はどうなのか確認するもの。
それを今、カヤツリから聞いて来ている。かつて王女が投げた問いをそのままに。その意味が分からない王女では無かった。
だから、ずっと待っていた。何年も前から待っていた問いに王女はハッキリと頷いて答えた。