ホシノ同級生相棒概念 作:洞鼬
遠くで、方舟と本船が並んで飛んでいた。
巨大なはずの二つのシルエットは、セトの手の上に乗るくらい小さい。今もどんどん小さくなっている。あともう少しで見えなくなるだろう。
ここまでにホルスが持ち込んだ厄介ごとは、一旦の終息を見せていた。王女をカヤツリと話させるために方舟に蹴り込んだ後は、戦々恐々としていたが。流石のカヤツリである。上手く王女を説き伏せる事ができたらしい。
王女は王女で、大人しいものだ。怒りと悲壮感を滲ませて殴り込んできたのが嘘のように思える。しっかりと謝罪する姿に嘘はなかった。今も自分の世界に向けて帰っている。
「これで、一件落着か……」
大きな安堵のため息を言葉とともに吐き出すと、少しだけ肩が軽くなったような気さえした。腕をグルグル回せば、バキバキと小気味よい音もする。
「良いんですか?」
そう上向きになったセトの気分を、ホルスの不機嫌な声がぶち壊す。ホルスの方は、セトとは反対の表情で方舟を睨んでいた。
「……これで、大丈夫だと思うんですか?」
「大丈夫でない理由が分からない。すごいね。あれほど藪を突いて、まだ突く元気があるとは思わなかった」
セトは首を横に振る。
「王女とカヤツリの二人は方舟で何か話した後、謝りに来たでしょ。逃げないで、ケジメをつけた。あのまま逃げても良かったのにね。なら、本当に反省してるんでしょう。精神状態も鑑みれば、情状酌量の余地しかない」
大体と、セトは画面のホルスたちに向き直った。
「そっちもそう思うでしょ。特に王女ルートのホルスは、最初から不満だけは無かったはず」
『そうですね』
あっさりと、王女ルートのホルスは頷く。
『初めから、私は彼に不満はありません。満足さえしている。中から見てましたしね』
だから、このホルスだけはカヤツリの事を悪し様に言わなかった。これまで通りなら途中で悪態が入る所を何も言わない。今も望みが叶って微笑んでいる。
「他のメンツもそうでしょ。自分の所のルートは兎も角、今の状況に文句はある?」
いいえの返事や首を横に振る、三者三様の否定の返事が返ってくる。それが無いのは、目の前のホルスだけだ。それがどうしてなのか、セトは分かっている。何せ、今の今まで、同じようなものを見たからだ。
「あのさぁ、一体どれだけここに引きこもってたの?」
「そんなの、もう忘れましたよ」
ぼそりと呟く様なホルスの返事に、セトは小さく息を吐いた。
「王女とまでは言わないまでも、比べられるくらいにはここに居た。違う?」
「そうなんじゃないですか?」
投げやりなホルスの返事に、もう一度セトは息を吐く。やはり予想通りだった。どう考えても、全ルートを見たのなら時間の辻褄が合わない。つまりは王女と同じように、ホルスは長期間ここで煮詰まっていた。
「今の自分の状態が、王女と同じって事に気づいてないでしょう。これ以上王女を突いても、何も出てこない」
「何かあったらどうするんですか」
だから、嫌なのだ。こうなる事が目に見えていた。セトはホルスに向かって言い聞かせる。
「これ以上を望むなら殺すしかないけど。そうしたら向こうのカヤツリが怒り狂って襲ってくるけど? 何? また藪を突いて蛇を出したいの? 最初の目を使ったのは仕方ないけど、これはやりすぎ」
「ですが……」
ホルスは下を見て、モゴモゴ言っている。そこにセトは畳みかける。
「いい? 最初から言ってるけど。王女がああいう思考になったのは、何も無し遂げたことがないから。自分ではそう思ってた。だから全部名もなき神々の王女の力だって思うの。でも、それは解消された」
「だから、大丈夫だと?」
「何で、大丈夫じゃないって思うの? カヤツリの好意が名もなき神々の王女の力によるものではない事は、本船によって証明されてる。それは、これまでの王女の努力が実っていたことの証明なのに」
それでも納得しそうにないので。セトは奥の手を切る事にした。
「じゃあ、いい。私が残るから。そっちは小鳥遊ホシノの所に戻って。最初からそうするべきだった。ワンマンなんて無理が来るに決まってる」
そう言うと、ホルスの気配が大きくなったような気がした。その気配と怒号が、セトに向かってくる。
「何を言ってるんですか!? 私にここを離れろと言ってるんですか!? また、何かあるかもしれないのに!」
「そう言ってる。どう見たって、自分がおかしくなってるのが分からない?」
さっきまでのどもり具合が嘘のようにホルスは噛みついてくるのを、セトは問答無用で叩き落とした。
ここに来て、最初から思っていたことだ。慣れない謀をしたせいか、それとも自分が手を出したことが予想もしない結果を生み出した所為か。またまた、ホルスの望み自体は叶っているせいか。その全てかは定かでないが、ホルスは明らかに煮詰まっている。
なまじ上手くいった。いってしまった分だけ怖いのかもしれない。上手くいったこの世界線を守りたいのだろうし、ここまで苦労したのだから、大事にも思っている。
それを守ろうとすることに、セトは文句をつける気はないが。その思考がいただけない。全方位が敵で、隙あらばこの世界を滅ぼしてくるような妄想に取りつかれているように見える。王女が攻め込んできたのがよっぽど堪えたらしい。
そこで防衛という方向に思考が向くのは分かるが。まるで、防衛というものが分かっていない。攻撃は最大の防御と言う言葉は確かに存在するが、それが全ての状況に当てはまるわけではないのだ。
そもそもが、戦闘行為自体がリソースの消費である。攻め込んだ敵から何某かを徴収できるのであれば別だが、それは攻撃側。攻め込んだ場合の話であって防衛側はそうもいかない。戦闘行為をすればするほどにリソースが削られていく。それの行きつく先はリソース不足による餓死である。
本来なら、攻め込まれないように立ち回るべきだ。責めるだけ無駄だと思わせるのが一番。
攻め込んでリソースを奪うというなら話は別だが。例えば他世界へ攻め込んで、その世界を肉壁にするとか。その手段は余りにも悪辣が過ぎる。それでは王女を通り越して評価は地の底だ。世界の敵どころではない。普段のホルスなら、まず言い出さないことだ。
だが、このホルスを放置すれば、行きつくところまで行きついてしまいそうな危うさがあった。
それは向こうも同じなのか。画面の方へと目配せすると、確かな頷きが返ってくる。
『少し考え過ぎではないですか?』
『とりあえず上手くいった事を喜べばいいのでは?』
『こっちはまだ問題が山積みなんですよ。そっちは良いじゃないですか』
セトの無言の要請通りに、他世界線のホルスから援護が飛ぶ。流石のホルスも、それには怯んだ。セトの言葉は聞けなくても自分の言葉なら聞けるらしい。それか薄々、ホルス自身も分かっているのか。
揺らいでいるホルスに、セトは追い打ちを掛ける。
「だから、休めって言ってる。その間は私がここで見張っておく」
「あなたが? 本気ですか?」
本当に信じられない。そんな風に言われたので。流石のセトも眉を顰める。
「何? まさか、私が昔みたいなことをしようと思ってるとか。そんなことを言うつもり?」
「違うんですか? 私を追放して、好き勝手したいんじゃ?」
「コイツ……!」
心外である。昔、そういうことをしたのは否定しないが。それとこれとは話が違う。
「あのね。私のスタンスを忘れたの? 初め、私は反対してたでしょう」
「そうですよ。だからです。この場所が欲しかったんじゃないんですか?」
「欲しくなんかない。私が願ったテクスチャなら別だけど、ここは違う」
あのときに欲しかったモノと、今ここで行動して手に入るモノは違う。寧ろセトにとって、これは罰ゲームにも等しい。
「好きでもない場所を、ある程度は管理しなくちゃいけない。そんなのは罰ゲームみたいなもの。そんなのに益もないのに入れ込むほど、私はバカじゃない」
「それでは、どうしてですか?」
「だって、小鳥遊ホシノとカヤツリが居るでしょう」
その時のホルスの顔は見ものだった。口を開けてポカンとしている。信じられないような目で、セトを見ている。
「……あなたが、あの娘を? 彼は兎も角、あの娘がいるから?」
「そう。カヤツリは当然守るのは分かる?」
「ええ、あなたはやってしまった事には真面目ですからね。彼に配慮するのは当然でしょう」
うんうんとホルスは頷く。少しだけ、必死さが薄れているような気がする。それを確認しながら、セトは言う。
「今、カヤツリから小鳥遊ホシノを離すなんて、人の心が無いでしょうが。カヤツリは傷つくでしょ」
「……それは、期限を区切ると? あの娘が彼と一緒にいる期間だけ交代すると?」
「そうだけど? そうでなきゃ、不安で耐えられないでしょ?」
それを聞いたホルスはへなへなと肩の力を抜いた。恨みがましい目で、セトを見てくる。
「初めからそう言って下さいよ……」
「言う前に騒ぎ出したのはそっち。人の所為にしないで。それで、どうするの?」
答えは決まっているのだが、セトは一応聞く。自分で一番よく、そうでないなら過去の焼き増しをしなければならない。緊張するセトの見つめる中で、ホルスは返事をする。
「分かりましたよ……一時の休暇。それくらいなら、いいでしょう……」
「よし。じゃあ、さっさと行って」
しっしと手を払うと、ホルスは画面の方へと寄って。何事かを話した後に消えた。この空間からホルスの気配が消えたのを確認してから、セトは大きく伸びをした。
「模様替えでもするか……」
なにせ、あと数十年はいる事になる場所だ。少しでも居心地は良くするべきだろう。とりあえず椅子を用意して倒れ込むように座ると。モニターの画面が大きく音を立てた。
『よかったんですか?』
「何が?」
画面の向こうのホルスたちが、セトを見ていた。まだ残っているのは、ホルスが何か言ったからだろう。眉を上げて、画面に言い放つ。
「ああ、乗っ取らなくってってこと?」
『違いますよ。お別れを言わなくていいのかってことです。彼には大して時間はかからないと言って出てきたんでしょう?』
カヤツリに対して、何かを言わなくていいのかと。ホルスたちは詰め寄ってきていた。確かに、すっかり忘れていたことに気づく。あの時のセトは、ホルスを叩きのめして帰るつもりしかなかったから。
カヤツリはカヤツリで、数日でセトが帰ってくると思っている。それはよろしくない。カヤツリの事だから、ずっと気にするだろう。
「……じゃあ、夢で一言二言くらい言えばいいかな。それで伝わるでしょう」
『そんなのでいいんですか? もっと、こう……話したりとか、時々こっちの私と交代するとか……』
「そんなにベタベタする必要はない。もう、カヤツリは私が居なくても大丈夫でしょう。今回みたいな大事件が起これば別だけど」
少なくとも、セトはそう思っていた。もう、カヤツリは一人ではない。もう後ろをずっとは振り返らない。重荷を一人で背負わなくてもいい。前を見て歩いて行ける。
「本当に癪だけど、小鳥遊ホシノが居るから。今のあの女なら、まぁ大丈夫。なら、もう私の役目は終わり。いつまでも私が居るのは違う。よく言うでしょ。神は天に居まし、世はことも無しってね」
それでいいのだ。セトとカヤツリの距離はこれでいい。今回だってホルスとセトのいざこざにカヤツリを巻きこんでしまった。きっと二人とも夢見は悪いだろう。
そんなことを呟くうちに、何だかしんみりしてきた。画面のホルスたちが神妙に聞いているのがいけない。こんな空気は嫌だから、嫌味を言う。
「外の敵から守る? 私の前でよく言えた。大体が、こんなのホルスに向いてないでしょうに。前の私の仕事を忘れたとは言わさない。そっちが命令したくせに」
『そうですね。外への対処はあなたの役目でした。上手い具合に収まったと言う事でしょうか』
画面のホルスたちはガヤガヤと喧しい。いつまでも退去する様子が見えないので、嫌な予感が段々と増してきた。
「……あのバカに見張りでも頼まれたの?」
『……いえ、それも言われましたが。そうではなくてですね……』
ホルスたちの返答は、歯切れが悪かった。全員が全員、目を逸らしている。退去したホルスに見張りを頼まれているなら分かるが。この歯切れの悪さが気にかかる。
自分の世界の事を相談してきている時点で、その態度を見せて欲しい位だが。そんな面の皮が厚い面々がこんな態度なのだ。何を言おうとしているのか考えるだけで、嫌な予感が止まらない。
『ほら。私たちは、そっちの私が目で見たからここまでの道筋が分かったわけじゃないですか』
「それで? まさかとは思うけど目を使ったとか言わないでしょうね」
『………………』
全員が全員、目を逸らした。セトは椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。何ということをしたのだ。
「バカ! ここのバカがやった惨状を見たでしょうが! また問題を増やすんじゃあない!」
『違うんです! ここを探す時に使ったんですよ! 視線を感じても見つけるには目を使わなきゃいけないじゃないですか。流石にそっちの私みたいに隅々まで見た訳じゃありません! だから世界線が復活したとかはないんですが……』
じゃあ、問題がない。そう思うのだが、ホルスたちの冷や汗は止まっていない。
『ほら、私たちの世界はここの世界の派生です。なら、私たちの世界にも派生があると思いませんか? 王女ルートの方は派生して今大変ですし。それらは今まではどん詰まりだったので、問題はなかったんですが……』
「……それで?」
セトは蹴り飛ばした椅子を直して再び座り込む。もう続きは分かっていた。このホルスたちは○○ルートと場合分けしているが、そのルート内でも分岐があるのだろう。それらの分岐は大元のルートが閉じたことでないものとなった。だが、今回、大元のルートが復活した。
そしたら何が起こるか。答えは自明だ。
『あの……』
セトが答えを言う前に、画面の中に顔ぶれが一つ増えていた。増えたと言っても、同じホルスだが。これだけでセトの肩が重くなった。
『ちょっと相談をしたいんですが……』
「……どのルート?」
『私の方ですね……多分、私が一番多いですから』
トリニティルートの方が申し訳なさそうに手を挙げた。続いてミレニアムも、ゲヘナの方も、あまつさえネフティスの方も手を挙げる。挙げないのは王女ルートの方だけだ。
答え合わせの時間が来た。滅びるはずだったルートが復活したらどうなるか。その答えは、派生した残りが流れ込んでくるだ。
「つまり……まだ、相談は終わらないと? もう方舟は解決したでしょ」
『そっちじゃなくて……人間関係の問題と言うか……ちょっと手が回らないんですよ。私だけじゃなくて他の方からも相談を受けていまして……』
「はぁ? 何? また反転するとかじゃ……」
首を横に振りつつも、全員が目を逸らした。
「おい……」
『いえ、あの娘だけじゃなくて……多数の人間関係が複雑骨折……いや、焼け野原になってですね……反転まではいきませんけど、昼ドラみたいになってて……先生も手に負えてないというか。先生も先生で大変なんですよ』
「嘘でしょ……」
その間にも、画面の中でコマ割りが増えていく。その度に向こうから、聞きたくもないルートの話が流れ込んでくる。
『どうして、どうして……洗脳の影響下にあったとはいえ、空崎ヒナは彼にあんなこと言っちゃうんですか……? もう殆ど勝ってたようなモノじゃないですか。何で全部勝ち筋を捨ててるんですか……中途半端に続くじゃないですか。全部ゲヘナにするなんて、それが貴方の為なんて……そりゃあ、そうですけど、見方を変えればそうですけど……極論過ぎて、記憶のある彼は怒りますよ。しかも、お互い満身創痍の挙句に、空崎ヒナには洗脳状態の記憶があって予後不良……』
『そっちは良いじゃないですか。こっちはアイデンティティの危機なんですよ。何が幼馴染ですか。黒服とベアトリーチェが引き合わせてたですか。たかが数日の出会いと関係じゃないですか……いつも言ってるバニタスはどうしたんですか。いくらなんでも強すぎるでしょう』
『はぁ? こっちは従者と勇者がバチバチしてて空気が最悪なんです! ホントにあれは勇者なんですか? 王女が混じったりしてませんか!? 凄い湿っぽいんですけど!? 全然割って入れない!』
『何ですか、それくらいいじゃないですか。二人どころか、こっちは曲者桃色三銃士で、もうビシャビシャなんですよ。床下どころか床上浸水です! アリウスの百合園セイア襲撃に間に合わなかった挙句、それを彼が半ギレで聖園ミカに問い詰めに行ったら暴行の末に拉致監禁ですよ! それをあの娘とガン極まった浦和ハナコが探してるんです。時限爆弾が爆発するまで時間がないんです!』
『皆途中まで上手くいってるじゃないですか! こっちは彼が梔子ユメに取られて泣いてるんですよ! 一度に相棒と先輩を失ったあの娘はどうすれば良いんですか!』
「いや、もう……地獄かな……?」
何か聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、新たな訴えの群れに埋もれて聞こえなくなる。その間にも、声のざわめきが止まらない。
「ああ、もう! 全員黙って! ルートごとに並べ! 黙れって言ってるでしょうが! 話を聞いてやらないで良いわけ!?」
大声で怒鳴れば、ようやく画面が静かになった。自分が言った事を思い直して、椅子に深く座り込んだセトは一瞬現実逃避する。マズい事を言ってしまった。
『聞いてくれるんですか?』
「話を纏めるならね。ちゃっちゃとルートやイベントごとに分かれて。同じ話を何度も聞きたくはない」
新たな面子たちは、画面から消える。向こうでガヤガヤと話しているのだろう。他のホルスたちが、気まずそうにセトを見ていた。
『いや、良いんですか?』
「良くないけど? でも、仕方がない。これも防衛だから」
これで無視を決め込んで、変なふうに爆発されても困る。これが切っ掛けで、助かる事もあるかもしれない。恩だけは売っておくべきだ。ホルスはそれが返せる相手だと、セトは信用してはいる。
「とりあえず、そっちで仕分けぐらいはして」
『分かりました……それくらいはやらせてもらいます……』
本当に悪いと思っているのか、ホルスたちは画面から消える。今のところは静かになった。直ぐに喧しくはなるだろうが。
「まぁ、いいか」
セトは、そう呟く。今までとは違うからだ。
セトは仕事中だ。それも交代まで数十年ある仕事。その間、一人で暇つぶしをしているよりかは良いだろう。
それに、このキヴォトスへ来る前とは違う事もある。少なくとも、守るべきものはある点だ。
以前は負けたから仕事をしていた。モチベーションは地の底であって、あまり楽しくはない。義務感でやっていたようなものだ。あの時のセトにはそういうモノを感じる機能はないから平気なだけで。
でも、今は違う。少なくとも、セトが仕事をすれば得られるものがある。それが何だか、少しだけ嬉しかった。
「ホルスの提案も悪くはなかったのかもね。感謝はしないけど」
かつての、この方舟をどうするかの争い。負けてこうなって腹が立った。立ったが、今は良いのではないかと感じている。
何となく、自分が自我を持った時から今までを思い出す。色々とあった、色々な物を見た。全部が良くもなかったが、悪くもなかった。それを体験させてくれたカヤツリには、幸せでいて欲しかった。ホルスにはああ言ったが、寂しさも少しはあるのだ。
「じゃあカヤツリ。元気でね」
長々と言わずとも、この一言だけで十分だった。こう呟いて、セトの肩の重みはさっぱりと消え去っていた。一仕事終わった軽い気持ちのままに、明るくなった画面を睨む。
「それじゃあ、話を聞こうか?」
そうして、セトの新しい仕事が始まる。今度は不満も何もなかった。
次回、見聞録編。最終話